2018.09.25

なんかますます甘えん坊で・・・の巻

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  本日まで国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  毎度おなじフレーズになってしまうけれど、ネコは寝床さがしの天才о(^ヮ^)о

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  ふと気がつくと、身近なこんなところで寝転がっていたりもする。

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  前々から甘えん坊のウチの子ちゃんではありますが……。

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  ネコが朝方にひとりで庭散歩をしているのはよくあること。で、このごろ、そんなウチの子ちゃんに「ちょっと待ってなさいYO♪」と声をかけつつゴミ棄てにゆくと、背後から「にゃ〜にゃ〜」と大きな声が追いかけてくるようになったのであった。ネコ経験のあるひとはわかると思うけれど、その声っていうのがはぐれた親ネコを呼ぶ子ネコの声色と一緒なんです。それが、6〜70メートルほど離れたゴミ捨て場にまで聞こえてくる。くわえて、道路にまでお出ましになるようになってしまったので、心配になってしまう。仕方がないので、ゴミ棄てに出る前に家のなかに閉じ込めるほかはないのだが、戻ってくるとちゃぁんと玄関のあがりかまちに座って待っているのだからキャワユイよねо(^ヮ^)о

  しかし、それゆえ家を留守にするのが後ろめたくなってしまうんですねぇ……。取材旅行などでひと晩以上留守にするときは、
「明日からいないからね。●日に帰ってくるからイイ子にしてなさいYO」
  などと言い含めておく。
  すると、留守中にオレの部屋に入った形跡がないことがほとんどなのだから驚いてしまう。どうやら、こちらが言っていることを理解しているようなのだ。

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  背後の壁のキズは別のネコの仕業。ウチの子ちゃんは壁ガリガリを一切しないのである(カーペットにはときおりするけど)。

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  庭で寝転がっていますの図。

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  夏になるとノミアレルギー(たぶん)でシッポのつけねあたりやお腹の毛が抜けていたが、今年はクスリの通年投与で無事に乗り切った。昨年の夏、ノミ取り櫛(金属製の高級品♪)ですいてやると、ほんの15分ぐらいの間に50〜100匹前後のノミが取れたというありさまで、かなり痛々しかったのを思い出す。

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  卍固めふうポーズ。

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  眠そうですねぇ。

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  掻いてます。

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  アクビは口腔内健康チェックの絶好のタイミングでもある。

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  ところで、コレは昨年5月上旬ごろの写真である。隣のアジサイは、これからほとなく庭の花壇に移し替えた。そしたら……。

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  たった1年ちょいでこんなに巨大化してしまった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  その花壇にいきなり現われた花一輪。タマスダレのようだが、植えた覚えはないし、たった一輪というのも妙なかんじ。でもキレイ。

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  シクラメンっていうのは、どうやって春〜秋を過ごさせればいいのかと思うが、主役がかれ果てた鉢にいつの間にか1本の草が芽を出したので、なんとなく大事に水やりをしていたらこうなった。

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  仕事部屋の北側の窓。数年前から夏になるとコイツがお出ましになって羽虫をついばんでいる。様子をみていると、エモノを狙うときにシッポをゆらゆらさせているのがわかるのだが、その様子がどことなくネコっぽくてちょっとキャワユイ。
「しかし、常に1尾だけなのはどうした次第か……?」
  とつらつら思っていたあるィ夜、ふと窓を見たら3尾もへばりついていてややおののいた。なぜか、そのときを除いては1尾ずつしかみかけることはないのだけど。

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  という次第で、猛烈に暑かった夏も終わりにさしかかったようでごぢいますね。

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2018.09.13

ボルネオのネコ、シアワセ・・・の巻

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  話戻りますけど(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ボルネオからの帰国の直前、宿の前では地元のおとっつぁんが頬を緩めつつネコとたわむれるо(^ヮ^)о

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  市場でスヤスヤ。白黒オールカラー。

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  テノムの食堂に現われた白黒オールカラー。

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  ところで、このブログのマレーシア編は「にゃーにゃーマレー」と題したカテゴリにしてある。なぜかというと、昨年7月に訪れたコタバルがネコの街といっていいぐらいネコだらけだったことがひとつ。さらに出会うネコというネコがみんなシアワセに見えたからなのであった。たぶん、ネコをいじめるひとがあまりいないのだろうなぁと思ったものだが、市場に赴いてみれば、いかつい顔をしたイスラム商人のおとっつぁんが、目尻を下げつつ店棚で寝そべるネコを撫でていたものだった。

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  それはここコタキナバルというか今回訪れたボルネオ島のいくつかの町でも同様で、ネコがみな一様に穏やかなのである。
  マレーシアはムスリムの多い国である。そこでふと思ったのが、イスラム教とネコの関係やいかに……ということであった。ひょっとするとネコを大切にすべしといった教えがかの宗教にはあるのではないかと想像してみたのである。

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  帰宅してから、まずはネットでその手がかりを探してみた。すると、イスラム教とネコについて触れたサイトやブログが山ほど出てきたので驚くほかはなかった。
  たとえば、Wikipediaにはそのものズバリ「イスラームとネコ」という項目があって、その冒頭にはつぎのように記してある。
>ネコはイスラム教において敬愛されている動物である。預言者ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフに愛されていたことに加えてその清潔さから、ネコはムスリムにとっての「真のペット」とみなされている。

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  さらに、たとえばこのネコやウチの子ちゃんの額にある縞模様は、なんとムハンマドの指が触れた痕だというのである。どうやら、ネコというのは神聖なる伴侶と捉えても差し支えがないようにお見受けする。
  う〜〜む……。異教徒ではあるけれど、そう言われてみれば、ウチの子ちゃんがなにやら神々しくすら感じられてくるではないか。

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  ほんのわずかに瞥見した体験にすぎず、Wiki上の解説にしてもそれぞれ原典資料にあたったワケでもないので断言は控えるけれど、マレーシアで感じたネコのシアワセとイスラム教とが深い関係にある可能性は高いのかもしれない。

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  ノミ・ダニに冒された子も。こういうコに遭遇するたびに、ネコ用のそのテの薬剤を十分に寄付したいなどと思うのだが、金銭面はもとより、手続き上の問題も多々ありそうだ。

