2018.05.28

いやぁ〜んと恐怖・・・の巻

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  ニンゲンが布団なりベッドなりで寝るのは、ひょっとするとネコと共通する本能かのかもしれん……と思ってみた初夏のあるィ夜。

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  で、ただいま国外逃亡中であります。
  それはいいとして、こんなちょびの寝顔を見てると出かけるのが余計に億劫になっちゃうんですよね(じつは、出がけは常に億劫なのであった。玄関から門を出てしまえばどうってことはないのだけど)。
  たとえば、メシ──このごろ「黒缶クラシック」がお気に入り。でも、いつもまとめ買いする某ドラッグストアや楽天市場では扱いがなくて、近所のセフンイレブンに細々と置いてあるのみなのが困りもの──をあげて、そのまま2階に上がってしまうとどうなるか?  食べ終わるや、階下から「にゃ、にゃ」「にゃーにゃー」と呼ぶ声が聞こえてくるんですよ。ネコに慣れたひとはわかると思うけれど、はぐれた母ネコを呼ぶ声色と同じなんです。こりゃぁ、ただでさえ億劫だっていうのに、なんだって留守にせにゃならんのかという気になっちゃいますよねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  閑話休題。
  音楽は貴重な道楽。ゆえにときおり極私的感想やらウンチクなどを傾けたくなってしまう。で、今回のテーマは「いやぁ〜ん♪」。
  以前に、クラシック音楽をネタにそのカッチョよさにシビレるといった話をしたけれど、「カッチョイイ」と並ぶ重要な要素がこの「いやぁ〜ん♪」なのであった。

  たとえばこの矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」。学生のころから親しんできた曲だが、久々に引っぱりだしたところ、あらためてシビレてしまった(カップリングされている「チェロ協奏曲」もイカしているし、尾高尚忠の「フルート協奏曲」は素晴らしき名曲だ。↓上記アルバムとは関係ありませんが……)。



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  こちらは同じ曲のほか同じ作曲者による「2本のフルートとピアノのためのソナタ」と「ピアノソナタ」を収録。いずれもカッチョイイ作品だ。

  学生のときはじめてこの「ピアノ協奏曲」を聞いたとき、まさにこりゃぁカッチョイイ是とシビレたものだったが、それから四半世紀以上が過ぎてみれば、「いやぁ〜ん♪」と身をクネらせてしまうのである。

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  しかし、なにがどうなると「いやぁ〜ん♪」なのかと訊かれると、じつは明確な回答ができるワケでもない。あくまで主観というか感性、さらに相性の問題だからだ。だが、あえてひとつだけ要素を挙げてみるとすれば、構成の妙や音の緻密さを無視することはできないように思う。とはいえやはりそれをもって「いやぁ〜ん♪」を語ることはできない。やはり学生のころに発表されるや聞いておったまげた佐藤眞(あの「大地讃頌」の作曲者)の「ピアノ協奏曲」はいまでもときおりCDを取り出すが(なぜかスコアまで持っている)、「いやぁ〜ん♪」と思ったことはただの一度もない。カッチョイイとは思うのだが不思議なことである。

  本来ならば、譜例などを示しつつたいして意味もないウンチクでも傾けたいところだが、コレを書いていつつ取材旅行の準備やら進行中の受け仕事やら帰国後の仕事の仕込みやらでてんやわんやで、そんなのを言い訳にしてあっさりと済ませてしまうことにした(わかるひとにはある程度は伝わると勝手に信じているし……)。

  それにしても、三つ子の魂なんとやらというけれど、この調子でくたばるまでゆくのであろう。音楽のある暮らしというのはいいものである。

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  そんな矢代秋雄の話をしていたところ、吹奏楽の世界では定番の作曲家だということを友人のラッパ吹きMが教えてくれた。オレ自身は吹奏楽の経験はないが、この歳になってもそういう話は新鮮だ。Mがかつて──東ドイツ時代に──留学していたベルリンあたりの居酒屋を根城に、そんな話題で盛り上がりたいものだと夢見る中年男であった……。

  ところで、「いやぁ〜ん♪」とシビレつつある種敬愛の念を抱いている矢代秋雄だが、学生のころ縁あった音楽家がその弟子であり、オレにとっては矢代がココロの師のようですらあった。とはいえ矢代が亡くなったのは1976年。面識などあるワケもない。が〜。上に挙げたCD(グレーの盤)に作曲者による短い解説音声と作曲家・三善晃との対談音声が収録されていて、その話に接することができる。いうまでもなくはじめて耳にした話し声ではあるのだが……、なんと、オレがこの世でもっとも軽蔑する男のそれにどことなく似ているのにショックを受けた(矢代に対して甚だ失礼なことだとは思うが)。声色もだが、ブレスというかアゴーギグというか息遣いがまたちょっと……。いうまでもなく喋っている内容はそのレベルからしてまったく異なるのだが(本質的な意味で)。でもなァ……。

  ところで、忌み嫌うことの常套句に「蛇蝎のごとく」というのがありますね。でも、オレ個人は別にヘビを嫌ってはいないし、サソリには出くわしたいとは思っていないだけで嫌悪感などは抱いていない。いわんや侮蔑なんぞこれっぽちもしていない。言い換えるとこの「蛇蝎のごとく」というのはヘビやサソリに対し失礼ではないかと思うのだ。そこで言い換えることにした。「アベアソーのごとく」というのはいかがだろう。ぁあ、蛇蝎とくらべるとあまりにも矮小ですな、その存在が。

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  コレは「いやぁ〜ん♪」なDVD。なにしろ、題からして「THE WAR SYMPHNIES SHOSTAKOVICH AGAINST STALIN」だからねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  ショスタコービチについては、このブログでもなんどか取り上げてきた。ことに「交響曲第8番」は極めつけのお気に入りで、掛け値なしにカッチョイイと聞くたびに感じ入る(もっとも曲の背景を察すると「カッチョイイ」などと片づけるべき曲ではないのだが、つまりはこの盤で主役的な位置づけとなっている)。だが、その一方で「いやぁ〜ん♪」とはちょっと異なるように思うのだ。では、ショスタコービチの「いやぁ〜ん♪」とは?



  その1例として筆頭に挙げたいのがこの「交響曲第4番」である。

  上のリンクをお聞きいただければと思うが、出だしはかなり明解な印象を伴うカッチョイイ系だ(ピアノソロで弾くとコレまたカッチョイイ)。だが、この明解な出だしのテーマはハッキリとした形で再現されることはなく、曲はその印象とは異なる世界へと邁進してゆく。



  やや謎めいた世界を提示しつつ、終楽章のコーダにあたる部分は壮大なトゥッティーで幕を開ける。だが、曲は“大団円”を拒むかのように不安な予言の世界へと収斂されてゆくのである。そのコーダを切り抜いた上のリンクはぜひお聞きいただきたい。こんな「いやぁ〜ん♪」な顛末はあるだろうか?

  この曲には、初演を目前としてショスタコービチがその演奏を取り止めたというエピソードが残されている。スターリン政権下である。芸術までもが政治的に利用されていたなか、この曲そのものが我が身に危険を及ぼす可能性を慮ってのことだったともいわれているようだが、「いやぁ〜ん♪」の本質に極限まで迫った顕著な作品でありエピソードだともいえる。

  ところでこの曲、ジャーナリスト萩原遼が『朝鮮戦争金日成とマッカーサーの陰謀』(文春文庫)などで引用している詩(黎明図=여명도)の印象と重なるような気がしてならない。

    陽が昇る空に/동이 트른 하늘에
    カラスが舞い/까미귀 날아
    夜と暁がきわだつころには/빛과 새벽이 갈럴 무렵이면
    (中略)
    昇る大陽とともに/떠오는 태양  함께
    血を吐いて/피 토하고
    死にゆく男の微笑が/죽어가는 사나이의 미소가
    美しい/고웁다

  (前掲書21・22ページの著者訳引用に別途韓国語原文を併記)

  詩は日本統治からの解放後、元山(北朝鮮)で暮らしていた詩人・具常(구상)によって綴られたものである。この詩によって書き手は金日成政権下で死の淵に立たされ(凝香事件=응향사건)、のちに38度線を越えて韓国への亡命を果たした。

  詩の引用に続く著者の感想……。

  詩人のおそろしいほどの直感力と洞察力。同族どうしで殺しあった朝鮮戦争すらすでに予感しているではないか。読み終えて私は戦慄した。(23ページ)

  日本統治からの解放を韓国「光復」と呼ぶが、北朝鮮でもそれは同様だ。しかし具常は萩原にこう語っている。

>「しかし、北韓の暗い現実を救う道は、なにかもうひとつの新しい力がでてこなければならない。大光復がなければならない」(25ページ。太字は引用者による)

  これは、革命によって帝政ロシアを倒したロシアのひとびとにとっても同様だったのではあるまいか。ひょっとするとわが国にとっても……?



