2024.03.10

新刊のお知らせ・・・の巻

Asiatrain01

 3月19日、拙著『アジアの鉄道旅行入門(旅鉄HOW TO)』(天夢人・山と渓谷社)が発売となります。
 タイトルどおり、海外の鉄道旅初心者やこれからチャレンジしてみようという方向けにごく基本のことがらなどを汽車旅目線でまとめてみました。また、各国とも1編ずつ紀行文を収録。うちラオスでは2021年に開業した中国ラオス鉄道の旅模様を取り上げています。
 旅のおともや参考書として、あるいはちょっとした息抜き読書に、お手に取っていただければ幸いです。

●内容●

序章:旅をはじめる前に
海外鉄道旅行の楽しみ/計画を立てる/パスポートとビザ~出入国の流れ/持ち物はどうする?/言葉はどうする?ほか
第1章:台湾の鉄道    台湾を知ろう/準備編/現地編
   紀行──台湾近郊の秘境路線で過ごした日
第2章:韓国の鉄道    韓国を知ろう/準備編/現地編
   紀行──新路線を活かし韓国北東部を周遊
第3章:タイの鉄道    タイを知ろう/準備編/現地編
   紀行──夏の記憶を歩く~メークロン線の小旅行
(コラム)ミャンマーの鉄道/カンボジアの鉄道
第4章:マレーシアの鉄道    マレーシアを知ろう/準備編/現地編
   紀行──熱帯の暮らしを運ぶジャングルトレイン~サバ州立鉄道
(コラム)シンガポールの鉄道/インドネシアの鉄道/イースタンオリエントエクスプレス
第5章:ラオスの鉄道    ラオスを知ろう/準備編/現地編
   紀行──ラオス中国鉄道がラオスを駆ける
(コラム)中国の鉄道/ベトナムの鉄道

 

 

| | コメント (0)

2023.02.01

渡航再開とボヤキ・・・の巻


 新型コロナウィルス感染症流行のあおりで、御多分に漏れず海外渡航を中止してきたが、3月から徐々に再開することにした。

 こういう情勢下ということもあり、しばらくは「取材は無駄の積み重ね」となる可能性が大きい。かといって引きこもりクセがついてしまうのも困りもので、取材のカンが狂いかねないのも恐ろしい。また、今回は現地の友人との再会も目的のひとつなので、ウォーミングアップのつもりで繰り出そうかと考えている。

 それはそれとして、航空券の高騰ぶりには恐れ入りMASITAねぇ。東京~クアラルンプール往復でおよそ13万8000円ナリ。これは燃料サーチャージが5万2600円もかかっていることが大きい。束の間、たまっているマイレージを使ってビジネスクラスで楽をしようかとも思ったが、それでも別途に6万円近く払うハメになるのが気に食わんということで、某社の正規割引エコノミークラスを購入した次第。ただし、払い戻しができないそうである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

 コロナ騒動以前であれば、これだけのカネを払えば航空会社とタイミング次第でビジネスクラスで往復できましたなァ・・・とついボヤキが……。

 ついでに、一連の準備の一環として久々に日本外務省の海外安全ホームページをチェック。幸いにして渡航予定のマレーシア(マレー半島側)にはとくに危険情報はないようだ。

 そんなさなか、NHKBSで放映されていた「“銃社会”アメリカの分断」を見た。ほとんと日常茶飯事のごとく銃乱射事件をはじめとする銃犯罪が報じられるアメリカ合州国だが、ややもすれば取り返しのつきがたい“獣社会”と酷評してもいいのではないかとすら思ったものだ。

 しかし不思議なのが──ずっと以前から思っていることではあるが──件の海外安全ホームページを開いてもかの国の地図が常に空白状態だということである(件の番組では、アメリカ合州国では銃犯罪犯人が必ずしも摘発されていないという実態も紹介されていた。本当に先進法治国家なのか?)。

 たとえば、タイのバンコクは「危険レベル1」とされ地図には黄色く示されている。解説によれば、「首都中心部においても小規模な反政府集会が散発的に行われているため」らしい。もちろん知っておくべき重要な情報ではあるが、ではさて、アメリカ合州国で“テロ”を含む銃犯罪に巻き込まれるリスクと比較してどうなのだろうという気もする。

 あの国で万が一そんなものに巻き込まれれば、死亡を逃れたとしても莫大な医療費を背負うことになりかねないのもあの国ではないか(単に個人的な話ではあるが、訪れる機会の多い東南アジアや韓国、台湾などを訪れるさいは所持しているクレジットカードの付帯保険任せにしているけれど、アメリカ合州国に渡航することあれば、たぶんフルオプションに近いレベルの旅行保険を購入するに違いない。これはまぁ行く機会もないだろうが、アフガニスタンだのと同じ扱いである。後者向け保険が販売されているかどうかは確かめていないが)。

 なんというか、ごくごく素朴な感想として不思議でならないのである。せめて全土を黄色く塗って「十分注意してください」ぐらいの措置があってしかるべきなのではあるまいか? アジア系が標的にされたとの報道もあったハズだが。それとも日本人渡航者はあの国で危険な目に遭う確率が、バンコクの「反政府集会」におけるそれよりもよほど低いとするだけの根拠があるのだろうか。

 ・・・などとついつまらないことを考えてしまった冬の午後でありMASITA。


 

| | コメント (0)

