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2018.09.19

乗りものと「でもやるんだよっ!」・・・の巻

Denkibosatu

  ただいま国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  このところ、“しばらく読んでなかった書き手”の本を物色している。きっかけは単純で、あの推理小説の御大・内田康夫が他界されたとの報道に唖然としつつ、久々に浅見光彦シリーズなどを開いたところ、「やはり、面白い!」と再認識したことによる。
  ちょうどそのころ、ひょっとして中国福健省の山奥に沈没していたかどうかはいざ知らずだが、「バックパッカーの御大」が鉄道を題材になにか愉快なことを繰り広げていることを(いまさらながら)偶然知った。その御大・下川裕治といえば、オレのなかでは「12万円のヒト」であり、記したように「バックパッカーの御大」という認識ではあるけれど、はたして何年ぶりかという著作との邂逅である。さっそく何冊かを読みふけってみた。

  という次第で、今日は最近読んだ本のうち、そんな書き手の作品のなかから下川本のいくつかをチョイス。共通テーマは「でもやるんだよっ!」である。

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  汽車に乗ってユーラシア大陸を横断する。そんな“夢”を抱くひとは少なくないだろうし、実行に及んだひとだって案外多いのかもしれない。オレとて例外ではなく、あのシベリア鉄道からスタートして、ついでに沢木耕太郎の『深夜特急』に登場したサグレスに足を運んでみたいものだ……などと夢想したものだ。そういう意味では本書の表題にある「ユーラシア横断2万キロ」のインパクトはけっして大きくないように思うのだが、そこに「世界最悪の鉄道旅行」というフレーズが並ぶと、また別の旅が想像されてきはしないだろうか。

  本書『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』(下川裕治・新潮文庫)で著者が試みたのは、シベリア鉄道経由ではなく、中央アジアの国々から南ヨーロッパを辿るというものであった。しかも、旅の起点はサハリンの「ソヴィエツカヤ・ガヴァニ」という見慣れない地名である。なぜかといえば、ユーラシアの最東端駅と最西端駅にこだわったがゆえ。くわえて、シベリア鉄道経由では早々に「ヨーロッパに足を踏み入れたような気になる」(第1章)からと中国〜カザフスタン〜ウズベキスタン……というイカしたルートに繰り出すハメになったのである(いまひとつは、アルメニアとトルコとの間で国交正常化がはかられるとの話があり、その国境を鉄道で越えられるかもしれないとの思惑もあった)。

  はたせるかな、その旅が「世界最悪の鉄道旅行」であったかどうかは本書をお読みいただいたうえで思いを馳せてみるほかはないが、「ちょっとコレはマネするのも考えモノですなァ……」と妙な感心をしてしまった。
  たとえば、ロシア領内で国境を目前にして引き返さざるをえなくなったり、そのあおりもあって厳格このうえないロシアのビザが切れてしまい「オーバーステイ」状態に置かれたなど、著者お得意のといおうか、著者自身が抱え込んでいる「星」あるいは「因果宇宙」がそこここに展開しているのたからタマラナイ。そんな自ら好んで「ババ」を引いたかごとしの旅は、まさに「でもやるんだよっ!」の体現なのではないかと思うのだがいかがだろうか。

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  一方、横断があるのだから縦断もというのが御大の御大たる所以だともいえる。
  本書『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』(下川裕治・角川文庫)では、シンガポールを起点にマレーシア、タイ、ミャンマーと北上、雲南省から中国を北上しウランバートル、モスクワ、サンクトベテルブククを経てムルマンスクに到達している。

  じつはこのネタ、オレも思いついていた。
  昨年7月にバンコクからシンガポールまで汽車で南下したさい、マレーシアのジョホールバルがユーラシア大陸最南端であることにいまさらながらに気がついた(それまでコモリン岬が最南端だと調べもせずに思い込んでいたのだ・笑)。最南端とくれば、ペアになるべきは最北端である。東南アジア諸国と中国との間をいかに越えるかという問題はあるにせよ、北京〜モスクワ間を1本の長距離列車でクリアできるなど、難易度はさほど高くなさそうだ。さすればあとは費用とその後の問題である。などと企画室(トイレ)で地図などを開きつつ考え込んでいたのだが、考えることはみな一緒……というワケのようだ。

  しかし、ミャンマー縦断やモンゴルでのくだりをはじめ、全体に「でもやるんだよっ!」の気概を覚えつつ面白く読めたものの、「横断」と比べるとだいぶ薄味に感じられた。ひとつには、著者お得意の(?)「国境越え」が中盤以降になかったこともあるのだろう。あくまで個人的な直感ではあるけれど、「茶」がひとつのキーワードとされたのはどうだったのかという気がしないでもない。それと、前掲書(横断)で著者が語っていた「モンゴルからロシア領内に入ったとたんに、ヨーロッパに足を踏み入れたような気になる」という思いを、読者であるオレもまた、本書を通じて共有せざるをえなかったこともありそうだ。それはそれとしても、ミャンマーのボロ汽車(褒め言葉)にはグっときてしまうのだが……。