  話を戻して。しかし、そんななかで「いやぁ〜ん♪」が際立つのは、上にリンクした第1楽章半ばで展開するプレストのフガートだ。仕事のBGMにしているときも、ココに差しかかるとつい手が止まってしまうが、こうしてココだけを切り抜いてアップしているひとがいるところからすると、同じような思いを抱いているひとは存外少なくないのかもしれない。



  いまひとつ曲例を挙げるとすれば、同じ作曲者による「チェロ協奏曲第1番」もその典型。

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  ところで、先だって敬愛する小説家のひとりである内田康夫が他界された。近ごろはやや作品から遠ざかっていたものの、ひところは熱心に読みふけったものである。逝去の報道に接し、久々に手に取ってみたのがこの『靖国への帰還』(講談社文庫)であった。

  物語は、大平洋戦争末期の日本国空軍、その航空隊員である主人公の日常からはじまる。内田特有ともいえる女性像も描きだされつつ、主人公が(少なくとも内田の愛読者にとっては)「あっと驚く」運命へと翻弄されてゆく。推理小説をメインとしたなか、貴重なファンタジー作品として世に残された1冊である。

  だいぶ前の話になるが、出版関係者を中心とするとある集まりで小さな講演会に出席したさい、壇上に立ったジャーナリスト・辺見庸がわが国における戦時中に生きたとある書き手について触れた。
  あらゆる表現や思想が国家によって制限されていた時代である。そんななかでたとえば“反戦”を表現する。その書き手は言葉をどこまでも柔らかく噛み砕き、さらにオブラートに包んだ。しかしそこには抵抗があった。そうして短い一文が朗読された……。

  古い話ゆえ、詳細なところまでは覚束ないが、そうまでして意志と表現とを貫いた書き手とそうせざるをえなかった世の中。これは恐ろしいことなのかもしれない(この講演会の時代は「自己責任」云々と殺伐としていたコイズミ政権下にあった)。
  そこで、一見すると正反対に解釈されたかもしれないがといった話があったかどうかは思い出せないが、直感して連想したのは、ショスタコービチの「交響曲第5番」であった。スターリン政権から批判を受けたのちに発表したこの曲で、体制下の“名誉”は回復されたともいう。なかにはあの壮大な終結をさして「革命の栄光とともに曲を閉じる」などといった解説すら目にしたことがあるが、真相はまったく逆であり、ショスタコービチは決して政権におもねってなどいなかったというのである。辺見によって紹介された一文から、ふとそんな連想を抱いたのであった。

  そして、この内田康夫の小説からも、それらと同じ意志を感じ取った。
  おそろしいことだ。
  だが、あえて「いやぁ〜ん♪」とおどけておこう。優れたエンタテイメント作品への敬愛の念として……。

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  ウチの子ちゃん。

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  いやぁ〜んなキャワユさでしょо(^ヮ^)о

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2018.05.22

しゅぽ、こらじはごぬん・雨の東海岸編・・・の巻

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  現場は三陟。その名も「中央スーパーマーケット」。しゅぽ(슈퍼とすぽ(수퍼)が混在しているのはよくある話だが、マーケットの「ット」の部分にあたる看板のハングル(케+ㅌ)はわが家のMacでは入力不可(ついでに電子辞書でも同様。ウィンドウズでは入力できたが……)。
  どうでもいいといえばいえるけれど、しゅぽのフルネーム「しゅぽまけっ」は一般には슈퍼「마켓」。アウトにあたる「아웃=アウッ」と同じノリだが、ローマ字をそのまま充てるとそれぞれ「makes」と「aus」。この店の看板に沿えば「maket」となるのでこちらのほうが正しいというか“近似値”のように思うのだが、まぁこんなくだらないことにアタマを悩ませるほうがどうかしているのであろう(笑)。ちなみに、タイ語では地名ひとつをとってもその場しのぎとしか思えないように綴りが混沌としているといった話を聞いた。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  あの「ソンウ理容院」のほど近くにある「トンチュンしゅぽ(동춘슈퍼)」。トンチュン(ドンチュン)といえば、なにをさておいてもあのケドンチュン(계동춘)。ドラマ「いかさま師(타짜)」の影の主役というか、チャンヒョクやハンイェスルら若手主演陣らの存在感を、ベテラン親爺軍団たるキムガプス(アグィ)やチョサング(ケミワン)とともに喰いまくってしまったそのひとりである。

  そのケドンチュンを演じたチャンウォニョンにはその当時からシビレていたが、日本でも人気を呼んだドラマ「ベートーベンウイルス(베토벤바이러스)」の主役・カンマエを演じたキムミョンミンと人気というか話題を二分していたほどの役者だということを、はたしてどれだけの日本の“韓流ファン”がご存知だろうか?
  ケドンチュンは悪役アグィの手下にしてもちろん悪役ではあるが、当時の大韓では「キャッワユィ〜♪」と話題を集め、ネットの検索語ランクでキムミョンミンとトップを争っていたほどだったというのである(本当。しかしチャングンソクの立場やいかに?)。で、その記念すべきトンチュンの名を冠したしゅぽがコレというワケですね(両者には関係はないと思うが・笑)。

  ちなみのこのヒトですYOо(^ヮ^)о
とんちゅなことチャンウォニョンインタビュ〜!

  かん高いお声がチャーミング。昨年、目出たくも御結婚なさったという。축하예요〜!

  それはそれとしてあのドラマ(いかさま師)。コニ(チャンヒョク)とナンスク(ハンイェスル)とが恋人同士だったりするのだが、オレだったらその顛末はつぎのようにしたことでありましょう。

とんちゅな「ナンスク、行こうか」
  踵を返すように立ち去ろうとするとんちゅなとナンスク。コニ、なにが起きているのか理解できない。
コニ「……?  ナンスク?  どこに行くんだ?」
ナンスク「ごめんね。コニ……」
  手を出し合うとんちゅな&ナンスク。じつはふたりはいつの間にか愛しあっていたのである。哀れみのまなざしでいまいちどコニを見つめ立ち去るナンスク。その隣でほくそ笑むとんちゅな。めでたしめでたしわっははははははド〜〜〜ン!

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  ソウル駅の裏側には庶民的な街並が広がっていて好もしき雰囲気。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  モア(모아。「集める」といったニュアンスの大韓語)コンツェルンか?

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  雨にけぶる白岩温泉。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  三陟に向かうバスの車内からパチリ。「슈퍼식당(しゅぽシッタン)」ってのは、「スーパー食堂」なのか、はたまた「しゅぽ」と「食堂」ということなのか……?  わりとポピュラーな物件ではある。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  三陟駅前の大通りから撮影。大通りとかくれんぼしている控えめなしゅぽである。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  今回のしゅぽ大賞。現場は正東津。
>(前略)たれ流してスッキリして出てくると、原料をまた補いなさいといわんばかりにキオスク陣取る(『定本・ディープコリア』青林堂ほか)
  という世界。だいぶスッキリとしたたたずまいではあるが。それにしても、正東津にはなんども訪れているので、こんなにイカした物件を見落とすハズもないのだが……。そこで、帰宅してからDAUM地図をチェックしてみた。

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  そしたら、2015年5月の段階では「しゅぽ」の看板はなく、かわりに「割引売場」とあったようだ。これでは素通りしてしまっていても仕方がないと納得。ちなみに「메장(メージャン)」は素直に見れば「売り場」ではあるけれど、「故売」の意味もあるらしい(笑)。

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  2010年6月。よくよく見れば「正東津砂時計割引売場」とある。「砂時計」とはいうまでもなく大韓ドラマ史上伝説の名作「砂時計(모래시계=モレシゲ)」のことである。
  じつは、この春に久々にDVDで鑑賞したのだが、やはりココロに染み入ってくる傑作だと再認識した。

  いまでこそ国際的に知られる観光地である正東津だが、かつては最果ての……とはいかないまでも寂れた漁村のひとつにすぎなかったという。その運命を変えたのがドラマ「砂時計」だったワケだが、かといってこの地の場面が大仰だったということでもなく、いわんやロマンチックな場面で登場したということでもない。
  父親への反発などもあって学生運動に身を投じていたヒロインのヘリン(コヒョンジョン)。当局による弾圧から逃れるべくうら寂れた漁村に逃れていたものの、ひょんなことから当局に目をつけられてしまう。そして身柄を拘束されたその場面が、ほかならぬ正東津駅だったということなのだ。時間にしてほんの2〜3分程度のシーン。言い換えると、たったそれだけのシーンが、正東津を著名観光地へと変貌させるきっかけとなったのだから運命というものはわからない。

  そんな海辺の町・正東津。そして海辺の駅・正東津駅。その海原を目前にした吹きさらしのホームの印象は場面背景とともに胸に迫るものがあるが、現在の正東津にそれを結びつけるのは難しくなってしまったかもしれない……。



  ▲ドラマ「砂時計」オープニング。グっとくる味わいだ。



  その「砂時計」でたびたび使われている音楽にドミトリー アレクサンドロビチ ホロストフスキーが歌う「白鶴」がある。こちらも名曲ではあるが、残念なことに「砂時計」のサントラ(OST)CDには収録されていない。で、ふとした思いつきでネットを検索したところ、これまたシビレてしまいMASITAというのが上の動画である(Сranes /Zhuravli : Dmitri Hvorostovsky/2016)。

  ところで、「白鶴」とアタマで理解していたものの、まっ先に検索画面に打ち込んだ文字は「SUWAN」。いうまでもなくこれじゃ「白鳥」だ。ゆえに出るべきものがヒットしない(あたりまえ)。単なるウッカリではあるけれど、ふと思った。SUWANに単数形の冠詞をつければ「A SUWAN」。にゃるほど、あの「アスワンダム」の「アスワン」と同じ綴りではないか。ということは、「白鳥の湖」というのはアスワンダム湖のことだったんですなァ……と気づき、さっそく調べてみた。

>チャイコフスキーの代表作のひとつとして名高いバレエ音楽「白鳥の湖」(中略)ドイツの童話『奪われたベール』が創作の下敷きにされたというのが定説だが、近年、これに異を唱える動きもあり、学会でにわかに注目されている。トルクメニスタンの音楽研究家・アリラン ナシモフによれば、ナイル川のアスワン湖の情景からチャイコフスキーが物語の想を得たというのである。(『バレエ〜その物語の地を歩く』アイボー グッドフェロー著・加賀太訳/深韓書院・2016年)

  はたして真相やいかに(笑)。

  という次第で、大韓散歩2018年春の陣でごぢいMASITA。

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2018.02.27

しゅぽ、こらじはごぬん。平昌五輪編&くむじや〜特別編・・・の巻

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  さて、今回の大韓散歩は平昌五輪開催を前にした1月中旬の訪問だったワケだが、少しだけ五輪に関連する所感についてふれておこうと思う。

