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2019.03.18

魅惑の民衆(その1)・・・の巻

Tabitetu1905

  3月20日発売の雑誌「旅と鉄道2019年5月号」(隔月刊・山と渓谷社)に「世界の鉄道  途中下車の旅22・バンコク近郊のローカル線めぐりの旅」と題して、昨年12月に写真家・米山真人さんと訪れたバンコク近郊3路線(メークロン線、スパンブリー線、サッタヒープ線)の模様を寄稿しました(写真は米山さん)。ご笑覧いただければ幸いです(次号7月号=5月20日発売〜には同じくナムトック線の模様を寄稿させていただく予定です)。

  ところで今号の特集とこの表紙。「ずいぶんと思い切ったことをするものだ」と驚きつつ正直大胆すぎないかという気もした。が~。フタを開けてビックリ!  じつに興味深くコクのある内容に仕上がっていてうれしくなった。なるほど、こういう視点もあるのかという新鮮な感動もあった。ゼヒゼヒご堪能のほどを。

  さて、前回に引き続き、新旧の本からいくつか……。

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  いわゆる「南北問題」の動きがホットな話題のひとつとなっている昨今だが、その核心たる北朝鮮の素顔を掴むのが相変わらず難しいことに変わりはない。個人的にもあれこれ北朝鮮関連の本を硬軟を問わず目に通してきたつもりだが、政治的な面はもとより、もっとも知りたい庶民の素顔に迫った内容──とりわけ、過度な“バイアス”がかけられていない──となると、まだまだ不十分だというのが実感だ。もちろん、それはあの国家ゆえの事情がからんでくるため致し方のないところかもしれない。そういう意味でも、あの国を訪れ、気ままに歩ける機会がやってくることを切望していたりもする。

  そうしたなか、本書『小説金日成』(李恒九著・萩原遼訳/文藝春秋刊[原題:「소설  김일성」이한구]は、北朝鮮で生きるひとびとの姿を垣間見させてくれた貴重な1冊である。著者はかつて金日成の随行記者だった人物で、北朝鮮当局の命令を受け韓国に潜入、その後に韓国に“帰化”するという数奇ともいえる人生を送ってきたという。訳者はあらためるまでもなく、古くは「赤旗」の平壌特派員(氏がその最後だったらしい)などを歴任したのちフリーランスのジャーナリストとなり、貴重なルポなどを発表してきた。

>題名から、金日成の一代記を描いたものとうけとられるかもしれないが、(中略)北朝鮮指導層を軸に、彼らの政策に翻弄される北の民衆の運命を描いたものである。(訳者あとがき)
  というように、なによりも描き出されてゆくひとびと──たとえ、その多くがいわゆる「核心階層」という「恵まれた」立場を与えられているとしても──に魅力を覚える。本書の主人公は当局から「対南工作員」に指名された青年で、ある意味で著者の生い立ちと重なっている部分があるのかもしれないが、その葛藤や行動のひとつひとつが生々しく迫ってきた。
  指導者や「党」への忠誠を強制される人生で、彼らはなにを考えているのか。ときには教条的ともいえる「党」への忠誠心が言葉を伴って披露される。あるいはそうした場面から、あの国の指導者がなにを考え国家を統治しているのか、そこに存在している彼らの理論や根拠が徐々に読者にさらされてゆく。ただしそこには「だからダメだ」とか「北朝鮮万歳」といった類のバイアスは一切関知しておらず、あくまで(作品そのものはフィクションとして発表されてはいるものの)事実として語られるだけであり、だからこそ読者としては信頼できうるのではあるまいか。逆に言えば、それさえも理解の端緒を掴めないママに、どうしてあの国について考えをめぐらすことができるのだろうかということにもつながってくる。

  それはそれとして、さりげない描写がまた素晴らしい。たとえば、平壌を流れる大同江の畔。夕刻が迫るなか、主役格の若い男女が葛藤する場面。
>大同江の鉄橋の上を汽車が走り、汽笛の音が長く響く。(第2章)

  失策から地方へ追放された人物が平壌からの汽車から降り立った場面。
>黄昏どき、狼林駅に着いた列車から降り立った黄敏秀は、小さな駅舎を抜け出して、掌ほどの駅前の広場にぼんやりと立っていた。綿入れ服の襟を立てて、首から忍び込む冷気を防いでいても(中略)砂が針の先のように頬を突き刺す。(改行)狼林邑。これほど荒れはてた郡庁所在地があったのかと思うほど(以下略。第12章)

