2017.09.30

マレー縦断ネコの旅・・・の巻

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  ネコカフェに巨大なネコがいたというのをシンガポールの巻に記したけれど、その正体がコレである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まっ、顔つきからすると、そういう種類なのであろうが、でかいものはでかい。

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  なんでも、ニューヨークに「サムソン」なる巨大ネコ(推定・全長150センチ超)がいるそうで、ちょっとした国際的スターの座を手にしているらしい。単にネットで遭遇したにすぎないが、飼い主と思われるおとっつぁんが仰向けになった自分の腹のうえに乗せてシアワセそうにしているさまはなんともうらやましいかぎり。ほしい是о(^ヮ^)о

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  子どものころ、はじめてわが家に来たのがシロネコであったが、どういうワケかそれからまったく縁がない。

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  飼育係のおねえさんに懐いていMASUという場面。

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  おっと、クロボウズ。シロネコとは異なり、わが家とはときおり縁があって、しかも揃ってきゃわゆい。

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  茶トラとは縁があまり濃くない傾向。コレをアップする数分前、わが家の庭を見慣れない茶トラが闊歩。毛並みもいいし、クロボウズ亡きあと、ちょびと仲よしになってくれればいいと思うが、カメラを用意しているうちに姿を消してしまっていた。

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  店のなかはこんなかんじо(^ヮ^)о

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  マレー鉄道の北東端・トンパッ駅でペトペトニャーニャーとヒマつぶしの相手をしてくれた白黒オールカラー。

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  マレーシアでは、なぜかこういう人なつこいネコが多かった。

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  タイを目前にしたマレーシア国境の街・ランタウパンジャン。入国した途端に出迎えてくれたのがこのシアワセいっぱいなネコであった。

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  バスの車窓(だったと思うが)にクロボウズ。シッポがフサフサ。

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  灼熱のバンコクでスヤスヤお昼寝中。

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  クロボウズをよくみかけるバンコクだが、どういう次第かウチの子ちゃん柄には滅多にお目にかかれない。

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  ネコは寝床探しの天才なり。

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  痩せてるのを見るのはちょっと辛い。。。

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  ネコが平和に暮らせる街はいい街だ。

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  ちゃんと面倒を見てる人がいるんですねぇ。

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  数日前のィ夜。庭で遊んでいるちょびを家のなかに入れようとしたら、玄関の扉からヤモリが転落。折悪くそのさまがちょびの目に入ってしまい、それからしばらくはヤモリハンティングに興じてしまった。

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  バンコク・クルンテープ駅のホームにネコ小屋がо(^ヮ^)о  なんともホっとする情景でごぢいますね。

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2017.09.24

散歩の傍役拾いも楽しからずや・・・の巻

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  前回アップと同様に、ちょっと古い話になりMASUが〜。
  シンガポールの博物館でタマタマの巡り合わせにて「朝鮮王朝展」に遭遇したそのほぼふた月前、バンコクの中心街では大韓まつりが開かれていた。もちろんひやかし散歩を楽しんだ。東南アジア散歩で大韓取材ができるとは、ある種の「星」のようなものを感じたくもなってくる。が〜。ふと思ったことも……。

  かの御大・宮脇俊三は、「アンデスの高山列車」(『汽車旅は地球の果てへ』<文春文庫>に所収)の旅のさなか、ペルーの食堂で「チーノ(中国人)か?」「コーリァンか」と訊ねられた体験を記している。そのくだりで、「こういう議論、私は大嫌いなほうなのだが、たまには許していただきたい」との断りを添えつつ、つぎのような一文を挿んでいる。
>どの国に行っても、東洋人と見ればジャパニーズ、ハポネーの時代に、これは奇特なことである。こうした経験は幾度かある。そうなるのは、主要都市や観光地からはずれた場所においてである。(中略)そういうところでは「日本」より「トヨタ」や「カシオ」のほうが有名なのだ。観光旅行者のごときは、お定まりのところにしか行かないから、他の大半の地域とは無縁である。(中略)日本人の海外旅行は、まだ修学旅行の域を出ていない。(前掲書/初出は1984年)

  自らこう記しておきつつも、とうの著者自身は必ずしもここで飛び出した論に納得していないのではないかと推察するが、オレ自身もまた「日本人旅行者ってのは、マイナーな存在なのかな?」といったふうに感じることはしばしばある。いうまでもなく、ごくごく限られた範囲における些細なめぐり合わせにすぎないけれど、東南アジア然り、ヨーロッパ然り。例外は大韓で、たいていはこちらが日本人であることを疑うそぶりすら見せないが、それでも「チャイナ?」と訊かれたことはあったりもする(笑)。

  ウサギとカメというか漠然とそう思うだけの茶飲み話だが、ひとつにはアジア諸国のなかで先行して経済発展を遂げた日本と少し遅れをとりながらも経済成長を果たしてきたアジアのほかの国々があり、その一面として外国旅行者の幅が拡がったということがあるのであろう。日本や日本人云々(うんぬん)ということだけではなく、それだけ異なる国や文化を持つひとびと同士の交流が盛んになったことをむしろ喜ぶべきなのではないだろうか。

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  コタバルの街角にも大韓風味。

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  CKBの世界о(^ヮ^)о  写真がブレているのは、シャッターを切ったあたりで縁石に躓いたため。「ケンチャヨ!」とそのときは思っていたのだが……。そういえば、このほどレンズを1本調達。これまで強いられてきた「手ぶれ防止機能」なしの戦いからやっとこさ解放される。もっともないならないでそれなりに慣れるものだとは実感しているのだが。

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  勅令の文字が目を引いた。念のため電子辞書で「広辞苑」を開いてみると、<明治憲法下、帝国議会の協賛を経ず、天皇の大権により発せられた法令>云々とあり、それ以外の意味には触れられていない。むろん、この貼り札と天皇とは一切関係がない……のだろうねぇ。

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  トイレの使い方。

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「インスタントティーミックス」のいれ方。
  シンガポールのホテルの部屋にあったサービス品で、むかしからある安直なインスタント茶だが、こういうのもタマに飲むとおいしく感じられる。しかもほのかにシナモンの香りがあり、ようはマサラティーふうなのに感激した。で、タマタマみかけたスーパー(しゅぽにあらず)をチェックしたところ見つからなかったのだが、最後のチャンスとばかりにチャンギ空港で訊ねてみた。
「インスタントの紅茶で……、ほら、むかしからあるような砂糖とミルクの入ったヤツなんですけど」
「あっ、スリーインワンですね!」
「そうそう、それっ、それっ!」
  教えていただいた第3ターミナルのショッピングセンターでは、残念ながらこのマサラティー風味のブツがなかったが、ともあれ似たようなのを買い込んで日本への帰途に着いた。ィ夜中の仕事のティーブレイクには最適なアイテムでごぢいますねо(^ヮ^)о

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  ホントにこういうおとっぁんだったらコワイ。畸人のオーラが漂っていますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  人相は悪いが目がつぶら。オジホが時代劇で世祖のィ役なんかをやるとこんな風情になるのではアルマイトの弁当箱?

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  コタバルの川辺にて。

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  ビエンチャンの公園にあった恐怖看板。

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  ターナーレーンの街道にいわくありげな「学校」の看板が。ドラッグフリーとフリードラッグとでは意味が逆になってしまうのだろうと思った。

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  ビルの工事現場にて。他者を拒絶するかのような文字とイラスト。

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  ノンカーイの名も知れぬ仏教寺院にて。まさか爆弾だとは思わないが(笑)。

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  旧ノンカーイ駅に掲げられていたイラスト。背後はメコンだが、旧駅は道路を挟んだこの反対側にあるので、ひょっとするとこういう具合につくり変える計画があったのかもしれない。どのみちバンコク方面からの直通国際列車はないのだし、ラオスとを結ぶ列車はここでスイッチバックして友好橋を経由するルートにしてなんら不都合があるワケでもないだろう。現駅よりはこちらのほうが市街地へのアクセスには都合がよさそうに思えるが、その後の経緯は不明である。

  新旧といえば、大韓時代劇「王と妃」にこんなくだりがある。
  ある役人の首を挿げ替えた首陽(世祖)。その新旧2名を招いて簡単な酒宴を開いていた。そのおふた方は、旧・領議政シンスクチュ(신숙주/申淑舟)と新・領議政・クチグァン(구치관/具政寛)。そこで王(首陽)がふたりに呼び掛ける。
「シン領議政」
「ク領議政」
  問題は、「シン」が「新」であると同時に「申」であり、かつ「ク」が「旧」であるとともに「具」であるところにある。つまり、単に「シン領議政」「ク領議政」と話し掛けられただけでは「新領議政」「旧領議政」なのか「申領議政」「具領議政」なのかがわからず、とうのおふた方ともに揃ってあたふたするほかはなかったのであった。
  いうまでもなくココはそういう場面であり、オレは「こいつぁどっかで使える是!」(どこでだ?)と大爆笑するほかはなかったが、とうの首陽もまた上機嫌に高笑いをしているのであった……という話о(^ヮ^)о