  まず、街はいたって平静に感じられた。これは江陵など京江線沿線も同様だったが、開催までまだ若干の日数が残されていたことも関係しているのかもしれない。もっとも、テレビをつけていても平昌関連は驚くほど少なく、そんななかで目立ったのはやはり北朝鮮の五輪参加と南北合同についてであった(ほかの目立つ話題としては全国的な大気汚染があった)。
  一方で、有事視点での北朝鮮関連報道が極めて限定的だったのが印象に残る。これはアメリカ合州国云々(でんでんじゃないYO!)を含めての話で、連日のように「北朝鮮の脅威」だのトランプのおとっつぁんがどうしたのといった話題が氾濫している日本と好対照なように思う。単に軍事関連報道が避けられているという見方もあるのではないかと思うが、じつは少なくともオレが出歩いているような国々で、あれほどに好戦的で、かつ米国大統領のツラがタレ流されているのは日本ぐらいなものなのではないだろうか。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  以前、あの大統領選前にEU4カ国を訪れた。時期が時期ということもあってか、日本のテレビでは自国の出来事をさておいてもその動向を喧伝していたが、訪れたドイツ、オーストリア、ポーランド、フランスではいたって静かなものであった。台湾やタイも同様。マレーシアとシンガポールも似たようなものだ(いずれももちろんゼロという話ではない)。これらはあくまで個人的な短期間の見聞の範疇にすぎず、きわめて限定的な見方であるのは承知のうえ。しかし、じつは日本にいるとテレビはほどんと見ないし、にも関わらず「またトランプのおっとっつあんかよ」「また北朝鮮だの中国だのの脅威かよ」という案配なので、印象としてはどうしてもそうならざるをえない。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  そんなところから感じられるのは、わが祖国・日本にしみついた従米ぶりであり、いまひとつは日本のマスメディア、とりわけテレビが「戦争報道をやりたくて仕方がない」のではないかということである。後者の根底にあるのは、戦争を知らない世代(オレもそのひとりだが)が錯覚している戦争であり、言い換えれば本当の意味での「平和ボケ」であろう。

  今回の大韓散歩で遭遇した北朝鮮関連の報道を見た限りでは、戦争の恐ろしさは日本よりも韓国のほうがよく理解していると思う。それはおそらくは北朝鮮も同様で、かつて3日以内で終わらせるシナリオで南侵した朝鮮戦争(『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』萩原遼・文春文庫)がどのような道を辿ったのかということを知っていれば、開戦の果てがどうなるのかということを肌で理解せざるをえないのだ。トランプのおとっつぁんやその子分・ケーセッキアベ(개새끼아베)などは威勢のいいことを抜かしているが(この両者の「平和ボケ度」にも大きな隔たりがあるとみる)、とりわけ韓国にとっては北朝鮮問題を「ソフトランディング」的に解決しなければならないというのは当然なのであるまいか?  「脅威」だからこそそうなのである(ひいてはわが国の安寧にもつながるし、ソフトランディングは米中露の過剰な介入を阻止する──彼らに軍事介入の口実を与えない──ひとつの道筋でもある。やや露悪的な言い方をすれば、北朝鮮解放後、わが国のビジネスチャンスに影響するという見方もできるだろう)。北朝鮮当局そのものをなんとかしなければならないのは事実だが、戦争という手段だけは絶対に避けなければならない。これこそが前提中の前提ではないのか?

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  それにしても。水安堡温泉のホテルでテレビをつけたらNHKが受信できた。ニュースがはじまった。祖国のできごとを知りたい。しかし冒頭は大相撲の内輪揉めの話題であった……。すぐさまチャンネルを変えた。タメ息をつきながら。

  五輪がはじまってみれば、そのNHK(総合とBS1)はほぼ終日にわたり五輪ばかり。やっとこさニュースがはじまったと思えば、冒頭が五輪の話題ときた(似た例に、大相撲中継直後のニュースのトップが大相撲の話題だというのがある。「バカじゃあるまいか?」といつも思う)。もっとも、NHKをはじめとするテレビニュースなんぞ、じつはこれっぽっちもマトモには見ていないしアテにもしていないのだが、毎日のように見ているひとのほうが圧倒的に多いのであり、そういう意味で空恐ろしくなるのを禁じ得ない。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  本当の「脅威」は外国にではなく、祖国、その内部にこそある……。

  ところで、五輪。
  ともあれ「平和の祭典」として、まずはオリンピックが楽しめたのはなによりだと思う。日韓間はもちろんだが、韓国と北朝鮮との間だってそうである。しかしそんななか、日本の一部マスコミが、水を差すようにしてあれこれあら捜しに躍起になっているのが気にかかる。そんなヒマがあるのなら、あるいはここでやっているように“少数意見”をことさらに取り上げるだけの(真っ当な)熱意があるのであれば、それをほかならない自国、祖国、わが国のなかにこそ向けてほしいものだと切に願う。

  競技については、ほんのわずかながらテレビ中継を見ることもあったが、まず、スノーボードがあんなにスリリングで面白いものだとあらためて知ることとなった。さすがにスキーすらマトモにできない中年男が挑戦しようとまでは思わないが、奥深く迫力大!  いまさらながらの発見でありMASITA。さらに、女子フィギアの坂本花織選手の演技がココロの琴線を刺激した。理由はよくわからない。妙なことがあるものだ……。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  閑話休題。
  京江線乗り入れで大幅刷新した江陵駅だが、駅前のしゅぽは元気に健在о(^ヮ^)о

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  水安堡にもしゅぽ多数アリラン。立派なしゅぽである。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  グーグルのストリートビューとやらでマニラ探索などをしていると、金網デスマッチ状態のしゅぽに遭遇して、フントにアブナそうだ……とおののくことが多い(商品の受け渡し口を除き金網や柵に覆われている。いうまでもなく防犯のためだろう)。で、水安堡にもそんな風情のしゅぽが。コレは背景がそれとは異なるのであろうが……。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  コレはしゅぽではなく精米所の看板。ではなんだって撮ったのかというと、左上に添えられたローマ字が「KIKEN GOTYUKUDASAI」(ママ)なんですなァ(何巻だか忘れたけど、「VOW」に載ってた「危険御注意下さい」のコトね)。そりゃたしかに「Onjeongbangatgan」は「온정방앗간(オンジョンパンアッガン=温井精米所)」ではあるんだけどねぇ……。まっ、大きなお世話ではありますね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  バスに乗っているときだって油断できないのがしゅぽハント道なのである。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  しゅぽ(슈퍼)の文字はないものの、コレだって立派なしゅぽ。しかし、隣の燕春館(中華料理・大衆食事)に主役を取られた感がある。

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  話かわりますけど。
  珍富駅近くでふと路面を窺えば、マンホールのフタに「주차금지(ちゅ〜ちゃくむじ=駐車禁止)」。

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  水安堡の街角でみかけたオブジェ。「もしや?」と思い近づいてみれば予想を裏切らないのも大韓のイイところ。

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  ソウルの街角にて。一見するとどうということのない小奇麗なちゅ〜ちゃくむじだが、よくよく鑑賞すれば作者のこだわりが感じられますね。

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  こんなところに駐車するようなおバカがいるのか?  ──いるんだろうねぇ、こうして主張しているところからすると。

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  人目をはばかりつつ、歩きながらさりげにパチリ。

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  横城駅近くの川は水泳禁止。

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  通りがかりに1枚撮っておくかと思ったら、やってきたクルマが邪魔。が〜。よくみてみればそのクルマには「(株)宇宙ツアー」の文字が。したがって、この写真はこの宇宙ツアーカーが被写体。余計にワケがわからないと思いますが、この話は次回にて(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  以前、「駐車禁止(주차금지)」というバンド(?)の「夏風邪(여름감기)」という歌に遭遇したが、こんどはナイス青年会(나이스 청년회)なるバンドの「駐車禁止(주차금지)」を発掘о(^ヮ^)о

  冒頭の「주차금〜지! 주차금〜지!」ってのが「臨時ニュース」(PANTA&HAL)をちょっとだけ思い浮かべたが、そのあとの「안돼안돼안돼안돼(アンデアンデアンデアンデ=ダメダメダメダメ)」にグっときた。

  しかしこりゃぁさすがにまだ日本で紹介した御仁はいないのと違いますかね?  だからぢうしたってワケでもないのだけれど。

  という次第で、大韓散歩2018年冬の巻でごぢいMASITA。

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2017.11.23

日ごろテレビはほとんど見ないけど……・・・の巻

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  おっと、祖山式(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  春先から“長距離マラソン”に挑んできた大韓時代劇「王と妃」(全186話)が10月10日をもってめでたく完結。

  朝鮮王朝第5代王・文宗時代の中期から11代王・中宗の即位あたりまでを舞台とした「大河ドラマ」で、正史とされる「朝鮮王朝実録」や野史を素材としつつ検証・脚色を重ねた重厚な「歴史ドラマ」に仕上がっている作品だ。が〜……。

「まるっきりホームドラマね、コレ」
  と、年老いたわが母堂がウレシがっていたのがわが意を得た(そもそもマラソンそのものが母堂のヒマつぶしにつきあったという意味もあった)。

  主役中の主役である仁粋大妃(ウチでは「おっかさん」と呼んでいるが)の策略が奏効して王位に据えられたその次男・ヒョル(9代王・成宗)。ある種「太平」の世ではあったらしいが、問題は、その嫁(王妃)・尹氏とおっかさんとがすこぶる不仲だったところにある。まァ、キツイ性格の持ち主だってことでは似た者同士なのではあるけれど、その間に挟まってアタマが上がらない亭主(成宗)という図(ほかもろもろ)がなんとも大韓ホームドラマチックなのである。もとより、大韓放映中に圧倒的な支持を得た作品だということだが、案外こんなあたりにも人気のヒミツがあったのかもしれない。大韓人のおっかさんたちに人気だからねぇ、ホームドラマ。

  ついでに、関係がないようであるというかあるよでなかったりもするが、大韓ドラマの歴史的ヒット作として名高い「砂時計」は、光州事件をはじめとする軍政下の時代を舞台としたこともあって、硬派中の硬派な作品として捉えられるムキもあるけれど、むしろあれはメロドラマの名作なのではないかと個人的には考えている。逆に、「朝鮮最古の恋愛小説」などと評されたびたび映像作品となった「春香伝」は、政治的な皮肉こそが主菜となった硬派な物語なのではないかと思うのだが、どうだろうか?

