2018.02.15

真冬のエスケープは温泉に限る?・・・の巻

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  京江線探訪のィ翌日、忠州にやってまいりMASITA。

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  当初の計画では、この日は東海線の浦項〜盈徳間を取材することになっていた。ところが、昨年11月15日に起きた通称・浦項地震のあおりで、京江線・萬鐘〜江陵間と同様に昨年中の開業予定であった同区間の開業が延期。発表の遅い大韓のこと、あるいは意表をついて開業するかもしれないとの期待を抱いていたが、残念ながら「開業予定未定」のまま大韓へと繰り出すこととなってしまったのであった(結局、1月26日に開業)。

  というワケで、この日以降はとりたてて予定がない。京江線を再訪して取材の肉づけをするのも悪くはないと思ったが、あれこれ迷った挙げ句に清凉里駅から中央線「ムグンファ号」に乗り込んだのであった。

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  じつは昨年からひと月以上も体調が思わしくなく、アタマのほうも普段に増して働きが芳しくなかった。そこで、久々に水安堡温泉を訪れ、のんびりと1日湯治でも楽しもうと思いついたのだが、忠州までの切符を所望するつもりが口をついて出ていたのが「堤川乗り換えで尚州まで」。
「えっ?  堤川から尚州までは列車がありませんよ」
  と駅員に怪訝な顔をされてしまった。
「あっ、忠州です、すみません!」
  慌てて訂正したが、
「こりゃぁ、ホントに大丈夫なのか???」
  と自分のザマが心配になってしまったものだ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  なんだって尚州なのかといえば、年老いたわが母堂への土産に干し柿でも買っていくかなどと考えていたがゆえ。尚州は干し柿の名産地だからねぇ……。ぁあ、昨年10月の巻で触れたとおり、堤川駅はただいま大改装工事中でごぢいます。

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  そんなこんなで忠州に到着。水安堡へは忠州バスターミナルから釜山や安東ゆきなどの市外バスに乗るのがわかりやすいが(ソウルからは東ソウルバスターミナルから水安堡ゆきがある)、そのバスターミナルまで歩くのが面倒だ。いまひとつは駅前を水安堡方面ゆき市内バスが通るハズなので、ソイツを捉まえればいい。
  ところが、大韓の市内バスは仮にバス停に時刻表があっても解読困難なケースが多いのがイカしたところ。写真は駅前大通りのバス停にある水安堡(수안보)方面ゆき時刻表。ターミナル(터미널)発らしい時刻が載せられているおかげで、どうにか駅前の通過時刻が推理できるが、バス停に備えられているデジタルの運行状況案内(「240番バス5分後に到着」などと表示される)といまひとつ噛み合っていない様子。仕方がないので、まずはやってきたバスで、通るに違いないバスターミナルまでゆき、そこから市外バスに乗り換えることにした。

  すると、ものの10分もしないうちに「水安堡方面」と掲げられたバスがやってきたではないか。そんなバスは件の運行案内には出ていないサプライズ(いいのか?  こんなことで・笑)。しかし来てほしいバスが来たのだからそれでいいのである。いそいそと乗り込んで水安堡を目指す。

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  小雨にけぶる(そいや、近ごろ大韓の街角でもケブルを見かけないなぁ)水安堡に到着。何年ぶりかは忘れたが、久々の邂逅である。

  ところで、道路をまたぐ横断幕。ハングルが読めないと、なんらかのスローガンかと勘違いしそうだが、なにが書かれてあるのかといえば、

「(
バクブギュ文化福祉局長昇進お祝申し上げます)」

  という話。(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  あのいぇすらが最高にキャワユかった「クリスマスに雪は降るの?」のなかで、ハンジワン(いぇすら)の兄貴がソウル大に入学しただの、チャガンジン(ジワンの相手役/コス)が「一流ゼネコン」に入社しただのなんてな横断幕が慶尚道山清の街角にかかっていたし、日本でもまァ、
「●●高校■■部  △△▲▲君、◎年度全国大会優勝!」
  といった類の横断幕を見かけることもママあるワケだけれど……、でもなァ……?

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  定宿の大林ホテルに投宿。社長との再会も楽しみのひとつではあったのだが、この日はご不在。詳細はわからないものの、なんとなく経営者が変わってしまったという印象を受けた。はたして……。

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  町のたたずまいは以前のまま。とりたててなにがあるワケでもないし、日本でいう「秘湯」めいたムードがあるのでもないけれど、2008年秋にはじめて訪れて以来、愛着を抱いてきたのである。

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  馴染みの「夫婦食堂」を訪れる。あまりにも久々だったこともあり、お店のおばさんも「……あれっ?  ひょっとして?」といった風情だったが、温かく迎えてくれた。

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  ココの名物はなんといってもキジ料理のフルコース。が〜。ひとりで注文するにはボリュームも代金もべらぼうなので、つつましく「クォンマンドゥグク(キジ肉入りギョウザスープ)」をおいしくいただく。

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  変わったことといえば、キジ料理と並び名物だった川畔の屋台街がキレイさっぱりなくなっていた。自家製マッコリやカエル料理なんかも味わえる並びだったが、入る入らないは別として、なくなってしまえば風情という点で寂しい感じがする。

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  母堂用に干し柿を購入。

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  店だなはちょっと寂しげ。量より質ということでグレードの高そうな顔をしたのを買ったが(20個入り2万ウォン)、ソウルの馴染みの市場で見てもらったところ、「ちょっと微妙な値段かなぁ」とのこと。「贈答用ですか?  まぁ、箱代を含めばそんなものでしょう」とフォローしてくれたりもしたが。

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  ィ翌日はソウルに直行。この「しゅぽ」前が市外バス乗り場である。

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  市外バス時刻表。左から東ソウル、城南、仁川、水原、利川、清州、大邱、安東、亀尾、釜山、蔚山、浦項、店村、月岳山ゆき。大邱ゆきと亀尾、釜山、蔚山ゆきは件の尚州を経由するが、すでに干し柿も買ったし、迷わずソウルへ。

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  しかしこの時刻表、東ソウルゆきの運賃が豪快に訂正されてあるо(^ヮ^)о

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  遭遇したのが朝でよかったと思いMASITAね。なにかの店のようではあったが。

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  バスの車窓は冬景色。

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  東ソウルバスターミナルに到着。地下鉄(2号線)が接続しているが、駅や道路が常に混雑しているくクセに手狭で、使い勝手は快適とはいえない。ココに帰着するのが億劫なので、できれば避けたいところではあるけれど、それでもバスの道中は快適ではありMASITA。

  それはそれとして、よ〜く温まったホテルの部屋で寛ぎ、たっぷりとした温泉に浸かって、静かな環境のなかで旨いモノにありついたら、心配していた体調は一気に改善した。なにをするワケでもない2日間ではあったが、久々にやってきてよかったと思ったものだ。
  つづく。

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2018.02.09

京江線ガンマン(下)・・・の巻

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  江陵からひと駅ソウル寄りに戻って珍富駅で下車。今日から開催中の平昌五輪における競技場が最も集まっているその玄関駅である。それを反映してか、訪問時(開業時ダイヤ)ではおよそ半数が通過となっていたが、五輪開催中は全列車が停車。そのあとどうなるのかはいざ知らずではあるが……。

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  なんと(?)ホームや駅前など一部で初期工事が完了していなかった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  五輪案内ブースも工事たけなわ。DKにあった大韓算をふと思い出したりしたが、こうしてみるとつくりはわりとシンプル。いかに世界的イベントとはいえ、過剰な飾りつけは日ごろから疑問を抱いているだけに、なんとなく好感が持てる。

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  駅コンコースもこれみよがしな派手さは皆無。ただ、列車の待ち時間を過ごすための施設(狭い待合室のほかはベンチもない)が必要なように思えた。会期中の混雑をはたして快適にさばけるのだろうかという気もする。

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  しかしまぁ、祭りのあとは単なる山あいのローカル駅。例の「冬のソナタ」で登場した龍坪リゾートなどへの観光利用は考えられるものの、ほかの駅や路線そのものを含め、“他山の石”という意味でも今後の様子が興味を引く京江線ではある。

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  シャトルバス乗り場も整備中だった。駅は高台に位置し、町(村?)が一望できるものの、やはり駅前は閑散として寂しい感じもする。

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  駅への取りつけ道路は一方通行の回廊式。

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  つづいて、横城にやってきた。今回訪問の京江線6駅中で最後の下車駅である。

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  横城は平昌五輪とは直接の関係はなく、径路上に新駅が設けられた格好だ。が〜……。

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  駅前はこんな案配。右手の小屋は牛小屋である。さすが横城は韓牛の名産地といったところだが、駅に降りたところで町がどこにあるのかすらさっぱり覚束ないのがイカしている。それはそれとしても、手前の土嚢。どうも京江線横城駅開業が歓迎されていないような気もするのだがどうだろうか?