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  コーンケーンではトカゲ多数。コレはどうみてもトカゲだろうけれど、トカゲとワニとの区別はいまだ理解できず(笑)。もっとも、蝶と蛾との区別にしてもあるようでないといった類の話を聞いたことがあるし、ヒラメとカレイもまた然りなのではあるが。

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  よほど運が悪かったと思われる。

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  東線どん行の車窓にみかけたナゾの鳥。そういえば、わが母堂が、庭で「仏法僧(コノハズク)が啼いてた」とウレシがっていた。なんでも、子どものころに「ブッポーソ〜!」と啼く鳥がいると親に教えてもらって以来はじめての遭遇だったそうで、「ホントにそうやって啼くんだねぇ」としきりに感心していた。となれば、オレもソイツの声と姿とをぜひキャッチしたい。あれからほぼ2週間がすぎ、いまだに遭遇することができずにいるのだが……。ちなみに、種類はわからないけれど、フクロウ系と思われる「ホー、ホー、ホッホホホーホー」といった声がィ夜中に聞こえてくることはタマにある。こちらも姿を拝む幸運には恵まれていないのが残念。

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  帰途のバンコク・スワンナプーム空港(5月の巻)では、搭乗口の関係からかエバー航空のラウンジを案内された。大韓ドラマでみかけるナイトクラブを思い浮かべるのはオレだけではないハズ。シャワーでさっぱりとし、あれこれくだものをつまみつつフライトタイムを待つひとときであった。

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2017.09.06

燃いぜ、シンガポール・・・の巻

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  マレー鉄道の終点・ウッドランズトレインチェックポイントからは路線バスが市街地とを結んでいるが、まずはジョホール水道で汽車でも撮るべぇと立ち寄ったはいいとして、さっき通ったばかりの帰路を間違えてしまった(つまり道に迷った)。まっ、どうになかるさと散歩を決め込みつつ、道行きも覚束ないままどうにかMRTの姿を見つけることができたのが僥倖でごぢいMASITA。

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  とくにどこを見物しようと考えていたワケではないが、旧シンガポール駅だけは必ず訪れようと思っていた。駅舎などが保存され見学できるとの情報もあったので、じっくりと往年の雰囲気でも味わおうとやってきてみたはいいけれど、なんの工事かはわからないがともかく工事中につき構内は完全にシャットアウト状態。いずれは今回の東ルート(スンガイコーロク〜コタバル)ではなく西ルート(クアラルンプール〜パダンブサール、ついでにペナンなど)でシンガポールからバンコクまで北上したいと考えているので、そのときの開放を期待するほかはない。とはいえ、かえすがえすも残念であった。

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  単に比較的安価でかつアクセスが便利というだけで選んだホテルは、シンガポールの下世話地帯として名高いゲイランにあった。ジョホール水道の岸辺で立ち話したシンガポール人のおとっつぁんふたり組に「ホテルはどこ?」と訊かれたので「ゲイランですよ」と答えたら3人で大笑いとなったが、ようはそんなところ。で、こりゃ面白いことになったゾと、“買い物”はともかく“ウィンドウショッピング”でもシャレ込もうと画策していたのであったが、チェックインしてシャワー(なにしろ前夜が寝台車だったし)を浴びて、ホっとひといきついて気がついてみれば時計の針は22時すぎを指していた。こういうところ(どういうところだ?)のィ夜はこれからなのだろうけれど、たんなる見学にひとりでいまさら出撃する気にもなれず、ィ夜の散策を見送ってしまった。が〜。一夜が明けてこんな街並を目にしてしまえば、おのれの体たらくを悔いるのみ。まっ、ココもマレー鉄道北上西ルートの折にでもリベンジすることにしよう……。
  ちなみに、このテの“繁華街”に位置するホテルではあったが、ィ夜は静かかつ快適に過ごすことができた。

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  エイジ別料理店の数々?

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  さすが(ほぼ)赤道直下ですなぁと思ったものだ。同じ樹でも迫力が違う。

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  かつて暮らしていた千葉市の自宅から海岸方面に行くと昭和50年代に開発された埋め立て地のニュータウンが広がっているが、似たもの同士ではあっても迫力はシンガポールに軍配が上がる。建物然り。樹木然り。しかしそれにしても暑い。ただでさえ暑いっていうところをコンクリートだらけにしてしまったのである(エリアにもよるが)。そこに都市特有の熱気が加わってしまえば、これはもう暑くてあたりまえの世界というものだ。

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  なにかのおまじないだろうか?

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  MRT車内。快適で使いやすいが、独自の切符は不便このうえない。6回有効のカードを購入するのはいいとして、乗車のたびに乗車区間の運賃をチャージ(というのかどうかはわからないが)する仕組みで、それ用の機械が改札口の外に設置してある。ところが、観光客はおろか、とうのシンガポール人でさえ機械の操作に手間取っているケースも少なくなく(機械のエラーも目立つ)、スムースにいったとしてもふつうの切符を買うよりも時間を要するのであった。機械の台数も十分とはいえず、運が悪いとココで行列を我慢させられるハメになってしまうのである。ぜひ改善をと思うが、そんな点を除いては好感の持てる乗り物であった。

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  MRTの某駅構内にフルーツスタンドを発見。ジュースやカットフルーツが並んでいる。
「おおっ、これこそオレがいままさに食いたいシロモノではないか!」
  と大感激したフルーツ盛り合わせを、こんな風景のなかで味わう。ふだんはそれほど果物好きってワケでもないのに、暑い国に行くと無性に食べたくなってしまうのだ。

  ところで、シンガポールといえば、厳しく統制された公共マナーが思い浮かぶのではないだろうか。なかには「ゴミひとつ落ちてない」などといった記述すら目にするけれど、こうして歩いてみればゴミなんぞそこここで目にする(とはいえこうした大都市としてはかなり少ないほうだと思うが)。マレー鉄道の旅を終えて街に繰り出して最初に気づいたのはムワッとしたタバコ臭であったし、あまりものごとを強調しすぎてはいかんのだろうなァと思ったものだ。とはいえ、街を歩けば要所要所にゴミ箱が設置されてあり(それこそ歩道の20メートル間隔ぐらいに!)、厳しいといわれるマナールールを意識する必要もなかった。いつの真夏だったか、東京都内の地下鉄某駅構内で買ったペットボトル飲料でノドを潤したはいいが、それから延々とカラになったボトルを持ち歩かされたのと比べるまでもないだろう。あのときは駅構内はもとより、街路のどこにもゴミ箱を見つけることができなかった。結局、悪いとは思ったけれど、通りすがりのコンビニの店先にあるゴミ箱を使わせていただくハメになってしまった。

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  ふと気づいたら、博物館の企画展が大韓モノではないか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まぁ、たぶんソウルあたりで見たことのある資料ばかりなのだろうけれど、大韓(というより「朝鮮王朝」がテーマであったが)に出くわして無視してしまうのは、自分に対しての示しってものがつかないではないか。

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  ウチのちょびというか、あのテの柄のネコって、身体本体部分のシマシマは茶色ががっているのに、なぜかシッポの先端半分ぐらいだけがモノクロの配色になっているのを不思議に思っていた。ちょうどこんな感じなのではあるが、つい最近、「ぁあ、トラを飼いたいもんだ」と思いつつあれこれトラの写真を眺めていたところ、同様のシッポを持っているのを発見。「にゃるほど」と腑に落ちたという話でごぢいます。
  それはそれとしてこの画。なにもこんなところまで描き込まなくてもいいのにねぇ……。

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  おっと、ネコカフェ。その名も日本語「Neko no Niwa──猫の庭──」である。なんだって日本語なのかはナゾのママにしてしまったが、店内のメニューや案内書も日本語版が用意されてあった。

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  お気に入りо(^ヮ^)о  このコのほか、ちょびよりもでかいかもしれない白黒オールカラーふさふさ版にソソられMASITA。

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  しばし寛いで、いざ灼熱のなかに復帰。

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  土産でも買うかと思い、街中のしゅぽおっとスーパーマーケットに立ち寄ってみたら、なんとあの「ハヌータ」があった。しかも山積み。しかし、そこで買ってしまうと空港の冷房に辿り着く前に悲惨な事態になってしまうかもしれない。そこで、早めに空港に乗り込んでそのテのブツをあさってみることにした(第3ターミナルにスーパーマーケットなどがあり便利)。が〜……。最大のお目当てであった「ハヌータ」を空港内で発掘することはできなかった……。シンガポールドルの残金はおろか、クレジットカードまで出撃させようと思っていたのだが。
  で、その途上。こうした集合住宅が雨あられなのは大韓と共通だが、さすがだなと思ったのは物干が中華式になっているところか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  シンガポール・チャンギ空港といえば、なにかと高い評価を受けていることでも知られている。早めに空港にやってきたのはそのロケーションを味わうためでもあったが、たしかに散策しがいのある楽しい空港だと思った。が〜、ちょっとしたショックも。
「さあ、あとはシャワーでスッキリして飛行機に乗り込むだけだゾ」と勇んで訪れた指定ラウンジにシャワールームがなかったのである!
「シャワールームはありますか?」
「ないんですよ」
「えっ!?  NO!?  NO!?」
「ええ」
「アイヤ〜ッ!!」
  まぁ、飲食関係は悪くなかったのだが……。

  ところで、スンガイコーロクのところでも触れたが、チャンギ空港のハングル表記というのがこれまた摩訶不思議なのである。すなわち「창이공항」。「공항(コンハン)」は空港の意なのでいいとして、問題はチャンギにあたる「창이」である。コレをカタカナにすると一般的には「チャンイ」。スンガイコーロクは「수응아이꼴록」で、同様に「スンアイッコーロッ」ないし「スンアイッコーロク」だが、ともに「チャン(ギ)」「スン(ガ)イコーロク」、すなわち子音「G」がハングルに反映されていないのであった。これにローマ字を充てると「Changi」。「チャンギ」そのまんまに見えるけれど、この「g」は子音として発音しないので「チャンイ」となる。また、音節としては「Chang-i」であり「チャンギ」とは異なる。なんだって「창기(Chang-gi)」ないし「찬기(Chan-gi)」でないのだろう?

