2017.03.22

ネコの歩く街・・・の巻


  ただいま国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  自主企画ページではありませんが(?)、隔月刊誌「旅と鉄道・2017年5月号」(朝日新聞出版・発売中!)に「台湾のローカル線探訪 平溪線とレトロタウン九份の旅」ほかを寄稿しました(4月号増刊「JR30年物語」も併せて発売中。こちらにも何本が寄稿させていただいております)。書店等でおみかけしましたら、お手に取っていただければ幸いです。

  ところで、平溪線の旅といえば、以前このブログでもアップした猴硐猫村がはずせない。件の記事でも主役のひとつとして登場。……という次第で台湾と大韓のネコ模様をо(^ヮ^)о

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  大韓の猫村系(かもしれない)釜山の甘川文化村。ブログ用に整理してアップしないママになっていたネコたちの風景。

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  こういうときっていうのは、間違いなく視線の先になにものかがいる……。

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  あまりハンサムではないが(大きなお世話)、たらふく食えているようでなにより。

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  視線の先にはこの白黒オールカラーがいたんですねぇ。なんだか気の弱そうな御仁で、茶トラの視線から逃げるように隠れてしまいMASITA……。

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  猴硐も甘川も石段や坂道のなかに家々が集まっているというロケーションはやや共通。

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  まぁ、こっちは都会ゆえ集落のスケールが大きいワケだが。

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  病気なのか、咳き込んでいた。感じからすれば、だれかが面倒をみているのだろうけれど、ちょっと心配だ。

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  こちらはソウルの鐘路。シッポの先がモノクロになのはこのテの柄の特徴。

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  太白線・禮美駅構内に優雅なミケネコ。そいや、友人Sが「三毛猫ホームズ」のことを「黒猫ミケの大冒険」とか呼んでたなぁ。かれこれ30年以上前の話ではあるが。

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  忠北線・五松駅。ィ夜のホームを闊歩していたクロボウズは、なんとなくふてぶてしい風情であった。

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  一方、こちらは台湾・平溪線の菁桐駅。

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  平溪老街にキントラさん。

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  おっと、クロボウズ。

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  十分にて。生きてる……よねぇ?

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  ウチのちょび(全長およそ1000ミリ、体重10キロ弱)に慣れているせいか、小柄なネコだとどうも物足りなくなってしまうのであった。

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  猫空にもキントラさん。が〜……。

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  이봐! 개!!
  猫だっていうのに、猫空にはなぜかイヌのほうが目立った。暑い盛りにイヌ版クロボウズってのもさぞや暑かろうと思うのだが、強烈な陽射しとのコントラストがまたイイんだよねо(^ヮ^)о

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  이봐! 개!!
  イヌだとは思うが……。しかしなにもこんな日なたで寝っころがってなくってもねぇ……。
  その猫空。いつものように現地で観光パンフなどをあれこれ入手したのはいうまでもないが(コレは仕事上での習慣)、帰宅して整理していると大韓語版(つまりハングル)をチョイスしていたことが判明。大韓散歩のときは日本語版があればそれもいちおういただくが、それでも大韓語版も確保しておくようにしている。たぶん、ついそのクセでなにげに手にしていたのだろうなぁ……と思った。

Maokongh

◆ついしん

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  コレをアップした18日深夜(19日0時すぎ)、クロボウズが生まれ変わりの道へと旅立った。
  前日に食欲がないのが気にかかっていたが、18日も夜明けとともに外出。「まっ、人間だって食欲のないときはあるわな」と思っていたところ、いつもより早めに帰宅したので、「土曜日だし半ドンだったか」と笑っていた矢先のできごとであった。食欲は皆無。珍しく下痢便。しかもこれも珍しいことに嘔吐したかと思ったら猫回虫らしき妙な物体がいた。明日にでも獣医に連れてゆくかと思いつつも、表でなにかがあったのか(外傷はなく、触診してもいやがる気配がない)、それとも持病由来の内蔵疾患の類が臨界点を越えてしまっていたのか、専門家でもなんでもない単なるネコ好きにわかるハズもない。少し汚れがついていたので、ぬるま湯で湿したティッシュで顔や身体を拭いてやった。ひょっとすると覚悟が必要かもしれないと気づいた。

「明日、元気になったら、おいしいものをたらふく食べような」
「にゃ……」

  寝ころがったまま、わずかにこちらの目を見ながら返事をしたのが最後の会話になってしまった。そのほぼ1時間後。取材旅行前の準備をあれこれしつつ、ふと様子を窺いに行ったら、体温を残したまま息が絶えていた……。クロボウズのあだ名が妙にしっくりとくるやんちゃなネコであった。寂しい。
  20日の朝から不在となる直前の不幸ではあったが、この手で葬ることができるのがせめてもの救いといったところだろうか。なんとなく、生まれ変わりがわが家にやってきそうな予感もするクロボウズの短い現世であった。

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2017.01.03

謹賀新年2017・・・の巻

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  穏やかな年明けとなりMASITA。本年も、なにとぞよろしくお願い申し上げますm(__)m

  トリ年が人類のトリ年になりまっせ〜とはあのノストラダムスも思いつかなかったであろうギャグではあるが、あながちシャレとばかり笑っていられないかもしれん……(関係ないが、ノストラダムスとやらって、ありゃどのへんの部分が面白かったんですかねぇ。幼少のころからいまのいままで、さっぱり理解できないナゾのひとつである。10年ぐらい前だったか、どこぞの三流新聞が類似したセンスの根拠をモトに、「日本経済は復調する」とかなんとか紙面で御高説をたれていて大笑いしたのをたったいま思い出した・笑)。そりゃそれとして、サムゲタン柄の年賀状を親しい友人たちに送ったところ、Sとネタがかぶった(ヤツは水安堡名物キジ料理を選んでいたが、ともに大韓料理ではありますな)。まっ、つきあいが長いからねぇ……。

  年賀状といえば、すでにハガキの大幅値上げが予告されている。じつをいえば、「今年でおしまいにしよう」と毎年のように思っていのだが、ご無沙汰の友人や知人から届けば素直にうれしいし、義理というものだって無視はできない。ゆえに、あれやこれやでスリム化をはかりつつ続けていくのであろう。まぁ、つぎのヘビ年はコブラ写真でド迫力にしたいというお楽しみはあるし、それまではくたばるワケにもいかないだろうしねぇ……。

  で、トリ。ふと目が醒めたら、家の近所で「アエラ!  アエラ!」とどっかのトリが雑誌の宣伝をしているのが耳に飛び込んできた。その「アエラ!」の前に一瞬だけ「カ-…」と発声しているところから察するとカラスのようではあったが、なんだってあんな鳴声になったのか。チェンマイの名も知れぬ仏教寺院で「お、ぱ〜ぃ、お、ぱ〜ぃ」啼きつづけていた“おっぱい鳥”もいたけれど、正体は未だわからず。ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示のほどを……。

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  ところで、なんだったかをネットで検索していたところ、こんなナイスな絵本にぶち当たったо(^ヮ^)о
『うんこしりとり』とは考えMASITAよね。どういうのかというと、「
いするうん」とか「くだのおな」とかそういうのが並んでいるらしい。新年からこりゃイイものを発掘したなと思いつつ某通販サイトをチェックしてみたところ、この両者が「一緒に購入されている」リストに並んでいるのはむろんのこと、「この商品を買った人は」は『パンダ銭湯㊙』やら『みんなにゴリラ』やら『もうぬげない』やら『うんこ!』やら『タコさんトコトコどこいくの?』やら『はなくそ』やら、なんともぶっとんだセンスの絵本を手にしているんですよねぇ。なんつうか、感性のあちらこちらをくすぐられますよ。ぇえ、ぇえ。絵本から学ぶべきこと多数アリラン!  そう確信した2017年の正月でありMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2016.10.05

秋の娯楽・・・の巻


  なんだか近ごろはDVD鑑賞がささやかかつ貴重な道楽になってしまったので、今日はそんな無駄話を(そもそも、汽車に乗ってあれこれ歩き回るのがいちばんの道楽だったのに、好き好んでその道楽を仕事にしてしまったのが運の尽きだったともいえる。その点、DVD鑑賞は仕事抜きにリラックスできるから「貴重な道楽」という言い種になってしまう。「贅沢を抜かすな!」と言われるかもしれないが……)。しかしそれはそれとして、なんにも考えずに「秋の娯楽の巻」としたはいいが、ふと気がつけばもう10月。時間が過ぎるのが異様に速い……。

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  のっけから古い映画を持ち出してしまった。ともあれひさびさにこの「アマデウス」を鑑賞の巻である。かつて楽しんだ映画なりドラマなりに再会すると、なにかと考えさせられることも多いが、「なんとかの天才とが紙一重ってのはホントなのねぇ」という公開当時の友の言葉をふと思い出したものだ。虚実を巧みに織り込んだ物語の展開は面白く、音楽ドラマとしても十二分に楽しむことができた。ただ、あの当時は思い至らなかったハズだが、「レクイエム」の作曲依頼者についてのくだりについては、疑問を抱くところだ。事実(とされる伝承)よりは映画の創作物語のほうが心に染み入るがゆえにそう思う。

  モーツァルトは大好きな作曲家のひとりではあるけれど、かといって格別以上に心酔しきっているワケでもない。だが、仮に「この世に天才なんてものはいるのか?」と問われたとすれば、まっ先にこの名を挙げることにためらうことはないだうと思う。そうあらためて感じた。
  個人的には、この作品の主人公がサリエリであるように、シューマンそのひとにスポットライトを当ててショパンの物語を描いてみたいという思いを抱いているのだが……

  しかしなんだっていまさら「アマデウス」なのかというと、明日のィ夜をウィーンで過ごす予定だからなのだ(コレがアップされるころはユーラシアの空の上にてごぢいます)。旅の主目的はモーツァルトではないのだが、ウィーンということで思い浮かんだのがコレだったのである。残念ながらモーツァルトの正確な墓所はいまだ詳らかではないというが、せっかくなのでゆかりの地のひとつにでも訪れてみたいと思う。

