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2018.05.28

いやぁ〜んと恐怖・・・の巻

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  ニンゲンが布団なりベッドなりで寝るのは、ひょっとするとネコと共通する本能かのかもしれん……と思ってみた初夏のあるィ夜。

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  で、ただいま国外逃亡中であります。
  それはいいとして、こんなちょびの寝顔を見てると出かけるのが余計に億劫になっちゃうんですよね(じつは、出がけは常に億劫なのであった。玄関から門を出てしまえばどうってことはないのだけど)。
  たとえば、メシ──このごろ「黒缶クラシック」がお気に入り。でも、いつもまとめ買いする某ドラッグストアや楽天市場では扱いがなくて、近所のセフンイレブンに細々と置いてあるのみなのが困りもの──をあげて、そのまま2階に上がってしまうとどうなるか?  食べ終わるや、階下から「にゃ、にゃ」「にゃーにゃー」と呼ぶ声が聞こえてくるんですよ。ネコに慣れたひとはわかると思うけれど、はぐれた母ネコを呼ぶ声色と同じなんです。こりゃぁ、ただでさえ億劫だっていうのに、なんだって留守にせにゃならんのかという気になっちゃいますよねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  閑話休題。
  音楽は貴重な道楽。ゆえにときおり極私的感想やらウンチクなどを傾けたくなってしまう。で、今回のテーマは「いやぁ〜ん♪」。
  以前に、クラシック音楽をネタにそのカッチョよさにシビレるといった話をしたけれど、「カッチョイイ」と並ぶ重要な要素がこの「いやぁ〜ん♪」なのであった。

  たとえばこの矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」。学生のころから親しんできた曲だが、久々に引っぱりだしたところ、あらためてシビレてしまった(カップリングされている「チェロ協奏曲」もイカしているし、尾高尚忠の「フルート協奏曲」は素晴らしき名曲だ。↓上記アルバムとは関係ありませんが……)。



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  こちらは同じ曲のほか同じ作曲者による「2本のフルートとピアノのためのソナタ」と「ピアノソナタ」を収録。いずれもカッチョイイ作品だ。

  学生のときはじめてこの「ピアノ協奏曲」を聞いたとき、まさにこりゃぁカッチョイイ是とシビレたものだったが、それから四半世紀以上が過ぎてみれば、「いやぁ〜ん♪」と身をクネらせてしまうのである。

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  しかし、なにがどうなると「いやぁ〜ん♪」なのかと訊かれると、じつは明確な回答ができるワケでもない。あくまで主観というか感性、さらに相性の問題だからだ。だが、あえてひとつだけ要素を挙げてみるとすれば、構成の妙や音の緻密さを無視することはできないように思う。とはいえやはりそれをもって「いやぁ〜ん♪」を語ることはできない。やはり学生のころに発表されるや聞いておったまげた佐藤眞(あの「大地讃頌」の作曲者)の「ピアノ協奏曲」はいまでもときおりCDを取り出すが(なぜかスコアまで持っている)、「いやぁ〜ん♪」と思ったことはただの一度もない。カッチョイイとは思うのだが不思議なことである。

  本来ならば、譜例などを示しつつたいして意味もないウンチクでも傾けたいところだが、コレを書いていつつ取材旅行の準備やら進行中の受け仕事やら帰国後の仕事の仕込みやらでてんやわんやで、そんなのを言い訳にしてあっさりと済ませてしまうことにした(わかるひとにはある程度は伝わると勝手に信じているし……)。

  それにしても、三つ子の魂なんとやらというけれど、この調子でくたばるまでゆくのであろう。音楽のある暮らしというのはいいものである。

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  そんな矢代秋雄の話をしていたところ、吹奏楽の世界では定番の作曲家だということを友人のラッパ吹きMが教えてくれた。オレ自身は吹奏楽の経験はないが、この歳になってもそういう話は新鮮だ。Mがかつて──東ドイツ時代に──留学していたベルリンあたりの居酒屋を根城に、そんな話題で盛り上がりたいものだと夢見る中年男であった……。

  ところで、「いやぁ〜ん♪」とシビレつつある種敬愛の念を抱いている矢代秋雄だが、学生のころ縁あった音楽家がその弟子であり、オレにとっては矢代がココロの師のようですらあった。とはいえ矢代が亡くなったのは1976年。面識などあるワケもない。が〜。上に挙げたCD(グレーの盤)に作曲者による短い解説音声と作曲家・三善晃との対談音声が収録されていて、その話に接することができる。いうまでもなくはじめて耳にした話し声ではあるのだが……、なんと、オレがこの世でもっとも軽蔑する男のそれにどことなく似ているのにショックを受けた(矢代に対して甚だ失礼なことだとは思うが)。声色もだが、ブレスというかアゴーギグというか息遣いがまたちょっと……。いうまでもなく喋っている内容はそのレベルからしてまったく異なるのだが(本質的な意味で)。でもなァ……。