  あるいはそう聞こえるのかもしれんと思い、MRT車内で耳を澄ませてみたところ、あえて思い込まないかぎりは「チャンギ」と聞こえる。空港の案内の女性が日本語使いだったのでその点を訊ねてみたところ、「チャンイとはいいませんね。チャンギで間違いないです。でも、面白いことを気になさってますね」とのこと。もっとも、スンガイコーロクのところで記したように、「창이」は「チャンイ」であるとともに「チャンギ」に近い発音で聞こえることもあるから、そのときはそのせいかもしれないと推測するほかはなかった。

  ところが、空港でもらった中国語版パンフレット(日本語のがなかった……)を開いてみたところ、チャンギ空港の「チャンギ」には「樟宜」の漢字が充てられているのを発見。コレならばたしかに「창이」で正解。ようは発音ではなく漢字由来でハングルが充てられたというのがその真相のようである(本当の正解をご存知の方がいらっしゃいましたらご教示いただけると幸いです)。

  それはそれとして、
「シンガポールの地名は、漢字にすると面白いですよ」
  と件の女史も話していたが、そのとおりだなと思う。克兰芝(Kranji)、淡滨尼(Tampines)、女皇镇(Queenstown)、多美歌(Dhoby Ghaut)、宝门廊(Promenade)などなど。ローマ字表記だと行き先ひとつ覚えるのも面倒だし、いわんや旅情すらわきづらいというものだが、こうして漢字で並べられると、それだけで探訪欲が刺激されてしまうのであった。

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  灼熱のシンガポールにカメ親子。
  つづくのだо(^ヮ^)о

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2017.08.31

ユーラシア大陸最南端駅を越えて・・・の巻

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  国際列車が海峡を往く。ふと「珍ドコ列車」を思い出したりするのではあったが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  マレーシア北東端のトンパッ駅から夜行列車で17時間弱、マレー鉄道最南端・JBセントラル駅(ジョホールバル)にやってきた。

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  旧ジョホールバル駅。こちらのほうが好みに合うが……。

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  ジョホールバルでは、昼食タイムを兼ねて3時間ほどひと休み。旅行案内書には治安に関する注意喚起が記されてあったりするが、さほどの持ち時間を確保したワケでもないので、駅周辺をざっと小散歩するに留める。

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  切符売り場は大賑わい。ジョホールバルからは「国際列車」でシガポールを目指す……といっても、その距離わずか2.1km。単に国境線を越えるだけのトリップである。5月に乗ったノンカーイ(タイ)〜ターナーレーン(ラオス)間の「国際列車」が6.1km。輪をかけてあっけない。
  当初は現地でその乗車券を入手するつもりでいたのだが、なんとこの短足列車が全席指定席であることが判明。マレー鉄道公式ィ予約サイトでチェックしてみたところ、当日では満席で乗りっぱぐれる可能性があることもわかった。そこで14時発79列車をネットで購入、乗車5分で5リンギットの座席指定券を確保しておいた(クレジットカードの請求明細によれば136円ナリ)。1分あたり1リンギット。17時間弱(定刻だと17時間10分だが、30分以上も早着した)乗った27列車が56リンギットなので、こちらの分あたり単価は0.054リンギット。さすが「国際列車」、ずいぶんと割高ですなぁ(笑)。

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  それでも「国際列車」なので、改札口は別扱いにされている。

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  供用コンコースの専用ゲート(ゲートA)でパスポートと乗車券を提示し構内に突入。

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  階下に降りてパスポートコントロールと荷物検査(ようは空港と一緒)を受けたのち、専用の待合室でしばし足留めとなる。

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  たった5分間の列車ではあるけれど、機関車牽引列車の重厚な風情に溜飲が下がる。

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  新駅だからということか、ホームの嵩が高い。

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  車内はJRの在来線特急普通車ふう。事前に指定券を入手するまでもなくガラガラだったので、適当な席に座る。

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  やや遅れてJBセントラル駅を発車。恥ずかしながら、今回の散歩でこの駅がユーラシア大陸における最南端の鉄道駅であることを知った。なんら確かめもせず、インドのコモリン岬が大陸最南端だと思い込んでいたが、慌てて地図を眺めてみれば、たしかにジョホールバルのほうが遥か南方に位置している。他愛のない錯覚ではあるが、こうしてわずか2.1kmの路線ながらさらに南に延びているワケである。

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  国境の橋を渡る。道路と鉄道の併用橋というロケーションも好もしい限り。

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  とはいえ、とてもじゃないけど旅情なんぞにひたっているヒマもないのであった。

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  バンコクより乗り継いできた汽車旅が、いよいよ終点へ。

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  できることならトンパッなりクアラルンプールなりから直通の寝台列車で越えてみたかったと思うが、ともあれシンガポールに無事到着とあいなりMASITAо(^ヮ^)о

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  かつてはシンガポールをぐるりを廻って市街地近くにまで延びていたマレー鉄道だが、2011年6月末をもってシンガポール内の大半が廃止されてしまった。現在は、ジョホール水道の橋を渡り終えたところにあるウッドランズトレインチェックポイントでマレー鉄道の旅はおしまい。残念ながら構内は撮影禁止であった。

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  シンガポールへの入国手続きは、列車を降りたところにあるイミグレーションで受け付け。入国カードがあれこれ面倒だが、係官が手取り足……は取られなかったが、親切に教えてくれてココロが温まる。で、カードには入国前の出発地という欄がある。今回の場合はもちろんジョホールバルだ。えっと、つづりはどうだったっけとペンが停まってしまったが、係官もすぐに思い出せなかったようで、「J……えーと、JBでいいですよ」。もちろんそのとおりに記したが、ペンを歩かせながら(?)「おおっ、ジェームスブラウン雀!」と思ったひとはかれこれ500人はいたことであろう。

  話はまったく関係ないが……。高校野球ってのも、高校生ぐらいまではそれなりにテレビ観戦(ときには野球場で)を楽しんだものだったが、現在はプロ野球ともどもほとんど関心がなくなってしまった。それがどれほどかというと、わが郷土・千葉県代表すらまったく知らなかったのだからなにをかいわんやであろう。が〜。その千葉県代表を破った日本航空石川にはちょっとばかりグっときた。なにかっていうと、「航空」とだけアピールされたあの帽子(ユニホームやTシャツもあるでよ)にである。あれが「日本航空」だったらどうってこたぁないのだが、不偏中の不偏ということなのか「航空」をシンプルに謳っているところがイイのだ。英語であれば「The」がつくところでしょう?  ちなみに「The book」だと「バイブル(聖書)」になる。
  こりゃぁ、(一部?)航空マニアからの注目を浴びたのではアルマイトの弁当箱?  ぁあ、ほしいなァと思って通販サイトをチェックしても売られていようハズもなく……、それにしてもほしいなァ、アレ♪  もし入手できたら、そのいでたちで飛行機に乗るんだがなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.25

夜行列車がジャングルを往く・・・の巻

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  コタバルでのひとときを終え、マレー鉄道でシンガポールを目指す。
  ランナーに選んだのは27列車。マレー鉄道北東端の旅客駅・トゥンパッを起点にジョホールバルまで至る夜行列車である。バンコク〜シンガポール間の汽車旅といえば、あの『深夜特急』がそうだったように、ハジャイから西海岸ぞいに南下するルートが一般的であろう。パダンブサールでタイ・マレーシア国境を越え、バターワースからペナンに立ち寄ってもよし、そのままクアラルンプールを経てひたすらシンガポールを目指してもいい。もちろん、当初はそのつもりでいた。が〜。マレー鉄道のパダンブサール〜クアラルンプール〜グマス間が電化されていたのはいいとして、タイ、マレーシアともに列車の運行パターンが大幅に改竄されてしまっていたのである。

