2018.07.03

定番観光地歩きも楽しからずや・・・の巻

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  アユタヤにやってまいりMASITA。
  言わずと知れた古都。タイ王国屈指の著名観光地だが、一昨年の4月からズルズルとハマったタイ歩き、その7回目にしてやっとこさの邂逅である。

  ところで、関東地方が異例なまでに早い梅雨明けとなって、自宅にいながらにして熱帯気分が満喫できている今日このごろ。しかし、天気図を眺めてみればその“梅雨明け”のころには引っ込んでいたオホーツク海高気圧が控えめながらも居座っている。
「これからもっと暑くなるんでしょう?」
  とのボヤキに対して、
「ちょっとしたサジ加減で冷夏に早がわりするかもしれんぞ」
  などと応えたりしているが、それにしてもここ2〜3年は季節が半月ぐらい前倒し傾向にありはしないだろうか。ということは、秋からさらに冬の訪れもまた異様に早かったりするかもしれないワケで、オレとしては恐怖を覚えるほかはないのであった。昨夏は旧盆ごろから秋雨続きで、残暑すらあまり感じられないママに本格的な秋になってしまったのを思い出す。ヤダねぇ……。くわえて、水不足は大丈夫なのだろうかとも思うのだが。

  ミニ情報。韓流ファン雑誌『愛してるっ!! 韓国ドラマ』をはじめ、雑誌や書籍などでお世話になっている康煕奉さんとの対談記事がアップされました。お立ち寄りいただければ幸いです(全4回)。

  「ロコレ」対談/植村誠・康熙奉(第1回)

「ロコレ」
「K-POP 韓国芸能ニュース、取材レポートならコレポ!」
(2サイトにて同時掲載中)

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  ホントにそこいらじゅうに遺跡だらけのアユタヤである。イヌも歩けばなんとやらというけれど、アユタヤのイヌどもはひたすら寝そべっているようであった。

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  アユタヤのスター!

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  ほんの数十秒前まではカメラを向けるやらなにやらでスターに群がっていたニンゲンたちだが、“ミーハー”は飽きるのもあっという間。
「しょせんはこんなもんさ」
  などと達観しているように見えたスターである。

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  攻め入ってきたビルマ軍に惨殺された石仏……。しかしこの切り口はとてつもない切れ味を物語ってないか?

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  こういうさりげない残滓といった風景は、つい時間を忘れて見入ってしまう。

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  あれこれ注意書きがある。ごくあたりまえのことが書かれてあるが、そんななかで上段中央のは素ン晴らしい着眼点とはいえまいか?
「そのテがあったか!」
  などと気づいてウズウズしてしまった観光客は少なくないような気がするぞ。

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  ゾウがたくさんいるぞう〜о(^ヮ^)о

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「ワタシの名前はカメさんです!」
  日本語の達者なガイドで、好人物のようであった。気ままにブラブラしたかっただけなので頼まなかったが、グループ旅行などで名所めぐりをするにはオススメできるかもしれない。1時間あたり300バートとの由。

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  ナイトマーケットを散歩。

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  ナイトマーケットで晩飯。タイ風水炊きとビールで寛ぐ。が〜。その少し前からあたりは停電で真っ暗。一度は数分で復旧したが、その後は20〜30分ほどこんな案配なのである。お店のおっとっつぁんが電池式の電気スタンドを置いてくれはしたものの、ほとんど闇鍋状態なのがシビレる。だいたい、本人からいてなにを頼んだのかさっぱり理解してないんだからねぇ。ちなみにたいへんおいしゅうごぢいMASITA。
  ちなみに、このあと宿に戻ってからも15分程度の停電があった。ほかの町では出会ってないが、写真の奥のほうにスタンドが用意されているのが見えるように、アユタヤではわりと日常茶飯事なのだろうか?

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  こっちは昼飯。

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  風通しのない市場。まったくの蒸し風呂状態で、お店のひとたちも、よくもまぁこんなところで商っていられるもんだと感心してしまった。

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  宿の自室。快適な宿だったが、冷蔵庫が異様にでかいのが愉快。

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  宿のみなさん。つぎはいつになるかわからないけれど、アユタヤの定宿にしようと思った。

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  スコールに足留めされたの図。運良く、小さな門のあたりで降り出したおかげで、門の下(幅1メートル、奥行き50センチほど)で雨宿りができた(ほかに雨宿りのできるところはほとんどみかけなかった)。

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  雨宿りに足下に巨大ヤスデ登場。なんの用事か散歩に出かけたみたいで、いったん草むらに姿を消したと思ったら、すぐさまイソイソと戻ってき元の巣穴(?)にご帰宅の巻。なかなかに愛嬌がある。

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  巨大トカゲもいるでよ。

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  そりゃいいとして、どのような経緯でこんなザマになってしまたのか……?  周囲に池や川の類があるワケでもないのだが。

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  という次第でアユタヤミニ散歩でごぢいMASITA。
  つづくо(^ヮ^)о

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2018.05.28

いやぁ〜んと恐怖・・・の巻

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  ニンゲンが布団なりベッドなりで寝るのは、ひょっとするとネコと共通する本能かのかもしれん……と思ってみた初夏のあるィ夜。

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  で、ただいま国外逃亡中であります。
  それはいいとして、こんなちょびの寝顔を見てると出かけるのが余計に億劫になっちゃうんですよね(じつは、出がけは常に億劫なのであった。玄関から門を出てしまえばどうってことはないのだけど)。
  たとえば、メシ──このごろ「黒缶クラシック」がお気に入り。でも、いつもまとめ買いする某ドラッグストアや楽天市場では扱いがなくて、近所のセフンイレブンに細々と置いてあるのみなのが困りもの──をあげて、そのまま2階に上がってしまうとどうなるか?  食べ終わるや、階下から「にゃ、にゃ」「にゃーにゃー」と呼ぶ声が聞こえてくるんですよ。ネコに慣れたひとはわかると思うけれど、はぐれた母ネコを呼ぶ声色と同じなんです。こりゃぁ、ただでさえ億劫だっていうのに、なんだって留守にせにゃならんのかという気になっちゃいますよねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  閑話休題。
  音楽は貴重な道楽。ゆえにときおり極私的感想やらウンチクなどを傾けたくなってしまう。で、今回のテーマは「いやぁ〜ん♪」。
  以前に、クラシック音楽をネタにそのカッチョよさにシビレるといった話をしたけれど、「カッチョイイ」と並ぶ重要な要素がこの「いやぁ〜ん♪」なのであった。

  たとえばこの矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」。学生のころから親しんできた曲だが、久々に引っぱりだしたところ、あらためてシビレてしまった(カップリングされている「チェロ協奏曲」もイカしているし、尾高尚忠の「フルート協奏曲」は素晴らしき名曲だ。↓上記アルバムとは関係ありませんが……)。



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  こちらは同じ曲のほか同じ作曲者による「2本のフルートとピアノのためのソナタ」と「ピアノソナタ」を収録。いずれもカッチョイイ作品だ。

  学生のときはじめてこの「ピアノ協奏曲」を聞いたとき、まさにこりゃぁカッチョイイ是とシビレたものだったが、それから四半世紀以上が過ぎてみれば、「いやぁ〜ん♪」と身をクネらせてしまうのである。

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  しかし、なにがどうなると「いやぁ〜ん♪」なのかと訊かれると、じつは明確な回答ができるワケでもない。あくまで主観というか感性、さらに相性の問題だからだ。だが、あえてひとつだけ要素を挙げてみるとすれば、構成の妙や音の緻密さを無視することはできないように思う。とはいえやはりそれをもって「いやぁ〜ん♪」を語ることはできない。やはり学生のころに発表されるや聞いておったまげた佐藤眞(あの「大地讃頌」の作曲者)の「ピアノ協奏曲」はいまでもときおりCDを取り出すが(なぜかスコアまで持っている)、「いやぁ〜ん♪」と思ったことはただの一度もない。カッチョイイとは思うのだが不思議なことである。

  本来ならば、譜例などを示しつつたいして意味もないウンチクでも傾けたいところだが、コレを書いていつつ取材旅行の準備やら進行中の受け仕事やら帰国後の仕事の仕込みやらでてんやわんやで、そんなのを言い訳にしてあっさりと済ませてしまうことにした(わかるひとにはある程度は伝わると勝手に信じているし……)。

  それにしても、三つ子の魂なんとやらというけれど、この調子でくたばるまでゆくのであろう。音楽のある暮らしというのはいいものである。

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  そんな矢代秋雄の話をしていたところ、吹奏楽の世界では定番の作曲家だということを友人のラッパ吹きMが教えてくれた。オレ自身は吹奏楽の経験はないが、この歳になってもそういう話は新鮮だ。Mがかつて──東ドイツ時代に──留学していたベルリンあたりの居酒屋を根城に、そんな話題で盛り上がりたいものだと夢見る中年男であった……。

  ところで、「いやぁ〜ん♪」とシビレつつある種敬愛の念を抱いている矢代秋雄だが、学生のころ縁あった音楽家がその弟子であり、オレにとっては矢代がココロの師のようですらあった。とはいえ矢代が亡くなったのは1976年。面識などあるワケもない。が〜。上に挙げたCD(グレーの盤)に作曲者による短い解説音声と作曲家・三善晃との対談音声が収録されていて、その話に接することができる。いうまでもなくはじめて耳にした話し声ではあるのだが……、なんと、オレがこの世でもっとも軽蔑する男のそれにどことなく似ているのにショックを受けた(矢代に対して甚だ失礼なことだとは思うが)。声色もだが、ブレスというかアゴーギグというか息遣いがまたちょっと……。いうまでもなく喋っている内容はそのレベルからしてまったく異なるのだが(本質的な意味で)。でもなァ……。

  ところで、忌み嫌うことの常套句に「蛇蝎のごとく」というのがありますね。でも、オレ個人は別にヘビを嫌ってはいないし、サソリには出くわしたいとは思っていないだけで嫌悪感などは抱いていない。いわんや侮蔑なんぞこれっぽちもしていない。言い換えるとこの「蛇蝎のごとく」というのはヘビやサソリに対し失礼ではないかと思うのだ。そこで言い換えることにした。「アベアソーのごとく」というのはいかがだろう。ぁあ、蛇蝎とくらべるとあまりにも矮小ですな、その存在が。

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  コレは「いやぁ〜ん♪」なDVD。なにしろ、題からして「THE WAR SYMPHNIES SHOSTAKOVICH AGAINST STALIN」だからねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  ショスタコービチについては、このブログでもなんどか取り上げてきた。ことに「交響曲第8番」は極めつけのお気に入りで、掛け値なしにカッチョイイと聞くたびに感じ入る(もっとも曲の背景を察すると「カッチョイイ」などと片づけるべき曲ではないのだが、つまりはこの盤で主役的な位置づけとなっている)。だが、その一方で「いやぁ〜ん♪」とはちょっと異なるように思うのだ。では、ショスタコービチの「いやぁ〜ん♪」とは?



  その1例として筆頭に挙げたいのがこの「交響曲第4番」である。

  上のリンクをお聞きいただければと思うが、出だしはかなり明解な印象を伴うカッチョイイ系だ(ピアノソロで弾くとコレまたカッチョイイ)。だが、この明解な出だしのテーマはハッキリとした形で再現されることはなく、曲はその印象とは異なる世界へと邁進してゆく。



  やや謎めいた世界を提示しつつ、終楽章のコーダにあたる部分は壮大なトゥッティーで幕を開ける。だが、曲は“大団円”を拒むかのように不安な予言の世界へと収斂されてゆくのである。そのコーダを切り抜いた上のリンクはぜひお聞きいただきたい。こんな「いやぁ〜ん♪」な顛末はあるだろうか?

  この曲には、初演を目前としてショスタコービチがその演奏を取り止めたというエピソードが残されている。スターリン政権下である。芸術までもが政治的に利用されていたなか、この曲そのものが我が身に危険を及ぼす可能性を慮ってのことだったともいわれているようだが、「いやぁ〜ん♪」の本質に極限まで迫った顕著な作品でありエピソードだともいえる。

  ところでこの曲、ジャーナリスト萩原遼が『朝鮮戦争金日成とマッカーサーの陰謀』(文春文庫)などで引用している詩(黎明図=여명도)の印象と重なるような気がしてならない。

    陽が昇る空に/동이 트른 하늘에
    カラスが舞い/까미귀 날아
    夜と暁がきわだつころには/빛과 새벽이 갈럴 무렵이면
    (中略)
    昇る大陽とともに/떠오는 태양  함께
    血を吐いて/피 토하고
    死にゆく男の微笑が/죽어가는 사나이의 미소가
    美しい/고웁다

  (前掲書21・22ページの著者訳引用に別途韓国語原文を併記)

  詩は日本統治からの解放後、元山(北朝鮮)で暮らしていた詩人・具常(구상)によって綴られたものである。この詩によって書き手は金日成政権下で死の淵に立たされ(凝香事件=응향사건)、のちに38度線を越えて韓国への亡命を果たした。

  詩の引用に続く著者の感想……。

  詩人のおそろしいほどの直感力と洞察力。同族どうしで殺しあった朝鮮戦争すらすでに予感しているではないか。読み終えて私は戦慄した。(23ページ)

  日本統治からの解放を韓国「光復」と呼ぶが、北朝鮮でもそれは同様だ。しかし具常は萩原にこう語っている。

>「しかし、北韓の暗い現実を救う道は、なにかもうひとつの新しい力がでてこなければならない。大光復がなければならない」(25ページ。太字は引用者による)

  これは、革命によって帝政ロシアを倒したロシアのひとびとにとっても同様だったのではあるまいか。ひょっとするとわが国にとっても……?



