2026.06.27

前年比・・・の巻


 今日のネタは単なる個人的な思いこみなので念のため。


 世には「前年比」という指標がある。

 企業でいえば売り上げや利益などを前年比で表すものだ。


 さて、バカ高い庶民税金がSNSなどで話題になっているのはご存じのとおり。


 かっつかつの給料から社会保険料の類を含む〝税金〟が、ややもすれば50%に迫っているという現実。もちろん、年末調整や確定申告で税の払い戻しや社会保険料類の軽減は採られてはいるものの、相当以上の負担を実感せざるをえないのが昨今の日本である(わずかに年金受給額が増えたかと思ったら所得税がそれ以上の負担になったという笑えない笑い話もある)。一方でカネコロガシを筆頭とするアブクゼニで億単位の不労所得を得つつ税の軽減を受けるという事実もあるのだからなにをかいわんやであろう。

 また、税収が史上最高を記録したってのに、さらに増税しようというのがこの国である。その空前の税収にしても、輸出関連企業の消費税還付があってなおなのだから、どれだけ取れるところから搾り取っているのかと思う。


 で、ふと思ったのは、日本国および自治体の税収にもこれがある種のノルマとして用いられてはいまいかということだ。

 ひょっとしたら、財務省の役人らは、前年比プラスの税収をノルマとされてはいまいか?

 そのためにどのようにしたら楽に、かつ確実に税という形で国民のカネを横取りできるか。そんなことに日々邁進しているのではないかと疑いたくもなってくる。


 そんななか、ここにきて「宿泊税」ってのが各地で取り沙汰されてきた。


 なんでも観光関連整備などという名目の一方で自治体によっては〝使途不明〟が国によって認められているという摩訶不思議な税金である。整備云々というのであれば、これまでだって実行してきただろうし、予算だってついてきたハズ。それがここにきて我先にとその「宿泊税」を導入しているのだ。なかにはなけなしの財政策として取らざるをえない自治体もあるかもしれない。だが、本当にそれだけが目的だろうか? 税収額をグロスでプラスにするための方策というのがホンネということはないのか?


 国家にせよ自治体にせよ、カネの使い道についてもっと厳しい監査と公開を義務とする必要がある。カネがないからもっとよこせなんて教育を、まさか自分の子どもにするオヤはほとんどいまいが、日本の「公」がやっているのはまさにそれであろう。


 ぁあ、警察の交通反則金や罰金関係はどうかな? そんなところにも前年比プラスってのが横たわっているのではないかとオレは疑っている。事実として交通違反や事故が前年比を下回ることこそが、目標であるべきだと思うのだが、実態やいかに……。

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2024.07.08

嗚呼、トーキョー・・・の巻

Japoo_2959


 イラン人や英国人に顔向けできませんな。まぁ……〝宗主国〟に対しては似たようなもんかもしれませんが?


Japoo_2958

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2023.11.03

怒りの地・・・の巻

Palestine

 هذه الأرض هي فلسطين. ""الأمة"" التي ينبغي أن توجد في هذه الأرض ليست إسرائيل.


 私自身は、ユダヤ人もまた、この地で暮らす権利があると考える。しかし、この地にあるべき「国家」はイスラエルでないと断言したい。あそこに居座っているのは「偽イスラエル国」とは呼べないか?


 הארץ הזו היא פלסטין. "העם" שצריך להתקיים בארץ זה לא ישראל

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2023.03.10

馬鹿買いに見返りはあるか?・・・の巻


 Offset_agreement=相殺取引という商習慣をご存じだろうか。

 個人的にこの言葉を意識したのは、航空機業界に関してであった。ごく簡単一例を挙げれば、A国の航空機メーカーが新型機BをC国にセールスをしたとする。1機、2機ならともかく、仮に数十機などといった単位になるとその額も巨大なものとなるが、売買契約の条件としてB機の製造の一部をC国の企業に委託するケースがある。

