2017.10.18

嗚呼、Dという世界! 大韓本小咄(ほか)・・・の巻

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  え〜、ただいま大韓散歩中でありますо(^ヮ^)о
  で、数ある大韓関連本──というよりあまたの旅行記のなかで傑作中の傑作だと長年にわたり確信しているのが一連の『ディープ・コリア』(DK)でありまッスムニダ。青林堂版(定本DK)からの愛読書なので、かれこれ20年以上のつきあいであることは間違いないが、その愛着ぶりを記すならばこんなこんな感じになる。

  ある年の大晦日のィ夜、盟友Sより電話アリラン……。
「なにやってた?」
「ディープコリア読んでた」

  オレからすれば事実をそのまま述べただけにすぎないが、ことのほかSがウレシがってくれたので、以来、「大晦日といえばDK」となって今日に至る(さすがに旅行先にまでは持参しないが……、荷物になるし・笑)。

  それにしても二十余年。当時は韓国語はおろかハングルの読み方でさえさっぱりわからなかったが、そのあたりが“解読”できるようになると、あれこれ見えてくることも少なくない。そのうち、ちょっとばかりギョっとしたのが、湖南線を往く満員の「ムグンファ号」の車内で著者らが出会った赤シャツのチョンユンギ青年、その彼が書き記した自らの住所である。いわく、「大韓民国全羅北道益山郡`*金馬面新龍里私書箱11号通信隊」(*益山郡=現・益山市)。益山市金馬面はあれこれ史跡のあることで日本人にも知られているが、ふと思って調べてみると、彼の記した連絡先ってのは、どうやら徴兵中の彼が勤務する軍隊の駐屯地のようであった……。

  ところで。最近になってこの傑作シリーズの意外ともいえる見落としを発見した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  表紙カバー(より厳密にはカバー裏だが)は、本来こうするべきだったのではアルマイトの弁当箱?

  それにして、も。
  なかには真面目すぎる悪評やとんでもない勘違いを受けている面もあるらしい本書であるけれど、大韓通いをはじめる数年前、大韓ツウの同業者Yさんと大韓話になったところ、彼はこう言い切ったものだ。
「わはは、そっちできましたか。でも、あの本(DK)に書かれてあることは本当ですよ」

  残念なことに、往時からすればかなり薄味になってしまったようではあるが、それでもDK世界にある種のやすらぎを覚えつつ、なんのと言い訳を弄して繰り出したくなってしまうのが大韓なのでありMASU。

  しかし、この最新版である『元祖〜』(K&Bパブリッシャーズ刊)ではちょっとしたショックも……。
  片隅につけくわれられたつぎの記述。

>著者の意向により、この目次は一部を除いて、実際のページ数、ページ内容と違います。(P367。『豪定本〜』ブルース・インターアクションズ刊の採録部分)
>P575〜P600のノンブルに整合性が無いのは、著者の意向によるもので落丁ではありません。(奥付)

  ンなこたぁ、いちいち断られなくても、本書を買うような読者がヤボなことを騒ぎ立てるとは思えないのだが、だれの「意向」による“おことわり”の類なのだろうか……?  たしかに、前者では「もくじ」と本文との内容はその大半が異なっているし、後者ではノンブルの一部が飛んでいる(もっとも、本文を読んでいて件の個所で「落丁」なんぞと思うとしたら、よほどの前衛的読者であろう)。
  この最新版の“おことわり”が著者の「意向」なのであればケチをつける筋合いのモノではないけれど、できることなら、世間の目を気にしたにすぎないなんていう事情でないことを祈る。

  いまひとつは『豪定本〜』から登場した薬山温泉のつぎのくだり……。

>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『豪定本〜』2002年)
>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『元祖〜』2013年)

  オレが当地を訪れたときは、件の薬山温泉ホテル(宿はココだけ)が改装なのか廃業なのか、半ばガレキ状態だったためその夜をすごすことがかなわなかった。しかし、そのときの直感からすれば「ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて」はまさにそのとおりだったに違いない。

  なにがいいたいか?  それこそヤボなのかもしれないと自らを戒めながらも、ココに“イイ顔”もポンチャックもブタの運搬もじいさんの亡骸もインドと有明のイヌもケンチャナヨすら汚物のごとく排除されたわが祖国(ついでに大韓もか?)の情けなさを勝手に重ね見てしまったのである……。ほんの蛇足ではありますが。

Kankokunotabi

  もうひとつのDK的存在として、この『誰も歩かなかった韓国の旅』(宮原誠也・昭文社・1997年)も愛読している。
  昨今でこそ一般の旅行案内書にも大韓の地方や地方中の地方、あるいは著名観光地とは無縁な土地や物件が取り上げられることも珍しくなくなったが、かつて大韓のそんな土地やひとびとに目を向けていたメディアはDKなどごく限られた存在にすぎず、そんななかにさりげなく現われたのが本書であったようだ。愉快なのは、ガイドブックの体裁を整えておきながら著者の主観や思いが随所にちりばめられていることで、あたかも大韓の食堂で大衆的なメシをごちそうになりながらざっくばらんな大韓話をうかがっているような楽しさに満ちているのである。もちろん参考になる記述も満載。本書を読みながら、再訪への興味がわく土地も数多いのであった。

Jeondongyangha

  そういえば、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)を開いてみれば、その大韓の巻(下巻)にひとも羨むようなDK体験が綴られていて、何度読み返してもグっときてしまう。

  DKにあれこれ紹介(?)されているが、日本やほかのあまたの国々でそうであるように、大韓にも有名無名の遊廓街というものがある。そのうちもっとも著名だと思われるのがソウル東大門区にある清凉里588であろう。あるとき、友人Tの反応を面白がるべく見学に連れ出したところ、「いやぁ、(店先に立っている女の)みんながみんながモデル級ばかりだねぇ」と妙な感心をしていたものだったが、「行ってきていいYO」とそそのかしたところ、「お前が見てるから行かない」と一笑に付されてしまいMASITA(突撃モードになられても困ったのであろうが・笑)。本稿を記すにあたって調べてみたところ、すでに撤去が進み、現在はまったくなくなったか、わずかに細々と火が灯っているだかといった状況らしいが、DKにもあるとおり、かつては相当に現実離れした世界が繰り広げられていたようだ。

  で、そうと知ってか知らずか、無防備にも紛れ込んでしまったのが若き畸人・藤原新也であった。
  清凉里界隈のとある暗がりの路地を歩いていた藤原、いきなり闇のなかから飛び出した腕に抱え込まれてしまったのである。咄嗟にはなにごとが起きたのかわからず、しかしやがてそれがいささか強引な女郎部屋の呼び込みであることを理解したのだが、なんにしてもそんな“買い物”なんぞするつもりがないのだから迷惑な話だ。ところが、その女──還暦ごろと思われる──が肥満した大柄のガタイを武器に、怯む気配をみせずに力一杯挑みかかってくるのだからタマラナイ*。服を掴まれて引っぱられるわ、体当たりを喰らわされて部屋に投げ込まれるわで大騒ぎの明け暮れですといっとところだが、
>部屋はひどく狭かった。化粧品とニンニクと醤油の混じり合ったような匂いがした。狭い床いっぱいに蒲団が敷きっぱなしになっていて、その上にトイレットペーパーが二つころがっていた。(同書244ページ)
  という描写には戦慄が走る(笑)。

  そんな格闘を繰り広げつつ、おばはんが娼婦を呼びに行っている間に逃げればいいと気づいた藤原、観念したフリをして「女どこよ?」とおばはんに問いかけた。それに対するおばはんの返事──。
「わしじゃわ!」

  でまぁ、そのあとも平手打ちを喰らうやらで往生したようだが、笑いを誘われつつも同時に悲しげな感情もわき出してくる。そんな情景やココロのやりとりを垣間見つつ、「ぁあ、DKだなァ……」との思いがジワジワと心身を包み込んでゆくのであった。

*たぶんこんな感じであったのであろうо(^ヮ^)о
「ノー、ノー!  ナヌン、イルボンサラムカンガンゲ、アンデヨ、アンデヨ!」
「아니〜〜괜찮아〜(アニ〜〜、ケンチャナ〜^^)」

Jeondongyang

  もっともっとジックリと藤原新也の大韓話を読んでみたいと常々思いつづけているけれど、それでも前掲書のほか『逍遥游記』(朝日文庫)などで少しずつ語られているので、同じ文章を幾度となく読むこととなる。
  そんななか、写真中心にまとめられたのが本書『全東洋写真』(新潮社)である。いうまでもなく、ここで写真を通じて綴られているのは大韓だけではないが、東洋の西の果てから旅立ち、次第に東へと歩んでゆく道ゆきにあって、大韓の描写にふと目が止るとともに、ある種の懐かしさが込み上げてくるのであった。それは、『逍遥游記』で語られているオンドルにも通ずる安心感であり、温もりでもある。どうやら、そういう時空こそが、オレがあれこれ歩き回りつつ探し求めているものなのかもしれないなどと思いつつ……。

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  ところで、大韓から東南アジアへのプチ浮気をしている昨今ではあるが、某編集部のMさんから「参考にどうぞ」とプレゼントされたのが『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)であった。
  いやぁ、面白い!  単純にタイの鉄道の旅を網羅した旅行案内書なのだが、読んで楽しく、しかも大いに参考になっている。

「すごい本をいただきましてね。大袈裟かもしれませんが、究極の鉄道ガイド本というか、少なくとも汽車旅ガイド本の“あるべき形”として完成しているように思うんです」
  これは、“師匠”でもある故・野口冬人に本書を見せたときの話だが、事務所でひととおり見たあと、食事の席でもふと気になったのか、「あの本、もう一度見せてくれ」と熱心に内容を検分していたのを思い出す。

  欲をいえばもう少し文章による説明を深めたり表組を用いてもいいような気がしないでもないけれど、明解な内容は細部にわたり目が行き届いている。くわえて、繰り返し読めるガイド本であるというその一点だけでも、本書がお気に入りかつオススメの一冊となっているのであった。オレもがんばらねば!

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  残念なことに、DKに匹敵するディープな旅本というのは、じつはあるようでなかなかないものだ。貴重な例外として『インドでわしも考えた』(椎名誠・集英社)からはDI(ディープインド)を感じる。同行の編集者や写真家まで登場させながらもあんなに面白い紀行文に仕上がるとは……というのはついでの感想だが、ようはああいう話でもある。

  そんななか、本書『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)は、決してDT(ディープタイランド)ではないものの、タイという国やそこで暮らすひとびとと密着した一冊として、ところどころではあるけれど深めの世界を提示してくれている。しかし、自分自身もまた好きなように歩き回っているけれど、そうそうはハマリ込めないものなのだといまさらながらに思う。いうまでもなく「D」という世界にである。

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  おまけ。マウリツィオポリーニは大リスペクトするピアニストのひとり。とりわけ、かれこれ35年以上にわたり愛聴してきたショパンの前奏曲集や練習曲集などを聞くたびに、そうそうはああいう演奏はできないとの思いを新たにする。で、あるときなんの気なしにネット通販を検索していたらこのインタビューDVDが目に入ったのでさっそく購入。ここにももちろん「D」の世界が満載ではあったが、音楽の話とは異なるところでドキっとさせられたところがある。

  じつはまったく知らなかったのだが、ポリーニはイタリア共産党の党員なのだという。ただしイデオロギーからの参画ではなく、当時のソ連よるプラハ侵攻に対してイタリア共産党が真っ向から批判を繰り広げたことなどから「リベラル」の受け皿として党員となったことが語られている。こうしたエンタテイメントに関するインタビューで、そうした政治的な問いをぶつけるインタビュアーも立派だが、正面から答えるポリーニからもまた学ぶべき点が多いと思う。とりわけ、権力側におもねっていないという点で。

  その話の流れのなかで、(イタリアにおける)右翼への批判が展開されている。具体的な言及はないものの、相当に酷いありさまらしく、当時をして最大級の罵倒をぶつけたかったようだ。ところが、昨今の状況はさらなる悪化の一途を辿っており、ポリーニいわく「最低」をしのぐ形容詞が必要だという。
  う〜む。いっそのことポリーニの“リクエスト”に対し、「ABE」というのを輸出したらいいのではないかと思ったものだが(なんか、大韓ではそのテの用語が裁判沙汰にすらなったそうですなぁ。「お前はABEみたいだ!」とかそういうのが「名誉毀損」──ネタにされた側にではなく、「みたいだ」と罵られた側に対して──とされたとかされないとか。イイ話ですな)、世界のあちらこちらで不穏なよどみが拡大しているのがなんともおそろしい……。

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2017.10.12

ヒコーキ本も楽しからずや・・・の巻

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  近ごろ凝っていることのひとつにヒコーキ本がある。長年にわたり「汽車旅愛好家」を自称してきたし、仕事でもなにかと鉄道モノに関わっているけれど、大韓をはじめとする外国取材が多くなれば、必然的に飛行機のお世話になる機会が増える。すると、鉄道趣味と同様に、座席や室内設備のバリエーションや航空会社ごとのサービス、航空運賃といったヒコーキ旅に直結する分野はもちろん、運航ダイヤや航空機の運用、危機管理対策など裏方的な面にも興味がわいてくるものだ。

  あくまで個人的なものだが、不思議なことに鉄道におけるそれと航空におけるそれとの違いがある。鉄道ではメカニックの分野にはさほどの興味はなく、「電車好き」であればいちどは憧れるであろう鉄道車両の運転にも、子どものころを含めてソソられた覚えがない(運転室後方などから前面展望を楽しむのは好きだが)。ところが、これが飛行機になると自ら操縦したくなってしまうのだから始末が悪い。クルマで、自宅車庫から大通りに出るまでを「タキシング」と呼んでみたり、直線道路でついついセンターライン上を“名古屋走り”しながら思いきり加速したくなったり(してませんよ・笑)、操縦桿と化したハンドルを引上げたくなったりというのは童心に返った中年男のお遊びではあるが、たとえば効率的な揚力を得るための翼の仕組みなど、鉄道ではほとんど関心がないハズのメカニックについても、そのひとつひとつが面白く感じられるのだからわからない。