※リンク動画は仁粋大妃と終盤の主役としてクライマックスの大暴れを演じた燕山君<第10代王>との対決場面。燕山君は成宗と尹氏との間の長男だが、そんなこともあって仁粋大妃からハードに嫌われていた。結局、あれこれ虐殺事件を重ねるなどして「暴君」として歴史に残っているが、そうなった背景として、藤原新也が『東京漂流』のなかで指摘しているとある殺人犯のそれに通ずるような心理描写がなされていて、そんなあたりにもグっとくる「王と妃」である。




  そんな大韓ドラマを楽しむ一方で、日ごろはほとんどテレビを見ない生活。パソコンとインターネットは公私を問わず必携アイテムではあるけれど、テレビはなくてもあまり差しつかえはないなと思う。テレビ局のネット配信もニュースの類を含めてアクセスすることはないし(間違ってクリックすることはごくタマにある)、映像エンタテイメントが欲しければDVDにせよネットの動画サイトにせよ、ほかのメディアがあれば十分(もっとも、だからといって外出先でまでネットに頼ろうとも思わず、スマフォやらモバイルやらを使うこともなければ、そもそもが携帯電話でWEBにアクセスしたこともない。あのチマチマとした画面も性に合わないし・笑)。個人的にはテレビってのはそんな存在なのであった。

  ……といいつつ、外国に繰り出すとなんとなくテレビをつける。ニュース番組の傾向を見るのも興味深いし、ドラマや音楽番組もまた然り。で、以前から大韓でときおり遭遇していたこの大韓毎日放送「オレは自然人だ(나는 자연인이다)」がなんともイイ味わいなんですなァо(^ヮ^)о

  内容はといえば、「山の民を訪ねてちょっとした長寿番組」(すでに270回を超えた。なんと「王と妃」よりも長い!)。タレントが“俗界”を離れひとり山奥の掘建て小屋で暮らすおとっつぁん(おっかさんもいるかもしれんが、どっちにしろ“イイ顔”)のもとを訪ね、あれこれお話をうかがうというものだ。なにしろ自然人である。腕によりをかけてふるまってくれる創作料理の数々もまた“イイ顔”揃い。なかには還暦を過ぎてなおタレント(マッチョ系)顔負けの体力勝負を見せたりもするが、なかなかに味わい深いドキュメンタリーではある。が〜……。
  このタイトル、むしろ「オレは畸人だ!」のほうが訴求力抜群なのではアルマイトの弁当箱?  まァ、題目が自然人にせよ畸人にせよ、ちょっとモノ珍しい御仁を主役にでっち上げていることには違いはないんですがね。

  面白いなと思ったのは、取材を受ける畸おっと自然人たちが、すこぶるゴキゲンだってことなんですよ。『畸人研究』(畸人研究学会)に、取材相手に「畸人研究会」の肩書きがついた名刺を差し出すと、「ほぉ〜。畸人研究会ですか」と大半の畸人が好意的に応じてくれるという話があるが、それがまったくの事実であることをはからずも証明しているようなものだ。「オレのことを畸人だなんて、バカにしてるのかっ!」とはならないのである。そもそもが「畸人」に対し敬意というか憧れを抱いて接しているワケで、どうやらこの番組の視聴者のなかにも、そういう気持ちを畸……自然人たちに抱いているムキも多いのではないかと察する。

公式サイトぞなもし




  大韓のテレビでつい見ちゃうのが、この「inet-TV」。演歌というか「トロット」主体の歌謡専門チャンネルである。名も知れぬ(オレが知らないだけの話かもしれないが)トロット歌手とその背後でダンスに興じるおねーちゃん軍団(ときおりちょっとした美形がいて驚く)。それに加えて、そんなステージを目の前にしてゴキゲンでノリノリのおっかさん(タマにおとっつぁんも)たちの姿を眺めていると、「ぁあ、人間っていいものだなァ……」とこっちまでシアワセな気分になってくるのだから不思議だ。




  で、その筋では有名な「千葉テレビカラオケ大賞21」である。なんとすでに36周年という知る人ぞ知る長寿番組だが、土曜日の夕方になると、我が母堂がボケ〜〜っとコイツを見ていたりするのだ。しかし、以前は「なんかジジ臭えなぁ」などと半ば蔑んでいるようなムキもあったオレだけれど、大韓で「inet-TV」のよさがわかるようになると、この番組もまた「イイなぁ」と思えるようになってくる。まぁ、たいていはそこいらのおとっつぁんとか妙にめかしこんだおっかさんなんかが気持ちよさげに歌自慢をしているワケなんですが。
  特殊漫画家・根本敬のなんの著書だったかに、「かつてはポンチャックをバカにしていたけれど、軍隊に入れられて帰ってくるとあのよさがわかるようになったんですよ」とかなんとかそんな大韓青年のエピソードが紹介されていたが、形や背景は異なれど、実感として両者にそう隔たりがあるとも思えない。

  しかしけっして侮れないのが「千葉テレビカラオケ大賞21」である。昨年の話になるが、なんとなしに目を向けていたところ、リンク動画の主役というかこの1分45秒目ぐらいに登場する岡田みなみちゃん(オレは「でかいねえちゃん」と呼んでウレシがっていたが)にとてつもなく仰天させられるハメになってしまったのだ。リンク動画の歌唱をお楽しみいただければ「ぁあ、にゃるほど!」と思われるのではないかと察するけど、なんとも上手なんですよ。年末ごろにはその年のチャンピオンを決めるグランドなんとか大会ってのもあるのだが、当然のようにそのチャンピオンに輝いた。ちょっとした「お宝発掘」である。舞台度胸も抜群で、でかいだけじゃなくオーラにも迫力十分。もとより、プロとなるとまた異なるレベルがあるようにも思うのだが(以前、とある取材のさなかにある人気歌手のアカペラ──CDなど商品にするさいの歌パート録音──を聞かせてもらったことがあるが、「これがプロの歌か!」と目というか「耳からウロコ」だったのを思い出す)、ひょっとすると……、コレをきっかけにプロとしてデビューしていてもおかしくはないと思わせるものがあった。

  ついでに(?)司会の相方を務める「あゆみちゃん」こと椎名歩美ちゃんが、太田蘭三ふうに見ると「われわれ中年男好み」でなかなかにキャワユイのだが、「あゆみちゃんに会いたくて番組出演に応募しMASITA」って男を見かけないのが摩訶不思議(まぁ、見てないところでお出ましになったのかもしれないが。見てる時間のほうが圧倒的に少ないワケだし)。しかしまさか「おビール」(太田蘭三の小説に出てくる女性の定番句)なんてこたぁ言わないよねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  大韓の巨大ネコじまん登場!
  体重10kg超。ウチのちょびも絶好調のころは似たようなレベルではあったが、大きく育ったネコを自慢したくなるのも似たようなものであるо(^ヮ^)о
  しかも名前が「주군(主君)」ときた。ちょびもどきおり「殿下」と呼ばれているから似たようなものか。




  だいぶ前にネットで遭遇したアメリカ合州国のスター巨大ネコ・サムソン。「ぁあ、ほしいなァ……」と思うが、なにもニュース番組(YTNはニュース専門TV局)でやらなくっても……でもうやるんだよっ!

Jl869

  話かわりますけど。
  さる10月8日の深夜、なにげに「Flightradar24」(カラオケ大賞21みたいですな)を眺めていたところ、かような航跡を発見した(Flightradar24からのスクリーンショット)。この日のJL869便は成田を18時10分に出発、北京首都空港には21時15分に到着するダイヤが組まれていた。ところが、この航跡図を目にしたのは深夜0時すぎ(9日)。ご覧のとおり、北京上空を目前に旋回したのち進路を東寄りに向け、天津上空を素通りするや北京からだいぶ離れた渤海上空でぐ〜るぐ〜るぐるぐるぐるぐると七転八倒状態。結局、このあとは深夜2時すぎに仁川国際空港に代替着陸(ダイバート)してしまった。
  その後は、4時21分(9日早朝)に仁川を出発、5時05分に出発地の成田に戻らず羽田に代替着陸したらしい。

  で、こんなモノを見てしまえば、なんだってこんな事態になったのかが気になる。そこであれこれネットで検索してみたのだが、どうにも要領を得ないばかりか、国土交通省の「航空安全に関する統計、報告等」にも一切触れられていないのである。一体全体、なにが起こったのだろうか……?  ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。

  ところで、同業者友人にGという女性がいるのだが、だいぶ前に北京からの帰途、乗っていたJAL機が成田の滑走路が水浸しになっていたため着陸できず、羽田に代替着陸したことがあったという。もちろん羽田での降機はできず、(おわびの意味か)フリードリンクサービスで酒盛り状態となった機内で呻吟としたのち、深夜の成田に辿り着いたそうだ(都内まで臨時リムジンバスが走ったとかでその点はよろこんでいた)。
  このGだが、飛行機の予約をするとちょうど台風(成田のときもそうだった)がやってきて国内線であれば日程変更を繰り返すハメになったりと因果者の素質十分といったところなのだが、つい先日、別のエピソードを聞いたオレは、少しばかりビビらざるをえなかった。いわく、
「ANAに乗っていてエンジンから火が噴いたこともあったワ♪」
  ……。

  じつは、某国某所で取材のジョイントをするのも面白いネなどと話し合っていたりもするのだが、そのときは現地集合にしようと密かに誓ったオレである(笑)。

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2017.07.26

大韓に行かないで大韓を味わう法・・・の巻


  発売後のお知らせになってしまいましたが、ただいま発売中の雑誌「旅と鉄道・17年9月号」(山と渓谷社)に「世界の鉄道 途中下車の旅14 タイからラオスへの国境越えと寝台列車の旅」ほかを寄稿しております。書店等でお見かけしましたら、お手に取っていただければ幸いですm(__)m

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  という次第で、東南アジアに浮気しているような昨今ではあるが、そうこうしていると久々に大韓散歩へと繰り出したくもなってくる。ワケあって(?)、今年の11月以降に2度ほど訪れる計画を立ててはいるものの、それまではまだだいぶ間が空いている。そこで、書物だのネットだのを通じて大韓風味を楽しんでいたりするのだが、そうしていればこんなイカした本に巡り会うこともできる。

『大韓ロック探訪記  대한 록 탐방기』(長谷川陽平著・大石始編著/DU BOOKS)
  大韓を舞台に第一線で活躍しているミュージシャン・長谷川陽平については、いちおうは知ってはいたが、こんな楽しい一冊が出ていたとは、迂闊にも気がつかなかった。
  あるィ夜。ネット通販の検索窓に、ほとんど無意識のままに打ち込まれた「大韓ロック」の文字。別段なにを探していたのでもないのだが、経緯はともかくそうしてブチ当たってしまえば仕方がない。

  対談中心で構成された濃密な大韓話の数々。必然的に音楽シーンの話題が多くはなっているが、そこに流れる通奏低音は大韓そのものである。仮に大韓ロックそのものに興味がなくったっていい。大韓という響きにピピっときているとしたら、こんなに楽しく読める本もそうはないのではなかろうか。あの“『ディープコリア』シリーズ”と合わせ、ぜひ日常的に愛玩したい名著といえる。