 これが相殺取引の一例で、旅客機製造において日本や中国などの各種メーカーがその一部の製造を請け負っている背景のひとつとなっているワケだ(該当しないケースもあるし、あくまで一例である)。

wikipedia:Offset_agreement

 さて今般、あの미치광이키시다(ミッチガンギ岸田、俗にいう忌死駄)政権が米国から兵器を気前よく買い求めるという怪挙に打って出た。何十歩か譲って、ある考え方に立てば、そのすべてが不用品ではないかもしれないが、素人目に見て「なんだってこんな役立たずのガラクタに税金、または戦時国債をつぎ込むのだ?」とも思う。

 くわえて、忌死駄を含め、オーダー側の連中がどこまでこの買い物が我が国にとって必要不可欠だと考えている(考えるアタマがあれば、ですがね)のかという疑問も湧く。

 あくまでオレ個人の妄想にすぎないけれど、この背後に相殺取引が隠されているということはないのか? それこそが真の目的であるということはないのか? 日本の重工業メーカーが今後の製造を含む米国の兵器製造の一部を受け持つなどという裏約束があるということはないのか? 日本自慢の自動車産業からして、電気自動車への移行が立ち遅れているという指摘もあるなか、そうした非軍需企業が米国の下請けになってゆく可能性を疑ってもいいのではないか? そして、そのためのロビー活動の可能性は?

 ちなみに、忌死駄の子分ないし片腕である中谷元内閣総理大臣補佐官は海外向け日本宣伝サイト「nippon.com」のインタビュー記事で日本の軍備に関連し相殺取引の必要性について言及している。

Japan Yet to Tap Potential of Offsets to Lower Defense Costs(nippon.com Mar3,2021)

 はたして、利益を挙げる面々は何者なのか?


 

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2023.02.01

渡航再開とボヤキ・・・の巻


 新型コロナウィルス感染症流行のあおりで、御多分に漏れず海外渡航を中止してきたが、3月から徐々に再開することにした。

 こういう情勢下ということもあり、しばらくは「取材は無駄の積み重ね」となる可能性が大きい。かといって引きこもりクセがついてしまうのも困りもので、取材のカンが狂いかねないのも恐ろしい。また、今回は現地の友人との再会も目的のひとつなので、ウォーミングアップのつもりで繰り出そうかと考えている。

 それはそれとして、航空券の高騰ぶりには恐れ入りMASITAねぇ。東京~クアラルンプール往復でおよそ13万8000円ナリ。これは燃料サーチャージが5万2600円もかかっていることが大きい。束の間、たまっているマイレージを使ってビジネスクラスで楽をしようかとも思ったが、それでも別途に6万円近く払うハメになるのが気に食わんということで、某社の正規割引エコノミークラスを購入した次第。ただし、払い戻しができないそうである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

 コロナ騒動以前であれば、これだけのカネを払えば航空会社とタイミング次第でビジネスクラスで往復できましたなァ・・・とついボヤキが……。

 ついでに、一連の準備の一環として久々に日本外務省の海外安全ホームページをチェック。幸いにして渡航予定のマレーシア(マレー半島側)にはとくに危険情報はないようだ。

 そんなさなか、NHKBSで放映されていた「“銃社会”アメリカの分断」を見た。ほとんと日常茶飯事のごとく銃乱射事件をはじめとする銃犯罪が報じられるアメリカ合州国だが、ややもすれば取り返しのつきがたい“獣社会”と酷評してもいいのではないかとすら思ったものだ。

 しかし不思議なのが──ずっと以前から思っていることではあるが──件の海外安全ホームページを開いてもかの国の地図が常に空白状態だということである(件の番組では、アメリカ合州国では銃犯罪犯人が必ずしも摘発されていないという実態も紹介されていた。本当に先進法治国家なのか?)。

 たとえば、タイのバンコクは「危険レベル1」とされ地図には黄色く示されている。解説によれば、「首都中心部においても小規模な反政府集会が散発的に行われているため」らしい。もちろん知っておくべき重要な情報ではあるが、ではさて、アメリカ合州国で“テロ”を含む銃犯罪に巻き込まれるリスクと比較してどうなのだろうという気もする。

