第一次衰退国?・・・の巻
ごく私的な話ではあるが、我が母堂が通っているデイケア施設で、若手女性が転職したらしい。母堂は彼女のことをかなり気に入っていたらしく残念がっているのだが、なんでも給与が安すぎるというのが転職を選択させた一番の要因らしい(具体的な金額は訊いてないらしい)。
そんな話のなか、「いま、勤めてる人はどれぐらいもらってるのかしら?」と訊かれた。勤め人といってもいろいろで、それこそ千差万別だろうが、ひとつの指標として「大学新卒の初任給」がどうなっているのかが気になった。
そこで厚生労働省が公開している調査を検索してみたところ、2018年度の場合、男子が21万2800円(前年比+1.3%)、女子が20万6900円(同+2.1%)。すぐにチェックできる範囲でもっとも古い1997年度を見ると大学新卒男子が19万3900円(前年比+0.1%)、女子が18万6200円(同1.4%)となっている。これは企業規模や業種を問わない平均で、とくに断りはないものの、正規雇用、いわゆる「正社員」を対象にした調査結果のようだ。
まずもって伸び率の低さを改めて目にしたというのが正直な感想だ。三十数年前と比べれば確かに若干の増額はされているようだが、その差はその歳月と比べれば驚くほど小さい。
加えて、本人が希望したわけでもないのに正規雇用となっていない層が三十数年前と比べてどうなったのか。関連する調査が同じく厚生労働省のホームぺージで公開されているが、残念ながら三十数年前(たとえば「バブル経済崩壊前後」)の資料は見当たらず、公正な評価をすることができない。そんななか、2018年度調査で、正社員数が3年前と比べ「減った」と回答した企業が「増えた」よりやや上回っているデータがあるほか、正社員以外の雇用データが業種別に公開されている。これを3年前でなく30年前との比較をしたらどうなっているのか、いずれ有力な資料が入手できたら再度触れてみたい。
ひとつオレが気にしているのは、従業員の給与・賞与で比較したとき、はたして我が国の経済はどれだけこの三十数年間で成長してきたのかということである。年でわずか1%程度しか伸びない初任給。それなのに、年金や社会保険の財源は三十数年より昔の経済成長時代が前提とされてはいまいか?
その“破綻”の現れが、年金支給の遅延案であり、健康保険料の値上げであり、介護保険制度の改悪案などで顕著化しつつある。加えて──これはコロナ騒動初期に指摘したが──消費税を含む庶民大増税までが画策されているニッポン。場当たりてきなカネのバラマキ(あれこれ経費のかかる「クーポン」の類を含む)は、本当に必要としている層に行き渡るのはわずかで、すべてとは言わないまでも、供給する側──黒字あるいは膨大内部留保を抱える大企業を含む──に流れ込んではいまいか? そしてそのバラマキのツケは大企業ではなく我々庶民に回ってくる仕組みなワケだが、こんなことをしていれば「内需」がますます落ち込んでゆくだろうということが、子どもにでも理解できるハズだ。
それがひいては企業の体力も弱らせ、「凋落スパイラル」(オレのデマカセ用語)に陥ってゆく。どうも我が国は、世界にあってその先陣を切っているように思えてならないのである。
とある本に、日本人が東南アジアなどに出稼ぎに出ており、しばらく先にはむしろそれがごく普通になるのではないかという観察が綴られていた。かつて──それこそ三十数年前は──そうした国々などから正規・不法を含めた出稼ぎ労働者が我が国に殺到していたハズだ。それがいまや逆になりつつあるかもしれないのである。そのように見ている経済学者もおられるようだが、最近のネットヘッドラインにも、そうした動きを伝えるものを見かける(そうした記事のいくつかは、「円安」ばかりに目がいっているようにも思えるが)。
じつは、オレ自身もそんな予感がずっとしてきた。もちろん、ごく限られた範囲内での観察などをもとにした印象批評にすぎないのだが、日本にいても正規雇用が得られず(多くの場合、年金や社会保険料なども完全に自腹である)、低賃金のまま不安定な仕事を続けざるをえない。それも世界有数の物価高の日本である。それならば、賃金は安いか現状とトントンだとしても、生活費がいくらかでも安い外国で職と住居が得られたら・・・と考えるのはごく当然のなりゆきなのではないか? もちろん、これとて本人に「やる気」があり、多少の「運」にも左右されるに違いないが、これだってやがては日本経済の凋落に加担してゆく可能性がある。
一刻も早くあの場当たり的な誤魔化しをやめ、長期を見据えた国民生活の安定策をとらないことには、この国は自ら破綻の道を歩むのではないか? 近ごろ、そんな恐ろしい想像すらしてしまうのである。
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