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  大韓ドラマにもあれこれ傑作やら良作やら名作やら佳作やら駄作なんてのもあるが、イブシ銀的名作としてこの「王と妃」はぜひ見ておきたい作品だと考えてきた。といいつつ、全編を通してじっくり鑑賞したことはなく、要所要所をつまみ食いしてきた程度だというのを白状しなければならないが、そういうザマになってしまうのは、ひとえにコレが全186話という大河ドラマ中の大河ドラマであるがゆえ(オープニングでいきなり「대하드라마=大河ドラマ」と画面にドーンとお出ましに。自他ともに認める大河ドラマなのであった)。
  ひとくちに186話というけれど、1話あたりがおよそ60分弱、一睡もせずに見続けたとしても軽々1週間以上を要するのだから、並み大抵の覚悟では臨めませんわなぁ(そもそもそんなことをする意味が?)。ちなみに、わりと中味の濃い次回予告があるのだが(1分間程度)、その全195回ぶんだけをコレクションしても、3時間超。DVD1枚に収まり切らないのではないかというおそるべきボリュームなのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  で、このたび、唯一流通している“レンタル落ち”全93巻をコンプリート。その長丁場に挑むことになったというワケですо(^ヮ^)о

  話は朝鮮王朝第5代王・文宗の時代からスタート。即位したものの虚弱体質だった文宗は即位からわずか3年ほどで死去してしまうのだが、そのあとを継いだ息子のホンウィ(端宗)が11歳と幼なかったことなどが、一連の騒ぎの発端に。前半の山場は癸酉靖難と呼ばれる叔父・首陽大君による大粛清および王位剥奪事件で(ドラマとしてはショスタコービチの「交響曲8番」第1楽章のような脚本であり演出。癸酉靖難の回をみたあとにこの曲を聞いたら腑に落ちた)、全編にわたり王室や官僚あるいは宦官らによる権力抗争が繰り広げられるのだが、それをさらにドロドロとさせるのが後宮に巣食うおっかさん連中なのである。そのおっかさんたちのコワモテぶりがまたたらまんのですよ。ラストに向けてのハイライトは朝鮮王朝の“暴君”として名高い燕山君(第10代王)の大暴れであり、件の予告にも「いよいよ燕山君が登場!」のごとく扱われているのにもグっとくる。しかしそのころには秋になっちまうなァ……。

  でまぁ、そんな燕山君の大暴れにカタルシスを期待しつつ186話に挑むワケだが、そのマラソンの主役をなす仁粹大妃(というより役を演じていているチェシラ)がかもす迫力こそが、このドラマの根幹を牛耳っているといっても過言ではないだろう。のちに仁粹大妃と化す首陽の長男の嫁・ハン氏として最初から出ているのだが、山盛りとなった傍役のひとりでしかなかったその時代から、すっかりドラマの顔と化す文字どおりの変貌にもグっときてしまうのであった。

  ところで、この時代は数々の大韓時代劇で舞台に選ばれているが、この作品では「朝鮮王朝実録」などの歴史書を比較的忠実に沿っているといわれ(ときおり入る解説で、ときに「実録」の内容に疑問を呈していたりもするが)、時代劇であると同時に「歴史ドラマ」であるといえるだろう。なにがいいたいか?  大NHKが大韓時代劇を指してことごとく「韓国歴史ドラマ」などと銘打っているが、そのなかには100%のフィクションドラマも含まれており、NHK式の呼び方に違和感を覚えざるをえない。もちろん、「王と妃」にしても創作された部分は多々あるだろうし、作品の最後で述べられているとおり、残された“史実”が勝者側の“史実”にすぎない点なども考慮すべきではあろう。だが、NHK式の無防備な呼び方はどうだろうか。あたかも、フィクション(まったくの作り話)もまた「歴史ドラマ」、あるいは史実としかねないような危惧を、わずかながらも感じないではいられないのだが……。



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  さて、そんな「王と妃」は大韓における大ヒット作でもあった。1998年6月から2000年3月(長ぇ〜っ)というから、かれこれ20年弱前という古いドラマであるにも拘わらず、街を眺めればこんなレガシー(遺産)がそこここに散見されるというのも楽しからずやо(^ヮ^)о

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  看板の文字はドラマのまんま(多少は違えてあるかもしれないが)。書道の師範だかなんだか忘れたが、その程度にまで書道に勤しんでいたことのある我が母堂いわく「あの王の字、上下のバランスを崩してあるところがいいわねぇ」とのこと。篆刻家・チョンビョンネ(정병례선생님)の作ということで調べてみたところ、「ほしい!」と感じさせる作品があれこれあった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  コレはちょっと再現がいい加減ですな。

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  もとい、勝手に使って大丈夫なのかと思わないでもないが、きっとケンチャナヨなのであろう。そう思った。

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  飲み屋の一種。こうしてみたところ、飲み屋のほか韓服店、さらにノレバン(大韓式カラオケ屋)に好まれているようだ。

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  まぁ、王と妃ですからねぇ。たしかに韓服にはもってこいの屋号かもしれない。

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  民俗酒場。

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  この店はチェーン店のようだ。どうでもいいが。

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  王と妃は「왕과비」。しかし「왕&비」ってのはあまりにおっかさん(チェシラ)と燕山君をナメちゃいまいか?

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  で、燕山君。なんだって燕山君なのかといえば、看板にあるとおり「연산군연탄구이」(燕山君練炭焼=ヨンサングンヨンタングイ)、つまり「燕=ヨンと練=ヨン(ともに大韓語読み)」ってことなのではないかと推察するのだがぢうか?

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  この店は屋号の看板が捉えられていないが、同じく焼肉店である。生サムギョプサム3900ウォンってのは安くないか?

  それはそれとして、「王と妃」の前半を見るにつけ、「ぁあ、この男の目つきときたら、日本のどっかの政治家と同じですなぁ」と感心させられることしばし。内官(宦官)のオムジャチ(キムビョンギ)やキムヨン(ファンボムシク)、安平大君(チョンソンモ)あたりなんかとくにねぇ。テレビニュース(自称か?)なんかを見てると、どっかの国の与党政治家の見たくもないのに見せられることが多い面々にクリソツなんですな、コレが。このうち、役を演じているキムビョンギとチョンソンモは、ともに「砂時計」で悪役格というか“卑役”(造語)でイイ味わいを出していたが、「王と妃」でも期待どおりの仕上がりである。まぁ、いまのところ(?)燕山君がわが国にお出ましでないのが救いといやぁ言えるか……?

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  話かわりますけど。かように大韓ネタで寛いでいたら、こんなのを拾った(3冊ほど表紙画像をネットでみかけるが、いずれも同一の画像のみが流布されている模様。そのうちのひとつをココでも使わせていただいた。ぁあ、欲しいなァ……)。いかにもアヤシゲな雰囲気の「劇画」だが、金日成のルビが本名の「김성주(キムソンジュ)」になっているところがミソ(『劇画・金日成の寝室』パクブキル画)。

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  コレも拾いモノ。「道路脇(路肩)での性行為  交通事故誘発」ときた。類似のシロモノに国立公園内だかにあるらしい同じような意味の横断幕(섹스금지)があって大韓人を面白がらせているようだが、そちらは単純なフェイク。するとこちらもそのテかもしれないが、とりあえず面白いのでタウム地図で現場を捜索してみることにした。

  ちょっと見に全羅道の北部か忠清道南部を直感したが、よくよくみれば「全州国道」がどうのとある。ココまでわかればあとは単純。該当しそうな国道をネット上でドライブすればいいのだ。

Route21point05

  で、あったо(^ヮ^)о  ワクワクしながら捜索を続行し、かれこれ6カ所ばかり特定しつつスクリーンショットを取ったのだが……、書いてある文句が違うではないか。「道路脇での販売行為〜」だって?  ったく、ガッカリしたとはこういうときの心境を指すんだよなぁ(笑)。

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  その現場のひとつ。

ココアルネ

  しかし、さらに調べてみたところ(ヒマ人ですね・笑)、コレはまったくのフェイクではない可能性が出てきた。なんでも最初に現われたのはまさしく「性行為(성행위)」云々(うんぬん)で、コレを見つけた某大韓人がネットにアップするや、世間をそれなりに楽しませたらしい。ところが、その騒ぎにクマった当局が、とりあえず「商行為(상행위)」と書き換えたというんですな。それが現段階では「판매행위(販売行為)」で落ち着いているということらしいのだが(つまり、성행위→상행위→판매행위)、そもそもがこの路肩で商売をするというのはムリがあるというか命がけだし不自然にすぎる。むしろ「性行為」のほうが、たぶん路肩にクルマを止めて云々(うんぬん)ってな話だろうから可能性がないワケでもないだろう(しかし、こんなところでそんなことをする意味が?)。

  それはそれとしても。コレが当初のママだったら、この現場に赴いて写真のひとつでも撮らないことには自分に対する示しってもんがつかないよなァ。ぁあ、でもこんなところまで往くのも面倒だなァ(全州あたりからタクシーをチャーターか?)。……でも、やるんだよっ!  というのをやらないで済んでホっとしたであります。

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  おまけ。だいぶ前に拾った「くむじ少年」。なんらかの事情でいきなりこのページに寄って下さった方にはなんのことやらわからないと思いますが……。「ドキドキラブコメディ」ねぇ……。大韓版「JUMP」に載っているのかいたかしたそうであります。


  おまけ。



  大韓語で歌ってみましょう♪

  으하하하!  으하하하하!
  (ウハハハ!  ウハハハハ!)
  황금박쥐!
  (ファングムバッチ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オディエソ オヌニャ ファングムバッチ)
  빛나는 해골은 정의의 용사다.
  (ピンナヌン ヘゴルン チョンゥイエ ヨンサダ)
  힘차게 날으는 실버 배터.
  (ヒムチャゲ ナルヌン シルボ ペト)
  우주의 괴물을 점멸시켜라!
  (ウジュエ クェムルル チョムミョルシキョラ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オデュエソ オヌニャ ファングムバッチ!)
  박쥐 만이 알고 있다.
  (パッチ マニ アルゴ イッタ)
※作詩:제일동화/作曲:타나카 마사시/大韓版の歌:?