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  おつぎはフォーレの「レクイエム」。コレも大好きな1曲で、機会があればライブで楽しんでみたいと思いつづけてきた(盤にはほかに「パバーヌ」や「エレジー」などフォーレの有名作品が収められている)。残念ながらなかなか機会が捉えられないので、せめてDVDでのんびり鑑賞を……というワケである。
  音色といいテンポ感といい好みにあういい演奏だが、不思議なことにオルガンが設えられてないホールのようであった。ステージ上にはもちろんオルガンが設置されているとはいえ、いまひとつ力強さに欠けているような感も抱く。それを十二分に補っていたのが合唱団で、とりわけ「アニュスデイ(Agnus Dei)」や「リベラメ(Libera Me)」(これらの曲はまさに美しい!)で絶妙なる魂の響きが生み出されていると思った。これからの季節にふさわしく、いい盤を入手できた。

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  話は大きく転調しますけど。前々から取り上げようと思っていてすっかり忘れていた1枚。大韓映画「殺人の疑惑(原題:共犯)」である。なんでコレを買ったのかというと、主演のキムガプスのファンだからなのだが、期待を裏切らない悪役ぶりが演じられていてウレシくなった。

  物語はパッケージにあるとおりで、ふとしたことから主人公が自分の父親に対し、その過去の重大犯罪への疑念を抱くところから話がはじまる。時効を目前とした児童誘拐殺人遺体遺棄事件。容疑者あぶり出しを狙って公開された脅迫電話で語られたつぎのひとこと──끝날 때까지 끝난게 아니다(クンナル テッカジ クンナンゲ アニダ)──。父親が「好きな野球選手の名セリフなんだ」といっていたこの「終わるまで終わらない(最後まで諦めるな)」という言葉が、まさに父親の声が語る脅迫電話の録音として公開されたのである(米大リーグの往年の名選手・ヨギベラ語録のひとつとして知られる“It ain't over till it's over.”のようだ。ヨギベラは、ちょうど昨年コレを自宅で鑑賞したころに亡くなってしまったそうだが)。

  でまぁ、あまり続けるとネタバレになってしまいかねないのでこのへんにするが、キムガプスが彼のファンなら知っている“お約束”をきちんと果たしていたところにもグっときたо(^ヮ^)о  しかも、その悪役ぶりときたら、あの西村京太郎大御大(その節はたいへんお世話になりました)をして感激してうなってしまうに違いないと確信させるものがあったのだからタマラナイ。

  それにして、も。ソンイェジンというのは不思議なイロっぽさの漂う役者だと思う。ヨンさまと共演した「4月の雪(原題:外出)」のときもしみじみ感じたが、この作品でもしばしばそのイロっぽさにあてられることとなった。ハンイェスルではただのいちども覚えたことのない感覚なんだがねぇ……。ぁあ、韓藝瑟と孫藝珍。ともに「藝(イェ)」ですねぇ。不思議ですねぇ……。

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  またしても大転調しますが。
  あるとき、ふとしたはずみで通販の検索窓にラッシャー木村とインプットしたら、このDVDの中古が割安で出品されているのに出くわした。ラッシャー木村といえばズバリ「金網の鬼」。当時、国際プロレス中継のオープニングに金網で囲まれたリングが映し出されると、それだけでもうワクワクしてしまったものだが、残念ながらこの盤には金網デスマッチはただのひとつも収録されていない●~*  ったく、それでどこが「金網の鬼」のDVDなんだと思わないでもないが、コレにささやかな散財を決め込んだのにはワケがある。

  同じモノのプロパー品が楽天ブックスにも在庫アリで出ていたのだが、そこには「アーティスト」としてつぎの名前が列記されていたのである。つまり、
・ラッシャー木村
・ジャイアント馬場
・ジャンボ鶴田

  である。繰り返すがこの御三家は「アーティスト」でござるよ。楽天ブックスによればだが。

  これからも想像できるように、収録されているのはおもに国際プロレス崩壊後の全日本プロレス中継のフィルム。あの「馬場〜っ!  これからは兄貴って呼ばせてくれよ!」というラッシャー木村の名セリフが飛び出した試合を中継で見たのは間違いないものの、そのあたりをさかいに中継そのものを見なくなったので、そういう意味でも興味を引くものがある。が〜。本題はそこではなく、この「馬場・鶴田・木村」という並び、そこにこそある。

  話は、オレが真面目に勤め人をしていたころに遡る。会社玄関の受付には、「外出簿」が置かれてあり、商用などで外出するさいにはそこに名前と行き先、帰社予定時刻などを記すきまりになっていた。で、あるとき外出しようとして外出簿を開いたところ、そこに「馬場・鶴田・木村」のお3方の名前が力強い字で記されてあったんですねぇ。ようは馬場さんと鶴田さんと木村さんがタマタマ一緒に外出したにすぎないのだが、オレにとっては大爆笑するにあたいするパフォーマンスだったワケですよ。
  このエピソードを存命だったラッシャー(いうまでもなく木村ってんだが、生きてるんなら連絡のひとつでもよこしなさいヨ!)に話したところ、
「馬場と木村はともかく、ココに鶴田があるところがミソだよな」
  とウレシがっていMASITAね。オレもそのとおりだと思ったワケだが。

  で、そんなくだらん昔話をココ(このブログ)でしようととっさに思いついたので、そのためだけに3000円近い大散財をシャレこんだ……という話なんですねぇ。

  ちなみに、晩年のラッシャー木村の「マイクパフォーマンス」を遡ると、新日本プロレス興業@田園コロシアムにラッシャー木村が「殴り込み」をかけた試合に辿り着くようだが、残念ながらオレはその試合を見ていない。なぜかっていうと、新日本プロレスの試合ぶりや演出が単に好みに合わなかっただけの話で、その点はラッシャー(友人のほう)とは逆の嗜好であった。が、それはともかく、その試合中継をたしかメシを食いながら見ていたラッシャー、テレビ画面のなかでラッシャー木村がやおらマイクをとったところで「みなさんこんばんは。ラッシャー木村です」と折目正しく挨拶をしたのを目撃して、その場で凍りついてしまったという。そんな話を大爆笑とともに教えてくれたものだったが、そのときはラッシャー木村の晩年云々を想像することなんぞできるワケはない。

  閑話休題。それにしても、最晩年のラッシャー木村の姿には痛々しいものを感じないではいられなかった。そこにプロ根性のようなものを感じとることもできる一方で、見たくなかったなという気もする。やはり「金網の鬼」は「金網の鬼」であってほしかった。ジプシージョーやアレックススミルノフ、オックスベーカーらとやりあっていたあの雄姿こそが懐かしい。

  無駄話は長くなってしまうが、ラッシャー(友人のほう)との間で決着のついていない論争がある。よく知られたプロレス技のひとつに「逆エビ固め」ってのがある。また、押さえ込んだ相手の片脚を持ち上げてフォールする「片エビ固め」ってのもある。前者はうつぶせにした相手の脚を逆側(背中側)に締め上げてダメージを与えるなりギブアップを奪うないという技であり、後者は仰向けになった相手の片脚を抱え込むことによってフォールをより堅固にするというものだ。つまり、名前は似ているけれど、技としての性格や目的はまったく異なる。ではさて、「逆エビ固め」の態勢で両脚ではなく片脚だけを抱えて締め上げたらどうなるか?  技のベースは明らかに「逆エビ」にあるから、「片逆エビ固め」ではないかと思うのだが、ラッシャーはあくまでも「逆片エビ」を主張して譲らなかったのである。しかしそれでは「片エビ」(つまりフォール態勢)を単に逆さまにしたことになってしまい、現実に目の前にあるギブアップ狙いの技としての説明がつかないではないか(「逆エビ固め」そのものが「エビ固め」の逆バージョンだというのがヤツの主張なのだが)。
  その論争はかれこれ数年にわたって繰り広げられたが、あれから30年以上経ってなお決着が着かないママ。ラッシャーが行方不明のいま(あっちからみればこっちが行方不明なのかもしれないが)、これでは論争そのものが墓場まで持ち越されかねん(笑)。

  ちなみに……。その論争の切っ掛けをたったいま思い出した。かつて発行されていた雑誌「デラックスプロレス」のバックナンバー表紙に、ジャンボ鶴田が黒人選手に対しこの技をかけている写真が載せられていたのである。それをみたラッシャーがふと気づいたように「コレ(その黒人選手)、レイキャンディーと違うか?」とひとこと。で、なにが面白かったのか、いまとなってはさっぱり理解できないのだが、大爆笑が止まらなくなってしまったオレ。で、たぶんそのときに「片逆エビ」と言ったオレに対し、ヤツが「いや、これは逆片だ!」と論争を仕掛けてきたのであろう。ココまでお読みくださった方、ホントにバカバカしい昔話ですみませんでしたねぇ……。

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  またまた転調して本の話を。
  この『藤原新也の動物記』(新潮文庫)を「そいや読んでないな」と気づいたので、入手して読んでみた。大爆笑を誘ったくだりがあった。

  沢木耕太郎の『深夜特急』の終盤。「サグレス」という名のビールとサントイッチだかなんだかを市場で買ってサグレスというユーラシアの果ての岬を訪れた場面がある。しかし、そのビールやらをどうするつもりだったのかと自問する著者。「サグレスの岬でサグレスという名のビールを呑む、という形ばかりのイメージにとらわれていた」というワケだ。しかし、最終バスで到着したサグレスはすでに夕闇のなか。あたりにはホテルどころか開いている商店の類すらない。いわく「その浅薄さのしっぺ返しはすぐに受けることとなった」。が〜。その「浅薄さのしっぺ返し」も、藤原新也自らが呼び込んだ“災難”にくらべればかわいらしいものである。