  話を戻して。しかし、そんななかで「いやぁ〜ん♪」が際立つのは、上にリンクした第1楽章半ばで展開するプレストのフガートだ。仕事のBGMにしているときも、ココに差しかかるとつい手が止まってしまうが、こうしてココだけを切り抜いてアップしているひとがいるところからすると、同じような思いを抱いているひとは存外少なくないのかもしれない。



  いまひとつ曲例を挙げるとすれば、同じ作曲者による「チェロ協奏曲第1番」もその典型。

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  ところで、先だって敬愛する小説家のひとりである内田康夫が他界された。近ごろはやや作品から遠ざかっていたものの、ひところは熱心に読みふけったものである。逝去の報道に接し、久々に手に取ってみたのがこの『靖国への帰還』(講談社文庫)であった。

  物語は、大平洋戦争末期の日本国空軍、その航空隊員である主人公の日常からはじまる。内田特有ともいえる女性像も描きだされつつ、主人公が(少なくとも内田の愛読者にとっては)「あっと驚く」運命へと翻弄されてゆく。推理小説をメインとしたなか、貴重なファンタジー作品として世に残された1冊である。

  だいぶ前の話になるが、出版関係者を中心とするとある集まりで小さな講演会に出席したさい、壇上に立ったジャーナリスト・辺見庸がわが国における戦時中に生きたとある書き手について触れた。
  あらゆる表現や思想が国家によって制限されていた時代である。そんななかでたとえば“反戦”を表現する。その書き手は言葉をどこまでも柔らかく噛み砕き、さらにオブラートに包んだ。しかしそこには抵抗があった。そうして短い一文が朗読された……。

  古い話ゆえ、詳細なところまでは覚束ないが、そうまでして意志と表現とを貫いた書き手とそうせざるをえなかった世の中。これは恐ろしいことなのかもしれない(この講演会の時代は「自己責任」云々と殺伐としていたコイズミ政権下にあった)。
  そこで、一見すると正反対に解釈されたかもしれないがといった話があったかどうかは思い出せないが、直感して連想したのは、ショスタコービチの「交響曲第5番」であった。スターリン政権から批判を受けたのちに発表したこの曲で、体制下の“名誉”は回復されたともいう。なかにはあの壮大な終結をさして「革命の栄光とともに曲を閉じる」などといった解説すら目にしたことがあるが、真相はまったく逆であり、ショスタコービチは決して政権におもねってなどいなかったというのである。辺見によって紹介された一文から、ふとそんな連想を抱いたのであった。

  そして、この内田康夫の小説からも、それらと同じ意志を感じ取った。
  おそろしいことだ。
  だが、あえて「いやぁ〜ん♪」とおどけておこう。優れたエンタテイメント作品への敬愛の念として……。

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  ウチの子ちゃん。

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  いやぁ〜んなキャワユさでしょо(^ヮ^)о

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2018.05.10

数年越しの邂逅?・・・の巻

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  ソウル駅。そういえば、こちら側からしげしげと眺めた覚えがないなと思った。駅前に「安全輸送」の石碑。大韓で漢字教育を受けていない世代がその意味を理解しているかどうか気にならないでもないが。

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  大韓的風景ココにアリラン。

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  雑然と見るムキもあるのだろうけれど、オレはけっこう好きなのである。こういう風景が。

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  そんな街を歩いたその目的地。この성우이용원(ソンウ理容院)は、なにかの調べものをネットでしていて偶然に発見したステキな物件。かすかに室内の蛍光灯の灯がもれているように、もちろん現役の床屋である。

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  このあまりにもシブイ出で立ちにグッときたのは言うまでもない。そのときは、さっそく訪れてみるべぇと思ったが、ソウル駅から徒歩圏内(路線バスを使ってもいいが)という地の利のよさが徒になり、ついつい後回しに。かれこれ3〜4年越しにてやっとこさやってきたというワケでごぢいます。
「帰国したら運転免許の書き換えはあるし、散髪してもらうのも面白そうだ」
  と思ったが、すでに先客があったので、眺めるだけで退散。
  それにしても、こういうイカした物件が、それもソウルのど真ん中にあったりするのも大韓、あるいは都会の面白いところではある。

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  おっと「宇宙ロイヤル(우주로얄)マンション」(春の楽しい地名遊びо(^ヮ^)о宇宙編の巻参照)。

  慶州付近の車窓で遭遇したこの集合住宅、大韓では珍しく「マンション」となっている。大韓では高層の集合住宅が各地でエノキダケのごとくニョキニョキと生えているが、それらの多くは「アパート」を名乗っており、本来の意味からいえばこれが正しいハズ。

  どういう次第か、わが国ではちょっと値段の区分が高くなりそうなあたりで「アパート」と「マンション」とが“出世魚”のごとく区別されているが(アパート→コーポ→マンション・・・の類。大韓宿泊施設の旅人宿→旅館→荘旅館→モーテル→ホテル・・・みたいなものか?)、マンションって豪邸だのお屋敷だのというニュアンスの英語ですよねぇ。ある種の集合住宅を指すのであれば「アパートメントビルディング」や「アパートメントハウス」、あるいは「コンドミニアム」とでもなるハズで、この日本式の言い方を学生のころから「なんかヘンだなぁ」と思ってきた(そんなことを思ったきっかけはあのディズニーランドの「ホーンテッドマンション」であった)。
  したがって、そこいらの集合住宅を指して「マンション」とするのはどうにも抵抗感があるし、かといって雑誌記事などで「アパート」としても一般の日本人読者には誤解を受ける可能性もありそうだしということで、個人的には「集合住宅」を第一選択肢にしている(版元の意向に合わせる場合もあるが)。

  しかし、「アパート」というニュアンスには、学生のころに憧れたパリの街並や映画「アパートの鍵貸します」(コレはまぁ米国映画だが)の世界よろしく、「エスプリ」(笑)が漂ってはいまいか。「アパート」でなにがいけないと思う(類似のニュアンスで、たとえば葡萄酒は断固として「葡萄酒」。「わいん」だのの甘ったるく呼ばれるより、「葡萄酒」とするほうが旨そうだ。似たようなことはあの本多勝一もどこかで書いていたが)。

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  おっと、宇宙不動産(宇宙公認仲介社)。現場は盈徳市外バスターミナル付近。雨のなか、ふと見やった辻に宇宙アリラン。油断できねぇとはこのことだが、月やら火星やらの物件を取り扱っているかどうかは確認しなかった。雨のなか歩くのも億劫だったし……。

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  こちらは平海バスターミナル裏の「チョンウ健康院」。あれこれお品書きが並べられてあるが、この場合の被写体は、右下にある「개소주」の文字である。「ケソジュ」、すなわち「犬焼酎」。画像検索などはしないほうが無難だとひとこと添えておきましょう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  雨のなかを歩いていたら、こんな野生動物がこちらの気配に驚いたのかけたたましく右往左往の巻。現場は東海線の長沙駅付近。すでに触れたように、長沙駅は路線ともども今年開業したはいいもののハナっから駅舎すらない無人駅。そんなイカしたロケーションに相応しい歓迎であった。

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  ドロボー注意。

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  正東津のプッチェギルで見かけたイカしたデザイン。

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  そのプッチェギルに潜むスピーカー。ちょっとほしいと思った。

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  友人Rのイラストを思い浮かべた。

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  鬱陵島海洋深層水。買わなかったが。

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  KORAIL(SRTも)の自動券売機はクレジットカードもいちおうは使えるが、どういう次第か大韓国内での発行カードにしか対応してこなかった(窓口では外国発行カードも利用可)。券売機で買うとレシートではなくひと昔前の様式の切符(クレジットカードサイズの軟券)が発行されるので、おのずとこちらを好んでいるが、カード決済ができないのが不満でならなかったのである。が〜。やっとこさ外国発行カードにも対応するようになったようだ(今回は使わなかった)。

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  日本の機器メーカー・クボタの看板だが、ハングル表記はなぜか「グボダ(구보다=Guboda。発音はKuboda)」。すぐ隣には「Kubota」とあるのだが……。こういうのはけっこうあって、代表的なところでは東京が「토쿄(Tokyo)」でなく「도쿄(Dokyo。ただし発音はTokyo)」となっていたりもするが、ちょっと不思議な気もする。

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  今回も帰路は航空会社がビジネスクラスをふるまってくれたо(^ヮ^)о
  あの「コノワタ事件」から2夜がすぎ、お腹もそれなりに回復。とはいえ、朝昼抜きのまま訪れたラウンジで久々の食事となったが、まずは大韓式お粥でリハビリ。機内食もおいしくいただくことができた。座席番号1Aというのもイイ気分でしょう♪

  ちなみに機材はエアバスA321。じつはあの3×3列座席の小型機に乗るのが(空いていればともかく)大嫌いで、以前に成都からの夜行便での帰途も、それゆえにマイレージをつかってビジネスクラスにアップグレードしたほどなのである。まぁ、贅沢をいえる身分でもないし、たかだか日韓間の2時間ほどを我慢しなくてどうするという話ではあるけれど、なんにしてもありがたかったサプライズでありMASITA。

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  仁川国際空港。
  ところで、今回の大韓散歩(東海線〜東海岸〜京江線)の模様は、「交通新聞」5月11日づけに「話題の韓国東海岸周遊の旅」と題して寄稿しております。業界紙ゆえ入手にやや難があるかもしれませんが、ご笑覧いただければ幸いです。

  つづく(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2018.03.29

ナゾ解きエアライン・・・の巻

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  ツクシが顔を出しMASITAо(^ヮ^)о

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  庭ではボタンキョウが花盛り。

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  よくよくみれば、小さな虫たちが元気に飛び回っていたりもする。

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  花壇の花ではないけれど、清楚な雰囲気に高感度大。

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  春ですねぇ……。

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  このところ、自宅にいるとちょびがその間中ペトペトとついて回っている。寝るときはいうに及ばず、トイレに立つとイソイソとやってきて、風呂から上がると脱衣場で待っている。なかには単に「腹減った。なにかくれ」というときもあるのだが、そうでないときも。風呂から上がり、1杯の麦茶を携えて2階に戻ろうとすると、ひとの1歩前をノソノソと上がってゆくのであった。ますます甘えん坊になっちゃって……キャワユイでしょо(^ヮ^)о
  閑話休題。

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  ちょっとひさしぶりに本……というか本をダシにしたヒコーキの話などを……。
  のっけから物騒なタイトルだが、たいていの航空利用者が程度の差はあれ気にしているに違いないのが、その安全性でについてであるのは間違いないだろう。本書『乗ってはいけない航空会社』(杉江弘/双葉社)は、その命題について元パイロットが率直に語った1冊である。

  本書の冒頭でも触れられているとおり、雑誌やネット上などで航空会社の安全度ランキングの類を目にすることは多い。個人的にも関心のある分野なので、そうした記事には注目しているし読み物としては面白いが、その信頼性はどうなのか。
  本書ではそうしたランキングにパイロットの技量が加味されている例に乏しい点にまず着目し、「こと安全(度)についてのランキングは実態と大きくかけ離れたものばかりで、こういったものを鵜呑みにして航空会社を選ぶと、取り返しのつかないことになりかねない」(1ページ「はじめに」)と警鐘を鳴らす。

  これまで、著者は長年にわたり第一線での乗務や研究を続けてきたなかで、なにをおいても航空の安全についての提言を繰り返してきた。いくつもの要素があるなか、
・イ)パイロットらによる「ヒューマンエラー」
・ロ)航空機材のハイテク化と背中合わせの危険性
・ハ)航空会社や関係機関に求める安全への取組み

  について、とりわけ重要な課題として強調している。ここにしぼった3つのはいずれも密接に関連しあっているが、その根幹にあるべきは、航空機というものはほかならぬ人間が動かしているということであろう。

>近年の航空界では、エンジンをはじめとする機体や空港設備、それに航空管制などの技術革新によって、同時にすべてのエンジンが故障したり、天気の急変を知らないまま進入・着陸を行うなどの、一昔前に起きたような事故は急減している。それに代わって目立つのが、パイロットの判断力と操縦技量の低さによる事故である。一般的には「ヒューマン・エラー」という一言で片づけられているが、その内実はひどいレベルのものが多い。自動化システムへの依存によって基本計器から目が離れるなど、操縦のABCを忘れてしまっていることがその主たる原因となっている。(26ページ「基本操作ができなくなった操縦士たち」)

  長い引用をしたが、本書をはじめ著者の一連の著作ではそうした実例が多数検証されており、なかには身の毛もよだつような重大事故も度々起きているのである。
  そんななか個人的に「ギョッ!」とさせられたのは、引用個所以前、すなわち第1章の冒頭でオレが愛用しているアシアナ航空の実例が複数挙げられていることであった。いずれも報道を通じ知っていた事故(うちひとつ──サンフランシスコにおける着陸失敗──は韓国滞在中に起きた)だが、その後の実態を含め、同種の事故は同社でいつ起きてもおかしくはないのではないかとシロウト目にも思わないでもない。パイロットの資質・技量不足と会社をあげての安全意識の欠如。通常のフライトで不安を覚えたことはほとどないし、サービス面では十二分で、いつも快適なフライトを楽しませてくれている同社ではあるが、さらなる安全への取組みをはかってベストな航空会社へと進化してほしい。

  このアシアナ航空をはじめ、本書では日本はもちろんおもな国々におけるエアラインの安全性について国と地域さらに航空会社別に検証を試みている。韓国に対してもかなり辛辣な指摘がなされているが、著者とは異なる視点(こちらは専門家ではないのであたりまえだが)で同意せざるをえないのが残念ではある。たとえば、これまであの国をあれこれ歩き廻ってきたなかで度々実感させられることがある。
「この国の連中は、道すらマトモに歩けないのか!?」
  となんどクビをかしげさせられたことか。もちろん個人差もあれば巡り合わせということもあろうけれど(いうまでもなく日本でもこういうことはあるし、韓国だってきちんとしたひとのほうが多い)、それにしては……というのが偽らざる実感なのだ。こんなであるから自動車の運転もタカが知れている(わが郷土・房総も似たようなレベルだが・笑)。こういうのが乱暴な物言いであることは承知のうえだが、そうしたザマに遭遇するにつけ、どうして航空が例外でいられようかと思わざるをえないのである。

  残念ながら日本もまた危険水域にあると著者は看破している。また、ごく少数の例外(エバー航空<台湾>やキャセイパシフィック航空<香港>などへの評価は高い。一方でタイにおけるおそるべき実例も報告されているが……)を除き、アジア諸国はもとより、ヨーロッパ各国についてもレベルについて疑問を呈している。長くなりすぎるので詳細は割愛するが、パイロットのレベルについてヨーロッパのそれがけっして高くないことを、いくつかの実例を検証しながら指摘しているのである。くわえて、よく知られている話にEU乗り入れ禁止エアラインというのがある。しかし、EU加盟国にもさまざまな国があり航空事情があり、そこにも疑問符をつけざるをえないというのが実情のようだ。そこには、単に機材の新旧や製造技術の進化という点でははかりえない安全への視点がみてとれよう。

