2018.01.22

冬に逆戻り・・・の巻

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  じつは今回のアップから、先日訪れた大韓の京江線の模様などに話題を移す予定だったが、ワケあって12月タイ散歩の落ち穂拾い的なネタにて茶を濁すことにした。なんのことはなく、帰国早々に目先の仕事に追われているためブログ用写真の整理がな〜んにもできていないだけの話。某社宛の企画提案は当日中に済ませておいたものの、再度写真をピックアップしてリサイズなんていう悠長なことをするには、ちょっとバタバタしすぎてしまっている昨今でごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  でまァ、こんなのがアユタヤだかになかったか?  いうまでもなくアユタヤはタイの著名観光地のひとつでもあるけれど、いまだ訪れていないという体たらく。なぜかといえば、さしあたりタイの汽車に乗りまくることにしたのはいいとして、中途半端な位置の途中駅であるがゆえ、どうしても後回しになってしまっているのであった。

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  タイ・カンボジア国境を目前にアシッド系アートが……。

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  こんなのも、見方によっては路上アートといえましょう。

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  しかし、タイ汽車散歩でのアートといえばやはりコレ。

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  見てのとおり危険行為に対する注意喚起の類だが、しげしげと眺めていると、無性に作者にお目にかかりたくなってしまいMASITA。でもなァ……。

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  東線ぞいの田んぼでよくみかけたナゾのオブジェ。ニンゲン向けカカシというか、オレはコレを「コブラカカシ」と推理しているのだがどうだろう?

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  灼熱の炎天下で囚われの身となっている鶏。奥の1羽は不機嫌極まる表情で大暴れ。こりゃ生き物に対する虐待じゃないかという気もするのだが、なんとなく「闘鶏」用に飼われているような気がしないでもない。

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  というタイ散歩12月の巻でありMASITA。

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  あとは空港に向かう途中でいくらか豪華なメシでもかっくらって……という算段だったが、帰路の蒸機列車が1時間以上も遅れたりで、空腹のまま空港に乗り込むハメになってしまった。が〜……。
  まずはシャワーでスッキリしようと乗り込んだラウンジに、あれこれ食事ものが揃っていたので(さほど用意されていなケースもママある)、気ままにおいしくいただく。

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  こちらはバイキング形式ではなく、オーダーでテーブルまで運んでくれた。コレがタダメシなのが申し訳なってしまうほど旨かったо(^ヮ^)о

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  もちろんシャワーでリフレッシュ。
  広すぎてどうも不便な印象を拭えないスワンナプーム国際空港だが、今回はDエリアが搭乗口で、そのラウンジともどもイミグレーションを出たほぼ真ん前というロケーションだった。いつもこうならありがたいが、場所のせいか構造のせいか、あるいは両方のせいかもしれないが、外のざわめき(騒音ともいう)がダイレクトにラウンジに乱入してくるのがちょっと残念。

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  たらふく喰って、ィ予約しておいたとおりアシアナ航空のエコノミークラス前方ブロックの最後方窓側でさっさと寝入る(つまり背後が壁)。さすがに食事サービスはパスして飲み物だけをいただいた。で、こちらは往路の仁川〜バンコク間でサービスされたビジネスクラス席。ありがたや〜。

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  西洋料理か韓国料理を選べるので韓国メシを楽しむ。この「プルコギサムパッ」そのものは中長距離便のエコノミークラスでも用意されている場合があるメニューだが、ビジネスクラスでは前菜からはじまるコース形式でまったりといただく。

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  デザートもまったりとо(^ヮ^)о  韓国料理だと左の伝統菓子がつくが、西洋料理コースのアイスクリームも一緒にサービスしてくれた。ちょっと食べ過ぎかなと思わないでもなかったけれど、もちろんおいしくいただきMASITA。まぁ、こんなあたりもヒコーキ旅の楽しさといえましょう(大韓散歩はもとより、なにかと愛用しているアシアナ航空だが、この21日に金浦空港で搭乗中に機体が動くなど、不祥事が無視できないレベル起きている。接客などのサービス面では十二分に合格点だと思っているだけに残念だ。そうした話題についてはまた後日に……)。

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  その往路。乗り継ぎの仁川国際空港は絶好調に雪景色であった。

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  こんな雪まみれの世界を通って常夏のタイに乗り込むというのもオツなことだなと思った。もとより、祖国というか出発地の日本だって成田に雪が降ってなかっただけの話で同じ冬ってことに変わりはないのですがね(笑)。

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  そんな夏のひとときを過ごし、帰ってくればやはり冬。年を追うごとに寒さが堪える一方という昨今だが、今冬は油断したら不本意にのたれ死にでもしかねないほどの恐怖の毎日。ほんの2〜3年前であれば、たとえば冬の大韓に乗り込むにあたって気象情報をチェックして、「氷点下20度」なんていうのに小躍りしたものだったけれど、もはやそんなおめでたい気分のもなれず……。そしたら、14日から訪れた今年最初の大韓は、ちょうど寒気の狭間に遭遇、おかげで無事に帰ってくることができたのでありMASITA……という話は次回からのアップにてしとうごぢいます。

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2018.01.16

終末運休列車は名うての歓楽街を通り過ぎ・後編・・・の巻

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  さて、やってきたバンプルタールアン駅だが、ここまで汽車に乗るのが目的だったので、どっかで「ボケ〜〜〜」っとしていれば折り返しの汽車だって動くだろうぐらいにしか考えていなかった。観光的な見どころはいうに及ばず、食堂すらあるのかどうか覚束なかったのだからマイペンラーイではある。が〜〜……。結論からいえば、この駅がすこぶる気に入ってしまった。

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  じつはこの駅、終点ではあるけれど、それは旅客列車だけの話。線路がこうして延びていることから想像できるように、10kmほど先のサッタヒープ商業港が本当の終着駅なのである。しかもその旅客列車がたどり着けない駅が線名にもなっている。ならばたかだか10km、そこまで走らせてくれればいいのになァと思うのだが、いかなる事情があるのだろうか?

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  駅名標もまったくの中間駅仕様なのであった。

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  駅前はご覧のとおりо(^ヮ^)о

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  見事になんにもないといいたいところだが、ココでも日本の国鉄車両が朽ち果てるのを待っていた……。
  それにして、も。水と軽食を念のため携えてきたが、こんな案配ではヘタすれば生命の危機にすら関わりかねませんなぁと思ったのだ。

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  真新しい道床と朽ちた車両。寂とした終着駅。

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  別段、日本の鉄道車両だからどうのという趣向は持ち合わせていないけれど、それでも現役で走っていてくれたらなァとの思いはある。

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  民家だろうか、それとも別荘の類だろうか?  鉄道車両同様に、こちらも朽ちかけているようであった。なかを覗いてみたい気がしないでもないが、ヤブのなかからコブラにコンニチハされてもアレではありますね(室内だってデンジャラスではアルマジロ?)。

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  目抜き通りから駅舎を遠望。なんとも好もしき情景だ。

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  というバンプルタールアン駅とその周辺ではあるが、目抜き通りの突き当たりには港湾と街とを結ぶ広い国道が待っていた。

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  そして、ありがたいことに食堂もо(^ヮ^)о

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  おいしくいただきMASITA。

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  帰路への出発を待つ。

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  物音ひとつしないような静寂な車内を古びた扇風機の音と風がくすぐる。ときおり舞い込んでくる自然の風が心地いい。遠い記憶と“夏の午後”とを重ね合わせる。至福のひととき。

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  半室ながら2等車もあった。実際に2等で営業しているかどうかは不明だし、念のため切符売り場でリクエストしてみてもよかったのだが、2等の営業であればおそらくは指定席となってしまう。帰路は往路と反対側の車窓を楽しみたいのだが、そんなリクエストはおぼつかない。無難に、往路と同じく3等のボックス席に尻を乗せる。

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  ふと思ったのだが、走る牛ってのも、実際にはあまり遭遇することはないのではアルマイトの弁当箱?