2020.07.04

渡航再開はいつのことやら・・・の巻

Himeoyako_3176

  とかく夏のネコっていうのはこんなものですが……。

Himeoyako_3177

  ええ、ええ。スルドイ方はお気づきかと思いますが、お腹が大きいんですよ、ヒメ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  当初の計画は、一度だけ出産させて、その子育てが落ち着くと思われる出産2カ月後ぐらいをメドに避妊手術を受けさせるというものであった。ところが、ここまで記してきたように、3月中旬に出産したのは明らかだったものの、どこで何匹産んだのかがナゾのママ。ほぼひと月後にヒメが子ネコたちを披露するまで、その生死すらわからないという有り様だったのである。

 しかしそれはいいとして、その生死不明のさなか、金正宗やら首陽大君やら白黒オールカラー(現・白黒おじさん)やらと懇ろにてお楽しみなのだからこちらとしても困ってしまう。しかも、どうやらその最中に仕込まれてしまったのが、いまのこのザマにつながっているというワケなんですねぇ……。

Himeoyako_3182

  かといって、こちらも手をこまねいていたワケではない。すでに妊娠している可能性はあったものの、ころあいを見計らいつつ獣医の元に連れていったのである。ココロを鬼にして。ところがケースから出そうとしたら危機を察して大暴れのヒメ。獣医からは「洗濯ネットかなにかで包んで連れてきてください」と半ばサジを投げられたのだが、「それでは」と洗濯ネットを用意したはいいけれど、ションベンは浴びせられるわ、手首に「ためらい傷」みたいなのをつけられるわで大騒ぎ。

「その様子だと、やはり妊娠していて余計にナーバスになっているのかもしれません」
  と獣医。しかも中絶するにはギリギリの可能性あり、場合によっては断念せざるをえないかもしれないとのことで、こちらも開き直ることにした次第。つまり、もう一度出産させ、厳重に外出を管理しつつ今度こそ観念してもらうぞというワケだ。

Himeoyako_3187

 整理しますと、3月中旬に出産→4月上旬ごろオスたちとお楽しみ→4月中旬、子ネコたちをお披露目(ちょび、ユメ、コムギ、ももたん)→避妊&中絶手術を断念→いよいよお腹がパンパンになり……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  という次第で、引き続き里親を募集いたしますm(__)m

Himeoyako_3189

  ももたんはわりと独立心旺盛。なんかいないなと思うと、ひとりで寛いでいたりする。

Himeoyako_3192

  同じころ、ほかの面々はヒメと一緒。

Himeoyako_3193

  コムギはおっとり。

Himeoyako_3198

  ももたん木登り中。

Himeoyako_3196

  おっと、白黒おじさん。

Himeoyako_3197

  なんで白黒おじさんなのかというと、子どもたちに好かれているからなのであった。やってくると「大好きなおじさんが来たYO!」とばかりに大喜びなのである。おじさんのほうも、ちゃんと面倒をみているふうで、しかもヒメ公認。柄やダイミングなどから察するに、この子たちのオヤではないと思われるが、ネコっていうのはオスも子ネコの面倒をみる習性があるのかもしれない。かつてウチの子ちゃん(初代ちょび)があるときクロボウズを「コイツの面倒も見てやってくれ」とばかりに連れてきて世話を焼いていたものだった。

Himeoyako_3199

  とは言いつつ、とんでもない目つきですな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Himeoyako_3206

  まっ、いたって平和でありますねо(^ヮ^)о

Angkorwat01

  話かわりますけど。本来ならば、ぼちぼちカンボジアに繰り出そうかと目論んでいたのだが、御多分にもれずそんな話はどこへやら……。だからといって手をこまねいていても仕方がないので、せめてもと本でも開くこととなる。

  で、本書『アンコールワット  旅の雑学ノート』(樋口英夫_ダイヤモンド社)がすこぶる面白かった!
  アンコールワットに格別の興味があるワケでもなければ、造詣の類も持ち合わせていないし、いわんや重点的な取材をするつもりもない(わざわざ公言することでもありませんが)。ではなぜこの本を入手──それもすでに古書を探すほかなないらしく、それすら偶然と運に頼らざるをえない案配のなかで邂逅であったのだが──したかというと、『メコン・黄金街道をゆく』(椎名誠・集英社文庫)でつぎの記述を目にしたことによる。

>著者(引用者注・樋口英夫氏)は面白い試みをしている。
 十二世紀の広範にこのバイヨンの壁に描かれた二十種類もの魚の浮き彫りを参考に、現在トンレサップに同じ種類の魚がどれぐらい生息しているか確かめている。これは素晴らしい発想で、その本の巻末にその石の浮き彫りと現在わかった魚の写真を並べていて見事なものである。(155ページ)

  ここで、「そりゃぁ面白そうだ!」と直感し、ときおり思い出すと古書店を探していたのだが、果たせるかな、期待していた以上に面白い本だったのだから、シーナさんに感謝しなければなるまい。

  内容はというと、著者が念入りに現地の取材と調査とを積み重ね、さまざまな角度からアンコール遺跡についての紹介や考察をしているものだ。で、あえて繰り返すけれど、そのアンコール遺跡についてほんとんど知識も興味も持ち合わせていなかった読者(オレのことだが)を、自然と「おもしろい、おもしろい!」と夢中にさせてしまったのである。これはすごいことですよ!  おかげでほんの少しだけ知識も得られたような気になっているし、いずれ計画している訪問の内容にもなんらかの影響を与えたに違いない。なにはともあれいい本に出会えたものだと思う。

Asia14

  一方、こちらはマレーシア。あらためるまでもなく、マレーシアはマレー人とインド系、中国系のほか多数の少数民族からなる多民族国家である。当然、その歴史、とりわけ近代史において多民族国家であるがゆえの問題点や政治・経済面などでの舵取りの難しさがあることが想像できるが、大きな問題点のひとつとして、マレー半島の土着の民(ブミプトラ)であるマレー人が、中国系やインド系と比べ経済的な立ち遅れにあったことが挙げられる。また、おのおのに大きなコミュニティと文化、異なる宗教を持ち、その事実は街を歩いていてもそこここで垣間見ることができる。