  ところで、忌み嫌うことの常套句に「蛇蝎のごとく」というのがありますね。でも、オレ個人は別にヘビを嫌ってはいないし、サソリには出くわしたいとは思っていないだけで嫌悪感などは抱いていない。いわんや侮蔑なんぞこれっぽちもしていない。言い換えるとこの「蛇蝎のごとく」というのはヘビやサソリに対し失礼ではないかと思うのだ。そこで言い換えることにした。「アベアソーのごとく」というのはいかがだろう。ぁあ、蛇蝎とくらべるとあまりにも矮小ですな、その存在が。

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  コレは「いやぁ〜ん♪」なDVD。なにしろ、題からして「THE WAR SYMPHNIES SHOSTAKOVICH AGAINST STALIN」だからねぇ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  ショスタコービチについては、このブログでもなんどか取り上げてきた。ことに「交響曲第8番」は極めつけのお気に入りで、掛け値なしにカッチョイイと聞くたびに感じ入る(もっとも曲の背景を察すると「カッチョイイ」などと片づけるべき曲ではないのだが、つまりはこの盤で主役的な位置づけとなっている)。だが、その一方で「いやぁ〜ん♪」とはちょっと異なるように思うのだ。では、ショスタコービチの「いやぁ〜ん♪」とは?



  その1例として筆頭に挙げたいのがこの「交響曲第4番」である。

  上のリンクをお聞きいただければと思うが、出だしはかなり明解な印象を伴うカッチョイイ系だ(ピアノソロで弾くとコレまたカッチョイイ)。だが、この明解な出だしのテーマはハッキリとした形で再現されることはなく、曲はその印象とは異なる世界へと邁進してゆく。



  やや謎めいた世界を提示しつつ、終楽章のコーダにあたる部分は壮大なトゥッティーで幕を開ける。だが、曲は“大団円”を拒むかのように不安な予言の世界へと収斂されてゆくのである。そのコーダを切り抜いた上のリンクはぜひお聞きいただきたい。こんな「いやぁ〜ん♪」な顛末はあるだろうか?

  この曲には、初演を目前としてショスタコービチがその演奏を取り止めたというエピソードが残されている。スターリン政権下である。芸術までもが政治的に利用されていたなか、この曲そのものが我が身に危険を及ぼす可能性を慮ってのことだったともいわれているようだが、「いやぁ〜ん♪」の本質に極限まで迫った顕著な作品でありエピソードだともいえる。

  ところでこの曲、ジャーナリスト萩原遼が『朝鮮戦争金日成とマッカーサーの陰謀』(文春文庫)などで引用している詩(黎明図=여명도)の印象と重なるような気がしてならない。

    陽が昇る空に/동이 트른 하늘에
    カラスが舞い/까미귀 날아
    夜と暁がきわだつころには/빛과 새벽이 갈럴 무렵이면
    (中略)
    昇る大陽とともに/떠오는 태양  함께
    血を吐いて/피 토하고
    死にゆく男の微笑が/죽어가는 사나이의 미소가
    美しい/고웁다

  (前掲書21・22ページの著者訳引用に別途韓国語原文を併記)

  詩は日本統治からの解放後、元山(北朝鮮)で暮らしていた詩人・具常(구상)によって綴られたものである。この詩によって書き手は金日成政権下で死の淵に立たされ(凝香事件=응향사건)、のちに38度線を越えて韓国への亡命を果たした。

  詩の引用に続く著者の感想……。

  詩人のおそろしいほどの直感力と洞察力。同族どうしで殺しあった朝鮮戦争すらすでに予感しているではないか。読み終えて私は戦慄した。(23ページ)

  日本統治からの解放を韓国「光復」と呼ぶが、北朝鮮でもそれは同様だ。しかし具常は萩原にこう語っている。

>「しかし、北韓の暗い現実を救う道は、なにかもうひとつの新しい力がでてこなければならない。大光復がなければならない」(25ページ。太字は引用者による)

  これは、革命によって帝政ロシアを倒したロシアのひとびとにとっても同様だったのではあるまいか。ひょっとするとわが国にとっても……?