  インドを放浪していた藤原新也、なにを思ってかヘビ使いの男から必須の商売道具を買い取ってしまったのである。ヘビ使い必須の商売道具。いうまでもなくコブラである。それも、とりわけつややかでイキと気の強そうなヤツを、1日200円で過ごすのもどうかという旅人が、1200円も投げ打って買ってしまったのだから愉快である。で、もちろん、買ったはいいけれど思いきり持て余すことになってしまう。あたりまえだ。そのコブラがほしいと思った気持ちはわからないでもないが、それにしたって買ってどうしようと思ったのだろうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  でまぁ、ホテルの自室に持ち込まれたコブラ入りの壺は、時間をおうごとにその存在感を増す一方なのだが、あの藤原をしてこういわせしめてしまうのである。
<厄介なものをかかえ込んだと思った。私は、日に日に、その壺に対して臆病になっていった>
  このあたりの描写は鬼気迫る迫力があるが、あたりまえのこととしていずれはそのコブラにエサを与えなければならないときがやってくる。意を決し、ヘビ使いのアドバイスにしたがって鶏卵をあげることにしたはいいが、ヘビっていうのはあれでなかなか力強いらしく、押さえる藤原の手をスルスルとすり抜けるや、まんまと壺の外、つまりホテル自室で鎌首を持ち上げられるハメになってしまったワケだ。まぁ、笑っちゃいけない場面なんだろうけれど、コブラをそれもインドのヘビ使いを相手に衝動買いしてしまい、挙げ句の果てにはホテルの部屋で1対1でにらみ合うハメになったなんてすんばらしいエピソードではないか。

  それにして、も。「噛まれたら死んでしまうが、コブラから噛まれて死ぬことはよいことなので落胆しないこと」というヘビ使いの口上にはグっとくるものがある。また、「あらゆる動物の中で、蛇ほどシェイプアップされたものを他に知らない。(中略)ほとんどひとすじの線としての洗練された存在」という著者の観察眼には唸らざるをえなかった。

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  そんな話をデラTこと斉藤恒芳にしたところ、上の写真を送ってよこした。撮影者はもちろん斉藤である(ラージャスタン州の国道を走っていて道ばたに蛇使いを認めたデラT、慌ててクルマを止めて撮ったのだそうな)。
  で、オレがなにを思ったかというと、コブラは持て余すに決まっているからいらないけれど、この笛とカゴ壺が無性に欲しくなってしまったのだ。ところが、大手通販サイトを複数チェックしても該当商品は見当たらず、たった1サイトだけ扱っているのに遭遇するに留まってしまった。もっともその店でも在庫なしとの案内で、ようはお手軽に入手しようなんてのが甘い考えであることがわかっただけであった。

  しかしそれ以上に不可解なのが、その「ヘビ使いセット」を買ったといった類の記述が、少なくとも日本語ではいまだネット上で遭遇できていないことなのである。ほしがってるひとがいないとは思えないし、インドに行く日本人だってけっして少なくはないハズ。であれば、そのなかのいくばくかのひとが笛なりカゴ壺なりを入手して、ブログなどを通じて自慢話のひとつをしていてもおかしくはないではないか。……それにしても欲しいなァ。

  ところで。デラTによれば、「死(蛇)に勝つという意味で尊い職業」だというのをどこかで読んだという。で、毒蛇を大韓語にすると「독사(トクサ)」。しかしこの「독사」というのは「毒蛇」であるとともに「毒死」でもある(単に「사(サ)」が「死」でもあるというだけの話だが)。このへんは日本語でも似たような部分もあるけれど、同じアジアにあってなんらかのつながりがあるのだろうかという気もする。ついでながら。

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2016.08.06

とある夏の思索?・・・の巻

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  庭でブルーベリーを収穫。とりあえずおよそ1キロ。たった1本きりの細い樹だが、こうして毎年楽しませてくれるのがありがたい。
  それはそれとして、どうも妙な夏模様である。台風の少なさもそうだが、大平洋高気圧が北に偏り過ぎてはいまいか? シロウト目には、ちょっとした“サジ加減”で冷夏になってもおかしくはないようにも思えるのだが、日々の気象情報をみていると、東京地方の熱帯夜が異常に少ないような気もする。はたして、晩夏以降の気候やいかに?

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  今夏は、わが家のネコどもにとっては災難の季節となった。お二方ともにノミの襲来を受け、とてもじゃないがココに写真を載せる気もおきないありさまなのだ。
  ただ、食欲だけは猛烈で、夏バテなんぞどこ吹く風のごとくムシャムシャとよく食べる。食い終わったころに様子を窺うと「食った、食った」とゴキゲンに寝そべっていたりもするが、こっちの顔を見るや「もっとくれ」とせがむ。で、「カリカリ」をカンに移して保管いているひとも少なくないと思うが、驚いたのはちょびで、夜中などにそのカンをひっくり返してしまうのであった。テーブルの上などに置いてあるのを、手で「ちょいっ」とひっかけて床にまっ逆さま。運がよければその衝撃でフタが開くので案配がいいというワケだ。よく覚えるものだと感心するほかはないが、手足が霊長類と比べて構造的に不器用なだけで、サルあたりよりも知能が高いのではないかと思うことすらある。もっとも、サルなんぞ飼ったりした日には、そんなもんじゃ済まないとは思うが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ところで。外出の折には必ず本を携える。世間では、いつの間にやら携帯端末(スマホなど)とにらめっこしているひとが大半のようで、読書で過ごすなんていうのはごく少数派となってしまった。最近訪れた街でざっと観察したところでは、ソウル>東京>広州(中国)>バンコク>台北という順でスマホへの依存度が測れるような気がしないでもない。欧米ではどうなのかという気もするが、ホテル予約サイトの投稿に「WI-FIの速度が遅かった」といった理由で辛い点をつけられていることなどをみると、この依存傾向はほぼ世界中の現象なのかもしれない。

  オレ個人のことでいえば、携帯端末やノートパソコンなどを公共の場(鉄道車内や飛行機内、飲食店内など。インターネットカフェなどそれ用の場所はまた異なる)で用いるのは、たとえはキツイが人前でクソをする程度に恥ずかしい行為だと思っているし、いわんや仕事中の画面をわっざわざ丸見えにするというのにも抵抗がある。それに、スマホの小さな画面をチマチマといじくるのも性に合わないし、場面次第で便利なのは認めるにしても、コスト相応とはとても思えないので、使うつもりはまったくないのである。

  のっけから話が飛んでしまった。閑話休題。
  外出ということで、外国散歩のさいにも日数に合わせて1〜3冊程度を荷物にしのばせておく。空港での待ち時間や機内でのヒマつぶしにもなるからだ。持参するのは新刊に限らず、書庫から引っぱり出してきて再読するものもある。たとえば、この『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』(藤原新也・河出文庫)もそんな1冊で、前日のィ夜のたまたま目に止まったものを「久しぶりだが……」とカメラバッグに詰め込んだ。内容は、著者が出会ったひとびとやできごとを記したもので、日常のさりげない出会いのなかから14編の物語が編纂されている。

  ここからが“本題”に近づいていくが、このときはもう1冊、『深い河』(遠藤周作・講談社文庫)を無意識に選んだ。1993年の発売と同時にハードカバー版を入手、3年後に文庫化されたその初版をほぼ20年ぶりに開くこととなったのである。しかしコレは妙なカップリングとなってしまった。

『深い河』では、のっけから“不治の病”に冒された妻を見送る夫という場面から物語が展開してゆくが、『コスモスの影〜』もまた、導入の1編で病で妻を亡くした男の話が語られている。ただそれだけの一致ではあるものの、旅客機の座席で開きながら、なんらかのシンクロめいた偶然を感じないではいられなかった──あえてこじつければ、『深い河』もオムニバス的な構成を見せているし、遠藤周作がクリスチャンである一方で、藤原新也が仏教徒(『コスモスの影〜』にも「僕は仏教徒で、敬虔なクリスチャンの彼とは〜」というくだりがある)である点にも“共通点”を勝手に見い出したりしたが──のである。長くなりすぎるので詳細は割愛するが……。
  もちろん、この2冊を選んだのは単なる偶然。意味なんかありゃぁしない。だが、無意味なことがらに引きずられがちなのもまた人間である。なんかイヤ〜な予感がそのときはしたものだが、あとになって顧みれば、そこになにがしかの“誕生”のきっかけを予感しなくもないわけで、それはそれで楽しくもなってくるのだ(もちろんともに名著。『コスモスの影〜』はとあるフリーペーパーの連載エッセイを編纂したものだが、その全71編をまとめた「完全版」を読みたいと熱望しているのはオレだけじゃないだろうなぁ……)。

  とかなんとか、あれこれどうでもいいようなことに思いをめぐらせる材料にもなるのだから、読書というのもバカにはならない。もっとも、あるときはやはり久々に『蒼ざめた馬を見よ』(五木寛之・文春文庫)を離陸準備中の機内で読んでいたはいいが、ちょうど「ただいまより離陸します」のアナウンスと同時に飛行機が墜落した場面(まさにその「行」)がシンクロしたのにはまいった(笑)。

Requiemmozart

  でまぁ、なにを思ったのか、モーツァルトの「レクイエム」を映像つきで聞きたくなった。指揮者としてショルティーの名があったので購入したこの盤は、モーツァルト生誕200周年記念イベントを収録したもの。曲の合間に祭祀が挿入されるのは、キリスト教の行事を垣間見るという点で興味深かったが、もちろん曲だけの再生も可能だ。
  じつは、ワケあって学生時代にこの曲の合唱団の一員となったことがある。おかげで、およそ30年が経ったいまでもこのラテン語歌詞の曲を諳んじることができるが、久々にこの曲を聞きながら、モーツァルトというのはホンマモンの天才だったのだなとの感を強く持った。それでピアノソナターのCDを引っぱりだして聞き入ったり、ついでに(?)バッハの「平均律」なんかも久しぶりに聞いてりたりするワケだ。魚釣りの世界に「釣りはフナではじまりフナでおわる」というのがあるが、なにやらそれに近い心境といえなくもない……。

  ところで、このときはネット通販を検索しながらモーツァルトにするフォーレにするかちょっとだけ悩んだ挙げ句にモーツァルトにしたものだが、本当はコダーイの「ミサプレビス」のDVDがほしかった。名曲だと思うのだが、どういうワケか出版数が少なく不遇な感じがする。