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  そのミャンマー含みの話ではあるが、「でもやるんだよっ!」という観点からすれば、この『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』(下川裕治・双葉文庫)こそがケッサク中のケッサクといえるのではないだろうか。

  タイとマレーシアについてはオレもまた全線走破も視野に入れつつボチボチと汽車旅に繰り出している。ところが、仕事ということになるとこの2カ国の鉄道ではインパクトや需要に欠けるということなのだろうか、某社編集長のMさんより以下のアドバイスをいただいた。
「ミャンマーの鉄道なら書籍の企画として通りやすそうなのですが……」
  もとより、一度ぐらいは乗ってみたいと思っているミャンマーの鉄道である。そうとくればタイとマレーシアの完乗を後回しにしてでもミャンマーに繰り出すかと思ったのだが、やや特殊な国情もあって、“取材”となると慎重にならざるをえない。そんななか、あの「バックパッカーの御大」がミャンマーの汽車を乗り回っているということがわかったのであった。

  なにがしかの参考にもなるだろう。そんなことも思いつつ本書を読みふけった。面白かったし、参考にもなった。とりわけ、想像していた以上にあの国の鉄道が“難敵”だということがわかったという点においてだ。
  まずおののいたのは2等車の座席。座面がまんまダニの巣窟と化していたというのである。これはおそろしい。そんな鉄道だから、ほかの車両や路盤などばボロンボロンなのは容易に想像できるというものだが、それはそれで憧れてしまう。なかには車内に灯ひとつない列車もあったようで、そいつには是が非とも乗ってみたいもんだとウズウズしてしまうのであった。が〜……。

  いざ乗ろうと思うと、いくつものハードルが立ちはだかったことが窺える。まずもって現地でさえ運行ダイヤがわからない。もちろん市販の「時刻表」なんていう気の利いたシロモノがあろうハズもない。ひとに訊けばそれぞれ違う答が返ってくるし、そうしてやっとこさ判明したのは早朝3時だの4時だのに発車する1本きりという現実だったりする。
  そしてコレこそが肝心なのだが、著者が目指していた(いる?)のは全線の完乗である。ところが、いざ現地を訪れると運休していたり、運休ないし廃止されたと思い込んでいるといつの間にか運行が再開されていたりもするのだからイカしているではないか。曰く……、

>廃止区間の全容がなかなかわからないというのに、その一方で新しい路線もできている。

  というワケだ。つづけて、著者はこんなたとえでそのザマを語っている。

>永遠に数えられないもの、という話を思い出していた。
「巨木の葉の数である。一枚、一枚数えていくうちに、枯葉になって落ち、そのうちに新しい葉がうまれる。永遠にその数を数えることができない」
  インドで生まれた話だった気がする。ミャンマーの列車の路線は、永遠に数えることができないのかもしれない。(第2章)

  う〜〜〜む……。しかし待てよ。コレに似た話がどこかになかったか?  思案することしばし、「あっ(笑)!」と思い出したのがあの「しおさいの里」である。
「しおさいの里」とは、一時テレビのワイドショウなんかのネタにされたらしい(そのテのテレビ番組はさっぱり見ないのでわからないが)し、冒頭のカバー画像の本(『電氣菩薩《上巻》豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)などで特殊漫画家・根本敬がなんどかリポートしているのでご存知の方も少なくないであろう。

  ごく簡単にいえば、棄て犬や野良犬を保護してきては自力でその面倒をみていた“イイ顔”のオヤジHさん(故人)が営んでいた大事業の話。善意ではあったのだろうけれど、いかんせんシロウトである。なけなしのカネと手間をかけて避妊手術もしていたそうだが、1、2頭に避妊手術を受させるその脇で別の数頭が交尾していたりするんだから出口など見えるハズもないのであった。

「ぁあ、ミャンマーの鉄道というのは(ボロボロの汽車にダニが涌いていたりするのを含め)こういうものなのだなァ……」
  と感心させられたのであった。

  ちなみに、今回のキーワードである「でもやるんだよっ!」はそのHさんが語ったセリフなのだが、それを指して根本敬曰くの「無限の大事業」は「しおさいの里」だけでなく国家レベルでミャンマーにもあるということのようだ。おかげでますますソソられてしまったのであるがо(^ヮ^)о