 あの国で万が一そんなものに巻き込まれれば、死亡を逃れたとしても莫大な医療費を背負うことになりかねないのもあの国ではないか(単に個人的な話ではあるが、訪れる機会の多い東南アジアや韓国、台湾などを訪れるさいは所持しているクレジットカードの付帯保険任せにしているけれど、アメリカ合州国に渡航することあれば、たぶんフルオプションに近いレベルの旅行保険を購入するに違いない。これはまぁ行く機会もないだろうが、アフガニスタンだのと同じ扱いである。後者向け保険が販売されているかどうかは確かめていないが)。

 なんというか、ごくごく素朴な感想として不思議でならないのである。せめて全土を黄色く塗って「十分注意してください」ぐらいの措置があってしかるべきなのではあるまいか? アジア系が標的にされたとの報道もあったハズだが。それとも日本人渡航者はあの国で危険な目に遭う確率が、バンコクの「反政府集会」におけるそれよりもよほど低いとするだけの根拠があるのだろうか。

 ・・・などとついつまらないことを考えてしまった冬の午後でありMASITA。


 

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2023.01.20

マイブームの話・・・の巻


 昨年あたりから遅ればせながらのマイブームなのが高野本である。高野本というのは、数々の辺境探訪ノンフィクションを発表している高野秀行の著作の個人的総称(著名人については「敬称なし」こそが敬称と考えているので、あえて敬称なしで記す)。なにを手にとってもあまりに面白いので、いつの間にかそう呼ぶようになっていた。

 しかしこれはオレだけの話ではなかったらしく、今週読んだ『アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン』(講談社文庫)に寄せられた北尾トロによる一文にはつぎのように記されてあるのだ。

>高野秀行は“タカノ本”という辺境ジャンル唯一の書き手なのだ。

 この一文を目にしたとき、

「おおっ、やはり高野本であったか!」

 とうれしくなったものだが、なにはともあれそう呼ぶのがふさわしい著作群なのだと改めて思った。

 この解説の書き出しにはこうある。

>高野秀行さんの本はカロリーが高い。ジャンクフード的味わいもあり、中毒性も持っている。たくさんの人に愛されているが、まだその数は充分ではないと思う。

 まさに同感。やはりそう感じている人が(きっと大勢)いるのだと、これまたうれしくなったのである。

 遅ればせながらのマイブームとしたが、高野秀行の名前だけは以前から知っていた。デビュー作である『幻獣ムベンベを追え』の著者としてその名を目にしていたからだ。この作品は著者が早稲田大学探検部時代に、あのネッシーと双肩するナゾの恐竜を追ってコンゴの奥地まで繰り出したリポートである。ところが、オレ個人はネッシーだのそのテのウワサ話にはたいした興味もないうえ、ほかに興味のある本があれこれあったこともあって読む機会をつくってこないまま忘れてしまっていたのである。

 ところが、昨年だか一昨年だったか、たまたま見かけた『アヘン王国潜入記』を一読して大感激。ミャンマーとタイ、ラオスにかかる麻薬生産地帯、ゴールデントライアングルのまっただ中に密入国のうえ潜入、およそ7カ月にわたり村人に混ざって生活してきたという仰天もののノンフィクションである。

 これがなにしろ面白かった。紀行モノのようであり、文化人類学的でもあり、探検モノでもあり、もっとアナーキーな“私ノンフィクション”でもある。最後は自らもアヘン中毒になってしまったあたりも痛快だが、この作品を端緒として件の『幻獣ムベンベを追え』はもちろん、学生時代から十年以上にわたり暮らしていた古木造アパート三畳間を舞台にした『ワセダ三畳青春記』・・・と、読むごとに高野本にハマってゆくハメになったのであった。

 ときに「んな、くだらんことを」などと揶揄されかねないテーマに全力でぶつかってゆく痛快さ。大胆でありながら周到な準備を怠らず万全な取材を貫く姿勢(たとえば、各探訪地の現地生活語をマスターしてゆくのは驚愕ものだが、大いに見習わなければならないと襟を正したりもする)。テーマ探しから作品のピリオドまでそこはかとなく充満してやまないユーモア精神。いやはや、これは高野本としかいいようのない唯一無二の世界なのではないか? こんなことを勝手に思いながらページを手繰っては楽しんでいるのである(もちろん、再読を含む)。