  ヒコーキ本にもさまざまな分野があり、それぞれに個性的な著者が活躍している。そんななかでシンパシーを感じるのが本書の著者・チャーリィ古庄である*。詳しくは次項で述べるが、ある種「でもやるんだよっ!」を体現した航空写真家であり著述家だ。どの著作も面白いが、この『旅客機の一生物語』(イカロス出版・2013年)はとりわけ傑作のひとつだと思う。

  内容は表題のとおり。各章の大見出しを列挙すると、
>旅客機の開発>旅客機の誕生>デリバリー・フェリーフライトと就航準備>旅客機の運航>旅客機の終末
  となる。飛行機の設計から商談、誕生、エアラインへの引き渡しなどが詳細なルポなどとともにわかりやすく解説されてゆく。2大メーカーであるボーイングとエアバス両社の組み立て工場のルポや購入された飛行機が本拠地へと引き渡されるフェリーフライトの様子などは、部外者にはなかなかお目にかかれない分野ということもあって読みごたえがあった。

  個人的にソソられたことのひとつに「シップパターン」と呼ばれる航空機の運用がある。簡単にいえば、1機の航空機が、日々どのような行程をこなしているかということで、このブログでも航空時刻表から推理した話をアップしたことがあるが、本書ではそれをじつに面白くまとめている。たとえば、羽田を起点に、富山や米子、高知、鹿児島、神戸、札幌、沖縄……という運用を1週間でこなす例(全日空・B767-300)や、ブエノスアイレス→パリ→ドバイ→パリ→サンパウロ→パリ→成田→パリ→ベイルート……(エールフランス・B777-300ER)といった具合。まぁ、鉄道の「時刻表」が好物なゆえ、こういうのに興味を持つのは自然のなりゆきではあるのだが……。

  終章「旅客機の終末」では、引退後のあれこれが、解体現場などのルポをまじえながら綴られている。本書のほか『ホントにある!! 世界のビックリ空港探訪記』(イカロス出版)でも紹介されているが、B747をまるごと宿泊施設としたストックホルム・アーランダ空港のJumboHostel(誤植を発見・笑)にはぜひ一度訪れてみたいし、『世界おもしろヒコーキ旅』(エイ文庫)で著者が訪れているB727で暮らす米国人おとっつぁんの話もチラリと触れられており、読んでいるほうもまた、ヒコーキの一生、その面白さにのめり込んでしまうのであった。

  ところで、本書によってはじめて知った「トリビア」。とある路線の定期便旅客機には一風変わったモノが用意されているというのだが、搭載されていないものはつぎのうちどれでしょう?
  ・釣り道具
  ・猟銃
  ・投網

  正解は本日アップの末尾にてо(^ヮ^)о

*注:このブログでは原則として著名人──とりわけ著作分野やスポーツを含むエンタテイメント分野など──の敬称は省略することにしている。なぜかといえば、敬称省略こそがある分野で抜きん出た人物に対する本質的な敬称だと考えるからだ。そう考えるようになったのは比較的最近になってからだが、きっかけのひとつとして日々目にするネットのヘッドラインがある。たとえば、現役引退するや「氏」つきになってしまうスポーツ選手。あるいは不祥事を起こした挙げ句に本業ができなくなった芸能人(「引退」などと言われるが理解不能)の動向が「氏」つきで報じられる。なんだか形だけを無難に整えたかのようなそれらの「氏」つきに嫌悪に近い感情をなぜか抱いた。それに、まさか「夏目漱石氏」だの「坂本竜馬氏」などとは言うまい……ですよねぇ?

  もっとも……、「テレビやら新聞やら見とってね、《蝦子逮捕》って呼び捨てで出てんのと、《蝦子さん逮捕》って、さん付けで出てんのがあって、さんが付いていると、まァ、いいんですけどね、《蝦子》って呼び捨てだとね、傷つくんですよね、いかにも犯罪者みたいで、ヘヘヘヘ」(『電氣菩薩・上巻  豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)ってな話もあるワケですが。

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  同じ著者による『ビックリ飛行機でゆく世界紀行』(イカロス出版)は先に触れた『ホントにある!! 世界ビックリ空港探訪記』のいわば姉妹書。この2冊こそが「でもやるんだよっ!」の体現であり、読んでいるこちらとしては、そんなところにまで飛んでいった著者に対しあらビックリといった楽しさに満ちている。

  冒頭には「世界一短いフライトへの長〜い旅路」と銘打って、“飛行時間1分”という定期便フライトとそこに至るまでの「長〜い旅路」を臨場感たっぷりに再現。その現場は大英北部のオークニー諸島<フライト例→flightaware.com(PAPA WESTRAY AIRPORT)>。日本から見ればまさに空の果てといってもよさそうなスタート地点に辿り着くまでの旅人(著者)の労苦は、時間やその手間に加え金銭的な点でもまさに「でもやるんだよっ!」の世界であり、ィ世の中捨てたもんでもないもんだとウレシくなってしまうのだ。

  本書にはそんなヒコーキ旅が満載なのだが、分野や程度の差こそあれ、オレ自身が鉄道の旅という遊びに求めているのは、まさにこういう世界なのである。いうまでもなく、そんな旅を自分なりに本としてまとめたいからこそこのブログでタレ流しているような汽車旅に赴いているのであり、コトあるごとに編集者をけしかけていたりもするのだけど……なんてボヤいている場合ではありませんわな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  読み物ではないが、つい仕事のクセでこういう本も手元に置きたくなる。さしあたり最新にこわだるまでもないので、古書で入手したものの、昨今のエアライン業界の慌ただしさといったら……。

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  多少なりともヒコーキのお世話になりつつ、鉄道とあれこれ比較したくなるのは汽車旅派の性といえるだろう。ひとつわかったのが、上級設備の座席や付帯サービスは鉄道の敵ではないということ。逆に、ファーストクラスがいかにグレードアップしようと、こと設備に関していえば鉄道にかなわないだろうということである。

  まず、ビジネスクラスとJRのグリーン車とを比べてみると、機体やエアラインにもよるとはいえ、総じて航空機のほうがレベルが高い。昨今のビジネスクラスはかつてのファーストクラスをしのぐレベルであり、フルフラットシートはもちろん、流行のシェル型シートは極めて快適。後者でいえばJR東日本と西日本の一部新幹線車両にお目見えしているものの、「グランクラス」と名づけられた新カテゴリの料金が適用されているし、高速鉄道ゆえ乗車時間が限られていることなどを考えると、コストパフォーマンスの点であえて乗ろうという気にはならない。もちろんビジネスクラスも正規運賃で乗ろうと思えばべらぼうに近く(ただし正規運賃同士だとエコノミークラスとの差は意外なほど小さい)、ふだんエコノミークラスを割引運賃で利用している身からすれば、とてもじゃないがそんな贅沢をする気にはなりようハズもない。

  ところが、エアラインには鉄道にはみられないサービスがあるのだから面白い。エコノミークラスのそれも格安航空券利用者に対してさえ、ときにビジネスクラスをふるまってくれることがある(座席だけの場合と食事サービスなどを含む場合とがある)。また、マイレージを使ってアップグレードをしたり、特典航空券によるビジネスクラスの旅を楽しむこともできるため、意外とささやかな贅沢をできる機会に恵まれるものなのだ。また、空港ラウンジや食事のサービスなどはほとんど航空の独断場である(鉄道でもごく一部にみられるが)。

  一方、ファーストクラスでは個室タイプやシャワー室つきまでが出現。ハイレベルな食事はもちろん、なかには高級車による空港送迎サービスを取り入れたエアラインがあるなどつかの間の「王侯貴族」気分を味わえる。運賃もべらぼうではあるが、一度ぐらいは体験してみたいような気がしないでもない。

  ところが、少し前であればわが国の鉄道には、それをしのぐ設備があった。「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」などにあった「スイート」や「ロイヤル」といったA個室寝台にはダブルベッドや専用のシャワーも備えられていたし、「シングルデラックス」やB個室「ソロ」などにしても航空のファーストクラスをしのぐプライベート空間が約束されていた(最後の寝台列車となった「サンライズエクスプレス」の「シングルデラックス」は素晴らしく快適。列車の利便性だって抜群だ!)。さすがに送迎やラウンジこそなかったものの、別料金ながらフランス料理フルコースなども楽しめた快適空間を比較的気軽に体験できたのである(ついでにいえば新幹線にだって個室があった)。が〜。そんなわが国の鉄道が培ってきた極上サービスを自ら放棄したJR。昨今では自社の殻に閉じこもった遊園地の「お猿の電車」のような、そのクセ値段ばかりがべらぼうな上げ底漫遊列車が流行りのようではあるが、そんなカネを払うのであれば外国の高級列車の旅を選ぶよ、オレは(まぁ、車内外で日本語が通じるという点だけはありがたいのでしょうけれども・笑)。

  っと、話がそれてしまいMASITA。本書『ビジネスクラスGUIDE BOOK』(イカロス出版)は、ワンランク(いや、もっとか?)上の飛行機の旅を誌面で楽しめる1冊(日本発着航空会社のフリートやサービスなどを網羅した『エアラインGUIDE BOOK』<同社刊>も資料として重宝している)。
「へぇ〜、飛行機にもいろいろなサービスがあるんだな」
  といったところではあるが、日ごろ愛用している(?)エコノミークラスの座り心地についていえば、フルキャリアもLCCもあったものではなく、鉄道の特急普通車ほうが快適な場合が多いのが残念な航空業界ではある……。

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「杉江さんって、JAL内部での評価はどうなんでしょうか?」
  質問の相手はかつてJAL国際線で客室乗務員を務めていた先輩である。
  こういう問いを発したのは、この『機長の告白  生還へのマニュアル』(杉江弘・講談社・2000年)をはじめとする一連の著作において、著者がかなり率直な見方や見解を展開しているからである。タイトルからも想像できるとおり、著者は元JALの機長であった人物(本書をはじめ現役時代の著作もある)。もちろん、そうした率直な話こそがオレの求めるもので、こんな問いがアタマに浮かぶことからして不粋なのではあるのだが、まがりなりにもマヌケなニンゲン社会の一員である身としては、筋違いなリアクションをつい想像してしまうのは致し方ない。念のため、とくにヘンな話は耳にしたことがないとのことではあったが……。

  本書は、現役のベテランパイロットが、さまざまな航空事故例などを通じて、パイロットの立場を活かしながら安全への提言をまとめたものだ。
  あの“御巣鷹山事故”を筆頭に、テネリフェ空港で起きたKLMとパンナムとのジャンボ同士の衝突事故(1977年)や名古屋空港における中華航空機事故(1994年)など実際に起きた事故を題材としながら、その経過や原因究明に留まらず、仮に同様の事態に遭遇した場合、いかにして生還を果たすかという至上の問題に取り組んでいる点に本書の価値がある。航空機が事故に陥るさいのさまざま要因を掘り起こし、「どうしたら事故を減らせるか」、「いや事故を絶滅できるか」という問題(「まえがき」)に対し、まさに現場を預かる人物が迫っているわけだ。

  それぞれが難題かつデリケートな問題ではあるものの、オレのようなシロウトにもわかりやすくかつのめり込みやすく綴られてゆく報告や提言にはえもいわれぬ迫力がある。一例を挙げると、第5章「片側二基のエンジンが止ったら」(注:著者は片側2基、両翼で4基のエンジンを持つB747のパイロットだった)で、バードストライクについて触れている。バードストライクとは文字どおり鳥類との衝突事故で、ときにエンジンの致命的な損傷を引き起こすことがある恐ろしい現象だ。とりわけ離陸時の衝突は深刻だが、「最悪のバード・ストライクは現実に起こり得る可能性があるのだ」(140ページ)。

  そこで、著者は同僚らの協力を得ながら、ジャンボジェットの離陸中にバードストライクにより片側2基のエンジンが停止したという条件をテーマに、シミュレーター(「ほしい是!」と思ったら、1台30億円と知って嘆かわしくも断念・笑)を用いてその生還への道を探った。それは、
>何回墜落したことだろう。(中略)いくらシミュレーターでも、地上に衝突する瞬間は気持ちのよいものではない。(142ページ)
  というその繰り返しであったという。そして数知れぬ試行錯誤を経て、ついに生還を果たしたのだが、いうまでもなくこの訓練はこの種の事故を撲滅したいというその一点に収斂するものだ。

  ほんの一例だけを挙げてみたが、本書は航空機の操縦という仕事に留まらず、人間や社会が起こり得るピンチをいかにして乗り越えるべきかという大テーマをも内包しているようにも思える。失敗は成功のもとではないが、成功のもとを紡ぎ出せるだけのセンスを磨き、成就させるための努力を怠ってはならない。そんな提言とも受け取ってみるのだがどうだろうか?