  そんな興味からまずはと1冊引き出してみたのが本書『ラーマンとマハティール  ブミプトラの挑戦』(萩原宣之・岩波書店)である。

  ごく大雑把なテーマはオビにあるとおりだが、当然ここには先の戦争を含めたわが国もなにかと関わってくる。むしろ、それは日本人として知らなければならない歴史でもあるが、そうした点を含め、なにかと考えさせられるのがマレーシアの近代史だと思った。自分なりに掘り下げつつ、こんど訪れたさいにでもクアラルンプールの友人に暮らしや歴史などについてあれこれ話を聞いてみたいという思いにもつながった。
Laos01

  なにかラオス関係で面白い本がないかなと思い探し出したのが本書『サバイディラオス!』(小澤賢二・西日本新聞社)だ。

  JICAのシニア海外ボランティアで陸上競技指導者としてラオスに赴任した著者が、そのさいの出来事や思いなどを「西日本新聞」に寄稿しまとめた1冊である(一部書き下ろし)。

  地に足のついた目線。自然体で接せられるラオス文化とひとびと。やさしい語り口。そのどれもが、ラオスに似つかわしいように感じられた。はじめて訪れた理髪店で知ったラオス流。小売と飲食店とで差のないビール(もちろんビアラオ)の値段。甘い甘いコーヒー。麺類が好きなラオス人。つい注射針に注意が注がれてしまった入院体験……。なかには“ディープ”な体験も綴られており、純粋にうらやましがりつつも、オレもふと「こんな本がつくれたらいいな」と思った。

  残念なことに、著者は本書の発売直前に病気で他界されたとのこと。貴重な体験と1冊を残して……。

Kakizaki01

  カンボジア、マレーシア、ラオスときたらタイも登場しないとねぇ。
  改めるまでもなく、一連の海外散歩の主菜は鉄道の旅。すでにタイの鉄道関連で何冊か目を通してきたなか、資料として目を見張ったのが本書『鉄路の王国  タイ鉄道の歴史』(柿崎一郎・京都大学学術出版会)である。ここまで念入りに調べあげるとはさすが学者と納得しつつ、仕事の上でもときにたのもしい資料となりそうだ。

  しかしそれはそれとして、いつになったら日常に戻れるのやら(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

| | コメント (0)

2020.03.06

例によりまして、雑ネタ・・・の巻

Aranyaprathet_1248_188

  이봐! 개!!
  アランヤプラテートの街角にて、食事をイソイソと運ぶイヌ。どうやら子犬を育てているような気配。ってことは、ひょっとして子どもたちのもとへ運んでいるんだろうか?  だとしたらちょっとした感動モノだなァと思いつつ行く先を目で追ったワケだが、道路向こうの空き地に着くや、本人がカツガツと平らげてしまいMASITA。

Usitotto_1132_102

  ウシトット。

276tr_1548_145

  最後に走ったのはいつのことなのだろう?

Aranyaprathet_1300_201

  ナンバープレートがあったりなかったり……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

Aranyaprathet_1291_196

  重厚なるサスペンション

Aranyaprathet_1352_219

  タイ国鉄の駅名標ふうに誂えられた看板。現場はアランヤプラテートだが、ほかの場所でも見かけたことがある。

Aranyaprathet_1351_217

  シャツと靴とカバンと帽子を捨ててはあかんよ。じゃぁボトム類はええんかというのは子どもの遊びみたいなものだが、試しに除いてみたらブラジャーが山ほど捨ててあって、「カ、カップものですよ!」とヨネちゃんがウレシがった(ウソですよ)。

Aranyaprathet_1241_177

  キャラOK。漢字だとカーラーOK。どっちにしろOKってこった(゜゜;)?

Ayutthaya_2007_356

  アユタヤにて。このテのサルオブジェはゲンコーイでも見かけた。どっかかの国のマスコミではあたりまえの光景だが。

Ayutthaya_1908_328

  ミニなのにビッグC?
  ところで、看板の左上にタイ文字が添えられている。これは、タイ独自の(?)看板に関する法律によるもので、仮にタイ文字なしでローマ字や漢字などの看板を立てようとすると税金が取られるとのこと(バンコクの友人Iさん談)。言われてみれば、たとえば給油所(ガソリンスタンド)に掲げられている米国大手石油会社の看板などにもさりげにタイ文字が添えられているのを確認することができる。

Aranyaprathet_1218_168

  おっと、しゅぽ(슈퍼。以下同文)。

Ayutthaya_2010_358

  またまたしゅぽ。

Ayutthaya_2064_250

  汽車の車窓にもしゅぽ。

Ayutthaya_2088_256

  夜の帳にしゅぽが浮かび上がる。

Bangkok_1570_233

  チェンマイゆき夜行列車の最後尾に貸切車両が。展望車と個室寝台からなる豪華車両である。これは贅沢かつ楽しそうだ。

Bangkok_1575_234

「うっわぁ、これはすごいですねぇ!」
  ヨネちゃんが驚いたクルンテープ駅の警備員室。

Map_1943_339

  タイ国鉄ただいま延伸計画中о(^ヮ^)о

Bkk_2103_261

  スワンナプーム国際空港。いつもながらに出来の悪いターミナルビルだと思った。
  たとえば搭乗口の並ぶ通路。通常は幅広の通路の両側に搭乗口とその待合いスペースが確保され、かつ食堂やカフェがあって休憩場所としても活用されているものだが、なぜかこの空港ではその通路の中間部分が下(到着)階と上(出発階)が吹き抜けにされ、意味不明のデッドスペースになっているのである(「非」の字を思い浮かべられたし)。あの吹き抜けを床にし、軽食店なりベンチを並べるなりすればスペースに余裕ができるだろうし、開放感だって向上するのではないかと思うのだが、設計者がよほど利用者目線に欠けているのかと疑いたくなってくる(そういう「注文」だった可能性もあるが。ぁあ、空調のコストだってバカにはならんだろうと下世話な想像も……)

