2017.09.30

マレー縦断ネコの旅・・・の巻

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  ネコカフェに巨大なネコがいたというのをシンガポールの巻に記したけれど、その正体がコレである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まっ、顔つきからすると、そういう種類なのであろうが、でかいものはでかい。

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  なんでも、ニューヨークに「サムソン」なる巨大ネコ(推定・全長150センチ超)がいるそうで、ちょっとした国際的スターの座を手にしているらしい。単にネットで遭遇したにすぎないが、飼い主と思われるおとっつぁんが仰向けになった自分の腹のうえに乗せてシアワセそうにしているさまはなんともうらやましいかぎり。ほしい是о(^ヮ^)о

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  子どものころ、はじめてわが家に来たのがシロネコであったが、どういうワケかそれからまったく縁がない。

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  飼育係のおねえさんに懐いていMASUという場面。

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  おっと、クロボウズ。シロネコとは異なり、わが家とはときおり縁があって、しかも揃ってきゃわゆい。

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  茶トラとは縁があまり濃くない傾向。コレをアップする数分前、わが家の庭を見慣れない茶トラが闊歩。毛並みもいいし、クロボウズ亡きあと、ちょびと仲よしになってくれればいいと思うが、カメラを用意しているうちに姿を消してしまっていた。

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  店のなかはこんなかんじо(^ヮ^)о

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  マレー鉄道の北東端・トンパッ駅でペトペトニャーニャーとヒマつぶしの相手をしてくれた白黒オールカラー。

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  マレーシアでは、なぜかこういう人なつこいネコが多かった。

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  タイを目前にしたマレーシア国境の街・ランタウパンジャン。入国した途端に出迎えてくれたのがこのシアワセいっぱいなネコであった。

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  バスの車窓(だったと思うが)にクロボウズ。シッポがフサフサ。

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  灼熱のバンコクでスヤスヤお昼寝中。

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  クロボウズをよくみかけるバンコクだが、どういう次第かウチの子ちゃん柄には滅多にお目にかかれない。

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  ネコは寝床探しの天才なり。

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  痩せてるのを見るのはちょっと辛い。。。

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  ネコが平和に暮らせる街はいい街だ。

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  ちゃんと面倒を見てる人がいるんですねぇ。

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  数日前のィ夜。庭で遊んでいるちょびを家のなかに入れようとしたら、玄関の扉からヤモリが転落。折悪くそのさまがちょびの目に入ってしまい、それからしばらくはヤモリハンティングに興じてしまった。

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  バンコク・クルンテープ駅のホームにネコ小屋がо(^ヮ^)о  なんともホっとする情景でごぢいますね。

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2017.09.24

散歩の傍役拾いも楽しからずや・・・の巻

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  前回アップと同様に、ちょっと古い話になりMASUが〜。
  シンガポールの博物館でタマタマの巡り合わせにて「朝鮮王朝展」に遭遇したそのほぼふた月前、バンコクの中心街では大韓まつりが開かれていた。もちろんひやかし散歩を楽しんだ。東南アジア散歩で大韓取材ができるとは、ある種の「星」のようなものを感じたくもなってくる。が〜。ふと思ったことも……。

  かの御大・宮脇俊三は、「アンデスの高山列車」(『汽車旅は地球の果てへ』<文春文庫>に所収)の旅のさなか、ペルーの食堂で「チーノ(中国人)か?」「コーリァンか」と訊ねられた体験を記している。そのくだりで、「こういう議論、私は大嫌いなほうなのだが、たまには許していただきたい」との断りを添えつつ、つぎのような一文を挿んでいる。
>どの国に行っても、東洋人と見ればジャパニーズ、ハポネーの時代に、これは奇特なことである。こうした経験は幾度かある。そうなるのは、主要都市や観光地からはずれた場所においてである。(中略)そういうところでは「日本」より「トヨタ」や「カシオ」のほうが有名なのだ。観光旅行者のごときは、お定まりのところにしか行かないから、他の大半の地域とは無縁である。(中略)日本人の海外旅行は、まだ修学旅行の域を出ていない。(前掲書/初出は1984年)

  自らこう記しておきつつも、とうの著者自身は必ずしもここで飛び出した論に納得していないのではないかと推察するが、オレ自身もまた「日本人旅行者ってのは、マイナーな存在なのかな?」といったふうに感じることはしばしばある。いうまでもなく、ごくごく限られた範囲における些細なめぐり合わせにすぎないけれど、東南アジア然り、ヨーロッパ然り。例外は大韓で、たいていはこちらが日本人であることを疑うそぶりすら見せないが、それでも「チャイナ?」と訊かれたことはあったりもする(笑)。

