“恥知らず”は際どく踏みとどまった?・・・の巻
JR東日本の恵比寿駅が、今月7日以降に構内案内表示からロシア語部分を紙で目張りし、それに対し「差別ではないか?」との指摘が寄せられるなか、15日に復旧した。
JR東日本は、今日19日になって記者会見でその顛末にふれ、同社東京支社長が「おわびしたい」との意を表明している。一方、目張りについては、「強い意見もあり」との言い訳をしている。できれば、具体的にどのような意見がどれだけあったのかを公表してもらいたいものだと思う。なぜなら、日ごろ同社を利用するなかで疑問に思っていたり、あるいは不満を直接的に表明するさいの参考になろうからだ──というのは、半分はイヤミを含めた無駄話にすぎないが、なにを進言しても「ご意見承りました」程度ののれんに腕押し状態がせいぜいの大会社が“クレーム”に対し直接かつ素早く対応したのは大事件ではないか。同社はことの経緯を、より具体的に弁明すべきである。
それにしても、このニュースを目にしたとき、「なんという恥知らずな事件だ」と嘆きつつ、わが国を代表する鉄道会社が見せたこのザマに心底悲しくなった。
断っておくが、オレ自身は、今般のウクライナ侵略について国家ロシアは許されざる犯罪を犯していると考えている(一方で、米国やNATOを手放しで支持礼賛・するつもりもまったくない。考えようによっては、彼らはプーチンに侵略の口実を与えているともとれる)。その核心部にあるプーチンについてはかねてから「毒殺王」のあだ名を進呈していたが、もし「プーチン死亡」「プーチン拘束」といった事態にでもなれば、おそらく喝采すらしてしまうだろうと思う。
だが、それと一般的ロシア人やロシア語話者はまったく別物だ。
いうまでもなく、プーチンに反旗を翻している人や(国家規模の弾圧もあり)具体的な行動にこそ移せないものの、強烈に不支持を決め込んでいる人だって少なくない。彼らは反プーチンロシアの同志ではないのか?
それに対し、ロシア国内でプーチン侵略が高い率で支持されているとの報道もあり、それは事実だと考えているが、それならばわが祖国がかつてどういう国だったかを考えてみるといい。情報が著しく統制され、「大本営発表」による大嘘を信じ込まされてきた日本大衆。「反戦」を表明すると祖国から弾圧──場合によっては獄死すらも──されたあの時代。その事実を知っているのであれば、ロシア大衆もまた同じような事態に置かれているのかもしれないと慮ってもいいハズではないか(皮肉にも、これは戦場=前線における事態にも共通項があるようだが)。
国家ロシアとロシア大衆とを区別できないのは、同志に対する裏切り行為であり、平和に対する背信だと断言する。
なかには、恵比寿駅を日ごろ利用しているのはロシア大使館関係者らなどであって、そうした一般大衆ではないとの意見もあるかもしれないが、その彼らを我々の味方とする考えもあろうし、やや大げさにいえば、平和に向けて手をむすべる可能性だってある。それを一律に敵視するなどという幼稚なことを、どうして堂々としてしまえるのだろうか。
そんななか、JR東日本の目張り事件に対し疑問を呈した人も少なくないという。それがJR東日本の愚策を翻させたのだ。本心から救われる思いがした。同志の存在がうれしい。
しかし、ネットを見るといまだ思考以前の落書きが「コメント」として投稿されており、なかにはロシア語を“敵性言語”と決め込み、「それもまた防衛だ」みたいな意見まであって驚く(趣味趣向レベルとしてキリル文字──どうせロシア語とウクライナ語との区別もつかないのだ、そういう連中は──が好きになれない、不愉快だというのまで云々しようとは思わないですがね)。
しかしあえてレベルを合わせて差し上げるのであれば、仮にロシア語が“敵性言語”だとしても、それを使いこなせるのはそこで強弁されている「防衛」にもつながるだろうよ(かつての日本のザマを見よ!)。一方、キリル文字という点で見ると、ウクライナ語もまたキリル文字を用いている言語である。「救援だ」なんだというのであれば、日ごろからキリル文字に親しんでおくほうが得策だと思うのだがいかがでしょうか?
プーチンを含め、馬鹿につきあうのは本当に疲れる。
| 固定リンク


コメント