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  走る牛とは違って、飛ぶ飛行機にはいくらでも遭遇するんですがねぇ。バンコクに戻るころにはすっかり陽が暮れていた。

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  いずれまた訪れてみたいものだと思う。

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2018.01.10

終末運休列車は名うての歓楽街を通り過ぎ・前編・・・の巻

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  閑話休題。
  タイ国鉄東線に乗ってアランヤプラテート1泊トリップを楽しんだィ翌日、再び東線の列車に乗り込んだ。行き先はバンプルタールアン。東線はバンコクから60km余り先のチャチューンサオでアランヤプラテート方面ともう一方のふた手にわかれており、そのもうひとつの路線である「サッタヒープ線」に乗るというのも今回のタイ散歩の目的なのでありMASITA。

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  それはそれとして、タイの汽車散歩は運行ダイヤの性質もあって早起きを強いられるのがあたりまえ。「昼夜がひっくり返った生活」とはこのことか(違う!)と苦笑してしまうのだが、熱帯の朝の車窓はすがすがして心地よい。
  ちなみに、バンコク〜アランヤプラテート間は午後に双方のターミナルを発車する便もあるので、それを使ってもいい。が〜……。バンプルタールアンを目指すサッタヒープ線の定期旅客列車は1日たったの1往復。ようはこの1往復のスジで日帰りトリップというワケだが、さらにいえば土・休日運休というなんともイカした路線なのだからグっときてしまうではないかо(^ヮ^)о  1日1往復きりの路線はほかにも昨年3月に乗ったカンタン線のトラン〜カンタン間などほかに4路線(区間)があるものの、いずれも毎日運転というダイヤ。しかし、こんな路線が平然として営業しているあたりもまたタイ国鉄の愉快なところであり、探訪欲を刺激してしまうのである。

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  チャチュンサオ駅の先でアランヤプラテート方面への線路を分かつ。

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  いよいよ1日1往復の鉄路に足を踏み入れたが、なんと複線、それも立派な高架である。

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  じつはこの路線、旅客列車よりも貨物列車が主役で、日に何本かまでは把握していないものの、それなりの本数が運行されているのであった。

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  車窓はといえば相も変わらずのどかな農村風景といったところではあるが、いきなりのようにこんな奇景に遭遇(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  帰宅してから調べてみると、「チョンブリキャニオン」というのがその正体であった。あれこれネットで調べてみてもなにを産出していたのかが判然としないのだが、なんらかの採掘場跡ではある。不思議なことに、手持ちのタイ旅行案内書やタイ鉄道関連書籍には触れられていない。ほんのつかの間とはいえ、線路の目の前にこんな景色が迫っているというのに……。こんなのを喜ぶほうがおかしいのだろうか?  チョンブリ駅から近いので、いずれ降りて探索してみたいと思う。

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  そんな奇景に続いて現われたのがこの飛行場。さすがに滑走路上にふふ、ふ、踏切があるところまではいかないものの、あのギズボーン空港(目下、探訪を計画中)を思わせるイカしたロケーションではないか。
  こちらも調べてみたところ、バンプラ飛行場(Bangphra Airport)といい、「タイフライングクラブ(Thai Flying Club)」の本拠地となっているらしいことがわかった。このクラブ、なんと日本語版ホームページもあり、見るからにソソられる写真まで掲載されていて自然と頬が弛んでしまう。いずれ取材に訪れてみたいものだ。

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  14系座席車を発見。日本の国鉄車両はあちらこちらで見かけるものの、残念ながら大半が放置状態で朽ちてしまっている。こちらはいくぶんキレイに見えるけれど、最後に乗客を乗せて走ったのはいつのことなのだろうか……?

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  米軍ゆかりの歓楽地として名高いパッタヤー。駅は市街地とはやや離れているうえ、平日のみ1日1往復のどん行ではそう多くの歓楽客は望めないだろうなと思う。

  そのパッタヤー。もとは静かで風光明美な海岸だったそうだが、米軍好みに改編されるや下世話な“Sexual Entertain City”へと変貌。もちろんそんなモノだけではない観光地でありまっとうな観光客もいるワケではあるものの……。

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  こちらは隣のパッタヤーターイ駅(停留場)。とってつけたような小さいホームがあるだけの停留場で、編成の大半が蚊屋の外。それでも想像よりは利用客が多くて驚く。

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  もうひとつ先にはパッタヤーフローティングマーケットなる停車場が(帰路の情景)。窓の外には大型観光バスの雨あられ。それでもこうして汽車を使うひともいるのであった。

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  週に12回しか旅客列車が停まらないというのにずいぶんと立派な駅も。周囲は熱帯ふうの原野。駅員の姿はあるものの、乗り降りしたひとはただのひとりもいなかった。しかし下車欲に誘われなくもない駅だ。なんの駅かは忘れたが。

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  湖ではなく貯水地のようではあるが、ちょっとすがしがしい風景も(スワンノンヌッチ〜カオチーチャン間)。

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  貨物列車対応ということだろうか、複数の側線を持つ構内有効長はかなり余裕がある。

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  ちなみに、乗っている1日1往復の汽車は本日8両編成。いまや日本のローカル線では稀ともいえる“長大編成どん行”なのであった。

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  11時20分。およそ4時間半、184kmの行程を経て、終点のバンプルタールアン駅に到着。折り返しとなる13時35分までしばしの休憩だ。先頭をカメラに収めようと思ったが、早々と機関車が切り離されてしまっていた。定刻なんぞマイペンラーイ、なにかとのんびりムードのあるタイ国鉄だが、なぜかこういうところだけはせっかちなのが摩訶不思議。

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  街があるワケでもなければ観光地でもないし、いったいぜんたいこんな駅までだれが乗ってくるのかと思っていたけれど、下車客は予想を遥かに超えて多かった。西洋人グループにしても、なにをしにやってきたのだろう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ともあれ、乗ってみれば楽しい路線でありMASITAо(^ヮ^)о
  つづく。