  話を戻して。しかし、そんななかで「いやぁ〜ん♪」が際立つのは、上にリンクした第1楽章半ばで展開するプレストのフガートだ。仕事のBGMにしているときも、ココに差しかかるとつい手が止まってしまうが、こうしてココだけを切り抜いてアップしているひとがいるところからすると、同じような思いを抱いているひとは存外少なくないのかもしれない。



  いまひとつ曲例を挙げるとすれば、同じ作曲者による「チェロ協奏曲第1番」もその典型。

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  ところで、先だって敬愛する小説家のひとりである内田康夫が他界された。近ごろはやや作品から遠ざかっていたものの、ひところは熱心に読みふけったものである。逝去の報道に接し、久々に手に取ってみたのがこの『靖国への帰還』(講談社文庫)であった。

  物語は、大平洋戦争末期の日本国空軍、その航空隊員である主人公の日常からはじまる。内田特有ともいえる女性像も描きだされつつ、主人公が(少なくとも内田の愛読者にとっては)「あっと驚く」運命へと翻弄されてゆく。推理小説をメインとしたなか、貴重なファンタジー作品として世に残された1冊である。

  だいぶ前の話になるが、出版関係者を中心とするとある集まりで小さな講演会に出席したさい、壇上に立ったジャーナリスト・辺見庸がわが国における戦時中に生きたとある書き手について触れた。
  あらゆる表現や思想が国家によって制限されていた時代である。そんななかでたとえば“反戦”を表現する。その書き手は言葉をどこまでも柔らかく噛み砕き、さらにオブラートに包んだ。しかしそこには抵抗があった。そうして短い一文が朗読された……。

  古い話ゆえ、詳細なところまでは覚束ないが、そうまでして意志と表現とを貫いた書き手とそうせざるをえなかった世の中。これは恐ろしいことなのかもしれない(この講演会の時代は「自己責任」云々と殺伐としていたコイズミ政権下にあった)。
  そこで、一見すると正反対に解釈されたかもしれないがといった話があったかどうかは思い出せないが、直感して連想したのは、ショスタコービチの「交響曲第5番」であった。スターリン政権から批判を受けたのちに発表したこの曲で、体制下の“名誉”は回復されたともいう。なかにはあの壮大な終結をさして「革命の栄光とともに曲を閉じる」などといった解説すら目にしたことがあるが、真相はまったく逆であり、ショスタコービチは決して政権におもねってなどいなかったというのである。辺見によって紹介された一文から、ふとそんな連想を抱いたのであった。

  そして、この内田康夫の小説からも、それらと同じ意志を感じ取った。
  おそろしいことだ。
  だが、あえて「いやぁ〜ん♪」とおどけておこう。優れたエンタテイメント作品への敬愛の念として……。

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  ウチの子ちゃん。

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  いやぁ〜んなキャワユさでしょо(^ヮ^)о

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2018.05.22

しゅぽ、こらじはごぬん・雨の東海岸編・・・の巻

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  現場は三陟。その名も「中央スーパーマーケット」。しゅぽ(슈퍼とすぽ(수퍼)が混在しているのはよくある話だが、マーケットの「ット」の部分にあたる看板のハングル(케+ㅌ)はわが家のMacでは入力不可(ついでに電子辞書でも同様。ウィンドウズでは入力できたが……)。
  どうでもいいといえばいえるけれど、しゅぽのフルネーム「しゅぽまけっ」は一般には슈퍼「마켓」。アウトにあたる「아웃=アウッ」と同じノリだが、ローマ字をそのまま充てるとそれぞれ「makes」と「aus」。この店の看板に沿えば「maket」となるのでこちらのほうが正しいというか“近似値”のように思うのだが、まぁこんなくだらないことにアタマを悩ませるほうがどうかしているのであろう(笑)。ちなみに、タイ語では地名ひとつをとってもその場しのぎとしか思えないように綴りが混沌としているといった話を聞いた。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  あの「ソンウ理容院」のほど近くにある「トンチュンしゅぽ(동춘슈퍼)」。トンチュン(ドンチュン)といえば、なにをさておいてもあのケドンチュン(계동춘)。ドラマ「いかさま師(타짜)」の影の主役というか、チャンヒョクやハンイェスルら若手主演陣らの存在感を、ベテラン親爺軍団たるキムガプス(アグィ)やチョサング(ケミワン)とともに喰いまくってしまったそのひとりである。

  そのケドンチュンを演じたチャンウォニョンにはその当時からシビレていたが、日本でも人気を呼んだドラマ「ベートーベンウイルス(베토벤바이러스)」の主役・カンマエを演じたキムミョンミンと人気というか話題を二分していたほどの役者だということを、はたしてどれだけの日本の“韓流ファン”がご存知だろうか?
  ケドンチュンは悪役アグィの手下にしてもちろん悪役ではあるが、当時の大韓では「キャッワユィ〜♪」と話題を集め、ネットの検索語ランクでキムミョンミンとトップを争っていたほどだったというのである(本当。しかしチャングンソクの立場やいかに?)。で、その記念すべきトンチュンの名を冠したしゅぽがコレというワケですね(両者には関係はないと思うが・笑)。

  ちなみのこのヒトですYOо(^ヮ^)о
とんちゅなことチャンウォニョンインタビュ〜!

  かん高いお声がチャーミング。昨年、目出たくも御結婚なさったという。축하예요〜!