  すなわち、タイ国鉄のバンコク〜バターワース間の国際列車は国境駅であるパダンブサール止りと化しており、すでに触れたように列車の“格”からして往年の栄光などどこ吹く風といった態。パダンブサール以南はというと、かつて運行されていたバターワースからクアラルンプールまでの寝台列車は姿を消してしまい、いまや昼行列車オンリーの路線なのであった(パダンブサール発グマスゆきの半夜行があるにはあるが寝台車の連結はないようだ)。1往復を除きグマスないしクアラルンプールまで直通しているうえに、パダンブサール〜バターワース間を含め本数が格段に増えているなど便利になったとの解釈も可能ではあるものの、いずれも小奇麗な電車による“特急仕様”の座席車のみ──もちろん窓が開けられない冷房車──とあっては、味わいという点で物足りない(なにやイヤかといって、コレがイヤなワケですよ。汽車旅はどん行と寝台列車こそが楽しいのだ!)。
  グマス以南も問題だ。非電化のままではあるが、この間を走るのは27列車を除けば3往復にすぎず、さらにその時間帯が面白くない。パダンブサール〜グマス間の半夜行と接続するグマス発4時10分(半夜行は同駅3時40分着)の1本がJB(ジョホールバル)セントラル駅に8時20分に着くほかは、18時40分と20時と遅い時間に偏っており、ジョホールバルで1泊するか夜間にシンガポールとの間の国際列車に乗り継ぐダイヤになっているのであった。

  もとより、ペナンやイポー、クアラルンプール、あるいはマラッカなどに立ち寄りながらのんびりと南下するのであればこの乗り継ぎダイヤでも一向に構わないところではある(特急型の車両に押し込められるのはともかく)。だが、今回は単に汽車に乗ってマレー半島を縦断したいというだけの話。沿線の街云々よりも汽車そのものの旅情を楽しみたいワケで、変わり果てつつある正統派ルートの姿に対し憮然とするほかはなかった。そこで思いついたのが東海岸ルートであり、今回のスンガイコーロク〜コタバルルートだったということなのである。

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  最果ての旅客駅・トゥンパッ。
  このトゥパッからはグマスまで527・7kmの非電化路線が延びている。マレー半島の核心部を横断する沿線にはこれといった大きな街はなく、ジャングルの真っただ中を縫う道行きであるらしい。そうと知れば普通列車でじっくりと汽車旅を味わいたいものだけれど、時刻表をチェックしたところトゥンパッ発着の昼行列車は「シャトル」と名づけられた座席列車が3往復きりであり、しかも途中のクアラリピス〜グマス間はこの路線全線を直通する夜行列車1往復のみという有り様(上下列車ともに同区間は深夜帯に通過)。であれば、その1往復きりの夜行列車に乗るほかはないワケで、いわば自然のなりゆきで27列車に乗り込むこととなったのでありMASITA。

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  トゥンパッとコタバルとの間は路線バス19番が運行されている。「トゥンパッ  レールウェイステーション」と運転手に申告しておいたところ、バスステーションらしき広場で降ろされてしまったが、小さな田舎町であり、無事に駅に辿り着くことができた。

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  構内には日本から海を渡った寝台車両が朽ちていた……。オハネ15-2004。B個室寝台ソロだった車両で、たぶん揺られたことがあるハズ。見たところ使われなくなって久しいようで、残念な気がする。

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  構内には転車台も。

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  シャトル列車が車庫から転線しつつ1面1線のホームではなく側線に停車。なんのための作業かはわからないが、この騒ぎによってふと気づいた。これから乗る27列車は駅に着く前から側線で休憩中。いまのところ機関車すら連結されていないが、いずれは機関車を先頭につけてシャトル列車と同様に転線してホームに横づけされるハズ。とすれば、“走行シーンもどき”の撮影ができそうではないか。駅構内の外れにはふふ、ふ、踏切があり、その先にはカーブとなっているなど雰囲気は悪くない。そこで、さっそくそのポイントに急ぐことにした。
  ところで、ご覧のとおり、シャトル列車の車両は日本の在来線特急ふう。冷房車で窓も開かない。これでは昼行列車を選んだとしても物足りない道中だったに違いない。

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  で、その撮影ポイントで27列車の転線作業を待ち構えていると、こんな小さな機関車がグマス方面からやってきて、しばらくすると戻っていった。これまたなんのための運転なのかわからないが、推察するに27列車運行前のツユ払いというか、路盤状況を確認したのではあるまいか?

  そんな路肩のひとときではあったけれど、発車30分前になっても肝心の27列車が転線する気配がない。市街地に赴いて飲食物の買い込みもしなければならないし、断念してその場を立ち去ったのだが、実際に転線作業のうえ27列車がホームに横づけされたのは発車5分前になってのことであった……。
  くわえて、時刻表をみてみれば17時35分に着く56列車というのがあるのだが、27列車が発車する18時までその姿を見せなかった。

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  その5分間で発車前の情景やら車内アコモの様子などを撮影。

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  乗り込んだのはもちろん寝台車。タイ国鉄の2等寝台車と同様に日本の開放型A寝台車ふう(プルマン式)寝台である。ただし、タイとは異なり、最初から最後までベッド状態での運行であった。切符は公式サイトで下段を押さえておいたが、ホントに有効なのか、検札があるまでドキドキであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  なんとなしに6号車6番(偶数が下段)を押さえておいたところ、
「Oh!  シックス、シックス。あなたはラッキーだ」
  と車掌にニコニコされたが、マレーでは6が“ラッキーナンバー”なのだろうか?

マレー鉄道公式ィ予約サイト

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  座席車は日本の在来線特急ふう。ただし座席の方向転換はできない。

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  食堂車もあるでよо(^ヮ^)о

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  この寝台車、なんと1両の定員が40人とある。同じような構造を持つ日本のA寝台は28人だったし、いったいぜんたいどうやってベッドスペースを確保しているのかが、乗車前からのナゾであった。マレー鉄道は日本の国鉄(JR)在来線の1067mmよりも狭いメーターゲージで、車体サイズが日本のそれより大きいということはないハズ。多少はひと区画あたりの寸法を縮められるとしても、訝るに十分な諸元といえるだろう。
  乗り込んでみてもすぐには理解できなかったが、トイレに立ってハタと気づいた。各車両ふたつのトイレがあるものの、洗面所が見当たらないのである。つまりは、洗面所よりも定員確保を優先したというのが正解だったようだ。おかげで、就寝前の歯磨きやら洗面をトイレ個室内の小さな流し場でやらされるハマになったけれど、これもまた外国旅行の味わいだ。

  ちなみに、トゥンパッ〜JBセントラル間725・1kmの寝台車下段の乗車券は56リンギット(ネット決済手数料が2リンギットだか含まれているらしい)。クレジットカードの明細をチェックするとわずか1489円であった。ついでながら、コレを日本のJR(本州幹線)にあてはめると、乗車券(1万480円)+特急券(3240円)+A寝台券・下段(1万880円)となり、都合2万4600円ナリ。

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  トゥンパッの発車はまだ明るい時間帯だし、終点のJBセントラルに着くのは11時10分ということで、車窓を楽しむ時間はたっぷりとある。熱帯雨林のなかをクネクネと走ってゆく道中は、勾配がキツイのか、かなり速度が落ちることもしばしば。そんなときにカーブにさしかかると、メーターゲージの台車に支えられた寝台車両が「ゆぅらゆぅら」と派手に揺れる。こんな乗り心地ははじめてである。しかも、闇のなかにときおり浮かび上がるマレーの田舎町や小駅の情景がとてつもない旅情を誘う。寝台車で寝るのが大好きなこともあり、たいていは深夜になればグーグーと寝てしまうのだが、このときばかりは寝るのがもったいないような気もした。これまで、およそ200泊を寝台車で過ごしてきてはじめてのことであった(中国の成昆線では、「4人室じゃなくひとり部屋があったらいいのに」と思ったものだったが……)。

  ところで、熱帯国の冷房というのは、えてして殺人的なまでに強烈なことが多い。したがって、タイ国鉄の寝台車に乗るときは長袖の「CKB“イイネ!”プリント薄手トレーナー」を持参しているのだが、この27列車では幸いにしてその出番がなかった。冷房はもちろん入っているのだけれど、デッキとを隔てる扉などの立てつけが悪く、容易に外気が室内に入り込んでくるのである。おかげで、却って快適に過ごすことができた。

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  一見するとジャングルのようだが、プランテーションの風景である。

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  プランテーションは外部との接触が隔てられているケースもあるようで、看守つきのゲートが見受けられたりもする。さらに園内には娯楽施設らしきものもあったりで、そこで働くひとびとの環境というのがどうなっているのだろうという興味を覚えたりもする。

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  深夜の行路を終え、ふと気づくとグマスに停車中であった。ホームの反対側には「パダンブサール」との表示をつけた電車が停まっていた。