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  そうした著者の思想は、本書『機長の失敗学』(講談社・2003年)でも濃密にまとめられている。そのまえがきには、
>パイロット(コックピット)の「失敗学」は、一般社会で使われるものと少しニュアンスが異なる(中略)。(パイロットの場合)自らの大きな失敗は絶対に許されないからである。いうまでもなく飛行中の失敗は、重大事故、死を意味し、ゼロからの再出発はありえない。
  とあり、読者はただならぬ感想をここで抱くかもしれない。
  前半では“御巣鷹山事故”を起点に、同様の事態を想定した生還への可能性を探っている。そのほか、前掲書でも取り上げられたいくつかの事故にも触れ、緊急事態に対する提言を展開。乗客たる一般読者にとって手出しのできない世界ではあるが、多くの想定されうる危機にあっても、生還がけっして不可能なことではないとのメッセージを個人的には汲み取った。

  しかし、本書で面白いと思ったのは、そうした事故に対する「失敗学」よりも、むしろそのあとで語られている航空現場における日常的な改善への提言であった。10章ではメキシコ〜バンクーバー〜成田〜香港というコネクション(乗り継ぎ)に起きた遅れとその対応や、つづく11章では、夜間便の出発間際に発生した機体の不具合を受けて、到着地である香港の門限に間に合わせるために試みた著者本人の体験などを紹介。航空に関するあらゆる分野(操縦はもとよりメカニックや気象、発着空港の状態、保安、取り決め、当日の搭乗客の様子などなど)を熟知し、新たに起きた事態に対していかに的確かつ迅速な判断を下してゆくか?  数々の実例や提言を読み込んでゆくのはなんともスリリングであった。

  ついでながら、件の先輩に著者が何度か指摘している宇宙線被爆の問題についても訊いてみた(「うちゅうせん」と質問して当然のごとく「宇宙線」の話だと理解した先輩N女史であった)。
「杉江さんは、宇宙線被爆についてもたびたび問題提起していますね」
「たしかに、パイロットで早くに亡くなるひとは多いです」
  そのときは「やはり……」と思ったものだったが、ではさて、同様に被爆しているハズの客室乗務員はどうなのだろう。ウッカリ訊き忘れてしまった。

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  ここで取り上げた3冊以外にもいくつかの著作に触れてきたが、興味を引いたことのひとつに航空機のハイテク化がある。さすがに専門的なメカニックを理解できるだけの知識も頭脳も持ち合わせていないものの、航空分野におけるハイテク技術の進歩には、いまさらながら感心させられる。
  ただやはり問題はあるようだ。著者がいくつかの著作で繰り返しているのは、コックピットの設計にあたって、その操縦者たるパイロットの意見や生理がほとんど反映されることなく技術ばかりが進化しているというのである。前掲書でも、たとえばMD-11とB747とを比較し、パイロットとしてMD-11コックピットの不合理ぶりを明らかにしている。ここでは詳細は割愛するが、一例として異常時における操縦をメーカー側がなんら考慮していないと指摘。非常用計器類が極めて目視しづらい位置に配置されているのは、多重装備となったコンピュータ管理のシステムのすべてが故障することはありえないというメーカー側の主張に対し、「過信」であると論破しているのだ(つまり、わが社の航空機では、非常用計器が必要となる事態など訪れるハズがないのだから、そんなものは形だけつけておけばいいというセンス)。

  本書『危ういハイテク機とLCCの真実』(杉江弘・扶桑社・2013年)では、いくつかの事故を例に挙げながら、操縦現場におけるデジタル化に潜む危険性などについて言及している。そのなかでは、速度計の違いなどは門外漢にもわかりやすいだろう。すなわち、従来型の指針型(アナログタイプ)と数字型(デジタルタイプ)である。自動車でもデジタルタイプが導入されたこともあったが、現状ではどうだろうか?  指針によって直感的に速度(加減速を含む)を捉えやすいアナログ型と、画面にある具体的な数字をアタマで理解しなければならないデジタル型……。まぁ、個人的には目覚まし時計に限っていえばデジタルに軍配を挙げるが、それも比較的操作がしやすい携帯電話などに限った話だ。日常的な、たとえば腕時計では絶対にアナログのほうが使いやすい。いわんやチマチマとしたモード切り替え(「複雑化したモードオペレーション」同書126ページ)を要するのでは、ミスが起きる可能性はケタ違いに高いのではないかと思うのだが。

  そんなモード切り替えミスに起因して多数の死者を出した事故のひとつが、1994年に名古屋空港で起きた中華航空機事故なのだという。モード切り替えの失念やその後の対応ミス、さらにそうしたケースにおいて事態を悪化させうる可能性を理解していながら抜本的な対策を取らなかったメーカー(「パイロットも知らなかった自動操縦装置のロジック」同50ページ)。コンマ何秒の世界で生死を決し得ない世界にあって、はたして技術の進歩は十全に応えているのだろうか……?

  また、エアライン機ではないが、きわめて重要と思われるつぎの指摘──。
オスプレイについてアメリカや日本の関係者は、しきりと機体に異常がなく、過去の数件の事故はパイロットの操作ミスや追い風が原因だったとしているが、パイロットの立場からいわせてもらうと、パイロットにとって操縦が難しい機体は、そもそもそれ自体の安全性に問題があるといわざるを得ない。(55ページ)

  ところで、著者は一連の著作のなかで、ハイテク化が進むなかにあって、本来人間が得意としている分野をあえて自動化することに対し疑問を呈しており、やはり興味を引いた。人間(アナログ)の得意分野を自動化する一方で、機械(ハイテク)が不得手な分野を人間が受け持つという逆立ちした世界。航空に限らず、いまいちど人類として考え直してもいいのではないかと思う。

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  もはや“古典”の部類かもしれないが、『危ない飛行機が今日も飛んでいる』(メアリー・スキアヴォ著/杉浦一機・翻訳監修/杉谷浩子・訳/草思社・1999年)も読んでおきたい一冊だと思った。
  内容はまさに表題のとおりで、著者の仕事上における体験などから、航空会社のみならず、それを監督するハズのFAA(連邦航空局)の怠慢ぶりなどが、ややエキセントリックな口ぶりによって白日のもとにさらされている。危険極まったLCCの代表格として知られるバリュージェット社における安全無視の体質やその結末(創業早々緊急着陸などのインシデントを繰り返した挙げ句に墜落事故を起こして会社もろとも失墜した)などは、背筋に冷たいモノが走るような緊張感をもって語られており、冒頭からどんどん引込まれてしまった(ついでながら、個人的には「バリュー」──格安が売り物──を名乗る製品やサービスは極力避けるようにしている)。が〜……。
  全体を読み終わってみれば、有益な話が多数語られている一方で、この著者はいったいぜんたいなにを訴えたかったのだろうという感想が浮かんでくるのを禁じ得なかった。

  とにかく前半ではFAAをはじめとするアメリカ合州国の役所のいい加減な仕事ぶりが暴露され、驚くとともにその顛末への興味を引いた。ところが、少なくとも本書のなかで、その顛末が語られることもなければ、いわんや一連の怠慢が改善されたかどうかさえ明らかにされないままになってしまっているのである(終章で語られる提言にも一般論の域を出ていない内容が目立つ)。

  驚いたのは11章「どの航空会社が安全か?」をはじめとする読者(航空利用者)向けの提言・アドバイスであった。たとえば、11章中盤では「運航停止などの処分を受けたことのある航空会社」として具体例を挙げている。そのなかでデルタ航空をはじめとするアメリカ合州国の航空会社の問題点を手厳しく指摘。また後段の「結論──常識を働かせて判断しよう」ではアメリカン航空の数多いインシデントを列記している。デルタもアメリカンも、ともに米国屈指の大手だが、自国の大手に対しても遠慮なく問題点を指摘しているともとれる(ユナイテッドやUSエアについても手厳しい)。このほか、自国における空港警備の問題点や実情などなかにはショッキングな報告もされているのだが、そうしておいて「結論」の筆頭が「アメリカの航空会社を利用しよう」となってしまうのはどうしたことだろうか。ここにはこうも記されている。

>仮に事故が起こった場合、アメリカの裁判所なら条約や法律の悪用を積極的に退け、はるかに公平な審判を下してくれるだろう。
  たしか、著者はそのアメリカ合州国の役所や航空会社らの怠慢インチキぶりをざんざん暴露していた思うのだが……?

  いまひとつ挙げておきたいのは、1981年に米国で起きた航空管制官大量解雇事件である。

・イ:このような熟練管制官不足は(中略)1981年には、レーガン大統領がストライキを理由に、1万1000人の航空管制官をレイオフ(解雇)した。組合の弱体化と新規の低賃金管制官の再募集が狙いであった。(『空のプロの仕事術  チームで守る空の安全』(杉江弘・交通新聞社新書)

・ロ:一九八一年に大規模なストライキが行われ、レーガン大統領が一万一千人の管制官を解雇した(『危ない~』182ページ)

・ハ:一九八一年、FAAはとんでもない規模のストライキが近く行われることを知り、それに備えていた。レーガン大統領が違法なストライキの参加者を解雇するつもりであることもわかっていた。(同207ページ)

  引用「ハ」については、「新人を呼び寄せるための餌として」年収の5%をボーナス支給したことなどに言及、それが10年以上経っても廃止されないままに支給され続けている点を指摘しているが、プラス5%の分母については一切触れられていない。

  ;ついでに揚げ足取りをすると、「夜の最終接続便に子どもを乗せるのは絶対にやめよう」との提言もある。ここでは子どもだけの旅を想定しているようだが、途中で足留めとなった場合を慮っての話のようだ。ところが……。

>ノースウエスト航空なら、おそらく子どものためにホテルの部屋を予約し、見張り役として社員をドアの外に立たせるだろう。しかし、サウスウエスト航空なら、子どもをバスに乗せてしまうかもしれない。(162ページ)

  このくだりには、訳者も苦笑したに違いないと想像するが、ノースウエストを何度か利用した友人は「へっ?」と絶句した(笑)。
  ちなみにいえば『航空会社の選びかた[海外旅行編]』(チャーリィ古庄・エイ出版・2007年)のノースウエストの項にはこう記してある。
>何かトラブルがあった際の対応は、「ノースウエスト」ではなく、「ノースワースト」と言われるぐらい良くない。トラブルでは筆者も何度も泣かされている。
  まさか乗客サービスにおいて人種・民族・国籍差別を同社がしていたとは考えたくはないが……?


  揚げ足取りはまだまだ可能な本なのだが、いまひとつ疑念を抱いたのは、この本そのものがある種の政治的プロパガンダとしての狙いも持っていたのではないかということだ。
  文中では連邦議会の議員らの動きも報告されているのだが、問題アリの例として、ことごとく民主党議員が、たいていは所属政党名とともに取り上げられているのである(実際にそのとおりだったのかもしれないが)。所属政党が記されていない人物のひとりにジェームズ・オーバースター(Jim Oberstar)があり、出だしで(著者が)期待して後段で(著者が)失望している。調べてみると、この人物も民主党議員で、2010年11月の選挙で共和党候補に敗北していたことがわかった。
  原著が発売された1997年3月は第2期クリントン政権がスタートした直後であり、この推論を裏づけることにはならないが、著者の思惑が気にかかるところではある(別段、プロパガンダであろうとなかろうと、この場合は本質的にはどうでもいいことではあるが)。

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  ところで、LCC。「格安航空会社」とも呼ばれ、フルキャリアと比較して格安ないし割安な運賃を武器にその勢力を伸ばしている。たしかに安価な運賃は魅力だし、使い方によってはかなり便利な乗り物だろう。「ローコスト」だからといっても、少なくともわが国においては大事故は起こしていないなど、一定の評価はできるようにも考えている。しかし、あくまで個人的な見方だが、LCCの普及とともに、航空運賃はむしろ値上がり傾向にあるのではないかという気がしている。

  たとえば、このごろ目立つことのひとつにリゾート地などを結ぶ路線を中心に、フルキャリアが傘下のLCCに運航を移管していることが挙げられるだろう。
  個人的な話になってしまうが、目下ボルネオ島の取材を計画していて航空運賃を調べてみた。東京からの直行便もあるが、運航日限定のため、クアラルンプールやバンコク、シンガポール、あるいはソウルなどでの乗り継ぎが候補に挙がった。LCC路線としてはエアアジアグループ同士をクアラルンプールで乗り継ぐこともできるが、LCCは基本的に連絡運輸(コネクション)をしていないので、遅れなどのさいの不安が拭えないし、手荷物ぶんの運賃付加だってバカにならないから候補としての順位は低い。

  ところが、バンコク経由にせよシンガポール経由にせよソウル経由にせよ、東京とそれらの都市間はともかく、ボルネオ(コタキナバル)への乗り継ぎ便はマレーシア航空を例外としてことごとく大手傘下のLCCなのである。ただし、1冊の航空券として連絡運輸をしているらしく、形としては運航会社が子会社になるだけの話のようにも思える。だが、予約はあくまでフルキャリア(親会社)のそれとなり、LCCの売り物であるハズの格安運賃が適用されるワケではないようなのだ(つまりソウル経由OZ・アシアナとRS・エアソウルとの乗り継ぎとした場合、全行程が「OZ」となり、割引運賃もOZのレートが適用されている)。機内サービスはLCC仕様なのにである。この場合、たとえば成田〜仁川間と仁川〜コタキナバル間とを別途に購入すれば、エアソウルの安価な航空券が利用できるかもしれないけれど、仁川では一旦韓国に入国したうえで改めてチェックインする必要があるなど煩わしい。だからといって、わざわざ高い運賃を払ってLCCに乗りたいとは思わない。

  一方、フルキャリアが正規割引を含む格安運賃を縮小する傾向も見てとれる。ひとつは、プレミアムエコノミーの導入やビジネスクラスの拡大によるエコノミークラスそのものの縮小。いまひとつは正規割引航空券の価格や販売数の見直しである。それをカバーするためか、大都市間であろうと便の一部を傘下LCCに置き換える動きも見られ、フルキャリアにおけるエコノミークラスの扱いが姿を変えつつあるように思えるのだ。現状では、フルキャリアでも格安レベルの運賃が設定されているが、この先ははたしてどうなるだろうか?  くわえて、気がついてみれば旅行代理店の「格安航空券」が姿を消しつつあるし、同種と思われる航空券(予約クラスなどから推測)も軒並み価格が上がっている……。