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「ようこそ」と言われてもねぇ……。

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  いちおう路線バスも走っている。それなりに大韓の交通には慣れているつもりではあるけれど、この情報をもってどこに行けというのか、ハタと考え込んでしまった。あとで調べてみたところ、市街地へは北西寄りに道のりで3〜4kmほど。だが、コレのどれに乗ればまがりなりにも市街地へと辿り着けるというのか……。おそらくは、とうの大韓人も地元民でもなければ同じ感想を抱くに違いない。たぶん「횡성(フェンソン)」ゆきに乗ればいいのだろうが、それとてどこに行くのか判然としないし、この時刻がこのバス停のものではない可能性も大韓では極めて高い(帰国後、DAUM地図で検索したところ、1日わずか5本の「2番バス」が市街地に到達していることがわかった……)。

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  せっかくなので走るKTXでも撮るかと思い撮影場所を探してみたが、「ぁあ、汽車撮影にあたって遠景手前の樹を引っこ抜いた(所定の手続きを踏んでの話だが)のを自慢していた御仁がどっかにいたなァ……」などと思ったものだ。天気もこうだし、余興といえば余興ではあるが。

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  横城からはいまいちど江陵に戻り、最後はソウルまでKTXの「特室」で寛ぐ。江陵に戻ったのは単純に横城での待ち時間が長過ぎるということと、逆に江陵滞在が短過ぎるというダイヤ上の関係。「特室」ではおやつのサービスがある。

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  京江線を行きつ戻りつしつつソウルに帰還。

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  京江線列車の運行地図。

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  五輪競技会場と最寄り駅案内。

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「ぁあ、余興でなにかしら五輪グッズを買ってもよかったなぁ……」
  とあとで思ったが、文字どおりに後の祭り(とりたててほしいモノもなかったのだが)。そこで、いちおう仁川国際空港をざっと見回してみたけれど、残念ながら遭遇することはできなかった。まっ、ケンチャナヨ!

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2018.02.03

京江線ガンマン(中)・・・の巻

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  萬鐘駅のおつぎは平昌駅。五輪のタイトルになった地名であり、おそらくは京江線内でもっとも名の知れた駅名であるに違いない。御周知のように平昌はピョンチャン。ハングルでは「평창」。とりたてて特徴のある響きではないけれど、後輩Hは「ピョンチャンオリンピック」と最初に耳にしたとき思わず大爆笑したそうな。ぁあ、言われてみれば「ピョンちゃん」ってのはどことなく微笑ましいワケですね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  高速新線の新駅にしては珍しくも集落に近いというか暮らしのぬくもりが窺えるが、五輪開催に伴う開発は、こうして見える範囲では京江線開業のほかはまったく感じることがない。五輪終了後にでも再訪しつつ、こののどかな町を歩いてみたいような気もする。

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  マスコットキャラが五輪開催をほそぼそとアピール。五輪本番を迎えれば風景は一変するのかも?

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  ホームはほかの駅と同様に2面4線。ただし使われているのは2線のみ。五輪終了後は言うに及ばず、五輪期間中の時刻表をチェックしてもそれで十分という感じで、過剰な設備を持て余すのは目に見えている。この路線に限らず、どうしてこうも2面4線にこだわるのかと思う。
  いまひとつは、エスカレーターとホームとの間の妙な段差とスロープの狙いがわからない(ほかの駅でもみられる)。バリアフリーという視点からもそうだが、乗り降りや列車待ち乗客らの動線として不自然かつ不合理なのではアルマイトの弁当箱?

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  とはいえ、全体的にわりとシンプルに設計されている(?)ように見えるのは好感が持てる。

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  列車は終点の江陵を目指す。こんなあたりは夏場の列車撮影ポイントになるかもしれない?
  ところで、今回の京江線探訪では江陵駅には2度訪れた。これは、全6駅訪問の都合上ということがあるが、それを優先すると江陵滞在が30分ほどとなってしまい、駅と駅周辺を観察するにはやや覚束ないと考えたからだ(ほかの各駅はそれぞれ1時間程度以上を確保しておいた)。いまひとつは江陵や正東津で1泊するのが理想的ではあったものの、乗り降りが頻繁となるゆえ荷物を軽くしたかったことと、できればソウル〜清凉里間もこの日のうちに乗っておきたかったため、あえて日帰りとしたのでありMASITA(久々に正東津でなじみの「キャッスルモーテル」で1泊し、おいしいスンドゥブを味わいたかったのだが……)。

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  嶺東線の線路が合流。2014年9月以降、江陵〜正東津間が京江線工事に伴い運休中。あるいは同時に復活するかと期待していたけれど、残念ながらこの日までには間に合わず。いまのところ今年3月中旬の運行再開がアナウンスされているようだ。

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  江陵駅に到着。

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  乗客は意外なほど多かった。ビジネスや江陵に観光にやってきましたというよりは、単純に京江線に乗るのが目的という乗客が大半のように思えたがどうだろうか。

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  行く手は完全に行き止まり……。北朝鮮やロシア方面へというのはさておいても、せめて束草まで鉄路が復活してくれたらと熱望するのだが、この様子からするとそんなつもりがあるのかないのか……。

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  ターミナル駅なだけに、ほかの駅とは比較にならないほど施設は充実かつ立派。

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  円形の駅舎というのも、考えてみればユニークな存在といえそうだ。

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  それにしても、かつての面影はまったくナシモフ。ホームが半地下構造で、どことなく冷たく暗い印象を受けるのが残念だが、反面、街と駅舎との間に段差がなく、快適なエントランスになっている。

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  かつては路線バス網と分断されていた江陵駅だが、駅前広場にバス乗り場ができたのは大きな改善だ(拠点駅であっても、路線バスとの連携がほとんどあるいはまったくできていないケースが目立つ。「タクシー業界からの反発もあってバスの乗り入れをさせていないんです」という話を大韓人の知人から聞かされたこともあるが)。

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  2面4線のうち1面2線が嶺東線系統「ムグンファ号」の発着ホームとなるようだ。ソウル方面へは京江線経由の独断場になりそうだが、清凉里(청량리)の文字があるところからすると、ソウル(清凉里)〜江陵間の「ムグンファ号」が復活するのであろう。時間はかかるものの、乗って楽しいルートではあるし、この表示にはホっとさせられた。

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  江陵駅構内には京江線紹介コーナーも。

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  鉄道駅というよりは国際空港のごときである。だが、ほかの新駅が“秘境風味”であるだけに、この賑わいが好もしく感じられた。

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  とはいえ、駅前界隈はかつてのママ。じつはこの駅前通りは安宿街であるのだが、そのテ(どのテだ?)の商売を兼ねている「宿」が多い。単に歩くぶんにはどうってことはないけれど、こういう通りが醸す独特のムードにはそれ相応の味わいというものがあるというのも否定できず、その後の運命が気にかかっていたのであった(あえて“客”になるとどうなるか?  ネット上で、あれこれコトの顛末を記しつつ「後悔しMASITA」といったふうな大韓人若者<?>のリポートに遭遇したが、そのあたりが参考になりましょうか・笑)。さしあたりはこのとおり御存命の様子だが、一般的には歓迎されてないだろうからねぇ……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  つづく。