  それはそれとしてあのドラマ(いかさま師)。コニ(チャンヒョク)とナンスク(ハンイェスル)とが恋人同士だったりするのだが、オレだったらその顛末はつぎのようにしたことでありましょう。

とんちゅな「ナンスク、行こうか」
  踵を返すように立ち去ろうとするとんちゅなとナンスク。コニ、なにが起きているのか理解できない。
コニ「……?  ナンスク?  どこに行くんだ?」
ナンスク「ごめんね。コニ……」
  手を出し合うとんちゅな&ナンスク。じつはふたりはいつの間にか愛しあっていたのである。哀れみのまなざしでいまいちどコニを見つめ立ち去るナンスク。その隣でほくそ笑むとんちゅな。めでたしめでたしわっははははははド〜〜〜ン!

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  ソウル駅の裏側には庶民的な街並が広がっていて好もしき雰囲気。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  モア(모아。「集める」といったニュアンスの大韓語)コンツェルンか?

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  雨にけぶる白岩温泉。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  三陟に向かうバスの車内からパチリ。「슈퍼식당(しゅぽシッタン)」ってのは、「スーパー食堂」なのか、はたまた「しゅぽ」と「食堂」ということなのか……?  わりとポピュラーな物件ではある。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  三陟駅前の大通りから撮影。大通りとかくれんぼしている控えめなしゅぽである。

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  슈퍼 꼬라지 하고는〜♪

  今回のしゅぽ大賞。現場は正東津。
>(前略)たれ流してスッキリして出てくると、原料をまた補いなさいといわんばかりにキオスク陣取る(『定本・ディープコリア』青林堂ほか)
  という世界。だいぶスッキリとしたたたずまいではあるが。それにしても、正東津にはなんども訪れているので、こんなにイカした物件を見落とすハズもないのだが……。そこで、帰宅してからDAUM地図をチェックしてみた。

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  そしたら、2015年5月の段階では「しゅぽ」の看板はなく、かわりに「割引売場」とあったようだ。これでは素通りしてしまっていても仕方がないと納得。ちなみに「메장(メージャン)」は素直に見れば「売り場」ではあるけれど、「故売」の意味もあるらしい(笑)。

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  2010年6月。よくよく見れば「正東津砂時計割引売場」とある。「砂時計」とはいうまでもなく大韓ドラマ史上伝説の名作「砂時計(모래시계=モレシゲ)」のことである。
  じつは、この春に久々にDVDで鑑賞したのだが、やはりココロに染み入ってくる傑作だと再認識した。

  いまでこそ国際的に知られる観光地である正東津だが、かつては最果ての……とはいかないまでも寂れた漁村のひとつにすぎなかったという。その運命を変えたのがドラマ「砂時計」だったワケだが、かといってこの地の場面が大仰だったということでもなく、いわんやロマンチックな場面で登場したということでもない。
  父親への反発などもあって学生運動に身を投じていたヒロインのヘリン(コヒョンジョン)。当局による弾圧から逃れるべくうら寂れた漁村に逃れていたものの、ひょんなことから当局に目をつけられてしまう。そして身柄を拘束されたその場面が、ほかならぬ正東津駅だったということなのだ。時間にしてほんの2〜3分程度のシーン。言い換えると、たったそれだけのシーンが、正東津を著名観光地へと変貌させるきっかけとなったのだから運命というものはわからない。

  そんな海辺の町・正東津。そして海辺の駅・正東津駅。その海原を目前にした吹きさらしのホームの印象は場面背景とともに胸に迫るものがあるが、現在の正東津にそれを結びつけるのは難しくなってしまったかもしれない……。



  ▲ドラマ「砂時計」オープニング。グっとくる味わいだ。



  その「砂時計」でたびたび使われている音楽にドミトリー アレクサンドロビチ ホロストフスキーが歌う「白鶴」がある。こちらも名曲ではあるが、残念なことに「砂時計」のサントラ(OST)CDには収録されていない。で、ふとした思いつきでネットを検索したところ、これまたシビレてしまいMASITAというのが上の動画である(Сranes /Zhuravli : Dmitri Hvorostovsky/2016)。

  ところで、「白鶴」とアタマで理解していたものの、まっ先に検索画面に打ち込んだ文字は「SUWAN」。いうまでもなくこれじゃ「白鳥」だ。ゆえに出るべきものがヒットしない(あたりまえ)。単なるウッカリではあるけれど、ふと思った。SUWANに単数形の冠詞をつければ「A SUWAN」。にゃるほど、あの「アスワンダム」の「アスワン」と同じ綴りではないか。ということは、「白鳥の湖」というのはアスワンダム湖のことだったんですなァ……と気づき、さっそく調べてみた。