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  それで思ったのは、少なくともオレ自身がイスラム教についてほとんどなんら知識や経験がないということである。しかしそこに現われた「ネコが好き」という共通項。にわかに興味がわくその切っ掛けとなってしまうのも致し方のないことであろう。

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  マレーシアに限らず、イスラム圏の国々では、やはりネコが大切にされている傾向は強いらしい。

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  しからばそうした国々を訪れてみたいと思うのは自然の成りゆきではあるけれど、なかには訪れるにあたってのハードルが高い国も多々あるようなのが悩ましい。

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  宗教に基づく習慣や常識もそうだし、戒律の問題だってある。幸いにして(?)しばらくは酒を飲まずともいられるクチなので、その点だけは問題ないけれど(笑)、いかにネコ好きという共通項があろうとも、土足で踏み込むのは失礼にあたる。まずは、訪問しやすいマレーシアなどでひとびとと触れあいつつ、足を延ばしてゆくことになるのだろうか。ぁあ、んな一文にもならないことにウツツを抜かしていられるほど生活に余裕がないというのが最大の問題ではあった……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ちなみに“専門科目”と自称している大韓は、ネコにとっては暮らしやすい国(文化)ではないようだ。残念ながら、それはかの国を歩いていてときおり感じる。とはいえ、最近はネコ好きも増えているようで、テレビの動物モノ番組なんかでもよく見かけるし、徐々に変化しているのかもしれないが……。

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  ぁあ、気がつけば写真がネコじゃなくなってしまいMASITAね。

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  この写真、単なる魚だと思うでしょう?  でも、40度近いと思われる炎天下のなか、この水深。よくもまぁ煮魚にならないもんだと思いませんか???

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  現場はこんなところ。帰り道にチェックしたら姿がなかったので、だれかに食われたか避難したのでありましょう。

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  ふと側溝に目をやったら、オオトカゲ(?)が驚いて一目散。図体はでかいクセに臆病なのはウチの子ちゃんと一緒。先日、写真家の米山真人さん(以下、ヨネちゃん)が遊びに来た。ヨネちゃんもネコ好きである。そこで、「でかいぞ〜。驚くぞ〜」とほくそ笑みつつ抱いてヨネちゃんの前に連れていったら、よほど恐かったのであろう、思いきりションベンをちびられてしまい、着ていたシャツとズボンを取り替えるハメになってしまった。ホント、人見知りが激しいのである。図体はでかいのに。

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  オオトカゲの子どもか、はたまたこういうサイズのトカゲか。熱帯の生き物を眺めるのは楽しい。いまだコブラの類には遭遇していないが……。

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  という次第のボルネオ散歩でありMASITA。

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2018.07.27

にゃ〜あれこれ・・・の巻

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  覗くネコ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  狙いはカゴのなかのニワトリであった。闘鶏選手のようではあったが。
  灼熱のボルネオ島を散策。あれこれ収穫を得つつ無事に帰ってきたけれど、地元の某駅に降り立ってみれば、ボルネオに負けじと暑かった……。さっそくボルネオ散歩の模様でもアップするべぇと思っていたが、ちょっと手が回らなかったので、今週はアユタヤほかネコ散歩にてお茶濁しの巻と決め込んでしまいMASITA。

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  おっと鈴つきクロボウズ。

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  タイではなぜかクロボウズをよくみかける。

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  渡船場の近くにカゴ入りネコ。

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  カメラを構えていたら、店のなかからでてきたおっかさんがカゴから出してくれMASITAо(^ヮ^)о

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  こちらは自由なコンビ。

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  おとっつぁんがウレシそうにポーズをとってくださった。そんなアユタヤからの帰り道о(^ヮ^)о

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  おっと、またまたクロボウズ。キャワユイネ。

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    アユタヤはネコの多い町でありMASITA。

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  ときおり“高そう”なのも見かけるけれど、シャムネコにお目にかかったことがないのはどういうワケだろう?

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  ウボンの街角。イイ表情ですねぇ……。

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  なぜか茶トラ系統をよくみかけたウボンである。

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  ちょっとエキゾチックなたたずまい。

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  このコもちょっとそんな感じがしてはいまいか?

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  バンコクの街角に白黒オールカラー。クルマの往来が少なくないのでヒヤヒヤしてしまう。

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  アユタヤにはリスも多数(ほかに巨大トカゲなどに遭遇した話は以前にいたしMASITA)。

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  すばしっこいのでカメラで追うのもひと苦労。それで撮ったからってどうだって話でもないのだが(笑)。
  という次第で、次回からはボルネオ島の巻でごぢいますо(^ヮ^)о

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2018.05.28

いやぁ〜んと恐怖・・・の巻

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  ニンゲンが布団なりベッドなりで寝るのは、ひょっとするとネコと共通する本能かのかもしれん……と思ってみた初夏のあるィ夜。

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  で、ただいま国外逃亡中であります。
  それはいいとして、こんなちょびの寝顔を見てると出かけるのが余計に億劫になっちゃうんですよね(じつは、出がけは常に億劫なのであった。玄関から門を出てしまえばどうってことはないのだけど)。
  たとえば、メシ──このごろ「黒缶クラシック」がお気に入り。でも、いつもまとめ買いする某ドラッグストアや楽天市場では扱いがなくて、近所のセフンイレブンに細々と置いてあるのみなのが困りもの──をあげて、そのまま2階に上がってしまうとどうなるか?  食べ終わるや、階下から「にゃ、にゃ」「にゃーにゃー」と呼ぶ声が聞こえてくるんですよ。ネコに慣れたひとはわかると思うけれど、はぐれた母ネコを呼ぶ声色と同じなんです。こりゃぁ、ただでさえ億劫だっていうのに、なんだって留守にせにゃならんのかという気になっちゃいますよねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  閑話休題。
  音楽は貴重な道楽。ゆえにときおり極私的感想やらウンチクなどを傾けたくなってしまう。で、今回のテーマは「いやぁ〜ん♪」。
  以前に、クラシック音楽をネタにそのカッチョよさにシビレるといった話をしたけれど、「カッチョイイ」と並ぶ重要な要素がこの「いやぁ〜ん♪」なのであった。