  一方で、アメリカ合州国のパイロットの信頼性の高さを本書は指摘する。さまざまな機会に挙げられてきた例をみても十分に納得できるところかもしれない。あの御巣鷹山事故に匹敵する状況のなかから生還を遂げたユナイテッド航空232便事故(1989年)とアメリカン航空96便事故(1972年)、あるいは「ハドソン川の奇跡」と呼ばれるUSエアウェイズ1549便事故はその代表例であり、著者もこれまで度々取り上げてきた。しかし、これらは皮肉にも相次ぐ機体の不具合などに起因する異常運航の多発(日本領空が関係しているだけでも米国の航空会社による異常運航──エンジンの脱落・故障・炎上や車輪のパンク、燃料をケチった果ての燃料切れによる代替着陸などなど──は数知れない)との裏腹という一面もありはしないだろうか。

>これほどまでに異常運航が多いにもかかわらず、今のところ事故が少ないのが不思議と言えば不思議である。(『墜ちない飛行機 安全なエアライン、機種を選ぶ』杉浦一機/光文社新書/2004年)
>パイロットの質という面ではクオリティは高い。新米の副操縦士でさえ、日本の航空会社の10倍ほどの経験、飛行時間を持っている場合がほとんど。(中略)新米でもかなりの飛行時間と修羅場を潜り抜けてきているツワモノそろいなのだ。(『航空会社の選びかた[海外旅行編]』チャーリィ古庄/エイ出版社/2007年)

  というワケだ。

  こうして各国の実態などを取り上げつつ、著者は安全性の高いエアラインとしてユナイテッド航空をはじめとする米国の航空会社を筆頭に挙げている(「大手の大型機」とサウススエストなど一部の航空会社においてというエキスキューズつきではるが)。しかし、全体としては納得させられるものの、疑問を抱いている面もある。これは、このところ相次いで報道されているユナイテッドなどにおける客室乗務員らによる失策の数々が気になっているからだ。
  ユナイテッドの客室乗務員らが機内でなんの罪もないアジア系乗客に重傷を負わせたのはセンセーショナルな事件として報道されたが、ついさきごろは乗務員によるマニュアルに反した行動の結果として、乗客が連れていたイヌを窒息死させた事件が起きている。ちょっと古い事件では、2011年にUSエアウェイズで起きた乗客の立席(7時間も!)フライト事件にも驚かされたものだ。これはあくまでシロウトの考えではあるけれど、これら米国のいくつかのエアラインでは、運航乗務員(パイロット)が優秀な反面、客室乗務員は常識的レベルにすら達していないケースが、けっして例外的でないのではあるまいか?

  これは、接客などサービス面のことではなく、万が一のさいの任務でこそ重要だ。言い換えると、この点では「安全なエアライン」とするには十分な条件を満たしていないのではないかという気さえする(くわえて、整備は大丈夫なのか?  また、預け荷物の紛失も多い──実際に空港職員による盗難もある──といわれる)。
  現に、たとえばユナイテッド航空では、成田空港において離陸直後にエンジンに不完全燃焼が生じ、それを火災につながる出火と勘違いした客室乗務員が機長との確認をとらないままに緊急脱出アラームを作動、脱出のさいに乗客乗員24人の重軽傷者を出した(2001年/ちなみに、このケースでは緊急脱出の必要はなかったという)。こうした例をみると、たとえ重篤なピンチをパイロットがしのいで緊急着陸を成功させたとしても、最終局面の脱出においてそれがご破算になる可能性だってある。

  もとより、それを言い出してしまえば、それこそ世界中に「安全なエアライン」などないのだという極論に陥ってしまうかもしれない。だが、ヒントはある。最善を尽くしてもなお失策は起こりうるものだが、そうして起きた「事案」に対する姿勢は、米国はきわめて進歩的であり、手本にすべきであるようだ。詳しくは本書をはじめ著者の著作をお読みいただくとして、残念ながら日本のそれは米国どころか韓国にすら及ばないレベルの後進国であることを、著者は合わせて警告している。

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  個人的に「時刻表」は大好物の読み物。となれば、航空ダイヤについて興味を抱くのも当然のなりゆきなのであった。機材運用などを含め、ナゾめいた点が多い航空ダイヤだが、そんな疑問の数々に応えてくれたのが、前掲と同じ著者による『飛行機ダイヤのしくみ』(杉江弘/成山堂書店/2016年)である。
  ダイヤの組み方にはじまり、その前提となるさまざまな要素──当局との関係や空港のキャパシティ、使用機材による違いなど──を紹介。さらに気象条件や飛行承認(ATCクリアランス)、路線ごとの特有な条件といった実際の飛行に影響することがらについて、シロウトにもわかりやすく解説されており、それらひとつひとつがきわめて興味深い。くわえて、米国領空通過フライトのさなかに米国での9・11同時テロが起きた体験などのコラムも興味津々で、一気に読み進めることができた。

  ところで、
「おおっ、やはりコイツにも言及されているか!」
  と唸ったのは、首都圏西部を占拠している「横田空域」についてである。
  その名称から想像できるとおり、米軍横田基地に関係する“空の植民地”(個人的造語)だ。

>新幹線と競合する東京(羽田)と大阪(伊丹)を結ぶ大阪線でなぜ飛行時間がもっと短くならないか、それはひとえに米軍の横田空域の存在である。横田飛行場の出発、進入のための空域が神奈川県に広く設定されているため民間航空機は迂回して飛ぶ必要がある。このため(中略)、大きな飛行時間と燃料の損失となっていた。(70ページ)

  現在は大阪ゆきの便限定でその一部運用が緩和されているとのことだが、それでも使用滑走路の関係でタキシング(離着陸のさいの空港内の移動)負担が大きく、飛行の時短が実現しているワケではないようだ。なにしろ、南は伊豆半島中部から、北は新潟県中部、さらに八ヶ岳や四阿山(群馬県)などを飲み込んでいる広大な空気なのである。いうまでもなく相当の高度にまで及んでいるのだから、支配されている空間は莫大なものとなる。

  目下、羽田空港をめぐり、東京都心上空などにおける低空飛行が問題となっているが、その裏にはこの米軍による占領が関係しているともいう。言い換えれば、この占領が解決されることは、わが国にとって大きな利益につながるハズで、もっといえば環境負荷の軽減という意味でも「百害あって一理なし」なのがこの横田空域だともいえるのではないだろうか(このくだりは本書では言及されていない個人的な所感です)。

  航空ダイヤと安全という点についていえば、航空需要の増加やLCCを含む新興航空会社の台頭などもあって、その運航便数は増加の一途にあるという。すると懸念されることの筆頭はパイロット不足ということになるだろう。前掲書でもその点についてふれられているが、需要に追いつくために質を犠牲にした量産が世界的に進められる可能性はある。たとえ若干の技量不足があったとしても、進化を続ける航空機の性能がそれをカバーするということはあるかもしれない。ただし、それはあくまで「平時において」の話だ。
  こういうイヤミな予感はぜひとも外れてもらいたいものだが、現役のベテラン勢(それらの多くはハイテク技術に頼り切ってこなかった世代)が引退し、はたしてその後の状況はどうなるのだろうか?  現段階では想像すらつきにくいような事故が多発するなどということはないと思いたいのだが……。

  それにしても、仮に著者にお目にかかれる機会があったとしたら、訊ねてみたいことが山積みであり、興味が尽きないのではないかという気がする(おまけにこんな↓本なんかも出しておられるし)これはもう間違いなく相手の貴重な時間を莫大に浪費させてしまうことになるのだろうなァ……と思うのであったо(^ヮ^)о

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  航空に限った話ではないが、使いやすいダイヤであるかどうかは利用にさいしての重要ポイントのひとつであろう。上の画像は「flightradar24」からアシアナ航空のHL7775(B777ー28ER)のとある数日間のフライト(運用)状況を抜き出したものである。

  最上部にOZ741便(ソウル/仁川→バンコク/スワンナプーム)が見える。この日は遅れが生じ、定刻22時40分着のところ23時40分に到着したことがわかる。遅延の事情まではここではわからないが、よくよくみるとその前の運用であるOZ271便(シアトル→仁川)の定時到着予定時刻は18時(当日はほぼジャストの18時02分着)。ところがつづくOZ741便の発時刻は18時50分(レギュラーダイヤでは18時20分だが、なぜかこの日は30分遅れを定時としてある)となっており、ハナっから定時運航が困難なダイヤになっているのである。国内線ではもっとタイトなインターバルもあるとはいえ、国際線の大型機の運用としてはムリのある設定とはいえないだろうか。
  じつはコレはまだマシなほうで、たとえば7時00分到着予定の機材のつぎのフライトが6時30分発だといったような不可思議な運用もなんどか目撃している。機材が足らないのを承知のうえで運航計画をつくっているのかと疑いたくなってくる状況ではあるが、こと安全という点での悪影響がないのか、不安を覚えなくもない……。

  じつは、このOZ741便は個人的に使う機会のある便である。仁川を経由するぶん所要時間は増えるものの、運賃が比較的安価であることのほか、バンコク着が申し分のない時間であること(復路のOZ742便では仁川でOZ102便に接続し、絶好のリレーで自宅にたどり着ける)、さらに大韓取材など通じて同社便に乗り馴れていることも選ぶ理由になっている。
  ついでの話ではあるが、スワンナプーム空港のイミグレーションは出入国ともに混雑が激しいといわれるなか、741便の到着時間帯はウソのように空いていることが多く、数人待ちで入国したのちに空港鉄道と地下鉄の最終に楽々間に合い、市街地へのアクセスにも便利だ。ただし、30分程度の遅延が生じると、入国審査で1時間はおろかヘタをすると2時間近い行列を強いられるハメになる。

  で、ココからが本題というか個人的ボヤキである(笑)。
  5月にタイ取材を予定しているので、今回もまた慣れたこのルートでと考えていたところ、今年の夏ダイヤで741/742便の時刻が1時間ほどくり下がっていることが判明。バンコク着23時20分ではあの深夜の入国渋滞に巻き込まれる公算が高く、空港からホテルまでタクシーを利用せざるをえない。それは我慢できるとして、帰路の742便が仁川で成田ゆきの午前便に接続しないという改悪がなされており、最短でも半日待つハメになっていたのであった。

  このザマではあえて選ぶ気にもなれない。が〜、ふと思った。この半日程度の乗り継ぎ時間を仁川国際空港の第2旅客ターミナルや空港に接続する「リニアモノレール」の取材に充てればいいではないか。途中降機ではなく乗り継ぎ扱いで翌朝9時00分発の102便とのコネクションも利用可能なので、ソウルで1泊してもいい。とりあえず5月はこの作戦がいいのではアルマイトの弁当箱?
  とかなんとか欣喜雀躍(大袈裟)としたけれど、こんどは運賃がかつてよりおおむね2割以上も高くなってITA……(燃油サーチャージの影響もなくはないが)。それならばタイ航空などで成田からバンコクに直行するほうをオレだって選ぶ(といいつつ、5月は「ついでに仁川第2ターミナル見物作戦」とした。調べた限りたった2通りの往復日程の組み合わせでしか認められなかったが、辛うじて納得できる価格の正規割引運賃を発掘できたからだ。もっとも、公式サイト上での購入のさい、決済寸前に帰路便が深夜0時すぎの出発であることに気づき「ギョッ!」。幸いにして帰路を翌日便<前日深夜発>にしても同じ価格で購入できたが、なんとも危ういところであった・笑)。

Yangyang0225

  ところで「flightradar24」は非常に便利かつ楽しいサイトで、航空便の追跡や空港の運用状況などをリアルタイムでチェックできる(ほめられる“趣味”ではないかもしれないが、悪天候時のレーダー画面はちょっとしたショウタイム?)。
「flightradar24」たとえば、大韓のトマソン&浪費空港として名高い(?)襄陽国際空港は、平昌五輪のさいのチェックポイントでもあった。画像は2月25〜27日の出発便一覧で、さすがにこのときは臨時便(N600JVというのはプライベート便?)がいくつか設定されている。が〜。賑わったのはこの数日間だけの話で、通常は北九州便と釜山便がそれぞれ1便ずつ細々と運航されているにすぎない。

  ちなみに、こんなイカした情報もアリランо(^ヮ^)о
アントノフan225

  リンク記事はアントノフan225の飛行計画。たった1機だけの孤高の存在にして世界一の巨大航空機(貨物機)として名高い同機。こんな“おっかけ情報”まであるとは、さすがスターは違うと感心させられMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Hikoukidaihyakka

  そんなこんなで、このところ汽車よりもヒコーキ関連の本を読む時間のほうが長い昨今。あるとき企画室で一読したのちにテーブルに放置しておいたこの『基礎からわかる旅客機大百科』(イカロス出版)を、なぜか年老いたわが母堂がベッドの友にした挙げ句、
「飛行機もおもしろいわね」
  とかなんとかウレシがっていたのが印象に残る。

  ……と、ほかにもあれこれでまかせを記そうと思っていたが、すでに長くなりすぎたので、今宵はこのへんにしとうごぢいます。

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2018.01.28

京江線ガンマン(上)・・・の巻

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  さて、遅ればせながら大韓散歩2018年第1弾の巻でごぢいます。今回の主菜は平昌五輪に乗じて(?)、昨年12月22日に開業した京江線(萬鐘〜江陵間)。まずはその模様を記しておきたいが、じつはこの話、ひと足早く1月27日(土)に朝日新聞社のWEBサイト「AERA dot.」にて公開済み。そこで、そのサイト記事を宣伝しつつ、分量などの関係で端折らざるをえなかった細々とした(どうでもいい……というのを含む)模様を3回にわけてアップしたいと思う。

о(^ヮ^)о「「テツは平昌五輪まで待てない」開業直後の京江線をおにぎり1個で12時間の旅」(AERA dot.)(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ↑ゼヒゼヒ、御笑覧いただければ幸いです。

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  今回の目的は単純で、京江線の新規開業6駅(萬鐘と江陵は大改装したうえでの再開業)を訪れること。高速鉄道KTXが運行され、ソウル〜江陵間は2時間を切る。そのため、比較的簡単にミッションをこなせるつもりではあったのだが、1日でやろうとするとコレがなかなか難しい。混雑を避けるべく平日にしたのも間違いのひとつで、週末のみ運行という列車を使えばまだしも、ちょっとしたパズルゲームに興じるかのごとしのありさまだったのである。

  そうしたときにはダイヤグラムをつくるのがいちばん。視覚的に乗り継ぎプランのスケッチができるからだ。で、あれこれ企画室(トイレのこと)で呻吟しつつ練ったのがこのプラン(赤い線が当日の乗り継ぎ。グラフ上の●はその列車<スジ>の停車駅を示す)。1本遅いソウル発列車でのスタートも可能だしそのほうが楽だが、当てずっぽうで地形を勘案したところ、屯内駅の近くで列車走行シーンを見物できるように思えたので、そのぶん時間を取ってみたのである。

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  週末運転列車を含む下り列車開業ダイヤ(取材当日有効。現在はすでに変更されています)。

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  同じく上り列車。
※いずれもKORAIL公式サイト発表資料をベースに「OuDia」で作成しました。

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  車両はすべて「KTX山川」。一般室(普通車)でもアコモはいちおうのレベルに達している。

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  車内などには日本語による案内も。

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  萬鐘を出て京江線に踏み入れると車窓に雪がチラホラ。

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  まずは屯内で下車。天気予報とにらめっこしつつ、コートをきていかなかったが、コレは寒い……。全日程を終えてみれば、その作戦は正解だったが。

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  雪は七難を隠す……とは御大・宮脇俊三の弁だが、こうして見ると、見なれた汽車も悪くはない。

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  駅前にはほとんどなにもないような屯内。市街地(というのか?)は徒歩圏内。「AERA dot.」の記事には食事をとる店もなかった旨を記したが、ココ屯内を昼食時間帯にあてれば話は別かもしれない。

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  相も変わらず2面4線(実際には2面2線しか使っていないようだ)ホームの明け暮れだが、駅舎はわりとシンプルで好感が持てる。

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  寒いし天気はアレだしなんだか薄暗いし……でもほかにすることもないので汽車にカメラを向けMASITA……という図。

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  2駅目は萬鐘。中央線との接続駅にて今回開業ぶんの起点である。が〜〜……はて萬鐘?  たしか、京江線はもとは「原州・江陵線」と称され、西原州が中央線との接続点にて起点だったのではアルマイトの弁当箱?