 という次第で、このブログでも折に触れて各著作おっと各高野本の紹介と感想などを記してゆきたいと考えている。とくにスケジュールも立てずに五月雨式気まぐれアップになるとは思うが……。

 ところで、これは感想でもなんでもないが、今週読んだ『アジア未知動物紀行』にちょっとばかり「ハッ!」とさせられる記述があった。

 舞台はアフガニスタン。現地の人々との対話シーンのなかにその記述が現れる。

>「この地域を重点的に援助してほしい。そうすれば、日本の名誉になる」
「日本に帰ったら、ちゃんとこのことを政府に報告するんだぞ」
 今度はすっかり地元の陳情を受ける政府の視察団みたいになってしまった。
「私は政府とは直接関係ないのでそれはできませんが、あなたがたがそう言っていたことは本に書きます」と約束せざるを得なかった。
「戦争をするのはアメリカ、援助は日本」という構図ができあがっているらしい。まぁ、逆よりはいいのだが、それにしてもである。(296~297ページ)

 ──戦争をするのはアメリカ、援助は日本──。

 しかしこの構図、近い将来にどう改変されてゆくのだろう。さすがに逆にはならないと思うが、「戦争をするのはアメリカと日本、援助は●●」という事態は、決して絵空事ではないのではあるまいか? もはやジャパンには“援助”役をやらせるだけの経済力も活力もない──そう判断した米国が我が国になにをやらせるのか? すでにその兆候は顕われているのだ……。

 本書で活写されたアフガニスタンの生き生きとした人々の姿を想像しつつ、身近に迫る暗雲をも感じないではいられなかったのである。


 

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2023.01.08

内憂2023・・・の巻

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 昨年末、インスタグラムにアップした内容と重複しますが、年頭にあたって「内憂」という言葉が我が祖国にまとわりついているように思われてなりません。

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 画像は、ショスタコービチの交響曲第8番のスコア。

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 この演奏時間およそ1時間に及ぶ大曲は、俗に「戦争交響曲」とも呼ばれています。冒頭からすでに不安感に満ちた楽想が繰り広げられてゆきますが、ソナタ形式をベースにした第1楽章の展開部は、いままさに迫りくる戦争の実像と恐怖とが音楽によって描き出されているように感じられます。

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 この上の楽譜はその展開部導入後ほどなく現れる箇所を大譜表にしたものです。不協和な響きと低弦で刻まれるリズムが、やがて大きなうねりとなって世界を席捲してゆく。ショスタコービチの諸作品のなかでも、とりわけ傑作に部類できるのではないかと考えています。
●ショスタコービチ交響曲第8番第1楽章展開部から



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 ひとつ前に作曲された交響曲第7番は「レニングラード」の副題を持ち、ナチスドイツに包囲され、生活物資も絶たれるなかに完成し、ナチスによる総攻撃が予告されるなか催された演奏会は、市民や前線の兵士をも勇気づけたと伝えられています。
 

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 しかし、同時にショスタコービチが音楽に託したのは内憂に対する抵抗だったことは、注目すべき事実ではないでしょうか。それは7番につづくこの8番にも込められているに違いありません。
 ときはスターリン時代。ショスタコービチは、ほかならぬ祖国にもまた本当の敵が顕在していることを確実に見抜いていたのです。
 そしていままた、その内憂という言葉が、無視できない存在となっているように感じてなりません。ほかならぬ我が祖国において……。
 

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 この交響曲第8番のラストは、ハ長調の主和音、すなわち「CEG(ドミソ)」の透き通った和声に収斂され、遠く消えゆくように閉じられてゆきます。そこでそこはかとなく第3音(E=ミ)が、やさしさとともにその後に続く世界を予言しているかのような効果をもたらしています。そこに託された作曲者の本当の思いを感じ取れるような気がしてなりません。


 