>チャイコフスキーの代表作のひとつとして名高いバレエ音楽「白鳥の湖」(中略)ドイツの童話『奪われたベール』が創作の下敷きにされたというのが定説だが、近年、これに異を唱える動きもあり、学会でにわかに注目されている。トルクメニスタンの音楽研究家・アリラン ナシモフによれば、ナイル川のアスワン湖の情景からチャイコフスキーが物語の想を得たというのである。(『バレエ〜その物語の地を歩く』アイボー グッドフェロー著・加賀太訳/深韓書院・2016年)

  はたして真相やいかに(笑)。

  という次第で、大韓散歩2018年春の陣でごぢいMASITA。

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2018.05.16

不定期連載・くむじや〜第11話・・・の巻

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  車庫前駐車禁止(차고앞주차금지)。
「くむじ」の基本形にして優秀作である。
  あれこれ地面に書き重ねた跡が見てとれるのもイイ味わいだ。

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  上水道のマンホールにもちゅ〜ちゃくむじ。

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  こういうところにタバコの吸い殻を捨てるヤツは、国を問わずにいるということなのであろう。

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  捨てるなと言っているそばから捨ててある。

  喫煙問題云々が深刻ということなのかはたまた過剰反応なのかはともかく、大韓ではたとえば「KーPOP」などでも歌詞にタバコや酒などが出てくると「成人指定」にされてしまうという。
  いつだったか、「宮崎アニメ」のなんだったかが大韓でテレビ放映されていたのはいいとして、タバコにモザイクがかけられていたのには「ちょっとやりすぎでは?」と思ったものだ。件の場面は、自宅でタバコをくゆらす亭主に対し女房が「やめてくださいよ」とたしなめるくだりではあったのだが……。

  ところで、正月だったかテレビでアニメ「君の名は。」が放映されたので録画して2度ほど見てみた。話題作であるのは知っていたものの、学生のころはともかくアニメとは縁遠くなっていたこともあり、じつは見たのは今回がはじめてである。面白いし「巧い!」と何度も唸ってしまったものだ。ぜひ映画館で見てみたい。きっと大迫力な画面にもシビレるに違いないと思う(とはいえ、正直なところ音楽は好きになれなかったしなれそうにもない。だいぶ前に大ヒットした某シリーズものを見てみたさいに音楽だけがステキだと思ったのを思い出す)。それはともかく、テレビ番組のスポンサー(映画そのものもか?)がJTというタバコ屋であることにはやや違和感を覚えた。

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  コレもベーシックな作品。

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  わが家に灯油用ポリタンクがふたつあるので、せっかくだしデザインし(書き殴るともいいますね)てみようかしらんо(^ヮ^)о

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  もともとそのテのステッカーが貼ってあったハズだが……。これもわりとみかける傾向の作品だ。

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  コレはアートではないが、現場があの「ソンウ理容院」(前回参照)だという点がポイント。

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  他人の家の門前にわざわざ駐車するヤツがいるのかと思うかもしれないが、こうして「車庫前駐車禁止」とある以上は酷い目に遭わされたことがあるのかもしれない。ソウルの道路事情を物語るひとコマという見方もできましょうか。

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  無断横断くむじ(禁止)。
「これから横断しますヨ!」
  と断わればよかんべぇと小学生並のリアクション。

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  正東津駅前のしゅぽ前。

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  いうまでもなく、被写体は「ミスターフレッシュ」ではなく「ちゅ〜ちゃくむじ(주차금지)」のほうである。てか、こんなところに駐車(?)してていいのか?

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  路面も油断大敵。

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  三陟駅前駐車場にも「ちゅ〜ちゃくむじ(駐車禁止)」。

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  ようは乳母車(ベビーカーなんぞどいう植民地根性用語は使わんゾ!)などを載せるなということで主旨は理解できるのだが、コレと類似のブツが成田空港駅(JR・京成とも)のあちらこちらに林立しているのは正直邪魔でしょうがない。駅員に訊ねたところ、スーツケースなどに対し注意を促しているとのことだが、成田空港ともなれば大型の荷物を手にした乗客はけっして少なくないハズで、注意は注意としても、迷惑に思っているひとは多いのではないだろうか?  設置している側もそう深く考えているとは思えないし(一方で自動改札レーンの幅を広げるといった気配りをしていたりもするのだが……)。

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  コレもステキな作品。「상가앞(サンガアプ)」とあるのは「商家前」の意。どことなく大韓時代劇っぽくてイイではないかと思うが、同音異義に「喪家」(前)というケースもある。そんな「喪家前」にコイツが立っていたらさらに点数アップしたのだが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

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  本体が朽ちても「ちゅ〜ちゃくむじ」は残りそうな気配。

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  蔚珍バスターミナルにて。「현수막부착금지(ヒョンスマクプチャッくむじ)」ってを直訳すると「横断幕付着禁止」。言われてみれば、こうしたフェンスや壁などは、大韓の“街の社長たち”にとって格好の宣伝媒体ではありますね。