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2017.12.23

国境の町に交易の原点をみた・・・の巻

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  前回のつづき。
  どん行に6時間ほど揺られて辿り着いたアランヤプラテート。郊外にはあれこれ一見の価値がある遺跡が点在しているとのことだが、なにはともあれココはカンボジアへの越境ポイントである。かつてタイ・カンボジア両国を結んでいた国際鉄道は途絶えて久しいものの、こうして国境をまたぐ鉄道の鉄橋が健在。復活予定であることも伝えられており、いずれはこの橋を汽車で越えてみたいものだと思う。

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  タイ側イミグレーション。今回はココで引き返すのだが、やってきれみればコレがすこぶる“イイ顔”の国境なのであった。

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  国境を越えて商うひとびとが隣国への門を叩く。
  コレはまぁちょっと大きめの台車といった風情ではあるが、この少し前にはトラックの2トンロングほどの巨大な台車と満載の荷とを、年老いたおっかさんと中年にさしかかったその息子さしき男が、文字どおり必死の表情で引っぱっているのに遭遇。そのすぐ後ろには10トンを超える大型トラックがいたのだが、この親子(?)が歩むさまはゾウガメのごとし。言うまでもなく、背後は渋滞と化しているワケだが、大型トラックは文句をいうのでもなく、辛抱強く親子が進むのを待っているように見受けられた。
  それがどんなにイカした情景だったか?  ついつい長々と見とれてしまった挙げ句、カメラを向けるのすら忘れてしまったのだから、そのすんばらしさが想像できましょう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  それに比べればこんなのはカワイイものだが、こうして連なっている面々を鑑賞していると、フントにここに来てよかったなと思ったものだ。たぶん・・・キンシャサなどを訪れたら、さらにシビレまくってしまうのだろうなどとも想像しつつではあるが。

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  国境に接して広がるロンクルア市場。“バッタ品の宝庫”という説も見かけるが、ざっと瞥見した範疇では、至って常識的な品揃えに思えた。

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  とはいえ、この市場は広大にして広大。つぶさに歩き回れば、相応にイカしたブツやニンゲンと出会えるのかもしれない。
  対するカンボジア側の町・ポイペトはカジノの町。あいにくそんなものには興味がないが、いずれ鉄道が復活したらソイツに乗ってプノンペンなりアンコールワットなりを訪れてみたいものだ。

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  国境(ロンクルア市場)はアランヤプラテート駅からおよそ7km。さすがに歩くのは面倒なのでトゥクトゥクをチャーター。トゥクトゥクも“イイ顔”を選ぶべし!
  このトゥクトゥクを降りた途端、見るからにアヤシゲな男どもが寄ってきて、口々に「ビザ?  ビザ!?  ビザ!」。煩わしいので「ノー、カンボジア!」のひとことで追い払ったものだ。

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  アランヤプラテート駅から国境に向かって延びる線路。列車は走っていないけれど、途中にはこうしてふふ、ふ、踏切もみられる。
  ちなみに、グーグルマップで画像を見てみると、この付近の線路は撤去されていた。訪れてみればきちんと整備された路盤に線路がきちんと敷かれており、その後に手が入れられたことを窺わせる。どうやら国際鉄道復活のウワサは本当のようだ。

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  アランヤプラテート駅を望む。

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  歩道をバナナの樹と実が阻むのはいかにも熱帯といったところか。熟れていたら失敬したくなりそうだ?

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  泊まったのはこんなところ。1泊400バート(1400円弱・チャイスクバンガロー)。熱帯ふうで好みの部屋にちょっと感激。エアコンつきだが、窓を開けて過ごすのが快適なように感じられた。

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  赤いクルマと白黒オールカラー。

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  おっとクロボウズ@しゅぽの店先。足先にちょっとだけ白い毛がのぞいているのがチャーミング♪

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  食堂にてクロネコ三毛の大冒険。

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  アランヤプラテート駅前にややウチの子ちゃん柄。このタイプはなぜかタイで巡り会うことが少ない(目立つのはクロボウズ)。

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  이봐! 개!!
  クルンテープ(バンコク)ゆき上り1番列車の発車時刻は6時40分。宿は駅から2km弱離れているため、暗いうちにチェックアウトしたが、駅に向かう道中でイヌどもが「ワンワン」うるさくて、コレがまたムカつくのだ。タイの夜道では、足下のコブラにも注意したいところだが、それよりもイヌこそが強敵なのだと改めて気づく。狂犬病のリスクもあるうえ、なにかっていうと立ち向かってくるので、イザとなればそれ相応の応戦を辞さない構えも必要かもしれない。が〜……。発車待ちの車内を眺めるこのイヌはイイ味わいであった。なんだかものを言いたげな悲しい目つきでこっちを「じーー」っと見てるんですからねぇ。なにか食べ物でも持っていればあげたいところだけどねぇ。でも、なにも持ってなくってねぇ。

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  朝のアランヤプラテート駅。好みのたたずまい。

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  バンコクゆきは前日と異なりディーゼルカー4両編成。最後尾に席を取ったところ、クッションがないことに気づき、慌てて1両前の車両へと移る。
  それにしても……。したり顔で(?)アランヤプラテートがどうのロンクルアがどうしたと記しているオレだが、一連のタイ散歩に乗り出す以前はその地名すらまったく知りもしなかった。タイの地名についていえば、バンコクはともかく、ほかにはアユタヤ、パッタヤー、チェンマイ、チェンライ、ハジャイ……あといくつかはあるかもしれないが、恥ずかしながらせいぜいがそんな程度の知識しかなかったのである。それがこのザマとは、人生わからないものでありますね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.12.17

タイ・カンボジア国境を目指す・・・の巻

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  バンコク・クルンテープ発5時55分……。
  空路バンコクにやってきて、クルンテープ駅前にほど近いホテルにチェックインしたのがほぼ0時。ちょっと辛いスケジュールではあるが、毎度のことでごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  夜明け前に首都ターミナル駅を発つひとびと。

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  線路脇に形成されたコミュニティの朝も早い。ネコの姿もちらほら。常夏の国とはいえ、この時間帯はすこぶる過ごしやすい感じだ。

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  チャチューンサオジャンクションをすぎ、サッタヒープ線を分岐。沿線に歓楽地として名高いパッタヤーを擁するこの路線には、翌々日の乗車を予定している。

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  クローンシップカーオの先でケンコーイに向けて鉄路が分かれてゆく。残念ながら、あちらの線路には定期旅客列車は運行されていない。

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  途中駅では列車の行き違いも。タイ国鉄ではタブレット閉塞が現役で用いられている。

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  終点のアランヤプラテートに至る旅客列車は1日わずか2往復だが、途中のプラチーンブリまでは5往復、カビンブリまで4往復がバンコクとの間に設定されている。そんなローカル線を往く8両編成のどん行。乗り降りは意外と多いようだ。

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  タイ国鉄どん行の旅は、停車駅がちょっとしたアクセント。コレでも立派な駅(ないし「停車場」)で、沿線住民の暮らしを支えているのである。

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  ココも停車場。止まっているバイクは送り迎えの足。

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  ときおり嵩の高いホームが駅工事現場にみられた。ダイにせよ大韓にせよ、低いホームに慣れてしまうとずいぶんを違和感を覚えるが、抜本的な路線改修が進められているのだろうか?

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  雨季の名残り?