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2022.12.03

広告から想像する悲惨なる未来?・・・の巻


 サッカーW杯。日本とスペインとの一戦は、見事な試合だったのではないかと思う。ゴールに向かう執念とテクニック。ガッツあふれるプレイを目の当たりにし「いいぜ、いいぜ! いけっ!」と興奮を覚えたものだ。そして、最後まで自陣ゴールを死守したことの価値も、極めて高い。

 身近なライバルである韓国もポルトガルを撃破した。日韓ともに次戦を勝てば決勝トーナメントでの直接対決となり、また大きな楽しみが増えた思いだ。

 と、素直に感激しつつまた下世話な話になってしまうが、気になるのが試合場の広告である。なにも不健康飲料および同外食屋の代表選手が大看板を広げているという話ではなく、どうしてこんなに日本企業を見かけないのだろうと思ったのだ。

 日本の巨大産業といえば、その代表選手のひとつが自動車だと思うが、韓国の現代(起亜も見かけたような気がする)を多く見かけるにも関わらず、トヨタだの日産だのといった“世界的自動車企業”にお目にかかっていないのだ(試合場以外のところに広告を出しているかもしれず、かつ観戦外の試合場で出していたのかもしれないが)。

 ほかの産業も然りで、唯一「REGZA」(東芝)を見かけるものの、中国のハイセンスに売却されているので日本企業の広告とは言い難い(ニッポンジン好みのヘンな日本語のキャッチコピーつきだが)。

 サッカーは文字どおり世界中で最も親しまれているスポーツである。人気度や実力面での地域差はあるかもしれないが、世界中をほぼ網羅している出場国(予選を含む)の顔ぶれを見れば明らかだ。W杯は、その最高位を競う世界大会である。宣伝効果をカネに換算してどうだのといった方面はオレにはわからないが、日本企業の広告を見かけないことに対し、「いったいぜんたいどうして?」と素朴に思ったのだ。

 すると、その謎解きのヒントとなりうる記事を見つけることができた。

変わりゆくW杯スポンサー事情 7社ある中国企業に対して日本企業は?(VICTORY)

 ちょっと古い記事ではあるが、サッカーW杯の主催者であるFIFAが定めるスポンサー契約などについてここで紹介されており、あるいはこうした点も試合場広告に影響しているのかもしれない。

 オレは別段に日本企業だからどうだのとは考えていないし、彼らの懐具合などこれっぽっちも心配なんぞしていないが、自動車や家電などで世界を席捲したものの、もはや衰退期に入っているのかもしれないなどとつい考えてしまう。それと加えて、オレは広告には利益の社会還元的な要素もときにはあると考えているので、そういう視点で「なんだか寂しいねぇ」と思う。

 話はやや外れるが、先月中旬だったか、テレビニュースのなかで日本の名だたる企業数社が共同でAIや半導体事業に乗り出すといった話題を目にした。そこで自動車の自動運転(無人運転)の実用化が挙げられており、あくまでそこだけを見ただけの直感的感想ながら、「ホントに大丈夫なのか?」と思ったものだ。

 自動車の自動運転はすでに一部で実用化されているが、そもそも人間はそんなものを必要とするほど自動車の運転が苦手なのだろうか。ジェット旅客機をはじめとする航空機では自動操縦は必須で、とりわけ高高度を超高速飛行をするジェット旅客・貨物機では、自動操縦がなければフゴイド運動の影響を避けられず、普通の乗客などとても乗っていられるものではない。また、気象条件によっては自動操縦のアシストによって離着陸の安定をはかれるなどのメリットがあるワケだが、それだってパイロットの得意なことを機械(コンピュータを含む)に任せ、機械が苦手なことをパイロットにやらせるという逆立ちした発想を指摘する声があるのだ。自動車ではどうなっているのかと思うが──高速道路上などでの長距離運転時に車間距離の安定をアシストしてくれる機能は助かるといった声を聞いたことはある──悪いけれど、そんなものよりももっと人類のためになり、カネを生む分野があるのではないかとの皮肉な思いもする。

