30年ぶりぐらいの邂逅(その6)・・・の巻

ネコにはネコ番組о(^ヮ^)о
いちばん夢中になっているのはユメ(右)。映ってるのがネコでなくても、テレビ画面に見入っていたりする。目が悪くなるから近づきすぎたらあかんよと注意するんですがねぇ……。
まっ、ネコ懐っこくてなによりであります。
話かわりますけど。書庫の片隅から『ボクの先生は山と川』(矢口高雄・講談社文庫)がひょっこりとお出ましに。奥付を見ると1995年7月第1刷とあるので、たぶんそのころに入手して読んだのであろう。懐かしさもあって、またしても読みふけってしまった。
著者は、改めるまでもなくあの名作「釣りキチ三平」の生みの親。子どものころ親戚の家にあった「少年マガジン」で一読してすっかり病みつきとなってしまった作品だが、当然のこととして(?)、小学生のころは魚釣りに明け暮れていたものだ。釣りそのものはいまはまったくやらなくなってしまったが──なにかしら機会があれば竿を手することはあると思うけど──「釣りキチ三平」に限らず、矢口作品にはなにかと影響を受けたのではないかと思う。
本書はマンガではなく書き下ろしのエッセイ集で、おもに著者の少年時代のできごとや思いなどがイラストとともに綴られている。姉妹書に『ボクの学校は山と川』があり、そちらももちろん書庫のどこかで再会を待ちわびているハズだ。
著者が育った秋田の山村。その暮らしは単に懐かしかったり楽しかったり美しかったりという話ではなく、ときにむかしの山村ならではの辛いエピソードも披露されている。だが、ひとつひとつのエッセイを読み進めてゆくと、ある種の「うらやましさ」を覚えてしまう。家族の思い出。熱心な師に守られていた学校生活をめぐる活き活きとしたエピソードの数々。物資的にはけっして豊かではなかったかもしれないが、生きてゆくうえでの本当の豊かさとはなんなのか……。ふとそんなことまで考え込んでしまった。
それはそれとして、矢口作品の絵の美しさにいまさらながらココロを奪われた。登場人物の息遣いもさることながら、丁寧に書き込まれた背景が、自然と憧れにつながってゆくような気がするのだ。子どものころに手にした単行本の多くはすでに書庫からも失われてしまっているハズだが、久々に矢口作品をあれこれ読み直してみたいと思った。
本書『深夜特急』(沢木耕太郎・新潮文庫)は、文庫化された直後に繰り返し読みふけったものだ。ところが、全6巻中この4巻がいつのころにか行方不明になっていた。それが前掲書のすぐ隣で「オヒサシブリデスコンニチハ」。さっそくこちらも「ホントにしばらくぶりですなァ」などと感慨に耽りつつ(大袈裟・笑)ページを開いたのであった。
すると、ちょっとしたショックを受けた。
>カブールは、カトマンズやゴアやマラケシュなどのように「聖地」というほどではなかったが、欧米からのヒッピーたちにとっては、インドどの間にあるオアシスのような意味を持つ町になっていた。ヨーロッパからインドやネパールへ向かう途中、あるいはそこからの帰途、旅人はカブールでしばし長旅の疲れを癒すことになる。(本書59ページ)
そうなのである。著者がロンドンを目指してアジアを放浪していた時代のアフガニスタンとは、かように“平和”な国だったらしいのだ。もちろん、国土の多くには厳しい沙漠地帯が広がっているのだが、「集落が見えると、そこの木々の葉は黄や紅に美しく色づいてい」るような土地であったのだ(「」内は本書86ページ)。旧ソ連や米国によって徹底的に破壊されたというカンダハルにしても、緑や清水に恵まれた美しい町だったという。著者のような旅人にとっても、そこは文字どおりのオアシスだったのであろう……。久々にページをたぐりながら、そんな思いにかられてしまった。
またまた話かわりますけど。都知事選である。房総の住人のため選挙権は持っていないが、わが国の首都ということもあれば、関わりもなにかとあるため注目をせざるをえない。
ひとつ暴露しておこう。あの現都知事・小池百合子女史に関するつまらんエピソードである。
最初に断わっておくと、とあることからオレなりに恩義と義理を重んじ公言はしてこなかった。しかし、もういいだろうと勝手に判断することにした。それは、ここまでの都政をめぐり、あまりにも情けない気持ちになっているからだ。
現場はとある講演会の控え室。環境問題をテーマにした会合で、当時環境大臣だった小池女史が多忙なさなかに参加してくださったのである。この会合には某県知事も同様に遠路はるばるおこし頂いた。さて、挨拶もそこそこ、なにが起こったか? 案内された席を一瞥するや、女史はこう一席ぶったのである。
「これから環境問題について論じるというのに、ペットボトルとはなにごとですかっ!!」
ものすごい剣幕だったが、そのザマについてオレはこう思った。
「底の浅い御仁ですな」
しかし、ある意味痛快だったのは隣に座っていた某県知事であった。こちらになにを伝えるでもなく、いつものような自然な態度でカバンから自前の水筒を取り出したのである。人間としての差を見せつけられた思いで、オレは素直に某県知事を見習いたいものだと痛感させられた。
ついでながら、ペットボトルを用意することについては主催者も懸念を抱いていた。しかし、会場には水指しの貸し出しはなく、予算や時間の都合などもあってやむを得ない措置ではあった。まさかなにもお出ししないワケにはいかないからだ。
さて、小池女史の講演映像などを見ると、演壇にペットボトルがちゃっかりと置かれているものもあれば、きちんとした水指しが鎮座している場合もある。善意に解釈して、あのときの発言は正直な本音だったのだろうとも思いたい。しかし、じつはやはりあれは単なるパフォーマンスだったのではないかとの疑念が改めて浮かび上がった。以下のリンク記事をご覧いただきたい。
● 「都、庁内でプラ削減方針 会議でペットボトル禁止」(日本経済新聞・2019年6月5日)
「なんだ、ちゃんとやってるん雀」
などと早とちりしてはいけない。この「方針」が打ち出されたのは2019年6月、ほぼ1年前の話である。小池サン、ここまでの任期中になにをやってたんでしょうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)? あんだけの啖呵を切ったのである。都知事就任直後にでもやっていなければウソだとオレは思うのですがね。
さて、都知事選といえばかつては幾多の“スター”を輩出し、一部で「伝説」にすらなっている。オレがまだ学生だったころもそうだったし、1991年もそんなスターの雨あられでしたなァ(マスダシンーと福田拓泉──青年行動隊長・中鉢一夫も4649──の“ファン”であった)。いまあらためて選挙広報を読んでも頬が弛んでしまうが、彼らのイイところは、まったくの自然体であり天然であるところにあるように思う。これみよがしにわざとらしいパフォーマンスをやからす御仁よか、よほど彼らのほうが立派だし、人間として信用できるってもんですよ。いやホントに。
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