Livingproof

  話は変わるようだが、著名人の闘病などを通じて乳ガンがにわかに注目されているようだ。じつは、この病気で三十数年来の友人を失い、いささか“参って”いるといえなくもない。組織型云々などは知らないままだが、初発からかれこれ10年以上は病と戦ってきたと記憶している。それが「そいや元気にしてるかな? 久しぶりに会合でも開くか」と思っていた矢先に電話があり、「ちょうど連絡しようと思っていたんだ」と思って出ると、聞こえてきたのは本人のではなく妹の声であった……。

  それが直接の契機というのではないが、ガンの治療などについてあれこれ調べていたことがある。そこでは、知られざる医学の進歩に驚かされたり、それでもなお難病でありつづけるガンという存在そのものにもシロウトなりの興味を抱くことにもなった。そんななか、興味を覚えたもののひとつに分子標的薬がある。従来の抗癌剤とは異なる発想で開発されている薬で、乳ガンや肺ガン、白血病などの治療に用いられているという。ひところ副作用が重大問題となったイレッサ(ゲフィチニブ)もそのひとつ。これはある特定の遺伝子に異常をきたしているタイプの肺ガン患者であれば副作用もなく効果が高いということで、その後にも用いられている。

  乳ガンでは、いくつかある組織型のうちHER2(ハーツー)という特殊なタンパクが過剰に現われている「HER2陽性」の患者に対しハーセプチン(トラスツズマブ)と呼ばれる分子標的薬が高い効果を見せている。「HER2陽性」患者は乳ガン全体の4分の1程度。従来は悪性度の高い疾患とされていたものが、この薬の登場によってむしろ治療しやすいタイプになったらしい。
  このハーセプチン実用化を題材としたのが2008年に公開された米国映画「希望のちから(原題:Living proof)」である。

  実際のできごとをエンタテイメントとして脚色した内容で、主人公の医師を軸に、おもに臨床試験段階の物語として綴られている。ただし開発秘話といったドキュメンタリーではなく、むしろ死に直面しつつある患者やその家族にスポットライトをあて、この希望の特効薬によって救われてゆくひとびとの悲哀と歓喜とを描き出している。作り手の心優しさが伝わってくるような台本であり演出だと思った。
  ただ、それだけに科学ドラマとしての要素はまったくなく、その点に物足りなさが残る。臨床試験に至るまでにはさまざまな発見や苦悩があったハズで、「どうして効くのか?」という素朴な疑問とともにそのあたりももう少し丁寧に描いてほしかった。また、ヒューマニティあふれる視点も、せっかくの特効薬も実際に投与するとなればべらぼうなカネを要することにまったく触れられていないことにより評価が減殺されてしまう(ゆえに「臨床試験」が命綱になるということだろうか?  間違っても比較対照試験があったとは思いたくもないが)。わが国では実質1割程度の自己負担で使用できるハズだが、それでもひとつの治療薬の負担としては重い。ましてや公的保険“後進国”米国とあっては……。

  ついでに。「科学(医学)ドラマ」ということにこだわるのであれば、あのSFもどきサスペンス映画「アウトブレイク」(ありゃぁあらゆる罵詈雑言を喰らわしても足らないほどの愚作だった)に類するような疑問を抱かせる部分があるのも気になった(万が一闘病中の方が目にすることを慮り、シロウトの具体的発言は控えるが)。やや乱暴な言い方になってしまうが、ヒューマニティドラマとしては「名場面」もあって心に残る作品ではある一方で、駄作の一歩手前かもしないとの思いも捨て切れなかった。もっとも、作中で主人公と製薬会社との間で交わされたようなやり取りが、映画制作者と配給会社などとの間にあったであろうことも想像できなくもないわけだが……。

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2016.05.26

しゅぽ、こらじはごぬん・バンコク郊外編など…・・・の巻

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  隔月刊誌「旅と鉄道」(朝日新聞出版)2016年7月号に「菜の花を求めて中国二千五百公里」と題して中国汽車紀行を寄稿しました。なんだか忘れたころに……という蔵出しではありますが、広州〜羅平間を中心に旅の印象などを記しています。ほか、いくつかの記事も担当。お手にとってお楽しみいただければ幸いですm(__)m

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  とりあえず“お約束”ということで、まずはクルンテープ駅(バンコク中央駅)前のしゅぽ。この風情で、けっして田舎の駅でないあたりがステキо(^ヮ^)о  もっとも、ちょっと路地を入れば日本の大都市ターミナル駅だって似たようなものではあるが。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  メークロン線の汽車に揺られてしゅぽ探し。まぁ、こっち(タイ)でなんと呼んでいるのかはわからないけど、日本語に訳せば「よろずや」だの硬いところでは「個人商店」になるのであろう。が〜。大韓語であれば間違いなしに「슈퍼=しゅぽ」。中国語ならば「超市」でキマリである。しかし、だからぢうしたってな話ではありますね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  ふふ、ふ、踏切マークはバンコクおっと万国共通……か?

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  夏休み風味のしゅぽ。ホウキがたてかけてあります。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  店先の緑色の物体はなんだろう?  いまごろになって気になった。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  汽車のなかからだとこうなりがちなのが悩みのタネ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  こちらはナムトック線の車窓から。紛れもないしゅぽだ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  ウォンウィエンヤイ駅前。ドメスティックなふふ、ふ、踏切とイレブンのコラボ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  ネコエサが売られているのをみてなぜか安心。ネコがかわいがられている証拠である。ふと『もの食う人びと』(辺見庸)の一節が去来したりもしたが……。

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  이봐! 개!!
  ところで、今回のタイミニ散歩でしゅぽ以上に目立ったのがイヌであった。もちろんネコにもあちらこちらで会ったので、おいおいアップするが、野良なのか飼い主の放任主義なのかはいざしらず、ヒトも歩けばイヌにあたる。

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  이봐! 개!!
  さすがに暑ってことなのか、軒並みこんな案配。一見すると平和だけど、日本国内とは違い、狂犬病に対する警戒を怠らないほうが身のためというもの。ニンゲン、イロイロなくたばり方があると思うが、感染症部門でいうと狂犬病と破傷風だけは絶対に避けたいもんだ。このおふた方にくらべれば、あのエボラ出血熱でさえいくらかマシに思えるのだけど、どうだろうか?

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  이봐! 개!!
  田舎道のあずまやにて。このイヌ、よくみると座り方が悩ましい(笑)。

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  이봐! 개!!
  コッスンふうですね。ちょっとタイプо(^ヮ^)о

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  이봐! 개!!
  早朝バンコクの街角にて。なんか哀れっぽい雰囲気が……。もっとも、ヨコをすり抜けるさいには十分に気をつけたもんだ。

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  이봐! 개!!
  ちょっとスラム風味。

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  이봐! 개!!
  このテのイヌって、「ウロチョロ」とか「ウロウロ」というのがよく似合う。「ハァハァ」と息遣いが聞こえてくるようでごぢいます。

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  이봐! 개!!
  クウェー(クワイ)川鉄橋の玄関でウロウロする3頭。きっとコレがカルカッタだのダッカだのだと、もっとシビレる情景になるのであろう……と思った。
  つづくо(^ヮ^)о

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2015.12.28

本年もお世話になりMASITA・・・の巻


  今年もなんだか無駄話に明け暮れたような気もするけれど、無事に本年最後のアップでごぢます。12月の大韓散歩話をちょっと中断して、まずは最近読んだ大韓関連本の紹介などを……。

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  あるときなにげにネット通販で検索したら、その値段から手を出しあぐねていた『韓國原影  桑原史成写真集』(三一書房)が割安でおでましо(^ヮ^)о  さっそく入手してシビレまくった次第。
  内容は、写真家・桑原史成氏が歩んだ韓国現代史。米軍がらみの影や軍事政権下での学生デモなど、生臭い場面が続々と登場してくる(日本における安保法デモは、どれだけ映像として歴史に残されたのだろうか?)。そこにあるのは庶民であり、生臭さとともに躍動感や温もりが全編を貫く。そうしたコマに見入りながら、「なんだってオレはこの世界に惹かれるのだろう……」と自問を繰り返すのみである。

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『鯨とり  対訳シナリオで学ぶ韓国語』(脚本:崔仁浩/編訳注:林原圭吾・白水社)
  こりゃぁ本当に生きた韓国語の教科書だо(^ヮ^)о  読むのにだいぶ時間がかかっているけれど、文法や表現の解説も懇切丁寧でなにかと参考になる。英語など学校などにおける外国語の学習も、こういうのを題材にしたらもっと言語として体感でくるように思うのだけど……。もちろん、題材となった映画「鯨とり」は傑作中の傑作!