  ウサギとカメというか漠然とそう思うだけの茶飲み話だが、ひとつにはアジア諸国のなかで先行して経済発展を遂げた日本と少し遅れをとりながらも経済成長を果たしてきたアジアのほかの国々があり、その一面として外国旅行者の幅が拡がったということがあるのであろう。日本や日本人云々(うんぬん)ということだけではなく、それだけ異なる国や文化を持つひとびと同士の交流が盛んになったことをむしろ喜ぶべきなのではないだろうか。

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  コタバルの街角にも大韓風味。

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  CKBの世界о(^ヮ^)о  写真がブレているのは、シャッターを切ったあたりで縁石に躓いたため。「ケンチャヨ!」とそのときは思っていたのだが……。そういえば、このほどレンズを1本調達。これまで強いられてきた「手ぶれ防止機能」なしの戦いからやっとこさ解放される。もっともないならないでそれなりに慣れるものだとは実感しているのだが。

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  勅令の文字が目を引いた。念のため電子辞書で「広辞苑」を開いてみると、<明治憲法下、帝国議会の協賛を経ず、天皇の大権により発せられた法令>云々とあり、それ以外の意味には触れられていない。むろん、この貼り札と天皇とは一切関係がない……のだろうねぇ。

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  トイレの使い方。

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「インスタントティーミックス」のいれ方。
  シンガポールのホテルの部屋にあったサービス品で、むかしからある安直なインスタント茶だが、こういうのもタマに飲むとおいしく感じられる。しかもほのかにシナモンの香りがあり、ようはマサラティーふうなのに感激した。で、タマタマみかけたスーパー(しゅぽにあらず)をチェックしたところ見つからなかったのだが、最後のチャンスとばかりにチャンギ空港で訊ねてみた。
「インスタントの紅茶で……、ほら、むかしからあるような砂糖とミルクの入ったヤツなんですけど」
「あっ、スリーインワンですね!」
「そうそう、それっ、それっ!」
  教えていただいた第3ターミナルのショッピングセンターでは、残念ながらこのマサラティー風味のブツがなかったが、ともあれ似たようなのを買い込んで日本への帰途に着いた。ィ夜中の仕事のティーブレイクには最適なアイテムでごぢいますねо(^ヮ^)о

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  ホントにこういうおとっぁんだったらコワイ。畸人のオーラが漂っていますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  人相は悪いが目がつぶら。オジホが時代劇で世祖のィ役なんかをやるとこんな風情になるのではアルマイトの弁当箱?

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  コタバルの川辺にて。

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  ビエンチャンの公園にあった恐怖看板。

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  ターナーレーンの街道にいわくありげな「学校」の看板が。ドラッグフリーとフリードラッグとでは意味が逆になってしまうのだろうと思った。

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  ビルの工事現場にて。他者を拒絶するかのような文字とイラスト。

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  ノンカーイの名も知れぬ仏教寺院にて。まさか爆弾だとは思わないが(笑)。

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  旧ノンカーイ駅に掲げられていたイラスト。背後はメコンだが、旧駅は道路を挟んだこの反対側にあるので、ひょっとするとこういう具合につくり変える計画があったのかもしれない。どのみちバンコク方面からの直通国際列車はないのだし、ラオスとを結ぶ列車はここでスイッチバックして友好橋を経由するルートにしてなんら不都合があるワケでもないだろう。現駅よりはこちらのほうが市街地へのアクセスには都合がよさそうに思えるが、その後の経緯は不明である。

  新旧といえば、大韓時代劇「王と妃」にこんなくだりがある。
  ある役人の首を挿げ替えた首陽(世祖)。その新旧2名を招いて簡単な酒宴を開いていた。そのおふた方は、旧・領議政シンスクチュ(신숙주/申淑舟)と新・領議政・クチグァン(구치관/具政寛)。そこで王(首陽)がふたりに呼び掛ける。
「シン領議政」
「ク領議政」
  問題は、「シン」が「新」であると同時に「申」であり、かつ「ク」が「旧」であるとともに「具」であるところにある。つまり、単に「シン領議政」「ク領議政」と話し掛けられただけでは「新領議政」「旧領議政」なのか「申領議政」「具領議政」なのかがわからず、とうのおふた方ともに揃ってあたふたするほかはなかったのであった。
  いうまでもなくココはそういう場面であり、オレは「こいつぁどっかで使える是!」(どこでだ?)と大爆笑するほかはなかったが、とうの首陽もまた上機嫌に高笑いをしているのであった……という話о(^ヮ^)о

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  コーンケーンではトカゲ多数。コレはどうみてもトカゲだろうけれど、トカゲとワニとの区別はいまだ理解できず(笑)。もっとも、蝶と蛾との区別にしてもあるようでないといった類の話を聞いたことがあるし、ヒラメとカレイもまた然りなのではあるが。