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  深夜帯に乗り込むひともあれば、途中駅で列車を後にするひともいる。あたりまえですな……。

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  終点のJBセントラル駅には定刻より30分ほど早着(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ずいぶんと大きな街だなぁと車窓を眺めていたところ、街の様子に見合った大きな駅に到着。「もしや」と思い凝視していると、そこが終点だったのでちょっとばかり慌てさせられた。楽しい一夜でごぢいMASITAо(^ヮ^)о
  つづく。

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2017.08.19

コタバルはネコの街・・・の巻

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  コタバルで街散歩。

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  旅行案内書などによれば、かつてはヒッピーで賑わったという。個人的には、マレーシアの地名で古くから知っていた数少ない街のひとつ。やってきてみれば、市街地はごくありふれた地方の中核小都市といった風情。それもまたいいが、いったい、なにが彼らを集わせたのだろうかとふと思った。市街地から外れた海岸線は大戦中に日本軍がマレー侵略の一歩を記したといい、現在はビーチリゾートとして人気があるらしい。とはいえ、街中を歩いたところで観光ポイントがめじろ押しというワケでもなさそうだ。

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  もっとも、やたらな観光地よりはそうした普段着の街を闊歩するほうが性に合っている。

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  ところどころでひと休みを繰り返しながら、ブラブラと気の赴くままに足を動かすのであった。

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  なんだって名古屋なんだろうねぇ???

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  市場はそんな徘徊にとって格好のアクセント。

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「アンニョンハセヨ〜♪」
  出し抜けに大韓語で話し掛けてきたマレーアガシ。とっさに「アニエヨ、ナヌン  イルボンサラミエヨ(いやいや、日本人ですよ)」と答えたものの、こちらの素性を理解してくれたのかくれてなかったのか、大韓語のまま立ち話(笑)。もっとも、同じカタコト会話であれば、英語よりは大韓語のほうがはるかに楽なので、コレはコレで結構なことでごぢいますねо(^ヮ^)о

  コタバルでは、別の場所でも「コリアン?」と訊ねられた。帰国後、その話を先輩のS姐にしたところ、「最近、日本人ってあまり(外国に?)行かないからねぇ」。たしかに道中で日本語が耳に入ってくることはなかった(バンコクとシンガポールではわずかに聞こえたが)なと思う。もとよし、それでなんだっていう話でもないのだが……。

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  スカーフ売りのマレーアガシ。土産にするにはいい品物ではあったが、見学だけでスルー。
  ちなみに、越境ポイントがスンガイコーロク〜ランタウパンジャンという“辺境系”であるうえ、両替商はいるに違いないとはいえ円を受けつけていない可能性を見越して、成田空港で150リンギット(4500円ぐらい)だけ入手しておいた。やってきてみれば、明らかにそれとわかる店がラウタウパンジャンでは視界に入らず、この市場でもそれらしい窓口の所在が覚束ない。が〜……。結果としてその150リンギットで足りてしまったのだから(ホテル代を含む)なんともありがたい話ではありますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  市場の食堂にて。
「写真?  そしたら、店の看板を入れてくれよ!」
  陽気なひとときであった。

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  かように、こうした現地のひとびととのつかの間の触れあいも楽しい外国散歩ではあるが、コタバルではそれよりもネコ三昧となった。夕食もネコと一緒だったし……。

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  ネコ中のネコといった風情がイイのだ。

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  ややウチの子ちゃん柄。ペトペトニャーニャー甘えてきたので、離れるのが辛かった。

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  このコもニャーニャーо(^ヮ^)о

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  ヒザ上に乗ってきたりしてもう大変♪

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  ざっとした観察にすぎないが、マレーシアというかコタバルではネコがみんなにかわいがられているような印象を受けた。いかつい顔をしたムスリムのおとっつぁん──ひとクセもふたクセもあるイスラム商人といった面構えであったが──が店番をしながら商品棚で寝そべるネコをなでなでしていた情景には頬が弛んだものだ。

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  なんにしてもいじめられているといった様子は見られず、したがってニャ〜ニャ〜と通りすがりに甘えてくるネコがそこここにお出ましになるワケです。

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  ネコが平和に暮らす街はいい街なのだ。

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  おっとネズミも……。さりげにこちらを警戒しているふうではあったが、しばらく我慢比べをしつつカメラに収めた(だからぢうしたって話でもないのだがフンギリってモノが必要ではないか・笑)。

  ところで、コタバルと聞いてあの憎たらしきコッタバル(花束。@「ファンコ」)を連想する日本人(大韓人もか?)が500人はいるハズ。このコッタバルのせいで、コタバルだのジョホールバルなどの「ル」の発音が「r」になっちゃって困る……というのはついでの話だが、ひさびさに見てみたあの“萌えゴロシの第6話”のさんしらはやはり♥であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)



  1分34秒目ぐらいにお出ましになっている(と思いつつアップしてみれば、いきなり画面に鎮座していますなぁ・笑)のが、問題のコッタバルだ●~*
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.13

歩いて越境・・・の巻

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  そういう次第で、名うてのデンジャラスゾーン(?)のスンガイコーロクに無事到着。ウワサでは、街のそこここに武装兵士やら武装警官やらがテロの警戒にあたっていうということで、それなりに身構えての訪問ではあった。しかし、駅玄関に武装スタッフの詰所こそあったものの、ちょっと見にはごくありふれた田舎町という風情。こうしてドメスティックな市場などを見かけると、じっくりと散策したくもなってくるのが生来の性だ。なんでも、ィ夜となれば花開く“色街”もあるそうで、ソレ目的に越境してくるマレー男らを迎え撃つ女たちとそのテの商売人らとのドラマが繰り広げられているという。であれば、あいにく“客”になるつもりはコレっぽちもないけれど、見学するのも面白そうではないか。が〜。とはいえ過信は禁物。まさにそうした“市場”こそが爆弾テロなどの標的になった実績を積み重ねているワケで、そんな事態に巻き込まれようものなら、迷惑がられた挙げ句にモノ笑いのタネになるのが関の山。ゆえに、こんな情景をィ横目で眺めやりながら国境へと急ぐのでありMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  駅前広場のしゅぽと大木。
  前回アップでは触れ忘れたが、駅に降り立ったものの、つかの間出口がわからなかった。形としては1面2線の島式ホームと側線があるという案配なのだが、島式ホームのなかほどに切符売り場や事務所などを擁する駅舎が鎮座している。到着した本能で(?)、まずはその駅舎に足が赴くはいいが、島式ホーム上にあるのだから、出口などありようがないのである。正解はホームから「よっこらしょ」(嵩が低いのでというほどでもないが)線路上に降り、線路を渡ってゆくと件の詰所と出入口が待っているというワケで、上の写真がその詰所前の広場なのであった(かつては奥に見える跨線橋が使われていたのであろう)。逆に、そうと知らずに街から駅にやってくると、切符売り場がないなぁと思うハメになりそうだ。

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  駅前大通り。左奥がマレーシア方面。

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  公園には蒸気機関車の静態保存も。

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  レールはつづくよマレーシアへ……。路盤はキレイに整えられているし、乗ってきた37列車が国境を越えないのが不思議な気もする。
  かような背景を持つ街ゆえ、こんなところでカメラなんぞ構えても大丈夫なのだろうかという気もしていたが、軍隊に誰何されるワケでも銃弾が飛んでくるワケでもなく、その点はタイのあまたの街角と同じであった。

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  ふふ、ふ、踏切も路盤同様に現役風味。貨物列車が国境を越えて運転されているという未確認情報の信憑性を裏づけているいるように思えた。う〜〜ん……、国際旅客列車の運行を望む!

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  国境事務所を目前に、いまいちどスンガイコーロクの街並を振り返る。いつの日にかじっくりと散策してみたいものだ。

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  国境で結ばれる友好。

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  タイ側国境事務所までは、駅から直行すれば徒歩15分ほどで到達できるだろう。とりたててなんら問題なしにここまで辿り着いたワケだが、積極的なおススメができない越境ルートである点だけは、くどいようだけれどつけくわえておきたい。

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  イミグレーションというよりは自動車道の料金所といった風情。掃除のおじさんが、「マレーシア?  なら、そこの窓口で」と笑顔で教えてくれて、なにごともなく出国。

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  国境をまたぐ。右タイ、左マレーシア。右に回すとボールペン、左に回してもボールペン……ってのがどっかにあったよねぇ。

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  その反対側には鉄道が越境。乗りたい……。

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  まぁ、実際問題のところ、どこが「国境線」であろうといいワケだが、海路と空路でしか自国からの越境ができない日本人にとってはやはり新鮮な情景ではないだろうか?