  さしあたり鉄道が登場する場面から2カ所を切り取ってみたが、じんわりとその情景が伝わってきた。たったこれだけの情景すらにわかには知り得ない国なのかもしれないが、これまで、はたしてどれだけ描き出す努力がなされているのだろうかとも思う。

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  じつは『小説金日成』(上下巻)は完結しておらず、下巻の末尾では「第一部完」となっている。“続編”として『소설김장일(小説金正日)』がすでに刊行されているものの日本語訳はまだ形になっていないし、原著を読む力を持ち合わせていないのが無念だ。

  ところで、前掲書のなかに「考えに沈む」といった表現が何度か出てくる。たとえば、
>趙福実はこんな考えに沈んで(以下略。第19章)
  といった部分だ。
  もちろんこれは正当な日本語の表現だが(『広辞苑』にも類例が挙げられているが、ひょっとすると韓国語にもそれそのものに近い表現が常套句としてあるのだろうか?)、ふと気にかかった。ひとつにはオレ自身が使った覚えがない言い回しであることもあるのだが、それだけではなさそうだ。考えることしばし……。で、「あっ!」と気づいた。

>「(前略)まずいといえば中曽根さんもまずいというにちがいありません。目も、きれいだといえば、誰が見てもきれいだと思います。きれいじゃないといえば、そういう感覚に沈みますね」

  とまぁ、引用文を読んで「あっ!」と気づくひとがこの世には500人ほどいらっしゃるハズなのだが、あの『ディープコリア』(幻の名盤解放同盟)のなかから、ソウルの街角で声をかけてきたおとっつぁんの自宅に上り込んだところ、そのおとっつぁんが二足三文の絵のセールスに興じているそのセリフの一部である。ひっかかりが解けてホっとしMASITA。言うまでもなく、大韓のひとびとをナマで描き出した名著中の名著があの『ディープコリア』ではある。

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  フィクションという形態のなかから素顔を浮かび上がらせた前著に対し、本書『イムジンガン  垣間見た北朝鮮』(桑原史成/草の根出版会)は韓国と北朝鮮双方に写真家として関わり続けたそのドキュメンタリーの秀作である。サブタイトルにあるとおり、北朝鮮社会とひとびとを──たとえそれが当局押し着せのショウケースであろうと──直に垣間見た貴重な記録であるといえるだろう。
  本書については、別の機会にあらためて感想を記してみたいと考えているが、さしあたりつぎのくだりだけでもいま紹介しておきたいと思い、中途半端な形でふれることにした。

北朝鮮が発表する統計の数値が実態と合致しているかどうかも疑わしい。かつて旧ソ連邦が国内向けに、また海外への発表に際して体制の恣意的な数字が見られた。社会主義の国家にとって数値のデータは、戦略の上で重要な秘密であったとも言える。(同書123ページ「食糧は満たされるはずだった…」)

  言わんとしていることはもうおわかりかと思いますが(笑)。本書が明らかにするその内容や背景とは異なるとはいえ……、北朝鮮や「旧ソ連邦」を日本と置き換えられるところがなんとも嘆かわしい。そういう“論説”を見かけることはタマにあるが、我が祖国はじつは“社会主義”的であるようだ。次第に中華人民共和国に似てきているんじゃないかと個人的には観察しつつ恐れているんですがね(日本がシンガポールみたいな管理社会を目指しているという論説を見かけた覚えがあるが、じつはあの北朝鮮もまたシンガポールをひとつの規範のように捉えているらしい。この話はまた別の機会に……)。

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  一方、本書『記者、ラストベルトに住む  トランプ王国、冷めぬ熱狂』(金成隆一/朝日新聞出版)はナマの米国人の声に興味深く触れることができたノンフィクションだ。
  サブタイトルからも想像できるように、アメリカ合州国大統領・トランプ誕生の草の根にフォーカスしつつその実態を活写、さらにさまざまな考察を加えたルポルタージュである。先の米国大統領選挙では、まさかトランプが当選するとは見られていなかったらしい。それがひっくり返った要因のひとつに、かつての民主党地盤であった「ラストベルト(Rust belt)」と呼ばれる一帯をはじめとする地域が、ことごとくトランプ色にとって変わられたことが指摘されている。この地域に共通するのは、かつて製鉄や重工業、鉱山などで栄えた歴史を持つことであり、いまやそれらの産業が瀕死の状態にあり、改善される気配すらないままに推移しているということである。