  たとえばこの矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」。学生のころから親しんできた曲だが、久々に引っぱりだしたところ、あらためてシビレてしまった(カップリングされている「チェロ協奏曲」もイカしているし、尾高尚忠の「フルート協奏曲」は素晴らしき名曲だ。↓上記アルバムとは関係ありませんが……)。



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  こちらは同じ曲のほか同じ作曲者による「2本のフルートとピアノのためのソナタ」と「ピアノソナタ」を収録。いずれもカッチョイイ作品だ。

  学生のときはじめてこの「ピアノ協奏曲」を聞いたとき、まさにこりゃぁカッチョイイ是とシビレたものだったが、それから四半世紀以上が過ぎてみれば、「いやぁ〜ん♪」と身をクネらせてしまうのである。

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  しかし、なにがどうなると「いやぁ〜ん♪」なのかと訊かれると、じつは明確な回答ができるワケでもない。あくまで主観というか感性、さらに相性の問題だからだ。だが、あえてひとつだけ要素を挙げてみるとすれば、構成の妙や音の緻密さを無視することはできないように思う。とはいえやはりそれをもって「いやぁ〜ん♪」を語ることはできない。やはり学生のころに発表されるや聞いておったまげた佐藤眞(あの「大地讃頌」の作曲者)の「ピアノ協奏曲」はいまでもときおりCDを取り出すが(なぜかスコアまで持っている)、「いやぁ〜ん♪」と思ったことはただの一度もない。カッチョイイとは思うのだが不思議なことである。

  本来ならば、譜例などを示しつつたいして意味もないウンチクでも傾けたいところだが、コレを書いていつつ取材旅行の準備やら進行中の受け仕事やら帰国後の仕事の仕込みやらでてんやわんやで、そんなのを言い訳にしてあっさりと済ませてしまうことにした(わかるひとにはある程度は伝わると勝手に信じているし……)。

  それにしても、三つ子の魂なんとやらというけれど、この調子でくたばるまでゆくのであろう。音楽のある暮らしというのはいいものである。

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  そんな矢代秋雄の話をしていたところ、吹奏楽の世界では定番の作曲家だということを友人のラッパ吹きMが教えてくれた。オレ自身は吹奏楽の経験はないが、この歳になってもそういう話は新鮮だ。Mがかつて──東ドイツ時代に──留学していたベルリンあたりの居酒屋を根城に、そんな話題で盛り上がりたいものだと夢見る中年男であった……。

  ところで、「いやぁ〜ん♪」とシビレつつある種敬愛の念を抱いている矢代秋雄だが、学生のころ縁あった音楽家がその弟子であり、オレにとっては矢代がココロの師のようですらあった。とはいえ矢代が亡くなったのは1976年。面識などあるワケもない。が〜。上に挙げたCD(グレーの盤)に作曲者による短い解説音声と作曲家・三善晃との対談音声が収録されていて、その話に接することができる。いうまでもなくはじめて耳にした話し声ではあるのだが……、なんと、オレがこの世でもっとも軽蔑する男のそれにどことなく似ているのにショックを受けた(矢代に対して甚だ失礼なことだとは思うが)。声色もだが、ブレスというかアゴーギグというか息遣いがまたちょっと……。いうまでもなく喋っている内容はそのレベルからしてまったく異なるのだが(本質的な意味で)。でもなァ……。

  ところで、忌み嫌うことの常套句に「蛇蝎のごとく」というのがありますね。でも、オレ個人は別にヘビを嫌ってはいないし、サソリには出くわしたいとは思っていないだけで嫌悪感などは抱いていない。いわんや侮蔑なんぞこれっぽちもしていない。言い換えるとこの「蛇蝎のごとく」というのはヘビやサソリに対し失礼ではないかと思うのだ。そこで言い換えることにした。「アベアソーのごとく」というのはいかがだろう。ぁあ、蛇蝎とくらべるとあまりにも矮小ですな、その存在が。

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  コレは「いやぁ〜ん♪」なDVD。なにしろ、題からして「THE WAR SYMPHNIES SHOSTAKOVICH AGAINST STALIN」だからねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  ショスタコービチについては、このブログでもなんどか取り上げてきた。ことに「交響曲第8番」は極めつけのお気に入りで、掛け値なしにカッチョイイと聞くたびに感じ入る(もっとも曲の背景を察すると「カッチョイイ」などと片づけるべき曲ではないのだが、つまりはこの盤で主役的な位置づけとなっている)。だが、その一方で「いやぁ〜ん♪」とはちょっと異なるように思うのだ。では、ショスタコービチの「いやぁ〜ん♪」とは?



  その1例として筆頭に挙げたいのがこの「交響曲第4番」である。

  上のリンクをお聞きいただければと思うが、出だしはかなり明解な印象を伴うカッチョイイ系だ(ピアノソロで弾くとコレまたカッチョイイ)。だが、この明解な出だしのテーマはハッキリとした形で再現されることはなく、曲はその印象とは異なる世界へと邁進してゆく。



  やや謎めいた世界を提示しつつ、終楽章のコーダにあたる部分は壮大なトゥッティーで幕を開ける。だが、曲は“大団円”を拒むかのように不安な予言の世界へと収斂されてゆくのである。そのコーダを切り抜いた上のリンクはぜひお聞きいただきたい。こんな「いやぁ〜ん♪」な顛末はあるだろうか?