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  復路に広がった平原の車窓。

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  快適などん行道中と言いたいところだが、今年の春ごろ、ふと気がつけばケツメドの様子がおかしい。かかりつけ医によれば、軽い炎症を起こしているのだとか。原因として思い浮かぶのは、いうまでもなくタイのどん行。飛行機のエコノミークラスで飛んできて、その翌朝から好き好んで乗り込むのが堅いボックス席。今日でいえば、終点のアランヤプラテートに着くのは11時35分。往復だと都合11時5分ナリ。かつては「青春18きっぷ」散歩などでかような汽車に揺られたものだが、もう若くはないのだゾと思わざるをえないザマである。
  ちなみに、クルンテープ〜アランヤプラテート間の距離は254.5km。この東京〜浜松間に匹敵する距離を乗るための運賃はわずか48バート(160円弱。JR本州幹線だと4430円)。300円ちょいで11時間以上も汽車に乗れるのだから、こりゃぁおトクというものか?

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  15分ほど遅れてアランヤプラテートに到着。

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  アランヤプラテートは東線の終点駅ではあるのだが、線路はさらに東を進み、カンボジアまで延びている。残念ながら国境を超える列車は1975年に廃止され、その後は線路も撤去されたというが、現在は線路の修復が進められており、遠からず国際列車が復活するのかもしれない。以前紹介した『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)にはこの駅名標に示されたクロンルック(停車場)の先、国境を目前にしたティーユットロットタイまで乗車した記録が記されてあり、せめてそこまでは汽車に揺られてみたかったという気もする。

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  1日2回の列車到着後の駅前は賑やか。町散策のあとトゥクトゥクを捉まえようと訪れたら、「もぬけの殻とはこのことか」と妙な感心をさせられたが……。

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  1日に2度、時間にして1時間ほどしか開かない切符売り場には不思議な文字盤を持つ時計が。このテの腕時計がほしいなと思った。

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  せっかくなので駅に程近い市街地を散歩。とりたててなにに出会えたワケでもなかったが。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.12.11

蒸気機関車狂想曲@バンコク・・・の巻

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  タイ・バンコクにて汽車ぽっぽо(^ヮ^)о

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  今年4回目となるタイ散歩のテーマはタイ国鉄東線。1日2往復のクルンテープ(バンコク)〜アランヤプラテート間(254.5km)と1日1往復(土・休日運休)というイカした路線であるチャチューンサオ〜バーンプルータールアン間(123.1km)に乗るというのが主目的である。

「さて、日程をどのようにしようか」
  と思案したところ、12月5日が目に止まった。前国王誕生日である。この日は、通例で年4回運行されている蒸気機関車列車の運行日のひとつ。「これだっ!」とばかりにさっそく航空券を入手したが、前国王は昨年に逝去、その葬儀もさる10月に執り行なわれており、蒸気機関車運行についても確実な情報を得ることができずに気をもむこととなってしまった。

  蒸機の運行がなければないで、久々にメークロン線でも乗るかと思案していたところ、11月24日になってレールファンらしき人物による英語ブログを発見。それによればクルンテープ〜チャチュンーサオ間で運行される旨がタイ国鉄から発表されたらしい……ということで、勇んで空路タイへと向かったワケだが、航空会社がビジネスクラスにアップグレード(2番目にィ安い正規割引運賃だったのだが……)してくれたり、幸先のいい旅立ちとなった。

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  とはいえ、件の列車は全車指定席。ネットィ予約もできないため、その乗車についてはさほど考慮していなかった。せっかくだから走行シーンをカメラに収めたいものだが、「撮れば乗れないし、乗れば撮れない」というワケで、乗ることにはこだわらなかったのである。が〜……。
  それでもいちおう窓口で訊ねてみれば、いとも簡単に乗車券が買えてしまった。往復セットで250バート。片道ごとの発売はなく、ほかに終点のチャチューンサオ駅から遺跡めぐりツアー(999バート)も用意されていたが、とにもかくにもめでたしめでたしであるо(^ヮ^)о

  クルンテープ発は8時10分。まずは発車前の風景を見物すべく駅に乗り込むと、ホーム上に「チェックインカウンター」が設けられていた。列車は3等車のみの10両編成。車両ごとに専任のアテンダントがつき、ここでチェックイン業務にあたっていた。そこで、
「乗るのは復路のみにしたいのだけど、かまいかせんか?  なぜかといえば、往路は走行シーンを写真に撮りたいですよ。ええ、ええ。あとでオーディナリートレイン(普通列車)でチャチューンサオまで追い掛けます」
  とかなんとか直談判し、せっかく入手した座席予約を念入りに再確認。これにて準備は万端である。

●当日の蒸気機関車列車ダイヤ
・往路:クルンテープ8時10分発(903列車)9時50分着チャチューンサオ
・復路:チャチューンサオ16時30分発(904列車)18時10分着クルンテープ

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  あらかじめ目をつけておいたアソーク停車場前の交差点にて。現場はバンコクに駐在しているレールファン・Iさんと知り合い、あれこれタイ事情などをうかがいながら楽しいひとときとなった。そのIさんのアイデアで、高架で並行しているエアポートレールリンクに乗ってラートクラバンに急行し、そこで再び蒸気機関車列車を待ち受け。冒頭の写真がそのワンシーンである。

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  昼飯をかっこみつつクルンテープ駅に戻り、279列車(アランヤプラテートゆき)をキャッチ。チャチューンサオには14時13分に着き、蒸機列車折り返しの16時30分まで十分な余裕がある(コレを逃すと蒸機列車折り返しには間に合わない)。

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  この3日間行きつ戻りつした道中を経て(話は前後するが、この日が最終日であった)、無事にチャチューンサオに到着。この区間はさる5月にもヒマつぶしに乗っているが、とりたててなにがあるというワケでもない地味なロケーションながら、田んぼや水路などが続く車窓は、それはそれで旅情があると思う。

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  チャチューンサオでも蒸機はスター状態。

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  ちょうど機関車の顔の部分が跨線橋の真下だったのが残念。

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  転車台がないので、お尻をくっつけた恰好の2両編成蒸機が側線をつかって編成前方に移動。

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  帰路に向け発車を待つ。

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  なんとなくマイペンラーイ(ケンチャナヨでも可)な雰囲気が漂う運転台。

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  電車などと比べると、蒸機は生き物に近いように思う。

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  これが日本であれば、古い客車を動態保存していたり、わざわざそれっぽく仕立て上げた客車を用いるのであろうが、タイでは普段着の客車のママで十分に蒸機と似つかわしいのがイイところ。とはいえ、いくぶんキレイな車両が用いられていたのは、はやり特別列車だったからだろうか。

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  車内では軽食や飲み物のサービスも。こうなると往路でなにがもらえたのかが気になってしまう。

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  豪快……というほどでないにせよ、蒸機らしい情景や音の躍動が伝わってくる。沿線ではカメラを手にしたり、走りゆく蒸機見物を楽しむひとの姿も多くみられた。日本と同様に、蒸機は人気者なのだ。