  さて、本書『激安エアラインの時代  なぜ安いのか、本当に安全なのか』(杉浦一機・平凡社新書・2012年)では、LCCについてのみならず、航空運賃の変遷などについてわかりやすく解説。現在の主流となっているゾーンPEX運賃の成り立ちやその経緯、航空自由化の歴史や航空連合(アライアンス)の流れなど、複雑になりがちな航空業界の仕組みを、利用者目線でまとめた一冊となっている。この分野の変化は刻々と変化しており、本書の発売からわずか5年間でその状況はだいぶ変わってしまった面もあるが、マニアならずとも、ヒコーキ愛用者にとって一読する価値の大きい著作だといえるだろう。

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  同様に、この『墜ちない飛行機  安全なエアライン、機種を選ぶ』(杉浦一機・光文社新書・2004年)も、エアラインの基礎知識的な一冊だといえそうだ。発刊から十数年が経っていることもあって情報が古くなっていることは否定できないものの、事故やインシデント、その背景などについてわかりやすく解説されており、一気に読み進めることができた。

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  ついでに(?)こんな一冊もо(^ヮ^)о
  本書『一九五二年日航機「撃墜」事件』(松本清張・角川文庫)のモチーフとなった「もく星号墜落事故」(1952年)は、いまだその真相が明らかにされていないナゾに包まれた航空機事故(概略はWikipediaなどをご参照)。詳細については割愛するが(1ウォンにもならないってのにここまで長々と“でまかせ”を書き並べてきてくたびれMASITA・笑)、現実とフィクションとを巧みに紡ぎあげるという著者お得意のストーリー展開はどこまでもスリリングであった。
  そういえば、あの御大・西村京太郎を挙げるまでもなく、「鉄道ミステリー」は数多いが、「航空ミステリー(小説)」はかなり未開拓なような気もする。う〜〜〜む……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  おまけ。そんなこんなで鉄道モノから航空モノに浮気中な昨今だが、そうすれば“以心伝心”なんてこともある。何度か製作を手伝ってきた「のりもの勝席ガイド」(イカロスMOOK)の最新版(2017ー2018)では、航空ページを担当させていただいた。日本で運航されている国内・国際線定期旅客線全線をフォロー、各フリートの座席表を中心に現状を網羅したものだ。
「最近、ヒコーキがお好きですよね? どうですか、今回はコレで?」
「いいですね^^!」
  と二つ返事で“安請け合い”したはいいものの、そのデータ整理は想像以上に大変なものであった(笑)。
  それはともかく、ぜひぜひ一家に一冊。オススメのシリーズでごぢいますо(^ヮ^)о

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2017.07.26

大韓に行かないで大韓を味わう法・・・の巻


  発売後のお知らせになってしまいましたが、ただいま発売中の雑誌「旅と鉄道・17年9月号」(山と渓谷社)に「世界の鉄道 途中下車の旅14 タイからラオスへの国境越えと寝台列車の旅」ほかを寄稿しております。書店等でお見かけしましたら、お手に取っていただければ幸いですm(__)m

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  という次第で、東南アジアに浮気しているような昨今ではあるが、そうこうしていると久々に大韓散歩へと繰り出したくもなってくる。ワケあって(?)、今年の11月以降に2度ほど訪れる計画を立ててはいるものの、それまではまだだいぶ間が空いている。そこで、書物だのネットだのを通じて大韓風味を楽しんでいたりするのだが、そうしていればこんなイカした本に巡り会うこともできる。

『大韓ロック探訪記  대한 록 탐방기』(長谷川陽平著・大石始編著/DU BOOKS)
  大韓を舞台に第一線で活躍しているミュージシャン・長谷川陽平については、いちおうは知ってはいたが、こんな楽しい一冊が出ていたとは、迂闊にも気がつかなかった。
  あるィ夜。ネット通販の検索窓に、ほとんど無意識のままに打ち込まれた「大韓ロック」の文字。別段なにを探していたのでもないのだが、経緯はともかくそうしてブチ当たってしまえば仕方がない。

  対談中心で構成された濃密な大韓話の数々。必然的に音楽シーンの話題が多くはなっているが、そこに流れる通奏低音は大韓そのものである。仮に大韓ロックそのものに興味がなくったっていい。大韓という響きにピピっときているとしたら、こんなに楽しく読める本もそうはないのではなかろうか。あの“『ディープコリア』シリーズ”と合わせ、ぜひ日常的に愛玩したい名著といえる。

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  大韓ドラマにもあれこれ傑作やら良作やら名作やら佳作やら駄作なんてのもあるが、イブシ銀的名作としてこの「王と妃」はぜひ見ておきたい作品だと考えてきた。といいつつ、全編を通してじっくり鑑賞したことはなく、要所要所をつまみ食いしてきた程度だというのを白状しなければならないが、そういうザマになってしまうのは、ひとえにコレが全186話という大河ドラマ中の大河ドラマであるがゆえ(オープニングでいきなり「대하드라마=大河ドラマ」と画面にドーンとお出ましに。自他ともに認める大河ドラマなのであった)。
  ひとくちに186話というけれど、1話あたりがおよそ60分弱、一睡もせずに見続けたとしても軽々1週間以上を要するのだから、並み大抵の覚悟では臨めませんわなぁ(そもそもそんなことをする意味が?)。ちなみに、わりと中味の濃い次回予告があるのだが(1分間程度)、その全195回ぶんだけをコレクションしても、3時間超。DVD1枚に収まり切らないのではないかというおそるべきボリュームなのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  で、このたび、唯一流通している“レンタル落ち”全93巻をコンプリート。その長丁場に挑むことになったというワケですо(^ヮ^)о

  話は朝鮮王朝第5代王・文宗の時代からスタート。即位したものの虚弱体質だった文宗は即位からわずか3年ほどで死去してしまうのだが、そのあとを継いだ息子のホンウィ(端宗)が11歳と幼なかったことなどが、一連の騒ぎの発端に。前半の山場は癸酉靖難と呼ばれる叔父・首陽大君による大粛清および王位剥奪事件で(ドラマとしてはショスタコービチの「交響曲8番」第1楽章のような脚本であり演出。癸酉靖難の回をみたあとにこの曲を聞いたら腑に落ちた)、全編にわたり王室や官僚あるいは宦官らによる権力抗争が繰り広げられるのだが、それをさらにドロドロとさせるのが後宮に巣食うおっかさん連中なのである。そのおっかさんたちのコワモテぶりがまたたらまんのですよ。ラストに向けてのハイライトは朝鮮王朝の“暴君”として名高い燕山君(第10代王)の大暴れであり、件の予告にも「いよいよ燕山君が登場!」のごとく扱われているのにもグっとくる。しかしそのころには秋になっちまうなァ……。

  でまぁ、そんな燕山君の大暴れにカタルシスを期待しつつ186話に挑むワケだが、そのマラソンの主役をなす仁粹大妃(というより役を演じていているチェシラ)がかもす迫力こそが、このドラマの根幹を牛耳っているといっても過言ではないだろう。のちに仁粹大妃と化す首陽の長男の嫁・ハン氏として最初から出ているのだが、山盛りとなった傍役のひとりでしかなかったその時代から、すっかりドラマの顔と化す文字どおりの変貌にもグっときてしまうのであった。

  ところで、この時代は数々の大韓時代劇で舞台に選ばれているが、この作品では「朝鮮王朝実録」などの歴史書を比較的忠実に沿っているといわれ(ときおり入る解説で、ときに「実録」の内容に疑問を呈していたりもするが)、時代劇であると同時に「歴史ドラマ」であるといえるだろう。なにがいいたいか?  大NHKが大韓時代劇を指してことごとく「韓国歴史ドラマ」などと銘打っているが、そのなかには100%のフィクションドラマも含まれており、NHK式の呼び方に違和感を覚えざるをえない。もちろん、「王と妃」にしても創作された部分は多々あるだろうし、作品の最後で述べられているとおり、残された“史実”が勝者側の“史実”にすぎない点なども考慮すべきではあろう。だが、NHK式の無防備な呼び方はどうだろうか。あたかも、フィクション(まったくの作り話)もまた「歴史ドラマ」、あるいは史実としかねないような危惧を、わずかながらも感じないではいられないのだが……。



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  さて、そんな「王と妃」は大韓における大ヒット作でもあった。1998年6月から2000年3月(長ぇ〜っ)というから、かれこれ20年弱前という古いドラマであるにも拘わらず、街を眺めればこんなレガシー(遺産)がそこここに散見されるというのも楽しからずやо(^ヮ^)о

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  看板の文字はドラマのまんま(多少は違えてあるかもしれないが)。書道の師範だかなんだか忘れたが、その程度にまで書道に勤しんでいたことのある我が母堂いわく「あの王の字、上下のバランスを崩してあるところがいいわねぇ」とのこと。篆刻家・チョンビョンネ(정병례선생님)の作ということで調べてみたところ、「ほしい!」と感じさせる作品があれこれあった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  コレはちょっと再現がいい加減ですな。

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  もとい、勝手に使って大丈夫なのかと思わないでもないが、きっとケンチャナヨなのであろう。そう思った。

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  飲み屋の一種。こうしてみたところ、飲み屋のほか韓服店、さらにノレバン(大韓式カラオケ屋)に好まれているようだ。

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  まぁ、王と妃ですからねぇ。たしかに韓服にはもってこいの屋号かもしれない。

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  民俗酒場。

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  この店はチェーン店のようだ。どうでもいいが。

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  王と妃は「왕과비」。しかし「왕&비」ってのはあまりにおっかさん(チェシラ)と燕山君をナメちゃいまいか?

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  で、燕山君。なんだって燕山君なのかといえば、看板にあるとおり「연산군연탄구이」(燕山君練炭焼=ヨンサングンヨンタングイ)、つまり「燕=ヨンと練=ヨン(ともに大韓語読み)」ってことなのではないかと推察するのだがぢうか?

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  この店は屋号の看板が捉えられていないが、同じく焼肉店である。生サムギョプサム3900ウォンってのは安くないか?

  それはそれとして、「王と妃」の前半を見るにつけ、「ぁあ、この男の目つきときたら、日本のどっかの政治家と同じですなぁ」と感心させられることしばし。内官(宦官)のオムジャチ(キムビョンギ)やキムヨン(ファンボムシク)、安平大君(チョンソンモ)あたりなんかとくにねぇ。テレビニュース(自称か?)なんかを見てると、どっかの国の与党政治家の見たくもないのに見せられることが多い面々にクリソツなんですな、コレが。このうち、役を演じているキムビョンギとチョンソンモは、ともに「砂時計」で悪役格というか“卑役”(造語)でイイ味わいを出していたが、「王と妃」でも期待どおりの仕上がりである。まぁ、いまのところ(?)燕山君がわが国にお出ましでないのが救いといやぁ言えるか……?

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  話かわりますけど。かように大韓ネタで寛いでいたら、こんなのを拾った(3冊ほど表紙画像をネットでみかけるが、いずれも同一の画像のみが流布されている模様。そのうちのひとつをココでも使わせていただいた。ぁあ、欲しいなァ……)。いかにもアヤシゲな雰囲気の「劇画」だが、金日成のルビが本名の「김성주(キムソンジュ)」になっているところがミソ(『劇画・金日成の寝室』パクブキル画)。

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  コレも拾いモノ。「道路脇(路肩)での性行為  交通事故誘発」ときた。類似のシロモノに国立公園内だかにあるらしい同じような意味の横断幕(섹스금지)があって大韓人を面白がらせているようだが、そちらは単純なフェイク。するとこちらもそのテかもしれないが、とりあえず面白いのでタウム地図で現場を捜索してみることにした。

  ちょっと見に全羅道の北部か忠清道南部を直感したが、よくよくみれば「全州国道」がどうのとある。ココまでわかればあとは単純。該当しそうな国道をネット上でドライブすればいいのだ。

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  で、あったо(^ヮ^)о  ワクワクしながら捜索を続行し、かれこれ6カ所ばかり特定しつつスクリーンショットを取ったのだが……、書いてある文句が違うではないか。「道路脇での販売行為〜」だって?  ったく、ガッカリしたとはこういうときの心境を指すんだよなぁ(笑)。

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  その現場のひとつ。

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  しかし、さらに調べてみたところ(ヒマ人ですね・笑)、コレはまったくのフェイクではない可能性が出てきた。なんでも最初に現われたのはまさしく「性行為(성행위)」云々(うんぬん)で、コレを見つけた某大韓人がネットにアップするや、世間をそれなりに楽しませたらしい。ところが、その騒ぎにクマった当局が、とりあえず「商行為(상행위)」と書き換えたというんですな。それが現段階では「판매행위(販売行為)」で落ち着いているということらしいのだが(つまり、성행위→상행위→판매행위)、そもそもがこの路肩で商売をするというのはムリがあるというか命がけだし不自然にすぎる。むしろ「性行為」のほうが、たぶん路肩にクルマを止めて云々(うんぬん)ってな話だろうから可能性がないワケでもないだろう(しかし、こんなところでそんなことをする意味が?)。

  それはそれとしても。コレが当初のママだったら、この現場に赴いて写真のひとつでも撮らないことには自分に対する示しってもんがつかないよなァ。ぁあ、でもこんなところまで往くのも面倒だなァ(全州あたりからタクシーをチャーターか?)。……でも、やるんだよっ!  というのをやらないで済んでホっとしたであります。

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  おまけ。だいぶ前に拾った「くむじ少年」。なんらかの事情でいきなりこのページに寄って下さった方にはなんのことやらわからないと思いますが……。「ドキドキラブコメディ」ねぇ……。大韓版「JUMP」に載っているのかいたかしたそうであります。


  おまけ。



  大韓語で歌ってみましょう♪

  으하하하!  으하하하하!
  (ウハハハ!  ウハハハハ!)
  황금박쥐!
  (ファングムバッチ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オディエソ オヌニャ ファングムバッチ)
  빛나는 해골은 정의의 용사다.
  (ピンナヌン ヘゴルン チョンゥイエ ヨンサダ)
  힘차게 날으는 실버 배터.
  (ヒムチャゲ ナルヌン シルボ ペト)
  우주의 괴물을 점멸시켜라!
  (ウジュエ クェムルル チョムミョルシキョラ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オデュエソ オヌニャ ファングムバッチ!)
  박쥐 만이 알고 있다.
  (パッチ マニ アルゴ イッタ)
※作詩:제일동화/作曲:타나카 마사시/大韓版の歌:?