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2018.01.28

京江線ガンマン(上)・・・の巻

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  さて、遅ればせながら大韓散歩2018年第1弾の巻でごぢいます。今回の主菜は平昌五輪に乗じて(?)、昨年12月22日に開業した京江線(萬鐘〜江陵間)。まずはその模様を記しておきたいが、じつはこの話、ひと足早く1月27日(土)に朝日新聞社のWEBサイト「AERA dot.」にて公開済み。そこで、そのサイト記事を宣伝しつつ、分量などの関係で端折らざるをえなかった細々とした(どうでもいい……というのを含む)模様を3回にわけてアップしたいと思う。

о(^ヮ^)о「「テツは平昌五輪まで待てない」開業直後の京江線をおにぎり1個で12時間の旅」(AERA dot.)(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ↑ゼヒゼヒ、御笑覧いただければ幸いです。

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  今回の目的は単純で、京江線の新規開業6駅(萬鐘と江陵は大改装したうえでの再開業)を訪れること。高速鉄道KTXが運行され、ソウル〜江陵間は2時間を切る。そのため、比較的簡単にミッションをこなせるつもりではあったのだが、1日でやろうとするとコレがなかなか難しい。混雑を避けるべく平日にしたのも間違いのひとつで、週末のみ運行という列車を使えばまだしも、ちょっとしたパズルゲームに興じるかのごとしのありさまだったのである。

  そうしたときにはダイヤグラムをつくるのがいちばん。視覚的に乗り継ぎプランのスケッチができるからだ。で、あれこれ企画室(トイレのこと)で呻吟しつつ練ったのがこのプラン(赤い線が当日の乗り継ぎ。グラフ上の●はその列車<スジ>の停車駅を示す)。1本遅いソウル発列車でのスタートも可能だしそのほうが楽だが、当てずっぽうで地形を勘案したところ、屯内駅の近くで列車走行シーンを見物できるように思えたので、そのぶん時間を取ってみたのである。

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  週末運転列車を含む下り列車開業ダイヤ(取材当日有効。現在はすでに変更されています)。

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  同じく上り列車。
※いずれもKORAIL公式サイト発表資料をベースに「OuDia」で作成しました。

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  車両はすべて「KTX山川」。一般室(普通車)でもアコモはいちおうのレベルに達している。

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  車内などには日本語による案内も。

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  萬鐘を出て京江線に踏み入れると車窓に雪がチラホラ。

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  まずは屯内で下車。天気予報とにらめっこしつつ、コートをきていかなかったが、コレは寒い……。全日程を終えてみれば、その作戦は正解だったが。

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  雪は七難を隠す……とは御大・宮脇俊三の弁だが、こうして見ると、見なれた汽車も悪くはない。

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  駅前にはほとんどなにもないような屯内。市街地(というのか?)は徒歩圏内。「AERA dot.」の記事には食事をとる店もなかった旨を記したが、ココ屯内を昼食時間帯にあてれば話は別かもしれない。

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  相も変わらず2面4線(実際には2面2線しか使っていないようだ)ホームの明け暮れだが、駅舎はわりとシンプルで好感が持てる。

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  寒いし天気はアレだしなんだか薄暗いし……でもほかにすることもないので汽車にカメラを向けMASITA……という図。

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  2駅目は萬鐘。中央線との接続駅にて今回開業ぶんの起点である。が〜〜……はて萬鐘?  たしか、京江線はもとは「原州・江陵線」と称され、西原州が中央線との接続点にて起点だったのではアルマイトの弁当箱?

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  その西原州駅。コレでじつは開業しているという扱いだそうだが、どうみても工事半ばで打ち捨てられたという態である。現在、(嘆かわしいことに)中央線の原州〜堤川間のルート変更工事が進められており、そちらの完成に合わせて本当の開業をする予定だという。でもなァ……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  萬鐘にしても、どうにも覚えのない駅名だと思ったら、2007年を最後に駅そのものがトマソンと化していたのだから仕方がない。そんななか、旧駅舎がきちんと残されているのにはホっとさせられる

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  萬鐘駅の乗り場案内。この様子だと、五輪終了後も京江線はKTXしか走らせないのであろう。ちなみに、線路容量の関係からか、中央線の列車に萬鐘を起終点とする列車が登場。直通列車があたりまえの大韓で、はたしてこのやり方は定着できるのだろうか?

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  萬鐘駅の「裏口」。数軒の民家と荒野……という世界。いちおうエレベーターはあるが、あたりまえのように稼動していなかった。

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  こちらが「表口」。とはいえ、根本的に大差があるワケでもなし。

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  待合室は立派。もとより、待合室でもなければどうしようもないような駅であり駅界隈である。

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  あえて五輪色……?
  中編につづくо(^ヮ^)о

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2017.12.05

思い出したように時刻表の話(後編)・・・の巻

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  前回アップのつづき……。
  ちょっと時代が下って、同じく「観光交通時刻表」の93年10月号を開くと、たとえば「京釜線・週末列車」というページを認めることができる。ちょっと見には、「週末運転」の列車がこれだけあったのだなというところであろうし、そんななかに複数の夜行列車が健在なのは、新幹線以前の日本の国鉄を連想するかもしれない。が〜。そんなことでこのページをスキャンしたワケではもちろんありまっせんでスムニダ。

  注目していただきたいのは、表の上のほう。「行き先」やら「列車種別」、「列車番号」につづいて「編成」という欄がある。ここに記された「特」は日本のグリーン車に相当する「特室」。「食」はいうまでもなく「食堂車」。しかし冷静になって見てみれば、深夜0時すぎに発車して早朝に着いてしまう列車に「食堂車」というのがなんともイカしてはいまいか?
  大韓人の酒好きはよく言われるところ。くわえてココにあるのは「週末(終末でも可?)列車」である。いうまでもなくィ夜である。もちろん断言はできないものの、これら「深夜列車」の「食堂車」が「走る酒場」と化し、そこで酒池肉林(肉林は余計ですな・笑)が繰り広げられていたのではあるまいかと想像してついつい頬が弛んでしまうのでありMASITA……という話(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ところで。この「観光交通時刻表」は2012年6月号を最後にナゾの満ちた終末を迎えている。突然に起きた廃刊とも休刊ともつかないその顛末は、あのジムトンプソン失踪事件を思わせる大センセーションであったが(まるでウソ)、その消息の一部について、このブログで以前に触れたことがある。
※「ある消息の巻」参照。

  経営者兼編集長兼編集担当であったアンヨンソン氏のその後は未だ不明だが、一部には「逃亡説」に類するものも流布されているようだ。事実はともかく、奥付をあらためてチェックすると、そこにある種の推理を働かせることができる。
  まずは失踪2年ほど前の2010年8・9月合併号。ココには発行会社である「観光交通文化社」の所在地として以下の記述がある(赤囲み部分)。
>〒100-858/ソウル・中区中林洞129-37(伽耶ビルディング5階)

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  じつはずっとココが会社所在地だと思い込んでいたのだが、(遅くとも)失踪数カ月前の12年2月号になると、いつの間にか移転したことを窺わせている。
>〒417-804/仁川市江華郡江華邑菊花里162(以下略)

  江華島なんて、これまたずいぶんと不便な場所に移転したものだと思うが、そうぜざるをえないなんらかの事情を察することはできるだろう。そしたら……、

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  最終号となった12年6月号では、会社所在地がスッポリと抜けている。赤線で示した下にあるのは郵便局の私書箱関連で、所在地と同様に毎号示されてきたものだ。う〜〜む……。いきなりつぎの7月号が発行されなかったという話ではなく、すでにこの号の編集段階で相当の異変が経営者と会社に起こっていた可能性が大きい。もとより、この場合、事実が明らかになったところでどうしたっていう話でもないのだが、気になることを気にしないでどうしますかということではある。