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  こちらは韓国関連書籍・雑誌などでおつきあいいただいている康煕奉氏の新刊『宿命の日韓二千年史』(勉誠出版)である。
  いろいろと取り沙汰されているが、じつは現在ほど韓国が日本で関心を集めている時代はないかもしれない。少し前の“韓流ブーム”にせよその後の“嫌韓”にせよ、そのいずれもが関心へと結びついているからだ。オレ自身が大韓散歩に明け暮れているのは、仕事という意味はあるにせよとりたてて大層な目的があるワケではない。いうなればネコの散歩みたいなもので、前後不覚のままふらふらと隣国に舞い降りているというのがその実態。しかし、その根っ子にはかの国とそこで暮らすひとびとや文化などに対する関心があり、それが源泉となって「気になって仕方がない」から大韓散歩へと繰り出しているとこじつけることも可能なのではないかと思う。

  一方で、民族という観点でみれば、その関心やつきあいはそれこそ古代からつながっているのであり、あらためてその歴史をひも解いてみてもいい。本書は、帯にあるとおり「古代から現代まで、二千年の日韓の歴史をわかりやすく」まとめた1冊。そこには、日本に生まれ育った「在日韓国人2世」である著者だからこそできうる視点が、微妙な陰影を伴って網羅されている。日韓の歴史の足跡を訪ね歩くルポという要素もあり、リアルに読者に語りかけてくるだろう。“現代史”のひとコマとしての「あとがき」も圧巻である。日韓双方で読んでもらいたい……ふとそう思った。

  ココからはやや蛇足。本書中でも、近代史部分において「創氏改名」というわれわれ日本人にとっても(マトモな感性を持っていれば……だが)あまり耳障りのよくないできごとに触れられている。そのくだり──

<創氏改名を行なわない人に対しては、子供の入学不可、役所での事務受付拒否、公的機関への採用禁止という厳しい罰則が設けられた。>(本書201ページ)

  世間で「マイナンバー」と呼ばれている「国民管理番号」(個人的にはほかに「ユアナンバー」と呼んでいるが)を思い浮かべた。義務教育のある現代ニッポンが「子供の入学不可」なんてないだろうと思うかもしれないが、平気の平さで憲法をないがしろにする連中が権力の中枢に巣食っていることを忘れてはならない(憲法ってのは、そういう連中を暴走させないためにあるのだがねぇ。改定は可能だが、同時に不可侵でもあるのではないのか?)。いずれ買い物ひとつにも管理番号がまとわりついてくる可能性は否定てきないのではないだろうか。そうなれば、これは祖国為政者が自国民に科した「創氏改名」という見方だってできるかもしれない……(韓国のネット通販などで、国民登録番号の類を要求され買い物を断念したひとも少なくないのでは?  言論や結社の自由などをめぐって韓国でも大問題となっているが、ああした点を含め、韓国のそれはわが国にとって他山の石でもある)。

  このほか、軍事政権下にあった1961年から翌年にかけての韓国(おもに政治)を解説した『激動する韓国』(松本博一・岩波新書〜せっかく微妙な時期に長期滞在していながらルポがほとんどないのが残念。庶民の暮らしぶりがほとんど描かれておらず、期待したような内容ではなかった。が〜。韓国や北朝鮮の状況に触れながらも、むしろ当時のわが国の動きやセンスが窺える点は興味深い)や“皇国少年”として育った著者が、ふたつの“祖国”で生き抜いてきたその半生を語った『朝鮮と日本に生きる──済州島から猪飼野へ』(金時鐘・岩波新書〜こちらは深い作品)などと出会った。


  話かわりますけど。年末の休息時間はひさびさに「その夏の台風(그 여름의 태풍」でひとときを過ごす。個人的には大韓ドラマの最高傑作ではないかと思っているのだが、あらためてみるとやはりいい作品だ。
  音楽もいい。なかでもこの「Memory」はお気に入りの1曲。「その夏の〜」ではあるけれど、冬の暖のなかで聞くのもまたオツなのだ。




「その夏の台風」は夭折してしまったチョンダビンとあのハンイェスルとが競演している。そのいぇすらの最高傑作はあのふぁんこ(ファンタスティックカップル=환상의 커플)でキマリだとは思うが、「クリスマスに雪は降るの?(크리스마스에 눈이 올까요?)」で彼女が演じた“ふつうの女の子”も個人的には「主演女優賞」である。いぇすら唯一の“フツーのメロドラマ”だし。
  ただ、このドラマのストーリーや脚本にはちょっと暗すぎて疲労感も……。一方で音楽は素晴らしく、いまでもサントラ盤CDを仕事のBGMにしていたりもする。ところが、ドラマ中にたびたび流れている歌で、なぜか収録されていないのがひとつある。美しいメロディーとハーモニー。しかもかなりの美形だ。しかし曲の正体もわからないのでは音源の探しようもなく、長いことモンモンとしていたのであった。が〜。歌詞にある「사랑이 있을까=愛はあるのだろうか?)」というフレーズにあるとき「ピンッ!」ときてさっそく検索。するとあっさりとその正体がわかったのでありMASITA(動画はドラマとは関係ありません)。



  ↓曲もいいけど、いぇすらがきゃわゆすぎる……(こっちはクリ雪)




  ところで、大韓散歩のさいにはさりげにテレビ番組ネタをチェックするのも楽しみのひとつ(日本ではほとんどテレビを見ないし……)。で、12月の巻に遭遇したのが、米国アニメ「おっはよー! アンクル・グランパ(邦題)」だ。
  なんつうか、あの特殊漫画家・根本敬画伯の世界が大平洋を渡ったというか、でなければ妙なクスリでもかっくらった状態でつくったがごとしのとんでもアニメ(褒め言葉だYO)。なりゆきまかせの動画もナイスだが、もっともウケたのが画面にときおり現われる実写状のトラだ。内容がさっぱり理解できないママ、トラが出てくるたびに腹を抱えて大爆笑させられてしまいMASITA。

  帰国してさっそく正体を確かめると、「Giant realistic flying tiger」なんてなこれまたイカれた名前であることが判明(驚くべきことに、グーグルに「Giant real」まで入力すると、予測なんちゃらで「Giant realistic flying tiger」が筆頭にお出ましになった・笑)。ふと「The original intelligent  sensational Destroyer(ザ・デストロイヤーのことだYO)」を思い浮かべたけれど、これじゃウチのちょびを「シマシマでシッポが長い甘えん坊の巨大ネコ」にでもしなければならないではないか。ちなみに、公式サイト紹介によればこのトラ、「イケメンバンド好き」の「女の子」だそうだ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  一方、大韓ドメスティック番組ではコレだろうねぇ……。

  トロット専門局(?)「inet」で遭遇した「イチョルミンのシアワセ歌教室(이철민의행복노래교실)」である。内容は以下の動画そのまんま。画質も音質もこんなものである。正体の覚束ない司会のイチョルミンはもとより、会場は“イイ顔”のカオス状態о(^ヮ^)о  こんなのをみてると「ぁあ、そこいらへんのおっとっつぁんやおっかっさんらのカラオケってのも案外イイものなんだなァと思えてウレシくなってくる。地元・千葉テレビの某カラオケ番組が「たいそう豪華な歌謡番組」に思えたりもするのだが……。




  この「inet」、「15周年記念」だかで日本ゆきのクルージングツアーの参加者を募っていた。コースはふたつ。「山口&北九州コース」(アベとアソーか……ケッ!)と「大阪コース」が組まれ、名も知れぬようなトロット歌手によるコンサートなんかもプログラムに含まれていたりする。前者は39万9000ウォン、後者は29万9000ウォン。ふと「こんなのに便乗して大韓風味を味わいつくすのもええなぁ……」と思ったもんだ。このCMを目撃したのが12月10日のィ夜。ところが、後者の出発は1週間を切った12月15・17日。前者にしても12月19・20日が出発という慌ただしさ。さすがに「絶賛発売中」とは謳っていなかったが、これはもう在庫処分市の心境だったのではアルマイトの弁当箱?  はたして無事に催行されたのか否か……大きなお世話ですね(笑)。

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  話かわりますけど。クロに首輪をつけてみた。口内炎はやや改善、鼻炎も少しずつよくなっているようだが、相変わらず日中はドロンしてしまうため、いつまで経っても獣医に連れていけないのが悩みの種。18時ごろに帰ってきて朝になると外出。寒くなったせいか、8時すぎまでいることが増えたが、ひょっとすると前世は勤勉なサラリーマンかなにかだったのだろうか(笑)。そんな気さえさせられる規則正しい生活ぶりである。

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  冬の楽しみはちょびとのおねんね。布団のなかがホカホカぬくぬくふわふわシアワセネコベッド(행복한고양이침대)。
  という次第で、本年もお世話になりました。来年もよろしくお願い申し上げますm(__)m

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2015.11.22

嗚呼、公州駅・・・の巻

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「旅と鉄道2016年1月号」(朝日新聞出版)で、珍しく(?)大韓特集ページを構成、取材および記事作成等を担当しました。
  今回はソウルに事務所を構える「コリアトラベル社」とのタイアップ企画で、鉄道以外の内容にも重点が置かれていますが、大韓散歩の気軽な面白さはいくらかでも紹介できたのではないかと思います。
  本号ではほかに最後の寝台特急となった「サンライズエクスプレス」とブルーの客車による最後の夜行急行列車「はまなす」の旅なども担当させていただきました。書店などでお見かけのさいには、お手にとっていただければ幸いです。

  という次第で、誌面に直接は触れなかった部分など取材模様をいくつか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まずは公州駅。
  大韓ネタとはいっても今回は完全な受け仕事。取材ルートや物件についてはほぼおまかせ状態だったのだが、あがってきたルートを見たところで、「これはちょっと愉快だゾ」とほくそ笑んでしまった。この公州駅、今年4月にKTX専用駅(湖南高速線)として開業したのだが、公州は公州でも中心地から遠く離れた原野の真っただ中にポツンとつくられたという西部劇的ロケーションで、とうの大韓人をして「幽霊駅」だの「(日本の北陸新幹線の)安中榛名駅よりも閑散としている」だのと揶揄されているシブい駅なのである。つまり、期せずしてその実態を探る機会を頂戴することになったわけだ。

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  岐阜羽島だって大都会(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  想像どおりの駅前であった。まだしも陽気がよかったのが救いではあったが。

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  さすがに大韓名物2面4線とはせずに、対面式2面2線の間に通過線を持たせたスタイル。停車列車は目下のところ下り14本・上り13本(平日)。来年開業の北海道新幹線よりは多い。

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  記事中では触れるスペースがなかったが、1日あたりの平均乗降客数は9月が380名、10月が430名だったとの由。いうまでもなく、公州は百済の古都であり、国際的な観光地である。公州駅は長らく鉄道空白地帯だった公州や同じく百済の古都・扶余にとっては待望の鉄道駅というわけだが、それにしてもこの数字は寂しい(駅と公州市街、扶余とはちょうど「△」形の位置関係にあり、駅は扶余とのアクセスも考慮されている……らしい)。

  大韓では鉄道以上に路線バス網が充実しており、文字どおり全国津々浦々で近隣の街同士やソウルなどとが結ばれている。公州や扶余も例外ではなく、ソウル〜公州間は高速バスでおよそ2時間20分程度。公州駅と市街地との間は路線バスで40分前後かかるため、たとえソウル〜公州間をKTXで速達(最速1時間)したところで、市街地に乗り入れるバスが強敵であることに変わりはないのである。