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  スズメがきゃわゆい♪
  ところで、この現場の蔚珍(울진)は「ウルチン」と読む。ところが、現地などでみかけるローマ字表記は「Uljin」。摩訶不思議。こういうのはけっして少なくはないのだが。

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  ちゅ〜ちゃくむじと双璧をなす路上アートの華「소변금지(ションベン禁止)」だが、いざとなると作品に巡り会う機会は少ない。が〜。そりゃいいとして、イラストにはションベンだけじゃなくでかいほう(대변)も描かれていますなぁ。ケンチャナヨ!
  なぜか、つづく(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2018.05.10

数年越しの邂逅?・・・の巻

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  ソウル駅。そういえば、こちら側からしげしげと眺めた覚えがないなと思った。駅前に「安全輸送」の石碑。大韓で漢字教育を受けていない世代がその意味を理解しているかどうか気にならないでもないが。

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  大韓的風景ココにアリラン。

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  雑然と見るムキもあるのだろうけれど、オレはけっこう好きなのである。こういう風景が。

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  そんな街を歩いたその目的地。この성우이용원(ソンウ理容院)は、なにかの調べものをネットでしていて偶然に発見したステキな物件。かすかに室内の蛍光灯の灯がもれているように、もちろん現役の床屋である。

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  このあまりにもシブイ出で立ちにグッときたのは言うまでもない。そのときは、さっそく訪れてみるべぇと思ったが、ソウル駅から徒歩圏内(路線バスを使ってもいいが)という地の利のよさが徒になり、ついつい後回しに。かれこれ3〜4年越しにてやっとこさやってきたというワケでごぢいます。
「帰国したら運転免許の書き換えはあるし、散髪してもらうのも面白そうだ」
  と思ったが、すでに先客があったので、眺めるだけで退散。
  それにしても、こういうイカした物件が、それもソウルのど真ん中にあったりするのも大韓、あるいは都会の面白いところではある。

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  おっと「宇宙ロイヤル(우주로얄)マンション」(春の楽しい地名遊びо(^ヮ^)о宇宙編の巻参照)。

  慶州付近の車窓で遭遇したこの集合住宅、大韓では珍しく「マンション」となっている。大韓では高層の集合住宅が各地でエノキダケのごとくニョキニョキと生えているが、それらの多くは「アパート」を名乗っており、本来の意味からいえばこれが正しいハズ。

  どういう次第か、わが国ではちょっと値段の区分が高くなりそうなあたりで「アパート」と「マンション」とが“出世魚”のごとく区別されているが(アパート→コーポ→マンション・・・の類。大韓宿泊施設の旅人宿→旅館→荘旅館→モーテル→ホテル・・・みたいなものか?)、マンションって豪邸だのお屋敷だのというニュアンスの英語ですよねぇ。ある種の集合住宅を指すのであれば「アパートメントビルディング」や「アパートメントハウス」、あるいは「コンドミニアム」とでもなるハズで、この日本式の言い方を学生のころから「なんかヘンだなぁ」と思ってきた(そんなことを思ったきっかけはあのディズニーランドの「ホーンテッドマンション」であった)。
  したがって、そこいらの集合住宅を指して「マンション」とするのはどうにも抵抗感があるし、かといって雑誌記事などで「アパート」としても一般の日本人読者には誤解を受ける可能性もありそうだしということで、個人的には「集合住宅」を第一選択肢にしている(版元の意向に合わせる場合もあるが)。

  しかし、「アパート」というニュアンスには、学生のころに憧れたパリの街並や映画「アパートの鍵貸します」(コレはまぁ米国映画だが)の世界よろしく、「エスプリ」(笑)が漂ってはいまいか。「アパート」でなにがいけないと思う(類似のニュアンスで、たとえば葡萄酒は断固として「葡萄酒」。「わいん」だのの甘ったるく呼ばれるより、「葡萄酒」とするほうが旨そうだ。似たようなことはあの本多勝一もどこかで書いていたが)。

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  おっと、宇宙不動産(宇宙公認仲介社)。現場は盈徳市外バスターミナル付近。雨のなか、ふと見やった辻に宇宙アリラン。油断できねぇとはこのことだが、月やら火星やらの物件を取り扱っているかどうかは確認しなかった。雨のなか歩くのも億劫だったし……。

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  こちらは平海バスターミナル裏の「チョンウ健康院」。あれこれお品書きが並べられてあるが、この場合の被写体は、右下にある「개소주」の文字である。「ケソジュ」、すなわち「犬焼酎」。画像検索などはしないほうが無難だとひとこと添えておきましょう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  雨のなかを歩いていたら、こんな野生動物がこちらの気配に驚いたのかけたたましく右往左往の巻。現場は東海線の長沙駅付近。すでに触れたように、長沙駅は路線ともども今年開業したはいいもののハナっから駅舎すらない無人駅。そんなイカしたロケーションに相応しい歓迎であった。