Bkk_2099_260

  同空港ラウンジ(ここはTGだが、個人的にはA棟のSQのラウンジが好み──やや騒音は気になるけれど──)。コレが使えるおかげで待ち時間は助かっているけれど、そうでもなければイスひとつ確保するのにも往生してしまいかねない。

Bangkok_1581_237

  という次第でタイ散歩2019年12月の巻(もう3月ですなぁ)でごぢいMASITA。
  ところで、ふと見てみれば今回のアップで1000本目。チリも積もれば無駄話でありますなァ……。

| | コメント (2)

2020.02.29

古都と国境でにゃ〜・・・の巻


  本題の前に、ちょっと生臭い話題を……。

  世界を巻き込んでの新型コロナウィルス騒動。残念なことに、わが国は感染者数で上位にあるなど、渦中の核心に近い状況にある。

  そんなさなかのさる2月28日、衆院本会議で2020年度予算が可決した。ところが、そこには新型コロナウィルス感染症に関する予算、対策費がびた一文として計上されていなかったのだから驚くほかはない。
  野党側は予算組み替え案を共同提出、マイナンバーポイント還元事業(2478億円)やカジノ管理委員会運営費(38億円)などを感染症対策に振り替えることを要求(具体的な対案だ)しているが、同日の衆院予算委員会において、自民、公明、維新などの反対により否決されてしまった。

  愚かしくも恐ろしいことだ。この「新型コロナ対策費ゼロ」という予算案強行可決によって、安倍政権は新型コロナウィルスと手を組んだのである。かつてその実態を前に目をつぶることによって米国のレーガン政権がHIVと「手を組んだ」ように*。

*注:エイズの世界的な蔓延を前に、当時の米国レーガン政権は十分な対策で臨むことがなかった。数々の証拠を示しながら「エイズが(当初取り沙汰されたように)ホモセクシュアルなどに特化した疾病ではなく、だれにでも罹りうる感染症である」という専門家の警告を無視し、あくまで特殊な疾病であると主張し有効な対策を採らなかったのである(有体にいえば、事実に対し「耳を一切貸さなかった」)。当時を振り返って、それがイデオロギーに汚染された愚かな対応であった旨を元CDCの感染症対策専門家が述べているが、今回の安倍政権の対応が、同様に“イデオロギー”(そんな“高級”なシロモノでもなさそうですがね)に汚染された愚策でないと言い切ることはできるだろうか?
(参考文献:『レベル4 致死性ウイルス』(ジョーゼフBマコーミック・スーザンフィッシャー=ホウク/早川書房)。

Aranyaprathet_1254_183

  さて、国境に向かう線路に女性がひとり。別段、彼女を撮ったのではなく、被写体はその後ろにいるにゃ〜でごぢいますね。

Aranyaprathet_1259_184

  線路とネコ。

Aranyaprathet_1266_185

  なでてやるとゴロゴロとシアワセそうにо(^ヮ^)о

Aranyaprathet_1268_187

  ネコってのは、ホントにいい生き物だなァと思う。

Ayutthaya_1910_329

  おっと、クロボウズ。

Ayutthaya_1918_330

  どことなくジャイアント馬場ふうでもありますね。でかくはないけど。

Ayutthaya_1926_334

  クロボウズが毛づくろい。

Ayutthaya_1929_335

  タイはかつてのシャム。それにしてはシャムネコにほとんど遭遇しないが、アユタヤでやっとこさ出会った。それにしても、ネコってのはどうした次第で白手袋に白靴下なのだろうか?

Ayutthaya_1931_336

  ネコが一家団欒中。このコはなにやら遊んでおります。

Ayutthaya_1940_337

  ネコ一家の保護者。

Ayutthaya_1941_338

  わが家でもこんな情景がо(^ヮ^)о

Ayutthaya_1945_340

  このネコの目線の先にいるのがカメラを構えたヨネちゃん。ちょうど「のび〜〜っ」としたところを捉えていた。

Ayutthaya_1946_341

  にゃ〜と愛おしむ古老。

Ayutthaya_1958_342

  タイ文字とネコのコラボもいとをかし。

Ayutthaya_2016_360

  不敵な面構えに遭遇(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Ayutthaya_2018_361

  でも、こんなんなっちゃったんですけどねо(^ヮ^)о

Ayutthaya_2033_365

  親子でしょうか。

Ayutthaya_2044_369

  ネコから水場を取り上げてはいけませんよ。

Aranyaprathet_1232_173

  カンボジア国境の街・アランヤプラテートのホテルで朝食中。道路向こうにオレンジを見かけたので、換算450ミリでショット。油断できん。

Ayutthaya_2097_258

  バンコク・クルンテープ駅前の「いつもの食堂」で夕食タイム。いつもいるオレンジがなにをしているかというと、背後の自動車に向けて「にゃ~」ならぬ「しゃ〜〜っ!」とやっているのであった。
  あと1かぁ〜い。

| | コメント (0)

2020.02.23

双方2度目のアユタヤ散歩・・・の巻

Ayutthaya_1925_333

  最終日は「鉄道」を離れアユタヤ散策で過ごすこととなった。
  タイの代表的観光地でもあるので、クィリティの高い写真をヨネちゃん(相棒の写真家・米山真人さん)に撮ってほしいこともあったが、そのヨネちゃんにとって「写真学校のときの実習旅行以来」という話に興味をそそられたからでもある。悠久の古都アユタヤだって、それだけの時間があれば姿が変わる部分もあるだろうと思ったのだ。