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  よほど運が悪かったと思われる。

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  東線どん行の車窓にみかけたナゾの鳥。そういえば、わが母堂が、庭で「仏法僧(コノハズク)が啼いてた」とウレシがっていた。なんでも、子どものころに「ブッポーソ〜!」と啼く鳥がいると親に教えてもらって以来はじめての遭遇だったそうで、「ホントにそうやって啼くんだねぇ」としきりに感心していた。となれば、オレもソイツの声と姿とをぜひキャッチしたい。あれからほぼ2週間がすぎ、いまだに遭遇することができずにいるのだが……。ちなみに、種類はわからないけれど、フクロウ系と思われる「ホー、ホー、ホッホホホーホー」といった声がィ夜中に聞こえてくることはタマにある。こちらも姿を拝む幸運には恵まれていないのが残念。

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  帰途のバンコク・スワンナプーム空港(5月の巻)では、搭乗口の関係からかエバー航空のラウンジを案内された。大韓ドラマでみかけるナイトクラブを思い浮かべるのはオレだけではないハズ。シャワーでさっぱりとし、あれこれくだものをつまみつつフライトタイムを待つひとときであった。

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2017.09.12

しゅぽ、こらじはごぬん・マレー半島縦断編

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  お約束ということでо(^ヮ^)о
  現場はバンコク・クルンテープ駅の近くだけど、この“中央駅”周辺ってのは、案外ローカル風味があって楽しい。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  スンガイコーロクゆき37列車の車窓にもしゅぽが続々登場。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  しかしやはり窓が開けられない汽車ってのは車窓の魅力が半減しますなぁ。日本の鉄道の場合は窓がキレイに掃除されていて立派ではあるけれど、それはまたニッポン的風景のひとつといえそうだ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  それはそれとしても、こうしてしゅぽの“鑑”のような物件に遭遇するとココロがウキウキするというものですね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  店の風情からすれば、けっして本家・大韓に負けず劣らずといったタイのしゅぽではあるのだが、やはり「슈퍼」(しゅぽ=いまさらだが「スーパーマーケット」の意。中国語圏ならば「超市」であるのはいうまでもなし)と書きなぐられたかのような看板がないのは物足りない。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  そんなワケでちょっとばかり欲求不満がたまり気味の昨今。9月に計画していた東南アジアの某所ゆきを急遽延期、1月以来の大韓に乗り込みつつリハビリに興じることにしたのだが、あっちの「秋夕(チュソク)」の影響もあって、いまだに日程が定まらないでいる(大韓における今年の秋夕休暇は10月3〜9日との由。ただし3日が火曜日なので、前週の9月29日あたりから10月10日ごろまで交通機関などへの影響──混雑はもとより航空券代金の高騰などなど。このへんはわが国のお盆休暇などと一緒──がありそうだ)。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  汽車が走っているうえに撮影ポジションも選べないのが悩みどころ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  こちらはタイ・マレーシア国境を越えたランタウパンジャン。グーグル地図をチェックしたところ何軒かこのテのしゅぽがあるのだが、地図上にはきちんと「スーパーマーケット」の文字が。でも「ストリートビュー」で眺めるとこのテの「しゅぽ」なんですよねо(^ヮ^)о


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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  看板は写真屋かもしれないが、その実態はしゅぽそのまんま。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  コタバルバスターミナル。しゅぽや茶房があるのは大韓と同一仕様。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  コタバル市街では物件に恵まれず。が〜。マレー鉄道の北東端のターミナル・トンパッ駅に向かうバスの車窓にはしゅぽの優等生たちが……。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  この熱帯っぽさがたまらん。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  ジョホールバルゆきの夜行列車(27列車)の車中からももちろんしゅぽを探したのだが、ほとんどその姿を認めることができなかったのがココロ残り。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  シンガポールに到着して、とりあえずジョホール水道を渡る汽車の写真でも撮りに行くべぇと思い勇んでそっちのほうに向かったはいいが、シンガポールのカネを持っていないことにふと気づいて踵を返した先がこのしゅぽ(超市)であった……というひとコマでごぢいます。左手に見えるのが両替所。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  そのしゅぽはチェーン店のようであった。ぢうでもいいが。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  パリあたりでもみかけそうな風情のしゅぽ。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  街あるところにしゅぽアリ。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  異国を感じるひとときであった。
  という次第で、タイ散歩第5回・マレー半島縦断の巻でごぢいMASITA。

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2017.08.31

ユーラシア大陸最南端駅を越えて・・・の巻

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  国際列車が海峡を往く。ふと「珍ドコ列車」を思い出したりするのではあったが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  マレーシア北東端のトンパッ駅から夜行列車で17時間弱、マレー鉄道最南端・JBセントラル駅(ジョホールバル)にやってきた。

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  旧ジョホールバル駅。こちらのほうが好みに合うが……。

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  ジョホールバルでは、昼食タイムを兼ねて3時間ほどひと休み。旅行案内書には治安に関する注意喚起が記されてあったりするが、さほどの持ち時間を確保したワケでもないので、駅周辺をざっと小散歩するに留める。