  なんだって黄金バット(황금박쥐)なのかといえば、大韓ドラマ「まるごとマイラブ(몽땅 내 사랑)」のファンクムジ(황금지)が双児の弟オギョブにそう呼ばれてたのを思い出したから(単なるくむじつながり。とくにというか、まったく意味なし失敬の巻といったところだが、じつはアニメ「黄金バット」が日韓共同製作だったということをこの騒ぎのおかげで知ることとなった)。ついでのついでさらについでのの話ではあるが、「우주의 괴물을 점멸시켜라!」のところを「자민당의 바보들을 점멸시켜라!」にしたら楽しかろうと思う。

  という次第で、大韓に行かないで大韓を味わう法の巻でありMASITA。

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2017.03.16

ロ長調の至福・・・の巻


  今回は、久々にクラシック音楽をめぐる無駄話を……。
  もっとも敬愛している音楽家がショパンであることはなんどか記してきた。聞いたり弾いたりするだけでなく、楽曲などをめぐりあれこれウンチクというかナゾ解きに興じてみるのも楽しいものだ。

Chopinkey

  で、今回取り上げてみたのはショパンの楽曲における調性である。たとえば、『ショパン マズルカ 演奏と解釈への助言』(山崎孝/音楽之友社)を開くと、
「変イ長調という調性は、ショパン好みの調性であることは周知の事実である」(179P)
  といった記述があるし、同世代に生きたシューマンが組曲「謝肉祭」のなかの変イ長調の1曲を「ショパン」と名づけていたりもする。オレ自身もまたショパンにとっての変イ長調という調性を特別視してきた。だが、本当にそうだろうかとふと思ったのである。

  たとえば──といっても個人的な好みにすぎないが──ショパンの変イ長調にどれだけの傑作があるだろうか。著名な1曲として「英雄ポロネーズ(作品53)が思い浮かぶが、演奏会向けではあっても傑作とは思えない(トリオにはグっとくるけれど)。ポロネーズでいえば、同じ変イ長調ならば「幻想ポロネーズ(作品61)」にむしろ霊感めいたものを感じるし、嬰ヘ短調(作品44)のほうがよほどの問題作だ。変イ長調で目立つといえば、あとは「ピアノ協奏曲第2番(作品21)」の第2楽章ぐらいか……。

  そこで集計してみたのが上の表というワケだが、曲数でいうと変イ長調(As-dur)が29曲で堂々のトップ。のっけから“仮説”以前の“疑問”の根拠がなし崩しになってしまいMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  次点が21曲でイ短調(a-moll)だというのをどう解釈するのかはひとそれぞれだろうけれど、両者の差が歴然としているのではいかんともしがたいではないか(笑)。
  ただ、ショパンの故郷・ポーランドの民族音楽に由来する「マズルカ」の6曲はともかく、「ワルツ」で29曲中の8曲を占めるというのが興味を引く。これらのなかに、“重要な曲”がどれだけあるかという視点においてだ(イ短調・作品34-2や嬰ハ短調・作品64-2あたりはо(^ヮ^)о)。

  *表はC(ハ長調)からd(ニ短調)まで、「前奏曲集」(作品28)と同様の循環で並列しました(大文字=長調、小文字=短調)。カテゴリ中の「マズレック」は「マズルカ」と同義ですが、ショパン自身の命名に合わせて別項目に。「ほか」は「ロンド」や「幻想曲」「舟歌」「ピアノ三重奏曲」などが該当。(*1)などの数字はピアノソナタなどにおける各楽章の主調をカウントしたものです。なお、誤りがありましたら御指摘をいただけると幸いです。

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  ところで、独断で傑作中の傑作を列挙してみると……、
・ポロネーズ:作品26-2(変ホ短調)、作品44(嬰ヘ短調)、作品61(変イ長調)
・マズルカ:作品33-2(ニ長調)、作品56-2(ハ長調)、作品59-1・3(イ短調・嬰ヘ短調)
・バラード:作品52(ヘ短調)
・即興曲:作品51(変ト長調)
・前奏曲:作品28(24曲全曲──とくにハ長調・変ホ短調・ヘ短調)
  あたりを挙げたくなるが、なかでも上の譜例に挙げた「マズルカ・作品59-3」(嬰ヘ短調ーfis-moll)は“ショパンらしさ”という点で傑出した1曲ではないかと思う。マズルカ独特のアクセント(明確な箇所として譜例末尾から2小節3拍目など)。3拍子と2拍子の混在。ルバート。ソナタ形式に準ずる形式美。そしてこの嬰ヘ短調(第2主題は嬰ヘ長調)の響き……。じつはショパンの嬰ヘ短調にはショパンならではの冴えをみせている曲が多い。たとえばつぎの「前奏曲・作品28-8」もそんな1曲ではないだろうか。

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  ショパンはピアノ演奏法に大革新をもたらしたといわれており、たしかに彼以前には想像もつかなかったような書法をいくらでも見つけることができる。ショパンの楽曲にある種の即興性を見い出すという話はよく聞くが、あるいはこの曲にもそんな秘密が隠されているのかもしれない。それを裏づけるといおうか、ショパンのあまたのピアノ曲には、「難しい箇所」は数知れずとも「(あえて)弾きづらい箇所」は数えるほどしかないような気もしている(気も……というのは、このでまかせを記しているのはピアニストではないものでしてねぇ)。

  同時代のリストもまた、ピアノ演奏(技巧)を究めた音楽家ではあったが、おそらくはショパンとは対極の発想(?)が彼の創作を支えていたようなイメージを抱いている。では、やはり同時代のシューマンの心境はいかなるものだったろうか。シューマンといえば、ショパン17歳のときの作品「ラチダレムラマノによる変奏曲」(作品2)にショックを受け、「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」と絶賛。その論評を読んだショパンがあまりのとんちんかんぶりに脱毛してまったというのは大ウソだが、その後もなにかにつけ絶賛の論評を発表している。しかし、そのホンネははたして……?  仮にショパンをめぐる小説なり映画なりを創作するとしたら、シューマンこそが主人公に相応しいような気がしてならない。

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  一連の嬰ヘ短調のなかで、もっともカッチョイイのはこの「ポロネーズ」(作品44)でキマリ!  トリオ(中間部)にマズルカ(イ長調=A-dur。単独で書かれた「マズルカ」にはただの1曲もない調性だ!)を挟む規模の大きな楽曲だが、第1主題の激情ぶりがとりわけ際立つ。もっとも、この曲が書かれた1941年ごろのショパンは、比較的健康状態もよく、療養で訪れていたマジョルカ島からパリに戻り、創作活動に没頭していたという。たとえばウィーンに滞在していたころのような葛藤(故郷ポーランドで起きた「ワルシャワ革命」の報を受けた)とは距離があったようだ。

  それにしても、上の表にあるように嬰ヘ短調を主調とする楽曲はわずか6曲(うち「ワルツ」1曲はショパンの作でないとする意見がある)。ここで取り上げなかった「ノクターン」(作品49-2)のメランコリックな“歌”にも惹かれてやまない(冒頭の主題の22小節にも及ぶ長いスラー!)。

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  いまひとつショパンが描くロ長調にもココロに静かな響きをもたらすような佳品が多い。「ノクターン」全21曲中3曲(作品9-3、32-1、62-1)ともっとも多くを数えるのは、あるいはこうしたスタイルの楽曲にこの調性が向いているとショパンは直感していたのだろうか?  逆に、ただ1曲ある変イ長調(作品32-2)からはあまり冴えが感じられない。
  個人的にはこの3曲ともに好むところで、とりわけこの62-3にはある種の“ファンタジー”めいた世界を想像してしまう。ドイツ北部やポーランドにこんな風景があるような気がした。その平原で聞こえてくるかすかな音は梢だったり波音だったりするのかもしれないが、そうしてまっすぐにさまようような印象を、この曲から抱き続けてきた。

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  同じロ長調でも、「ピアノソナタ第3番」(作品58)の第3楽章からはいくぶん体温めいたものを感じる。だが、作品62-3のAndanteにせよ、この曲のLargoにせよ、そこには“歩み”のようなものが暗示されてはいまいか?

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「幻想ポロネーズ」(作品61)では、前半の山場を走句で締めくくったあとに、テンポを落としてコラールふうの楽想がロ長調で演じられる(譜例はその6小節目以降)。このロ長調もまた、ショパンならではのロ長調だと勝手に思い込んでいる。発想標語にはPiú lentoが与えられており、Largoとは異なるさまよい方をしているような気がするのだが、案外、自分自身はこういう情景を探し求めて旅に出歩いているのかもしれない。以前訪れたバルト海に面した砂浜で、その片隅に繁茂する雑草が示す色彩とのシンクロをかすかに覚えたものだったが……。

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「幻想曲」(作品49)のトリオからも、ショパンのロ長調が強烈に伝わってくる。この曲の主調であるヘ短調の対極調が選ばれたのは、はたして意図的だったのだろうか?

  いまひとつナゾめいている点として異名同音調を挙げておきたい。♯・♭ともに5つ以上が付加されると発生するものだが、多くの場合は♯・♭が6つの調が該当する。すなわち、嬰ヘ長調=変ト長調(Fis-dur=Ges-dur)と嬰ニ短調=変ホ短調(dis-moll=es-moll)である。
  ショパンの場合、異名同音調のうち嬰ニ短調と変イ短調を主調とする曲が皆無だということは子どものころに気がついていたし、上の表でも省略してある。言い換えると、音としては同じであるにも拘わらず嬰ヘ長調を変ト長調とを明確に分けており(「即興曲」と歌曲では双方が混在している!)変ホ短調は徹底して変ホ短調を貫いているあたりにも好奇心をくすぐられずにはいられない。しかし──こんな抽象的な話がどれだけのひとに通ずるかはわからないけれども──、実際に聞くなり弾くなりしてみると、嬰ヘ長調はたしかに嬰ヘ長調であり、変ト長調もまた然り。5曲ある変ホ短調の曲が嬰ニ短調として聞こえてくることはない。

  これまたごく私的な見方ではあるけれど、平均率24の調性にはそれぞれ色彩があり、ことによるとショパンはそういう直感をもって曲の性格をはかっていたのではないだろうか。実際に試してみるとよくわかるハズだが、たった半音をズラしただけで、同じ曲がまったく異なって聞こえてくる(歌曲が原調と異なる調性で歌われるのはごくふつうのことだが、オレはどうしてもなじめないのだ。カラオケを含めて)。はたしてショパンの真意やいかに?

