かくして今年も年は暮れ・・・の巻

気がつけば、はや年の瀬……。

備忘録を兼ね、役立たずの話ばかり気ままにアップしてきたこのブログも、本年最後の更新となりMASITA。

今年こそはと少しだけ意気込んでいた大掃除は、冬眠したいモードとなって久しいなかとうとう果たせず(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

いま時分の年中行事である年賀状はいくらかしたためつつ、さきほど投函してきた。今年は友人・知人からの訃報がいつになく多く、ただでさえ減らし気味にしてるところに追い討ちをかける格好となった。いまのところ友人本人の訃報というのはひとりに留まっているものの、そろそろそうしたことも気にかけなければならない年代に入ったのかもしれない。

それはそれとしても、少なくとも子どものころは「正月」というものに明るいイメージというか展望めいたものを感じていたものだが、この年の瀬はどうだろう? どうにも暗澹たる気持ちになるのを抑えられないのだ。
とりわけ、わが祖国をめぐるキナクサイ動き。さらにそれを白痴同然に“追認”しかねない世相──個人的には“自殺志願者の群れ”と呼ぶこともあるが──。こうしたことがわが国だけに留まっていないことも深刻ではあるが、だからといってあえて巻き込まれることはないのではないか? 来る2018年は、いい意味でコレを裏切ってもらいたいと切に願うし、自分なりにすべきこともあるのではないかとも思う。

閑話休題。

このブログでも紹介しているとおり、今年は、“専門科目”としている韓国のほか、タイをはじめとする東南アジアにも手足をのばしつつ取材旅行を重ねてきた。まずは韓国同様に鉄道の旅を主体にあれこれ汽車に揺られているが、訪れてみればなにかと得るものは多い。

もちろん、一連の取材は書籍にまとめる目標で進めているワケだが、現実はそうそう甘いモノでもなく、逆にいえば、それを乗り越えてゆく楽しみがあるのだと自分に言い聞かせている。

韓国といえば、来年は平昌五輪(近ごろは「●●オリンピック・パラリンピック」と貴重な字数を消費する傾向にあるが、どうにも“偽善”のひとことが連想されて仕方がない)。じつは、一部の競技を除けば五輪そのものに対して興味がないし、大会にもほとんど注目していないのだが、コレにあやかって鉄道の新線が開業したことを無視するワケにはいかない。
「まァ、大韓のことだし……」と想像していたとおり、12月22日に開業した京江線の萬鐘〜江陵間(原州・江陵線)の開業発表もギリギリに近く、年末ということもあって年内の取材を見送らざるをえなかった。さしあたりは年明け14日からの取材計画を組んでいるものの、同じく年内に開業しているハズだった東海線の浦項〜盈徳間も一緒に片づけるつもりでいたところ、こちらはいまだ先行き不透明。はたして取材日までに開業してくれるのだろうか……?

しかしまァ、ちょびもこうして元気だし、平和でなにより。
3月にはちょびがかわいがっていたクロボウズが急死。相変わらず寂しげにしているときがあるが、ときおり庭に顔を出す白黒オールカラーを「おまえ、ウチに来いよ」と誘っているふうでもあるんですよо(^ヮ^)о ネコってのは、一緒にすごせばすごすほどに驚かされ、感心させられることが多い。

巨大ユズ、100円ナリ。

いつも同じのでは飽きちゃうだろうと思い、ふとカルカンのレトルト版をあげてみたら、ことのほか好評。

そこで、年末年始用にドカンと“爆買い”の巻。

しかしそれはそれとして、パッケージのネコがすこぶるキャワイ♪

ウチの子ちゃんにもタイ土産。「ねこ元気」など日本のメーカ品も並べられていたが、ネコカンはタイで生産されているものも多い。ということは、タイで製造され売られている日本ブランドは、どういう扱いのなるのだろう……? 輸入というのもヘンだしねぇ。
で、近所で買えるのを土産にしても面白くないので、見たことのない日本語入りのを買って持ち帰った。しかし、よくよく見てみれば、コレが「VOW」だったんですなァо(^ヮ^)о まっ、カンボジア名物「けんど」ほどのインパクトはないけれど。

話が飛ぶようでいてじつはそうでもないのだが、つい先ごろ読んだ本書、『マレーア航空機はなぜ消えた』(杉江弘・講談社)から、ちょっとだけ引用して本年のしめくくりとしたい。
>滑稽としか言いようのない北側への飛行を、南側への飛行と同じレベルで(マレーシア当局が/引用者注)展開したことだ。メディアの間で「タリバン支配地域に着陸した」などの奇想天外な説も飛び出しているなかで、「北はカザフスタンまで飛んでいった可能性がある」とまで言い切ったのには、驚きを通り越して呆れたものである。子どもでもわかるような、バカバカしくも非科学的な北側への飛行説を、もっともらしく強調して、それを否定しなかったのである。
(中略)私は、テレビ番組のなかで具体的に根拠を挙げて、「こんなバカバカしい論外な話は、今日で終わりにしましょう」と促したが、それは当局やメディアをたしなめる必要があると感じたからである。実際、国際政治学者や軍事専門家といわれる識者の一部の方々もが、北側への飛行説に同調していたのには驚いた。それは、中国政府や国際アルカイダの活動との関連もあるのではと、理由はさまざまであった。
(中略)ボーイング777(行方不明機/引用者注)が低空飛行でタリバン支配地域へ飛んでゆくことなど、我々パイロットに聞いてもらえれば、それは物理的に不可能であることがすぐにわかるはずである。(同書78ページ)
長い引用になってしまったが、なにが言いたいかといえば、日ごろテレビ番組などで登場してはしたり顔でなにやかにやと宣っている“識者”や“専門家”の類、彼らすべてがすべての分野でそうだとは思ってもないない言いもしないが、そのいい加減さ、「でまかせ」ぶりという点において、われわれ受け手の側は十二分に備えるべきだとはいえる。
テレビに限らず、そうした“専門家”のなかには、「大学教授」といった肩書きを添えている例も少なくはない。しかし、教授は教授で事実だとしても、どのような分野(学問)の教授なのか? たとえば、フランス文学の大学教授(専門家)が北朝鮮問題について発言するのは自由だし、生物学の大学教授がマーケティングについて意見を述べるのも自由だけれど、それを「大学教授名義」で発表するというのは、はたして正当な行為だろうか? ましてや、それがいささかアヤシイ内容含みであるとしたら? あるいはなんらかの政治的な立場を代弁しているとしたら……?

なんか、年の瀬におよんでナマ臭い話になってしまいMASITAが、どうにか無事に新年を迎えられそうです。新年もなにとぞよろしくお願い申し上げますm(__)m
それにして、も。こういうときにネコって、なにを考えているのでしょうねぇо(^ヮ^)о
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