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  切符売り場は大賑わい。ジョホールバルからは「国際列車」でシガポールを目指す……といっても、その距離わずか2.1km。単に国境線を越えるだけのトリップである。5月に乗ったノンカーイ(タイ)〜ターナーレーン(ラオス)間の「国際列車」が6.1km。輪をかけてあっけない。
  当初は現地でその乗車券を入手するつもりでいたのだが、なんとこの短足列車が全席指定席であることが判明。マレー鉄道公式ィ予約サイトでチェックしてみたところ、当日では満席で乗りっぱぐれる可能性があることもわかった。そこで14時発79列車をネットで購入、乗車5分で5リンギットの座席指定券を確保しておいた(クレジットカードの請求明細によれば136円ナリ)。1分あたり1リンギット。17時間弱(定刻だと17時間10分だが、30分以上も早着した)乗った27列車が56リンギットなので、こちらの分あたり単価は0.054リンギット。さすが「国際列車」、ずいぶんと割高ですなぁ(笑)。

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  それでも「国際列車」なので、改札口は別扱いにされている。

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  供用コンコースの専用ゲート(ゲートA)でパスポートと乗車券を提示し構内に突入。

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  階下に降りてパスポートコントロールと荷物検査(ようは空港と一緒)を受けたのち、専用の待合室でしばし足留めとなる。

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  たった5分間の列車ではあるけれど、機関車牽引列車の重厚な風情に溜飲が下がる。

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  新駅だからということか、ホームの嵩が高い。

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  車内はJRの在来線特急普通車ふう。事前に指定券を入手するまでもなくガラガラだったので、適当な席に座る。

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  やや遅れてJBセントラル駅を発車。恥ずかしながら、今回の散歩でこの駅がユーラシア大陸における最南端の鉄道駅であることを知った。なんら確かめもせず、インドのコモリン岬が大陸最南端だと思い込んでいたが、慌てて地図を眺めてみれば、たしかにジョホールバルのほうが遥か南方に位置している。他愛のない錯覚ではあるが、こうしてわずか2.1kmの路線ながらさらに南に延びているワケである。

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  国境の橋を渡る。道路と鉄道の併用橋というロケーションも好もしい限り。

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  とはいえ、とてもじゃないけど旅情なんぞにひたっているヒマもないのであった。

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  バンコクより乗り継いできた汽車旅が、いよいよ終点へ。

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  できることならトンパッなりクアラルンプールなりから直通の寝台列車で越えてみたかったと思うが、ともあれシンガポールに無事到着とあいなりMASITAо(^ヮ^)о

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  かつてはシンガポールをぐるりを廻って市街地近くにまで延びていたマレー鉄道だが、2011年6月末をもってシンガポール内の大半が廃止されてしまった。現在は、ジョホール水道の橋を渡り終えたところにあるウッドランズトレインチェックポイントでマレー鉄道の旅はおしまい。残念ながら構内は撮影禁止であった。

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  シンガポールへの入国手続きは、列車を降りたところにあるイミグレーションで受け付け。入国カードがあれこれ面倒だが、係官が手取り足……は取られなかったが、親切に教えてくれてココロが温まる。で、カードには入国前の出発地という欄がある。今回の場合はもちろんジョホールバルだ。えっと、つづりはどうだったっけとペンが停まってしまったが、係官もすぐに思い出せなかったようで、「J……えーと、JBでいいですよ」。もちろんそのとおりに記したが、ペンを歩かせながら(?)「おおっ、ジェームスブラウン雀!」と思ったひとはかれこれ500人はいたことであろう。

  話はまったく関係ないが……。高校野球ってのも、高校生ぐらいまではそれなりにテレビ観戦(ときには野球場で)を楽しんだものだったが、現在はプロ野球ともどもほとんど関心がなくなってしまった。それがどれほどかというと、わが郷土・千葉県代表すらまったく知らなかったのだからなにをかいわんやであろう。が〜。その千葉県代表を破った日本航空石川にはちょっとばかりグっときた。なにかっていうと、「航空」とだけアピールされたあの帽子(ユニホームやTシャツもあるでよ)にである。あれが「日本航空」だったらどうってこたぁないのだが、不偏中の不偏ということなのか「航空」をシンプルに謳っているところがイイのだ。英語であれば「The」がつくところでしょう?  ちなみに「The book」だと「バイブル(聖書)」になる。
  こりゃぁ、(一部?)航空マニアからの注目を浴びたのではアルマイトの弁当箱?  ぁあ、ほしいなァと思って通販サイトをチェックしても売られていようハズもなく……、それにしてもほしいなァ、アレ♪  もし入手できたら、そのいでたちで飛行機に乗るんだがなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.25