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  夕暮れは以外と早い。おかげで夜汽車の風情が楽しめるというものだ。

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  クルンテープ駅にはおよそ1時間遅れで帰着。

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  降りたあともお楽しみは終わらないのであった。

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2017.10.18

嗚呼、Dという世界! 大韓本小咄(ほか)・・・の巻

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  え〜、ただいま大韓散歩中でありますо(^ヮ^)о
  で、数ある大韓関連本──というよりあまたの旅行記のなかで傑作中の傑作だと長年にわたり確信しているのが一連の『ディープ・コリア』(DK)でありまッスムニダ。青林堂版(定本DK)からの愛読書なので、かれこれ20年以上のつきあいであることは間違いないが、その愛着ぶりを記すならばこんなこんな感じになる。

  ある年の大晦日のィ夜、盟友Sより電話アリラン……。
「なにやってた?」
「ディープコリア読んでた」

  オレからすれば事実をそのまま述べただけにすぎないが、ことのほかSがウレシがってくれたので、以来、「大晦日といえばDK」となって今日に至る(さすがに旅行先にまでは持参しないが……、荷物になるし・笑)。

  それにしても二十余年。当時は韓国語はおろかハングルの読み方でさえさっぱりわからなかったが、そのあたりが“解読”できるようになると、あれこれ見えてくることも少なくない。そのうち、ちょっとばかりギョっとしたのが、湖南線を往く満員の「ムグンファ号」の車内で著者らが出会った赤シャツのチョンユンギ青年、その彼が書き記した自らの住所である。いわく、「大韓民国全羅北道益山郡`*金馬面新龍里私書箱11号通信隊」(*益山郡=現・益山市)。益山市金馬面はあれこれ史跡のあることで日本人にも知られているが、ふと思って調べてみると、彼の記した連絡先ってのは、どうやら徴兵中の彼が勤務する軍隊の駐屯地のようであった……。

  ところで。最近になってこの傑作シリーズの意外ともいえる見落としを発見した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  表紙カバー(より厳密にはカバー裏だが)は、本来こうするべきだったのではアルマイトの弁当箱?

  それにして、も。
  なかには真面目すぎる悪評やとんでもない勘違いを受けている面もあるらしい本書であるけれど、大韓通いをはじめる数年前、大韓ツウの同業者Yさんと大韓話になったところ、彼はこう言い切ったものだ。
「わはは、そっちできましたか。でも、あの本(DK)に書かれてあることは本当ですよ」

  残念なことに、往時からすればかなり薄味になってしまったようではあるが、それでもDK世界にある種のやすらぎを覚えつつ、なんのと言い訳を弄して繰り出したくなってしまうのが大韓なのでありMASU。

  しかし、この最新版である『元祖〜』(K&Bパブリッシャーズ刊)ではちょっとしたショックも……。
  片隅につけくわれられたつぎの記述。

>著者の意向により、この目次は一部を除いて、実際のページ数、ページ内容と違います。(P367。『豪定本〜』ブルース・インターアクションズ刊の採録部分)
>P575〜P600のノンブルに整合性が無いのは、著者の意向によるもので落丁ではありません。(奥付)

  ンなこたぁ、いちいち断られなくても、本書を買うような読者がヤボなことを騒ぎ立てるとは思えないのだが、だれの「意向」による“おことわり”の類なのだろうか……?  たしかに、前者では「もくじ」と本文との内容はその大半が異なっているし、後者ではノンブルの一部が飛んでいる(もっとも、本文を読んでいて件の個所で「落丁」なんぞと思うとしたら、よほどの前衛的読者であろう)。
  この最新版の“おことわり”が著者の「意向」なのであればケチをつける筋合いのモノではないけれど、できることなら、世間の目を気にしたにすぎないなんていう事情でないことを祈る。

  いまひとつは『豪定本〜』から登場した薬山温泉のつぎのくだり……。

>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『豪定本〜』2002年)
>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『元祖〜』2013年)

  オレが当地を訪れたときは、件の薬山温泉ホテル(宿はココだけ)が改装なのか廃業なのか、半ばガレキ状態だったためその夜をすごすことがかなわなかった。しかし、そのときの直感からすれば「ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて」はまさにそのとおりだったに違いない。

  なにがいいたいか?  それこそヤボなのかもしれないと自らを戒めながらも、ココに“イイ顔”もポンチャックもブタの運搬もじいさんの亡骸もインドと有明のイヌもケンチャナヨすら汚物のごとく排除されたわが祖国(ついでに大韓もか?)の情けなさを勝手に重ね見てしまったのである……。ほんの蛇足ではありますが。

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  もうひとつのDK的存在として、この『誰も歩かなかった韓国の旅』(宮原誠也・昭文社・1997年)も愛読している。
  昨今でこそ一般の旅行案内書にも大韓の地方や地方中の地方、あるいは著名観光地とは無縁な土地や物件が取り上げられることも珍しくなくなったが、かつて大韓のそんな土地やひとびとに目を向けていたメディアはDKなどごく限られた存在にすぎず、そんななかにさりげなく現われたのが本書であったようだ。愉快なのは、ガイドブックの体裁を整えておきながら著者の主観や思いが随所にちりばめられていることで、あたかも大韓の食堂で大衆的なメシをごちそうになりながらざっくばらんな大韓話をうかがっているような楽しさに満ちているのである。もちろん参考になる記述も満載。本書を読みながら、再訪への興味がわく土地も数多いのであった。

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  そういえば、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)を開いてみれば、その大韓の巻(下巻)にひとも羨むようなDK体験が綴られていて、何度読み返してもグっときてしまう。

  DKにあれこれ紹介(?)されているが、日本やほかのあまたの国々でそうであるように、大韓にも有名無名の遊廓街というものがある。そのうちもっとも著名だと思われるのがソウル東大門区にある清凉里588であろう。あるとき、友人Tの反応を面白がるべく見学に連れ出したところ、「いやぁ、(店先に立っている女の)みんながみんながモデル級ばかりだねぇ」と妙な感心をしていたものだったが、「行ってきていいYO」とそそのかしたところ、「お前が見てるから行かない」と一笑に付されてしまいMASITA(突撃モードになられても困ったのであろうが・笑)。本稿を記すにあたって調べてみたところ、すでに撤去が進み、現在はまったくなくなったか、わずかに細々と火が灯っているだかといった状況らしいが、DKにもあるとおり、かつては相当に現実離れした世界が繰り広げられていたようだ。

  で、そうと知ってか知らずか、無防備にも紛れ込んでしまったのが若き畸人・藤原新也であった。
  清凉里界隈のとある暗がりの路地を歩いていた藤原、いきなり闇のなかから飛び出した腕に抱え込まれてしまったのである。咄嗟にはなにごとが起きたのかわからず、しかしやがてそれがいささか強引な女郎部屋の呼び込みであることを理解したのだが、なんにしてもそんな“買い物”なんぞするつもりがないのだから迷惑な話だ。ところが、その女──還暦ごろと思われる──が肥満した大柄のガタイを武器に、怯む気配をみせずに力一杯挑みかかってくるのだからタマラナイ*。服を掴まれて引っぱられるわ、体当たりを喰らわされて部屋に投げ込まれるわで大騒ぎの明け暮れですといっとところだが、
>部屋はひどく狭かった。化粧品とニンニクと醤油の混じり合ったような匂いがした。狭い床いっぱいに蒲団が敷きっぱなしになっていて、その上にトイレットペーパーが二つころがっていた。(同書244ページ)
  という描写には戦慄が走る(笑)。