 などとつらつら考えていたら、一連の事業がどうやら米国が主導する軍需産業と直結しているらしいという報道を目にした。

 一例としてつぎの記事をリンクしておく。

トヨタ研究所に米軍事資金AIなど先端技術開発拠点(しんぶん赤旗2022年11月17日)

 そして、そのトヨタをめぐり、こんな報道もある。

国に泣きつくトヨタの下劣。EV化からの「脱落」が示す日本産業界の衰退(高野孟のTHE JOURNAL)

 別段、同社をことさらに揶揄したりあげつらうつもりはないが、我が国を代表する大企業として、その今後の道筋が不気味に思えてならない。ひょっとしたら、数回後のサッカーW杯開催時には、もはや自動車メーカーでなくなっているかもしれないなどとも想像してしまうのだ……。きっと、それよりももっと早くにアニメ・マンガ業界が衰退し、残るはカネ転がしとポルノ──それだって遠からず中国に抜かれたりして(笑)──だけが残るだけかもしれない。ああ恐ろしい。


 

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2022.11.27

彼らにはもともと人権などないのだと中国共産党幹部は語った・・・の巻


 サッカーW杯。あの強豪ドイツに逆転勝ちを果たした日本代表だったが、2戦目のコスタリカには黒星を喫してしまった。

 結果は結果として残念だが、つぎのスペイン戦でドイツ戦をしのぐような大波乱を期待したいものである。

 一方、気になった(というより胸糞悪かったというのが正直な感想)のが、試合を中継していた某民放地上波の実況アナウンスと「解説」を名乗る雑談であった。いかにもコスタリカが格下であるかのように臭わせているように感じてならなかったが、それだけでなくデマカセばかり(とオレには聞こえた。すべてがそうとは言わないが)のおしゃべりに嫌気がさし、途中から音声を消しての観戦となってしまった。

 予選でコスタリカはプレーオフに回り、そこでニュージーランドに勝って本選進出を果たしている(番組内のおしゃべりではそんなところにも触れていたが、「だから大したことがない」といったような論調であった)。緒戦を見ても、けっして本調子とはいえなかったかもしれない。だが、それがどうしたというのか。各地で厳しい真剣勝負を勝ち抜き、たった32チームだけが進出できた本選出場チームなのである。しからば、対戦相手をとことんまでリスペクトし、サポーターを含め常に全力で相手にぶつかるべきではないのか(選手をはじめ現場はそうであったと信じる)。

 日本のマスコミでは、どこぞには勝てそうだ、どこぞには勝ち目がなさそうだができれば引き分けに持ち込めたらなどといった皮算用をしていたムキもあり、「またか・・・」と不愉快にさせられたものだが、そんなふうに相手をリスペクトしないおごりは不要である。それこそが、この敗戦の教訓だったのではないか。ファンのひとりとしてそう思う(シーズンの長いリーグ戦などで、対戦相手の調子などを鑑みて選手起用を含む作戦を組むのは別の話)。

 さて、初戦のドイツ戦は、観戦して心底エキサイトできた。いい試合だったと思う。

 といいつつ、じつはハーフタイムに入ったところから後半に日本の1点目が入る直前までサッカー中継から離れていた。

 ハーフタイムに入り、ふとほかのチャンネルをチェックしたところ、NHK-BS1で中国ウイグル自治区を舞台としたドキュメンタリー番組に遭遇し、そちらを見ることとなったからだ。

 今回のタイトルは、その番組中に出てきたワンシーンからの抜粋である。

 番組は英国のテレビ局による制作で、かの国における監視社会を暴くとともに、その先進地区としてのウイグル自治区のウルムチやカシュガルなどを取材したものだ。

 そうした街でひとつの電柱に雀でもむらがるように設置された監視カメラ(どういう次第か、日本では「防犯カメラ」などと称しているが、いずれも監視カメラにほかならないし、仮に「防犯」だと強弁したいのであれば、中華人民共和国のことなど批判できないだろう)。交差点ごと──ほぼ200メートルごと──に設置されている派出所(公安)。IDカードチェックなどで差別される一方のウイグル人。彼らの家の玄関にはQRコードのようなものが掲出され、当局がそれを携帯端末でチェックすることにより、その家庭の状況(当局が一方的に評価した思想の類を含む)が一瞬にして明らかになる仕組みだ。