夜行列車がジャングルを往く・・・の巻

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  コタバルでのひとときを終え、マレー鉄道でシンガポールを目指す。
  ランナーに選んだのは27列車。マレー鉄道北東端の旅客駅・トゥンパッを起点にジョホールバルまで至る夜行列車である。バンコク〜シンガポール間の汽車旅といえば、あの『深夜特急』がそうだったように、ハジャイから西海岸ぞいに南下するルートが一般的であろう。パダンブサールでタイ・マレーシア国境を越え、バターワースからペナンに立ち寄ってもよし、そのままクアラルンプールを経てひたすらシンガポールを目指してもいい。もちろん、当初はそのつもりでいた。が〜。マレー鉄道のパダンブサール〜クアラルンプール〜グマス間が電化されていたのはいいとして、タイ、マレーシアともに列車の運行パターンが大幅に改竄されてしまっていたのである。

  すなわち、タイ国鉄のバンコク〜バターワース間の国際列車は国境駅であるパダンブサール止りと化しており、すでに触れたように列車の“格”からして往年の栄光などどこ吹く風といった態。パダンブサール以南はというと、かつて運行されていたバターワースからクアラルンプールまでの寝台列車は姿を消してしまい、いまや昼行列車オンリーの路線なのであった(パダンブサール発グマスゆきの半夜行があるにはあるが寝台車の連結はないようだ)。1往復を除きグマスないしクアラルンプールまで直通しているうえに、パダンブサール〜バターワース間を含め本数が格段に増えているなど便利になったとの解釈も可能ではあるものの、いずれも小奇麗な電車による“特急仕様”の座席車のみ──もちろん窓が開けられない冷房車──とあっては、味わいという点で物足りない(なにやイヤかといって、コレがイヤなワケですよ。汽車旅はどん行と寝台列車こそが楽しいのだ!)。
  グマス以南も問題だ。非電化のままではあるが、この間を走るのは27列車を除けば3往復にすぎず、さらにその時間帯が面白くない。パダンブサール〜グマス間の半夜行と接続するグマス発4時10分(半夜行は同駅3時40分着)の1本がJB(ジョホールバル)セントラル駅に8時20分に着くほかは、18時40分と20時と遅い時間に偏っており、ジョホールバルで1泊するか夜間にシンガポールとの間の国際列車に乗り継ぐダイヤになっているのであった。

  もとより、ペナンやイポー、クアラルンプール、あるいはマラッカなどに立ち寄りながらのんびりと南下するのであればこの乗り継ぎダイヤでも一向に構わないところではある(特急型の車両に押し込められるのはともかく)。だが、今回は単に汽車に乗ってマレー半島を縦断したいというだけの話。沿線の街云々よりも汽車そのものの旅情を楽しみたいワケで、変わり果てつつある正統派ルートの姿に対し憮然とするほかはなかった。そこで思いついたのが東海岸ルートであり、今回のスンガイコーロク〜コタバルルートだったということなのである。

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  最果ての旅客駅・トゥンパッ。
  このトゥパッからはグマスまで527・7kmの非電化路線が延びている。マレー半島の核心部を横断する沿線にはこれといった大きな街はなく、ジャングルの真っただ中を縫う道行きであるらしい。そうと知れば普通列車でじっくりと汽車旅を味わいたいものだけれど、時刻表をチェックしたところトゥンパッ発着の昼行列車は「シャトル」と名づけられた座席列車が3往復きりであり、しかも途中のクアラリピス〜グマス間はこの路線全線を直通する夜行列車1往復のみという有り様(上下列車ともに同区間は深夜帯に通過)。であれば、その1往復きりの夜行列車に乗るほかはないワケで、いわば自然のなりゆきで27列車に乗り込むこととなったのでありMASITA。

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  トゥンパッとコタバルとの間は路線バス19番が運行されている。「トゥンパッ  レールウェイステーション」と運転手に申告しておいたところ、バスステーションらしき広場で降ろされてしまったが、小さな田舎町であり、無事に駅に辿り着くことができた。

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  構内には日本から海を渡った寝台車両が朽ちていた……。オハネ15-2004。B個室寝台ソロだった車両で、たぶん揺られたことがあるハズ。見たところ使われなくなって久しいようで、残念な気がする。

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  構内には転車台も。

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  シャトル列車が車庫から転線しつつ1面1線のホームではなく側線に停車。なんのための作業かはわからないが、この騒ぎによってふと気づいた。これから乗る27列車は駅に着く前から側線で休憩中。いまのところ機関車すら連結されていないが、いずれは機関車を先頭につけてシャトル列車と同様に転線してホームに横づけされるハズ。とすれば、“走行シーンもどき”の撮影ができそうではないか。駅構内の外れにはふふ、ふ、踏切があり、その先にはカーブとなっているなど雰囲気は悪くない。そこで、さっそくそのポイントに急ぐことにした。
  ところで、ご覧のとおり、シャトル列車の車両は日本の在来線特急ふう。冷房車で窓も開かない。これでは昼行列車を選んだとしても物足りない道中だったに違いない。

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  で、その撮影ポイントで27列車の転線作業を待ち構えていると、こんな小さな機関車がグマス方面からやってきて、しばらくすると戻っていった。これまたなんのための運転なのかわからないが、推察するに27列車運行前のツユ払いというか、路盤状況を確認したのではあるまいか?