  この曲には、初演を目前としてショスタコービチがその演奏を取り止めたというエピソードが残されている。スターリン政権下である。芸術までもが政治的に利用されていたなか、この曲そのものが我が身に危険を及ぼす可能性を慮ってのことだったともいわれているようだが、「いやぁ〜ん♪」の本質に極限まで迫った顕著な作品でありエピソードだともいえる。

  ところでこの曲、ジャーナリスト萩原遼が『朝鮮戦争金日成とマッカーサーの陰謀』(文春文庫)などで引用している詩(黎明図=여명도)の印象と重なるような気がしてならない。

    陽が昇る空に/동이 트른 하늘에
    カラスが舞い/까미귀 날아
    夜と暁がきわだつころには/빛과 새벽이 갈럴 무렵이면
    (中略)
    昇る大陽とともに/떠오는 태양  함께
    血を吐いて/피 토하고
    死にゆく男の微笑が/죽어가는 사나이의 미소가
    美しい/고웁다

  (前掲書21・22ページの著者訳引用に別途韓国語原文を併記)

  詩は日本統治からの解放後、元山(北朝鮮)で暮らしていた詩人・具常(구상)によって綴られたものである。この詩によって書き手は金日成政権下で死の淵に立たされ(凝香事件=응향사건)、のちに38度線を越えて韓国への亡命を果たした。

  詩の引用に続く著者の感想……。

  詩人のおそろしいほどの直感力と洞察力。同族どうしで殺しあった朝鮮戦争すらすでに予感しているではないか。読み終えて私は戦慄した。(23ページ)

  日本統治からの解放を韓国「光復」と呼ぶが、北朝鮮でもそれは同様だ。しかし具常は萩原にこう語っている。

>「しかし、北韓の暗い現実を救う道は、なにかもうひとつの新しい力がでてこなければならない。大光復がなければならない」(25ページ。太字は引用者による)

  これは、革命によって帝政ロシアを倒したロシアのひとびとにとっても同様だったのではあるまいか。ひょっとするとわが国にとっても……?



  話を戻して。しかし、そんななかで「いやぁ〜ん♪」が際立つのは、上にリンクした第1楽章半ばで展開するプレストのフガートだ。仕事のBGMにしているときも、ココに差しかかるとつい手が止まってしまうが、こうしてココだけを切り抜いてアップしているひとがいるところからすると、同じような思いを抱いているひとは存外少なくないのかもしれない。



  いまひとつ曲例を挙げるとすれば、同じ作曲者による「チェロ協奏曲第1番」もその典型。

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  ところで、先だって敬愛する小説家のひとりである内田康夫が他界された。近ごろはやや作品から遠ざかっていたものの、ひところは熱心に読みふけったものである。逝去の報道に接し、久々に手に取ってみたのがこの『靖国への帰還』(講談社文庫)であった。

  物語は、大平洋戦争末期の日本国空軍、その航空隊員である主人公の日常からはじまる。内田特有ともいえる女性像も描きだされつつ、主人公が(少なくとも内田の愛読者にとっては)「あっと驚く」運命へと翻弄されてゆく。推理小説をメインとしたなか、貴重なファンタジー作品として世に残された1冊である。

  だいぶ前の話になるが、出版関係者を中心とするとある集まりで小さな講演会に出席したさい、壇上に立ったジャーナリスト・辺見庸がわが国における戦時中に生きたとある書き手について触れた。
  あらゆる表現や思想が国家によって制限されていた時代である。そんななかでたとえば“反戦”を表現する。その書き手は言葉をどこまでも柔らかく噛み砕き、さらにオブラートに包んだ。しかしそこには抵抗があった。そうして短い一文が朗読された……。

  古い話ゆえ、詳細なところまでは覚束ないが、そうまでして意志と表現とを貫いた書き手とそうせざるをえなかった世の中。これは恐ろしいことなのかもしれない(この講演会の時代は「自己責任」云々と殺伐としていたコイズミ政権下にあった)。
  そこで、一見すると正反対に解釈されたかもしれないがといった話があったかどうかは思い出せないが、直感して連想したのは、ショスタコービチの「交響曲第5番」であった。スターリン政権から批判を受けたのちに発表したこの曲で、体制下の“名誉”は回復されたともいう。なかにはあの壮大な終結をさして「革命の栄光とともに曲を閉じる」などといった解説すら目にしたことがあるが、真相はまったく逆であり、ショスタコービチは決して政権におもねってなどいなかったというのである。辺見によって紹介された一文から、ふとそんな連想を抱いたのであった。

  そして、この内田康夫の小説からも、それらと同じ意志を感じ取った。
  おそろしいことだ。
  だが、あえて「いやぁ〜ん♪」とおどけておこう。優れたエンタテイメント作品への敬愛の念として……。

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  ウチの子ちゃん。

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  いやぁ〜んなキャワユさでしょо(^ヮ^)о

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2018.03.29

ナゾ解きエアライン・・・の巻

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  ツクシが顔を出しMASITAо(^ヮ^)о

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  庭ではボタンキョウが花盛り。

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  よくよくみれば、小さな虫たちが元気に飛び回っていたりもする。

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  花壇の花ではないけれど、清楚な雰囲気に高感度大。

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  春ですねぇ……。

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  このところ、自宅にいるとちょびがその間中ペトペトとついて回っている。寝るときはいうに及ばず、トイレに立つとイソイソとやってきて、風呂から上がると脱衣場で待っている。なかには単に「腹減った。なにかくれ」というときもあるのだが、そうでないときも。風呂から上がり、1杯の麦茶を携えて2階に戻ろうとすると、ひとの1歩前をノソノソと上がってゆくのであった。ますます甘えん坊になっちゃって……キャワユイでしょо(^ヮ^)о
  閑話休題。

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  ちょっとひさしぶりに本……というか本をダシにしたヒコーキの話などを……。
  のっけから物騒なタイトルだが、たいていの航空利用者が程度の差はあれ気にしているに違いないのが、その安全性でについてであるのは間違いないだろう。本書『乗ってはいけない航空会社』(杉江弘/双葉社)は、その命題について元パイロットが率直に語った1冊である。

  本書の冒頭でも触れられているとおり、雑誌やネット上などで航空会社の安全度ランキングの類を目にすることは多い。個人的にも関心のある分野なので、そうした記事には注目しているし読み物としては面白いが、その信頼性はどうなのか。
  本書ではそうしたランキングにパイロットの技量が加味されている例に乏しい点にまず着目し、「こと安全(度)についてのランキングは実態と大きくかけ離れたものばかりで、こういったものを鵜呑みにして航空会社を選ぶと、取り返しのつかないことになりかねない」(1ページ「はじめに」)と警鐘を鳴らす。