  著者はまずそうした地域に顕在する問題点──高い失業率とあっても不安定かつ低賃金な労働、高騰する物価と経済的後退(崩壊寸前の「ミドルクラス」)、蔓延する一方の薬物などなど──をあぶり出す。中心となるのはそこで暮らすひとびとの声だ。そこからは善良としか言い様のないごくふつうのひとびとの姿が見てとれるが、なによりも彼らの率直な態度に好感が持てる。厳しい現実のさかなにありながらも、そこで生きるひとびとは魅力的だ。

  彼らとの対話は政治に分け入ってゆく。ズバリ、さきの大統領選挙ではだれに票を投じたか。そこに返ってくるトランプ支持の声。著者はそのひとつひとつに耳を傾け、咀嚼する。
  なにしろ仕事がない。親の世代には高校を卒業するや時給20ドルにも及ぶ仕事がゴロゴロ。一所懸命に仕事をこなし家庭をもうけ、40代でセミリタイアすることができた。いうまでもなくごくふつうの労働者の話である。セミリタイア(文中では「引退」)云々はいかにも米国らしいと思うが、このように極めて庶民的な一生をさしてそれが「アメリカンドリーム」だとの声には実感がこもる。しかし、現在では当時の半分にも満たない時給に甘んじるほはなく、しかもそれすら手に入れられるかどうか。日々の請求書にも往生せざるをえないなか、製鉄や鉱業を立て直すというトランプの「コピー」が新鮮かつ魅力的に彼らをからめとったのであった。加えて、民主党政権への期待が裏切られ続けていると捉えざるをえなかったのである。

  さらに、著者は「白人民族主義者」グループにアプローチし、彼らとの対話を試みている。人種差別やそれに伴う被差別者の経済的貧困が対で語られることがあり、そういうふうにイメージしているひとも多いかもしれない。しかし、現実には白人の貧困層もまた顕著に存在している(古くは、たとえば本多勝一が1960年代にルポ『アメリカ合州国』で触れているが)。彼らを取材した第3章には「貧困につけこむ白人民族主義」との見出しがつけられており、まさにそれら白人貧困層が彼らのターゲット──敵対ではなく仲間に引き入れる獲物として──として狙われているらしい。
  しかし面白いなと思ったのは、やはりここでも取材相手(白人民族主義団体のリーダーら)が率直に応じていることだった。彼らの話には理解しやすい部分もあれば明らかに破綻している面もある(個人差も多々ある)。だが彼ら独自の理論を含めて知らなかったことも多く、興味を持って読むことができた。まずは彼らとしての理論や実態を垣間見ることができたということが重要なのではないかと思う。個人的には彼らの主張には賛同しないが、あの率直さを見るにつれ、どこかの国の政治家や官僚らの不誠実ぶりが際立つようでやり切れなくなってくる(最後段参照)。

  トランプに期待したひとびとと期待しつづけるひとびと。どうやらそれらの多くは裏切られる方向にあるようだ。最終章(第6章)「軋むアメリカ」で、著者は鋭くそのあたりを看破しているように思う。
  同時におそろしいのは、トランプ流にもみられるデマ(フェイク)であろうか。「滞在許可のないメキシコ出身の移民」(314ページ)によって白人の若い女性が殺害された。即座に「不法移民」を排斥するキャンペーンが繰り広げられた。「とてつもなく多くの犯罪が国境を越えて入ってこようとしています」(同)というワケだ。その返す刀で民主党はなにも対策を講じてなかかった。しかし、このトランプらによる論法は、とうの被害者の父親によって封じ込められた。

「人種差別的な意見を広めるために彼女の死を歪曲するな」
「白人至上主義者がすべての白人の象徴でないのと同様に、モリーの命を奪ったとされる人物は、ヒスパニックのコミュニティーの象徴ではない」(316ページ)。