  一方で鉄道には有利な点もある。1台でせいぜい40人程度というバスに対し、鉄道ならば1編成でその10倍はかたい。たとえソウル〜公州間のバスが3〜40分間隔という頻繁運転であっても、いざとなれば立席乗車も可能な鉄道の輸送力には適いようがないのであった(おまけに渋滞のリスクも鉄道にはなしもふ)。然るにこの数字……。鉄道会社や行政でもさまざまな施策を立案中とのことだが、宣伝やアクセス連繋の充実などを早急に講じる必要があるように思えた。

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  駅前にはバス乗り場。右が公州駅発、左が総合バスターミナルなど市街地発時刻。このほか扶余との間に5往復の便がある(ともに所要約40分)。ハングルの地名が読めれば利用も容易だが、こういうのは駅に戻るさいのほうが難易度が高いケースも(代表例が晋州駅か?)。200番バスが総合バスターミナルとを結んでいるので、それを狙うのがよさそうだ。もっとも、そのバスターミナルからソウルなど各地を目指すバスが運行されていたりもするのだが……。

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  이봐!  개!!
  駅前の俯瞰を撮っていて、ふと気配に振り返ったら富士おっと、イヌが見ていた。

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  前回の訪問で、錦西門が工事中だったため一部の散策を断念した公山城をリベンジ。

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  食客の身(?)ではあったが、こういうののチェックも忘れてはならんという一例。

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  イイ顔のじいさんもとい公州市内バスターミナル。旧市街にあり、新市街にある総合ターミナルとはまったく離れているが、麻谷寺など郊外の見どころへはここからのアクセスが便利。

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  で、こちらは麻谷寺。

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  あの善徳女王時代の創建という古刹だが、なんだか緩い雰囲気も……。

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  こちらは鶏龍山の麓にある東鶴寺。参道にはなつかしの情景。

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  公州は宿が少ないのがややネック。気軽なひとり旅などでは山城洞に旅館街があるが、全体に寂れていて女性や家族連れにはやや躊躇するムキがあるかもしれない(新市街にはモーテル街があり、日本流にはラブホテル風情だが、ひとり旅などでも気楽に泊れるのも大韓のイイところ。中途半端なビジネスホテルの類よりも、部屋やベッドの広さやアメニティなどのレベルはよほど高い)。
  そこでオススメなのがこの韓屋マウル。国立公州博物館と宋山里古墳群のほぼ中間にある宿泊施設で、各種食堂も完備。むかしながらの薪を使ったオンドル部屋でぬくぬくと過ごすのもオツでごぢいましょう。

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  公州ではあれこれおいしいものをいただいたが、とりわけ大感激したのがこのユッケビビンバ。もと牧場のオーナーが経営している店で、ユッケの味わいが格別でありMASITA。
「牧場というと、食肉牛も育てていたんですか?」
「はい。牛が100頭いました」
「そがぺんまりえよ?(牛百頭ですか?)」
  ふぁんこ(ファンタスティックカップル)のヘンな女「牛百頭」に教えてやらねばならんと咄嗟に思った。
  ちなみに、公山城に近い「市場精肉店食堂」というストレートな名前のお店でごぢいます(「시장 정육점 식당」。ひょっとすると「腹ペコ精肉店食堂」が正解かも?)。

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  最新型KTX車内(一般室)。窓ブラインドが2列共用。欧州人とは真逆に、大韓人はすぐにブラインドを降ろしたがる。あの第1世代とは比較にもならないほど居住性は向上したけれど、コレをみたら乗る気がしなくなった……。
  つづくо(^ヮ^)о

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2015.09.29

ある消息・・・の巻

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  貴重な大韓鉄道特集を組んでいた「鉄道ピクトリアル・1969年8月号」を入手。都内某所で「ひょいっ」と目の前に。状態もよく、元の持ち主が大切に保管していたことを窺わせる。同誌のブレない編集方針がそのまま大韓鉄道近代史の語り部となった1冊で、資料として重宝するのはもちろん、ついつい読みふけってしまう楽しさがある。

  とりわけ楽しく読めたのが大久保邦彦氏による「大韓民国鉄道の現況」だ。当時の各路線の現況を路線図とともに紹介、車両面に踏み込んだところで「未完」となっているのが残念だが、往時の様子をあるていど窺い知ることができた。
  現況路線図見ると、水仁線(水原〜南仁川)はもちろん、安城線(天安〜安城)や水驪線(水原〜驪州)などが現役で、「古きよき時代」などという陳腐な言葉が浮かんでしまう。一方で、太白線の古汗〜黄池(現・太白)間や旌善線の旌善以北などが建設途上にあり、これらはその後に開業している。それよりもソソられるのが光州〜金池(くむじや〜♪)間と金泉〜晋州間に見られる「建設線」である。記事のボリュームとの兼合いか、残念ながら後者ふたつの工事線については本文で触れられておらず詳細についてが気になるところ。だが、さっそくハングル入力で検索してみたもののめぼしい資料が発掘できない。う〜む……。

  しかしこうした分野に強いのが日本の鉄道愛好家だ。そう思い直して日本語(漢字)で検索すると、「光潭夢」氏による個人サイトの「無等鉄道」(だいぶ前に遭遇して旧Macにはブックマークした記憶があるのだが、だいぶ間を開けての再会となった)上で光州(潭陽)〜金池間の訪問調査をしているではないか(大感激!)。
  それによれば戦時中の日本統治下において建設が進められていたらしく、日本の敗戦とともに工事中断。その後、開通に向けての動きはあったものの、実現には至らなかったというのである。現地調査などにおいても未完となった経緯は判然としなかったようだが、各所にその遺構を認めることができたことが同サイトで紹介されている(光潭夢氏にはぜひお目にかかってお話をうかがってみたいものだ)。
  しかし、一方の金泉〜晋州間の建設中についてはにわかには判然とせず、これは今後の自分なりの課題となりそうだ。

  話を戻すと、大久保氏の記事には当時の「京釜線主要列車時刻表」も紹介されており、こんなところにも読みふけってしまうо(^ヮ^)о
  記事によれば、当時のソウル〜釜山間は最速の特急「鳩」と「観光」で5時間45分。「セマウル号」登場前である。ほかに「再建」や「統一」「太極」「白馬」「豊年」(以上、特急)といった列車名があるが、のちに“どん行”に用いられた「鳩(ピドゥルギ)」や準急格の「統一」がここでは特急の愛称だったのも興味を引く。
  もちろん寝台車も健在(ソウル〜江陵間の「十字星号」は寝台車のほか食堂車なども連結し、下り所要時間11時間というダイナミックな汽車だったとの由。たまらん……)、貨客混合列車が運転されているのにもソソられずにはいられない。また、氏提供の龍山駅構内の写真からも隔世の感を覚える。69年5月に捉えられた1枚だが、一面が雪景色なのも面白い。

  ・・・などとひとつひとつ拾い上げていったらキリがないが、ほかには大沼一雄氏の大韓汽車紀行「韓国の鉄道に想う」にもグっときた。乗り合わせた乗客の姿なども生き生きと描き出されており、貴重かつ価値の高いリポートといえるだろう。こうした新旧の大韓鉄道紀行文を1冊に編纂してみたいとふと思った。

  大韓特集以外では、地元びいきの意味もあって房総西線の木更津〜千倉間電化関連記事が懐かしくも楽しめた。「新型客車誕生」としてオハ12・スハフ12が紹介されているのもまさに時代。子どものころ、総武本線佐倉に留置されている12系車両に憧れを抱いていたのを思い出す。巻頭にある「44年度鉄道建設計画路線図」(日本)を見れば、北越北線のように日の目を見たものがあるのはもちろんだが、「根北線がまだ生きていたのだなァ……」との感慨を抱いてしまうのであった。

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  話はココからが本題。件の「ピクトリアル」の大沼氏の記事には、ソウルで購入した「列車時刻表」がわずか16ページ(20ウォン=当時約28円)にすぎなかったことが紹介されている。とすれば、その現物をぜひ拝んでみたいものだが、長年にわたり発行されてきた「月刊観光交通時刻表」は、この当時には産声を上げていない。同誌の創刊は1974年8月。大韓散歩のたびに買ってきたけれど、画像の2012年6月号をもって事実上の廃刊になったというのは、当ブログでもこれまで何度か触れてきた。
  じつは、廃刊の真相を探るべく折りをみて調査(というほど大袈裟なモノでもないが)を試みているのだが、これがなかなか困難。社長失踪による突然の廃刊だったらしいという記述がネットにはあるが、それを裏づけられるような記事(新聞社の配信など)がいまだ見つからないのである。

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  ところが、つい最近になって発行者の姿に辿り着くことができた。きっかけとなったのは、晩年の同誌に広告を出稿していたこの「인터넷꽃시장(インターネット花市場)」である。
  じつはこのサイトもすでに見当たらず、名称やアドレスなどを検索してみてもこれといった情報すら引っ掛かってこないナゾの物件。が〜。以前、当ブログでその代表者らしい「花売り男子・アンヨンソン代表ニムの運命やいかに?」(꽃파는남자 안영선대표님)などと記したけれど、ふと「観光交通時刻表」の奥付に目をやると、「발행・편집인/안영선(発行・編集人/アンヨンソン)」となっているではないか。しかも連絡先のひとつとして記されたEメールアドレスが花市場と一緒。つまり、自らの別事業の広告を自社雑誌に掲載していたわけで、言い換えると広告収入に結びついていなかったことになる。  晩年は、広告といえばこのほかにお上公認バクチのひとつ「スポーツトト」とこれまた正体不明な「パロナ」なるスポーツ用スプレーがあった程度。これは相当に経営が厳しかったのではないだろうか?