 監視カメラではひとりひとりの表情や歩き方などまでチェックされ、怪しいと判断されたウイグル人が次々と捕らえられているという。

 ほとんどSFの世界である。

 現地では中国籍漢人男性が危険を承知で潜入記者を務めていた。ウイグル自治区には、ビジネス拡大のための事前調査といった名目で各地に潜入。一連の監視網に寄与しているIT企業の幹部から話を訊くことにも成功している。

 そんななか空恐ろしかったのが、今回のタイトルにしたくだりであった。

 中国共産党の幹部との接触に成功した潜入記者が、「ウイグル人に対しては人権侵害を指摘する声もあるが」といった方向に話をふったところ、
「彼ら(ウイグル人)にはそもそも人権などない。ゆえに人権侵害など起こりようがない」(抄録)
 という平然とした答えが返ってきたのだ。

 そういうのを人権侵害というのではないのかと──正常な感覚と知識を持ってさえいれば──だれもが思うハズだが、中国共産党に対してそういう初歩の初歩レベルの常識は通用しないらしい。

 断っておくが、オレは中華人民共和国の現政権はもとより中国共産党について大いに疑問と異論を抱いているひとりではあるが、中国人(諸民族)を敵視してなどはいない。いつの日か民主化が達成され、その後の我が国との交流(個人的なレベルを含む)やいい意味での相互の発展を期待してもいる。それだけに、こうした中国共産党の思想には怒りを覚えざるをえないのである。

 最新の報道によれば、上海で「中国共産党と習近平(国家主席)の退陣」を求める抗議活動なども起こっているらしい。そこには一連のロックダウン強制やウルムチで起きた高層ビル火災にさいしての当局の対応などへの抗議があるとのことだが、危険と隣り合わせにある中国大衆の怒りを素直にリスペクトしつつ、今後の動向を見守ってゆきたいと思う。


 

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2022.11.21

スポーツとカネをめぐる不正直な大衆・・・の巻


 サッカーW杯が開幕したが、どうも世間からの関心が薄いと感じているのはオレだけだろうか?

 サッカー観戦はわりと好きで、よほど忙しくもなければ、日本代表の国際試合などもテレビ観戦(ときには試合場で)してきたが、お恥ずかしい話、日本代表が本選出場が決まったことすら忘却の彼方であった。

 テレビはごくわずかしか見ない習慣だが(例外のひとつが、海外のニュース番組を集めた「ワールドニュース」の類)、それだって報道番組をまったく無視しているワケではない。ネット上のヘッドライン程度はチェックしているのだし、W杯関連の報道を完全に見逃していたとは思えない。一方で、米国野球で大活躍している大谷選手の話題などは日々目に止まっていたし、珍しくテレビ観戦をしたこともあるから、やはりサッカーの話題が異様に乏しかったのかもしれない……。

 しかし、そうは言うものの、近ごろはとみにテレビなどでのスポーツ観戦──“ながら”的なものを含む──をしなくなってしまった。とりわけ見なくなったのがアマチュア大会の類で、ほとんど完全に興味を失いつつある。

 なぜか?

 アマチュアのそれでありながら、カネのニオイが充満しすぎていることによる。ややもすれば、それはプロスポーツをしのぐほどであり、そのクセ、タテマエ(キャチコピーを含む)ではそんな生臭いことなど我関せずといった体が鼻につくのである(例外もあるとは思うが)。

 現在の五輪大会はプロの参加もあるとはいえ、東京五輪をめぐる汚職や失態──エンブレムの盗作疑惑や競技場設計没事件などを含む──の数々を、そうしたカネまみれの実態と無関係ではあるまい。ならば(というのもヘンだが・笑)、もっと正々堂々とカネのついてのもろもろをオープンにすればいいではないか。せめてプロ組織程度に。