  これまで、著者は長年にわたり第一線での乗務や研究を続けてきたなかで、なにをおいても航空の安全についての提言を繰り返してきた。いくつもの要素があるなか、
・イ)パイロットらによる「ヒューマンエラー」
・ロ)航空機材のハイテク化と背中合わせの危険性
・ハ)航空会社や関係機関に求める安全への取組み

  について、とりわけ重要な課題として強調している。ここにしぼった3つのはいずれも密接に関連しあっているが、その根幹にあるべきは、航空機というものはほかならぬ人間が動かしているということであろう。

>近年の航空界では、エンジンをはじめとする機体や空港設備、それに航空管制などの技術革新によって、同時にすべてのエンジンが故障したり、天気の急変を知らないまま進入・着陸を行うなどの、一昔前に起きたような事故は急減している。それに代わって目立つのが、パイロットの判断力と操縦技量の低さによる事故である。一般的には「ヒューマン・エラー」という一言で片づけられているが、その内実はひどいレベルのものが多い。自動化システムへの依存によって基本計器から目が離れるなど、操縦のABCを忘れてしまっていることがその主たる原因となっている。(26ページ「基本操作ができなくなった操縦士たち」)

  長い引用をしたが、本書をはじめ著者の一連の著作ではそうした実例が多数検証されており、なかには身の毛もよだつような重大事故も度々起きているのである。
  そんななか個人的に「ギョッ!」とさせられたのは、引用個所以前、すなわち第1章の冒頭でオレが愛用しているアシアナ航空の実例が複数挙げられていることであった。いずれも報道を通じ知っていた事故(うちひとつ──サンフランシスコにおける着陸失敗──は韓国滞在中に起きた)だが、その後の実態を含め、同種の事故は同社でいつ起きてもおかしくはないのではないかとシロウト目にも思わないでもない。パイロットの資質・技量不足と会社をあげての安全意識の欠如。通常のフライトで不安を覚えたことはほとどないし、サービス面では十二分で、いつも快適なフライトを楽しませてくれている同社ではあるが、さらなる安全への取組みをはかってベストな航空会社へと進化してほしい。

  このアシアナ航空をはじめ、本書では日本はもちろんおもな国々におけるエアラインの安全性について国と地域さらに航空会社別に検証を試みている。韓国に対してもかなり辛辣な指摘がなされているが、著者とは異なる視点(こちらは専門家ではないのであたりまえだが)で同意せざるをえないのが残念ではある。たとえば、これまであの国をあれこれ歩き廻ってきたなかで度々実感させられることがある。
「この国の連中は、道すらマトモに歩けないのか!?」
  となんどクビをかしげさせられたことか。もちろん個人差もあれば巡り合わせということもあろうけれど(いうまでもなく日本でもこういうことはあるし、韓国だってきちんとしたひとのほうが多い)、それにしては……というのが偽らざる実感なのだ。こんなであるから自動車の運転もタカが知れている(わが郷土・房総も似たようなレベルだが・笑)。こういうのが乱暴な物言いであることは承知のうえだが、そうしたザマに遭遇するにつけ、どうして航空が例外でいられようかと思わざるをえないのである。

  残念ながら日本もまた危険水域にあると著者は看破している。また、ごく少数の例外(エバー航空<台湾>やキャセイパシフィック航空<香港>などへの評価は高い。一方でタイにおけるおそるべき実例も報告されているが……)を除き、アジア諸国はもとより、ヨーロッパ各国についてもレベルについて疑問を呈している。長くなりすぎるので詳細は割愛するが、パイロットのレベルについてヨーロッパのそれがけっして高くないことを、いくつかの実例を検証しながら指摘しているのである。くわえて、よく知られている話にEU乗り入れ禁止エアラインというのがある。しかし、EU加盟国にもさまざまな国があり航空事情があり、そこにも疑問符をつけざるをえないというのが実情のようだ。そこには、単に機材の新旧や製造技術の進化という点でははかりえない安全への視点がみてとれよう。

  一方で、アメリカ合州国のパイロットの信頼性の高さを本書は指摘する。さまざまな機会に挙げられてきた例をみても十分に納得できるところかもしれない。あの御巣鷹山事故に匹敵する状況のなかから生還を遂げたユナイテッド航空232便事故(1989年)とアメリカン航空96便事故(1972年)、あるいは「ハドソン川の奇跡」と呼ばれるUSエアウェイズ1549便事故はその代表例であり、著者もこれまで度々取り上げてきた。しかし、これらは皮肉にも相次ぐ機体の不具合などに起因する異常運航の多発(日本領空が関係しているだけでも米国の航空会社による異常運航──エンジンの脱落・故障・炎上や車輪のパンク、燃料をケチった果ての燃料切れによる代替着陸などなど──は数知れない)との裏腹という一面もありはしないだろうか。

>これほどまでに異常運航が多いにもかかわらず、今のところ事故が少ないのが不思議と言えば不思議である。(『墜ちない飛行機 安全なエアライン、機種を選ぶ』杉浦一機/光文社新書/2004年)
>パイロットの質という面ではクオリティは高い。新米の副操縦士でさえ、日本の航空会社の10倍ほどの経験、飛行時間を持っている場合がほとんど。(中略)新米でもかなりの飛行時間と修羅場を潜り抜けてきているツワモノそろいなのだ。(『航空会社の選びかた[海外旅行編]』チャーリィ古庄/エイ出版社/2007年)

  というワケだ。

  こうして各国の実態などを取り上げつつ、著者は安全性の高いエアラインとしてユナイテッド航空をはじめとする米国の航空会社を筆頭に挙げている(「大手の大型機」とサウススエストなど一部の航空会社においてというエキスキューズつきではるが)。しかし、全体としては納得させられるものの、疑問を抱いている面もある。これは、このところ相次いで報道されているユナイテッドなどにおける客室乗務員らによる失策の数々が気になっているからだ。
  ユナイテッドの客室乗務員らが機内でなんの罪もないアジア系乗客に重傷を負わせたのはセンセーショナルな事件として報道されたが、ついさきごろは乗務員によるマニュアルに反した行動の結果として、乗客が連れていたイヌを窒息死させた事件が起きている。ちょっと古い事件では、2011年にUSエアウェイズで起きた乗客の立席(7時間も!)フライト事件にも驚かされたものだ。これはあくまでシロウトの考えではあるけれど、これら米国のいくつかのエアラインでは、運航乗務員(パイロット)が優秀な反面、客室乗務員は常識的レベルにすら達していないケースが、けっして例外的でないのではあるまいか?