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  ドロボー注意。

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  正東津のプッチェギルで見かけたイカしたデザイン。

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  そのプッチェギルに潜むスピーカー。ちょっとほしいと思った。

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  友人Rのイラストを思い浮かべた。

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  鬱陵島海洋深層水。買わなかったが。

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  KORAIL(SRTも)の自動券売機はクレジットカードもいちおうは使えるが、どういう次第か大韓国内での発行カードにしか対応してこなかった(窓口では外国発行カードも利用可)。券売機で買うとレシートではなくひと昔前の様式の切符(クレジットカードサイズの軟券)が発行されるので、おのずとこちらを好んでいるが、カード決済ができないのが不満でならなかったのである。が〜。やっとこさ外国発行カードにも対応するようになったようだ(今回は使わなかった)。

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  日本の機器メーカー・クボタの看板だが、ハングル表記はなぜか「グボダ(구보다=Guboda。発音はKuboda)」。すぐ隣には「Kubota」とあるのだが……。こういうのはけっこうあって、代表的なところでは東京が「토쿄(Tokyo)」でなく「도쿄(Dokyo。ただし発音はTokyo)」となっていたりもするが、ちょっと不思議な気もする。

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  今回も帰路は航空会社がビジネスクラスをふるまってくれたо(^ヮ^)о
  あの「コノワタ事件」から2夜がすぎ、お腹もそれなりに回復。とはいえ、朝昼抜きのまま訪れたラウンジで久々の食事となったが、まずは大韓式お粥でリハビリ。機内食もおいしくいただくことができた。座席番号1Aというのもイイ気分でしょう♪

  ちなみに機材はエアバスA321。じつはあの3×3列座席の小型機に乗るのが(空いていればともかく)大嫌いで、以前に成都からの夜行便での帰途も、それゆえにマイレージをつかってビジネスクラスにアップグレードしたほどなのである。まぁ、贅沢をいえる身分でもないし、たかだか日韓間の2時間ほどを我慢しなくてどうするという話ではあるけれど、なんにしてもありがたかったサプライズでありMASITA。

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  仁川国際空港。
  ところで、今回の大韓散歩(東海線〜東海岸〜京江線)の模様は、「交通新聞」5月11日づけに「話題の韓国東海岸周遊の旅」と題して寄稿しております。業界紙ゆえ入手にやや難があるかもしれませんが、ご笑覧いただければ幸いです。

  つづく(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2018.05.04

京江線のとある午後・・・の巻

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  正東津駅。手前は旧駅舎。こうしてみると、わざわざ駅舎を新築(増築?)する必要はなかったような気がしないでもなし……。

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  それはともかく、嶺東線の旅客列車はいまだ正東津で足留め状態。京江線開通時かそれからほどなく運行再開するハズだと思い込んでいたし、現に今年になって3月下旬ごろに復活するという話を目にしていたが、5月を迎えてもなお、その気配すらないどころか……というていたらくである(後段参照)。したがって、正東津以北はバスに頼らざるをえないのだが、今回の大韓散歩に限っていえば、むしろそのほうが都合がいいのであった。

  ところで、このバス停(正東津)の時刻表、なんと停留所の予定通過時刻が記されてある。
「ンなことあたりまえじゃないか!」
  と思われるかもしれないが、大韓では該当バスの出発停留所の時刻が記されているのがせいぜいで、時刻がまったく掲出されていないケースもザラ。この正東津式の例はほかに済州島などで見かけたことこそあるものの、大韓にあってはイリオモテヤマネコ並の稀少物件といえましょう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  以前がどうだったかいまひとつ思い出せないのだが、江陵市内バスの公式サイトでは大韓スタンダード(出発地時刻のみ掲出)を採用している。ひょっとすると平昌五輪効果かもしれんと思いつつ乗り込んだバスでは英語の放送も流れた(個人的には不要というかうるさいだけの“サービス”ですがね)。しかしそれはいいとして、問題はその吹き込まれた声だ。
  声色から察するに白人女性によるアナウンスのようだが、コレがなんとも無愛想の極致というかなんらやる気の感じられない投げやりな声色なのである。もっといえば、わざわざ相手を不快にしてやれといったふうな悪意すら感じさせるシロモノなのであった。日本の鉄道やバスなどでも類似の感想を抱くこともあるが、それよりもかなり強烈。英語を母語とするひとびとを含め、耳にしたひとからぜひとも感想をお聞きしてみたいものである。