  なんだって黄金バット(황금박쥐)なのかといえば、大韓ドラマ「まるごとマイラブ(몽땅 내 사랑)」のファンクムジ(황금지)が双児の弟オギョブにそう呼ばれてたのを思い出したから(単なるくむじつながり。とくにというか、まったく意味なし失敬の巻といったところだが、じつはアニメ「黄金バット」が日韓共同製作だったということをこの騒ぎのおかげで知ることとなった)。ついでのついでさらについでのの話ではあるが、「우주의 괴물을 점멸시켜라!」のところを「자민당의 바보들을 점멸시켜라!」にしたら楽しかろうと思う。

  という次第で、大韓に行かないで大韓を味わう法の巻でありMASITA。

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2017.03.22

ネコの歩く街・・・の巻


  ただいま国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  自主企画ページではありませんが(?)、隔月刊誌「旅と鉄道・2017年5月号」(朝日新聞出版・発売中!)に「台湾のローカル線探訪 平溪線とレトロタウン九份の旅」ほかを寄稿しました(4月号増刊「JR30年物語」も併せて発売中。こちらにも何本が寄稿させていただいております)。書店等でおみかけしましたら、お手に取っていただければ幸いです。

  ところで、平溪線の旅といえば、以前このブログでもアップした猴硐猫村がはずせない。件の記事でも主役のひとつとして登場。……という次第で台湾と大韓のネコ模様をо(^ヮ^)о

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  大韓の猫村系(かもしれない)釜山の甘川文化村。ブログ用に整理してアップしないママになっていたネコたちの風景。

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  こういうときっていうのは、間違いなく視線の先になにものかがいる……。

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  あまりハンサムではないが(大きなお世話)、たらふく食えているようでなにより。

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  視線の先にはこの白黒オールカラーがいたんですねぇ。なんだか気の弱そうな御仁で、茶トラの視線から逃げるように隠れてしまいMASITA……。

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  猴硐も甘川も石段や坂道のなかに家々が集まっているというロケーションはやや共通。

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  まぁ、こっちは都会ゆえ集落のスケールが大きいワケだが。

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  病気なのか、咳き込んでいた。感じからすれば、だれかが面倒をみているのだろうけれど、ちょっと心配だ。

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  こちらはソウルの鐘路。シッポの先がモノクロになのはこのテの柄の特徴。

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  太白線・禮美駅構内に優雅なミケネコ。そいや、友人Sが「三毛猫ホームズ」のことを「黒猫ミケの大冒険」とか呼んでたなぁ。かれこれ30年以上前の話ではあるが。

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  忠北線・五松駅。ィ夜のホームを闊歩していたクロボウズは、なんとなくふてぶてしい風情であった。

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  一方、こちらは台湾・平溪線の菁桐駅。

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  平溪老街にキントラさん。

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  おっと、クロボウズ。

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  十分にて。生きてる……よねぇ?

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  ウチのちょび(全長およそ1000ミリ、体重10キロ弱)に慣れているせいか、小柄なネコだとどうも物足りなくなってしまうのであった。

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  猫空にもキントラさん。が〜……。

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  이봐! 개!!
  猫だっていうのに、猫空にはなぜかイヌのほうが目立った。暑い盛りにイヌ版クロボウズってのもさぞや暑かろうと思うのだが、強烈な陽射しとのコントラストがまたイイんだよねо(^ヮ^)о

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  이봐! 개!!
  イヌだとは思うが……。しかしなにもこんな日なたで寝っころがってなくってもねぇ……。
  その猫空。いつものように現地で観光パンフなどをあれこれ入手したのはいうまでもないが(コレは仕事上での習慣)、帰宅して整理していると大韓語版(つまりハングル)をチョイスしていたことが判明。大韓散歩のときは日本語版があればそれもいちおういただくが、それでも大韓語版も確保しておくようにしている。たぶん、ついそのクセでなにげに手にしていたのだろうなぁ……と思った。

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◆ついしん

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  コレをアップした18日深夜(19日0時すぎ)、クロボウズが生まれ変わりの道へと旅立った。
  前日に食欲がないのが気にかかっていたが、18日も夜明けとともに外出。「まっ、人間だって食欲のないときはあるわな」と思っていたところ、いつもより早めに帰宅したので、「土曜日だし半ドンだったか」と笑っていた矢先のできごとであった。食欲は皆無。珍しく下痢便。しかもこれも珍しいことに嘔吐したかと思ったら猫回虫らしき妙な物体がいた。明日にでも獣医に連れてゆくかと思いつつも、表でなにかがあったのか(外傷はなく、触診してもいやがる気配がない)、それとも持病由来の内蔵疾患の類が臨界点を越えてしまっていたのか、専門家でもなんでもない単なるネコ好きにわかるハズもない。少し汚れがついていたので、ぬるま湯で湿したティッシュで顔や身体を拭いてやった。ひょっとすると覚悟が必要かもしれないと気づいた。

「明日、元気になったら、おいしいものをたらふく食べような」
「にゃ……」

  寝ころがったまま、わずかにこちらの目を見ながら返事をしたのが最後の会話になってしまった。そのほぼ1時間後。取材旅行前の準備をあれこれしつつ、ふと様子を窺いに行ったら、体温を残したまま息が絶えていた……。クロボウズのあだ名が妙にしっくりとくるやんちゃなネコであった。寂しい。
  20日の朝から不在となる直前の不幸ではあったが、この手で葬ることができるのがせめてもの救いといったところだろうか。なんとなく、生まれ変わりがわが家にやってきそうな予感もするクロボウズの短い現世であった。

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2017.01.03

謹賀新年2017・・・の巻

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  穏やかな年明けとなりMASITA。本年も、なにとぞよろしくお願い申し上げますm(__)m

  トリ年が人類のトリ年になりまっせ〜とはあのノストラダムスも思いつかなかったであろうギャグではあるが、あながちシャレとばかり笑っていられないかもしれん……(関係ないが、ノストラダムスとやらって、ありゃどのへんの部分が面白かったんですかねぇ。幼少のころからいまのいままで、さっぱり理解できないナゾのひとつである。10年ぐらい前だったか、どこぞの三流新聞が類似したセンスの根拠をモトに、「日本経済は復調する」とかなんとか紙面で御高説をたれていて大笑いしたのをたったいま思い出した・笑)。そりゃそれとして、サムゲタン柄の年賀状を親しい友人たちに送ったところ、Sとネタがかぶった(ヤツは水安堡名物キジ料理を選んでいたが、ともに大韓料理ではありますな)。まっ、つきあいが長いからねぇ……。

  年賀状といえば、すでにハガキの大幅値上げが予告されている。じつをいえば、「今年でおしまいにしよう」と毎年のように思っていのだが、ご無沙汰の友人や知人から届けば素直にうれしいし、義理というものだって無視はできない。ゆえに、あれやこれやでスリム化をはかりつつ続けていくのであろう。まぁ、つぎのヘビ年はコブラ写真でド迫力にしたいというお楽しみはあるし、それまではくたばるワケにもいかないだろうしねぇ……。

  で、トリ。ふと目が醒めたら、家の近所で「アエラ!  アエラ!」とどっかのトリが雑誌の宣伝をしているのが耳に飛び込んできた。その「アエラ!」の前に一瞬だけ「カ-…」と発声しているところから察するとカラスのようではあったが、なんだってあんな鳴声になったのか。チェンマイの名も知れぬ仏教寺院で「お、ぱ〜ぃ、お、ぱ〜ぃ」啼きつづけていた“おっぱい鳥”もいたけれど、正体は未だわからず。ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示のほどを……。

Siritori01

  ところで、なんだったかをネットで検索していたところ、こんなナイスな絵本にぶち当たったо(^ヮ^)о
『うんこしりとり』とは考えMASITAよね。どういうのかというと、「
いするうん」とか「くだのおな」とかそういうのが並んでいるらしい。新年からこりゃイイものを発掘したなと思いつつ某通販サイトをチェックしてみたところ、この両者が「一緒に購入されている」リストに並んでいるのはむろんのこと、「この商品を買った人は」は『パンダ銭湯㊙』やら『みんなにゴリラ』やら『もうぬげない』やら『うんこ!』やら『タコさんトコトコどこいくの?』やら『はなくそ』やら、なんともぶっとんだセンスの絵本を手にしているんですよねぇ。なんつうか、感性のあちらこちらをくすぐられますよ。ぇえ、ぇえ。絵本から学ぶべきこと多数アリラン!  そう確信した2017年の正月でありMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2016.10.05

秋の娯楽・・・の巻


  なんだか近ごろはDVD鑑賞がささやかかつ貴重な道楽になってしまったので、今日はそんな無駄話を(そもそも、汽車に乗ってあれこれ歩き回るのがいちばんの道楽だったのに、好き好んでその道楽を仕事にしてしまったのが運の尽きだったともいえる。その点、DVD鑑賞は仕事抜きにリラックスできるから「貴重な道楽」という言い種になってしまう。「贅沢を抜かすな!」と言われるかもしれないが……)。しかしそれはそれとして、なんにも考えずに「秋の娯楽の巻」としたはいいが、ふと気がつけばもう10月。時間が過ぎるのが異様に速い……。

Amadeus

  のっけから古い映画を持ち出してしまった。ともあれひさびさにこの「アマデウス」を鑑賞の巻である。かつて楽しんだ映画なりドラマなりに再会すると、なにかと考えさせられることも多いが、「なんとかの天才とが紙一重ってのはホントなのねぇ」という公開当時の友の言葉をふと思い出したものだ。虚実を巧みに織り込んだ物語の展開は面白く、音楽ドラマとしても十二分に楽しむことができた。ただ、あの当時は思い至らなかったハズだが、「レクイエム」の作曲依頼者についてのくだりについては、疑問を抱くところだ。事実(とされる伝承)よりは映画の創作物語のほうが心に染み入るがゆえにそう思う。

  モーツァルトは大好きな作曲家のひとりではあるけれど、かといって格別以上に心酔しきっているワケでもない。だが、仮に「この世に天才なんてものはいるのか?」と問われたとすれば、まっ先にこの名を挙げることにためらうことはないだうと思う。そうあらためて感じた。
  個人的には、この作品の主人公がサリエリであるように、シューマンそのひとにスポットライトを当ててショパンの物語を描いてみたいという思いを抱いているのだが……

  しかしなんだっていまさら「アマデウス」なのかというと、明日のィ夜をウィーンで過ごす予定だからなのだ(コレがアップされるころはユーラシアの空の上にてごぢいます)。旅の主目的はモーツァルトではないのだが、ウィーンということで思い浮かんだのがコレだったのである。残念ながらモーツァルトの正確な墓所はいまだ詳らかではないというが、せっかくなのでゆかりの地のひとつにでも訪れてみたいと思う。

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  おつぎはフォーレの「レクイエム」。コレも大好きな1曲で、機会があればライブで楽しんでみたいと思いつづけてきた(盤にはほかに「パバーヌ」や「エレジー」などフォーレの有名作品が収められている)。残念ながらなかなか機会が捉えられないので、せめてDVDでのんびり鑑賞を……というワケである。
  音色といいテンポ感といい好みにあういい演奏だが、不思議なことにオルガンが設えられてないホールのようであった。ステージ上にはもちろんオルガンが設置されているとはいえ、いまひとつ力強さに欠けているような感も抱く。それを十二分に補っていたのが合唱団で、とりわけ「アニュスデイ(Agnus Dei)」や「リベラメ(Libera Me)」(これらの曲はまさに美しい!)で絶妙なる魂の響きが生み出されていると思った。これからの季節にふさわしく、いい盤を入手できた。

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  話は大きく転調しますけど。前々から取り上げようと思っていてすっかり忘れていた1枚。大韓映画「殺人の疑惑(原題:共犯)」である。なんでコレを買ったのかというと、主演のキムガプスのファンだからなのだが、期待を裏切らない悪役ぶりが演じられていてウレシくなった。

  物語はパッケージにあるとおりで、ふとしたことから主人公が自分の父親に対し、その過去の重大犯罪への疑念を抱くところから話がはじまる。時効を目前とした児童誘拐殺人遺体遺棄事件。容疑者あぶり出しを狙って公開された脅迫電話で語られたつぎのひとこと──끝날 때까지 끝난게 아니다(クンナル テッカジ クンナンゲ アニダ)──。父親が「好きな野球選手の名セリフなんだ」といっていたこの「終わるまで終わらない(最後まで諦めるな)」という言葉が、まさに父親の声が語る脅迫電話の録音として公開されたのである(米大リーグの往年の名選手・ヨギベラ語録のひとつとして知られる“It ain't over till it's over.”のようだ。ヨギベラは、ちょうど昨年コレを自宅で鑑賞したころに亡くなってしまったそうだが)。

  でまぁ、あまり続けるとネタバレになってしまいかねないのでこのへんにするが、キムガプスが彼のファンなら知っている“お約束”をきちんと果たしていたところにもグっときたо(^ヮ^)о  しかも、その悪役ぶりときたら、あの西村京太郎大御大(その節はたいへんお世話になりました)をして感激してうなってしまうに違いないと確信させるものがあったのだからタマラナイ。