  なんだか曖昧模糊としたボヤキの羅列になってしまったが、今宵はこのへんまでにしとうごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2016.12.10

下世話に欧州・・・の巻

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  パリゆき「タリス」の車窓にお澄まし顔┌〈vv〉┐?

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  その足下にはこんなお顔があるし(座る前から目についていたが、隣席のご婦人の反応を慮りつつ、降りるドサクサに紛れてショット)。

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  ウィーン中央駅にて。大きなお世話だと思った。

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  オカ・・・もといニューハーフ御用達?

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  ワルシャワの街角では哭くのが流行りとみた。しかし、トイトイだって役牌やらドラがからめば容易にハネる。バカにはできんよ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  この「TOITOI」、ポーランド語でどう発音するのかはわからないが、フランス語ならば「トワトワ」ですね。トワトワトゥロワスキュールソンブルアベックブラントゥロワドラドッカ〜ン!  日本の「○I○I」を大韓人が目撃すると「イイ(이이)」になってしまいますなぁというのはついでの噺。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  ポーランドにもしゅぽ多数。残念ながら、「슈퍼 꼬라지 하고는」をポーランド語に訳すすべがない……。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  新鮮市場。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  本当に0時から7時まで締まっているのかは確かめなかった。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  しゅぽ(スーパー)ではないかもしれないけれど、つい本能がシャッターボタンを押してしまうのであった。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  車窓にしゅぽアリ。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  ありきたりな観光地なんぞよか、よほどその土地のニオイが漂っているのではないかと思うのだがどうか?

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪
  WOLA(ボーラ)という靴下メーカーがポーランドにある。ぢうでもいいが。

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  ボゴキン(バーガーキング)ならぬケパッキン(ケバブキング)とは一本取られMASITAね。

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  このツェッペリンのLPが、どのような巡り合わせで21世紀もだいぶ経ったワルシャワの露店で売られていたのか……。いま思えば、日本に連れ帰ればよかったのかもしれない?

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  ワルシャワの街角にも「くむじ」アリランо(^ヮ^)о

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  こちらはソハチェフで遭遇した「くむじ」。

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  やっぱ、主張したくなるものなんだろうねぇ、シャッターがあると。

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  花の都と「くむじ」のコラボ。

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  ペールラシェーズの墓地における「くむじ」事項の数々。

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  ケルン中央駅のキヨスクにて。
「リッタースポーツください」
「いくつか種類がありますけど……?」
「コンプリート!」
「OK^^!」
  よくよくみればイチゴヨーグルト味などの欠品があるが、それよか、こっちに気を取られてたおかげで、ハヌータを買い忘れたのを帰路の飛行機のなかで気づいて地団駄を踏んでしまった。思いきり“チャイナ買い”をするつもりだったのに、コレというのもソウル駅ィ横のロッテマートからリッタースポーツが消え失せたのがいけない。……などと思っていたら、バンコクのスワンナプーム国際空港で2種類ほど発見したが。
  一緒に並んでいるのはショパン生家(博物館にもアリラン)で買ったショパンブランドのビターチョコ(板チョコ)とユーロナイトのサービス品(左:ウィーン〜ワルシャワ、右:ワルシャワ〜ケルン)。

  ところで、今回のヨーロッパ散歩は、当初の目論みでは来年の春ないし秋を予定していたものをとある思いつきから前倒しての日程であった。ところが、つい先ごろにドイツ鉄道(DB)が夜行列車(シティナイトライン)を全廃するという報道に遭遇。ウィーン〜ワルシャワ間のユーロナイト「ショパン」は生き残った模様だが、ワルシャワ〜ケルン間の夜行は、(DB予約サイトから見るかぎり)このアップと踵を接するようにして姿を消してしまった。なんらかの形で夜行列車の運行が続けられるという見方もあるらしいが、ギリギリのタイミングで夜行列車の旅が楽しめた幸運に感謝するほかはない……。
  という次第で、欧州散歩2016年秋の陣でごぢいMASITA。

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2016.12.04

終着地はパリ20区・・・の巻

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  パリでおのぼりさんо(^ヮ^)о  が〜……。

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  目的地はこの1点。ペールラシェーズの墓地である。

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  なんでかといえば、ショパンの墓があるから。この地にショパンが眠っていることを知ったのは中学生のときだったと思うが、以来、いつの日か足を運んでみたいと思い続けてきたのである。つまり、今回のヨーロッパ散歩は、ショパンの生家から墓所を訪れるという単純な発想かその起点だったワケだ。
  が、しかし。ともあれあの“聖地”にやってきた。
「あなたのおかげで、人生をより豊かにすることができたのです」
  墓前にて、そんな思いが去来した。

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「マリアカラスの墓がこのへんのハズだが……」
  そう思いつつ歩いていたらカラスがいた。見てみればビゼーの墓。墓石にカラスが乗っているのは考えたシャレでもなんでもないが、マリアカラスの墓はついぞみつけることがでいなかった(公式サイトから入手した地図に、どういう次第かカラスの墓がプロットされていない)。

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「先生、ラベルはどうして自分よりあとに亡くなった作曲家の墓を曲名にできたんですか?」
「フフフ●●くん(あえて名を秘す)、それはプーランクじゃなくてクープランだよ」
  という本当にあった笑い話の題材となった(?)プーランクの墓である(学生時代の“恥ずかしいお話”が一生言われ続けるというその好例)。

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  マルセルプルースト。傍らには涙を流しながら跪く西洋人のうら若き乙女が……。彼女、メッセージカードまで墓前に供えていた。
「ぁあ、プルーストには熱狂的ともいえるファンが少なくないからねぇ」
  と証言するのは件の●●くんである。

  ごく私的な話ではあるが、「マルセルプルーストの小径」というピアノ曲をプレゼントしてくださった作曲家が、つい先ごろ亡くなったとの報を受けた。ちょうど、かつて討議の題材となったショスタコービチの交響曲11番終楽章の解釈をめぐって思うところがあり、(30年ぶりぐらいになってしまうが)お目にかかりつつお話でもうかがいたいものだと思っていた矢先の訃報であった……。来世へのキャリーオーバーというのは、案外多いものかのかもしれない。

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  そんなペールラシェーズの墓地を歩きながら、「夜のガスパール」の終曲「スカルボ」(ラベル)の締めくくり、その音色が妙ににつかわしく感じられた。……ところで、資料としたこのデュラン版の楽譜(1980年代後半の版)にささいな誤りを発見してしまった。あるいはラベルの自筆譜のママなのかもしれないが、だからといってこの譜面どおりに弾くひとがいるとも思えない。いまのいままで気づかなかったのも不可解だが……(念のため、終わりから2小節目上段にあるべきト音記号が抜けている)。

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  せっかくなのでおぼのりさんの定番もо(^ヮ^)о
  そいや、社会人になりたてのころ、取引先の係長だかに尾登さんという人物がいたなぁ。どうでもいいけど。

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  そんな定番おのぼりさんもいいけど、案外こうしたなんでもない街の貌にこそ旅を実感したりもする。

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  やっぱ、どっちかというと大韓風味だよねぇ(もっとも、東京に比べれば大阪は大韓風味が濃厚。歩いていて楽しいのはもちろん大阪でありパリである)。ぇえ、ぇえ、とっても気に入りMASITAね、パリが。

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  地下鉄も楽しい。
「どこに行くの?  切符は買ったかい?  ぁあ、その切符じゃダメだよ。一緒に来て」
  なんていうベタな手口の“寸借泥棒”にも北駅切符売り場前で遭遇したが(ネタをありがと、長髪あんちゃんよ)。

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  この異国情緒がたまらん♪

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  郊外とを結ぶPER。ウッカリ逆方向に乗ってしまい、気がついて車内の地図をみたら(ほんの3〜4駅なのに)すでに「ゾーン4」。慌てて反対ゆきの列車に乗り換えたが、手持ちの切符が有効な「ゾーン1」に戻るまですこぶるヒヤヒヤさせられMASITA(時効直前の逃亡者心理に近いモノがあった・笑)。

「いやぁ、いつゲシュタポが現れるかと思ってドキドキしたぜ」
「いちいち面倒なんだよね。でも運がよかった。もしやられてたらかなりの額を罰金で取られるよ」
  とデラT。パリの中心部は「ゾーン1」として一律で広範囲かつ安価で乗車できるパリ地下鉄だが、外郭部は円周状に「ゾーン」が設定され、「ゾーン」ごとに有効な切符を事前に購入しなければならないのである。日本式の「乗越し精算」は制度そのものがなく、「ウッカリ」もクソもなく罰金を徴集されるらしい。
「うんうん。事情はわかった。でも規則なんだ」
  そういうことは旅行案内書やネットのパリ観光案内などにも記されてあるが、(そんなに深く調べたワケではないにせよ)具体的な罰金額についての記述をみかけないことに気づいた。はたしていかほどに徴集されるハメになるのだろうか?

  そんなおどろおどろしい地下鉄。どこだかの駅で、自販機で切符を買って自動改札を通ろうとしたら、エラーで入場できなくなってしまった。なんかイヤだなァと思いつつ、幸運にして(?)すぐ背後にあった窓口で事情を話すと、「左の入口を開けますから、そこを通って」とあっさり。

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  今回のパリは、ショパンの墓参拝が最大にして唯一の目的だったが、ともあれ短すぎる滞在ののち、「ロワシーバス」でシャルルドゴール空港を目指す。運転手のフレンドリーな接客にココロが和んだ。

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  ウッカリして導線のママに進んでいったら、そのまま搭乗便の待合室に入ざらるをえなくなってしまった。それはいいとして、免税店はおろかコーヒー屋の類すらやってないのはどうしたことか。「空港で買えばいいや」と思っていた土産も、これではお手あげである。
  が〜……。憮然としつつ長クソを終えて戻ってみれば、店がちゃっかり開いている。ようは、出発便に合わせてその時間帯だけが開店となっているというワケだ。フランス流合理主義というヤツか……?