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  著名人による大韓鉄道紀行としては、御大・宮脇俊三もやや控えめながら8日間の汽車旅を遺している。この『韓国・サハリン鉄道紀行』(文春文庫)には、表題のとおり「韓国鉄道紀行」と「サハリン鉄道紀行」の2本が収められている。韓国のほうは古代史をメインとした取材だったこともあってか、やや物足りない気もするが、サハリンとともに貴重な記録ともなっているように思う。

  さすがに「時刻表マニア」だけあって、ともに時刻表が引用されている。大韓は取材時の「観光交通時刻表」から、サハリンは樺太時代の「時刻表」(東亜交通公社)から抜粋されたもので、いずれも面白く「読む」ことができる。

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  上を含む3点の時刻表は、本書引用の時刻表(樺太東線と豊真線)から孫引きし、一部時刻など原典の記載ミスと思われる個所に独自の判断で手を加えたものである。

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  ご覧のとおり、たいした本数があるワケでもなく、見た目としてはごくありふれたローカル線を思わせる。樺太東線には大泊港〜敷香間を直通する“優等列車”らしきスジがあるものの、「急行」だのといった表示はなく、その道行きで抜きつ抜かれつを演じていることもない。時刻表としては、ごく単純な部類に入るのではないだろうか。
  だが、子細に眺めてみればあれこれ興味がわいてくる。当時の日本にとっても樺太は僻地中の僻地であったろうから、おそらく単線だったハズ。となれば、いずこかで上下列車の行き違いがあるワケで、まずはその駅を読み取りたくなる(ここで使っている「OuDia」を用いれば一発でダイヤグラム化できるため、その位置を掴むのが容易)。さらに、単純なダイヤとはいえ、ここでの編成運用がどのようになっていたのかという点にも興味を覚えざるをえない。ヒントはそれぞれの列車の運行時刻のほか、「列車種別」欄に記しておいた「2・3等」「3等」という編成である。こうした運用には、単純に上り→下り→上り……といった流れもあれば、下り→下り→上り……などとなっている可能性もあり、こうした「時刻表」からそのさまを想像するのもなかなかに楽しいものがあるのだ。

  いまひとつは、起終点となる駅を分散し、いずれの区間において良好な時間帯の運転を配慮していることを窺わせているのも興味深い(前半でふれた大韓のダイヤ構成との比較ももちろんのことだ)。断言するほどのことではないにせよ、こうした古くからの積み上げこそが、日本を鉄道大国にしているのではないかという気もする。

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  こちらは豊真線だが、こんな1日3往復の単純な時刻表も、そんな目で読み込むと、味わいというものがわきだしてくる。このけっして便利とはいえないダイヤから、その沿線で暮らすひとびとの日常を想像してみるのもいいだろうし、実際に乗りにゆくとしたらどんな行程になるのだろうと(叶うことのない)乗り継ぎ計画を練ってみるのも楽しい。

  話は戻るが、最初に引用した樺太東線の落合〜大泊間に南小沼という駅がある。ただでさえ少ない列車だというのに、その大半が通過してしまっている。こんなダイヤが現役であれば、当然のごとく訪れるに違いない魅惑の駅だと思うのだが、どうだろうか?

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  ついでに……。宮脇俊三といえば「時刻表」だが、この『椰子が笑う汽車は行く」では、その肝心な「時刻表」のない汽車旅も収録されている。とりわけフィリピンを訪れた「時刻表のない旅」は、著者の外国モノのなかでも秀逸な面白さに満ちているように思う。

  ちょっと不思議なこともある。
  本書にはバンコク発シンガポールゆきの旅も収録されているが(泰緬鉄道とマレー半島の国際列車)、そのなかで入手した乗車券がバンコク〜シンガポール間の「1等車」用となっている。一方で、バンコク〜バタワース間の1等寝台券も事前手配で入手しているが、バタワース以南については乗り換え駅(バタワースとクアラルンプール)でそれぞれ買わなければならない。ところが、バタワースでは狙っていたエアコンつき1等寝台車が売り切れていたためエアコンなし等級不明の寝台券しか入手できず、クアラルンプール〜シンガポール間では「どん行」の2等車に乗る仕儀となったことが綴られている。乗車券は区間ごとの等級変更ができないため通しの1等だったにも関わらず、このザマとは。いかに満席だったとはいえ不条理なように思えなくもないのだが、そのあたりの心境についてはなぜか触れられていない(ついでに、マレー鉄道では寝台券・指定券だけを追加購入したのだろうか?)。
  また、クアラルンプールに朝7時20分に到着し、まずはシンガポールまでの指定券なりの入手を急ぎそうなものなのだが(著者ならなおさら)、なぜかのんびりと観光に興じたうえにホテルで昼寝までしてから駅の窓口に赴いているのもわからない。観光といったってとりたてて目的があったワケでもなく、きわめておざなりな内容をこなしたにすぎない。その挙げ句に予定していた特急「KTMエクスプレス」に乗りそびれたのだから、どうにも著者らしくないのである。かくなるうえは、あの世で御本人にお目にかかったらぜひともそのあたりについて質問してみたいものだ。

  ところで、著者らが散々な目に遭ったフィリピンもぜひ訪れてみたいと思うけれど、バンコク市内からスワンナプーム国際空港までのさなかに交わされたフィリピン人女性・アイリーンさんとの会話がその恐ろしさを物語っている(じつはこの会話、大韓語主体で交わされたのだが、たとえばドイツの街角でフランス人と日本人とが英語で会話するなんてこともあるだろうし、別段おかしなことでもないですね。もっとも、空港に向かう汽車のなかで「ケンチャナヨ!」と言ったら近くにいた大韓人と思しき若い女性が「えっ?」という表情で振り向いたりもしたが・笑)。
「フィリピンのイメージはどうかしら?」
「う〜〜ん……(単純に大韓語・英語で適当な言葉が出なかっただけの沈黙)」
「……デンジャラス?」

  御大・宮脇俊三もまた、デンジャラスというか相当にイカした体験をなさったようだが、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)の「終章」にはつぎの記述がある。
>私はフィリピンのマニラに十日滞在しているうちピストルの発砲を二度目の前で目撃した。

  本書でも『全東洋写真』(新潮社)でも、なぜかフィリピンの項がないのが残念。ん?  ちょっと話がそれてしまいMASITAね。

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2017.11.29

思い出したように時刻表の話(前編)・・・の巻

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  ちょっと古い1冊(前にも登場しましたが)などを取り上げつつ、「時刻表」の四方山話を……。

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  韓国の『月刊観光交通時刻表(월간관광교통시각표)』がなくなっておよそ5年半。ケンチャナヨ風味が漂うイカした本ではあったが、なくなればやはり不便だ。仕方がないので、KORAILの公式サイトで列車時刻を調べておきつつ、あとは現場でのアドリブということになる。しかし、これでは汽車旅の味わいという点での物足りなさがあることは否定できず、なんだか寂しい時代になりMASITAなァ……ボヤきたくもなる昨今のザマである。
  そんな無聊をなぐさめるべく(?)、この古い時刻表(1976年9月号)を引っぱり出してみた。

※本ページの時刻表およびダイヤグラム作成には「OuDia」を使用。あれこれ日常的に愛用させていただいております。

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  画像はそのなかから京釜線ソウル〜大田(西大田)間の下り列車ダイヤを抜き出したものである。天安では長項線、大田の手前では湖南線と全羅線がそれぞれ分岐。鳥致院でも忠北線が接続している。したがって、たとえばソウル〜水原間であれば京釜線列車のほか長項線と湖南線、全羅線のそれぞれ直通列車を利用できるワケだが、「観光交通時刻表」では伝統的に(?)ぞれぞれの路線系統別にページが分けられていたため(一部に例外あり)、例に挙げたソウル〜水原間のようなケースでは、複数のページ(路線)をチェックするハメになったものだ。あえてたとえるならば、東北新幹線と山形新幹線、秋田新幹線とがそれぞれ独立した表になっているようなもの(現行の日本式でも、この場合の東京〜大宮間は上越・北陸新幹線ページが別になっているものの、区間の性格からさほどの影響はないだろう)。もとより、大韓においてそれほどのひとが不便に思っていたかは知る由もないが。