  ところで……。
  前々回アップにて「AERAdot.」への寄稿記事「日本のあの車両が海を渡って元気に活躍中! タイ国鉄寝台車の旅」をリンクしましたが、その後にマレーシアと韓国の鉄道をテーマに順次アップされましたので、以下にリンクいたします。ご高覧いただければ幸いです。
 ◎ジャングルを抜けて走るマレーシア唯一の寝台列車を乗り継ぐ2泊3日鉄道旅

  ◎こんなところにポツンと駅が! 韓国でも大人気の「秘境駅」に降りてみた

  ◎絶景車窓だけじゃない車内には足湯まで! 韓国観光列車たち

Ayutthaya_1973_345

  ガイドブックなどに必ず出てくる仏像だが、当然ながら現場は内外からの観光客だらけ。が~……
「前に来たときは、こんなに観光客はいなかったですよ」
  とヨネちゃん。そうかもしれないなとも思う。

Ayutthaya_1977_346

  今回のタイ散歩はおおむね涼しく過ごせたが、この日の気温もせいぜい20度ちょい程度だったハズ。いちおうは炎天下ではあるけれど、ほとんど汗をかくこともなかった散策であった。

Ayutthaya_1985_347

  う~ん・・・まっとうな観光客ですなぁо(^ヮ^)о

Ayutthaya_1992_348

  こんなのも前回にはなかったよねぇ、ヨネちゃん(笑)。それにして、も……という感じがしないでもないが。

Ayutthaya_1995_349

  具体的なというのもヘンだが、仏像や塔の類もいいけど、こんな「成れの果て」といった風情の情景にソソられる。

Ayutthaya_2000_350

  もちろん、仏塔の見ごたえは十分なのだが。

Ayutthaya_2004_354

  やはりメシどきは相棒がいるほうが楽しいに決まっている。圧倒的にひとり旅が多いので、なおさらそう思う。

Ayutthaya_2006_355

  이봐! 개!!  昼食のすぐ脇でイヌが水飲み。

Ayutthaya_2022_363

  坊さんだって現代人である。ほかのところでは地鶏おっと自撮に興ずる坊さんと遭遇したが、SNSにでもアップするのだろうか。残念ながら写真を撮り逃した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Ayutthaya_1962_344

  이봐! 개!!  イヌがゴロンと寝ているのはタイ中の日常。

Ayutthaya_2026_362

「でも、どうして横になってるんでしょうねぇ。……あっ、イヌもよく寝てますよね。だからなんじゃないですかっ!?」
  とウレシそうなヨネちゃん。オレはオレで、これが横向きじゃなくて仰向けになってたらもっと「絵」になったんだがなァ……などと不謹慎なことを考えていたのだが。

Ayutthaya_2008_357

  이봐! 개!!  こんなの着せられたら余計に暑かろうと思うが、さっきも記したとおりずいぶんと涼しい。ひょっとして、それで着せられたんだろうか?  表情がどうもアレだけど……。

Ayutthaya_2041_368

  コレはゾウだぞう。ゾウはアタマがいいからねぇ。

Ayutthaya_2060_248

  アユタヤ駅。バンコクゆき快速の2等車が満席だったので3等を買った。切符を見たら座席が指定されていなかった。つまり3等も満席だったのである。それでこの混雑ぶり。

  すると、後ろから2両目に乗ろうとしていたところに、タイ人の青年が最後尾の車両を指して「こっち、こっち!」と手招きをする。たしかにそっちには行列がないしということで乗り込んでみればボックス単位で空席がチラホラ。
「あとで乗ってきたら代わればいいわな」
  とボックスをヨネちゃんとふたりで確保したが、最後まで満席の指定券を持っているハズの乗客が現われることはなかった。

 ひょっとすると、この最後尾の3等車は知る人ぞ知る“隠れ自由席”なのかもしれない(車内改札の車掌も「おっ?」という表情をしていた)。指定券を買い逃してもこの車両なら座れる。さきの青年はそれを知っているからこそ、知らないであろう外国人の我々を誘ってくれたのではあるまいか?  それを確かめるだけのタイ語ができないのがもどかしい。

Ayutthaya_2063_249

  まさに黄昏れ。

Ayutthaya_2070_252

  南線(左)と北線との分岐点。架線柱つきの高架が工事中。

Ayutthaya_2077_253

  現在のクルンテープ駅に代わりバンコクターミナルとなる予定の(新)バンスー駅の工事もたけなわ。こういう空港もどきの駅舎はあまり好むところではないが、これもまた時代というものなのだろうか。

Ayutthaya_2084_255

  イースタンオリエントエクスプレスとすれ違い。

Ayutthaya_2093_257

  途中で最後尾に機関車が連結されたので、「推進運転」かと思ったら、最前部の機関車はそのまま。単純な「プッシュプル運転」だった。折り返し時間の短縮をはかってのことなんだろうねぇ。
  つづくо(^ヮ^)о

| | コメント (0)

2020.02.11

冬のひまわり(後編)・・・の巻

Himawari_1807_325

  現場その2。ひまわり真っ盛り。

  っと、ちょっとお知らせ。
  昨年夏ごろより鉄道関連記事を「AERAdot.」に寄稿していますが、タイの寝台列車ネタ「日本のあの車両が海を渡って元気に活躍中! タイ国鉄寝台車の旅」が本日アップされました。雑誌「旅と鉄道3月号」への寄稿記事とも関連した企画で、同誌公式サイトからも該当記事にリンク。ほかの寄稿記事とあわせましてご笑覧いただければ幸いです。