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  免税店のナイスガイ。

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  ホテルにて。ホテルと(値段が高い)食堂の類には、おっとっつぁんこそがよく似合うо(^ヮ^)о
「快適でしたよ」
「またパリに来たら泊まってくれるかね?」
「もちろん!」

  それはそれとして、「カメラはちゃんとカバンにしまって、観光スポットに着いてから出すようにするほうがいいよ。なにしろあぶないんだから」
  と、真顔でアドバイスされたのには説得力がありすぎた。さしあたり物騒だという印象こそなかったものの(場所によっては夜間は……と感じたところもあったが)、治安面での不安はやはりあるようだ。

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  ホテル自室からのィ夜。「あこがれのパリにやってきた書生気分」といったところでごぢいMASITA。


  おまけ。晩秋のペールラシェーズ墓地とよく似合っていた「スカルボ」。



  なぜか、つづく〜о(^ヮ^)о

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2016.11.04

嗚呼、ショパン散歩・・・の巻

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  憧れの逸品……。

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  という次第で、ショパンの生家にやってきた。わが憧れの地である。やってきてしまえばなんということはないが、ともあれあの家が目の前にある。

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  左からフレデリックショパンの姉ルドビカ、母ユスチナ、父ニコラス、妹イザベラ。ほかに14歳で早逝した妹エミリアがいた。

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  たぶん全ピアニストにとって羨望の1台なのに違いない。

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  庭園は後世に設えられたのであろうが、こんな小川のほとりで釣り糸でもたれて1日をすごしてみたいような気もする。もっとも当日は10度あるかないかで寒空に震えあがっていたが(笑)。

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  昼食も生家のある公園内で。

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  夏場の週末は、生家前で野外コンサートも開かれているという。この日は土曜日。残念ながら季節外でひっそりとしていたが、この寒さではピアノを弾く手もかじかむだろうと妙なところで納得してしまった。しかし、この季節のおかげで色彩があでやかなのである。

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  バス停にはショパンのイラスト。

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  ワルシャワに戻って、こちらはショパン博物館である。あいにく日曜日の訪問になってしまったが、おかげで無料で観覧できた(日曜日のみ無料解放)。ただ、入ろうとしたら入口のおとっつぁんが「チケットを」と宣告。無料のハズだがと要領を得ないままレセプションを訪れたらカード式の観覧券を無料で手渡してくれた。ようは、これが館内での楽曲や解説ビデオの再生などに用いられているワケである。

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  もちろんこちらにもショパンのピアノが。ご覧のとおり、現代のピアノと比べて音域が狭い。鍵盤幅もやや狭く、9度であれば楽々、10度もどうにか指が届くほどであった。鍵盤のタッチが軽く、ペダルの効果も現代のピアノとはだいぶ異なるらしい。残念ながら手を触れることはできないが、ショパンの自筆や原典版の楽譜をもとに、その音色を直に味わってみたいとも思う。

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  展示内容は充実しており、時間が経つのを忘れてしまうほどであった。

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  自筆譜の展示も多数(コレは、大好きな曲のひとつ「幻想ポロネーズ」)。じつはこれら自筆譜も目的のひとつで、生家にしろ博物館にしろ、自筆譜のファクシミリの販売があるのではないかと密かに期待していたのである。もしあるのであればほしい曲はいくらでもあって、いちいち挙げればキリはないし相場の想像すらつかないままやってきたが、10万、15万円の散財は散財にあらずといった程度の予算を立ててはいたのであった(“爆買い”といえるかどうかはいざ知らず)。が〜……。残念ながら「くったんごおぷそ(そんなものはないわ)」。では、古典的なマズルカやポロネーズなどポーランドの民族音楽のCDでも……と思ってはみたが、こちらも残念な状況であった。

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  一方で驚いたのがコレ。何カ所かで楽譜を見ながら楽曲をヘッドホンなどを使って楽しむことができるのだが、その曲目がイカしていたのだ。この楽譜をひと目見て曲名がわかるひとはちょっとしたショパン通といえるかもしれない。オレ自身、その存在をすっかり忘れていたどころか、耳にしたのはたぶん30年ぶりぐらいである(「3つのセコセーズ」OP.72〈遺作=死後に出版。16歳のときの作品といわれる〉)。あえて“王道”を避けるのがポーランドふうということなのだろうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  イラストレーター・ショパンо(^ヮ^)о

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  デスマスクと毛髪。ショパンにしろモーツァルトにしろ、あまりに短い生涯であった。仮にもしもっともっと長命だったら、どんな曲が生まれた……どころか音楽史すら異なるものになっていたかもしれない。もしショパンが生まれなかったらという仮定でもまた然りではあろうが。

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  ショパンが洗礼を受けたというワルシャワの聖十字架教会。ショパンの心臓が安置されているという。
  この日は日曜日。賛美歌の澄み切ったハーモニーに耳を澄ませつつ、カトリックの礼拝情景を垣間見るのも悪くないと思った。

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  ワルシャワのワジェンキ公園にあるショパン像。さすがに観光客が大勢。リスト像もあるのだが、カメラを向けているひとを見かけることはなかった。単に知られてないだけなのかもしれないが……。

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  街角にもショパンの楽曲が。
  つづくо(^ヮ^)о

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2016.10.29

一路ポーランドへ…・・・の巻

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  ウィーン中央駅からは「ユーロナイト406列車」に乗り込む。ウィーン中央駅22時50分発、ワルシャワ中央駅には翌日の7時00分に着く(終着はワルシャワ東駅7時12分着)。
  じつはこの列車、恐れ多くも「ショパン」の愛称がついている。今回、EUに入国したフランクフルトからであれば、ベルリン経由で向かうのがワルシャワへの近道だが、あえてウィーン経由としたのはこの列車を発見してしまったからでもあった(ほかにニュルンベルクで買い物をするという都合もあったが)。

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  個室寝台車。以前乗ったハンブルク〜ミュンヘン間のシティーナイトトレインの寝台車は不粋な落書きが車体デザインを損ねていた(ドイツ鉄道では放置しているように見える)が、この列車の車両はその点でキレイである。窓配置(見えているのは通路側)がEF64-1000番台っぽくてソソられる(機関車マニアではないが、あの電気機関車はむかしからのお気に入り)。

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  ウィーン中央駅22時50分発。深夜の出発ということもあってか、室内はすでにベッドメイキング済み。構造はシティーナイトラインとほぼ共通で、折り畳み収納されているベッドを使うことにより3人まで同室利用が可能。クローゼットと洗面台がついているほか、ミネラル水とオレンジジュース、チョコレートのサービスがあった。ただ、洗面所の水を飲むのは100年ぶんぐらいの無鉄砲さが必要とみた。コップに「×」をつけたピクトグラムのシールまで貼ってあるが、それよりも水の現物をみたら、歯磨きにすらミネラル水を使ってしまいMASITA。もとより、そういう意味も含めてのサービスなのかもしれないが……。
  窓の上部が開けられるのもシティーナイトラインと同じ。少し暖房が効きすぎていたので、助かった。

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  こちらは2等座席車。6人定員のコンパートメントで、空いていればともかく、満席でひと晩を過ごすのはキツそうだ。

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  キリル文字に旅情が刺激される。

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  ニコヤカで親切だった車掌さん。ポーランド語とドイツ語とイギリス語のピビンバでひとときを過ごす。

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  この列車では朝食サービスはないと聞いていたが、温かいコーヒーとともに届けられた。パンがポーランド風味というか旧社会主義国を彷佛とさせる味わい(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  ちなみに、トースターであぶるとわりとおいしい。

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  ワルシャワ中央駅には定刻7時00分に到着。途中、チェコ国内を通過するが、車窓をよぎるチェコの鉄道車両がこれまた旧社会主義国風味で思いきりソソられてしまった。ある意味でキューバーがその代表といえそうだが、社会主義体制下の遺構は立派な観光資源になっているようにも思う。

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  地下ホームとなっているワルシャワ中央駅。こんな2階建て車両があったり、時代は確実に進んでいるということなのであろう。

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  ポーランド国鉄ご自慢の高速列車ペンドリーノ(Pendolino)。最高速度は時速250キロとの由。クラフクゆきだったが、それはいいとして扉が閉まったと思ったところにコレに乗りたいらしい女性がエスカレーターからホームへと猛ダッシュ。残念ながら乗り逃したようであった。

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  切符売り場の窓口が大行列だったので、自動券売機にチャレンジ。クレジットカードしか受けつけないのが不安だったが、無事に乗車券を入手できた。

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  乗り込んだのはインターシティ。

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  およそ30分でソハチェフ駅に到着(できれば、隣に見えるタイプの車両に乗りたかった……)。

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  いよいよ憧れの地にやってきた……という感じがする。

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  ここソハチェフは、ショパンの生家への玄関駅。ショパンをこよなく敬愛するオレにとって、ショパンの生家を訪れたいというのは子どものころからの夢だったのである。だからといって常日ごろから「行きたい!」などと思っていたワケではないにせよ、憧れの地であることは疑いようがない。今回の欧州散歩の主菜はまさにショパンなのであった。

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  駅前にはナローゲージの蒸気機関車。

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  ショパンの生家へと連れていってくれるのは、左の青いバス(6番)。駅前に掲げられた時刻表を勘違いしたせいで1時間以上も駅界隈でのんびりするハメになったが、陽気なおっとっつぁん(運転手)に迎えられて、いざ出発であるо(^ヮ^)о

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  たぶん日本では見られないタイプの車内。黄色いハコは改札機で、切符に日付を刻印するきまり。

※おまけ:ショパン生家アクセスバス時刻(日中のみ抜粋)
●ソハチェフ駅前発
・平日 7:30、9:01、10:35、11:40、12:33、13:40、15:20、16:50、18:40(始発4:30、最終22:20)
・土休日 7:40、9:15、10:50、12:07、12:58、14:15、15:50、17:40(始発5:30、最終22:19)
●ショパン生家(ジェラゾバボラ:Żelazowa Wola)発
・平日 9:30、11:05、12:05、14:20、16:00、17:20、18:42(始発5:04、最終21:16)
・土休日 10:00、11:40、13:25、14:45、16:30、18:30(始発6:30、最終21:15)
*2016年9月1日改正ダイヤ

  つづくо(^ヮ^)о

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