  そこで、原著でそれぞれ別建てになっている京釜・長項・湖南・全羅線(および忠北線)の全定期旅客列車をひとつの表にしてみたのでごぢいます。
  こうしてみると普通列車の乏しさに目を疑うが、現在ではその普通列車そのものがこの4系統をはじめ大半の路線から姿を消しており、鉄道の位置づけは日本のそれとだいぶ異なるムキもある。ただし、この表中ではソウル〜水原間に地下鉄1号線系統の「電車」が運行されており(当時)、日本の大都市近郊に近い運行形態もみられる。そんな大韓鉄道の京釜線だが、ちょっと奇妙なことに気づく。

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  上記2表(下り列車のみ)をダイヤグラム化したのが上の図。「奇妙なこと」というのは、18時から20時すぎにソウルを発つ列車が見られないことだ。とりわけ、19時台にはみごとに1本たりとも運行されていないが、いうまでもなく日本であれば「ラッシュアワー」にかかっている混雑時間帯である。同様に、朝方の7時台や9時台も空白かそれに近い状態。大韓きっての大幹線だというのになんとも不可思議なダイヤ構成ではないか。

  断言は控えるが、これは全線直通運転に拘泥していることが原因ではないかという気がする。この当時、最速の「セマウル号」でもソウル〜釜山間で4時間50分、特急「統一」では5時間40分を要していたため、19時ちょうどにソウル駅を発車しても、釜山到着が深夜になってしまう。それゆえ、むしろ夜行列車が活躍することとなる一方で、「昼行列車」の最終を早い時間帯に打ち切らざるをえなかったのであろう。とはいえ、沿線には大田や大邱などの大都市はあるのだし、これが日本流であれば、たとえば大田に22時ごろに到着する特急(ソウル発20時ごろ)でも設定するところなのだろうけれど、そういうことはしないようだ。なお、この全線直通運転第一というセンスは現在も受け継がれているが、「KTX」が時速300km超で頻繁運転されている時代に入り、そうした空白はいちおうは解決している。

■ソウル発(2017年12月上旬現在平日・18〜20時)
  時   刻|列車種別・番号(行き先)

  18:00|KTX153(釜山)

  18:05|ムグンファ1511(麗水EXPO)
  18:10|KTX419(馬山・東大邱経由)
  18:15|KTX155(釜山)
  18:19|ムグンファ1221(釜山)

  18:25|ムグンファ1565(益山・長項線経由)
  18:30|KTX157(釜山)
  18:35|KTX545(光州松汀)
  18:40|KTX257(釜山)

  18:44|ITXセマウル(木浦)
  18:50|KTX719(麗水EXPO)
  18:55|KTX237(釜山)
  19:00|KTX159(釜山)
  19:10|ITXセマウル(晋州・東大邱経由)
  19:15|ムグンファ1223(釜山)
  19:30|KTX527(木浦)
  19:35|KTX161(釜山)

  19:40|KTX527(木浦)
  19:40|ムグンファ1305(東大邱)
  19:53|ムグンファ1513(麗水EXPO)
  20:00|KTX163(釜山)

※黒字=ソウル駅始発、
赤字=龍山駅始発

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  先に取り上げた京釜線は日本にたとえれば東海道本線に匹敵する大幹線。かの御大・宮脇俊三は、さまざまな種別の列車が抜きつ抜かれつするそんな幹線(当時)こそが「時刻表」の醍醐味だと語っていたが、いまひとつは攻略困難な路線・線区もまた「時刻表」を楽しい読み物とする主役格であるのは間違いない。
  細かい説明は抜きにするけれど、たとえばこの太白線系統もそんな路線のひとつではあった。眺めているだけでワクワクしてくる一方で、こんな不便でありつつも重要な路線は、いまやわが国でもその存在感が薄れてゆく一方にある……。

※上表注:甑山=現・ミンドゥンサン、黄池=現・太白、北坪=現・東海、餘糧=現・アウラジ。旌善線の餘糧(アウラジ)〜九切里間は2004年9月に廃止され、現在は観光用レールバイクコースとなっている。


Taebaekmap

  いちおう、その太白線系統図を(『月刊観光交通時刻表』2012年2月号)。

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  いまひとつの魅惑の線区はこの慶北線系統。だいぶ前から1日3〜4往復という超閑散路線となっている慶北線だが、この時代にはご覧のとおりで、しかも廃止ないし休止状態となって久しい加恩線と聞慶線が営業中。いまとなっては信じられないが、加恩線に相当の本数があるうえ、同線に東大邱直通の「急行」まで乗り入れていたとは……。「超難関」というには程遠いかもしれないが、こんなダイヤが生きていたならば、どうやって汽車旅の行程を組もうかと、それだけで熱中してしまいそうな風景がここにはある。

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  ところで、だいぶ前に入手しつつ愛読してきたこの『韓国きまぐれ列車』(種村直樹・SiGnal)。書き下ろしを含む4本の韓国汽車旅(および高速鉄道計画に伴うパブリシティほか)を収録、うち1本は1977年5月の紀行(韓国鉄道膝栗毛)が綴られている。最初に読んだときから、当時の時刻表が引用されていないのを残念に思っていたが、ここで挙げた1976年9月号のダイヤがほぼ当時のママかそれに近い内容であろうことにふと気づいた。そこで、77年の汽車旅で著者らが乗った列車を件の時刻表から抜き出してみたのが、以下の3本と上記・慶北線中に「☟」で示した1本の計4本である。

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  道行きでは、まん中の87列車(特急「富強」)を17時53分着の慶州まで乗り、同駅発19時56分の124列車(急行)の寝台車で清凉里(ソウル)まで戻るという算段だったようだ。実際には同行者の希望もあって栄州から慶北線484列車への乗り継ぎへとアドリブ。40分ほど遅れて到着した金泉からソウル日着最終便となる44列車(特急「統一12号」)に駆け込んでこの日は大田(儒城温泉)に宿を取っている(翌日は高速バスでソウルに帰着)。

  まさに著者お得意の「きまぐれ列車」といえるが、慶州から清凉里まで乗るハズだった87列車の清凉里着は早朝4時55分。すでに、江陵ゆき125列車に乗る前にソウル地下鉄散歩などを楽しんでおり、まずは汽車に乗ることを目的としていた著者らが、帰国の途につくまで(金浦空港17時05分発の日航機)どうやって過ごすつもりだったのだろう……などと余計な心配をしてしまう。もちろん汽車以外にも旅を楽しむ手段には事欠かないワケだし、実際には買い物やら食事やらフラフラと町歩きでもしていれば、時間なんぞあっという間に過ぎてしまうものではあるのだが。

  それはそれとしても、いい時代だったのだなァと感慨にふけってしまう。寝台車や食堂車は健在だったし、「時刻表」の攻略という楽しみもいまとくらべるまでもない。観光色の乏しい時代にあって、よくも悪くも土着的大韓散歩(DK的と言い換えてもいい)が味わえたのだろうなァと思う(ついでながら、97年6月の旅「韓国SLと分断鉄道」には<どこに停まるか定かでない乱暴運転のバスで>なんてな記述もあってグっとくる)。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.11.23

日ごろテレビはほとんど見ないけど……・・・の巻

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  おっと、祖山式(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  春先から“長距離マラソン”に挑んできた大韓時代劇「王と妃」(全186話)が10月10日をもってめでたく完結。

  朝鮮王朝第5代王・文宗時代の中期から11代王・中宗の即位あたりまでを舞台とした「大河ドラマ」で、正史とされる「朝鮮王朝実録」や野史を素材としつつ検証・脚色を重ねた重厚な「歴史ドラマ」に仕上がっている作品だ。が〜……。

「まるっきりホームドラマね、コレ」
  と、年老いたわが母堂がウレシがっていたのがわが意を得た(そもそもマラソンそのものが母堂のヒマつぶしにつきあったという意味もあった)。