  きわめて示唆に富む発言だと思うのだがどうだろうか。
(今回アップのテーマとは異なるが、つぎのくだりを思い出した。
>隔離すれば全て問題が解決するということもないのだ。現実社会でもキチガイの犯す犯罪よりも、“正常”と呼ばれる奴らの起こす犯罪のほうがはるかに多いことを忘れないでほしい。[『電波系』根本敬・村崎百郎/太田出版。精神障害者差別に関する項目のくだり])

  ほかにもオバマ前大統領をめぐるデマの執拗な拡散などが復習されているが、「トランプに模範は求めない」(43ページ)などと寛容を示すひとびとの善良さもまたおそろしい(その「模範は求めない」という彼らのセンスそのものは理解できなくはないけれども、じつは危険な徴候ではないのか?)。
  ただ、本書が今回のテーマに加えるには範囲が広がりすぎるかもしれないと思いつつも、こうした舞台にさえ無視されたひとびと、階層が存在していることには留意する必要があるのではなかろうか。今回はアラパチア地方などがおもな舞台だったが、西海岸や深南部などの突っ込んだルポを著者に期待しつつ楽しみに待ちたいと思う。

  時間に余裕があれば、もっと具体的に紹介したいところだが、少なくとも米国でいまを暮らすひとびとの姿にほんの少しだけ触れることができた。いい本に出会えた。

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  おまけ。
>これまでの6年間で何をしたのかという議論になったとき、後世に残るはっきりとした実績もない。首相に返り咲いたときに目指したはずの「美しい国」というフレーズは、もはや安倍首相本人の口からも聞かれることはなくなった。(本書「はじめに」)

『アベ友トンデモ列伝』(宝島社)である。一連の愚劣な事実をざっとおさらいした1冊だが、読むとあらためてアタマがクラクラしてくる。まぁ、ここにお出ましの有象無象もまた、それぞれに主張や背景があり、彼らなりの“正論”に依拠して生きているのであろう。しかしこんな連中のザマをあの善良なる米国市民たちの目から見たらはたしてどのように映るのだろうか……などとツマランこともつい想像してしまうのであった(これは、あのケーセッキを支持するひとびとの多くを、そうしたひとびとを取材したところで、おそらくはトランプを支持したひとびとのそれのような“実のある話”はおおよそ耳にすることはできないだろうなァということ。しかし、案外あの北朝鮮の支配層や庶民もまたおったまげたりしてねぇ)。ホント、イイ国になりMASITAなぁ……ニッポンって。

  それにしても……。このオビ──ズラリと並んだ名前の数々──を眺めてみると、ついつい「生殺簿」を連想してしまう。そんなのはまぁくだらないジョークではあるが、このなかから選りすぐりの8人にしぼりこんで「平成八犬っころ伝(헤이세이팔개새끼전)」ってのもええなァ。平成とともに退場することを祈念しつつ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

※注:生殺簿(センサルブ=생살부。「殺生簿」とも)=朝鮮王朝初期の1453年10月に起きたクーデター「癸酉靖難(ケユジョンナン=계유정난)」にあたり、首謀者の首陽大君に参謀役だったハンミョンフェが提出したという粛正名簿(それそのものにしてもほめられたシロモノかつ事件ではないと思うが)。

  じつはあと数冊を(表紙スキャンなどの)準備をしておいたのだが、残り(と+α)は「その2」でいずれ取り上げたい。その前に、こういうのをもっとシンプルにまとめられるように精進しなければなァ……(次回アップは別の話題にてо(^ヮ^)о)。

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コメント

コメントをいただきまして、ありがとうございます。

あの「ディープ・コリア」をキーにご訪問いただいたとは感激しました。
あれこれ無駄話ばかりのブログですが、またお立ち寄りいただければ幸いです。

投稿: 猫池 | 2019.07.30 01:35

>(これは、あのケーセッキを支持するひとびとの多くを、そうしたひとびとを取材したところで、おそらくはトランプを支持したひとびとのそれのような“実のある話”はおおよそ耳にすることはできないだろうなァということ。しかし、案外あの北朝鮮の支配層や庶民もまたおったまげたりしてねぇ)。ホント、イイ国になりMASITAなぁ……ニッポンって。

昨今の選挙が、ケーセッキ ドゥリの数に比例しているのでは?
懐かしの「ディープ・コリア」から辿り着きました。90年代前半まで北のチョンワを聞いていたので北傀の話題は面白いです。

投稿: Kelly | 2019.07.29 16:49

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