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  その西原州駅。コレでじつは開業しているという扱いだそうだが、どうみても工事半ばで打ち捨てられたという態である。現在、(嘆かわしいことに)中央線の原州〜堤川間のルート変更工事が進められており、そちらの完成に合わせて本当の開業をする予定だという。でもなァ……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  萬鐘にしても、どうにも覚えのない駅名だと思ったら、2007年を最後に駅そのものがトマソンと化していたのだから仕方がない。そんななか、旧駅舎がきちんと残されているのにはホっとさせられる

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  萬鐘駅の乗り場案内。この様子だと、五輪終了後も京江線はKTXしか走らせないのであろう。ちなみに、線路容量の関係からか、中央線の列車に萬鐘を起終点とする列車が登場。直通列車があたりまえの大韓で、はたしてこのやり方は定着できるのだろうか?

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  萬鐘駅の「裏口」。数軒の民家と荒野……という世界。いちおうエレベーターはあるが、あたりまえのように稼動していなかった。

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  こちらが「表口」。とはいえ、根本的に大差があるワケでもなし。

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  待合室は立派。もとより、待合室でもなければどうしようもないような駅であり駅界隈である。

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  あえて五輪色……?
  中編につづくо(^ヮ^)о

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2017.12.29

かくして今年も年は暮れ・・・の巻

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  気がつけば、はや年の瀬……。

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  備忘録を兼ね、役立たずの話ばかり気ままにアップしてきたこのブログも、本年最後の更新となりMASITA。

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  今年こそはと少しだけ意気込んでいた大掃除は、冬眠したいモードとなって久しいなかとうとう果たせず(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  いま時分の年中行事である年賀状はいくらかしたためつつ、さきほど投函してきた。今年は友人・知人からの訃報がいつになく多く、ただでさえ減らし気味にしてるところに追い討ちをかける格好となった。いまのところ友人本人の訃報というのはひとりに留まっているものの、そろそろそうしたことも気にかけなければならない年代に入ったのかもしれない。

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  それはそれとしても、少なくとも子どものころは「正月」というものに明るいイメージというか展望めいたものを感じていたものだが、この年の瀬はどうだろう?  どうにも暗澹たる気持ちになるのを抑えられないのだ。
  とりわけ、わが祖国をめぐるキナクサイ動き。さらにそれを白痴同然に“追認”しかねない世相──個人的には“自殺志願者の群れ”と呼ぶこともあるが──。こうしたことがわが国だけに留まっていないことも深刻ではあるが、だからといってあえて巻き込まれることはないのではないか?  来る2018年は、いい意味でコレを裏切ってもらいたいと切に願うし、自分なりにすべきこともあるのではないかとも思う。

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  閑話休題。

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  このブログでも紹介しているとおり、今年は、“専門科目”としている韓国のほか、タイをはじめとする東南アジアにも手足をのばしつつ取材旅行を重ねてきた。まずは韓国同様に鉄道の旅を主体にあれこれ汽車に揺られているが、訪れてみればなにかと得るものは多い。

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  もちろん、一連の取材は書籍にまとめる目標で進めているワケだが、現実はそうそう甘いモノでもなく、逆にいえば、それを乗り越えてゆく楽しみがあるのだと自分に言い聞かせている。

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  韓国といえば、来年は平昌五輪(近ごろは「●●オリンピック・パラリンピック」と貴重な字数を消費する傾向にあるが、どうにも“偽善”のひとことが連想されて仕方がない)。じつは、一部の競技を除けば五輪そのものに対して興味がないし、大会にもほとんど注目していないのだが、コレにあやかって鉄道の新線が開業したことを無視するワケにはいかない。
「まァ、大韓のことだし……」と想像していたとおり、12月22日に開業した京江線の萬鐘〜江陵間(原州・江陵線)の開業発表もギリギリに近く、年末ということもあって年内の取材を見送らざるをえなかった。さしあたりは年明け14日からの取材計画を組んでいるものの、同じく年内に開業しているハズだった東海線の浦項〜盈徳間も一緒に片づけるつもりでいたところ、こちらはいまだ先行き不透明。はたして取材日までに開業してくれるのだろうか……?

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  しかしまァ、ちょびもこうして元気だし、平和でなにより。
  3月にはちょびがかわいがっていたクロボウズが急死。相変わらず寂しげにしているときがあるが、ときおり庭に顔を出す白黒オールカラーを「おまえ、ウチに来いよ」と誘っているふうでもあるんですよо(^ヮ^)о  ネコってのは、一緒にすごせばすごすほどに驚かされ、感心させられることが多い。

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  巨大ユズ、100円ナリ。

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  いつも同じのでは飽きちゃうだろうと思い、ふとカルカンのレトルト版をあげてみたら、ことのほか好評。

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  そこで、年末年始用にドカンと“爆買い”の巻。

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  しかしそれはそれとして、パッケージのネコがすこぶるキャワイ♪

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  ウチの子ちゃんにもタイ土産。「ねこ元気」など日本のメーカ品も並べられていたが、ネコカンはタイで生産されているものも多い。ということは、タイで製造され売られている日本ブランドは、どういう扱いのなるのだろう……?  輸入というのもヘンだしねぇ。
  で、近所で買えるのを土産にしても面白くないので、見たことのない日本語入りのを買って持ち帰った。しかし、よくよく見てみれば、コレが「VOW」だったんですなァо(^ヮ^)о  まっ、カンボジア名物「けんど」ほどのインパクトはないけれど。

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  話が飛ぶようでいてじつはそうでもないのだが、つい先ごろ読んだ本書、『マレーア航空機はなぜ消えた』(杉江弘・講談社)から、ちょっとだけ引用して本年のしめくくりとしたい。


>滑稽としか言いようのない北側への飛行を、南側への飛行と同じレベルで(マレーシア当局が/引用者注)展開したことだ。メディアの間で「タリバン支配地域に着陸した」などの奇想天外な説も飛び出しているなかで、「北はカザフスタンまで飛んでいった可能性がある」とまで言い切ったのには、驚きを通り越して呆れたものである。子どもでもわかるような、バカバカしくも非科学的な北側への飛行説を、もっともらしく強調して、それを否定しなかったのである。

  (中略)私は、テレビ番組のなかで具体的に根拠を挙げて、「こんなバカバカしい論外な話は、今日で終わりにしましょう」と促したが、それは当局やメディアをたしなめる必要があると感じたからである。実際、国際政治学者や軍事専門家といわれる識者の一部の方々もが、北側への飛行説に同調していたのには驚いた。それは、中国政府や国際アルカイダの活動との関連もあるのではと、理由はさまざまであった。

  (中略)ボーイング777(行方不明機/引用者注)が低空飛行でタリバン支配地域へ飛んでゆくことなど、我々パイロットに聞いてもらえれば、それは物理的に不可能であることがすぐにわかるはずである。(同書78ページ)


  長い引用になってしまったが、なにが言いたいかといえば、日ごろテレビ番組などで登場してはしたり顔でなにやかにやと宣っている“識者”や“専門家”の類、彼らすべてがすべての分野でそうだとは思ってもないない言いもしないが、そのいい加減さ、「でまかせ」ぶりという点において、われわれ受け手の側は十二分に備えるべきだとはいえる。

  テレビに限らず、そうした“専門家”のなかには、「大学教授」といった肩書きを添えている例も少なくはない。しかし、教授は教授で事実だとしても、どのような分野(学問)の教授なのか?  たとえば、フランス文学の大学教授(専門家)が北朝鮮問題について発言するのは自由だし、生物学の大学教授がマーケティングについて意見を述べるのも自由だけれど、それを「大学教授名義」で発表するというのは、はたして正当な行為だろうか?  ましてや、それがいささかアヤシイ内容含みであるとしたら?  あるいはなんらかの政治的な立場を代弁しているとしたら……?

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  なんか、年の瀬におよんでナマ臭い話になってしまいMASITAが、どうにか無事に新年を迎えられそうです。新年もなにとぞよろしくお願い申し上げますm(__)m
  それにして、も。こういうときにネコって、なにを考えているのでしょうねぇо(^ヮ^)о

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2017.12.05

思い出したように時刻表の話(後編)・・・の巻

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  前回アップのつづき……。
  ちょっと時代が下って、同じく「観光交通時刻表」の93年10月号を開くと、たとえば「京釜線・週末列車」というページを認めることができる。ちょっと見には、「週末運転」の列車がこれだけあったのだなというところであろうし、そんななかに複数の夜行列車が健在なのは、新幹線以前の日本の国鉄を連想するかもしれない。が〜。そんなことでこのページをスキャンしたワケではもちろんありまっせんでスムニダ。

  注目していただきたいのは、表の上のほう。「行き先」やら「列車種別」、「列車番号」につづいて「編成」という欄がある。ここに記された「特」は日本のグリーン車に相当する「特室」。「食」はいうまでもなく「食堂車」。しかし冷静になって見てみれば、深夜0時すぎに発車して早朝に着いてしまう列車に「食堂車」というのがなんともイカしてはいまいか?
  大韓人の酒好きはよく言われるところ。くわえてココにあるのは「週末(終末でも可?)列車」である。いうまでもなくィ夜である。もちろん断言はできないものの、これら「深夜列車」の「食堂車」が「走る酒場」と化し、そこで酒池肉林(肉林は余計ですな・笑)が繰り広げられていたのではあるまいかと想像してついつい頬が弛んでしまうのでありMASITA……という話(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ところで。この「観光交通時刻表」は2012年6月号を最後にナゾの満ちた終末を迎えている。突然に起きた廃刊とも休刊ともつかないその顛末は、あのジムトンプソン失踪事件を思わせる大センセーションであったが(まるでウソ)、その消息の一部について、このブログで以前に触れたことがある。
※「ある消息の巻」参照。

  経営者兼編集長兼編集担当であったアンヨンソン氏のその後は未だ不明だが、一部には「逃亡説」に類するものも流布されているようだ。事実はともかく、奥付をあらためてチェックすると、そこにある種の推理を働かせることができる。
  まずは失踪2年ほど前の2010年8・9月合併号。ココには発行会社である「観光交通文化社」の所在地として以下の記述がある(赤囲み部分)。
>〒100-858/ソウル・中区中林洞129-37(伽耶ビルディング5階)

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  じつはずっとココが会社所在地だと思い込んでいたのだが、(遅くとも)失踪数カ月前の12年2月号になると、いつの間にか移転したことを窺わせている。
>〒417-804/仁川市江華郡江華邑菊花里162(以下略)

  江華島なんて、これまたずいぶんと不便な場所に移転したものだと思うが、そうぜざるをえないなんらかの事情を察することはできるだろう。そしたら……、

Sigakpyo201206okuduke_2

  最終号となった12年6月号では、会社所在地がスッポリと抜けている。赤線で示した下にあるのは郵便局の私書箱関連で、所在地と同様に毎号示されてきたものだ。う〜〜む……。いきなりつぎの7月号が発行されなかったという話ではなく、すでにこの号の編集段階で相当の異変が経営者と会社に起こっていた可能性が大きい。もとより、この場合、事実が明らかになったところでどうしたっていう話でもないのだが、気になることを気にしないでどうしますかということではある。

Miywakidaikan

  著名人による大韓鉄道紀行としては、御大・宮脇俊三もやや控えめながら8日間の汽車旅を遺している。この『韓国・サハリン鉄道紀行』(文春文庫)には、表題のとおり「韓国鉄道紀行」と「サハリン鉄道紀行」の2本が収められている。韓国のほうは古代史をメインとした取材だったこともあってか、やや物足りない気もするが、サハリンとともに貴重な記録ともなっているように思う。

  さすがに「時刻表マニア」だけあって、ともに時刻表が引用されている。大韓は取材時の「観光交通時刻表」から、サハリンは樺太時代の「時刻表」(東亜交通公社)から抜粋されたもので、いずれも面白く「読む」ことができる。

Kawarutohigasia

  上を含む3点の時刻表は、本書引用の時刻表(樺太東線と豊真線)から孫引きし、一部時刻など原典の記載ミスと思われる個所に独自の判断で手を加えたものである。

Karahutohigasib

  ご覧のとおり、たいした本数があるワケでもなく、見た目としてはごくありふれたローカル線を思わせる。樺太東線には大泊港〜敷香間を直通する“優等列車”らしきスジがあるものの、「急行」だのといった表示はなく、その道行きで抜きつ抜かれつを演じていることもない。時刻表としては、ごく単純な部類に入るのではないだろうか。
  だが、子細に眺めてみればあれこれ興味がわいてくる。当時の日本にとっても樺太は僻地中の僻地であったろうから、おそらく単線だったハズ。となれば、いずこかで上下列車の行き違いがあるワケで、まずはその駅を読み取りたくなる(ここで使っている「OuDia」を用いれば一発でダイヤグラム化できるため、その位置を掴むのが容易)。さらに、単純なダイヤとはいえ、ここでの編成運用がどのようになっていたのかという点にも興味を覚えざるをえない。ヒントはそれぞれの列車の運行時刻のほか、「列車種別」欄に記しておいた「2・3等」「3等」という編成である。こうした運用には、単純に上り→下り→上り……といった流れもあれば、下り→下り→上り……などとなっている可能性もあり、こうした「時刻表」からそのさまを想像するのもなかなかに楽しいものがあるのだ。

  いまひとつは、起終点となる駅を分散し、いずれの区間において良好な時間帯の運転を配慮していることを窺わせているのも興味深い(前半でふれた大韓のダイヤ構成との比較ももちろんのことだ)。断言するほどのことではないにせよ、こうした古くからの積み上げこそが、日本を鉄道大国にしているのではないかという気もする。

Housin01

  こちらは豊真線だが、こんな1日3往復の単純な時刻表も、そんな目で読み込むと、味わいというものがわきだしてくる。このけっして便利とはいえないダイヤから、その沿線で暮らすひとびとの日常を想像してみるのもいいだろうし、実際に乗りにゆくとしたらどんな行程になるのだろうと(叶うことのない)乗り継ぎ計画を練ってみるのも楽しい。

  話は戻るが、最初に引用した樺太東線の落合〜大泊間に南小沼という駅がある。ただでさえ少ない列車だというのに、その大半が通過してしまっている。こんなダイヤが現役であれば、当然のごとく訪れるに違いない魅惑の駅だと思うのだが、どうだろうか?