  主役中の主役である仁粋大妃(ウチでは「おっかさん」と呼んでいるが)の策略が奏効して王位に据えられたその次男・ヒョル(9代王・成宗)。ある種「太平」の世ではあったらしいが、問題は、その嫁(王妃)・尹氏とおっかさんとがすこぶる不仲だったところにある。まァ、キツイ性格の持ち主だってことでは似た者同士なのではあるけれど、その間に挟まってアタマが上がらない亭主(成宗)という図(ほかもろもろ)がなんとも大韓ホームドラマチックなのである。もとより、大韓放映中に圧倒的な支持を得た作品だということだが、案外こんなあたりにも人気のヒミツがあったのかもしれない。大韓人のおっかさんたちに人気だからねぇ、ホームドラマ。

  ついでに、関係がないようであるというかあるよでなかったりもするが、大韓ドラマの歴史的ヒット作として名高い「砂時計」は、光州事件をはじめとする軍政下の時代を舞台としたこともあって、硬派中の硬派な作品として捉えられるムキもあるけれど、むしろあれはメロドラマの名作なのではないかと個人的には考えている。逆に、「朝鮮最古の恋愛小説」などと評されたびたび映像作品となった「春香伝」は、政治的な皮肉こそが主菜となった硬派な物語なのではないかと思うのだが、どうだろうか?

※リンク動画は仁粋大妃と終盤の主役としてクライマックスの大暴れを演じた燕山君<第10代王>との対決場面。燕山君は成宗と尹氏との間の長男だが、そんなこともあって仁粋大妃からハードに嫌われていた。結局、あれこれ虐殺事件を重ねるなどして「暴君」として歴史に残っているが、そうなった背景として、藤原新也が『東京漂流』のなかで指摘しているとある殺人犯のそれに通ずるような心理描写がなされていて、そんなあたりにもグっとくる「王と妃」である。




  そんな大韓ドラマを楽しむ一方で、日ごろはほとんどテレビを見ない生活。パソコンとインターネットは公私を問わず必携アイテムではあるけれど、テレビはなくてもあまり差しつかえはないなと思う。テレビ局のネット配信もニュースの類を含めてアクセスすることはないし(間違ってクリックすることはごくタマにある)、映像エンタテイメントが欲しければDVDにせよネットの動画サイトにせよ、ほかのメディアがあれば十分(もっとも、だからといって外出先でまでネットに頼ろうとも思わず、スマフォやらモバイルやらを使うこともなければ、そもそもが携帯電話でWEBにアクセスしたこともない。あのチマチマとした画面も性に合わないし・笑)。個人的にはテレビってのはそんな存在なのであった。

  ……といいつつ、外国に繰り出すとなんとなくテレビをつける。ニュース番組の傾向を見るのも興味深いし、ドラマや音楽番組もまた然り。で、以前から大韓でときおり遭遇していたこの大韓毎日放送「オレは自然人だ(나는 자연인이다)」がなんともイイ味わいなんですなァо(^ヮ^)о

  内容はといえば、「山の民を訪ねてちょっとした長寿番組」(すでに270回を超えた。なんと「王と妃」よりも長い!)。タレントが“俗界”を離れひとり山奥の掘建て小屋で暮らすおとっつぁん(おっかさんもいるかもしれんが、どっちにしろ“イイ顔”)のもとを訪ね、あれこれお話をうかがうというものだ。なにしろ自然人である。腕によりをかけてふるまってくれる創作料理の数々もまた“イイ顔”揃い。なかには還暦を過ぎてなおタレント(マッチョ系)顔負けの体力勝負を見せたりもするが、なかなかに味わい深いドキュメンタリーではある。が〜……。
  このタイトル、むしろ「オレは畸人だ!」のほうが訴求力抜群なのではアルマイトの弁当箱?  まァ、題目が自然人にせよ畸人にせよ、ちょっとモノ珍しい御仁を主役にでっち上げていることには違いはないんですがね。

  面白いなと思ったのは、取材を受ける畸おっと自然人たちが、すこぶるゴキゲンだってことなんですよ。『畸人研究』(畸人研究学会)に、取材相手に「畸人研究会」の肩書きがついた名刺を差し出すと、「ほぉ〜。畸人研究会ですか」と大半の畸人が好意的に応じてくれるという話があるが、それがまったくの事実であることをはからずも証明しているようなものだ。「オレのことを畸人だなんて、バカにしてるのかっ!」とはならないのである。そもそもが「畸人」に対し敬意というか憧れを抱いて接しているワケで、どうやらこの番組の視聴者のなかにも、そういう気持ちを畸……自然人たちに抱いているムキも多いのではないかと察する。

公式サイトぞなもし




  大韓のテレビでつい見ちゃうのが、この「inet-TV」。演歌というか「トロット」主体の歌謡専門チャンネルである。名も知れぬ(オレが知らないだけの話かもしれないが)トロット歌手とその背後でダンスに興じるおねーちゃん軍団(ときおりちょっとした美形がいて驚く)。それに加えて、そんなステージを目の前にしてゴキゲンでノリノリのおっかさん(タマにおとっつぁんも)たちの姿を眺めていると、「ぁあ、人間っていいものだなァ……」とこっちまでシアワセな気分になってくるのだから不思議だ。




  で、その筋では有名な「千葉テレビカラオケ大賞21」である。なんとすでに36周年という知る人ぞ知る長寿番組だが、土曜日の夕方になると、我が母堂がボケ〜〜っとコイツを見ていたりするのだ。しかし、以前は「なんかジジ臭えなぁ」などと半ば蔑んでいるようなムキもあったオレだけれど、大韓で「inet-TV」のよさがわかるようになると、この番組もまた「イイなぁ」と思えるようになってくる。まぁ、たいていはそこいらのおとっつぁんとか妙にめかしこんだおっかさんなんかが気持ちよさげに歌自慢をしているワケなんですが。
  特殊漫画家・根本敬のなんの著書だったかに、「かつてはポンチャックをバカにしていたけれど、軍隊に入れられて帰ってくるとあのよさがわかるようになったんですよ」とかなんとかそんな大韓青年のエピソードが紹介されていたが、形や背景は異なれど、実感として両者にそう隔たりがあるとも思えない。

  しかしけっして侮れないのが「千葉テレビカラオケ大賞21」である。昨年の話になるが、なんとなしに目を向けていたところ、リンク動画の主役というかこの1分45秒目ぐらいに登場する岡田みなみちゃん(オレは「でかいねえちゃん」と呼んでウレシがっていたが)にとてつもなく仰天させられるハメになってしまったのだ。リンク動画の歌唱をお楽しみいただければ「ぁあ、にゃるほど!」と思われるのではないかと察するけど、なんとも上手なんですよ。年末ごろにはその年のチャンピオンを決めるグランドなんとか大会ってのもあるのだが、当然のようにそのチャンピオンに輝いた。ちょっとした「お宝発掘」である。舞台度胸も抜群で、でかいだけじゃなくオーラにも迫力十分。もとより、プロとなるとまた異なるレベルがあるようにも思うのだが(以前、とある取材のさなかにある人気歌手のアカペラ──CDなど商品にするさいの歌パート録音──を聞かせてもらったことがあるが、「これがプロの歌か!」と目というか「耳からウロコ」だったのを思い出す)、ひょっとすると……、コレをきっかけにプロとしてデビューしていてもおかしくはないと思わせるものがあった。

  ついでに(?)司会の相方を務める「あゆみちゃん」こと椎名歩美ちゃんが、太田蘭三ふうに見ると「われわれ中年男好み」でなかなかにキャワユイのだが、「あゆみちゃんに会いたくて番組出演に応募しMASITA」って男を見かけないのが摩訶不思議(まぁ、見てないところでお出ましになったのかもしれないが。見てる時間のほうが圧倒的に少ないワケだし)。しかしまさか「おビール」(太田蘭三の小説に出てくる女性の定番句)なんてこたぁ言わないよねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)




  大韓の巨大ネコじまん登場!
  体重10kg超。ウチのちょびも絶好調のころは似たようなレベルではあったが、大きく育ったネコを自慢したくなるのも似たようなものであるо(^ヮ^)о
  しかも名前が「주군(主君)」ときた。ちょびもどきおり「殿下」と呼ばれているから似たようなものか。




  だいぶ前にネットで遭遇したアメリカ合州国のスター巨大ネコ・サムソン。「ぁあ、ほしいなァ……」と思うが、なにもニュース番組(YTNはニュース専門TV局)でやらなくっても……でもうやるんだよっ!