  それにして、も。ソンイェジンというのは不思議なイロっぽさの漂う役者だと思う。ヨンさまと共演した「4月の雪(原題:外出)」のときもしみじみ感じたが、この作品でもしばしばそのイロっぽさにあてられることとなった。ハンイェスルではただのいちども覚えたことのない感覚なんだがねぇ……。ぁあ、韓藝瑟と孫藝珍。ともに「藝(イェ)」ですねぇ。不思議ですねぇ……。

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  またしても大転調しますが。
  あるとき、ふとしたはずみで通販の検索窓にラッシャー木村とインプットしたら、このDVDの中古が割安で出品されているのに出くわした。ラッシャー木村といえばズバリ「金網の鬼」。当時、国際プロレス中継のオープニングに金網で囲まれたリングが映し出されると、それだけでもうワクワクしてしまったものだが、残念ながらこの盤には金網デスマッチはただのひとつも収録されていない●~*  ったく、それでどこが「金網の鬼」のDVDなんだと思わないでもないが、コレにささやかな散財を決め込んだのにはワケがある。

  同じモノのプロパー品が楽天ブックスにも在庫アリで出ていたのだが、そこには「アーティスト」としてつぎの名前が列記されていたのである。つまり、
・ラッシャー木村
・ジャイアント馬場
・ジャンボ鶴田

  である。繰り返すがこの御三家は「アーティスト」でござるよ。楽天ブックスによればだが。

  これからも想像できるように、収録されているのはおもに国際プロレス崩壊後の全日本プロレス中継のフィルム。あの「馬場〜っ!  これからは兄貴って呼ばせてくれよ!」というラッシャー木村の名セリフが飛び出した試合を中継で見たのは間違いないものの、そのあたりをさかいに中継そのものを見なくなったので、そういう意味でも興味を引くものがある。が〜。本題はそこではなく、この「馬場・鶴田・木村」という並び、そこにこそある。

  話は、オレが真面目に勤め人をしていたころに遡る。会社玄関の受付には、「外出簿」が置かれてあり、商用などで外出するさいにはそこに名前と行き先、帰社予定時刻などを記すきまりになっていた。で、あるとき外出しようとして外出簿を開いたところ、そこに「馬場・鶴田・木村」のお3方の名前が力強い字で記されてあったんですねぇ。ようは馬場さんと鶴田さんと木村さんがタマタマ一緒に外出したにすぎないのだが、オレにとっては大爆笑するにあたいするパフォーマンスだったワケですよ。
  このエピソードを存命だったラッシャー(いうまでもなく木村ってんだが、生きてるんなら連絡のひとつでもよこしなさいヨ!)に話したところ、
「馬場と木村はともかく、ココに鶴田があるところがミソだよな」
  とウレシがっていMASITAね。オレもそのとおりだと思ったワケだが。

  で、そんなくだらん昔話をココ(このブログ)でしようととっさに思いついたので、そのためだけに3000円近い大散財をシャレこんだ……という話なんですねぇ。

  ちなみに、晩年のラッシャー木村の「マイクパフォーマンス」を遡ると、新日本プロレス興業@田園コロシアムにラッシャー木村が「殴り込み」をかけた試合に辿り着くようだが、残念ながらオレはその試合を見ていない。なぜかっていうと、新日本プロレスの試合ぶりや演出が単に好みに合わなかっただけの話で、その点はラッシャー(友人のほう)とは逆の嗜好であった。が、それはともかく、その試合中継をたしかメシを食いながら見ていたラッシャー、テレビ画面のなかでラッシャー木村がやおらマイクをとったところで「みなさんこんばんは。ラッシャー木村です」と折目正しく挨拶をしたのを目撃して、その場で凍りついてしまったという。そんな話を大爆笑とともに教えてくれたものだったが、そのときはラッシャー木村の晩年云々を想像することなんぞできるワケはない。

  閑話休題。それにしても、最晩年のラッシャー木村の姿には痛々しいものを感じないではいられなかった。そこにプロ根性のようなものを感じとることもできる一方で、見たくなかったなという気もする。やはり「金網の鬼」は「金網の鬼」であってほしかった。ジプシージョーやアレックススミルノフ、オックスベーカーらとやりあっていたあの雄姿こそが懐かしい。

  無駄話は長くなってしまうが、ラッシャー(友人のほう)との間で決着のついていない論争がある。よく知られたプロレス技のひとつに「逆エビ固め」ってのがある。また、押さえ込んだ相手の片脚を持ち上げてフォールする「片エビ固め」ってのもある。前者はうつぶせにした相手の脚を逆側(背中側)に締め上げてダメージを与えるなりギブアップを奪うないという技であり、後者は仰向けになった相手の片脚を抱え込むことによってフォールをより堅固にするというものだ。つまり、名前は似ているけれど、技としての性格や目的はまったく異なる。ではさて、「逆エビ固め」の態勢で両脚ではなく片脚だけを抱えて締め上げたらどうなるか?  技のベースは明らかに「逆エビ」にあるから、「片逆エビ固め」ではないかと思うのだが、ラッシャーはあくまでも「逆片エビ」を主張して譲らなかったのである。しかしそれでは「片エビ」(つまりフォール態勢)を単に逆さまにしたことになってしまい、現実に目の前にあるギブアップ狙いの技としての説明がつかないではないか(「逆エビ固め」そのものが「エビ固め」の逆バージョンだというのがヤツの主張なのだが)。
  その論争はかれこれ数年にわたって繰り広げられたが、あれから30年以上経ってなお決着が着かないママ。ラッシャーが行方不明のいま(あっちからみればこっちが行方不明なのかもしれないが)、これでは論争そのものが墓場まで持ち越されかねん(笑)。

  ちなみに……。その論争の切っ掛けをたったいま思い出した。かつて発行されていた雑誌「デラックスプロレス」のバックナンバー表紙に、ジャンボ鶴田が黒人選手に対しこの技をかけている写真が載せられていたのである。それをみたラッシャーがふと気づいたように「コレ(その黒人選手)、レイキャンディーと違うか?」とひとこと。で、なにが面白かったのか、いまとなってはさっぱり理解できないのだが、大爆笑が止まらなくなってしまったオレ。で、たぶんそのときに「片逆エビ」と言ったオレに対し、ヤツが「いや、これは逆片だ!」と論争を仕掛けてきたのであろう。ココまでお読みくださった方、ホントにバカバカしい昔話ですみませんでしたねぇ……。

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  またまた転調して本の話を。
  この『藤原新也の動物記』(新潮文庫)を「そいや読んでないな」と気づいたので、入手して読んでみた。大爆笑を誘ったくだりがあった。

  沢木耕太郎の『深夜特急』の終盤。「サグレス」という名のビールとサントイッチだかなんだかを市場で買ってサグレスというユーラシアの果ての岬を訪れた場面がある。しかし、そのビールやらをどうするつもりだったのかと自問する著者。「サグレスの岬でサグレスという名のビールを呑む、という形ばかりのイメージにとらわれていた」というワケだ。しかし、最終バスで到着したサグレスはすでに夕闇のなか。あたりにはホテルどころか開いている商店の類すらない。いわく「その浅薄さのしっぺ返しはすぐに受けることとなった」。が〜。その「浅薄さのしっぺ返し」も、藤原新也自らが呼び込んだ“災難”にくらべればかわいらしいものである。

  インドを放浪していた藤原新也、なにを思ってかヘビ使いの男から必須の商売道具を買い取ってしまったのである。ヘビ使い必須の商売道具。いうまでもなくコブラである。それも、とりわけつややかでイキと気の強そうなヤツを、1日200円で過ごすのもどうかという旅人が、1200円も投げ打って買ってしまったのだから愉快である。で、もちろん、買ったはいいけれど思いきり持て余すことになってしまう。あたりまえだ。そのコブラがほしいと思った気持ちはわからないでもないが、それにしたって買ってどうしようと思ったのだろうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  でまぁ、ホテルの自室に持ち込まれたコブラ入りの壺は、時間をおうごとにその存在感を増す一方なのだが、あの藤原をしてこういわせしめてしまうのである。
<厄介なものをかかえ込んだと思った。私は、日に日に、その壺に対して臆病になっていった>
  このあたりの描写は鬼気迫る迫力があるが、あたりまえのこととしていずれはそのコブラにエサを与えなければならないときがやってくる。意を決し、ヘビ使いのアドバイスにしたがって鶏卵をあげることにしたはいいが、ヘビっていうのはあれでなかなか力強いらしく、押さえる藤原の手をスルスルとすり抜けるや、まんまと壺の外、つまりホテル自室で鎌首を持ち上げられるハメになってしまったワケだ。まぁ、笑っちゃいけない場面なんだろうけれど、コブラをそれもインドのヘビ使いを相手に衝動買いしてしまい、挙げ句の果てにはホテルの部屋で1対1でにらみ合うハメになったなんてすんばらしいエピソードではないか。

  それにして、も。「噛まれたら死んでしまうが、コブラから噛まれて死ぬことはよいことなので落胆しないこと」というヘビ使いの口上にはグっとくるものがある。また、「あらゆる動物の中で、蛇ほどシェイプアップされたものを他に知らない。(中略)ほとんどひとすじの線としての洗練された存在」という著者の観察眼には唸らざるをえなかった。

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  そんな話をデラTこと斉藤恒芳にしたところ、上の写真を送ってよこした。撮影者はもちろん斉藤である(ラージャスタン州の国道を走っていて道ばたに蛇使いを認めたデラT、慌ててクルマを止めて撮ったのだそうな)。
  で、オレがなにを思ったかというと、コブラは持て余すに決まっているからいらないけれど、この笛とカゴ壺が無性に欲しくなってしまったのだ。ところが、大手通販サイトを複数チェックしても該当商品は見当たらず、たった1サイトだけ扱っているのに遭遇するに留まってしまった。もっともその店でも在庫なしとの案内で、ようはお手軽に入手しようなんてのが甘い考えであることがわかっただけであった。

  しかしそれ以上に不可解なのが、その「ヘビ使いセット」を買ったといった類の記述が、少なくとも日本語ではいまだネット上で遭遇できていないことなのである。ほしがってるひとがいないとは思えないし、インドに行く日本人だってけっして少なくはないハズ。であれば、そのなかのいくばくかのひとが笛なりカゴ壺なりを入手して、ブログなどを通じて自慢話のひとつをしていてもおかしくはないではないか。……それにしても欲しいなァ。

  ところで。デラTによれば、「死(蛇)に勝つという意味で尊い職業」だというのをどこかで読んだという。で、毒蛇を大韓語にすると「독사(トクサ)」。しかしこの「독사」というのは「毒蛇」であるとともに「毒死」でもある(単に「사(サ)」が「死」でもあるというだけの話だが)。このへんは日本語でも似たような部分もあるけれど、同じアジアにあってなんらかのつながりがあるのだろうかという気もする。ついでながら。

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2016.08.06

とある夏の思索?・・・の巻

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  庭でブルーベリーを収穫。とりあえずおよそ1キロ。たった1本きりの細い樹だが、こうして毎年楽しませてくれるのがありがたい。
  それはそれとして、どうも妙な夏模様である。台風の少なさもそうだが、大平洋高気圧が北に偏り過ぎてはいまいか? シロウト目には、ちょっとした“サジ加減”で冷夏になってもおかしくはないようにも思えるのだが、日々の気象情報をみていると、東京地方の熱帯夜が異常に少ないような気もする。はたして、晩夏以降の気候やいかに?

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  今夏は、わが家のネコどもにとっては災難の季節となった。お二方ともにノミの襲来を受け、とてもじゃないがココに写真を載せる気もおきないありさまなのだ。
  ただ、食欲だけは猛烈で、夏バテなんぞどこ吹く風のごとくムシャムシャとよく食べる。食い終わったころに様子を窺うと「食った、食った」とゴキゲンに寝そべっていたりもするが、こっちの顔を見るや「もっとくれ」とせがむ。で、「カリカリ」をカンに移して保管いているひとも少なくないと思うが、驚いたのはちょびで、夜中などにそのカンをひっくり返してしまうのであった。テーブルの上などに置いてあるのを、手で「ちょいっ」とひっかけて床にまっ逆さま。運がよければその衝撃でフタが開くので案配がいいというワケだ。よく覚えるものだと感心するほかはないが、手足が霊長類と比べて構造的に不器用なだけで、サルあたりよりも知能が高いのではないかと思うことすらある。もっとも、サルなんぞ飼ったりした日には、そんなもんじゃ済まないとは思うが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ところで。外出の折には必ず本を携える。世間では、いつの間にやら携帯端末(スマホなど)とにらめっこしているひとが大半のようで、読書で過ごすなんていうのはごく少数派となってしまった。最近訪れた街でざっと観察したところでは、ソウル>東京>広州(中国)>バンコク>台北という順でスマホへの依存度が測れるような気がしないでもない。欧米ではどうなのかという気もするが、ホテル予約サイトの投稿に「WI-FIの速度が遅かった」といった理由で辛い点をつけられていることなどをみると、この依存傾向はほぼ世界中の現象なのかもしれない。

  オレ個人のことでいえば、携帯端末やノートパソコンなどを公共の場(鉄道車内や飛行機内、飲食店内など。インターネットカフェなどそれ用の場所はまた異なる)で用いるのは、たとえはキツイが人前でクソをする程度に恥ずかしい行為だと思っているし、いわんや仕事中の画面をわっざわざ丸見えにするというのにも抵抗がある。それに、スマホの小さな画面をチマチマといじくるのも性に合わないし、場面次第で便利なのは認めるにしても、コスト相応とはとても思えないので、使うつもりはまったくないのである。