  そんな路肩のひとときではあったけれど、発車30分前になっても肝心の27列車が転線する気配がない。市街地に赴いて飲食物の買い込みもしなければならないし、断念してその場を立ち去ったのだが、実際に転線作業のうえ27列車がホームに横づけされたのは発車5分前になってのことであった……。
  くわえて、時刻表をみてみれば17時35分に着く56列車というのがあるのだが、27列車が発車する18時までその姿を見せなかった。

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  その5分間で発車前の情景やら車内アコモの様子などを撮影。

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  乗り込んだのはもちろん寝台車。タイ国鉄の2等寝台車と同様に日本の開放型A寝台車ふう(プルマン式)寝台である。ただし、タイとは異なり、最初から最後までベッド状態での運行であった。切符は公式サイトで下段を押さえておいたが、ホントに有効なのか、検札があるまでドキドキであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  なんとなしに6号車6番(偶数が下段)を押さえておいたところ、
「Oh!  シックス、シックス。あなたはラッキーだ」
  と車掌にニコニコされたが、マレーでは6が“ラッキーナンバー”なのだろうか?

マレー鉄道公式ィ予約サイト

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  座席車は日本の在来線特急ふう。ただし座席の方向転換はできない。

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  食堂車もあるでよо(^ヮ^)о

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  この寝台車、なんと1両の定員が40人とある。同じような構造を持つ日本のA寝台は28人だったし、いったいぜんたいどうやってベッドスペースを確保しているのかが、乗車前からのナゾであった。マレー鉄道は日本の国鉄(JR)在来線の1067mmよりも狭いメーターゲージで、車体サイズが日本のそれより大きいということはないハズ。多少はひと区画あたりの寸法を縮められるとしても、訝るに十分な諸元といえるだろう。
  乗り込んでみてもすぐには理解できなかったが、トイレに立ってハタと気づいた。各車両ふたつのトイレがあるものの、洗面所が見当たらないのである。つまりは、洗面所よりも定員確保を優先したというのが正解だったようだ。おかげで、就寝前の歯磨きやら洗面をトイレ個室内の小さな流し場でやらされるハマになったけれど、これもまた外国旅行の味わいだ。

  ちなみに、トゥンパッ〜JBセントラル間725・1kmの寝台車下段の乗車券は56リンギット(ネット決済手数料が2リンギットだか含まれているらしい)。クレジットカードの明細をチェックするとわずか1489円であった。ついでながら、コレを日本のJR(本州幹線)にあてはめると、乗車券(1万480円)+特急券(3240円)+A寝台券・下段(1万880円)となり、都合2万4600円ナリ。

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  トゥンパッの発車はまだ明るい時間帯だし、終点のJBセントラルに着くのは11時10分ということで、車窓を楽しむ時間はたっぷりとある。熱帯雨林のなかをクネクネと走ってゆく道中は、勾配がキツイのか、かなり速度が落ちることもしばしば。そんなときにカーブにさしかかると、メーターゲージの台車に支えられた寝台車両が「ゆぅらゆぅら」と派手に揺れる。こんな乗り心地ははじめてである。しかも、闇のなかにときおり浮かび上がるマレーの田舎町や小駅の情景がとてつもない旅情を誘う。寝台車で寝るのが大好きなこともあり、たいていは深夜になればグーグーと寝てしまうのだが、このときばかりは寝るのがもったいないような気もした。これまで、およそ200泊を寝台車で過ごしてきてはじめてのことであった(中国の成昆線では、「4人室じゃなくひとり部屋があったらいいのに」と思ったものだったが……)。

  ところで、熱帯国の冷房というのは、えてして殺人的なまでに強烈なことが多い。したがって、タイ国鉄の寝台車に乗るときは長袖の「CKB“イイネ!”プリント薄手トレーナー」を持参しているのだが、この27列車では幸いにしてその出番がなかった。冷房はもちろん入っているのだけれど、デッキとを隔てる扉などの立てつけが悪く、容易に外気が室内に入り込んでくるのである。おかげで、却って快適に過ごすことができた。

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  一見するとジャングルのようだが、プランテーションの風景である。

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  プランテーションは外部との接触が隔てられているケースもあるようで、看守つきのゲートが見受けられたりもする。さらに園内には娯楽施設らしきものもあったりで、そこで働くひとびとの環境というのがどうなっているのだろうという興味を覚えたりもする。

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  深夜の行路を終え、ふと気づくとグマスに停車中であった。ホームの反対側には「パダンブサール」との表示をつけた電車が停まっていた。