  これは、接客などサービス面のことではなく、万が一のさいの任務でこそ重要だ。言い換えると、この点では「安全なエアライン」とするには十分な条件を満たしていないのではないかという気さえする(くわえて、整備は大丈夫なのか?  また、預け荷物の紛失も多い──実際に空港職員による盗難もある──といわれる)。
  現に、たとえばユナイテッド航空では、成田空港において離陸直後にエンジンに不完全燃焼が生じ、それを火災につながる出火と勘違いした客室乗務員が機長との確認をとらないままに緊急脱出アラームを作動、脱出のさいに乗客乗員24人の重軽傷者を出した(2001年/ちなみに、このケースでは緊急脱出の必要はなかったという)。こうした例をみると、たとえ重篤なピンチをパイロットがしのいで緊急着陸を成功させたとしても、最終局面の脱出においてそれがご破算になる可能性だってある。

  もとより、それを言い出してしまえば、それこそ世界中に「安全なエアライン」などないのだという極論に陥ってしまうかもしれない。だが、ヒントはある。最善を尽くしてもなお失策は起こりうるものだが、そうして起きた「事案」に対する姿勢は、米国はきわめて進歩的であり、手本にすべきであるようだ。詳しくは本書をはじめ著者の著作をお読みいただくとして、残念ながら日本のそれは米国どころか韓国にすら及ばないレベルの後進国であることを、著者は合わせて警告している。

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  個人的に「時刻表」は大好物の読み物。となれば、航空ダイヤについて興味を抱くのも当然のなりゆきなのであった。機材運用などを含め、ナゾめいた点が多い航空ダイヤだが、そんな疑問の数々に応えてくれたのが、前掲と同じ著者による『飛行機ダイヤのしくみ』(杉江弘/成山堂書店/2016年)である。
  ダイヤの組み方にはじまり、その前提となるさまざまな要素──当局との関係や空港のキャパシティ、使用機材による違いなど──を紹介。さらに気象条件や飛行承認(ATCクリアランス)、路線ごとの特有な条件といった実際の飛行に影響することがらについて、シロウトにもわかりやすく解説されており、それらひとつひとつがきわめて興味深い。くわえて、米国領空通過フライトのさなかに米国での9・11同時テロが起きた体験などのコラムも興味津々で、一気に読み進めることができた。

  ところで、
「おおっ、やはりコイツにも言及されているか!」
  と唸ったのは、首都圏西部を占拠している「横田空域」についてである。
  その名称から想像できるとおり、米軍横田基地に関係する“空の植民地”(個人的造語)だ。

>新幹線と競合する東京(羽田)と大阪(伊丹)を結ぶ大阪線でなぜ飛行時間がもっと短くならないか、それはひとえに米軍の横田空域の存在である。横田飛行場の出発、進入のための空域が神奈川県に広く設定されているため民間航空機は迂回して飛ぶ必要がある。このため(中略)、大きな飛行時間と燃料の損失となっていた。(70ページ)

  現在は大阪ゆきの便限定でその一部運用が緩和されているとのことだが、それでも使用滑走路の関係でタキシング(離着陸のさいの空港内の移動)負担が大きく、飛行の時短が実現しているワケではないようだ。なにしろ、南は伊豆半島中部から、北は新潟県中部、さらに八ヶ岳や四阿山(群馬県)などを飲み込んでいる広大な空気なのである。いうまでもなく相当の高度にまで及んでいるのだから、支配されている空間は莫大なものとなる。

  目下、羽田空港をめぐり、東京都心上空などにおける低空飛行が問題となっているが、その裏にはこの米軍による占領が関係しているともいう。言い換えれば、この占領が解決されることは、わが国にとって大きな利益につながるハズで、もっといえば環境負荷の軽減という意味でも「百害あって一理なし」なのがこの横田空域だともいえるのではないだろうか(このくだりは本書では言及されていない個人的な所感です)。

  航空ダイヤと安全という点についていえば、航空需要の増加やLCCを含む新興航空会社の台頭などもあって、その運航便数は増加の一途にあるという。すると懸念されることの筆頭はパイロット不足ということになるだろう。前掲書でもその点についてふれられているが、需要に追いつくために質を犠牲にした量産が世界的に進められる可能性はある。たとえ若干の技量不足があったとしても、進化を続ける航空機の性能がそれをカバーするということはあるかもしれない。ただし、それはあくまで「平時において」の話だ。
  こういうイヤミな予感はぜひとも外れてもらいたいものだが、現役のベテラン勢(それらの多くはハイテク技術に頼り切ってこなかった世代)が引退し、はたしてその後の状況はどうなるのだろうか?  現段階では想像すらつきにくいような事故が多発するなどということはないと思いたいのだが……。

  それにしても、仮に著者にお目にかかれる機会があったとしたら、訊ねてみたいことが山積みであり、興味が尽きないのではないかという気がする(おまけにこんな↓本なんかも出しておられるし)これはもう間違いなく相手の貴重な時間を莫大に浪費させてしまうことになるのだろうなァ……と思うのであったо(^ヮ^)о

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  航空に限った話ではないが、使いやすいダイヤであるかどうかは利用にさいしての重要ポイントのひとつであろう。上の画像は「flightradar24」からアシアナ航空のHL7775(B777ー28ER)のとある数日間のフライト(運用)状況を抜き出したものである。

  最上部にOZ741便(ソウル/仁川→バンコク/スワンナプーム)が見える。この日は遅れが生じ、定刻22時40分着のところ23時40分に到着したことがわかる。遅延の事情まではここではわからないが、よくよくみるとその前の運用であるOZ271便(シアトル→仁川)の定時到着予定時刻は18時(当日はほぼジャストの18時02分着)。ところがつづくOZ741便の発時刻は18時50分(レギュラーダイヤでは18時20分だが、なぜかこの日は30分遅れを定時としてある)となっており、ハナっから定時運航が困難なダイヤになっているのである。国内線ではもっとタイトなインターバルもあるとはいえ、国際線の大型機の運用としてはムリのある設定とはいえないだろうか。
  じつはコレはまだマシなほうで、たとえば7時00分到着予定の機材のつぎのフライトが6時30分発だといったような不可思議な運用もなんどか目撃している。機材が足らないのを承知のうえで運航計画をつくっているのかと疑いたくなってくる状況ではあるが、こと安全という点での悪影響がないのか、不安を覚えなくもない……。