Miyawakiyasi

  ついでに……。宮脇俊三といえば「時刻表」だが、この『椰子が笑う汽車は行く」では、その肝心な「時刻表」のない汽車旅も収録されている。とりわけフィリピンを訪れた「時刻表のない旅」は、著者の外国モノのなかでも秀逸な面白さに満ちているように思う。

  ちょっと不思議なこともある。
  本書にはバンコク発シンガポールゆきの旅も収録されているが(泰緬鉄道とマレー半島の国際列車)、そのなかで入手した乗車券がバンコク〜シンガポール間の「1等車」用となっている。一方で、バンコク〜バタワース間の1等寝台券も事前手配で入手しているが、バタワース以南については乗り換え駅(バタワースとクアラルンプール)でそれぞれ買わなければならない。ところが、バタワースでは狙っていたエアコンつき1等寝台車が売り切れていたためエアコンなし等級不明の寝台券しか入手できず、クアラルンプール〜シンガポール間では「どん行」の2等車に乗る仕儀となったことが綴られている。乗車券は区間ごとの等級変更ができないため通しの1等だったにも関わらず、このザマとは。いかに満席だったとはいえ不条理なように思えなくもないのだが、そのあたりの心境についてはなぜか触れられていない(ついでに、マレー鉄道では寝台券・指定券だけを追加購入したのだろうか?)。
  また、クアラルンプールに朝7時20分に到着し、まずはシンガポールまでの指定券なりの入手を急ぎそうなものなのだが(著者ならなおさら)、なぜかのんびりと観光に興じたうえにホテルで昼寝までしてから駅の窓口に赴いているのもわからない。観光といったってとりたてて目的があったワケでもなく、きわめておざなりな内容をこなしたにすぎない。その挙げ句に予定していた特急「KTMエクスプレス」に乗りそびれたのだから、どうにも著者らしくないのである。かくなるうえは、あの世で御本人にお目にかかったらぜひともそのあたりについて質問してみたいものだ。

  ところで、著者らが散々な目に遭ったフィリピンもぜひ訪れてみたいと思うけれど、バンコク市内からスワンナプーム国際空港までのさなかに交わされたフィリピン人女性・アイリーンさんとの会話がその恐ろしさを物語っている(じつはこの会話、大韓語主体で交わされたのだが、たとえばドイツの街角でフランス人と日本人とが英語で会話するなんてこともあるだろうし、別段おかしなことでもないですね。もっとも、空港に向かう汽車のなかで「ケンチャナヨ!」と言ったら近くにいた大韓人と思しき若い女性が「えっ?」という表情で振り向いたりもしたが・笑)。
「フィリピンのイメージはどうかしら?」
「う〜〜ん……(単純に大韓語・英語で適当な言葉が出なかっただけの沈黙)」
「……デンジャラス?」

  御大・宮脇俊三もまた、デンジャラスというか相当にイカした体験をなさったようだが、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)の「終章」にはつぎの記述がある。
>私はフィリピンのマニラに十日滞在しているうちピストルの発砲を二度目の前で目撃した。

  本書でも『全東洋写真』(新潮社)でも、なぜかフィリピンの項がないのが残念。ん?  ちょっと話がそれてしまいMASITAね。

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2017.11.29

思い出したように時刻表の話(前編)・・・の巻

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  ちょっと古い1冊(前にも登場しましたが)などを取り上げつつ、「時刻表」の四方山話を……。

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  韓国の『月刊観光交通時刻表(월간관광교통시각표)』がなくなっておよそ5年半。ケンチャナヨ風味が漂うイカした本ではあったが、なくなればやはり不便だ。仕方がないので、KORAILの公式サイトで列車時刻を調べておきつつ、あとは現場でのアドリブということになる。しかし、これでは汽車旅の味わいという点での物足りなさがあることは否定できず、なんだか寂しい時代になりMASITAなァ……ボヤきたくもなる昨今のザマである。
  そんな無聊をなぐさめるべく(?)、この古い時刻表(1976年9月号)を引っぱり出してみた。

※本ページの時刻表およびダイヤグラム作成には「OuDia」を使用。あれこれ日常的に愛用させていただいております。

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  画像はそのなかから京釜線ソウル〜大田(西大田)間の下り列車ダイヤを抜き出したものである。天安では長項線、大田の手前では湖南線と全羅線がそれぞれ分岐。鳥致院でも忠北線が接続している。したがって、たとえばソウル〜水原間であれば京釜線列車のほか長項線と湖南線、全羅線のそれぞれ直通列車を利用できるワケだが、「観光交通時刻表」では伝統的に(?)ぞれぞれの路線系統別にページが分けられていたため(一部に例外あり)、例に挙げたソウル〜水原間のようなケースでは、複数のページ(路線)をチェックするハメになったものだ。あえてたとえるならば、東北新幹線と山形新幹線、秋田新幹線とがそれぞれ独立した表になっているようなもの(現行の日本式でも、この場合の東京〜大宮間は上越・北陸新幹線ページが別になっているものの、区間の性格からさほどの影響はないだろう)。もとより、大韓においてそれほどのひとが不便に思っていたかは知る由もないが。

  そこで、原著でそれぞれ別建てになっている京釜・長項・湖南・全羅線(および忠北線)の全定期旅客列車をひとつの表にしてみたのでごぢいます。
  こうしてみると普通列車の乏しさに目を疑うが、現在ではその普通列車そのものがこの4系統をはじめ大半の路線から姿を消しており、鉄道の位置づけは日本のそれとだいぶ異なるムキもある。ただし、この表中ではソウル〜水原間に地下鉄1号線系統の「電車」が運行されており(当時)、日本の大都市近郊に近い運行形態もみられる。そんな大韓鉄道の京釜線だが、ちょっと奇妙なことに気づく。

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  上記2表(下り列車のみ)をダイヤグラム化したのが上の図。「奇妙なこと」というのは、18時から20時すぎにソウルを発つ列車が見られないことだ。とりわけ、19時台にはみごとに1本たりとも運行されていないが、いうまでもなく日本であれば「ラッシュアワー」にかかっている混雑時間帯である。同様に、朝方の7時台や9時台も空白かそれに近い状態。大韓きっての大幹線だというのになんとも不可思議なダイヤ構成ではないか。

  断言は控えるが、これは全線直通運転に拘泥していることが原因ではないかという気がする。この当時、最速の「セマウル号」でもソウル〜釜山間で4時間50分、特急「統一」では5時間40分を要していたため、19時ちょうどにソウル駅を発車しても、釜山到着が深夜になってしまう。それゆえ、むしろ夜行列車が活躍することとなる一方で、「昼行列車」の最終を早い時間帯に打ち切らざるをえなかったのであろう。とはいえ、沿線には大田や大邱などの大都市はあるのだし、これが日本流であれば、たとえば大田に22時ごろに到着する特急(ソウル発20時ごろ)でも設定するところなのだろうけれど、そういうことはしないようだ。なお、この全線直通運転第一というセンスは現在も受け継がれているが、「KTX」が時速300km超で頻繁運転されている時代に入り、そうした空白はいちおうは解決している。

■ソウル発(2017年12月上旬現在平日・18〜20時)
  時   刻|列車種別・番号(行き先)

  18:00|KTX153(釜山)

  18:05|ムグンファ1511(麗水EXPO)
  18:10|KTX419(馬山・東大邱経由)
  18:15|KTX155(釜山)
  18:19|ムグンファ1221(釜山)

  18:25|ムグンファ1565(益山・長項線経由)
  18:30|KTX157(釜山)
  18:35|KTX545(光州松汀)
  18:40|KTX257(釜山)

  18:44|ITXセマウル(木浦)
  18:50|KTX719(麗水EXPO)
  18:55|KTX237(釜山)
  19:00|KTX159(釜山)
  19:10|ITXセマウル(晋州・東大邱経由)
  19:15|ムグンファ1223(釜山)
  19:30|KTX527(木浦)
  19:35|KTX161(釜山)

  19:40|KTX527(木浦)
  19:40|ムグンファ1305(東大邱)
  19:53|ムグンファ1513(麗水EXPO)
  20:00|KTX163(釜山)

※黒字=ソウル駅始発、
赤字=龍山駅始発

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  先に取り上げた京釜線は日本にたとえれば東海道本線に匹敵する大幹線。かの御大・宮脇俊三は、さまざまな種別の列車が抜きつ抜かれつするそんな幹線(当時)こそが「時刻表」の醍醐味だと語っていたが、いまひとつは攻略困難な路線・線区もまた「時刻表」を楽しい読み物とする主役格であるのは間違いない。
  細かい説明は抜きにするけれど、たとえばこの太白線系統もそんな路線のひとつではあった。眺めているだけでワクワクしてくる一方で、こんな不便でありつつも重要な路線は、いまやわが国でもその存在感が薄れてゆく一方にある……。

※上表注:甑山=現・ミンドゥンサン、黄池=現・太白、北坪=現・東海、餘糧=現・アウラジ。旌善線の餘糧(アウラジ)〜九切里間は2004年9月に廃止され、現在は観光用レールバイクコースとなっている。


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  いちおう、その太白線系統図を(『月刊観光交通時刻表』2012年2月号)。

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  いまひとつの魅惑の線区はこの慶北線系統。だいぶ前から1日3〜4往復という超閑散路線となっている慶北線だが、この時代にはご覧のとおりで、しかも廃止ないし休止状態となって久しい加恩線と聞慶線が営業中。いまとなっては信じられないが、加恩線に相当の本数があるうえ、同線に東大邱直通の「急行」まで乗り入れていたとは……。「超難関」というには程遠いかもしれないが、こんなダイヤが生きていたならば、どうやって汽車旅の行程を組もうかと、それだけで熱中してしまいそうな風景がここにはある。

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  ところで、だいぶ前に入手しつつ愛読してきたこの『韓国きまぐれ列車』(種村直樹・SiGnal)。書き下ろしを含む4本の韓国汽車旅(および高速鉄道計画に伴うパブリシティほか)を収録、うち1本は1977年5月の紀行(韓国鉄道膝栗毛)が綴られている。最初に読んだときから、当時の時刻表が引用されていないのを残念に思っていたが、ここで挙げた1976年9月号のダイヤがほぼ当時のママかそれに近い内容であろうことにふと気づいた。そこで、77年の汽車旅で著者らが乗った列車を件の時刻表から抜き出してみたのが、以下の3本と上記・慶北線中に「☟」で示した1本の計4本である。

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  道行きでは、まん中の87列車(特急「富強」)を17時53分着の慶州まで乗り、同駅発19時56分の124列車(急行)の寝台車で清凉里(ソウル)まで戻るという算段だったようだ。実際には同行者の希望もあって栄州から慶北線484列車への乗り継ぎへとアドリブ。40分ほど遅れて到着した金泉からソウル日着最終便となる44列車(特急「統一12号」)に駆け込んでこの日は大田(儒城温泉)に宿を取っている(翌日は高速バスでソウルに帰着)。

  まさに著者お得意の「きまぐれ列車」といえるが、慶州から清凉里まで乗るハズだった87列車の清凉里着は早朝4時55分。すでに、江陵ゆき125列車に乗る前にソウル地下鉄散歩などを楽しんでおり、まずは汽車に乗ることを目的としていた著者らが、帰国の途につくまで(金浦空港17時05分発の日航機)どうやって過ごすつもりだったのだろう……などと余計な心配をしてしまう。もちろん汽車以外にも旅を楽しむ手段には事欠かないワケだし、実際には買い物やら食事やらフラフラと町歩きでもしていれば、時間なんぞあっという間に過ぎてしまうものではあるのだが。

  それはそれとしても、いい時代だったのだなァと感慨にふけってしまう。寝台車や食堂車は健在だったし、「時刻表」の攻略という楽しみもいまとくらべるまでもない。観光色の乏しい時代にあって、よくも悪くも土着的大韓散歩(DK的と言い換えてもいい)が味わえたのだろうなァと思う(ついでながら、97年6月の旅「韓国SLと分断鉄道」には<どこに停まるか定かでない乱暴運転のバスで>なんてな記述もあってグっとくる)。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.10.18

嗚呼、Dという世界! 大韓本小咄(ほか)・・・の巻

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  え〜、ただいま大韓散歩中でありますо(^ヮ^)о
  で、数ある大韓関連本──というよりあまたの旅行記のなかで傑作中の傑作だと長年にわたり確信しているのが一連の『ディープ・コリア』(DK)でありまッスムニダ。青林堂版(定本DK)からの愛読書なので、かれこれ20年以上のつきあいであることは間違いないが、その愛着ぶりを記すならばこんなこんな感じになる。

  ある年の大晦日のィ夜、盟友Sより電話アリラン……。
「なにやってた?」
「ディープコリア読んでた」

  オレからすれば事実をそのまま述べただけにすぎないが、ことのほかSがウレシがってくれたので、以来、「大晦日といえばDK」となって今日に至る(さすがに旅行先にまでは持参しないが……、荷物になるし・笑)。

  それにしても二十余年。当時は韓国語はおろかハングルの読み方でさえさっぱりわからなかったが、そのあたりが“解読”できるようになると、あれこれ見えてくることも少なくない。そのうち、ちょっとばかりギョっとしたのが、湖南線を往く満員の「ムグンファ号」の車内で著者らが出会った赤シャツのチョンユンギ青年、その彼が書き記した自らの住所である。いわく、「大韓民国全羅北道益山郡`*金馬面新龍里私書箱11号通信隊」(*益山郡=現・益山市)。益山市金馬面はあれこれ史跡のあることで日本人にも知られているが、ふと思って調べてみると、彼の記した連絡先ってのは、どうやら徴兵中の彼が勤務する軍隊の駐屯地のようであった……。

  ところで。最近になってこの傑作シリーズの意外ともいえる見落としを発見した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  表紙カバー(より厳密にはカバー裏だが)は、本来こうするべきだったのではアルマイトの弁当箱?