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  こんなところを歩いて越境。いよいよマレーシアである。

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  徒歩での越境者用の窓口は左端の室内にある。笑顔の係官は、日本人とわかるとちょっと意外そうな表情を浮かべたが、「こんにちは。マレーシアではどこに行きますか?」とカタコトながら日本語で応対してくれた。おかげで、マレーシアの第一歩を気持ちよく踏み出すことができた。

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  今夜はコタバルで過ごす予定。国境のあるランタウパンジャンからは29番バスがコタバルまでを結んでいる。1時間に1本程度運行されているようで、日中であれば問題なくアクセスできるハズ(5時45分〜18時30分の運行と公式サイトで案内されている)。

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  一部にボックスシートのある車内。キレイで快適ではあったが、強烈な冷房がタマにキズ。

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  コタバルバスターミナルに到着〜о(^ヮ^)о
  つづく。

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2017.08.07

タイ国鉄最長距離列車に乗る・・・の巻

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  バンコク発スンガイコーロクゆき37列車。前回アップでも触れたように、途中のハジャイ(ハートヤイ)ジャンクションまでパダンブサールゆき45列車との併結運転となっている。バンコクからスンガイコーロクまでは1159km。15時10分に出発して、到着するのはィ翌日の11時20分という長丁場だ。そのスケールだけでもワクワクしてくる。

  だが、(いちおうは)最初にお断りしておくべきこともある。この列車が向かうタイ深南部には日本の外務省から渡航に関する危険情報が発出されているのである。「海外安全ホームページ」によれば、ソンクラー県以南におおむねレベル2「不要不急の渡航は止めてください」以上がアナウンスされており、スンガイコーロクを含むナラティワート県などいくつかの地域はレベル3「渡航は止めてください」となっている。これはタイ王国からの独立を主張する勢力のなかの一部にテロ分子がおり、実際にたびたび爆弾事件などが起きていることによる(らしい)。スンガイコーロクに至る路線でも昨年9月に爆弾テロが発生。もっとも、同種のテロは同じタイ国内でいえば首都バンコクにおいても起きているわけだが、いずれにしてもより慎重な計画と行動が必須といえる。

  今回の計画でいえば、5月にクルンテープ駅窓口で切符を購入しておいたのだが、その後も現地情報を日々欠かさずにチェックしておいた。仮にいずれかの時点で危険と判断した場合にはルート変更を辞さない構えではあったものの、こうして出発時刻が近づいてきたのであった。
  件の渡航情報では、重犯罪に巻き込まれる可能性が(日本はもちろんタイなどと比べて)決して低いとは言い切れないアメリカ合州国が「まっさら状態」であったりするなどの疑問点がないわけでもない(個別に「スポット情報」などとして注意喚起はなされているが……)。しかし、無視するべき情報でないことは確かで、37列車にせよ45列車にせよ、終点までの乗車をお勧めできないのが残念だ(にも拘わらずこの列車を選んだ理由は後日のアップで触れます)。

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  タイ国鉄の始発駅では、かなり早い時間(発車1時間前など)から車内に乗り込めることもあり、少し早めにホームを訪れてみた。すると、前回の散歩でノンカーイ〜バンコク間26列車で遭遇したのと同じタイプの新型寝台車が客待ちをしており、「いよいよその1等車に乗れるか!」とにわかにウレシくなった。が〜。よくよくみればその新型編成はハジャイゆき31列車。では、わが37列車は……と思ったら、その裏側に停まっている古びた編成がそれだったのである。

  いずれも3等車(ボックス座席車)を含む雑多な編成で、冷房車は2列車計5両ある寝台車のみ。パダンブサールゆきに至っては1等車の連結すらないというありさまで、ほかに冷房なしの2等車(リクライニグ座席車)がある。日本の国鉄黄金時代の夜行急行を彷佛とさせる編成で味わいはあるのだが、かつてバンコク〜バターワース間の「国際列車」として名を馳せてきた存在であることを考えると、なんともやるせない。

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  乗車前に駅前食堂で一憩。遅い昼食を兼ねているが、これは正解であった。タイ国鉄名物(?)の食堂車謹製タイ料理セットのケータリングサービスがなかったのである。じつはそれも楽しみのひとつではあったのだが、新型編成だったノンカーイ〜バンコク間の26列車でそのテのサービスがなかったうえ、食堂車のメニューが大幅に簡略化されていたため、「あるいは?」という懸念があったのである。どうやら、それが適中してしまったようだ……。
  ただし、インディーズの車内販売はある。内容に当たりハズレがあるという印象ではあるが、そんななかやってきたおっさんが、「ナイショだけど」という風情でコッソリと缶ビールを勧めてきた。なんだかいけないモノでも商うかのごとしの態度ではあったが、タイ国鉄では車内飲酒くむじ(禁止)が謳われている。とはいえ、食堂車などでは酒類の提供があったハズだが(26列車にはなかった)、いまやこんな長距離寝台列車もまた酒が御法度になってしまったということなのだろうか?

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  1等寝台車客室。

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  ベッドになりMASITA。こうして発車後にベッドの設営と朝の解体をするのがタイ国鉄流。朝は6時台だの7時すぎだのとゆっくりと寝られないのが残念だが、この列車では終点のスンガイコーロクの手前までベッドのままであった。

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  ミネラルウォーターつき。クルンテープ駅開業100周年記念バージョンボトルであった(前回も同様)。

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  御大・宮脇俊三の「泰緬鉄道とマレー半島の国際列車」(『椰子が笑う 汽車は行く』文春文庫に所収)でも語られていた光景。この手前にあるトイレにシャワーがあるのも一緒。ハジャイで後ろに荷物車が連結されたのも一緒(本書ではバターワースゆきだったが)。ただ、列車としての“格”は変わってしまったのが異なる……。

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  一夜を明けてハジャイに到着。バターワースゆき(編成前方)との切り離し作業でしばらく停車。せっかくなのでホームを探索してみる。

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  ちょっとウチの子ちゃん柄が入ったネコо(^ヮ^)о
  ところで、ココではハジャイと記してきたが、ローマ字の綴りは「HAT YAI」。そのまま読んだハートヤイと記されているケースのほうが一般的なようだが、現地(南部人)の発音だと「ハジャイ」のように聞こえるという。それはともかくとして、発車前にクルンテープ駅でもらった時刻表には、「Hadyai」と記してある。これならむしろ「ハジャイ」ではないかということで、さしあたりハジャイとしてみたという次第。こうして地名の発音を自分なりに確かめるのも一連の取材旅行では欠かせない行事となっている。

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  ハジャイ以南では、いよいよジャングル度が増してきた。カバトットふうにトリつきのウシが放牧(?)されているのは今年3月の南部探訪(パッタルン以北)と同じ情景だが、倒れてバタバタともんどり打っているウシを目撃してしまった。あくまで推測だけど、ひょっとしてコブラかなにかに噛まれたのではアルマジロ?  なんかイヤ〜なものを見てしまった気分であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  いちおうサッカー場のようだが、ウシの御食事処と化してますなァ。

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  なぜか観覧車の残骸(?)が……。

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  下車欲をそそられる情景だが、すでにテロ多発地帯に入っている。線路脇のフェンスはいうまでもなくテロ対策。もっとも、あるのは駅周辺だけだし、コレなら大韓東海岸ぞいのブツのほうがよほどの迫力があるというものなのだが。ちなみに、ハジャイ発車後に3人組の武装兵士が車内を巡回。切符を見せて行き先を確認しただけでパスポートの提示などは求められなかったが(車内改札でも同様)、ようはかような地域なのである。その彼らは、巡回の合間に空室となった1等寝台の個室で寛いで……もとい「待機」していた。

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  テロで名高い(?)ヤラーの街並。さしあたり街の名を屋号にした「ヤラー内科」ってのがあるんじゃないかと連想する日本人が500人はいることだろう。

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  15分ほど遅れて終点のスンガイコーロクに到着。

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  ひょっとして駅構内を武装兵士たちが闊歩しているなど物々しい雰囲気にあるのではないかと思っていたが、少なくとも表向きは平穏としたものであった。使われていない跨線橋からマレーシア側を望む。いつの日か「国際列車」として越境をしてもらいたいものだ。

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  駅舎もテロリストの好餌だというのがもっぱらのウワサ。写真なんぞ撮っても大丈夫かなと思っていたが、「構いませんよ」とのことなのでワンショット。とはいえ、万が一に備えて足早に立ち去る。

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  駅正門。この小屋の右側で兵士が警備にあたっている。
  ところで、スンガイコーロクの言葉をバラすと「ス  ンガイ  コーロク」。前回アップした乗車券にも「SU-NGAI  KOLOK」とタイプしてある。で、思った。大韓語というかハングルではどうなっているのだろうと。まずはあれこれ思いつく限りのハングルで検索してみた。
  순가이코록ってのが「SUNGAI KOLOK」に最も近い発音を表わすと思われるが、コレだと「SU-NGAI 」とは異なるなと思う(もっともたとえばアウトが「아우트(アウトゥ)」ではなく「아웃(アウッ)」だったりもするから、目よりも耳で外来語に文字を宛てがっているフシがある)。なかなか正解を出せなかったが、どうやら「수응아이꼴록」ってのがスンガイコーロクのハングル表記であるらしいことがわかった。これにローマ字を宛てると「SuEungAiKkorRok」。コレを一般に用いられているセンスでカタカナに置き換えるとすれば「スウンアイッコロッ」とでもなるのであろう。耳に聞こえる「スンガイ」ではなく「ス・ンガイ」に準じているところが意外というか興味を引いたが、このハングルの綴りでは、大方の日本人には正しい発音はできないだろうねぇ(응아=ウンアの部分の「ng」が鼻濁音となり、単語や聞き方によってはウンガと聞こえる。ネコ=고양이=コヤンイ≒コヤギが好例)。
  と、ヘンに細かいことを気にかけているようだが、この話はシンガポールでの出国前にも再登場する予定。