♨☛☛「旅と鉄道」公式サイト

Himawari_1774_319

  こんなところにロケハンを兼ねて立ち寄りも。

Himawari_1779_321

  タイのこんな田舎の小駅でフラリと降りる。途方に暮れそうで楽しい。

Himawari_1792_322

  という次第で、現場2では高台から汽車の走行風景を眺ることになった。手前の畑はこれまたひまわりである。

Himawari_1784_399

  これがその現場。

Himawari_1805_324

  タイ名物(?)リアリスティックブッダも鎮座。空を飛んでるワケではないが。

Himawari_1815_326

  それにしても、さすがIさんである。こういう機会でもなければ、こんな風景を眺めることもなしに一生を終えたことであろう。別段、絶景云々というシロモノではないのだが、貴重な体験だ。

Himawari_1837_312

  およそ1時間遅れで「ひまわり」列車が登場。のちにIさんの調査によれば、機関車の不具合でバンコクの出発が遅れたということが判明。ほぼそのままの遅れでバンコクに引き返しているようであった。

Himawari_1857_313

  どこか日本の田舎の風景に似ていなくもない。

Himawari_1875_315

  日本から渡った気動車の群れが……。残念ながらお役御免といった風情だが、なかには乗ったことのある車両が混ざっているかもしれない。

Himawari_1885_316

  国を問わず、田舎の駅の風情というのもイイものでありますね。

Himawari_1880_317

  ときおりこうして汽車が来るほかはひたすらボケ~っとして過ごしていたりしたワケだが、これはこれで贅沢というかリゾートチックな過ごし方とはいえまいかо(^ヮ^)о?

Himawari_1873_400

  右より3つの小ぶりなブツ。なかにはなぜかLEDライトが据えつけてある。1畳ぶんあるかないかという手狭な間取りで、ほかにはなにもないが、いったいなんのための小部屋なのかと思う。ひょっとして折檻部屋かなにかなのだろうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?  そう考えると妙にシックリとくるんですねぇ。

Himawari_1801_323

  恐ろしくて座る気にもなれなかった椅子。

Himawari_1803

  恐るべきトラップ。写真だとわかりづらいが、「ちょうど柵も切れてるし、ここから降りるのかな?」と足を踏み出そうものなら、2メートルほど下の岩盤にまっ逆さまである。ちょっとばかり「ボケ~っ」としていたこともあり、危ういところではあった(もし墜落していたらしばらく帰国できなかったかもしれん・笑)。

Himawari_1698_299

  気温はこんなもん。ほぼ丸一日、野外でカメラを構えるなりしていたので、さぞや暑かったろうと思われるかもしれないが、じつは案外寒かったのであった……。もっとも、しっかりと日焼けしていたのだが。

Himawari_1895_351

  このィ夜、ヨネちゃんとオレはアユタヤ泊まり(Iさんらはバンコクに帰還)。打ち上げというワケでもないけれど、アユタヤでタイスキパーティ。

Himawari_1900_352

  シメのお粥もすこぶる旨い!

Himawari_1902_353

  その同じ建物(ショッピングセンター)で見かけたバイク売場。「ん?  1580バーツだって?」やけにィ安くないか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

Himawari_1893

  という次第の「ひまわり列車」追跡撮影会でごぢいMASITA。
  つづく。

| | コメント (0)

2020.02.05

冬のひまわり(前編)・・・の巻

Himawari_1585_238

  朝のバンコク・フアラムポーン。

Himawari_1590_240

  今日の“獲物”はこの列車。この季節に運行されている観光列車である。「ひまわり列車」とも呼ばれているようだが、こういう列車があるおかげで(?)、タイでは冬にひまわりが最盛期を迎えることを知った。

Himawari_1617_247

  バンコクの友人Iさんも手配を試みてくれたものの、残念ながら乗車券は入手できず……。この日だけでなく、タイ国鉄の駅で調べてもらってもまったく空きがないらしく、どうやら旅行代理店にまとめて卸しているのかあるいは買い占められているのかもしれない。

  この最後尾とその1両前はおそらく貸切であろうと思われる。以前、やはりIさんや写真家ヨネちゃんらとナムトック線で同様の貸切車両のトリップを楽しんだ(「お召し車両は往くよ、旧泰緬鉄道を・・・の巻」参照)。じつは、今回もその作戦を視野に入れていたのだが、有効長の関係などから、すでに車両を増結する余裕なしとの回答だったという。

  という次第で、前々日の蒸気機関車列車と同じく撮影に徹することとなったが、じつは今回のタイ散歩の主目的が列車走行シーンの撮影だったので問題があろうハズもないのであった。

Himawari_1596_242

  キレイに用いられているJR西日本から譲渡された14系座席車。

Himawari_1605_244

  車内の様子も原形をよく留めているが、座席は熱帯仕様というかタイ国鉄仕様に改められている。この車両は冷房つきだが、それはそれとしても日本流のモケットではあれこれ厄介な虫が湧き、手入れを怠ろうものなら身の毛もよだつような事態になるであろうことが容易に想像できる(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Himawari_1611_245

  こちらは元24系寝台車。

Himawari_1613_246

  1両だけ冷房つき3等車が連結されていた。タイ国鉄の3等車といえば非冷房が標準仕様。冷房つきにお目にかかったのははじめてなのではないかと思う。

Himawari_1623_265

  というワケで、Iさんがロケハンしておいてくれた撮影ポイントへ自動車で向かう。タイ名物(?)逆走バイクが続々とお出ましに。恐いぞ~(笑)。

Himawari_1625_266

  こちらもタイ名物・路上販売。花なんか売れるんかいなと思うだが、日本の「お守り」のようなモノなのだろうか、マイカーのなかに飾る習慣があって、それなりに売れるらしい。後ろのおっかさんはドーナツ売り。ここは一般道だが、高速道路で売れば「高速ドーナツ」ですね。

