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2022.05.01

トップの椅子・・・の巻


 暑い日の直後に寒くなったせいかもしれない。ここ数日はすっかり“冬眠モード”に陥ってしまい、机を前にするのも億劫という有様──再び電気毛布を施した寝床での読書ははかどっているのだが……。仕事部屋の窓にいるヤモリも、どこかに姿を隠してしまった。こういうときは、ムリにでも目の前の仕事を片付けつつ、さっさとタイにでも逃亡すればいくらかは元気が出そうだけれど、世の中は相変わらずのザマ。そこに戦争が加わるやら、国内ではそれに便乗した明治復古がしぶとく展開しているわという惨状である。

 そんななか、ふとTVニュースに目を留めてみれば、連休に行楽地などが賑わっているという話題のなか、「来年がどうなるかわからないので、いまのうちに楽しんでおくことにした」といった類の街角インタビューに妙に納得させられてしまった。「どうなるかわからない」という言葉の背景に、どれだけの不安があるのか。おそらく同じような思いを抱いている人は多いのではなかろうか。世相然り、個人的経済状況然り……。

 それにしてもアタマにくるのは野党である。関西ゴロツキのようなわかりやすい輩はともかく、与党の補完勢力となりさがる道を選んだとも思える旧民主党の半勢力(もっとも、すべてではなにせよ、その祖先が民社党であることを思えばなんら不思議なことではない)。個人的に「ストッパー」として注目している日本共産党にしても、いまひとつ危機感が伝わってこないのだ。

 いつものように「しんぶん赤旗」のネット配信をチェックしたところ、参院選ポスターに「自由と平和。まっすぐ、つらぬく。党をつくって100年」とのキャッチコピーをつけ、「『自由と平和』、これはわが党の過去、現在、未来にわたっての根本理念です」と説いたという。

 この記事を目にした瞬間、「こりゃ、ダメだ……」と思った。理論めいた背景があっての話ではない。直感としか言いようがないのだが、おそらくそれは多くの有権者にとっても同様なのではあるまいか? もしそうであれば、きたる参院選の結果はもう見えたようなものだろう(選挙ポスターだから当たり前といえばいるのだが、これは単に自党の自己満足的な宣伝ではないか。言い換えると有権者との間にあるべき対話が感じられない)。

 まずもって、具体的な選挙に向けたアピールとして、訴えかけられるものに乏しいのだ。言っていることは正論中の正論であり、プーチンロシアや中国共産党を挙げるまでもなくホットなテーマであることに疑いをはさむ余地はない。だが、実際に投票所に足を運ぶ有権者の関心はなんなのか。「自由と平和」あたりまえです。しかしもっと目前にある切実な現実にこそ関心が集まっているのではないのか。

 こう書いては失礼だけれど、ちょっと見には「安心・安全」と大差がないのだ(とはいえ、その中身は大いに異なるだろうと見ている)。
 いまひとつ共産党に訴えたいのは、そろそろトップをすげ替えろということである。現在の志位和夫が委員長に就任したのが2000年11月。すでに22年目という長寿体制なのである。

 そうなっているのは同党の事情や理屈があるに違いないが、これがまず多くの有権者には理解しがたく、かつ「独裁」とすら映っているハズだ。くわえて、志位体制化の国政選挙を見るがいい。

●衆議院総選挙(得票率)
・2000年6月:小選挙区12.08%、比例代表11.1%
・2003年11月:小選挙区8.13%、比例代表7.76%
・2005年9月:小選挙区7.258%、比例代表7.25%
・2009年7月:小選挙区4.22%、比例代表7.03%
(中略)
・2021年10月:小選挙区4.59%、比例代表7.25%

●参議院総選挙(得票率)
・1997年7月:選挙区15.66%、比例区14.60%
・2001年9月:選挙区9.87%、比例区7.91%
・2004年7月:選挙区9.84%、比例区7.80%
・2007年7月:選挙区8.70%、比例区7.48%
(中略)
・2019年7月:選挙区7.37%、比例区8.95%
▲出展:Wikipedia「日本共産党」

 じつは、志位体制になってから国政選挙でこれといった実績を出していないばかりか、その直前の不破体制下から比べると目に見えて得票率を落としているのである(これが企業の事業実績だったら、とっくに解任でしょうなァ)。衆院選で2014年12月、参院選で2013年7月にそれぞれ持ち直したことはあったものの、長期にわたりトップにいられるだけの実績を残したとはとても考えられない。これは地方選でも同様で、いくつかの選挙をチェックしたところ、議員数で改選前を維持できていないケースがかなり目立つのである(増やしたところもわずかに見られるが)。

 繰り返すが、いまの日本にあって「ストッパー」としての彼らの役割は無視できないと考える。それだけに体制の根本から見直しをしてほしいものだと思うのである。もっとハッキリと記すのであれば、志位サンよ、そろそろ第一線を退きなさい。いまならば、党員や支持者以外にも顔と実績の知られている幹部が複数いる。そういう世代交代は、そのつぎの世代の育成にもつながるハズだ。そう考えている党員や支持者、あるいは潜在的支持者だって少なくないように思うのだがどうなのだろうか。

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