  そんな格闘を繰り広げつつ、おばはんが娼婦を呼びに行っている間に逃げればいいと気づいた藤原、観念したフリをして「女どこよ?」とおばはんに問いかけた。それに対するおばはんの返事──。
「わしじゃわ!」

  でまぁ、そのあとも平手打ちを喰らうやらで往生したようだが、笑いを誘われつつも同時に悲しげな感情もわき出してくる。そんな情景やココロのやりとりを垣間見つつ、「ぁあ、DKだなァ……」との思いがジワジワと心身を包み込んでゆくのであった。

*たぶんこんな感じであったのであろうо(^ヮ^)о
「ノー、ノー!  ナヌン、イルボンサラムカンガンゲ、アンデヨ、アンデヨ!」
「아니〜〜괜찮아〜(アニ〜〜、ケンチャナ〜^^)」

Jeondongyang

  もっともっとジックリと藤原新也の大韓話を読んでみたいと常々思いつづけているけれど、それでも前掲書のほか『逍遥游記』(朝日文庫)などで少しずつ語られているので、同じ文章を幾度となく読むこととなる。
  そんななか、写真中心にまとめられたのが本書『全東洋写真』(新潮社)である。いうまでもなく、ここで写真を通じて綴られているのは大韓だけではないが、東洋の西の果てから旅立ち、次第に東へと歩んでゆく道ゆきにあって、大韓の描写にふと目が止るとともに、ある種の懐かしさが込み上げてくるのであった。それは、『逍遥游記』で語られているオンドルにも通ずる安心感であり、温もりでもある。どうやら、そういう時空こそが、オレがあれこれ歩き回りつつ探し求めているものなのかもしれないなどと思いつつ……。

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  ところで、大韓から東南アジアへのプチ浮気をしている昨今ではあるが、某編集部のMさんから「参考にどうぞ」とプレゼントされたのが『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)であった。
  いやぁ、面白い!  単純にタイの鉄道の旅を網羅した旅行案内書なのだが、読んで楽しく、しかも大いに参考になっている。

「すごい本をいただきましてね。大袈裟かもしれませんが、究極の鉄道ガイド本というか、少なくとも汽車旅ガイド本の“あるべき形”として完成しているように思うんです」
  これは、“師匠”でもある故・野口冬人に本書を見せたときの話だが、事務所でひととおり見たあと、食事の席でもふと気になったのか、「あの本、もう一度見せてくれ」と熱心に内容を検分していたのを思い出す。

  欲をいえばもう少し文章による説明を深めたり表組を用いてもいいような気がしないでもないけれど、明解な内容は細部にわたり目が行き届いている。くわえて、繰り返し読めるガイド本であるというその一点だけでも、本書がお気に入りかつオススメの一冊となっているのであった。オレもがんばらねば!

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  残念なことに、DKに匹敵するディープな旅本というのは、じつはあるようでなかなかないものだ。貴重な例外として『インドでわしも考えた』(椎名誠・集英社)からはDI(ディープインド)を感じる。同行の編集者や写真家まで登場させながらもあんなに面白い紀行文に仕上がるとは……というのはついでの感想だが、ようはああいう話でもある。

  そんななか、本書『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)は、決してDT(ディープタイランド)ではないものの、タイという国やそこで暮らすひとびとと密着した一冊として、ところどころではあるけれど深めの世界を提示してくれている。しかし、自分自身もまた好きなように歩き回っているけれど、そうそうはハマリ込めないものなのだといまさらながらに思う。いうまでもなく「D」という世界にである。

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  おまけ。マウリツィオポリーニは大リスペクトするピアニストのひとり。とりわけ、かれこれ35年以上にわたり愛聴してきたショパンの前奏曲集や練習曲集などを聞くたびに、そうそうはああいう演奏はできないとの思いを新たにする。で、あるときなんの気なしにネット通販を検索していたらこのインタビューDVDが目に入ったのでさっそく購入。ここにももちろん「D」の世界が満載ではあったが、音楽の話とは異なるところでドキっとさせられたところがある。

  じつはまったく知らなかったのだが、ポリーニはイタリア共産党の党員なのだという。ただしイデオロギーからの参画ではなく、当時のソ連よるプラハ侵攻に対してイタリア共産党が真っ向から批判を繰り広げたことなどから「リベラル」の受け皿として党員となったことが語られている。こうしたエンタテイメントに関するインタビューで、そうした政治的な問いをぶつけるインタビュアーも立派だが、正面から答えるポリーニからもまた学ぶべき点が多いと思う。とりわけ、権力側におもねっていないという点で。

  その話の流れのなかで、(イタリアにおける)右翼への批判が展開されている。具体的な言及はないものの、相当に酷いありさまらしく、当時をして最大級の罵倒をぶつけたかったようだ。ところが、昨今の状況はさらなる悪化の一途を辿っており、ポリーニいわく「最低」をしのぐ形容詞が必要だという。
  う〜む。いっそのことポリーニの“リクエスト”に対し、「ABE」というのを輸出したらいいのではないかと思ったものだが(なんか、大韓ではそのテの用語が裁判沙汰にすらなったそうですなぁ。「お前はABEみたいだ!」とかそういうのが「名誉毀損」──ネタにされた側にではなく、「みたいだ」と罵られた側に対して──とされたとかされないとか。イイ話ですな)、世界のあちらこちらで不穏なよどみが拡大しているのがなんともおそろしい……。

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2017.09.30

マレー縦断ネコの旅・・・の巻

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  ネコカフェに巨大なネコがいたというのをシンガポールの巻に記したけれど、その正体がコレである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まっ、顔つきからすると、そういう種類なのであろうが、でかいものはでかい。

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  なんでも、ニューヨークに「サムソン」なる巨大ネコ(推定・全長150センチ超)がいるそうで、ちょっとした国際的スターの座を手にしているらしい。単にネットで遭遇したにすぎないが、飼い主と思われるおとっつぁんが仰向けになった自分の腹のうえに乗せてシアワセそうにしているさまはなんともうらやましいかぎり。ほしい是о(^ヮ^)о

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  子どものころ、はじめてわが家に来たのがシロネコであったが、どういうワケかそれからまったく縁がない。

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  飼育係のおねえさんに懐いていMASUという場面。

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  おっと、クロボウズ。シロネコとは異なり、わが家とはときおり縁があって、しかも揃ってきゃわゆい。

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  茶トラとは縁があまり濃くない傾向。コレをアップする数分前、わが家の庭を見慣れない茶トラが闊歩。毛並みもいいし、クロボウズ亡きあと、ちょびと仲よしになってくれればいいと思うが、カメラを用意しているうちに姿を消してしまっていた。