  それにして、も。
  なかには真面目すぎる悪評やとんでもない勘違いを受けている面もあるらしい本書であるけれど、大韓通いをはじめる数年前、大韓ツウの同業者Yさんと大韓話になったところ、彼はこう言い切ったものだ。
「わはは、そっちできましたか。でも、あの本(DK)に書かれてあることは本当ですよ」

  残念なことに、往時からすればかなり薄味になってしまったようではあるが、それでもDK世界にある種のやすらぎを覚えつつ、なんのと言い訳を弄して繰り出したくなってしまうのが大韓なのでありMASU。

  しかし、この最新版である『元祖〜』(K&Bパブリッシャーズ刊)ではちょっとしたショックも……。
  片隅につけくわれられたつぎの記述。

>著者の意向により、この目次は一部を除いて、実際のページ数、ページ内容と違います。(P367。『豪定本〜』ブルース・インターアクションズ刊の採録部分)
>P575〜P600のノンブルに整合性が無いのは、著者の意向によるもので落丁ではありません。(奥付)

  ンなこたぁ、いちいち断られなくても、本書を買うような読者がヤボなことを騒ぎ立てるとは思えないのだが、だれの「意向」による“おことわり”の類なのだろうか……?  たしかに、前者では「もくじ」と本文との内容はその大半が異なっているし、後者ではノンブルの一部が飛んでいる(もっとも、本文を読んでいて件の個所で「落丁」なんぞと思うとしたら、よほどの前衛的読者であろう)。
  この最新版の“おことわり”が著者の「意向」なのであればケチをつける筋合いのモノではないけれど、できることなら、世間の目を気にしたにすぎないなんていう事情でないことを祈る。

  いまひとつは『豪定本〜』から登場した薬山温泉のつぎのくだり……。

>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『豪定本〜』2002年)
>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『元祖〜』2013年)

  オレが当地を訪れたときは、件の薬山温泉ホテル(宿はココだけ)が改装なのか廃業なのか、半ばガレキ状態だったためその夜をすごすことがかなわなかった。しかし、そのときの直感からすれば「ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて」はまさにそのとおりだったに違いない。

  なにがいいたいか?  それこそヤボなのかもしれないと自らを戒めながらも、ココに“イイ顔”もポンチャックもブタの運搬もじいさんの亡骸もインドと有明のイヌもケンチャナヨすら汚物のごとく排除されたわが祖国(ついでに大韓もか?)の情けなさを勝手に重ね見てしまったのである……。ほんの蛇足ではありますが。

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  もうひとつのDK的存在として、この『誰も歩かなかった韓国の旅』(宮原誠也・昭文社・1997年)も愛読している。
  昨今でこそ一般の旅行案内書にも大韓の地方や地方中の地方、あるいは著名観光地とは無縁な土地や物件が取り上げられることも珍しくなくなったが、かつて大韓のそんな土地やひとびとに目を向けていたメディアはDKなどごく限られた存在にすぎず、そんななかにさりげなく現われたのが本書であったようだ。愉快なのは、ガイドブックの体裁を整えておきながら著者の主観や思いが随所にちりばめられていることで、あたかも大韓の食堂で大衆的なメシをごちそうになりながらざっくばらんな大韓話をうかがっているような楽しさに満ちているのである。もちろん参考になる記述も満載。本書を読みながら、再訪への興味がわく土地も数多いのであった。

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  そういえば、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)を開いてみれば、その大韓の巻(下巻)にひとも羨むようなDK体験が綴られていて、何度読み返してもグっときてしまう。

  DKにあれこれ紹介(?)されているが、日本やほかのあまたの国々でそうであるように、大韓にも有名無名の遊廓街というものがある。そのうちもっとも著名だと思われるのがソウル東大門区にある清凉里588であろう。あるとき、友人Tの反応を面白がるべく見学に連れ出したところ、「いやぁ、(店先に立っている女の)みんながみんながモデル級ばかりだねぇ」と妙な感心をしていたものだったが、「行ってきていいYO」とそそのかしたところ、「お前が見てるから行かない」と一笑に付されてしまいMASITA(突撃モードになられても困ったのであろうが・笑)。本稿を記すにあたって調べてみたところ、すでに撤去が進み、現在はまったくなくなったか、わずかに細々と火が灯っているだかといった状況らしいが、DKにもあるとおり、かつては相当に現実離れした世界が繰り広げられていたようだ。

  で、そうと知ってか知らずか、無防備にも紛れ込んでしまったのが若き畸人・藤原新也であった。
  清凉里界隈のとある暗がりの路地を歩いていた藤原、いきなり闇のなかから飛び出した腕に抱え込まれてしまったのである。咄嗟にはなにごとが起きたのかわからず、しかしやがてそれがいささか強引な女郎部屋の呼び込みであることを理解したのだが、なんにしてもそんな“買い物”なんぞするつもりがないのだから迷惑な話だ。ところが、その女──還暦ごろと思われる──が肥満した大柄のガタイを武器に、怯む気配をみせずに力一杯挑みかかってくるのだからタマラナイ*。服を掴まれて引っぱられるわ、体当たりを喰らわされて部屋に投げ込まれるわで大騒ぎの明け暮れですといっとところだが、
>部屋はひどく狭かった。化粧品とニンニクと醤油の混じり合ったような匂いがした。狭い床いっぱいに蒲団が敷きっぱなしになっていて、その上にトイレットペーパーが二つころがっていた。(同書244ページ)
  という描写には戦慄が走る(笑)。

  そんな格闘を繰り広げつつ、おばはんが娼婦を呼びに行っている間に逃げればいいと気づいた藤原、観念したフリをして「女どこよ?」とおばはんに問いかけた。それに対するおばはんの返事──。
「わしじゃわ!」

  でまぁ、そのあとも平手打ちを喰らうやらで往生したようだが、笑いを誘われつつも同時に悲しげな感情もわき出してくる。そんな情景やココロのやりとりを垣間見つつ、「ぁあ、DKだなァ……」との思いがジワジワと心身を包み込んでゆくのであった。

*たぶんこんな感じであったのであろうо(^ヮ^)о
「ノー、ノー!  ナヌン、イルボンサラムカンガンゲ、アンデヨ、アンデヨ!」
「아니〜〜괜찮아〜(アニ〜〜、ケンチャナ〜^^)」

Jeondongyang

  もっともっとジックリと藤原新也の大韓話を読んでみたいと常々思いつづけているけれど、それでも前掲書のほか『逍遥游記』(朝日文庫)などで少しずつ語られているので、同じ文章を幾度となく読むこととなる。
  そんななか、写真中心にまとめられたのが本書『全東洋写真』(新潮社)である。いうまでもなく、ここで写真を通じて綴られているのは大韓だけではないが、東洋の西の果てから旅立ち、次第に東へと歩んでゆく道ゆきにあって、大韓の描写にふと目が止るとともに、ある種の懐かしさが込み上げてくるのであった。それは、『逍遥游記』で語られているオンドルにも通ずる安心感であり、温もりでもある。どうやら、そういう時空こそが、オレがあれこれ歩き回りつつ探し求めているものなのかもしれないなどと思いつつ……。

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  ところで、大韓から東南アジアへのプチ浮気をしている昨今ではあるが、某編集部のMさんから「参考にどうぞ」とプレゼントされたのが『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)であった。
  いやぁ、面白い!  単純にタイの鉄道の旅を網羅した旅行案内書なのだが、読んで楽しく、しかも大いに参考になっている。

「すごい本をいただきましてね。大袈裟かもしれませんが、究極の鉄道ガイド本というか、少なくとも汽車旅ガイド本の“あるべき形”として完成しているように思うんです」
  これは、“師匠”でもある故・野口冬人に本書を見せたときの話だが、事務所でひととおり見たあと、食事の席でもふと気になったのか、「あの本、もう一度見せてくれ」と熱心に内容を検分していたのを思い出す。

  欲をいえばもう少し文章による説明を深めたり表組を用いてもいいような気がしないでもないけれど、明解な内容は細部にわたり目が行き届いている。くわえて、繰り返し読めるガイド本であるというその一点だけでも、本書がお気に入りかつオススメの一冊となっているのであった。オレもがんばらねば!

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  残念なことに、DKに匹敵するディープな旅本というのは、じつはあるようでなかなかないものだ。貴重な例外として『インドでわしも考えた』(椎名誠・集英社)からはDI(ディープインド)を感じる。同行の編集者や写真家まで登場させながらもあんなに面白い紀行文に仕上がるとは……というのはついでの感想だが、ようはああいう話でもある。

  そんななか、本書『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)は、決してDT(ディープタイランド)ではないものの、タイという国やそこで暮らすひとびとと密着した一冊として、ところどころではあるけれど深めの世界を提示してくれている。しかし、自分自身もまた好きなように歩き回っているけれど、そうそうはハマリ込めないものなのだといまさらながらに思う。いうまでもなく「D」という世界にである。

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  おまけ。マウリツィオポリーニは大リスペクトするピアニストのひとり。とりわけ、かれこれ35年以上にわたり愛聴してきたショパンの前奏曲集や練習曲集などを聞くたびに、そうそうはああいう演奏はできないとの思いを新たにする。で、あるときなんの気なしにネット通販を検索していたらこのインタビューDVDが目に入ったのでさっそく購入。ここにももちろん「D」の世界が満載ではあったが、音楽の話とは異なるところでドキっとさせられたところがある。

  じつはまったく知らなかったのだが、ポリーニはイタリア共産党の党員なのだという。ただしイデオロギーからの参画ではなく、当時のソ連よるプラハ侵攻に対してイタリア共産党が真っ向から批判を繰り広げたことなどから「リベラル」の受け皿として党員となったことが語られている。こうしたエンタテイメントに関するインタビューで、そうした政治的な問いをぶつけるインタビュアーも立派だが、正面から答えるポリーニからもまた学ぶべき点が多いと思う。とりわけ、権力側におもねっていないという点で。

  その話の流れのなかで、(イタリアにおける)右翼への批判が展開されている。具体的な言及はないものの、相当に酷いありさまらしく、当時をして最大級の罵倒をぶつけたかったようだ。ところが、昨今の状況はさらなる悪化の一途を辿っており、ポリーニいわく「最低」をしのぐ形容詞が必要だという。
  う〜む。いっそのことポリーニの“リクエスト”に対し、「ABE」というのを輸出したらいいのではないかと思ったものだが(なんか、大韓ではそのテの用語が裁判沙汰にすらなったそうですなぁ。「お前はABEみたいだ!」とかそういうのが「名誉毀損」──ネタにされた側にではなく、「みたいだ」と罵られた側に対して──とされたとかされないとか。イイ話ですな)、世界のあちらこちらで不穏なよどみが拡大しているのがなんともおそろしい……。

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2017.10.12

ヒコーキ本も楽しからずや・・・の巻

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  近ごろ凝っていることのひとつにヒコーキ本がある。長年にわたり「汽車旅愛好家」を自称してきたし、仕事でもなにかと鉄道モノに関わっているけれど、大韓をはじめとする外国取材が多くなれば、必然的に飛行機のお世話になる機会が増える。すると、鉄道趣味と同様に、座席や室内設備のバリエーションや航空会社ごとのサービス、航空運賃といったヒコーキ旅に直結する分野はもちろん、運航ダイヤや航空機の運用、危機管理対策など裏方的な面にも興味がわいてくるものだ。

  あくまで個人的なものだが、不思議なことに鉄道におけるそれと航空におけるそれとの違いがある。鉄道ではメカニックの分野にはさほどの興味はなく、「電車好き」であればいちどは憧れるであろう鉄道車両の運転にも、子どものころを含めてソソられた覚えがない(運転室後方などから前面展望を楽しむのは好きだが)。ところが、これが飛行機になると自ら操縦したくなってしまうのだから始末が悪い。クルマで、自宅車庫から大通りに出るまでを「タキシング」と呼んでみたり、直線道路でついついセンターライン上を“名古屋走り”しながら思いきり加速したくなったり(してませんよ・笑)、操縦桿と化したハンドルを引上げたくなったりというのは童心に返った中年男のお遊びではあるが、たとえば効率的な揚力を得るための翼の仕組みなど、鉄道ではほとんど関心がないハズのメカニックについても、そのひとつひとつが面白く感じられるのだからわからない。

  ヒコーキ本にもさまざまな分野があり、それぞれに個性的な著者が活躍している。そんななかでシンパシーを感じるのが本書の著者・チャーリィ古庄である*。詳しくは次項で述べるが、ある種「でもやるんだよっ!」を体現した航空写真家であり著述家だ。どの著作も面白いが、この『旅客機の一生物語』(イカロス出版・2013年)はとりわけ傑作のひとつだと思う。

  内容は表題のとおり。各章の大見出しを列挙すると、
>旅客機の開発>旅客機の誕生>デリバリー・フェリーフライトと就航準備>旅客機の運航>旅客機の終末
  となる。飛行機の設計から商談、誕生、エアラインへの引き渡しなどが詳細なルポなどとともにわかりやすく解説されてゆく。2大メーカーであるボーイングとエアバス両社の組み立て工場のルポや購入された飛行機が本拠地へと引き渡されるフェリーフライトの様子などは、部外者にはなかなかお目にかかれない分野ということもあって読みごたえがあった。