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  問題の(?)奥付。

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  さらに、最終号となった2012年6月号の表4にはネットショップ立ち上げ広告があるが、このサイトもまた検索に引っ掛からないまま行方不明。だが、この広告にも本誌の顛末を推理しうるヒミツにつながる手がかりが隠されていた。掲載されている電話番号。じつはコレがあのアンヨンソン氏の電話番号にほかならなかったのである。
  これはなにも国際電話をかけてみたワケではなく、もっともお手軽な手段で探りあてただけの話。アン氏が果物だかサプリメントだかを購入して、その販売会社サイトの掲示板に質問を投稿していたのであった。こんなものが筒抜けになってしまうとは、考えようによってはなんとも恐ろしい時代ともいえそうだが、これによって時刻表の出版と花市場に加えて新たな事業をはじめる手筈をアン氏が整えつつあったことが判明した。やる気まんまんだったのである。

  それにしても、なんだってこうした事業展開を試みていたのか。そのヒントとなる記事を見つけることができた。

※イ:「月刊観光交通時刻表400号突破」

※ロ:「生き残った『時刻表』をご存知ですか」

  リンクした2本の記事によって、まず「月刊観光交通時刻表」はアンヨンソン氏(観光交通文化社代表)がたったひとりで製作にあたっていたという驚きの事実が判明した。
  同誌は1974年にアン氏のご父君であるアンジョンボク氏が創刊、それまで不定期に発行されていた鉄道時刻表を定期刊行化を果たした。最盛期には3万部前後を発行、おもに企業の出張費精算などのために重宝され、1社で200部もの購入をしている例もあったらしい。その後のインターネットの拡充は時刻表に限らず出版業界に少なからぬ影響を及ぼしているが、同誌も部数を1万以下にまで減らし、広告出稿も十分でないなかまったく利益が出ていない状態だったようだ。そんなさなかの2006年にご父君が突然に逝去し、以後はアンヨンソン氏がひとりで切り盛りを続けてきたというのだ。
「私たちも先進国型時刻表がなければならないとお父さんがいつもおっしゃいました」(リンク記事)
  と語るアンヨンソン氏。2008年夏の段階では、釜山や大邱など各都市の地下鉄情報や国際線航空ダイヤの掲載を計画、さらに時刻表のオンライン事業に乗り出す構想も練られていたという。推測にすぎないが、「花市場」や最終号にあるネットショップ開店予告は、そうした構想の一環として進められた事業だったのかもしれない。

  そうしたさなかに突然の廃刊となった「月刊観光交通時刻表」。はたしてそこにはなにが起きていたのだろうか。アンヨンソン氏の消息を伝える記事や資料の捜索を試みているものの、当時の顛末や現在についてはいまだ判然としない。リンク記事には人柄のよさそうな氏の笑顔が掲載されており、往時の編集部を訪れて取材をするという発想が思い浮かばなかった己の不甲斐なさに地団駄を踏むばかりである。

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  ところで、「月刊観光交通時刻表」が成し遂げた大事業のひとつがこの全国市外バス路線網のページではないだろうか。大韓では古くから路線バスが庶民の足として重責を担っており、都市間路線の充実度は日本のそれをはるかにしのぐ。たいていの街には市外路線バスが発着するターミナルがあり、コツさえ掴めばバスだけでも自由自在な旅行が楽しめるのである。しかしそれぞれのターミナルは別経営であり、バス会社も無数にある。言い換えるとバラバラの事業者の寄り合いによって運営されているワケだ。同誌では各バスターミナルの概略ダイヤを掲載していたが、その裏に長年にわたるこまめな調査やそれに伴う労苦があったことは想像に難くない(ちなみに、ターミナルごとに「系統ごとの行き先・始発時刻・終発時刻・運転本数または運行間隔・運賃・おもな経由地」などが網羅されていた。実際の大韓散歩にさいしても大いに助けられたものだ)。

  現在、鉄道ダイヤや運賃については、KORAILの公式サイトで検索できるほか改正ごとに表計算ソフト版などが公開されている。また、高速バスや各地のローカルバスなどについても、おのおのの事業者が利用者の便をはかってはいる。だが、やはりバラバラである。必要に応じてそれぞれのサイトに接続する必要があるし、その煩雑さは外国人にとってはなおさら(しかしコレは日本も一緒。たとえば、同じJRグループでありながら一括した検索や予約サイトすらないという身勝手ぶりを見るにつけ、どこの後進国だとの嘆きを禁じ得ない。もっとも「時刻表」については世界に誇れる傑作だと誇りすら覚えているが)。だが、さしあたりはそうしたバラバラな情報をその都度使っていくしかないのであろう。同時に、英国の「トーマスクック」の廃刊後、往時の編集長らが事業を引き継いだように、韓国でこの大事業を受け継ぐ人物が現われることを熱望してやまない。つくづく素晴らしい月刊誌だったと思う。

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2015.07.31

御食事列車トリップ・・・の巻

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  このところすっかりご無沙汰だった「一個人」(KKベストセラーズ)に鉄道特集が復活о(^ヮ^)о  今年3月に寝台列車の採録ムックが発売されたほか、ここ2〜3年は別冊の鉄道モノでときおり関わらせていただいていたが、取材を含む本誌での特集はかなりのブランクがあったような気がする。
  鉄道専門誌とはまたひと味異なる味わいの1冊。見本誌が届くや個人的にも楽しませていただきMASITA。書店等でお手にとってお楽しみいただければ幸いですm(__)m

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  長野駅。今回担当させていただいたのは、飯山線に登場した観光列車「おいこっと」。この不思議な名前は、東京のローマ字表記「TOKYO」をひっくり返したものだとか。ついつい、「このまま取材をすっぽかして『ボイコット』だよ〜ン♪」などとふざけてみたい衝動にかられもしたが(ウソですよ)、ふと「そいやむかし『カバトット』なんてアニメがなかったか?」とネットで検索してみたりもした(コレは本当)。
  という冗談はともかく、大変に楽しい列車だった。こちらで立てた企画記事ではないし、ブログでの紹介は見送るつもりだったが、届いた誌面を眺めていると、この楽しい汽車がますますイイものに感じられてきたので、写真を整理してアップしてみたのでありMASU。

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  車両は飯山線などのレギュラー選手・キハ110形の改造。2・4人用ボックス席とロングシートとを組み合わせた座席配置は原形のママだが、これは一般列車としても車両が運用されるため。通学生にも大人気だという。

  観光列車として運転されるときは原則として全席指定席。したがってロングシートがあてがわれる可能性もあるのだが、じつはこのロングシートの居住性が素晴らしかった。定員以上の人数が詰め込まれることはないので、通路はもちろん空いている。脚ものんびりと伸ばせるし、窓からの眺めだって十分に楽しめる。寝台列車に連結されてきた「ロビーカー」に近い快適性を実現しているといってもよさそうだ。

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  ふるさとの古民家をイメージしたというコンセプトは、こういうところにも活かされている。天井灯などにもさりげなく格子柄が施されており、全体に暖かな雰囲気が漂っている。「つくり手もまた楽しみながらの作業だったに違いない」と想像する。

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  観光列車としての目玉は、その名も「走る農家レストラン」。発車してひと息つくころ、まずは「おしながき」が各座席に届けられる。もちろん、沿線の素材などを活かした郷土の味がそこには並んでいる。

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  これらの料理は、会席コースのように順繰りに配膳されてゆくが、それぞれが停車駅ごとに積み込まれ、ほどよい食事のペースを演出。沿線の有志のみなさんによる手作りのサービスも好もしく、列車のなかにある種の連帯感のようなものさえ生まれてくるような気がした。

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  まずは前菜。かなり本格的で、お日さまの高いうちから(だからこそ?)一献を決め込みたくもなってしまいMASITAね。

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  これがこの日のこんだての全貌。まったく飽きさせず、かつボリュームも十分。コレ(ブログの記事)をアップしながら無性に食べたくなってしまったо(^ヮ^)о  料理は季節ごとに設えられるが、秋のメニューも楽しみたいところ。残念ながら秋の運転日には某所に行っていそうで、そっちはそっちで旨いモノにありつきたいものだが(笑)。

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  車掌さんからみせていただいた業務用タブレット。ここに運転ダイヤや案内放送などのデータがインプットされているという。

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  舞台となる飯山線は、車窓もまた抜群。ほぼ全線で千曲川(信濃川)が車窓の友となる。面白いなと思うのは、この上の写真のほうが下の写真よりも下流だというところだろうか。一見してわかるように、上流のほうがおおらかで、下流に行くにしたがって渓相が険しさを増すのである。長野・新潟県境は分水界のような様相も窺わせる。

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  ふんだんに蛇行を繰り返す千曲川。川が健全だという証拠である。だいぶ前に、千曲川に近い某温泉旅館で「釣ってきた」というアユの塩焼きをごちそうになった。まずひとくち。まごうことなき香魚。つい夢中になってしまい、皿にはアユの痕跡すら残ることはなかった。千曲川のアユと琵琶湖のホンモロコ。わが美味なる魚の2大巨頭である。

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  コース途中には、体験モノや散策などのプログラムが用意されており、専用のバスで希望のコースを楽しむ。この日の取材では郷土和紙漉きを体験。同行の編集者Tさんの力作に驚く(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
「わからないですー。なにがいいでしょうか?」
「千曲川だし、アユをイメージしてみては?」
「いいですね!」
  とやおら作業台に向かった彼女、「どうかな?」とこちらの手を休めて覗いてみたら、なんと川石や釣り人までがそこには描き出されていた。う〜〜〜〜ん………。オレ?  人にはテキトーなことを言っておいてなにも思い浮かばなかったので、ネコ(らしき物体)にチャレンジ。ついウッカリ「にゃぁが……」と口走ってしまったところ、ちいとばかし失笑を買ってしまいMASITA。

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  地元のおばさんによる昔話を拝聴。古民家の床がひんやり心地いい。涼し気な夏がそこにはあった。

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  名物ねこちぐら。注文しても順番がなかなか回ってこないといったウワサを耳にしていた幻のネコグッズかと思いきや、ここに並ぶのはまんま現物販売。しかもたった1万円という破格の安値ではないか。ほしい。猛烈にほしい。ウチのちょびは、間違いなくココをお気に入りの住処にする……ただし身体が収まればだが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  けっこうサイズが大きいので、収まるような気はしたのだが油断はできない。だって、つい先ごろウエストに巻き尺をあててみたところ、なんと58センチもあったんですよ。アイドル雀!  いまさら驚いてもしょうがないが驚いてしまった。で、こんどココを訪ねる機会があったら、「全長1メートル以上あって、ウエストが58センチなんです」とそのサイズを相談してみようと思う(笑)。

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  この日の折り返し地点は森宮野原駅(通常は長野〜十日町間)。写真を開いたら、なにやら邪悪ムード漂う顔が……?