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  店のなかはこんなかんじо(^ヮ^)о

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  マレー鉄道の北東端・トンパッ駅でペトペトニャーニャーとヒマつぶしの相手をしてくれた白黒オールカラー。

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  マレーシアでは、なぜかこういう人なつこいネコが多かった。

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  タイを目前にしたマレーシア国境の街・ランタウパンジャン。入国した途端に出迎えてくれたのがこのシアワセいっぱいなネコであった。

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  バスの車窓(だったと思うが)にクロボウズ。シッポがフサフサ。

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  灼熱のバンコクでスヤスヤお昼寝中。

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  クロボウズをよくみかけるバンコクだが、どういう次第かウチの子ちゃん柄には滅多にお目にかかれない。

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  ネコは寝床探しの天才なり。

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  痩せてるのを見るのはちょっと辛い。。。

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  ネコが平和に暮らせる街はいい街だ。

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  ちゃんと面倒を見てる人がいるんですねぇ。

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  数日前のィ夜。庭で遊んでいるちょびを家のなかに入れようとしたら、玄関の扉からヤモリが転落。折悪くそのさまがちょびの目に入ってしまい、それからしばらくはヤモリハンティングに興じてしまった。

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  バンコク・クルンテープ駅のホームにネコ小屋がо(^ヮ^)о  なんともホっとする情景でごぢいますね。

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2017.09.24

散歩の傍役拾いも楽しからずや・・・の巻

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  前回アップと同様に、ちょっと古い話になりMASUが〜。
  シンガポールの博物館でタマタマの巡り合わせにて「朝鮮王朝展」に遭遇したそのほぼふた月前、バンコクの中心街では大韓まつりが開かれていた。もちろんひやかし散歩を楽しんだ。東南アジア散歩で大韓取材ができるとは、ある種の「星」のようなものを感じたくもなってくる。が〜。ふと思ったことも……。

  かの御大・宮脇俊三は、「アンデスの高山列車」(『汽車旅は地球の果てへ』<文春文庫>に所収)の旅のさなか、ペルーの食堂で「チーノ(中国人)か?」「コーリァンか」と訊ねられた体験を記している。そのくだりで、「こういう議論、私は大嫌いなほうなのだが、たまには許していただきたい」との断りを添えつつ、つぎのような一文を挿んでいる。
>どの国に行っても、東洋人と見ればジャパニーズ、ハポネーの時代に、これは奇特なことである。こうした経験は幾度かある。そうなるのは、主要都市や観光地からはずれた場所においてである。(中略)そういうところでは「日本」より「トヨタ」や「カシオ」のほうが有名なのだ。観光旅行者のごときは、お定まりのところにしか行かないから、他の大半の地域とは無縁である。(中略)日本人の海外旅行は、まだ修学旅行の域を出ていない。(前掲書/初出は1984年)

  自らこう記しておきつつも、とうの著者自身は必ずしもここで飛び出した論に納得していないのではないかと推察するが、オレ自身もまた「日本人旅行者ってのは、マイナーな存在なのかな?」といったふうに感じることはしばしばある。いうまでもなく、ごくごく限られた範囲における些細なめぐり合わせにすぎないけれど、東南アジア然り、ヨーロッパ然り。例外は大韓で、たいていはこちらが日本人であることを疑うそぶりすら見せないが、それでも「チャイナ?」と訊かれたことはあったりもする(笑)。

  ウサギとカメというか漠然とそう思うだけの茶飲み話だが、ひとつにはアジア諸国のなかで先行して経済発展を遂げた日本と少し遅れをとりながらも経済成長を果たしてきたアジアのほかの国々があり、その一面として外国旅行者の幅が拡がったということがあるのであろう。日本や日本人云々(うんぬん)ということだけではなく、それだけ異なる国や文化を持つひとびと同士の交流が盛んになったことをむしろ喜ぶべきなのではないだろうか。

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  コタバルの街角にも大韓風味。

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  CKBの世界о(^ヮ^)о  写真がブレているのは、シャッターを切ったあたりで縁石に躓いたため。「ケンチャヨ!」とそのときは思っていたのだが……。そういえば、このほどレンズを1本調達。これまで強いられてきた「手ぶれ防止機能」なしの戦いからやっとこさ解放される。もっともないならないでそれなりに慣れるものだとは実感しているのだが。

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  勅令の文字が目を引いた。念のため電子辞書で「広辞苑」を開いてみると、<明治憲法下、帝国議会の協賛を経ず、天皇の大権により発せられた法令>云々とあり、それ以外の意味には触れられていない。むろん、この貼り札と天皇とは一切関係がない……のだろうねぇ。

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  トイレの使い方。

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「インスタントティーミックス」のいれ方。
  シンガポールのホテルの部屋にあったサービス品で、むかしからある安直なインスタント茶だが、こういうのもタマに飲むとおいしく感じられる。しかもほのかにシナモンの香りがあり、ようはマサラティーふうなのに感激した。で、タマタマみかけたスーパー(しゅぽにあらず)をチェックしたところ見つからなかったのだが、最後のチャンスとばかりにチャンギ空港で訊ねてみた。
「インスタントの紅茶で……、ほら、むかしからあるような砂糖とミルクの入ったヤツなんですけど」
「あっ、スリーインワンですね!」
「そうそう、それっ、それっ!」
  教えていただいた第3ターミナルのショッピングセンターでは、残念ながらこのマサラティー風味のブツがなかったが、ともあれ似たようなのを買い込んで日本への帰途に着いた。ィ夜中の仕事のティーブレイクには最適なアイテムでごぢいますねо(^ヮ^)о

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  ホントにこういうおとっぁんだったらコワイ。畸人のオーラが漂っていますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  人相は悪いが目がつぶら。オジホが時代劇で世祖のィ役なんかをやるとこんな風情になるのではアルマイトの弁当箱?

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  コタバルの川辺にて。

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  ビエンチャンの公園にあった恐怖看板。

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  ターナーレーンの街道にいわくありげな「学校」の看板が。ドラッグフリーとフリードラッグとでは意味が逆になってしまうのだろうと思った。

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  ビルの工事現場にて。他者を拒絶するかのような文字とイラスト。

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  ノンカーイの名も知れぬ仏教寺院にて。まさか爆弾だとは思わないが(笑)。

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  旧ノンカーイ駅に掲げられていたイラスト。背後はメコンだが、旧駅は道路を挟んだこの反対側にあるので、ひょっとするとこういう具合につくり変える計画があったのかもしれない。どのみちバンコク方面からの直通国際列車はないのだし、ラオスとを結ぶ列車はここでスイッチバックして友好橋を経由するルートにしてなんら不都合があるワケでもないだろう。現駅よりはこちらのほうが市街地へのアクセスには都合がよさそうに思えるが、その後の経緯は不明である。