  ともあれ、まずは無事にスンガイコーロクに到着いたしMASITA。つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.01

ワニの王国?・・・の巻

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  7月某日。今年3度目のタイにやって参りMASITAо(^ヮ^)о

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  ちょうどいい航空券があったので、珍しくANAに搭乗。それはそれとしても、成田空港でこういう乗り方ができるとは、迂闊にも知らなかった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  久々の祖国エアライン国際線ということもあり、あれこれ期待を抱いていたものの、大韓散歩で馴染みのアシアナと比べて劣っている面が多く感じられたのが残念。さしあたり具体的な言及は差し控えるけれども(タマタマの巡り合わせかもしれないし、ビジネスクラスなどではいざ知らずといったところではあるが)。

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  今回の最初のランナーはこの37列車。バンコク・クルンテープを起点にタイ深南部最深部の街・スンガイコーロクを目指すタイ国鉄最長距離列車である。そのタイトルに敬意を表しつつ、1等寝台個室のひとり利用(マオホーン)としてみた。タイ国鉄の指定券は乗車日の60日前からの発売。タマタマそのころにタイにいたといおうか、つまりは前回のタイ散歩のおりに乗車券を確保しておいたのがこの切符である。合計2253バート(およそ7000円弱・1室占有<マオホーン>加算500バートを含む)はタイ国鉄の切符を買ってはじめて「高ぇ〜」と思った。なにかの間違いかもしれんと思い、買ったのと別の窓口でその旨を確認したほどだったが、考えてみれば、特急の1等寝台車で、それも1159kmもの長距離がその値段なのだから、物価差を考えても十二分にィ安い。わが国のJRであれば合計で3万470円(約9800バート。本州幹線で計算──東京から香椎の手前までの距離に匹敵)もかかってしまい、仮にコレで往復すると今回の航空券代金を軽くしのいでしまうのであった。

  その汽車旅の話はおいおいするとして、今回の散歩でなにがあったかといえば、まずはワニがいたということになるо(^ヮ^)о

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  現場はクルンテープ駅のすぐ近く。悠然とといいたいが、こちら側の岸に向かっているらしいさなかにアヤシイ人影(つまりはオレ)に気づいたのか、反対側に踵を返して(?)しまった。下水管に手をかけたりしていたので、そういうところにもお出ましになるのかもしれない。もっとも、トカゲかなにかの一種という可能性もあるが、するとワニとトカゲの違いを説明できないということにいまさらながらに気がついた(笑)。

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  マレーシアの国境の街もとい村・ランタウパンジャンで目撃。コレはワニではないと思うが、すると正体はいかに?  ちなみに、ヘビみたいに舌をベロベロしていた。

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  ジョホール水道にて遭遇。

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  帰宅してから調べてみたところ、コイツもまたその正体が判明したワケではないが、シンガポールにも野生のワニがいることがわかった。ジョホール水道はいうまでもなく海水。しかし海水に適応している種類もいるらしいし、さしあたりはワニだと思い込んでおくほうが楽しいではないか(もろもろの正体をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸いですm(__)m)。

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  で、件の37の発車は15時10分。それまでいくらかある時間をどうやって過ごそうかと思っていたが、3、5月につづきネコ寺(ワットアルン)のネコたちの様子を窺いに繰り出してみた。

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  シアワセそうにzzzzz・・・о(^ヮ^)о

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  クロボウズもスヤスヤ。

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  ネコの寝姿ってのは、ヒトをシアワセな気持ちにさせますね。

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  ふと「有明フェリータ」(@『東京漂流』藤原新也。・・・再読に辛いエピソードである)を連想してしまった寝姿(もちろん生きてますがね)。

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  雨期ということもあり、なんとなく冴えない天気ではあるものの、東京あたりよりはよほどに涼しいバンコクであった(最高気温でも30度を下回っていたハズ)。が〜。そのわりにはネコの姿が少ないのはどうしたことだろう………そう思った。

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  なんと“牢屋”に閉じ込められていたのである。

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  このおふた方、前回の散歩のさいにデビューしていた。なんらかの事情で保護しているのだろうか?  少なくとも水の常備はしておいてほしいと思うが。

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  スラリとしたクロボウズ。やはりネコは自由じゃないと。

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  ハトを狙っております。

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  ワットトライミットにも元気なネコが。写真を撮ってたらイソイソと近寄ってきて「にゃー♪」。きゃわゆ。・・・とかなんとか散歩した足でクルンテープ駅に向かっていたところに件のワニと遭遇したというワケでありMASITA。
  つづく。

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2017.07.26

大韓に行かないで大韓を味わう法・・・の巻


  発売後のお知らせになってしまいましたが、ただいま発売中の雑誌「旅と鉄道・17年9月号」(山と渓谷社)に「世界の鉄道 途中下車の旅14 タイからラオスへの国境越えと寝台列車の旅」ほかを寄稿しております。書店等でお見かけしましたら、お手に取っていただければ幸いですm(__)m

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  という次第で、東南アジアに浮気しているような昨今ではあるが、そうこうしていると久々に大韓散歩へと繰り出したくもなってくる。ワケあって(?)、今年の11月以降に2度ほど訪れる計画を立ててはいるものの、それまではまだだいぶ間が空いている。そこで、書物だのネットだのを通じて大韓風味を楽しんでいたりするのだが、そうしていればこんなイカした本に巡り会うこともできる。

『大韓ロック探訪記  대한 록 탐방기』(長谷川陽平著・大石始編著/DU BOOKS)
  大韓を舞台に第一線で活躍しているミュージシャン・長谷川陽平については、いちおうは知ってはいたが、こんな楽しい一冊が出ていたとは、迂闊にも気がつかなかった。
  あるィ夜。ネット通販の検索窓に、ほとんど無意識のままに打ち込まれた「大韓ロック」の文字。別段なにを探していたのでもないのだが、経緯はともかくそうしてブチ当たってしまえば仕方がない。

  対談中心で構成された濃密な大韓話の数々。必然的に音楽シーンの話題が多くはなっているが、そこに流れる通奏低音は大韓そのものである。仮に大韓ロックそのものに興味がなくったっていい。大韓という響きにピピっときているとしたら、こんなに楽しく読める本もそうはないのではなかろうか。あの“『ディープコリア』シリーズ”と合わせ、ぜひ日常的に愛玩したい名著といえる。

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  大韓ドラマにもあれこれ傑作やら良作やら名作やら佳作やら駄作なんてのもあるが、イブシ銀的名作としてこの「王と妃」はぜひ見ておきたい作品だと考えてきた。といいつつ、全編を通してじっくり鑑賞したことはなく、要所要所をつまみ食いしてきた程度だというのを白状しなければならないが、そういうザマになってしまうのは、ひとえにコレが全186話という大河ドラマ中の大河ドラマであるがゆえ(オープニングでいきなり「대하드라마=大河ドラマ」と画面にドーンとお出ましに。自他ともに認める大河ドラマなのであった)。
  ひとくちに186話というけれど、1話あたりがおよそ60分弱、一睡もせずに見続けたとしても軽々1週間以上を要するのだから、並み大抵の覚悟では臨めませんわなぁ(そもそもそんなことをする意味が?)。ちなみに、わりと中味の濃い次回予告があるのだが(1分間程度)、その全195回ぶんだけをコレクションしても、3時間超。DVD1枚に収まり切らないのではないかというおそるべきボリュームなのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  で、このたび、唯一流通している“レンタル落ち”全93巻をコンプリート。その長丁場に挑むことになったというワケですо(^ヮ^)о

  話は朝鮮王朝第5代王・文宗の時代からスタート。即位したものの虚弱体質だった文宗は即位からわずか3年ほどで死去してしまうのだが、そのあとを継いだ息子のホンウィ(端宗)が11歳と幼なかったことなどが、一連の騒ぎの発端に。前半の山場は癸酉靖難と呼ばれる叔父・首陽大君による大粛清および王位剥奪事件で(ドラマとしてはショスタコービチの「交響曲8番」第1楽章のような脚本であり演出。癸酉靖難の回をみたあとにこの曲を聞いたら腑に落ちた)、全編にわたり王室や官僚あるいは宦官らによる権力抗争が繰り広げられるのだが、それをさらにドロドロとさせるのが後宮に巣食うおっかさん連中なのである。そのおっかさんたちのコワモテぶりがまたたらまんのですよ。ラストに向けてのハイライトは朝鮮王朝の“暴君”として名高い燕山君(第10代王)の大暴れであり、件の予告にも「いよいよ燕山君が登場!」のごとく扱われているのにもグっとくる。しかしそのころには秋になっちまうなァ……。