  じつは、このOZ741便は個人的に使う機会のある便である。仁川を経由するぶん所要時間は増えるものの、運賃が比較的安価であることのほか、バンコク着が申し分のない時間であること(復路のOZ742便では仁川でOZ102便に接続し、絶好のリレーで自宅にたどり着ける)、さらに大韓取材など通じて同社便に乗り馴れていることも選ぶ理由になっている。
  ついでの話ではあるが、スワンナプーム空港のイミグレーションは出入国ともに混雑が激しいといわれるなか、741便の到着時間帯はウソのように空いていることが多く、数人待ちで入国したのちに空港鉄道と地下鉄の最終に楽々間に合い、市街地へのアクセスにも便利だ。ただし、30分程度の遅延が生じると、入国審査で1時間はおろかヘタをすると2時間近い行列を強いられるハメになる。

  で、ココからが本題というか個人的ボヤキである(笑)。
  5月にタイ取材を予定しているので、今回もまた慣れたこのルートでと考えていたところ、今年の夏ダイヤで741/742便の時刻が1時間ほどくり下がっていることが判明。バンコク着23時20分ではあの深夜の入国渋滞に巻き込まれる公算が高く、空港からホテルまでタクシーを利用せざるをえない。それは我慢できるとして、帰路の742便が仁川で成田ゆきの午前便に接続しないという改悪がなされており、最短でも半日待つハメになっていたのであった。

  このザマではあえて選ぶ気にもなれない。が〜、ふと思った。この半日程度の乗り継ぎ時間を仁川国際空港の第2旅客ターミナルや空港に接続する「リニアモノレール」の取材に充てればいいではないか。途中降機ではなく乗り継ぎ扱いで翌朝9時00分発の102便とのコネクションも利用可能なので、ソウルで1泊してもいい。とりあえず5月はこの作戦がいいのではアルマイトの弁当箱?
  とかなんとか欣喜雀躍(大袈裟)としたけれど、こんどは運賃がかつてよりおおむね2割以上も高くなってITA……(燃油サーチャージの影響もなくはないが)。それならばタイ航空などで成田からバンコクに直行するほうをオレだって選ぶ(といいつつ、5月は「ついでに仁川第2ターミナル見物作戦」とした。調べた限りたった2通りの往復日程の組み合わせでしか認められなかったが、辛うじて納得できる価格の正規割引運賃を発掘できたからだ。もっとも、公式サイト上での購入のさい、決済寸前に帰路便が深夜0時すぎの出発であることに気づき「ギョッ!」。幸いにして帰路を翌日便<前日深夜発>にしても同じ価格で購入できたが、なんとも危ういところであった・笑)。

Yangyang0225

  ところで「flightradar24」は非常に便利かつ楽しいサイトで、航空便の追跡や空港の運用状況などをリアルタイムでチェックできる(ほめられる“趣味”ではないかもしれないが、悪天候時のレーダー画面はちょっとしたショウタイム?)。
「flightradar24」たとえば、大韓のトマソン&浪費空港として名高い(?)襄陽国際空港は、平昌五輪のさいのチェックポイントでもあった。画像は2月25〜27日の出発便一覧で、さすがにこのときは臨時便(N600JVというのはプライベート便?)がいくつか設定されている。が〜。賑わったのはこの数日間だけの話で、通常は北九州便と釜山便がそれぞれ1便ずつ細々と運航されているにすぎない。

  ちなみに、こんなイカした情報もアリランо(^ヮ^)о
アントノフan225

  リンク記事はアントノフan225の飛行計画。たった1機だけの孤高の存在にして世界一の巨大航空機(貨物機)として名高い同機。こんな“おっかけ情報”まであるとは、さすがスターは違うと感心させられMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Hikoukidaihyakka

  そんなこんなで、このところ汽車よりもヒコーキ関連の本を読む時間のほうが長い昨今。あるとき企画室で一読したのちにテーブルに放置しておいたこの『基礎からわかる旅客機大百科』(イカロス出版)を、なぜか年老いたわが母堂がベッドの友にした挙げ句、
「飛行機もおもしろいわね」
  とかなんとかウレシがっていたのが印象に残る。

  ……と、ほかにもあれこれでまかせを記そうと思っていたが、すでに長くなりすぎたので、今宵はこのへんにしとうごぢいます。

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2018.03.05

春の楽しい地名遊びо(^ヮ^)о(お下品編)・・・の巻

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  気がつけば3月である。庭の福寿草が顔を出した。毎年、春の訪れを知らせてくれたものだが、どうした次第か昨年は沈黙したまま。たった1輪ながらこうして彩りを覗かせてくれると、はやりホっとさせられるものだ。

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  その背後ではウメが花ざかり。

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  クソ寒いなかがんばってきたスイセンの配色も悪くない。

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  なんだかんだいって、春は確実に近づいているのであった。

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  とはいえ、ちょびはファンヒーターの真ん前でスヤスヤ。

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  耳がねぇ、ウィングレットつきになっちゃったんですよ。昨年夏ごろだったか、妙な水泡が出来て、その名残り。馬医おっとかかりつけの獣医に診てもらったところ、妙な病気の類ではないようなのだが……。

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  という季節の話&極私的近況(というのか?)でありMASITA。
  閑話休題。

Gehin2012

  おっと「下品一里」(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  このイカした地名は、数年前になんだかの調べものをして偶然に発見。さっそく訪れてみるべぇと調べてみたところ、水原と楊平とを結ぶ路線バスが2時間おきに走っていて、ソイツに乗ればいいということがわかった。そこで中央線沿線の取材の帰途に楊平で降りて件のバスを捉まえることにしたのだが、バス停を探しているうちにタイムアウト。かといってわっざわざタクシーの世話になるようなシロモノでもないし、「まっ、土地は逃げたりしないからねぇ」と、いずれ出直すことにしたのであった(「なりゆきで南楊州の巻」参照。ぁあ、前回ふれた「宇宙」の話はこの流れのなかで数回後に)。
  が〜……。