  のっけから話が飛んでしまった。閑話休題。
  外出ということで、外国散歩のさいにも日数に合わせて1〜3冊程度を荷物にしのばせておく。空港での待ち時間や機内でのヒマつぶしにもなるからだ。持参するのは新刊に限らず、書庫から引っぱり出してきて再読するものもある。たとえば、この『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』(藤原新也・河出文庫)もそんな1冊で、前日のィ夜のたまたま目に止まったものを「久しぶりだが……」とカメラバッグに詰め込んだ。内容は、著者が出会ったひとびとやできごとを記したもので、日常のさりげない出会いのなかから14編の物語が編纂されている。

  ここからが“本題”に近づいていくが、このときはもう1冊、『深い河』(遠藤周作・講談社文庫)を無意識に選んだ。1993年の発売と同時にハードカバー版を入手、3年後に文庫化されたその初版をほぼ20年ぶりに開くこととなったのである。しかしコレは妙なカップリングとなってしまった。

『深い河』では、のっけから“不治の病”に冒された妻を見送る夫という場面から物語が展開してゆくが、『コスモスの影〜』もまた、導入の1編で病で妻を亡くした男の話が語られている。ただそれだけの一致ではあるものの、旅客機の座席で開きながら、なんらかのシンクロめいた偶然を感じないではいられなかった──あえてこじつければ、『深い河』もオムニバス的な構成を見せているし、遠藤周作がクリスチャンである一方で、藤原新也が仏教徒(『コスモスの影〜』にも「僕は仏教徒で、敬虔なクリスチャンの彼とは〜」というくだりがある)である点にも“共通点”を勝手に見い出したりしたが──のである。長くなりすぎるので詳細は割愛するが……。
  もちろん、この2冊を選んだのは単なる偶然。意味なんかありゃぁしない。だが、無意味なことがらに引きずられがちなのもまた人間である。なんかイヤ〜な予感がそのときはしたものだが、あとになって顧みれば、そこになにがしかの“誕生”のきっかけを予感しなくもないわけで、それはそれで楽しくもなってくるのだ(もちろんともに名著。『コスモスの影〜』はとあるフリーペーパーの連載エッセイを編纂したものだが、その全71編をまとめた「完全版」を読みたいと熱望しているのはオレだけじゃないだろうなぁ……)。

  とかなんとか、あれこれどうでもいいようなことに思いをめぐらせる材料にもなるのだから、読書というのもバカにはならない。もっとも、あるときはやはり久々に『蒼ざめた馬を見よ』(五木寛之・文春文庫)を離陸準備中の機内で読んでいたはいいが、ちょうど「ただいまより離陸します」のアナウンスと同時に飛行機が墜落した場面(まさにその「行」)がシンクロしたのにはまいった(笑)。

Requiemmozart

  でまぁ、なにを思ったのか、モーツァルトの「レクイエム」を映像つきで聞きたくなった。指揮者としてショルティーの名があったので購入したこの盤は、モーツァルト生誕200周年記念イベントを収録したもの。曲の合間に祭祀が挿入されるのは、キリスト教の行事を垣間見るという点で興味深かったが、もちろん曲だけの再生も可能だ。
  じつは、ワケあって学生時代にこの曲の合唱団の一員となったことがある。おかげで、およそ30年が経ったいまでもこのラテン語歌詞の曲を諳んじることができるが、久々にこの曲を聞きながら、モーツァルトというのはホンマモンの天才だったのだなとの感を強く持った。それでピアノソナターのCDを引っぱりだして聞き入ったり、ついでに(?)バッハの「平均律」なんかも久しぶりに聞いてりたりするワケだ。魚釣りの世界に「釣りはフナではじまりフナでおわる」というのがあるが、なにやらそれに近い心境といえなくもない……。

  ところで、このときはネット通販を検索しながらモーツァルトにするフォーレにするかちょっとだけ悩んだ挙げ句にモーツァルトにしたものだが、本当はコダーイの「ミサプレビス」のDVDがほしかった。名曲だと思うのだが、どういうワケか出版数が少なく不遇な感じがする。

Livingproof

  話は変わるようだが、著名人の闘病などを通じて乳ガンがにわかに注目されているようだ。じつは、この病気で三十数年来の友人を失い、いささか“参って”いるといえなくもない。組織型云々などは知らないままだが、初発からかれこれ10年以上は病と戦ってきたと記憶している。それが「そいや元気にしてるかな? 久しぶりに会合でも開くか」と思っていた矢先に電話があり、「ちょうど連絡しようと思っていたんだ」と思って出ると、聞こえてきたのは本人のではなく妹の声であった……。

  それが直接の契機というのではないが、ガンの治療などについてあれこれ調べていたことがある。そこでは、知られざる医学の進歩に驚かされたり、それでもなお難病でありつづけるガンという存在そのものにもシロウトなりの興味を抱くことにもなった。そんななか、興味を覚えたもののひとつに分子標的薬がある。従来の抗癌剤とは異なる発想で開発されている薬で、乳ガンや肺ガン、白血病などの治療に用いられているという。ひところ副作用が重大問題となったイレッサ(ゲフィチニブ)もそのひとつ。これはある特定の遺伝子に異常をきたしているタイプの肺ガン患者であれば副作用もなく効果が高いということで、その後にも用いられている。

  乳ガンでは、いくつかある組織型のうちHER2(ハーツー)という特殊なタンパクが過剰に現われている「HER2陽性」の患者に対しハーセプチン(トラスツズマブ)と呼ばれる分子標的薬が高い効果を見せている。「HER2陽性」患者は乳ガン全体の4分の1程度。従来は悪性度の高い疾患とされていたものが、この薬の登場によってむしろ治療しやすいタイプになったらしい。
  このハーセプチン実用化を題材としたのが2008年に公開された米国映画「希望のちから(原題:Living proof)」である。

  実際のできごとをエンタテイメントとして脚色した内容で、主人公の医師を軸に、おもに臨床試験段階の物語として綴られている。ただし開発秘話といったドキュメンタリーではなく、むしろ死に直面しつつある患者やその家族にスポットライトをあて、この希望の特効薬によって救われてゆくひとびとの悲哀と歓喜とを描き出している。作り手の心優しさが伝わってくるような台本であり演出だと思った。
  ただ、それだけに科学ドラマとしての要素はまったくなく、その点に物足りなさが残る。臨床試験に至るまでにはさまざまな発見や苦悩があったハズで、「どうして効くのか?」という素朴な疑問とともにそのあたりももう少し丁寧に描いてほしかった。また、ヒューマニティあふれる視点も、せっかくの特効薬も実際に投与するとなればべらぼうなカネを要することにまったく触れられていないことにより評価が減殺されてしまう(ゆえに「臨床試験」が命綱になるということだろうか?  間違っても比較対照試験があったとは思いたくもないが)。わが国では実質1割程度の自己負担で使用できるハズだが、それでもひとつの治療薬の負担としては重い。ましてや公的保険“後進国”米国とあっては……。

  ついでに。「科学(医学)ドラマ」ということにこだわるのであれば、あのSFもどきサスペンス映画「アウトブレイク」(ありゃぁあらゆる罵詈雑言を喰らわしても足らないほどの愚作だった)に類するような疑問を抱かせる部分があるのも気になった(万が一闘病中の方が目にすることを慮り、シロウトの具体的発言は控えるが)。やや乱暴な言い方になってしまうが、ヒューマニティドラマとしては「名場面」もあって心に残る作品ではある一方で、駄作の一歩手前かもしないとの思いも捨て切れなかった。もっとも、作中で主人公と製薬会社との間で交わされたようなやり取りが、映画制作者と配給会社などとの間にあったであろうことも想像できなくもないわけだが……。

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2016.05.26

しゅぽ、こらじはごぬん・バンコク郊外編など…・・・の巻

Tabitetu1607

  隔月刊誌「旅と鉄道」(朝日新聞出版)2016年7月号に「菜の花を求めて中国二千五百公里」と題して中国汽車紀行を寄稿しました。なんだか忘れたころに……という蔵出しではありますが、広州〜羅平間を中心に旅の印象などを記しています。ほか、いくつかの記事も担当。お手にとってお楽しみいただければ幸いですm(__)m

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  とりあえず“お約束”ということで、まずはクルンテープ駅(バンコク中央駅)前のしゅぽ。この風情で、けっして田舎の駅でないあたりがステキо(^ヮ^)о  もっとも、ちょっと路地を入れば日本の大都市ターミナル駅だって似たようなものではあるが。

Maeklongline_0187

  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  メークロン線の汽車に揺られてしゅぽ探し。まぁ、こっち(タイ)でなんと呼んでいるのかはわからないけど、日本語に訳せば「よろずや」だの硬いところでは「個人商店」になるのであろう。が〜。大韓語であれば間違いなしに「슈퍼=しゅぽ」。中国語ならば「超市」でキマリである。しかし、だからぢうしたってな話ではありますね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Maeklongline_0188

  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  ふふ、ふ、踏切マークはバンコクおっと万国共通……か?

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  夏休み風味のしゅぽ。ホウキがたてかけてあります。

Maeklongline_0282

  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  店先の緑色の物体はなんだろう?  いまごろになって気になった。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  汽車のなかからだとこうなりがちなのが悩みのタネ。

Namtokline_0652

  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  こちらはナムトック線の車窓から。紛れもないしゅぽだ。

Maeklognline_0142

  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  ウォンウィエンヤイ駅前。ドメスティックなふふ、ふ、踏切とイレブンのコラボ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  ネコエサが売られているのをみてなぜか安心。ネコがかわいがられている証拠である。ふと『もの食う人びと』(辺見庸)の一節が去来したりもしたが……。

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  이봐! 개!!
  ところで、今回のタイミニ散歩でしゅぽ以上に目立ったのがイヌであった。もちろんネコにもあちらこちらで会ったので、おいおいアップするが、野良なのか飼い主の放任主義なのかはいざしらず、ヒトも歩けばイヌにあたる。

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  이봐! 개!!
  さすがに暑ってことなのか、軒並みこんな案配。一見すると平和だけど、日本国内とは違い、狂犬病に対する警戒を怠らないほうが身のためというもの。ニンゲン、イロイロなくたばり方があると思うが、感染症部門でいうと狂犬病と破傷風だけは絶対に避けたいもんだ。このおふた方にくらべれば、あのエボラ出血熱でさえいくらかマシに思えるのだけど、どうだろうか?

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  이봐! 개!!
  田舎道のあずまやにて。このイヌ、よくみると座り方が悩ましい(笑)。

Inu_0284

  이봐! 개!!
  コッスンふうですね。ちょっとタイプо(^ヮ^)о

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  이봐! 개!!
  早朝バンコクの街角にて。なんか哀れっぽい雰囲気が……。もっとも、ヨコをすり抜けるさいには十分に気をつけたもんだ。

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  이봐! 개!!
  ちょっとスラム風味。

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  이봐! 개!!
  このテのイヌって、「ウロチョロ」とか「ウロウロ」というのがよく似合う。「ハァハァ」と息遣いが聞こえてくるようでごぢいます。

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  이봐! 개!!
  クウェー(クワイ)川鉄橋の玄関でウロウロする3頭。きっとコレがカルカッタだのダッカだのだと、もっとシビレる情景になるのであろう……と思った。
  つづくо(^ヮ^)о

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2015.12.28

本年もお世話になりMASITA・・・の巻


  今年もなんだか無駄話に明け暮れたような気もするけれど、無事に本年最後のアップでごぢます。12月の大韓散歩話をちょっと中断して、まずは最近読んだ大韓関連本の紹介などを……。

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  あるときなにげにネット通販で検索したら、その値段から手を出しあぐねていた『韓國原影  桑原史成写真集』(三一書房)が割安でおでましо(^ヮ^)о  さっそく入手してシビレまくった次第。
  内容は、写真家・桑原史成氏が歩んだ韓国現代史。米軍がらみの影や軍事政権下での学生デモなど、生臭い場面が続々と登場してくる(日本における安保法デモは、どれだけ映像として歴史に残されたのだろうか?)。そこにあるのは庶民であり、生臭さとともに躍動感や温もりが全編を貫く。そうしたコマに見入りながら、「なんだってオレはこの世界に惹かれるのだろう……」と自問を繰り返すのみである。

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『鯨とり  対訳シナリオで学ぶ韓国語』(脚本:崔仁浩/編訳注:林原圭吾・白水社)
  こりゃぁ本当に生きた韓国語の教科書だо(^ヮ^)о  読むのにだいぶ時間がかかっているけれど、文法や表現の解説も懇切丁寧でなにかと参考になる。英語など学校などにおける外国語の学習も、こういうのを題材にしたらもっと言語として体感でくるように思うのだけど……。もちろん、題材となった映画「鯨とり」は傑作中の傑作!