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  で、やってきたのはこんなところ。
  1月の巻で京江線KTXに乗ったさい、適度な展望とカーブとがあったポイントが印象に残ったので、帰宅してからDAUM地図で場所とアクセス手段とを探っておいたのであった。

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  もっとも、天気はこんな案配だし、歩いているだけでボヤキたくなるほど寒いし、そのうえ手前の田んぼは冬枯れのまんま。たいした絵にもならんなァと思うのだが、いちおうは走行シーンめいた絵を確保しておきたいのであえて立ち寄ってみたのである。

  それはそれとして、じつはこのときはちょっとした勝負を強いられていた。前夜のなにがしか(たぶんコノワタ)が大当たりしてしまったからだ。
  夜半ごろから猛烈な下痢と発熱(推測では39度以上)とに襲われ、水すらマトモに飲めないような状態だったのである。それでいて、こんなところに気軽に使えるトイレがあるワケもないし、KTXの撮影はともかく、バスダイヤに従う限り1時間以上はなにもない寒空の下で過ごさざるをえないのがタマラナイ。幸いにして正東津の宿をチェックアウトしてからソウルの定宿に辿り着くまでの間は奇跡的になにごとも起こらずにやり過ごすことができたが、その後は翌朝まで七転八倒というありさまであった(笑)。なにしろ、16時すぎにチェックインするや、翌朝10時前にチェックアウトするまで部屋に隠ったままだったのである。宿のみなさんも怪訝に思っておられたようで、
「いやぁ、じつは……」
  と翌朝に明かすと、
「あらあら。それは大変でしたねぇ……」
  と、目を白黒もとい丸くされてしまいMASITA。
  ほとんどコレラのような状態だったが、おかげで腸の大掃除になったのか、その後はむしろ快便の日々というオマケつきであった。まっ、ケンチャナヨо(^ヮ^)о

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  江陵駅に着くころになって、仁川空港到着後以来の陽射しが……。クソッ!

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  1月(五輪前)の巻のさいには大賑わいだった江陵駅だったが、あらためてやってきてみればこんな案配。まぁ、そうだろうよねぇ……。

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  その江陵駅にて、ショッキングなできごとを知るハメに。
  1月に訪れたさいには2面4線のうちの1面2線、具体的にいえば1・2番線ホーム案内に正東津など嶺東・太白線の駅が列挙されていた。どうやら「ムグンファ号」など在来列車用にあてがわれる予定だったようで、これならば京江線と嶺東線とを介した周遊旅行もしやすくなるだろうと楽しみにしていたのである。
  ところが、再びやってきた江陵駅1・2番線案内から正東津の名どころが「ムグンファ号」の文字がスッポリなくなってITA……。

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  ひょっとして3・4番線のカン違いだったかもしれんと思わないでもなかったが、待っていたのは空しい現実であった。
  一番左の「인천공항」は仁川空港。京江線に限らず、KTXの一部列車は仁川空港発着で運行されてきたのだが、じつはこちらも五輪後に運休(無期限……らしい。事実上の廃止とも?)となってしまった。今回のプランニングにあたって、仁川空港からそのまま江陵ゆきKTXに乗り、逆ルートで南下するということも思い浮かんでいたのだが、そもそもがそんなことは不可能になっていたのである(今回は仁川空港から東大邱に直行して1泊したが、KTXがこのザマなのでバスを利用せざるをえなかった)。壮大なるムダ遣い……。残念ながら、そう思わざるをえない。

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  あとは京江線KTXに乗ってソウルを目指すのみ。

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  ではあるけれど、せっかくなのでひと駅だけ降りて、その後の様子を瞥見することにした。五輪開催の中心地であった珍富かタイトルにもなった平昌かで迷ったが、平昌では時間が空き過ぎる時間帯だったため、珍富で降りてみた。

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  1月のときはそれなりに乗り降りがあったし、五輪開催中は途中駅で唯一全列車が停車していた珍富だけれど、降りたのはほんの数名で、乗り込んだのも十数人といった案配。しかも、1月のときと同様に構内工事がまだ進められていたのには驚いた。

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  まつりのあと……。

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  同じくまつりのあと……。扉は閉ざされていた。

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  もうひとつまつりのあと……。記念品のひとつでも買おうかなと思っていたが、店を開くのだって人件費やなにやらが必要ということだろうか。

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  モバイル充電サービス。オレには縁もなければ、よほどのことでもなければ、今後も縁のないシロモノだ。

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  ソウルゆきKTX一般室。東海線「ムグンファ」ほどではないにせよ、ご覧の案配であった。

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  珍富からは特室とした。もっとも、第1世代とは異なり、一般室のアコモが十分に改善されているうえ、特室にしてもJRの新幹線の普通席にも及ばないレベルの座席なので、一般室で十分という感じがする。終始、空席のほうが目立つ道中であった。

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  という次第で、ソウル駅に到着。
  つづくのだ。

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