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  深夜帯に乗り込むひともあれば、途中駅で列車を後にするひともいる。あたりまえですな……。

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  終点のJBセントラル駅には定刻より30分ほど早着(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ずいぶんと大きな街だなぁと車窓を眺めていたところ、街の様子に見合った大きな駅に到着。「もしや」と思い凝視していると、そこが終点だったのでちょっとばかり慌てさせられた。楽しい一夜でごぢいMASITAо(^ヮ^)о
  つづく。

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2017.08.19

コタバルはネコの街・・・の巻

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  コタバルで街散歩。

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  旅行案内書などによれば、かつてはヒッピーで賑わったという。個人的には、マレーシアの地名で古くから知っていた数少ない街のひとつ。やってきてみれば、市街地はごくありふれた地方の中核小都市といった風情。それもまたいいが、いったい、なにが彼らを集わせたのだろうかとふと思った。市街地から外れた海岸線は大戦中に日本軍がマレー侵略の一歩を記したといい、現在はビーチリゾートとして人気があるらしい。とはいえ、街中を歩いたところで観光ポイントがめじろ押しというワケでもなさそうだ。

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  もっとも、やたらな観光地よりはそうした普段着の街を闊歩するほうが性に合っている。

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  ところどころでひと休みを繰り返しながら、ブラブラと気の赴くままに足を動かすのであった。

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  なんだって名古屋なんだろうねぇ???

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  市場はそんな徘徊にとって格好のアクセント。

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「アンニョンハセヨ〜♪」
  出し抜けに大韓語で話し掛けてきたマレーアガシ。とっさに「アニエヨ、ナヌン  イルボンサラミエヨ(いやいや、日本人ですよ)」と答えたものの、こちらの素性を理解してくれたのかくれてなかったのか、大韓語のまま立ち話(笑)。もっとも、同じカタコト会話であれば、英語よりは大韓語のほうがはるかに楽なので、コレはコレで結構なことでごぢいますねо(^ヮ^)о

  コタバルでは、別の場所でも「コリアン?」と訊ねられた。帰国後、その話を先輩のS姐にしたところ、「最近、日本人ってあまり(外国に?)行かないからねぇ」。たしかに道中で日本語が耳に入ってくることはなかった(バンコクとシンガポールではわずかに聞こえたが)なと思う。もとよし、それでなんだっていう話でもないのだが……。

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  スカーフ売りのマレーアガシ。土産にするにはいい品物ではあったが、見学だけでスルー。
  ちなみに、越境ポイントがスンガイコーロク〜ランタウパンジャンという“辺境系”であるうえ、両替商はいるに違いないとはいえ円を受けつけていない可能性を見越して、成田空港で150リンギット(4500円ぐらい)だけ入手しておいた。やってきてみれば、明らかにそれとわかる店がラウタウパンジャンでは視界に入らず、この市場でもそれらしい窓口の所在が覚束ない。が〜……。結果としてその150リンギットで足りてしまったのだから(ホテル代を含む)なんともありがたい話ではありますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  市場の食堂にて。
「写真?  そしたら、店の看板を入れてくれよ!」
  陽気なひとときであった。

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  かように、こうした現地のひとびととのつかの間の触れあいも楽しい外国散歩ではあるが、コタバルではそれよりもネコ三昧となった。夕食もネコと一緒だったし……。

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  ネコ中のネコといった風情がイイのだ。

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  ややウチの子ちゃん柄。ペトペトニャーニャー甘えてきたので、離れるのが辛かった。

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  このコもニャーニャーо(^ヮ^)о

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  ヒザ上に乗ってきたりしてもう大変♪

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  ざっとした観察にすぎないが、マレーシアというかコタバルではネコがみんなにかわいがられているような印象を受けた。いかつい顔をしたムスリムのおとっつぁん──ひとクセもふたクセもあるイスラム商人といった面構えであったが──が店番をしながら商品棚で寝そべるネコをなでなでしていた情景には頬が弛んだものだ。

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  なんにしてもいじめられているといった様子は見られず、したがってニャ〜ニャ〜と通りすがりに甘えてくるネコがそこここにお出ましになるワケです。

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  ネコが平和に暮らす街はいい街なのだ。

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  おっとネズミも……。さりげにこちらを警戒しているふうではあったが、しばらく我慢比べをしつつカメラに収めた(だからぢうしたって話でもないのだがフンギリってモノが必要ではないか・笑)。

  ところで、コタバルと聞いてあの憎たらしきコッタバル(花束。@「ファンコ」)を連想する日本人(大韓人もか?)が500人はいるハズ。このコッタバルのせいで、コタバルだのジョホールバルなどの「ル」の発音が「r」になっちゃって困る……というのはついでの話だが、ひさびさに見てみたあの“萌えゴロシの第6話”のさんしらはやはり♥であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)