Jl869

  話かわりますけど。
  さる10月8日の深夜、なにげに「Flightradar24」(カラオケ大賞21みたいですな)を眺めていたところ、かような航跡を発見した(Flightradar24からのスクリーンショット)。この日のJL869便は成田を18時10分に出発、北京首都空港には21時15分に到着するダイヤが組まれていた。ところが、この航跡図を目にしたのは深夜0時すぎ(9日)。ご覧のとおり、北京上空を目前に旋回したのち進路を東寄りに向け、天津上空を素通りするや北京からだいぶ離れた渤海上空でぐ〜るぐ〜るぐるぐるぐるぐると七転八倒状態。結局、このあとは深夜2時すぎに仁川国際空港に代替着陸(ダイバート)してしまった。
  その後は、4時21分(9日早朝)に仁川を出発、5時05分に出発地の成田に戻らず羽田に代替着陸したらしい。

  で、こんなモノを見てしまえば、なんだってこんな事態になったのかが気になる。そこであれこれネットで検索してみたのだが、どうにも要領を得ないばかりか、国土交通省の「航空安全に関する統計、報告等」にも一切触れられていないのである。一体全体、なにが起こったのだろうか……?  ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。

  ところで、同業者友人にGという女性がいるのだが、だいぶ前に北京からの帰途、乗っていたJAL機が成田の滑走路が水浸しになっていたため着陸できず、羽田に代替着陸したことがあったという。もちろん羽田での降機はできず、(おわびの意味か)フリードリンクサービスで酒盛り状態となった機内で呻吟としたのち、深夜の成田に辿り着いたそうだ(都内まで臨時リムジンバスが走ったとかでその点はよろこんでいた)。
  このGだが、飛行機の予約をするとちょうど台風(成田のときもそうだった)がやってきて国内線であれば日程変更を繰り返すハメになったりと因果者の素質十分といったところなのだが、つい先日、別のエピソードを聞いたオレは、少しばかりビビらざるをえなかった。いわく、
「ANAに乗っていてエンジンから火が噴いたこともあったワ♪」
  ……。

  じつは、某国某所で取材のジョイントをするのも面白いネなどと話し合っていたりもするのだが、そのときは現地集合にしようと密かに誓ったオレである(笑)。

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2017.11.17

秋のソウルで日が暮れて・・・の巻

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  ソウルにて候。

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  KTX撮影を主役にしつつも、あたりをつけておいた2つの撮影ポイントで惨敗した今回の大韓散歩ではあったが、それでもいちおうは「取材」という「つもり」もある手前、遅ればせながらに「ソウルロ7017」に立ち寄ってみた。

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  少し前まで、ココが自動車専用道路だったとは信じられないが、ともあれ散歩道として親しまれている様子。

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  ピンク系に彩られているのは、乳がんのキャンペーンがらみのようだ。

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  あるようでないような風景ではある。

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  ソウL駅。夕暮れのターミナルってのも悪くはないものだ。

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  旧ソウル駅舎。

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  北方を望む。目下、北朝鮮危機とも呼ぶべき物騒な動向が伝えられているが、今回の散歩においてそうした雰囲気を感じることはなかった。ニュースを含むテレビ放送でもごく控えめというか少なくとも日本のそれのように騒ぎ立てていることもないようだったが、なんとなく日韓ともにそこから政治臭が漂ってくるような気もする。煽る者とそうでない者。案外根っ子は似たようなものなのかもしれない。

  しかし、それはそれとしても、ひょっとすると南北統一へと繋がる転換点に向かっている可能性もある。この線路を辿って未知なる大地へと向かうことのできる日を心待ちにしたいと思う。

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  気がつけば、歩き慣れてしまった感のあるソウルの街並。

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  家路を急ぐ汽車。

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  ソウル駅から北側に向かうのは京義線の普通列車(電車)と観光列車「DMZトレイン」、幸信発着の「KTX」ぐらいなものだが、幸信と水色に車両基地があるため、回送列車の運転はわりと多い。

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  三脚を持参していないので手持ち撮影。粗さは目立つが、スナップだと考えればケンチャナヨだ。

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  ところで。狙っていたKTX撮影こそ断念したけれど、「オマケ」の主菜であった食堂「ちゅ〜ちゃくむじ(주차금지=駐車禁止転じて酒車禁止)」は大いなるムダの末、無事にゲット(「くむじを求めて312.8公里の巻」参照)。それがどのような“ムダ”さ加減だったかというのが上記の地図(DAUM地図)に現れている。

Yongamsajuchageumjimap02

  その前にいたのが忠清道沃川郡の龍岩寺の近所(施した赤い線の左端)。ココから徒歩で6kmほど歩いて沃川駅へ。そこからはつぎの乗り継ぎで安東に辿り着き1泊。

●→沃川12:53(ムグンファ1304)13:04大田13:46(ITXセマウル1007)15:35東大邱16:30(ムグンファ1674)18:19安東

  安東では朝6時すぎに宿をチェックアウト、市内バスで40分ほどのところにある安東バスターミナルへ(独自の信号&車線感を持っている運転手によって、その半分ほどで着いてしまったが)。そこで7時20分発のバスに乗り換えて1時間20分で英陽バスターミナルに到着。目的地の「ちゅ〜ちゃくむじ」はそこから徒歩5分ほどであった。店そのものがなくなってなくてよかったと安堵したものだったけれど、営業しているのかどうかはいざ知らず……。

  それはともかく、ようはこういう行程であったという話でありMASITAо(^ヮ^)о

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  という次第で、大韓散歩秋の巻でごぢいMASITA。次回大韓散歩は1月中旬ナリ(12月からサーチャージが上がるというので、珍しく2カ月も前に航空券を買ってしまった)。

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2017.11.11

もう1カ所に希望を託したが……・・・の巻

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  ソウルでの一夜を明け、ソウル地下鉄4号線・大夜味駅にやって参りMASITA。
  だいぶ前にも記したが、4号線のこの界隈には、なぜか訪問欲をソソるような駅名がチラホラ。いわく、常緑樹(상록수=サンノクス)、半月(반월=パヌォル)、修理山(수리산=スリサン)、古桟(고잔=コジャン)……。大夜味(대야미=テヤミ)もそのひとつだけど、「夜」を抜いたら大味ですな。一方で中央だの工団などといったぶっきらぼうな駅名もあったりする。

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  駅前からバスに乗り継いで、やってきたのはこんなところ。

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  じつは、この界隈にKTXのちょっとした撮影ポイントがあることを発見したのである。が〜〜……一抹の不安も。
  その現場のロケーションというのが、この大韓散歩にあって最初に訪れつつも「国家保安法」云々(うんぬん)の前に撤退を余儀なくされた沃川のあのポイントと同じ系統なのである。ということは、こちらもまた撮影どころでない可能性がある(「その場所、デンジャラスにつきの巻」参照)。

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  コレがその現場(DAUM地図を一部加工)似たようなロケーションということは、ちょっとばかりイカした写真が撮れるハズ(黄色いライン)なのだが、こういう予感があたりがちだというのは世間によくある話。ロケハンしたかぎりにおいて、3通りのアプローチがあることがわかったが、そのいずれもが「출입금지(立ち入り禁止・赤い×をプロットしたポイント)」。うち2カ所は完全に金網デスマッチで監視カメラのオマケつきというありさまなのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  唯一金網のなかったアプローチポイントだが、ご覧の看板でさりげにシャットアウト。イヌがワンワンうるさかった。이봐! 개!!
  しかしココ、なんかの秘密基地のようでもありますなァ……。

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  そのすぐ近くにこんな看板。ひょっとすると撮影ポイントに辿り着けるかもしれんと山道を登っていったけれど、待っていたのは土饅頭(墓)の集団であった。

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  北朝鮮当局(ついでにアメリカ合州国も)が不穏が様子を見せているようなご時世。関係があるかどうかはともかく、微妙な事情を理解する必要はある。とはいえ、ほかにすることがあるワケでもなく、仕方がないのでプラプラしながらカメラを構えるが、こんな逆光ではいかんともしがたし……。

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  朝方にでも出直せがいくらかはマシなふうかもしれない。

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  なんともうらめしいですなぁ……。

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  大雪の日に出直すのも面白いかも?