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 さて、ふとした思いつきから、久々に「巨人の星」(梶原一騎・川崎のぼる)と再会した。
 子どものころ夢中になって同作のテレビアニメにかじりついていたものだが、この歳になって読んでも十分に面白く、共感できる部分も多い。

 そんななか、もっとも共感したのが左門豊作であった。

 主人公・星飛雄馬のライバルのひとりとして描かれた左門は、熊本の貧農家庭で生まれ、早くに父母を亡くすなど幼いことから苦労を重ねてきた。そして、野球という競技に目覚めてゆくなか、その自らの得意分野を生かして暮らしの土台をつくろうと決意。そうした背景のもと出場した全国高校野球大会(甲子園大会)で星との対決を迎えるが、そこで描かれているのがスタンドやテレビ画面などで選手たちに視線を送るプロ球団のスカウトや首脳陣であり、左門はなによりも彼らの目と評価を求めてグラウンドに立ってたのである。

 言い換えると、左門にとっての野球とは生活のための糧であり、より多くのカネを稼ぐその将来のためにも甲子園での活躍を自らに課してきたワケだ。

 素晴らしいではないか!

 高校野球というアマチュアスポーツの舞台を描くなかで、左門のような登場人物に違和感を抱く人もいるかもしれない。しかし、現実のプロはもちろんアマチュアスポーツのなかで、はたして左門の意思を真向から否定できる人は、はたしてどれだけいるだろうか。

 いつだったか、夏の甲子園大会への出場を果たしたチームを取り上げたテレビニュースのなかで、選手のひとりが「客を楽しませたい」といったことをしゃべっているのを聞いて、心底情けなくなった。日本のアマチュアスポーツは、ここまで広告の類に害されているのかと思ったのである。

 客を楽しませる?

 そんなもんは、プロになってから考えることではないのか?

 類似のキャッチコピーに選手自らが「楽しんでやりたい」といったのがあるが、それはそれとして共感はするのものの、一種の流行りのように流布されていることにも疑問を抱く(そもそもああいうのは、選手自身が「自分の言葉」だとどこまで思っているのだろうとも思う)。

 ちょっと話が飛んだが、仮にそこで甲子園出場を果たした高校球児が、
「ぼくの夢はプロ野球で活躍すること。●●選手を目指し、米国野球にも挑戦したい。甲子園出場はそのためのステップと考えている」
 ぐらいの発言でもしてくれれば、オレは大喝采するかもしれない。

 あるいはもっとストレートに、
「プロ選手のなるのが夢。得意な野球でおカネを稼ぎ──」
 と言い切ってくれるような選手は出てこないものだろうかとも思う。上記「──」部分は、たとえば左門のような背景があってもいいし、そこで稼いだおカネを資本に起業する夢があるというのだっていい(もっと砕いて「活躍して女にモテたい」ってのもええなァ……)。

 もっとも、そんな正直な発言が一般に受け入れられないのが我が祖国の大衆とマスコミなのかもしれないが、オレはこれこそが現実であり、選手ひとりひとりの人生設計を鑑みても少しも間違っていないと思う。

 さて、今回のサッカーW杯開幕のさいに思ったことがひとつある。

 テレビ中継を楽しみにしているファンも大勢いるワケだが、NHKはそこから撤退すべきではないのか? W杯にせよ五輪にせよ、あるいはほかもろもろの国際大会にせよ、そこには巨額のカネが動いており、放映にあたってもべらぼうな金銭が支出されているハズである(例外はある)。そして、中継画面には多くの広告が乱舞しているワケで、これはもう公共放送ではなく民間放送のテリトリーではないのか? 公共放送にはほかにカネを使うべきこと──たとえば民間マスコミで取り上げづらい事案など──があるハズだ。

 その巨額のカネだが、海外でNHKニュースなどを見ていて、こうした大会などのスポーツ報道になると、突如にして画面が消えて音声だけになるというのを経験している人も多いだろう。なんだって報道にすら放映権料のようなカネを要求するのかとも思うが、そんなところにもまた、カネまみれスポーツの実態が見て取れるのだ。一部に例外はあれど、主役であるハズの選手にはカネのことを語らせたがらないクセに。


 

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