Himawari_1626_267

  とりあえず入手して試食。味はまぁまぁだが、そうたくさんは……。

  これらの路上販売。当たり前だが走っている自動車なりが停まらないことには商売が成り立たない。そこで信号つき交差点がもっぱらの縄張りとなるワケだが、警察になにがしかの心づけ(?)をし、信号の動きに手心を加えてもらっているというウワサがあるそうな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)。

Himawari_1631_269

  石灰質の山の運命。頂上付近が古代の天空城のごとしなのが興味を引く。

Himawari_1637_271

  ひまわり畑に立ち寄り。

Himawari_1633_270

  炒ったひまわりのタネを買う。けっこう旨い。

Himawari_1655_272

  最初の撮影地へのアプローチ。どこの国に行っても、こういう風情の小径を歩くことになる。

Himawari_1664_273

  現場その1。
  本来なら、この時期は湖になっているのだが、この雨季は降水量が異様に少なかったらしい。湖とはいってもダム湖(パサックチョンラシッドダム)で、暑季や乾季の農業用水などとして用いられている。ところがこのザマ。農家は困ってしまうだろう。ではどうするか?
「通常なら3毛作なんですが、1回ぶんを減らして2毛作にせよという話になってますね」(Iさん)
  たしかにそうせざるをえないだろうとはシロウト目にも思うが、こういうのをタイ流合理主義とでも言うのだろうか……?

Himawari_1692_298

  その水に乏しい単なる高架のうえを普通列車が往く。バンコクでは見かけないオールドタイプの気動車で、車内もホントにボロくてステキな汽車である。

Himawari_1711_300

  こちらはバンコクとノンカーイとを結ぶ急行列車。なんてことはない、セミクロスシートの“近郊形”といったところだが、右から2両目が冷房車(2等車)になっている。さすがに2等車で、座席もリクライニングタイプになっているけれど、以前、コンケーンからノンカーイまで乗ったさいには、冷房車ゆえ窓を開けられないところにその窓が汚れていたりしてほとんど車窓が楽しめなかった。あえて乗るなら3等車のほうがオススメである。

Himawari_1744_306

  あれこれ前座がやってきて楽しい。こちらは普通列車。

Himawari_1731_304

  クルンテープ駅で客待ちをしていた「ひまわり列車」が登場。なんと1時間以上も遅れている。

Himawari_1751_307

  折り返しでやってきた「ひまわり列車」。

Himawari_1760_309

  なにしろ長編成なので、全体を捉えるのも大変。

Himawari_1767_310

  おっと、ウシ。
 ところで、このパサックチョンラシッドダム(湖)。この記事をアップする直前に自分の書いた原稿が「パサックチョラシッドダム(太字部分注目)」と打ち間違えていたのに気がついた。大韓語というか韓国の地名に慣れている方ならその意味がおわかりかと思いますが(笑)。

 いまひとつといおうか、Iさんと「関係あるかも?」とちょっと話題になったのがタイ東部の町・チョンチョムである。カンボジアとの国境に面した町で、ある意味「最果て」といおうか「終点」みたいなところだが、大韓語で「チョンチョム」といえば「終点」なんですねぇ。単なる偶然なのか、はたまた民族的な歴史を遡るとなにかがお出ましになるのか。Iさんによれば、ほかにも類似の疑いのある地名がタイにはあるそうだ。
  つづくо(^ヮ^)о


 

| | コメント (0)

2020.01.30

どん行列車の贅沢な午後・・・の巻

Bklb_1382_098

  国境の街でつかの間の滞在を終えバンコクに戻る。

Bklb_1452_224

  国境駅のバーンクロンルックボーダー駅にはイミグレーションや税関も設けられているが、いまのところ一般に使われる気配はない。タイ・カンボジア国際列車が開業したあかつきには、ぜひ乗りに訪れたいと思うけれど、この規模から察すると、混雑時のミグレーション通過にはちょっとばかり時間を要しそうな気がしないでもない……。もっとも、ノンカーイ駅(タイ・ラオス国境駅)と比べればケタ違いに立派ではある。

276tr_1460_226

  木造ベンチ車両があったので、その一隅に腰を落ち着ける。シートピッチも広めで快適だ。

276tr_1473_122

  どういう事情からか、編成がカンボジア側に移動。(後2両は国境前の柵を越えてしまった。

276tr_1470_119

  どちらかといえば辺境の地ともいえるアランヤプラテート(タイ)でありポイペト(カンボジア)。そのポイペトに見えるビル群はカジノホテル。ぁあ、わが祖国もカンボジアのマネでもしようというのかはしらないが、カジノカジノと騒ぎつつ汚職まみれになってるのが愉快ではありますな。10年後か20年後か、はたまたもっと前かはわからないけれど、経済も政治の清潔度もカンボジアに抜かれる日が来ないとは限らないのがニッポンという国のザマである。

