緊張感なき末期組織・・・の巻
「ちょっ、ちょっと待ってください!! ようするに、埒が明かないから拉致したと。こういうことなんですね?」
上のセリフは、あのオウム真理教が運営していたラジオ番組で飛び出したものである。
当時、オウム真理教はモスクワ放送の電波を用いて教団独自のラジオ番組を放送していた。彼らの動きを「ウォッチ」していた友人Sとオレは、週末に雑談ドライブ(道中の雑談が主目的の目的地なきドライブ散歩)のさなかに車中で聞くことがあったのだ。
あの地下鉄サリン事件直前には、麻原彰晃がいつになく「覚悟を決めた」かのような不気味な口調と内容で演説──なにかの雑誌だかで取り上げられた全文が部屋のどこかに埋もれているハズだがと思い、念のためネットを検索したところ「wikiwandにその一部があった。いわく「わたしは、君たちがわたしの手となり、足となり、あるいは頭となり、救済計画の手伝いをしてくれることを待っている さあ、一緒に救済計画を行なおう そして、悔いのない死を迎えようではないか」(オウム真理教放送)──を耳にし、「……こりゃ、なにかとんでもないことをやらかすのではないのか?」とふたりで議論したのを思い出す。
話を戻すと、冒頭のこのセリフは、オウム真理教末期にスタジオでパーソナリティと教団のだれだかがしゃべくっているさなかに出てきたものである。
ご存じのとおり、彼らは多数の誘拐・拉致・殺人事件を起こしてきた。このときの話題がそのうちのなんだったかは失念してしまったが、この不真面目な態度に怒りを覚える以前に、思い切り脱力してしまったものである。このときラジオでしゃべっている人物が、自分らが所属する教団による諸犯罪をどこまで把握していたのかはわからない。しかし、ここまで緊張感のカケラもなければ真摯な姿勢すら持ち合わせていないことに愕然とするほかはなかった。
さて、末期を迎えた自由民主党だが、悪評判が続くジミー忌死駄内閣の支持率が37%を記録(朝日新聞社主催の世論調査)したという。未だ4割に迫る「支持」回答があるという事実にむしろ驚愕させられるが、家畜人国家の国民のセンスというのはしょせんこの程度なのだろうと納得するほかはない(ここで「不支持」と答えた人々のどれだけが、ちょっとしたことで「支持」に回るのだろう? 家畜小屋の懲りない面々・・・か?)。
その状況に対し末期自民党はどのように語ったか?
朝日新聞のネット配信記事によれば、
「世論調査の数字に一喜一憂はしないが、一般論として、世論調査に表れた国民の声を真摯に受け止め、政府としての対応に生かしていくことが重要だ」
と末期自民党を代表する形で松野博一官房長官が記者会見で語ったというのだ。
「一喜一憂」?
彼らは、その程度でしか国民からの評価や声を認識していないのである。一喜一憂という言葉が、はたしてこの場にふさわしい表現なのかどうか、ちょっとでもマトモなオツムの持ち主であれば容易に判断がつくというものであろう。
さらに、そこに続くコメントにはいつものとおりなんら具体的な内容が触れられていない。これでは、広告やテレビ番組のキャッチコピーまみれで育った小学生の作文と一緒である。
そして忘れてはならないのが、先ごろ法相を辞任(本当は“馘首”であるべきだ)した葉梨康弘というおとっつぁんだ。
「死刑(執行)のはんこを押す。ニュースのトップになるのはそういうときだけの地味な役職」
このチャラチャラした責任無自覚の馬鹿発言に、冒頭の末期オウム真理教ラジオの軽口とを重ね合わせることがはたして不当だろうか。
さきの世論調査では、(毎度のことだが)支持回答の理由として「ほかに適当な人物がいない」といった類の回答が相当数にのぼっている(朝日と並びFNNの世論調査も公表され、「ほかによい人がいない」が45.2%にのぼった)。これは裏を返せば(というほど上等なものではないが・笑)もはや末期自民党には「支持者」から見ても首相など重責を任せられる人物がいないということである。
「末期」だのと失礼なことを書くなと思う方がいらっしゃるかもしれないが、これを「末期」といわずしてどうしろというのだろう? ぁあ、統一協会との癒着もありますなぁ。まったくもって「売国政党」といえそうだが、「外患罪」の範疇外なのが残念だ。
| 固定リンク


コメント