大きく同意したこと──ゼレンスキー演説によせて──・・・の巻
前回、ウクライナのゼレンスキー大統領について、個人的な所感を記した。
その後、予定どおり日本の国会においてオンラインでの大統領演説が実施された。
切実な危機感が伝わってきた。個別的には、チェルノブイリ原発跡を踏みにじったロシア軍が、今後になにを残したのかという指摘にはギョっとさせられるものがある。おそらく、現場に送られたロシア兵も無事ではいられないのではあるまいか? 狂犬プーチンはその責任も取ることにならねばならない。
細かく所感を記してみることも考えたが、演説中でとりわけ同意するフレーズがあったので、今回はそこを強調するの留めたいと思う。
「反戦の連帯だけが世界の安全保障をつくり出すことができる」
なぜここに感銘を受けたか。
目下、世界中のいくつもの国家がロシアに対し反戦の声を挙げ、経済制裁などを実行している。ゼレンスキー演説のなかでも、日本をはじめ各国の連帯を呼びかけている。
それはいい。
だが、一方で中華人民共和国のようにロシア側につきかねない動きもあり、それをめぐって米国との間で意見の相違が顕著になっていたりもする。
シロウトながらにオレが懸念するのは、対ロシアをめぐる国際的な共闘は、方向を誤ると世界大戦への道を開きかねないのではないかということなのである。同盟だなんだと、局所的な軍事紛争が世界中に波及する。加えて核兵器の使用までほのめかされているのだから、いよいよ恐ろしいのだ。
ところがゼレンスキーは違った。
彼の主張は、軍事的同盟だの対ロシア連帯ということではなく、「反戦の連帯」こそが世界平和への道だというのである。もとい、「反戦の連帯だけが」なのだ。
これこそ、オレが考えている平和への道と同じであり、未来への道である。こういうひとことが広く語られたことの意義は大きいハズだ。
心配なのは、わが国の為政者たち、とりわけ御カルト派の連中がこれをどこまで理解できるのかということである。、そうした連中こそがわが国政治の実権を握っているという嘆かわしい事実。非常に危ない……。
しかしそれを含め、我々にできることは──コトの大小はともかく──ひたすらに「反戦の連帯」をつくりあげ、手を結んでゆくことなのではなかろうか。
そういう意味で、今回のゼレンスキー演説は非常に意義のあったことだと考える。
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