Gehin2017

「下品里(하품리)」だったハズの地名は、なんと「ブランド品里(명품리)」に化けてITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  調べてみると、大韓語でも「下品」は「下品」に通ずるようで、農産物の包みなどに「下品」とあるのはちょっと……といったやりとりがあったらしい。気持ちはわからないでもないけれど、だからってねぇ。まっ、この「명품」は直訳すれば「名品」。でも、往々にして「ブランド品」の意味で使われているのでこう翻訳してみた次第。

Jouhinsyupo

  御想像のとおり(?)、下品里のお隣は「上品里(상품리)」。
  学生のころ、でら茶ら友人3人で飛騨高山に繰り出したことがある。高山本線に乗ったのはそのときがはじめてであったが、下呂駅が近づくころになって、
「上呂ってのもあるんじゃないの?」
「ぁあ、あったあった!」
  ってなやりとりがあったのを思い出す。とはいえ、下呂と上呂との間で「上下抗争」が繰り広げられているなんてことは耳にしたことはないが……。

  ともあれその「お上品里」だが、
「ウチは隣と違って上品なのYO!」
  とばかりに上品マート(ようはしゅぽ)だの上品理容室だの上品茶房だのとあれこれ並ぶ。

  大根を指して「お大根」とのたまい三宅裕司に笑われたのは鈴木杏樹だが、たしかにちょっとお上品。ほかにチェックした御仁でもいないかと思いチェックしてみると、ほかに「お雑巾」というバージョンもあるらしい。とすると、太田蘭三の小説よろしく「おビール」というも定番アイテムになっているのかもしれない。嗚呼、鈴木杏樹とおビールを飲みたいものである。ケンチャナヨ!

Nekounko201205

  下品アイテムといえば欠かせないのはクソでありましょう。
  この「고양이똥」。だいぶ前に発見したものだが、なんら気を衒っていないカフェである。なんだって「ネコウンコ」なのかはわかりませんが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ところで、このネコウンコが開店する以前にこの建物がなんだったかというと……?

Nekounko200905

  なんとポシンタン屋(イヌ鍋料理)だったという……。

Ddongae01

  ネコもあればイヌもアリラン。「똥강아지」すなわちクソ子犬である。
  トンケ(똥개)というのを大韓ドラマなどで耳にするひとも少なくないとは思うが、直訳すればクソイヌ、広義にはノライヌだの雑種犬だのはては食用犬といったニュアンスまで含む言葉らしい。するとこの똥강아지=クソ子犬の真意はなんぞやということになるけれど、「똥강아지」ならぬ「똥개새끼」ならどこだかのアベってヒトのことですなと連想するのを禁じ得ないのであった(念のため。강아지=カンアジも개새끼=ケーセッキも子犬ないし犬の子であることに変わりはないが、後者は最上級に近い罵詈雑言慣用句でもあるので、子犬を指すときには必ず前者を使いましょうネ)。

Ddongae03

  この「똥강아지」という屋号はわりとポピュラーなもののようだが、ざっと見てみるとイヌカフェ(ネコカフェみたいなものだろう)やペットショップが多い。ところが、なかにはこんなブティック(cf.しゅぽ)だったりもするのだから油断できないのであった。

Daebyeon01

  クソは大便。大韓語だと「대변」である。この「テ(デ)ビョン」、個人的(および大韓人同志)にとっては路上アート「대변금지(テビョンくむじ=大便禁止)」として欠かせないアイテムではあるが、ィ世の中はまだまだ捨てたものではないということか、そのものズバリ「대변(テビョン)」なる地名があるのだからウレシくなってしまう。

Daebyeon05

  そんな地名があるのだから、そこに「대변다방(大便茶房)」だの「대변약국(大便薬局)」だのといった店があるのは当然のなりゆき。

Daebyeon02

  大便一番刺身店なんてのもアリラン。
  じつはこのテビョン。ほかのとある地名を調べていて偶然に遭遇したのだが、2年ほど前に日本語メディアでも報道されたことがあったことが判明(インターナショナルな話題なのである)。この地区に「テビョン小学校」というのがあるのはごく自然なこととはいえ、子どもたちや卒業生にとってみれば「大便小学校」というのもなにをかいわんや。そこで改名騒動が勃発し、今年3月(つまり今月)を最後に学校名が改められるるというのである。もっとも、オレ的にはココよりも、調べていたほかの地名のほうにグっとくるワケで、その話は次回に。

Daebyeon03

  大便乾物店。テビョンは釜山郊外、テビョン港に面したのどかな漁村。東海線機張駅などから路線バスに乗れば簡単に訪問できます。

Daebyeon04

  大便給油所。大便+給油……。ついお浣腸を思い浮かべてしまうのはオレだけ……じゃないでしょо(^ヮ^)о

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  ちなみに、テビョンはテビョンでも、ココのテビョンは「大便」じゃなくて「大邊」。こういう同音意義はなにも大韓だけでなく日本やほか世界中にあると思うが、同じ漢字圏文化にある「同志」として、ある種の親近感を覚えないワケにはいかないのである。が〜……。
  ィ世の中にはそのものスバリ「(株)便所」なんてか会社もアリラン。まぁ、そうした生活設備を扱っているようではあるが……。
  などなど、童心に帰ってのお下品噺は次回につづきまッスムニダ。
※なお、今回および関連シリーズは愛用している大韓のポータルサイトDAUM上の「DAUM地図」(グーグル地図の数倍以上は使いやすく面白い。鉄道もないがしろにされてないし。大韓限定なのが残念!)を利用させていただいております(一目瞭然ではありますなァ)。

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2018.01.04

さしあたり・・・の巻

Nenga2018

  謹賀新年。
  はたして……今年はどのような1年になりますことか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  本年も、なにとぞよろしくお願い申し上げますm(__)m

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