  個人的にソソられたことのひとつに「シップパターン」と呼ばれる航空機の運用がある。簡単にいえば、1機の航空機が、日々どのような行程をこなしているかということで、このブログでも航空時刻表から推理した話をアップしたことがあるが、本書ではそれをじつに面白くまとめている。たとえば、羽田を起点に、富山や米子、高知、鹿児島、神戸、札幌、沖縄……という運用を1週間でこなす例(全日空・B767-300)や、ブエノスアイレス→パリ→ドバイ→パリ→サンパウロ→パリ→成田→パリ→ベイルート……(エールフランス・B777-300ER)といった具合。まぁ、鉄道の「時刻表」が好物なゆえ、こういうのに興味を持つのは自然のなりゆきではあるのだが……。

  終章「旅客機の終末」では、引退後のあれこれが、解体現場などのルポをまじえながら綴られている。本書のほか『ホントにある!! 世界のビックリ空港探訪記』(イカロス出版)でも紹介されているが、B747をまるごと宿泊施設としたストックホルム・アーランダ空港のJumboHostel(誤植を発見・笑)にはぜひ一度訪れてみたいし、『世界おもしろヒコーキ旅』(エイ文庫)で著者が訪れているB727で暮らす米国人おとっつぁんの話もチラリと触れられており、読んでいるほうもまた、ヒコーキの一生、その面白さにのめり込んでしまうのであった。

  ところで、本書によってはじめて知った「トリビア」。とある路線の定期便旅客機には一風変わったモノが用意されているというのだが、搭載されていないものはつぎのうちどれでしょう?
  ・釣り道具
  ・猟銃
  ・投網

  正解は本日アップの末尾にてо(^ヮ^)о

*注:このブログでは原則として著名人──とりわけ著作分野やスポーツを含むエンタテイメント分野など──の敬称は省略することにしている。なぜかといえば、敬称省略こそがある分野で抜きん出た人物に対する本質的な敬称だと考えるからだ。そう考えるようになったのは比較的最近になってからだが、きっかけのひとつとして日々目にするネットのヘッドラインがある。たとえば、現役引退するや「氏」つきになってしまうスポーツ選手。あるいは不祥事を起こした挙げ句に本業ができなくなった芸能人(「引退」などと言われるが理解不能)の動向が「氏」つきで報じられる。なんだか形だけを無難に整えたかのようなそれらの「氏」つきに嫌悪に近い感情をなぜか抱いた。それに、まさか「夏目漱石氏」だの「坂本竜馬氏」などとは言うまい……ですよねぇ?

  もっとも……、「テレビやら新聞やら見とってね、《蝦子逮捕》って呼び捨てで出てんのと、《蝦子さん逮捕》って、さん付けで出てんのがあって、さんが付いていると、まァ、いいんですけどね、《蝦子》って呼び捨てだとね、傷つくんですよね、いかにも犯罪者みたいで、ヘヘヘヘ」(『電氣菩薩・上巻  豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)ってな話もあるワケですが。

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  同じ著者による『ビックリ飛行機でゆく世界紀行』(イカロス出版)は先に触れた『ホントにある!! 世界ビックリ空港探訪記』のいわば姉妹書。この2冊こそが「でもやるんだよっ!」の体現であり、読んでいるこちらとしては、そんなところにまで飛んでいった著者に対しあらビックリといった楽しさに満ちている。

  冒頭には「世界一短いフライトへの長〜い旅路」と銘打って、“飛行時間1分”という定期便フライトとそこに至るまでの「長〜い旅路」を臨場感たっぷりに再現。その現場は大英北部のオークニー諸島<フライト例→flightaware.com(PAPA WESTRAY AIRPORT)>。日本から見ればまさに空の果てといってもよさそうなスタート地点に辿り着くまでの旅人(著者)の労苦は、時間やその手間に加え金銭的な点でもまさに「でもやるんだよっ!」の世界であり、ィ世の中捨てたもんでもないもんだとウレシくなってしまうのだ。

  本書にはそんなヒコーキ旅が満載なのだが、分野や程度の差こそあれ、オレ自身が鉄道の旅という遊びに求めているのは、まさにこういう世界なのである。いうまでもなく、そんな旅を自分なりに本としてまとめたいからこそこのブログでタレ流しているような汽車旅に赴いているのであり、コトあるごとに編集者をけしかけていたりもするのだけど……なんてボヤいている場合ではありませんわな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  読み物ではないが、つい仕事のクセでこういう本も手元に置きたくなる。さしあたり最新にこわだるまでもないので、古書で入手したものの、昨今のエアライン業界の慌ただしさといったら……。

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  多少なりともヒコーキのお世話になりつつ、鉄道とあれこれ比較したくなるのは汽車旅派の性といえるだろう。ひとつわかったのが、上級設備の座席や付帯サービスは鉄道の敵ではないということ。逆に、ファーストクラスがいかにグレードアップしようと、こと設備に関していえば鉄道にかなわないだろうということである。

  まず、ビジネスクラスとJRのグリーン車とを比べてみると、機体やエアラインにもよるとはいえ、総じて航空機のほうがレベルが高い。昨今のビジネスクラスはかつてのファーストクラスをしのぐレベルであり、フルフラットシートはもちろん、流行のシェル型シートは極めて快適。後者でいえばJR東日本と西日本の一部新幹線車両にお目見えしているものの、「グランクラス」と名づけられた新カテゴリの料金が適用されているし、高速鉄道ゆえ乗車時間が限られていることなどを考えると、コストパフォーマンスの点であえて乗ろうという気にはならない。もちろんビジネスクラスも正規運賃で乗ろうと思えばべらぼうに近く(ただし正規運賃同士だとエコノミークラスとの差は意外なほど小さい)、ふだんエコノミークラスを割引運賃で利用している身からすれば、とてもじゃないがそんな贅沢をする気にはなりようハズもない。

  ところが、エアラインには鉄道にはみられないサービスがあるのだから面白い。エコノミークラスのそれも格安航空券利用者に対してさえ、ときにビジネスクラスをふるまってくれることがある(座席だけの場合と食事サービスなどを含む場合とがある)。また、マイレージを使ってアップグレードをしたり、特典航空券によるビジネスクラスの旅を楽しむこともできるため、意外とささやかな贅沢をできる機会に恵まれるものなのだ。また、空港ラウンジや食事のサービスなどはほとんど航空の独断場である(鉄道でもごく一部にみられるが)。

  一方、ファーストクラスでは個室タイプやシャワー室つきまでが出現。ハイレベルな食事はもちろん、なかには高級車による空港送迎サービスを取り入れたエアラインがあるなどつかの間の「王侯貴族」気分を味わえる。運賃もべらぼうではあるが、一度ぐらいは体験してみたいような気がしないでもない。

  ところが、少し前であればわが国の鉄道には、それをしのぐ設備があった。「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」などにあった「スイート」や「ロイヤル」といったA個室寝台にはダブルベッドや専用のシャワーも備えられていたし、「シングルデラックス」やB個室「ソロ」などにしても航空のファーストクラスをしのぐプライベート空間が約束されていた(最後の寝台列車となった「サンライズエクスプレス」の「シングルデラックス」は素晴らしく快適。列車の利便性だって抜群だ!)。さすがに送迎やラウンジこそなかったものの、別料金ながらフランス料理フルコースなども楽しめた快適空間を比較的気軽に体験できたのである(ついでにいえば新幹線にだって個室があった)。が〜。そんなわが国の鉄道が培ってきた極上サービスを自ら放棄したJR。昨今では自社の殻に閉じこもった遊園地の「お猿の電車」のような、そのクセ値段ばかりがべらぼうな上げ底漫遊列車が流行りのようではあるが、そんなカネを払うのであれば外国の高級列車の旅を選ぶよ、オレは(まぁ、車内外で日本語が通じるという点だけはありがたいのでしょうけれども・笑)。

  っと、話がそれてしまいMASITA。本書『ビジネスクラスGUIDE BOOK』(イカロス出版)は、ワンランク(いや、もっとか?)上の飛行機の旅を誌面で楽しめる1冊(日本発着航空会社のフリートやサービスなどを網羅した『エアラインGUIDE BOOK』<同社刊>も資料として重宝している)。
「へぇ〜、飛行機にもいろいろなサービスがあるんだな」
  といったところではあるが、日ごろ愛用している(?)エコノミークラスの座り心地についていえば、フルキャリアもLCCもあったものではなく、鉄道の特急普通車ほうが快適な場合が多いのが残念な航空業界ではある……。

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「杉江さんって、JAL内部での評価はどうなんでしょうか?」
  質問の相手はかつてJAL国際線で客室乗務員を務めていた先輩である。
  こういう問いを発したのは、この『機長の告白  生還へのマニュアル』(杉江弘・講談社・2000年)をはじめとする一連の著作において、著者がかなり率直な見方や見解を展開しているからである。タイトルからも想像できるとおり、著者は元JALの機長であった人物(本書をはじめ現役時代の著作もある)。もちろん、そうした率直な話こそがオレの求めるもので、こんな問いがアタマに浮かぶことからして不粋なのではあるのだが、まがりなりにもマヌケなニンゲン社会の一員である身としては、筋違いなリアクションをつい想像してしまうのは致し方ない。念のため、とくにヘンな話は耳にしたことがないとのことではあったが……。

  本書は、現役のベテランパイロットが、さまざまな航空事故例などを通じて、パイロットの立場を活かしながら安全への提言をまとめたものだ。
  あの“御巣鷹山事故”を筆頭に、テネリフェ空港で起きたKLMとパンナムとのジャンボ同士の衝突事故(1977年)や名古屋空港における中華航空機事故(1994年)など実際に起きた事故を題材としながら、その経過や原因究明に留まらず、仮に同様の事態に遭遇した場合、いかにして生還を果たすかという至上の問題に取り組んでいる点に本書の価値がある。航空機が事故に陥るさいのさまざま要因を掘り起こし、「どうしたら事故を減らせるか」、「いや事故を絶滅できるか」という問題(「まえがき」)に対し、まさに現場を預かる人物が迫っているわけだ。

  それぞれが難題かつデリケートな問題ではあるものの、オレのようなシロウトにもわかりやすくかつのめり込みやすく綴られてゆく報告や提言にはえもいわれぬ迫力がある。一例を挙げると、第5章「片側二基のエンジンが止ったら」(注:著者は片側2基、両翼で4基のエンジンを持つB747のパイロットだった)で、バードストライクについて触れている。バードストライクとは文字どおり鳥類との衝突事故で、ときにエンジンの致命的な損傷を引き起こすことがある恐ろしい現象だ。とりわけ離陸時の衝突は深刻だが、「最悪のバード・ストライクは現実に起こり得る可能性があるのだ」(140ページ)。

  そこで、著者は同僚らの協力を得ながら、ジャンボジェットの離陸中にバードストライクにより片側2基のエンジンが停止したという条件をテーマに、シミュレーター(「ほしい是!」と思ったら、1台30億円と知って嘆かわしくも断念・笑)を用いてその生還への道を探った。それは、
>何回墜落したことだろう。(中略)いくらシミュレーターでも、地上に衝突する瞬間は気持ちのよいものではない。(142ページ)
  というその繰り返しであったという。そして数知れぬ試行錯誤を経て、ついに生還を果たしたのだが、いうまでもなくこの訓練はこの種の事故を撲滅したいというその一点に収斂するものだ。

  ほんの一例だけを挙げてみたが、本書は航空機の操縦という仕事に留まらず、人間や社会が起こり得るピンチをいかにして乗り越えるべきかという大テーマをも内包しているようにも思える。失敗は成功のもとではないが、成功のもとを紡ぎ出せるだけのセンスを磨き、成就させるための努力を怠ってはならない。そんな提言とも受け取ってみるのだがどうだろうか?

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  そうした著者の思想は、本書『機長の失敗学』(講談社・2003年)でも濃密にまとめられている。そのまえがきには、
>パイロット(コックピット)の「失敗学」は、一般社会で使われるものと少しニュアンスが異なる(中略)。(パイロットの場合)自らの大きな失敗は絶対に許されないからである。いうまでもなく飛行中の失敗は、重大事故、死を意味し、ゼロからの再出発はありえない。
  とあり、読者はただならぬ感想をここで抱くかもしれない。
  前半では“御巣鷹山事故”を起点に、同様の事態を想定した生還への可能性を探っている。そのほか、前掲書でも取り上げられたいくつかの事故にも触れ、緊急事態に対する提言を展開。乗客たる一般読者にとって手出しのできない世界ではあるが、多くの想定されうる危機にあっても、生還がけっして不可能なことではないとのメッセージを個人的には汲み取った。

  しかし、本書で面白いと思ったのは、そうした事故に対する「失敗学」よりも、むしろそのあとで語られている航空現場における日常的な改善への提言であった。10章ではメキシコ〜バンクーバー〜成田〜香港というコネクション(乗り継ぎ)に起きた遅れとその対応や、つづく11章では、夜間便の出発間際に発生した機体の不具合を受けて、到着地である香港の門限に間に合わせるために試みた著者本人の体験などを紹介。航空に関するあらゆる分野(操縦はもとよりメカニックや気象、発着空港の状態、保安、取り決め、当日の搭乗客の様子などなど)を熟知し、新たに起きた事態に対していかに的確かつ迅速な判断を下してゆくか?  数々の実例や提言を読み込んでゆくのはなんともスリリングであった。

  ついでながら、件の先輩に著者が何度か指摘している宇宙線被爆の問題についても訊いてみた(「うちゅうせん」と質問して当然のごとく「宇宙線」の話だと理解した先輩N女史であった)。
「杉江さんは、宇宙線被爆についてもたびたび問題提起していますね」
「たしかに、パイロットで早くに亡くなるひとは多いです」
  そのときは「やはり……」と思ったものだったが、ではさて、同様に被爆しているハズの客室乗務員はどうなのだろう。ウッカリ訊き忘れてしまった。