  それはそれとして、
「あのホテルの上階からなら市場と列車のコラボが撮れそうですねぇ」
  とはヨネちゃんのアイデア。たしかにそうだ。

276tr_1468_229

  あの鉄橋を汽車で越えるのはいつの日か……。

276tr_1484_124

  かつての起終点駅・アランヤプラテートからも乗客多数。車両によっては立客が出たかもしれないぐらいの込み具合であった。

276tr_1486_125

  これぞタイのローカル駅!  こんな車窓を眺めているだけでシアワセな気分になってくる。

276tr_1493_129

  이봐!  개!!
  イヌの住処もまたタイの駅である。

276tr_1498_131

  汽車に乗るときは、この“橋”を渡るのだろうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

276tr_1501_132

  なにがあるわけでもないけれど、ステキな車窓だと思う。

276tr_1504_133

  次第に列車は黄昏れどきのなかへ……。バーンクロンクッルボーダー駅を発車したのが13時53分。終点のクルンテープ駅(19時35分着)に着くころには夜の帳が下りていることだろう。

276tr_1505_134

  貨物線との分岐駅・クロンシップカオが近づいてきた。

276tr_1508_136

  しばし停車。物売りのおばはんを交えて井戸端会期(井戸はないが)。

276tr_1515_137

  行違いの列車がやってきた。この駅には、ワケあって3月に訪れる予定だ。

276tr_1528_139

  帰宅客でごった返すチャチュンサオ駅。

276tr_1530_140

  立客も出た。

276tr_1545_142

  バンコク市街に入るころには、すでにィ夜。

276tr_1547_144

  帰宅客が徐々に列車を後にしてゆく。

276tr_1555_147

  遅れるのが常だが、珍しくほぼ定刻でクルンテープ駅へ。
「木の椅子、意外と疲れなくていいですね」
  と、ヨネちゃん。
  快適などん行トリップでありMASITAо(^ヮ^)о
  つづく。

| | コメント (0)

2020.01.24

国境市場はニンゲンが楽しい・・・の巻

Aranyaprathet__1189_161

  タイ・カンボジア国境駅であるバーンクロンルックボーダー駅は国境市場の玄関でもある。この市場には以前も訪れたことがあるが、ィ夜の探訪ははじめて。さっそく雑踏のなかへと繰り出す。

Aranyaprathet__1193_162

  とはいえ、さすがにこの時間になると駅前付近のメインストリートを除けば人影はまばら。だが、闇と店あかりとのコントラストが好もしく映る。

Aranyaprathet__1204_165

  こちらはタイ・ミグレーションの入口。都会の古い私鉄駅かなにかのような雰囲気もあるが、市場のさりげない一角に国境越えのポイントがあるとはなんともイカしているではないか。

Aranyaprathet__1212_167

  一方、こちらは自動車をはじめとするあらゆる“クルマ”の国境ポイント(さすがにこのときは馬車の牛車だのは見かけなかったが、まったくいないとは言い切れない)。前に立ち寄ったさい、荷物を高々と満載した6畳ほどの荷車をじいさんとその息子と思しきおとっつぁんが引いたり押したりしているのに目を奪われた挙げ句、写真を撮るのをすっかり忘れてしまっていたことがあった。事前にその話をヨネちゃんにしたところ、いよいよ興味をそそられていたようだが、果たせるかな、夢中になってファインダーを覗くヨネちゃんであった。

Aranyaprathet__1219_169

  アランヤプラテート市街方面にはアジアハイウェイ1号線を辿ってゆく。宿は市場から1キロ強離れたところを予約しておいた。ちなみに、この道路の起点は東京の日本橋である。

Aranyaprathet__1220_170

  その途中、道路の反対側にアヤシゲな店が(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
「ちょっと様子を見に往きましょうか?」
  とヨネちゃん。オレも、こういうアヤシゲな店というか通りの類を見物するのは嫌いでないし、「どんなもんじゃろ?」と興味がなくはない。が~。仮にそのテ(どのテだ?)の物件だったところで、おそらくはたいしたシロモノでなさそうなのは一目瞭然。そもそも客になるもつりもないしねぇ……といったところではある(笑)。

  のちにバンコクの友人Tさんが語ったところによれば、「たぶん置き屋の類でしょう」とのこと。
「もし入ったとして、衛生面はどうなんでしょう?」
「そういうことを気にする人は入らないことです(笑)」
  まっ、意外でもなんでもない話ではありMASITAね。

Aranyaprathet__1245_179

  ヨネちゃんと以心伝心にて訪れた件の店の朝のザマ。前夜にどれだけの戦いが繰り広げられたのやら……?

Aranyaprathet__1225_171

  我々は健全にビールで乾杯!

Aranyaprathet__1275_190

  翌朝、あらためて国境市場を歩く。そりゃそれとして、黄金門宮殿とはでかくでましたな。

Aranyaprathet__1293_197

  市場でふと笑顔に出会う。

Aranyaprathet__1311_203

  そこここでぬいぐるみの天日干し……。
「なんで干してるんでしょうか?」
「やっぱアレかねぇ」
  以下略。

Aranyaprathet__1316_205

  こちらでは布地を湯通し中。

Aranyaprathet__1318_206

  まさかこのまま運ぶのだとは思えませんが……?

Aranyaprathet__1321_207

  ポーズをとってくれたナイズガイ!

Aranyaprathet__1323_209

  アイロン仕事に大忙しです。

Aranyaprathet__1325_210

  魚介の天日干し。奥のトリは闘鶏用だろうか?

Aranyaprathet__1330_211

  市場は子どもたちの遊び場でもある。

Aranyaprathet__1334_212

  平和なひとコマ。

Aranyaprathet__1337_214

  涼やかなひととき……と言いたいところだが、今回のタイ散歩はどちらかというと寒かった。
「タイ人たちは驚いてますよ、この寒波に」
  とはバンコクの友人Iさんの弁。滞在中、表を歩き回っているにも拘わらずほとんど汗をかかなかった。

Aranyaprathet__1353_218

  駅前も大にぎわい。茶色い袋、一瞬ウシが寝転がっているように見えた(笑)。
  つづく。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