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  まぁ、こんなんだって「でもやるんだよっ!」なんだろうねぇ。というのが、本書『格安エアラインで世界一周』(下川裕治・新潮文庫)である。
  内容はそのまんま。LCCにこだわって北半球をひとめぐりしたというその旅行記だ。ちょっと航空に詳しい方なら「あれ?」と気づくかもしれないが、LCCの運航がない北米〜日本間はやむを得ずフルサービスキャリア(FSC)のシンガポール航空を使っているし、著者自身も指摘しているように区分けのあやふやなエアラインが行程に含まれている。
  それはともかく、関西国際空港を起点にフィリピン〜マレーシア、シンガポール〜インド〜シャルジャ〜エジプト〜ギリシャ〜イングランド〜アイルランド〜アメリカ合州国〜東京と回っての飛行機代が21万9228円。この原稿を書きながらほぼ同じルートによるスターアライアンスの世界一周運賃を調べてみたところ総額で49万7561円(航空券:35万8900円+燃油サーチャージほか13万6561円+手数料2100円)なので、FSCオンリーの半額以下になる計算だ(とはいえ、機内での飲食代や飛行場の移動などLCCならではの諸経費がほかにこまごまかかっている)。

  だが、同じ「格安」(あるいは激安)旅行でも、陸路をゆくバス旅や汽車旅のようにはソソられないなァ……と思った。
  かねてから思っていることだけれど、汽車はボロかったり極端に古かったりするのもまた楽しみ。とりわけ旅先での「どん行」はそうである。それゆえに、タイのどん行旅などを楽しんでいるのだが、一方で寝台車と客船、旅客機は上等なのがええなぁ……というのも本音にはある。極端にいえば、旅客機のファーストクラスでどこぞの外国にでも繰り出し、そこでボロボロのどん行列車に乗る。そんな旅だってアリだと思っているのである。

  一方、LCCはどうだろう。本書でも狭い座席や退屈すぎる道中がボヤかれているけれど、そういった点を含め、1〜2時間程度のフライトならともかく、使うとしても値段だけで判断したくないという気がする。サービスやアコモデーションは会社や機体によってもだいぶ異なるようだが、「バス感覚で飛行機を使いたいとき」と「旅立ちの足として飛行機を使いたいとき」など、利用する側それぞれの場面というものは無視できないであろう。運賃が安いのはたしかに魅力だが、利用するエアラインを選ぶにあたり、それと同等に重要なことがらがほかにあるのではないかと思うのである。

  くわえて、本書でも語られているように、LCCだからといって、必ずしも運賃に割安感があるワケでもない。たとえば、本書の旅では関西→マニラ間でLCCのセブパシフィック航空を利用、運賃は2万4286円である。LCCの場合、割安に片道購入がしやすいという利点はあるが、仮にこの運賃で往復したとすれば4万8572円。試みに「スカイスキャナー」でひと月先ぐらいの運賃相場をチェックしてみたところ、セブパシフィック航空が4万7167円、FSCのフィリピン航空で4万5890円という数字が出てきた(ともに最安値)。いうまでもなく、フィリピン航空の運賃は機内飲食代込みで通常の旅行程度であれば荷物代加算の心配はない。
  もちろん、キャンペーン運賃など激安で利用できるケースもあるとは思うけれど、必ずしもおトクとは言い切れないのがLCCなのではないだろうか(しかし、FSCでもバーゲン的な運賃が売り出されることもある。ゆえに一般に使われている「格安航空会社」という呼び方は個人的には一切しない主義)。
  ただし、欧米などでの利用価値は高いようだ。また、急な航空利用では心強い見方となるハズだし(当日購入でも比較的安価)、行程によっては有力な選択肢だろうとは思うのだが……。

  話を本書に戻すと、旅のトリを迎えたロサンゼルス(ロングビーチ)を舞台に、ちょっと興味を覚える記述がある。

>ビールを買った。キャッシャーがいるボックスは鉄格子に囲まれていた。(中略)フィリピンのアンヘラスを思い出した。今回の旅で、はじめて泊まった街だった。その街の雑貨屋も、鉄格子で囲まれていた。LCCで世界をまわり、再び大平洋を眺める街まできたが、大平洋を挟んだふたつの土地は、鉄格子に頼らなければ、店を開けることもできなかった。アメリカとフィリピン……。(第6章)

  くわえてオレは思った。裁判も経ずに官憲から銃殺されかねないというのもこのふたつの国の共通項ではないか……と(ついでにいえば──著者は言及してないが──フィリピンのアンヘラス〈アンヘレス〉とロサンゼルスはどちらも「Angels」、すなわち「天使」。旅の出入口がともに同意のスペイン語由来地名を持つ街だっというのも、偶然だが面白い)。

  それにして、も。そこに本を書くという目的はあったにせよ(もちろんこうして読者もいるのだから価値は高い)、著者ともども3人の旅人はいったいぜんたいなにがしたかったのかと素直に思った(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)。それもまた旅の楽しさのようにも思うワケだが、やはり根底には「でもやるんだよっ!」のひとことがあったような気がしてならない。ふとした思いつきに対し、己の「星」にしたがって「ケリ」をつける。それはとても大切なことのように思うのだが、どうだろうか?