  1分34秒目ぐらいにお出ましになっている(と思いつつアップしてみれば、いきなり画面に鎮座していますなぁ・笑)のが、問題のコッタバルだ●~*
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.13

歩いて越境・・・の巻

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  そういう次第で、名うてのデンジャラスゾーン(?)のスンガイコーロクに無事到着。ウワサでは、街のそこここに武装兵士やら武装警官やらがテロの警戒にあたっていうということで、それなりに身構えての訪問ではあった。しかし、駅玄関に武装スタッフの詰所こそあったものの、ちょっと見にはごくありふれた田舎町という風情。こうしてドメスティックな市場などを見かけると、じっくりと散策したくもなってくるのが生来の性だ。なんでも、ィ夜となれば花開く“色街”もあるそうで、ソレ目的に越境してくるマレー男らを迎え撃つ女たちとそのテの商売人らとのドラマが繰り広げられているという。であれば、あいにく“客”になるつもりはコレっぽちもないけれど、見学するのも面白そうではないか。が〜。とはいえ過信は禁物。まさにそうした“市場”こそが爆弾テロなどの標的になった実績を積み重ねているワケで、そんな事態に巻き込まれようものなら、迷惑がられた挙げ句にモノ笑いのタネになるのが関の山。ゆえに、こんな情景をィ横目で眺めやりながら国境へと急ぐのでありMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  駅前広場のしゅぽと大木。
  前回アップでは触れ忘れたが、駅に降り立ったものの、つかの間出口がわからなかった。形としては1面2線の島式ホームと側線があるという案配なのだが、島式ホームのなかほどに切符売り場や事務所などを擁する駅舎が鎮座している。到着した本能で(?)、まずはその駅舎に足が赴くはいいが、島式ホーム上にあるのだから、出口などありようがないのである。正解はホームから「よっこらしょ」(嵩が低いのでというほどでもないが)線路上に降り、線路を渡ってゆくと件の詰所と出入口が待っているというワケで、上の写真がその詰所前の広場なのであった(かつては奥に見える跨線橋が使われていたのであろう)。逆に、そうと知らずに街から駅にやってくると、切符売り場がないなぁと思うハメになりそうだ。

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  駅前大通り。左奥がマレーシア方面。

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  公園には蒸気機関車の静態保存も。

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  レールはつづくよマレーシアへ……。路盤はキレイに整えられているし、乗ってきた37列車が国境を越えないのが不思議な気もする。
  かような背景を持つ街ゆえ、こんなところでカメラなんぞ構えても大丈夫なのだろうかという気もしていたが、軍隊に誰何されるワケでも銃弾が飛んでくるワケでもなく、その点はタイのあまたの街角と同じであった。

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  ふふ、ふ、踏切も路盤同様に現役風味。貨物列車が国境を越えて運転されているという未確認情報の信憑性を裏づけているいるように思えた。う〜〜ん……、国際旅客列車の運行を望む!

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  国境事務所を目前に、いまいちどスンガイコーロクの街並を振り返る。いつの日にかじっくりと散策してみたいものだ。

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  国境で結ばれる友好。

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  タイ側国境事務所までは、駅から直行すれば徒歩15分ほどで到達できるだろう。とりたててなんら問題なしにここまで辿り着いたワケだが、積極的なおススメができない越境ルートである点だけは、くどいようだけれどつけくわえておきたい。

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  イミグレーションというよりは自動車道の料金所といった風情。掃除のおじさんが、「マレーシア?  なら、そこの窓口で」と笑顔で教えてくれて、なにごともなく出国。

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  国境をまたぐ。右タイ、左マレーシア。右に回すとボールペン、左に回してもボールペン……ってのがどっかにあったよねぇ。

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  その反対側には鉄道が越境。乗りたい……。

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  まぁ、実際問題のところ、どこが「国境線」であろうといいワケだが、海路と空路でしか自国からの越境ができない日本人にとってはやはり新鮮な情景ではないだろうか?

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  こんなところを歩いて越境。いよいよマレーシアである。

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  徒歩での越境者用の窓口は左端の室内にある。笑顔の係官は、日本人とわかるとちょっと意外そうな表情を浮かべたが、「こんにちは。マレーシアではどこに行きますか?」とカタコトながら日本語で応対してくれた。おかげで、マレーシアの第一歩を気持ちよく踏み出すことができた。

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  今夜はコタバルで過ごす予定。国境のあるランタウパンジャンからは29番バスがコタバルまでを結んでいる。1時間に1本程度運行されているようで、日中であれば問題なくアクセスできるハズ(5時45分〜18時30分の運行と公式サイトで案内されている)。

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  一部にボックスシートのある車内。キレイで快適ではあったが、強烈な冷房がタマにキズ。

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  コタバルバスターミナルに到着〜о(^ヮ^)о
  つづく。

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