  新旧といえば、大韓時代劇「王と妃」にこんなくだりがある。
  ある役人の首を挿げ替えた首陽(世祖)。その新旧2名を招いて簡単な酒宴を開いていた。そのおふた方は、旧・領議政シンスクチュ(신숙주/申淑舟)と新・領議政・クチグァン(구치관/具政寛)。そこで王(首陽)がふたりに呼び掛ける。
「シン領議政」
「ク領議政」
  問題は、「シン」が「新」であると同時に「申」であり、かつ「ク」が「旧」であるとともに「具」であるところにある。つまり、単に「シン領議政」「ク領議政」と話し掛けられただけでは「新領議政」「旧領議政」なのか「申領議政」「具領議政」なのかがわからず、とうのおふた方ともに揃ってあたふたするほかはなかったのであった。
  いうまでもなくココはそういう場面であり、オレは「こいつぁどっかで使える是!」(どこでだ?)と大爆笑するほかはなかったが、とうの首陽もまた上機嫌に高笑いをしているのであった……という話о(^ヮ^)о

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  コーンケーンではトカゲ多数。コレはどうみてもトカゲだろうけれど、トカゲとワニとの区別はいまだ理解できず(笑)。もっとも、蝶と蛾との区別にしてもあるようでないといった類の話を聞いたことがあるし、ヒラメとカレイもまた然りなのではあるが。

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  よほど運が悪かったと思われる。

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  東線どん行の車窓にみかけたナゾの鳥。そういえば、わが母堂が、庭で「仏法僧(コノハズク)が啼いてた」とウレシがっていた。なんでも、子どものころに「ブッポーソ〜!」と啼く鳥がいると親に教えてもらって以来はじめての遭遇だったそうで、「ホントにそうやって啼くんだねぇ」としきりに感心していた。となれば、オレもソイツの声と姿とをぜひキャッチしたい。あれからほぼ2週間がすぎ、いまだに遭遇することができずにいるのだが……。ちなみに、種類はわからないけれど、フクロウ系と思われる「ホー、ホー、ホッホホホーホー」といった声がィ夜中に聞こえてくることはタマにある。こちらも姿を拝む幸運には恵まれていないのが残念。

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  帰途のバンコク・スワンナプーム空港(5月の巻)では、搭乗口の関係からかエバー航空のラウンジを案内された。大韓ドラマでみかけるナイトクラブを思い浮かべるのはオレだけではないハズ。シャワーでさっぱりとし、あれこれくだものをつまみつつフライトタイムを待つひとときであった。

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2017.09.18

しゅぽ、こらじはごぬん・イサーン&ビエンチャン編

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  ところで、タイ散歩5月の巻に“ケリ”がついていないことを思い出した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ビエンチャンの街角にしゅぽならぬ「超市」の看板アリラン。こりゃ幸先がイイゾと思ったのだが……。

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  いちおうおさらいをすると(笑)、5月の巻ではバンコクから汽車を乗り継いでタイ・ラオス国境を越え、ビエンチャンまで足を延ばしMASITA。で、最初のランナー・快速135列車は珍しく2等車とシャレ込んだが、快適なリクライニングシート(倒さないが)で寛ぎつつ、全開の窓からしゅぽと仏教寺院のコラボをゲット。

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  最初の下車駅・ケンコーイジャンクションで遭遇したしゅぽは時代がかったたたずまい。

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  ケンコーイの目抜き通り。いかにもタイの街角っぽいしゅぽがあった。

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  途中のブアヤイ駅前のしゅぽで飲み物を仕入れる。ニコヤカなおっかさんが店番をしているいいしゅぽであった。

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  汽車に揺られてしゅぽチェック。タイの汽車は窓を全開にできるのがうれしい。わざわざ窓の開かない冷房車に乗らなくたって、窓から飛び込む自然の風で暑さは十分にしのげる。431列車の道中もそんな感じ。もっとも、雨に降られるとちょっと悲惨かもしれないが……。

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  ケンコーイ駅前でもそうだったが、こういうオールドスタイルの建物の味わいにはグっとくる。しかもそれがしゅぽときてはなおさらではないか。

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  前にも記したように、コーンケーン駅は路線と駅の大改装のあおりを受けて市街地から外れた仮駅で営業中。その駅前には小さいながら集落となっているのだが、それはそれとして「ファミリーマート」とは一本とられた。どうみてもコンビニではなく「しゅぽ」だし、たぶんインディーズの「ファミリーマート」なんだろうねぇ。

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  コーンケーン仮駅の近くにはもう1軒のしゅぽが。店先のテーブルセットは本家・大韓のしゅぽのごとしである。ちなみに、駅裏には「しゅぽ」ならぬ本格的な「スーパーマーケット」(あれこれ集まったショッピングモールだが)があり、乗り継ぎ時間の無聊をなぐさめてくれた。

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  国境の街・ノンカーイ。その国境に向かう大通りで見かけたしゅぽからは、どことなく大陸的な味わいを覚えた。

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  快走するトゥクトゥクの道中だってしゅぽ探し。

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  仏教寺院の前にしゅぽ。寺院の背後はメコン。そこを渡ればラオスである。

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  それはそれとして、身の毛がよだつほと暑かった。気温がどれほどだったかはいざ知らず、ああなると大陽ってのは凶器と紙一重に思えてくる。

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  かえすがえすも看板がないのが残念なタイのしゅぽ。しかしこのたたずまいは模範優等生的しゅぽといえましょうо(^ヮ^)о

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  無事にラオスに入国。国際列車のラオス側の駅・ターナーレーン界隈はほとんど西部劇状態。ビエンチャンまではソンテオなどを使えばいいが、ずいぶんとボった運賃をつきつけてきたうえに、どうもそのおっさん(運転手)自体がどうも気に食わない輩だったので、ビエンチャンゆき路線バスのある通りまで散歩するハメになった。が〜。歩いているからこその楽しみだってあるのだとあらためて実感したものだ。

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  どうやらこうして日よけを出すのがラオス流のようで、肝心の店のなかがいまひとつ窺えないのが残念。ついでにいえば屋号を示す看板もタイ同様にないのであった。あったところで読めないけれど(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ステキな情景だなと思った。あれこれ日にちばかりがすぎ、そろそろ冬眠願望に襲われる季節ではあるけれど、逃げ出したければこうして夏が待っていてくれるのである。

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  それにしてもバス通りはいずこ……?  トボトボ外国の見知らぬ田舎道をひとりで歩く。治安面ということでは常識程度に気を配っていれば大丈夫そうに思えてきたが、それよりもなにも、はたして無事にビエンチャン市街に辿り着けるのかとの不安をほんのちょっとだけ抱きつつ……、“条件反射”でしゅぽをパチリ。

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  件のバス通りにもしゅぽアリラン。ときおり背後を窺いつつビエンチャン方面に5分ほど歩いたあたりでバスに乗り込むことができた。味わい深い国境越えとラオスの第一歩であった(といっても、今回は1泊しただけだが)。汽車旅も楽しいが、究極的には徒歩に勝る旅の手段はないのではアルマイトの弁当箱?

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  友好橋国境事務所前広場で小休止。なんと屋号(推測)が掲げられている。屋根の造りはラオスふうということなのだろうか?
  というラオスのスタートではあったが、ビエンチャン市街ではしゅぽらしいしゅぽをほとんど見かけなかった。だからどうしたって話でもないんですがねぇ……。

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