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  ここで取り上げた3冊以外にもいくつかの著作に触れてきたが、興味を引いたことのひとつに航空機のハイテク化がある。さすがに専門的なメカニックを理解できるだけの知識も頭脳も持ち合わせていないものの、航空分野におけるハイテク技術の進歩には、いまさらながら感心させられる。
  ただやはり問題はあるようだ。著者がいくつかの著作で繰り返しているのは、コックピットの設計にあたって、その操縦者たるパイロットの意見や生理がほとんど反映されることなく技術ばかりが進化しているというのである。前掲書でも、たとえばMD-11とB747とを比較し、パイロットとしてMD-11コックピットの不合理ぶりを明らかにしている。ここでは詳細は割愛するが、一例として異常時における操縦をメーカー側がなんら考慮していないと指摘。非常用計器類が極めて目視しづらい位置に配置されているのは、多重装備となったコンピュータ管理のシステムのすべてが故障することはありえないというメーカー側の主張に対し、「過信」であると論破しているのだ(つまり、わが社の航空機では、非常用計器が必要となる事態など訪れるハズがないのだから、そんなものは形だけつけておけばいいというセンス)。

  本書『危ういハイテク機とLCCの真実』(杉江弘・扶桑社・2013年)では、いくつかの事故を例に挙げながら、操縦現場におけるデジタル化に潜む危険性などについて言及している。そのなかでは、速度計の違いなどは門外漢にもわかりやすいだろう。すなわち、従来型の指針型(アナログタイプ)と数字型(デジタルタイプ)である。自動車でもデジタルタイプが導入されたこともあったが、現状ではどうだろうか?  指針によって直感的に速度(加減速を含む)を捉えやすいアナログ型と、画面にある具体的な数字をアタマで理解しなければならないデジタル型……。まぁ、個人的には目覚まし時計に限っていえばデジタルに軍配を挙げるが、それも比較的操作がしやすい携帯電話などに限った話だ。日常的な、たとえば腕時計では絶対にアナログのほうが使いやすい。いわんやチマチマとしたモード切り替え(「複雑化したモードオペレーション」同書126ページ)を要するのでは、ミスが起きる可能性はケタ違いに高いのではないかと思うのだが。

  そんなモード切り替えミスに起因して多数の死者を出した事故のひとつが、1994年に名古屋空港で起きた中華航空機事故なのだという。モード切り替えの失念やその後の対応ミス、さらにそうしたケースにおいて事態を悪化させうる可能性を理解していながら抜本的な対策を取らなかったメーカー(「パイロットも知らなかった自動操縦装置のロジック」同50ページ)。コンマ何秒の世界で生死を決し得ない世界にあって、はたして技術の進歩は十全に応えているのだろうか……?

  また、エアライン機ではないが、きわめて重要と思われるつぎの指摘──。
オスプレイについてアメリカや日本の関係者は、しきりと機体に異常がなく、過去の数件の事故はパイロットの操作ミスや追い風が原因だったとしているが、パイロットの立場からいわせてもらうと、パイロットにとって操縦が難しい機体は、そもそもそれ自体の安全性に問題があるといわざるを得ない。(55ページ)

  ところで、著者は一連の著作のなかで、ハイテク化が進むなかにあって、本来人間が得意としている分野をあえて自動化することに対し疑問を呈しており、やはり興味を引いた。人間(アナログ)の得意分野を自動化する一方で、機械(ハイテク)が不得手な分野を人間が受け持つという逆立ちした世界。航空に限らず、いまいちど人類として考え直してもいいのではないかと思う。

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  もはや“古典”の部類かもしれないが、『危ない飛行機が今日も飛んでいる』(メアリー・スキアヴォ著/杉浦一機・翻訳監修/杉谷浩子・訳/草思社・1999年)も読んでおきたい一冊だと思った。
  内容はまさに表題のとおりで、著者の仕事上における体験などから、航空会社のみならず、それを監督するハズのFAA(連邦航空局)の怠慢ぶりなどが、ややエキセントリックな口ぶりによって白日のもとにさらされている。危険極まったLCCの代表格として知られるバリュージェット社における安全無視の体質やその結末(創業早々緊急着陸などのインシデントを繰り返した挙げ句に墜落事故を起こして会社もろとも失墜した)などは、背筋に冷たいモノが走るような緊張感をもって語られており、冒頭からどんどん引込まれてしまった(ついでながら、個人的には「バリュー」──格安が売り物──を名乗る製品やサービスは極力避けるようにしている)。が〜……。
  全体を読み終わってみれば、有益な話が多数語られている一方で、この著者はいったいぜんたいなにを訴えたかったのだろうという感想が浮かんでくるのを禁じ得なかった。

  とにかく前半ではFAAをはじめとするアメリカ合州国の役所のいい加減な仕事ぶりが暴露され、驚くとともにその顛末への興味を引いた。ところが、少なくとも本書のなかで、その顛末が語られることもなければ、いわんや一連の怠慢が改善されたかどうかさえ明らかにされないままになってしまっているのである(終章で語られる提言にも一般論の域を出ていない内容が目立つ)。

  驚いたのは11章「どの航空会社が安全か?」をはじめとする読者(航空利用者)向けの提言・アドバイスであった。たとえば、11章中盤では「運航停止などの処分を受けたことのある航空会社」として具体例を挙げている。そのなかでデルタ航空をはじめとするアメリカ合州国の航空会社の問題点を手厳しく指摘。また後段の「結論──常識を働かせて判断しよう」ではアメリカン航空の数多いインシデントを列記している。デルタもアメリカンも、ともに米国屈指の大手だが、自国の大手に対しても遠慮なく問題点を指摘しているともとれる(ユナイテッドやUSエアについても手厳しい)。このほか、自国における空港警備の問題点や実情などなかにはショッキングな報告もされているのだが、そうしておいて「結論」の筆頭が「アメリカの航空会社を利用しよう」となってしまうのはどうしたことだろうか。ここにはこうも記されている。

>仮に事故が起こった場合、アメリカの裁判所なら条約や法律の悪用を積極的に退け、はるかに公平な審判を下してくれるだろう。
  たしか、著者はそのアメリカ合州国の役所や航空会社らの怠慢インチキぶりをざんざん暴露していた思うのだが……?

  いまひとつ挙げておきたいのは、1981年に米国で起きた航空管制官大量解雇事件である。

・イ:このような熟練管制官不足は(中略)1981年には、レーガン大統領がストライキを理由に、1万1000人の航空管制官をレイオフ(解雇)した。組合の弱体化と新規の低賃金管制官の再募集が狙いであった。(『空のプロの仕事術  チームで守る空の安全』(杉江弘・交通新聞社新書)

・ロ:一九八一年に大規模なストライキが行われ、レーガン大統領が一万一千人の管制官を解雇した(『危ない~』182ページ)

・ハ:一九八一年、FAAはとんでもない規模のストライキが近く行われることを知り、それに備えていた。レーガン大統領が違法なストライキの参加者を解雇するつもりであることもわかっていた。(同207ページ)

  引用「ハ」については、「新人を呼び寄せるための餌として」年収の5%をボーナス支給したことなどに言及、それが10年以上経っても廃止されないままに支給され続けている点を指摘しているが、プラス5%の分母については一切触れられていない。

  ;ついでに揚げ足取りをすると、「夜の最終接続便に子どもを乗せるのは絶対にやめよう」との提言もある。ここでは子どもだけの旅を想定しているようだが、途中で足留めとなった場合を慮っての話のようだ。ところが……。

>ノースウエスト航空なら、おそらく子どものためにホテルの部屋を予約し、見張り役として社員をドアの外に立たせるだろう。しかし、サウスウエスト航空なら、子どもをバスに乗せてしまうかもしれない。(162ページ)

  このくだりには、訳者も苦笑したに違いないと想像するが、ノースウエストを何度か利用した友人は「へっ?」と絶句した(笑)。
  ちなみにいえば『航空会社の選びかた[海外旅行編]』(チャーリィ古庄・エイ出版・2007年)のノースウエストの項にはこう記してある。
>何かトラブルがあった際の対応は、「ノースウエスト」ではなく、「ノースワースト」と言われるぐらい良くない。トラブルでは筆者も何度も泣かされている。
  まさか乗客サービスにおいて人種・民族・国籍差別を同社がしていたとは考えたくはないが……?


  揚げ足取りはまだまだ可能な本なのだが、いまひとつ疑念を抱いたのは、この本そのものがある種の政治的プロパガンダとしての狙いも持っていたのではないかということだ。
  文中では連邦議会の議員らの動きも報告されているのだが、問題アリの例として、ことごとく民主党議員が、たいていは所属政党名とともに取り上げられているのである(実際にそのとおりだったのかもしれないが)。所属政党が記されていない人物のひとりにジェームズ・オーバースター(Jim Oberstar)があり、出だしで(著者が)期待して後段で(著者が)失望している。調べてみると、この人物も民主党議員で、2010年11月の選挙で共和党候補に敗北していたことがわかった。
  原著が発売された1997年3月は第2期クリントン政権がスタートした直後であり、この推論を裏づけることにはならないが、著者の思惑が気にかかるところではある(別段、プロパガンダであろうとなかろうと、この場合は本質的にはどうでもいいことではあるが)。

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  ところで、LCC。「格安航空会社」とも呼ばれ、フルキャリアと比較して格安ないし割安な運賃を武器にその勢力を伸ばしている。たしかに安価な運賃は魅力だし、使い方によってはかなり便利な乗り物だろう。「ローコスト」だからといっても、少なくともわが国においては大事故は起こしていないなど、一定の評価はできるようにも考えている。しかし、あくまで個人的な見方だが、LCCの普及とともに、航空運賃はむしろ値上がり傾向にあるのではないかという気がしている。

  たとえば、このごろ目立つことのひとつにリゾート地などを結ぶ路線を中心に、フルキャリアが傘下のLCCに運航を移管していることが挙げられるだろう。
  個人的な話になってしまうが、目下ボルネオ島の取材を計画していて航空運賃を調べてみた。東京からの直行便もあるが、運航日限定のため、クアラルンプールやバンコク、シンガポール、あるいはソウルなどでの乗り継ぎが候補に挙がった。LCC路線としてはエアアジアグループ同士をクアラルンプールで乗り継ぐこともできるが、LCCは基本的に連絡運輸(コネクション)をしていないので、遅れなどのさいの不安が拭えないし、手荷物ぶんの運賃付加だってバカにならないから候補としての順位は低い。

  ところが、バンコク経由にせよシンガポール経由にせよソウル経由にせよ、東京とそれらの都市間はともかく、ボルネオ(コタキナバル)への乗り継ぎ便はマレーシア航空を例外としてことごとく大手傘下のLCCなのである。ただし、1冊の航空券として連絡運輸をしているらしく、形としては運航会社が子会社になるだけの話のようにも思える。だが、予約はあくまでフルキャリア(親会社)のそれとなり、LCCの売り物であるハズの格安運賃が適用されるワケではないようなのだ(つまりソウル経由OZ・アシアナとRS・エアソウルとの乗り継ぎとした場合、全行程が「OZ」となり、割引運賃もOZのレートが適用されている)。機内サービスはLCC仕様なのにである。この場合、たとえば成田〜仁川間と仁川〜コタキナバル間とを別途に購入すれば、エアソウルの安価な航空券が利用できるかもしれないけれど、仁川では一旦韓国に入国したうえで改めてチェックインする必要があるなど煩わしい。だからといって、わざわざ高い運賃を払ってLCCに乗りたいとは思わない。

  一方、フルキャリアが正規割引を含む格安運賃を縮小する傾向も見てとれる。ひとつは、プレミアムエコノミーの導入やビジネスクラスの拡大によるエコノミークラスそのものの縮小。いまひとつは正規割引航空券の価格や販売数の見直しである。それをカバーするためか、大都市間であろうと便の一部を傘下LCCに置き換える動きも見られ、フルキャリアにおけるエコノミークラスの扱いが姿を変えつつあるように思えるのだ。現状では、フルキャリアでも格安レベルの運賃が設定されているが、この先ははたしてどうなるだろうか?  くわえて、気がついてみれば旅行代理店の「格安航空券」が姿を消しつつあるし、同種と思われる航空券(予約クラスなどから推測)も軒並み価格が上がっている……。

  さて、本書『激安エアラインの時代  なぜ安いのか、本当に安全なのか』(杉浦一機・平凡社新書・2012年)では、LCCについてのみならず、航空運賃の変遷などについてわかりやすく解説。現在の主流となっているゾーンPEX運賃の成り立ちやその経緯、航空自由化の歴史や航空連合(アライアンス)の流れなど、複雑になりがちな航空業界の仕組みを、利用者目線でまとめた一冊となっている。この分野の変化は刻々と変化しており、本書の発売からわずか5年間でその状況はだいぶ変わってしまった面もあるが、マニアならずとも、ヒコーキ愛用者にとって一読する価値の大きい著作だといえるだろう。

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  同様に、この『墜ちない飛行機  安全なエアライン、機種を選ぶ』(杉浦一機・光文社新書・2004年)も、エアラインの基礎知識的な一冊だといえそうだ。発刊から十数年が経っていることもあって情報が古くなっていることは否定できないものの、事故やインシデント、その背景などについてわかりやすく解説されており、一気に読み進めることができた。

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  ついでに(?)こんな一冊もо(^ヮ^)о
  本書『一九五二年日航機「撃墜」事件』(松本清張・角川文庫)のモチーフとなった「もく星号墜落事故」(1952年)は、いまだその真相が明らかにされていないナゾに包まれた航空機事故(概略はWikipediaなどをご参照)。詳細については割愛するが(1ウォンにもならないってのにここまで長々と“でまかせ”を書き並べてきてくたびれMASITA・笑)、現実とフィクションとを巧みに紡ぎあげるという著者お得意のストーリー展開はどこまでもスリリングであった。
  そういえば、あの御大・西村京太郎を挙げるまでもなく、「鉄道ミステリー」は数多いが、「航空ミステリー(小説)」はかなり未開拓なような気もする。う〜〜〜む……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  おまけ。そんなこんなで鉄道モノから航空モノに浮気中な昨今だが、そうすれば“以心伝心”なんてこともある。何度か製作を手伝ってきた「のりもの勝席ガイド」(イカロスMOOK)の最新版(2017ー2018)では、航空ページを担当させていただいた。日本で運航されている国内・国際線定期旅客線全線をフォロー、各フリートの座席表を中心に現状を網羅したものだ。
「最近、ヒコーキがお好きですよね? どうですか、今回はコレで?」
「いいですね^^!」
  と二つ返事で“安請け合い”したはいいものの、そのデータ整理は想像以上に大変なものであった(笑)。
  それはともかく、ぜひぜひ一家に一冊。オススメのシリーズでごぢいますо(^ヮ^)о

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