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  今回の共通テーマからはちょっと外れるが、一連の下川本随一の良著として推したいのが本書『日本を降りる若者たち』(下川裕治・講談社現代新書)だ。画像の「オビ」にもあるとおり、外国に自らの居場所を見い出してしまったひとびとを追ったリポートで、その暮らしぶりや背景を静かにあぶり出した1冊である。
  なぜかと訊かれてもうまく答えられないのだが、ちょっとばかりゾっとした。その一方である種のもどかしさを覚えたりもする。いろいろな視点で考えさせられる本だと思った。正直、なかには「大丈夫か、コイツ?」と思わせる人物についても(本書に限らず)語られているが、その多くを“脳天気”と単純化することはできなかった。

>『日本を降りる若者たち』という本をめぐり、多くの取材を受けた。新聞や雑誌にも書評が載った。その多くが、「この若者たちはこれからどうなるのか」という外こもり批判に傾いていた。働かない若者への戒めの言葉が踊っていた。その背後には、「働きもせずにふらふらと生きる脳天気な若者」という認識が潜んでいた。(前掲書『格安エアラインで世界一周』第4章)

  じつは、この一文が呼び水となって本書を手にしたのだが、実際に読んでみると、オレにはむしろそれら「書評」の書き手の“能天気”ぶりががうやらましく思えてしまったものだ(肝心の「書評」そのものを読めば異なった感想を持つかもしれないが)。たしかに「外こもり」とされるひとびと(若者とは限らない)から、世間の“常識的”な枠と相いれづらいと思わせる一面を窺わせることがある。だが、「働きもせずにふらふらと生きる脳天気な若者」などとあっさり型にはめていいのだろうかという気がしてならない。

>南北格差は、地球規模の経済問題になって久しいが、いま北に広まりつつある格差社会についていけない人々が、南の国々に救われていくという構図が生まれているような気がする。厳しく不寛容な色合いを強める北側の社会のなかで(以下略)

  著者が「おわりに」で記したこのくだりを、自らと完全に切り離すことができると言い切れるひとは、はたしてどれほどいるのだろうか……。

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  おまけо(^ヮ^)о
  知るひとぞ知るというか、ある意味で“都市伝説”と化しているかもしれない「GON!」(ミオリオン出版)。当時、コンビニかどこかで偶然にコレの創刊号に遭遇、そしたら、当時の上司I氏があるときこんなひとことを……。
「そういえば、お前が好きそうな雑誌をみかけたぞ」
「……ひょっとしてコレではありませんか?」
「そうそう、コレコレ。なんだ、もう買ってたのか(笑)!」
  などと尊敬する上司(思えば上司や先輩などに恵まれていた会社員時代であった)をウレシがらせてしまったものだ。

  内容は表紙をみればだいたい想像がつくことでありましょう。当時は単に大笑いしていたにすぎないけれど、まがりなりにも出版界の片隅に棲息するようになってみると、よくもまぁこんなに大変な雑誌を毎月出していたものだと真剣に感心させられてしまう。おそらく編集部は完全な「タコ部屋状態」だったのではないかと想像するが、本格的な気力勝負でもあったろうねぇ……と思うのだ。言い換えると、コレもまた「でもやるんだよっ!」なのである。

  ところで、左側に「合法ドラッグ」がどうしたのという見出しがある。いうまでもなく近年になって「危険ドラッグ」と言い換えられたアヤシイ薬物のことで、当時はかなり野放しに近い状態であったようだ。個人的にはそのテの薬物にはさっぱり興味はないのだが、当時からこれは「合法」なんじゃなくて単なる「脱法」だろうと思っていた。言葉が違うだろうと。転じて、いまになって思えばその「脱法」。まさにわが国のさまざまなザマにふさわしい言葉とはいえまいかと思う。あのケーセッキアベ(개새끼아베。アベキンペーでも可)の政治手法しかりetc.……。つまりは、わが国にはこんな「合法ドラッグ」云々なんてなシロモノがはびこるにふさわしい土壌があり、いまなおそれは変わっていないということなのかもしれない(「法の隙間」というのはよしにつけあしきにつけあるものだが、「寛容」と「脱法」とはまったくの別問題だと考える)。

  ……という次第で、じつはほかにも何冊か表紙カバーをスキャンしておいたのだけれど、長くなりすぎてしまったので、つづきはまたの機会にしとうごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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