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  という次第で、連戦連敗を喫したKTX撮影の巻でごぢいMASITA。

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  コイツぐらい高く飛べばいいのだが。

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  それでも諦め切れずに、あれこれ小道を散策。

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  でもまぁ、あったのはしゅぽぐらいなんですがね。

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  一見ケンチャナヨだが、悪ふざけの類ではない真面目な物件。

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  この風景を列車真正面の高台から俯瞰できるハズだったのだ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  ちなみに、仕方なしにちょっとだけ林道ふう小道に分け入った金網にほど近いポイントでしばらくシャッターを切っていたところ(3点目の写真など)、しばらくして自家用車の前で中年夫婦と警察官数人がなにやら鳩首会議をしているのに気がついた。別段こちらの挙動を気にしているふうでもないようではあったが、事故で警察官を呼んだ様子でもなく、なにをやっていたのかはわからない。まぁ、少なくとも金網の向こうでなければ列車撮影をとがめられるワケではないらしいことはわかった。もっとも、仮に問題があったとしたら、とがめ役は警察ではなく軍隊なのであろうなァ……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  帰路は4号線の終点・烏耳島経由で水仁線に初乗り。ご覧のとおり単なるロングシートの電車というのでは、こういうときにでもないとワザワザ乗りに来ようとは思いませんわなぁ。

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  で、なんとなく仁川に到着。まっ、ケンチャナヨでござる。
  つづく。

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2017.11.05

秋の散策は山が一番?・・・の巻

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  堤川駅。
  英陽から乗ってきたバスを降り安東駅へと急ぐと、ちょうど5分後に上り清凉里ゆき「ムグンファ号」があった。仮に逃すとつぎの列車まで2時間以上も間が空くので、まさに絶妙のタイミグだったといえそうだ。

  その列車に乗って堤川に着いたのは12時51分。堤川駅で乗り継ぐべき太白線の時刻を見ると14時10分と1時間以上待たされることがわかった。ちょっと失望しかけたが、咸白の玄関となる禮美には15時07分に着くので、運任せの路線バスかタクシーを使えばいくらか撮影時間が取れるハズ。
  だが、問題は帰路の列車で、想定していた17時32分発「ムグンファ号」(清凉里着20時29分)は満席。ほぼ1時間後に走る「旌善アリラン列車」には空席があるものの、清凉里着が21時33分と遅いうえに運賃が割高で面白くない(禮美〜清凉里間「ムグンファ」一般席1万2600ウォン、特室1万4500ウォン、「アリラン」特室(のみ)2万2300ウォン)。困ったことになったが、ちょっと時間を置いて再度自販機をいじくってみたところ、「ムグンファ号」の特室に空席がお出ましに。
「こりゃ、とにかく禮美に行けってこったろう」
  と勝手に合点して切符を購入したのでありMASITA。

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  という次第で禮美駅に到着。

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  列車ダイヤなんぞ帰りのぶんしか調べてないので、相変わらずの行き当りばったりではある(左:太白線、右:咸白線)。

  ところで、いまひとつの堤川立ち寄り目的に人参液があった。駅構内の韓方店にィ安いのがって、土産などに重宝しているからだ。が〜……。
  買い物をするハズの駅構内韓方店の扉が閉じられてITA。

「う〜〜む……。前回の堤川がらみでも途中から運にソッポを向かれたものだったが、今回も同じようはハメになったか……」
  ふとそう思ったけれど、昼飯を食って駅に戻ってみれば、店の扉はウェルカム状態。しかし再びが〜〜……。
  肝心の人参液の在庫はなく、なんとなく全体の商品量が少なめであった。駅前では仮駅舎の工事がたけなわで、どうやら駅舎の大改装が進められているらしい。おそらく、そんなあたりが店の商いにも影響しているのであろう。

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  で、禮美駅に降りると、タクシーの姿はまったくなく、路線バスからも完全に見放されていることがわかった(上段中央の「영월・함백<寧越・咸白>」と左下「함백방면<咸白方面>」の一部がその路線)。どうせこんなこったろうと思っていたが、ケンチャナヨである。

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  仕方がないので、これまで何度か歩いた道をプラプラと辿りつつ、秋の山里風景を楽しむことにした。ふと見れば学校に植えられたイチョウ並木が色づき秋らしさ7分咲きぐらい。その先に見える線路に「ムグンファ号」が走ったらさぞやいい絵になるのになァ……。

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  どう見積もっても徒歩で咸白駅との間を往復することはかなわないので、どこか適当に妥協しつつせめて1カットでも汽車の写真を撮りたいものだ。その妥協点として選んだのがこのポイント。間近にあるのが咸白線。奥に見える高架橋は太白線の線路である。

  結果からいえば、小1時間ほど待ってはみたけれど列車のレの字も現われず……。

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  望遠レンズで山を覗けば、なんとなく不思議な風景が現われたりもする。

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  泉が心地いい。

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  おっと、ヤマカガシ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  まだほんの子ヘビ。このまま進んでしまうと道路に飛び出してしまいそうなので、足で威嚇して後戻りさせようかとしたのだが、効果はなかったようであった。その後の無事を祈る……。

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  禮美駅構内にふと見かけたナゾの物体。目が悪いもので、メガネをかけていても遠目には乳母車(オレは、あの「ベビーカー」という気の抜けた呼び方が大嫌いなのだ)に載せられた動物のぬいぐるみかなにかに見えたのである。望遠レンズで押さえてみればこんな具合なのではあるが。

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  話は戻りますけど。
  英陽から安東に戻る途中で遭遇した巨大な「くむじ」(出入禁止)。

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  沃川で、読みさしの文庫本を旅館に忘れて取りに戻った話はしたが、無事に手元に本が戻って安心した直後に発見した作品がコレо(^ヮ^)о

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  아〜주차금지(ちゅう〜ちゃくむじ/駐車禁止)。やはり「くむじ」はアートである。

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  소변금지(そびょんくむじ/ションベン禁止)も必須アイテム。コレは作品としては凡庸に思えるが、貼り紙としたところに作家の思惑が読み取れまいか?  だって、ココにションベンをぶっかけでもしたら、デロンデロンになっちゃうワケだし、ンなところにわざわざ立ちションするってのも大人げないでしょう?

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  食堂の店先もちゅ〜ちゃくむじ。つまりは、クルマでの来店は止めてほしいということか???

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  까치(カチ)はカササギ。しかしそれを含めても電波文書と紙一重な「農場」の看板(いや、広告か?)。カメラを向けつつも、「コレの作家に出くわしたらちょっとヤだなぁ……」などと思った。ポンポン年度1978年度〜???

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  沃川の例のポイントから延々トボトボと歩いている途中に遭遇したしゅぽ。

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  ところで、沃川は「オクチョン」。ふと道路標識を見てみれば、その「옥천(オクチョン)IC」の下に「동이(トンイ)」の文字が。もとより、あの張禧嬪・チャンオクチョン(張玉貞)のオクチョンは「옥정」*なので、こんなところで「ぁあ」と面白がるのは日本人ぐらいでしょうけれども、とにもかくにも「チャンオクチョン」と「トンイ」とが並んでいるワケでごぢいますね(笑)。・・・とかなんとか、くだらんことばかりが思い浮かんだ道中であった。
※下世話な注:沃川=Okcheon、(チャン)オクチョン=Okjeong

  つづく。

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