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  オマケ。飯山駅の背後に「???」な建物。あのテ(どのテだか・笑)のホテルにしてはつくりが地味だし、かといって天井のオブジェの説明をどうつければいいのだ?  なんてことはなく、単なる集合住宅のようであったが、むしろそのほうが驚きだ。よくみればつくりが不均等だし、モトはなにか違う用途だったのかもしれん(大きなお世話か・笑)。

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2015.03.21

南辺の幹線を往く・・・の巻

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  広州でも一夜を明けて、いよいよ中国列車の旅へと繰り出す。選んだランナーは昆明ゆき「K365次」列車。広州を12時56分に発車、終点の昆明到着は翌日の12時50分というほぼ24時間をかけて走る長距離列車である。
  もちろん全区間を走破する計画だが、まずは一夜を明けて9時20分に到着する羅平まで20時間24分の旅だ。

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  汽車に乗るという点では日本ともそう大差があるハズもないが、中国の場合にはやや勝手が異なる。
  駅に着いたら、まず列車ごとに分けられている改札口を探し、乗車券と身分証明書(外国人の場合はパスポート)のチェックを受ける。別段、あれこれ訊かれることもなく形さえ整っていれば問題はないが、つぎに「三品検査」と呼ばれるX線による手荷物検査場が待ち受けている点が、日本とは大きくことなるといえるだろう。これは、おもに爆発物(爆竹などを含む)の所持が問題となるようで、ほかの乗客をまねて素直に機械に手荷物を通せばいい。ちょうど飛行場の検査場と同じ仕組みだが、これが地下鉄駅にも設けられているのが中国的といえばいえるかもしれない(そのせいもあり、ターミナル駅に接する地下鉄駅はホームに入るまでが大混雑で往生させられた)。

  検査場を通過したのちは列車ごとに案内されている待合室で列車改札を待つことになるが、「軟臥(A寝台に相当)」や「軟座(グリーン車に相当)」利用者には専用の待合室が設けられている場合もある。大駅の構内には食堂や売店などもあるので、構内散策で時間をつぶすのもよさそうだ(国際空港ならさしずめ免税品店散歩か?  それにしても、あの免税品店ってなんとかならんもんですか。たとえば成田第1ターミナルで出国審査を通ると、とたんに猛烈な香水のニオイにさらされる。ああいうのはほのかに香るのがいいのであって、店先のそれはもうほとんど毒ガスである。ホントにもうタオルかなにかで顔を覆ってでもさっさと避難したいほどで、ひとことで言えば迷惑だ。販売員もよくもまぁ病気にならないもんだと感心することしきり。ついでながら)。

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  広州駅の特別待合室。乗車時には航空の特別席同様に一般席と区別されて改札を受けることができる。「軟臥車」は全編成中1両しか連結されていない列車が多いが、乗車した「K365次」は客車18両編成(食堂車1両を含む)と長大なため乗客の数も日本の夜行列車とはケタ違い。したがって、この特別待遇のありがたさを実感することとなった。ひと足早くホームに入れれば、乗車列車や構内の見学にも余裕ができるからだ。

  見学といえば……、広州に上陸した前日、広州駅で刃物によるらしい通り魔事件があったという。自宅を出る少し前に遭遇した時事通信の配信記事(3月6日11時20分)によれば、「(現場の)地面には血の痕が残っている」とのことだったので、なにげに探してみたけれど発見することはできなかった。

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  列車に乗り込むには指定された号車からしかできないのも中国流。各車両の乗降口に係員がいてここでも改札を受けるが、違う車両から乗って通路を通って自分の車両にということは(例外はあるかもしれないが)できないらしい。
  ともあれ、こうした儀式があることもあり、汽車というよりは飛行機に乗るぐらいの感覚で現場に臨むほうが慌てなくていいようだ。

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  硬座車。鉄道雑誌などでみたのよりは“豪華”に思えなくもないが、この座席で全行程を過ごすことはけっして例外ではないという。実際、切符売り場で広州から石家荘までの「硬座」を購入するご婦人をみかけた。同区間には高速動車(新幹線)もあり最短6時間50分で結んでいるが、ご婦人が購入した「T124次」の所要時間は21時間29分。硬座の運賃は224元(軟臥は682元)だが、高速動車だと硬座にあたる2等車でも785・5元とその差は3・5倍以上(最上級の「商務座」だと2479・5元=およそ4万9000円)!  ゆえにエコノミー客は多少の労苦があっても一般列車の硬座を選ぶこととなるワケである。
  ちなみに「K365次」の広州〜羅平間の軟臥は下段484・5元、上段464・5元、硬座は173・5元である。

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  こちらは一夜の宿となった「軟座」。JRの「Bコンパート」に近い設備だが、日本にある寝台ごとのカーテンはない。フェリーの桟敷だと思えばカーテンなんぞなくても十分とはいえ、実際に乗るまでは「はたしてどうなるか?」という気もした。が〜。ベッドは快適だし、カーテンがないのもまったく気にならなかった。むしろ同室者間にコミュニケーションをもたらす効果もあるのではないかと思ったほどで、寝台列車の旅の面白さをまたひとつ再発見したともいえる。

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  徹夜乗務をこなす寝台係員(というのか?)。乗車すると、乗車券を座席(寝台)票と取り替え、軟臥の場合はさらに身分証明書の提示が求められる。もちろん寝台・座席の管理やセキュリティーのためだろう。座席票は乗客それぞれの下車駅30分前ほどになると再び乗車券と交換するが、慣れない乗客にとっては乗り過ごしを防止する意味でもありがたいシステムのようにも感じられた。
「あと30分で羅平です。出口はあちらですよ!」
  と笑顔で案内され、到着直前にも「着きますよ!」とエスコート役までこなしてくれた。

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  駅の数は多いが、大韓と同様に信号場ないし旅客扱いがほとんどない駅が圧倒的のようにもみえた。しかし、どんな小駅でも、こうして駅員が通過列車を見送っている。日本の鉄道も、かつてはこういう情景がみられたのだろうか。

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  車窓は似て非なり(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  爆弾テロか、はたまた空爆でもあったか……。ウワサにもれ伝わってくる汚染水や汚染土壌らしき風景もなんどか車窓をよぎったが。

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  広州発車後、しばらくは4人部屋を独占できたが、15時09分着の肇慶から子どもづれの家族と同室となった(ほかに硬臥に乗っているらしき亭主とこの子たちの若いお母さんが同行)。中国で多数派となっている漢族とは異なる少数民族のようだが、そういう質問をするのが礼儀としてどう捉えられるのかがわからず、無難な話題や子どもたちにつきあって時間を過ごした(車内販売で買ったくだもの──温州ミカンの半分ぐらいのミカンやプチトマト、バナナ──をふるまってくれたが、いずれも旨かった)。

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  夕食は食堂車を利用。注文の仕方が最初はよくわからなかったが、テーブルのひとつに乗務員がふたり乗客の相手をしており、観察してみるとそこで伝票と引き換え注文する仕組みだった。写真入りのメニューがあるので、「ジェイガー(コレ)」と指さしてカネを払えばいいだけの話。
「コレ」「メイヨウ(ないよ)」「……」「コレとコレはありますよ」「……じゃぁ、コレ」「ミーファン(米飯)は?」「ぁあ、ください!」「ミーファンは5元ね」
  そんな感じ。
  で、受け取った伝票を服務員(この場合はウェイトレス)に渡せばOK。味は悪くないし、「ミーファン」のボリュームにも驚いた。広州の食堂でもそうだったが、「ミーファン」は日本種とは異なる細長い米で、ほのかにトウモロコシっぽい香りがする。これが中国料理に合う。切符の買い方や食堂での注文の仕方など、ひとつひとつを現場でみようみまねに覚えていったが、中国料理とこの「ミーファン」との組み合わせの妙も、今回新たに覚えたことのひとつだ。

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  食堂車。ちなみに撮影禁止だったらしく、やんわりとだったが「ダメですよ」と食券(伝票)売りの係員にたしなめられた。
「(そんなのより)車窓からの景色をたくさん撮ってください!」
  という風情であった。寝台車の通路などで撮っていてもなんら問題はなかったが、なにか特別な事情でもあるのだろうか。

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  関心事のひとつに、停車駅では本当にトイレが使えないのかということがあった。解答はあっさり。乗務員がいちいちきちんと施錠して回っているのである。しかし、発車するや否やただちに開錠してたところをみると、いかほどの意味があるのかという気がしないでもなし。ウワサどおり、紙は早くも品切れ状態だったが(ゆえにロールを持参した)、このあと乗った列車ではロール紙があって驚いた。現場に赴いてはじめてわかることがあるってこった(笑)。

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  一夜を明けて、車窓はすっかり田舎ふう。この晩のテレビニュースでもやっていたが、この日の雲南省では濃霧が発生しており、霧とも雨ともつかないなかでの夜明けだった。

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  そのせいか、羅平には40分遅れで到着。発車時刻案内が遅れを反映しているのがユニーク(日本をはじめ知っている範疇では、こういう場合には定刻が示されたうえで遅れのただし書きが添えられるのが一般的)。

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「旅と鉄道5月号」(朝日新聞出版)が発売中!  前号に引き続き、「ドイツ縦断紀行・後編」ほかを寄稿しています。ドイツ紀行は最北端・ベスターラント(ズィルト)駅から最南端・オーベルストドルフまでの道のりなどを紹介しました。ご愛読いただければ幸いです。

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