  でまぁ、そんな燕山君の大暴れにカタルシスを期待しつつ186話に挑むワケだが、そのマラソンの主役をなす仁粹大妃(というより役を演じていているチェシラ)がかもす迫力こそが、このドラマの根幹を牛耳っているといっても過言ではないだろう。のちに仁粹大妃と化す首陽の長男の嫁・ハン氏として最初から出ているのだが、山盛りとなった傍役のひとりでしかなかったその時代から、すっかりドラマの顔と化す文字どおりの変貌にもグっときてしまうのであった。

  ところで、この時代は数々の大韓時代劇で舞台に選ばれているが、この作品では「朝鮮王朝実録」などの歴史書を比較的忠実に沿っているといわれ(ときおり入る解説で、ときに「実録」の内容に疑問を呈していたりもするが)、時代劇であると同時に「歴史ドラマ」であるといえるだろう。なにがいいたいか?  大NHKが大韓時代劇を指してことごとく「韓国歴史ドラマ」などと銘打っているが、そのなかには100%のフィクションドラマも含まれており、NHK式の呼び方に違和感を覚えざるをえない。もちろん、「王と妃」にしても創作された部分は多々あるだろうし、作品の最後で述べられているとおり、残された“史実”が勝者側の“史実”にすぎない点なども考慮すべきではあろう。だが、NHK式の無防備な呼び方はどうだろうか。あたかも、フィクション(まったくの作り話)もまた「歴史ドラマ」、あるいは史実としかねないような危惧を、わずかながらも感じないではいられないのだが……。



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  さて、そんな「王と妃」は大韓における大ヒット作でもあった。1998年6月から2000年3月(長ぇ〜っ)というから、かれこれ20年弱前という古いドラマであるにも拘わらず、街を眺めればこんなレガシー(遺産)がそこここに散見されるというのも楽しからずやо(^ヮ^)о

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  看板の文字はドラマのまんま(多少は違えてあるかもしれないが)。書道の師範だかなんだか忘れたが、その程度にまで書道に勤しんでいたことのある我が母堂いわく「あの王の字、上下のバランスを崩してあるところがいいわねぇ」とのこと。篆刻家・チョンビョンネ(정병례선생님)の作ということで調べてみたところ、「ほしい!」と感じさせる作品があれこれあった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

ココアルネ

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  コレはちょっと再現がいい加減ですな。

ココアルネ

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  もとい、勝手に使って大丈夫なのかと思わないでもないが、きっとケンチャナヨなのであろう。そう思った。

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  飲み屋の一種。こうしてみたところ、飲み屋のほか韓服店、さらにノレバン(大韓式カラオケ屋)に好まれているようだ。

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  まぁ、王と妃ですからねぇ。たしかに韓服にはもってこいの屋号かもしれない。

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  民俗酒場。

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  この店はチェーン店のようだ。どうでもいいが。

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  王と妃は「왕과비」。しかし「왕&비」ってのはあまりにおっかさん(チェシラ)と燕山君をナメちゃいまいか?

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  で、燕山君。なんだって燕山君なのかといえば、看板にあるとおり「연산군연탄구이」(燕山君練炭焼=ヨンサングンヨンタングイ)、つまり「燕=ヨンと練=ヨン(ともに大韓語読み)」ってことなのではないかと推察するのだがぢうか?

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  この店は屋号の看板が捉えられていないが、同じく焼肉店である。生サムギョプサム3900ウォンってのは安くないか?

  それはそれとして、「王と妃」の前半を見るにつけ、「ぁあ、この男の目つきときたら、日本のどっかの政治家と同じですなぁ」と感心させられることしばし。内官(宦官)のオムジャチ(キムビョンギ)やキムヨン(ファンボムシク)、安平大君(チョンソンモ)あたりなんかとくにねぇ。テレビニュース(自称か?)なんかを見てると、どっかの国の与党政治家の見たくもないのに見せられることが多い面々にクリソツなんですな、コレが。このうち、役を演じているキムビョンギとチョンソンモは、ともに「砂時計」で悪役格というか“卑役”(造語)でイイ味わいを出していたが、「王と妃」でも期待どおりの仕上がりである。まぁ、いまのところ(?)燕山君がわが国にお出ましでないのが救いといやぁ言えるか……?

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  話かわりますけど。かように大韓ネタで寛いでいたら、こんなのを拾った(3冊ほど表紙画像をネットでみかけるが、いずれも同一の画像のみが流布されている模様。そのうちのひとつをココでも使わせていただいた。ぁあ、欲しいなァ……)。いかにもアヤシゲな雰囲気の「劇画」だが、金日成のルビが本名の「김성주(キムソンジュ)」になっているところがミソ(『劇画・金日成の寝室』パクブキル画)。

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  コレも拾いモノ。「道路脇(路肩)での性行為  交通事故誘発」ときた。類似のシロモノに国立公園内だかにあるらしい同じような意味の横断幕(섹스금지)があって大韓人を面白がらせているようだが、そちらは単純なフェイク。するとこちらもそのテかもしれないが、とりあえず面白いのでタウム地図で現場を捜索してみることにした。

  ちょっと見に全羅道の北部か忠清道南部を直感したが、よくよくみれば「全州国道」がどうのとある。ココまでわかればあとは単純。該当しそうな国道をネット上でドライブすればいいのだ。

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  で、あったо(^ヮ^)о  ワクワクしながら捜索を続行し、かれこれ6カ所ばかり特定しつつスクリーンショットを取ったのだが……、書いてある文句が違うではないか。「道路脇での販売行為〜」だって?  ったく、ガッカリしたとはこういうときの心境を指すんだよなぁ(笑)。

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  その現場のひとつ。

ココアルネ

  しかし、さらに調べてみたところ(ヒマ人ですね・笑)、コレはまったくのフェイクではない可能性が出てきた。なんでも最初に現われたのはまさしく「性行為(성행위)」云々(うんぬん)で、コレを見つけた某大韓人がネットにアップするや、世間をそれなりに楽しませたらしい。ところが、その騒ぎにクマった当局が、とりあえず「商行為(상행위)」と書き換えたというんですな。それが現段階では「판매행위(販売行為)」で落ち着いているということらしいのだが(つまり、성행위→상행위→판매행위)、そもそもがこの路肩で商売をするというのはムリがあるというか命がけだし不自然にすぎる。むしろ「性行為」のほうが、たぶん路肩にクルマを止めて云々(うんぬん)ってな話だろうから可能性がないワケでもないだろう(しかし、こんなところでそんなことをする意味が?)。

  それはそれとしても。コレが当初のママだったら、この現場に赴いて写真のひとつでも撮らないことには自分に対する示しってもんがつかないよなァ。ぁあ、でもこんなところまで往くのも面倒だなァ(全州あたりからタクシーをチャーターか?)。……でも、やるんだよっ!  というのをやらないで済んでホっとしたであります。

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  おまけ。だいぶ前に拾った「くむじ少年」。なんらかの事情でいきなりこのページに寄って下さった方にはなんのことやらわからないと思いますが……。「ドキドキラブコメディ」ねぇ……。大韓版「JUMP」に載っているのかいたかしたそうであります。


  おまけ。



  大韓語で歌ってみましょう♪

  으하하하!  으하하하하!
  (ウハハハ!  ウハハハハ!)
  황금박쥐!
  (ファングムバッチ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オディエソ オヌニャ ファングムバッチ)
  빛나는 해골은 정의의 용사다.
  (ピンナヌン ヘゴルン チョンゥイエ ヨンサダ)
  힘차게 날으는 실버 배터.
  (ヒムチャゲ ナルヌン シルボ ペト)
  우주의 괴물을 점멸시켜라!
  (ウジュエ クェムルル チョムミョルシキョラ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オデュエソ オヌニャ ファングムバッチ!)
  박쥐 만이 알고 있다.
  (パッチ マニ アルゴ イッタ)
※作詩:제일동화/作曲:타나카 마사시/大韓版の歌:?

  なんだって黄金バット(황금박쥐)なのかといえば、大韓ドラマ「まるごとマイラブ(몽땅 내 사랑)」のファンクムジ(황금지)が双児の弟オギョブにそう呼ばれてたのを思い出したから(単なるくむじつながり。とくにというか、まったく意味なし失敬の巻といったところだが、じつはアニメ「黄金バット」が日韓共同製作だったということをこの騒ぎのおかげで知ることとなった)。ついでのついでさらについでのの話ではあるが、「우주의 괴물을 점멸시켜라!」のところを「자민당의 바보들을 점멸시켜라!」にしたら楽しかろうと思う。

  という次第で、大韓に行かないで大韓を味わう法の巻でありMASITA。

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