祖国のとっても恥ずかしいエピソード・・・の巻
昨日、ふと自室の本棚で本書『バンコク迷走』(下川裕治/双葉文庫)が目に止まったので、久々に開いてみた。
バンコクで暮らしたりタイに頻繁に通ってきた著者が遭遇したエピソードの数々とともに、そこをめぐる観察が綴られた1冊である(ただし、本書に限らず著者がなにかにつけ「タイ人は~」のようにひとくくりにする傾向があるのが気にかかる)。
各地見出しを並べてみると、
タクシー、スクムウィット、BTS、コーヒー、カオサン、十バーツ、ワット・プラケオ、禁煙、麻薬、英語、メーコン、リゾート、健康、大使館、アパート と続く。大半が旅行者にとっても身近な話題で、読みながらふとバンコクでのできごとや情景が思い出されてくる。
唯一異彩を放っている(?)「麻薬」はタクシン政権下で進められた麻薬組織の摘発にからめ、タイ名物のひとつ「バイクタクシー」の運転手が“ショバ代”を搾取されてきた話などが紹介されている。「禁煙」もタクシン政権下で進められた禁煙化の実情をややコミカルに伝えるとともに、かつて摘発する警察官相手に「賄賂」でケリをつけていた緩い時代のエピソードなども明かされていて興味深い。もちろん、「賄賂」なんぞで見逃してもらう──一方で摘発する側もむしろそれを狙っていたフシがあるワケだが──のが好もしいという話ではないのだが、「近代化」という範疇で社会が整ってゆくにつれ失われてゆくなにかを見失ってはならないというふうにも受け取れる。
個人的には「メーコン」という名のタイ式ちょんぼおっと“ウィスキー”が面白かった。ウィスキーとはいっては原料は余モノのもち米と黒砂糖ということで中身はまったく異なる。ただしそれも表にされている原料であり、そのほかの「混ぜ物」についてはヤブの中らしい。いわく、
>途中の混ぜ物については開かされていない。企業秘密らしい。普通、この種の緘口令は、味を盗まれないために敷かれるものなのだが、メーコンの場合は、「とても明かせられない」というニュアンスで受け止められている。(193ページ)
まず二日酔いが避けられないとこどか、著者がカンボジアで遭遇した「3番メーコン」とやらは飲んでいるさななかから頭痛がしてきたという(「3番メーコン」:当時、所得に乏しかったカンボジア内での流通を狙い、割安にアレンジされた正式商品とのこと。現在もあるのかどうか、いっちょ確かめに行くべぇと思っているうちに世界がこのザマである)。
もっとも、椎名歩美ちゃんおっと、あの椎名誠は『メコン黄金街道をゆく』(集英社文庫)のなかでつぎのように触れている。
>話に聞いていたメコンウィスキーというものが手に入った。ウィスキーとはいうが、麦ではなくコメから造ったものだ。紹興酒にも似た柔らかい味でふわりと酔ってくる。はじめての国(カンボジア・引用者注)にくるとどうしても飲みすぎてしまうのが悪い癖だ。(135ページ)
だというのだから、まったくの落第点でもないらしい……。
ところで、本書では祖国ニッポンのとっても恥ずかしい実態についても紹介している。
「大使館」と記された章は、バンコクにある日本大使館について触れられているのだが、そのあまりの暴虐ぶりにアタマがクラクラしてしまったものだ(本稿の初出は2003年、文庫は2006年7月発行と古い話なので、本書に綴られているような状況が現在でもあるのかどうかはわからない。ただし、本書に沿って「現在形」で紹介する)。
まず、書類等の受付窓口がマジックミラーになっている。ビザの申請などをすると、無言のまま見えない相手が書類をチェックし、たいていは「不備」を指摘され無言で戻されてる。ならばと、どうにかしてその不備を正し、日にちをあけて再び大使館窓口に書類を差し出すと、再び同じことが繰り返されるというのだ。最初に指摘された「不備」はクリアしているハズ。ところが、別の箇所にも「不備」があると突っ返されるワケだ。その新たな「不備」は前回のままだから、前回のチェック時に「ここも」と指摘してくれれば双方の手間が減ることになるのだが、そういう堂々巡りを強制しているのがわが国大使館ということらしいのだ。
>「本当に日本大使館はひどいんだ。書類をチェックするだろ。あるところまでいって不備が見つかる。するとそこで突っ返しちゃうんだよ。氏名変更証明書がないとかね。こっちは役所にかけあって、ようやくその書類をつくってもっていくと、今度はその先を見て、経歴書がないなんていう。それが必要なら、はじめからいってほしいんだ。こっちは忙しいなか、日本大使館まで足を運んでいるんだから。ここが自分の国の大使館だと思うと本当に頭にきちゃうんだよ」(262ページ)
この日本人の発言は、タイ人の奥さんのビザをめぐっての話だったという。もちろん正式に結婚し、タイ政府だって公式に認めている。当然として、休暇のさいにでも妻子を日本に連れていって自分の祖国の風土や文化に触れさせてあげたいと考える。ところがニッポン大使館ときたら、ああだこうだと「書類」を要求し、頑としてビザを発行しようとしないらしい。
>「日本で写した配偶者との写真」「国際電話の利用明細」「婚姻にいたる詳細な経緯書」……。いったいこれらの写真や書類でなにを証明できるのだろうか。(263ページ)
著者も触れているが、おそらくは偽装結婚などによる不法就労などに対処するための方便なのであろう。しかし、そのためになんら罪のないひとびとが門前払いをされ、かつ侮辱を受ける必要があるのだろうか。本書では、ほかにタイ人女性と家庭を築いた日本人男性が日本の正月を家族で過ごしたいと考えていたものの、「またあの窓口で嫌な思いをするのか……」と諦めてしまったエピソードも紹介されている。
著者はこの章をつぎの一文で締めくくっている。
>日本での不法就労を防ぐ目的はわかるが、日本大使館はタイ人や日本人に対してそこまでしていいのだろうか。なにかとてつもなく無駄な労力を使い、互いに不愉快な思いだけをつくり出している気はしてならない。(中略)日本大使館は、タイという国でこんなことをしているのである。(265~266ページ)
ではさて、これが西欧や米国の白人相手だとどうなのかなという穿った疑問も湧かざるを得ないのだが、そうした“上級ニンゲン”──まぁ、土人国家ニッポンから見てね──にしてもあれこれ不法就労をしているという実態がある。
加えてこの不法就労だが、いまや日本人がタイをはじめとする東南アジアなどで繰り広げているという話もあれば、著者の下川さんも別著で「日本人が東南アジアなどに出稼ぎにゆく時代が来る」といった見方を紹介している。気がつけば立場が逆転しているなんていうことだって十分に考えられるのだ。そのとき、その落ちぶれたニッポンとニッポンジンに対し、彼らはどのような思いを抱くのだろうか……。
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