Syukumei2000

  こちらは韓国関連書籍・雑誌などでおつきあいいただいている康煕奉氏の新刊『宿命の日韓二千年史』(勉誠出版)である。
  いろいろと取り沙汰されているが、じつは現在ほど韓国が日本で関心を集めている時代はないかもしれない。少し前の“韓流ブーム”にせよその後の“嫌韓”にせよ、そのいずれもが関心へと結びついているからだ。オレ自身が大韓散歩に明け暮れているのは、仕事という意味はあるにせよとりたてて大層な目的があるワケではない。いうなればネコの散歩みたいなもので、前後不覚のままふらふらと隣国に舞い降りているというのがその実態。しかし、その根っ子にはかの国とそこで暮らすひとびとや文化などに対する関心があり、それが源泉となって「気になって仕方がない」から大韓散歩へと繰り出しているとこじつけることも可能なのではないかと思う。

  一方で、民族という観点でみれば、その関心やつきあいはそれこそ古代からつながっているのであり、あらためてその歴史をひも解いてみてもいい。本書は、帯にあるとおり「古代から現代まで、二千年の日韓の歴史をわかりやすく」まとめた1冊。そこには、日本に生まれ育った「在日韓国人2世」である著者だからこそできうる視点が、微妙な陰影を伴って網羅されている。日韓の歴史の足跡を訪ね歩くルポという要素もあり、リアルに読者に語りかけてくるだろう。“現代史”のひとコマとしての「あとがき」も圧巻である。日韓双方で読んでもらいたい……ふとそう思った。

  ココからはやや蛇足。本書中でも、近代史部分において「創氏改名」というわれわれ日本人にとっても(マトモな感性を持っていれば……だが)あまり耳障りのよくないできごとに触れられている。そのくだり──

<創氏改名を行なわない人に対しては、子供の入学不可、役所での事務受付拒否、公的機関への採用禁止という厳しい罰則が設けられた。>(本書201ページ)

  世間で「マイナンバー」と呼ばれている「国民管理番号」(個人的にはほかに「ユアナンバー」と呼んでいるが)を思い浮かべた。義務教育のある現代ニッポンが「子供の入学不可」なんてないだろうと思うかもしれないが、平気の平さで憲法をないがしろにする連中が権力の中枢に巣食っていることを忘れてはならない(憲法ってのは、そういう連中を暴走させないためにあるのだがねぇ。改定は可能だが、同時に不可侵でもあるのではないのか?)。いずれ買い物ひとつにも管理番号がまとわりついてくる可能性は否定てきないのではないだろうか。そうなれば、これは祖国為政者が自国民に科した「創氏改名」という見方だってできるかもしれない……(韓国のネット通販などで、国民登録番号の類を要求され買い物を断念したひとも少なくないのでは?  言論や結社の自由などをめぐって韓国でも大問題となっているが、ああした点を含め、韓国のそれはわが国にとって他山の石でもある)。

  このほか、軍事政権下にあった1961年から翌年にかけての韓国(おもに政治)を解説した『激動する韓国』(松本博一・岩波新書〜せっかく微妙な時期に長期滞在していながらルポがほとんどないのが残念。庶民の暮らしぶりがほとんど描かれておらず、期待したような内容ではなかった。が〜。韓国や北朝鮮の状況に触れながらも、むしろ当時のわが国の動きやセンスが窺える点は興味深い)や“皇国少年”として育った著者が、ふたつの“祖国”で生き抜いてきたその半生を語った『朝鮮と日本に生きる──済州島から猪飼野へ』(金時鐘・岩波新書〜こちらは深い作品)などと出会った。


  話かわりますけど。年末の休息時間はひさびさに「その夏の台風(그 여름의 태풍」でひとときを過ごす。個人的には大韓ドラマの最高傑作ではないかと思っているのだが、あらためてみるとやはりいい作品だ。
  音楽もいい。なかでもこの「Memory」はお気に入りの1曲。「その夏の〜」ではあるけれど、冬の暖のなかで聞くのもまたオツなのだ。




「その夏の台風」は夭折してしまったチョンダビンとあのハンイェスルとが競演している。そのいぇすらの最高傑作はあのふぁんこ(ファンタスティックカップル=환상의 커플)でキマリだとは思うが、「クリスマスに雪は降るの?(크리스마스에 눈이 올까요?)」で彼女が演じた“ふつうの女の子”も個人的には「主演女優賞」である。いぇすら唯一の“フツーのメロドラマ”だし。
  ただ、このドラマのストーリーや脚本にはちょっと暗すぎて疲労感も……。一方で音楽は素晴らしく、いまでもサントラ盤CDを仕事のBGMにしていたりもする。ところが、ドラマ中にたびたび流れている歌で、なぜか収録されていないのがひとつある。美しいメロディーとハーモニー。しかもかなりの美形だ。しかし曲の正体もわからないのでは音源の探しようもなく、長いことモンモンとしていたのであった。が〜。歌詞にある「사랑이 있을까=愛はあるのだろうか?)」というフレーズにあるとき「ピンッ!」ときてさっそく検索。するとあっさりとその正体がわかったのでありMASITA(動画はドラマとは関係ありません)。



  ↓曲もいいけど、いぇすらがきゃわゆすぎる……(こっちはクリ雪)




  ところで、大韓散歩のさいにはさりげにテレビ番組ネタをチェックするのも楽しみのひとつ(日本ではほとんどテレビを見ないし……)。で、12月の巻に遭遇したのが、米国アニメ「おっはよー! アンクル・グランパ(邦題)」だ。
  なんつうか、あの特殊漫画家・根本敬画伯の世界が大平洋を渡ったというか、でなければ妙なクスリでもかっくらった状態でつくったがごとしのとんでもアニメ(褒め言葉だYO)。なりゆきまかせの動画もナイスだが、もっともウケたのが画面にときおり現われる実写状のトラだ。内容がさっぱり理解できないママ、トラが出てくるたびに腹を抱えて大爆笑させられてしまいMASITA。

  帰国してさっそく正体を確かめると、「Giant realistic flying tiger」なんてなこれまたイカれた名前であることが判明(驚くべきことに、グーグルに「Giant real」まで入力すると、予測なんちゃらで「Giant realistic flying tiger」が筆頭にお出ましになった・笑)。ふと「The original intelligent  sensational Destroyer(ザ・デストロイヤーのことだYO)」を思い浮かべたけれど、これじゃウチのちょびを「シマシマでシッポが長い甘えん坊の巨大ネコ」にでもしなければならないではないか。ちなみに、公式サイト紹介によればこのトラ、「イケメンバンド好き」の「女の子」だそうだ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  一方、大韓ドメスティック番組ではコレだろうねぇ……。

  トロット専門局(?)「inet」で遭遇した「イチョルミンのシアワセ歌教室(이철민의행복노래교실)」である。内容は以下の動画そのまんま。画質も音質もこんなものである。正体の覚束ない司会のイチョルミンはもとより、会場は“イイ顔”のカオス状態о(^ヮ^)о  こんなのをみてると「ぁあ、そこいらへんのおっとっつぁんやおっかっさんらのカラオケってのも案外イイものなんだなァと思えてウレシくなってくる。地元・千葉テレビの某カラオケ番組が「たいそう豪華な歌謡番組」に思えたりもするのだが……。




  この「inet」、「15周年記念」だかで日本ゆきのクルージングツアーの参加者を募っていた。コースはふたつ。「山口&北九州コース」(アベとアソーか……ケッ!)と「大阪コース」が組まれ、名も知れぬようなトロット歌手によるコンサートなんかもプログラムに含まれていたりする。前者は39万9000ウォン、後者は29万9000ウォン。ふと「こんなのに便乗して大韓風味を味わいつくすのもええなぁ……」と思ったもんだ。このCMを目撃したのが12月10日のィ夜。ところが、後者の出発は1週間を切った12月15・17日。前者にしても12月19・20日が出発という慌ただしさ。さすがに「絶賛発売中」とは謳っていなかったが、これはもう在庫処分市の心境だったのではアルマイトの弁当箱?  はたして無事に催行されたのか否か……大きなお世話ですね(笑)。

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  話かわりますけど。クロに首輪をつけてみた。口内炎はやや改善、鼻炎も少しずつよくなっているようだが、相変わらず日中はドロンしてしまうため、いつまで経っても獣医に連れていけないのが悩みの種。18時ごろに帰ってきて朝になると外出。寒くなったせいか、8時すぎまでいることが増えたが、ひょっとすると前世は勤勉なサラリーマンかなにかだったのだろうか(笑)。そんな気さえさせられる規則正しい生活ぶりである。

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  冬の楽しみはちょびとのおねんね。布団のなかがホカホカぬくぬくふわふわシアワセネコベッド(행복한고양이침대)。
  という次第で、本年もお世話になりました。来年もよろしくお願い申し上げますm(__)m

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2015.11.22

嗚呼、公州駅・・・の巻

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「旅と鉄道2016年1月号」(朝日新聞出版)で、珍しく(?)大韓特集ページを構成、取材および記事作成等を担当しました。
  今回はソウルに事務所を構える「コリアトラベル社」とのタイアップ企画で、鉄道以外の内容にも重点が置かれていますが、大韓散歩の気軽な面白さはいくらかでも紹介できたのではないかと思います。
  本号ではほかに最後の寝台特急となった「サンライズエクスプレス」とブルーの客車による最後の夜行急行列車「はまなす」の旅なども担当させていただきました。書店などでお見かけのさいには、お手にとっていただければ幸いです。

  という次第で、誌面に直接は触れなかった部分など取材模様をいくつか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まずは公州駅。
  大韓ネタとはいっても今回は完全な受け仕事。取材ルートや物件についてはほぼおまかせ状態だったのだが、あがってきたルートを見たところで、「これはちょっと愉快だゾ」とほくそ笑んでしまった。この公州駅、今年4月にKTX専用駅(湖南高速線)として開業したのだが、公州は公州でも中心地から遠く離れた原野の真っただ中にポツンとつくられたという西部劇的ロケーションで、とうの大韓人をして「幽霊駅」だの「(日本の北陸新幹線の)安中榛名駅よりも閑散としている」だのと揶揄されているシブい駅なのである。つまり、期せずしてその実態を探る機会を頂戴することになったわけだ。

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  岐阜羽島だって大都会(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  想像どおりの駅前であった。まだしも陽気がよかったのが救いではあったが。

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  さすがに大韓名物2面4線とはせずに、対面式2面2線の間に通過線を持たせたスタイル。停車列車は目下のところ下り14本・上り13本(平日)。来年開業の北海道新幹線よりは多い。

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  記事中では触れるスペースがなかったが、1日あたりの平均乗降客数は9月が380名、10月が430名だったとの由。いうまでもなく、公州は百済の古都であり、国際的な観光地である。公州駅は長らく鉄道空白地帯だった公州や同じく百済の古都・扶余にとっては待望の鉄道駅というわけだが、それにしてもこの数字は寂しい(駅と公州市街、扶余とはちょうど「△」形の位置関係にあり、駅は扶余とのアクセスも考慮されている……らしい)。

  大韓では鉄道以上に路線バス網が充実しており、文字どおり全国津々浦々で近隣の街同士やソウルなどとが結ばれている。公州や扶余も例外ではなく、ソウル〜公州間は高速バスでおよそ2時間20分程度。公州駅と市街地との間は路線バスで40分前後かかるため、たとえソウル〜公州間をKTXで速達(最速1時間)したところで、市街地に乗り入れるバスが強敵であることに変わりはないのである。

  一方で鉄道には有利な点もある。1台でせいぜい40人程度というバスに対し、鉄道ならば1編成でその10倍はかたい。たとえソウル〜公州間のバスが3〜40分間隔という頻繁運転であっても、いざとなれば立席乗車も可能な鉄道の輸送力には適いようがないのであった(おまけに渋滞のリスクも鉄道にはなしもふ)。然るにこの数字……。鉄道会社や行政でもさまざまな施策を立案中とのことだが、宣伝やアクセス連繋の充実などを早急に講じる必要があるように思えた。

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  駅前にはバス乗り場。右が公州駅発、左が総合バスターミナルなど市街地発時刻。このほか扶余との間に5往復の便がある(ともに所要約40分)。ハングルの地名が読めれば利用も容易だが、こういうのは駅に戻るさいのほうが難易度が高いケースも(代表例が晋州駅か?)。200番バスが総合バスターミナルとを結んでいるので、それを狙うのがよさそうだ。もっとも、そのバスターミナルからソウルなど各地を目指すバスが運行されていたりもするのだが……。

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  이봐!  개!!
  駅前の俯瞰を撮っていて、ふと気配に振り返ったら富士おっと、イヌが見ていた。

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  前回の訪問で、錦西門が工事中だったため一部の散策を断念した公山城をリベンジ。

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  食客の身(?)ではあったが、こういうののチェックも忘れてはならんという一例。

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  イイ顔のじいさんもとい公州市内バスターミナル。旧市街にあり、新市街にある総合ターミナルとはまったく離れているが、麻谷寺など郊外の見どころへはここからのアクセスが便利。

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  で、こちらは麻谷寺。

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  あの善徳女王時代の創建という古刹だが、なんだか緩い雰囲気も……。

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  こちらは鶏龍山の麓にある東鶴寺。参道にはなつかしの情景。

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  公州は宿が少ないのがややネック。気軽なひとり旅などでは山城洞に旅館街があるが、全体に寂れていて女性や家族連れにはやや躊躇するムキがあるかもしれない(新市街にはモーテル街があり、日本流にはラブホテル風情だが、ひとり旅などでも気楽に泊れるのも大韓のイイところ。中途半端なビジネスホテルの類よりも、部屋やベッドの広さやアメニティなどのレベルはよほど高い)。
  そこでオススメなのがこの韓屋マウル。国立公州博物館と宋山里古墳群のほぼ中間にある宿泊施設で、各種食堂も完備。むかしながらの薪を使ったオンドル部屋でぬくぬくと過ごすのもオツでごぢいましょう。

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  公州ではあれこれおいしいものをいただいたが、とりわけ大感激したのがこのユッケビビンバ。もと牧場のオーナーが経営している店で、ユッケの味わいが格別でありMASITA。
「牧場というと、食肉牛も育てていたんですか?」
「はい。牛が100頭いました」
「そがぺんまりえよ?(牛百頭ですか?)」
  ふぁんこ(ファンタスティックカップル)のヘンな女「牛百頭」に教えてやらねばならんと咄嗟に思った。
  ちなみに、公山城に近い「市場精肉店食堂」というストレートな名前のお店でごぢいます(「시장 정육점 식당」。ひょっとすると「腹ペコ精肉店食堂」が正解かも?)。

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  最新型KTX車内(一般室)。窓ブラインドが2列共用。欧州人とは真逆に、大韓人はすぐにブラインドを降ろしたがる。あの第1世代とは比較にもならないほど居住性は向上したけれど、コレをみたら乗る気がしなくなった……。
  つづくо(^ヮ^)о

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