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2017.12.29

かくして今年も年は暮れ・・・の巻

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  気がつけば、はや年の瀬……。

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  備忘録を兼ね、役立たずの話ばかり気ままにアップしてきたこのブログも、本年最後の更新となりMASITA。

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  今年こそはと少しだけ意気込んでいた大掃除は、冬眠したいモードとなって久しいなかとうとう果たせず(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  いま時分の年中行事である年賀状はいくらかしたためつつ、さきほど投函してきた。今年は友人・知人からの訃報がいつになく多く、ただでさえ減らし気味にしてるところに追い討ちをかける格好となった。いまのところ友人本人の訃報というのはひとりに留まっているものの、そろそろそうしたことも気にかけなければならない年代に入ったのかもしれない。

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  それはそれとしても、少なくとも子どものころは「正月」というものに明るいイメージというか展望めいたものを感じていたものだが、この年の瀬はどうだろう?  どうにも暗澹たる気持ちになるのを抑えられないのだ。
  とりわけ、わが祖国をめぐるキナクサイ動き。さらにそれを白痴同然に“追認”しかねない世相──個人的には“自殺志願者の群れ”と呼ぶこともあるが──。こうしたことがわが国だけに留まっていないことも深刻ではあるが、だからといってあえて巻き込まれることはないのではないか?  来る2018年は、いい意味でコレを裏切ってもらいたいと切に願うし、自分なりにすべきこともあるのではないかとも思う。

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  閑話休題。

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  このブログでも紹介しているとおり、今年は、“専門科目”としている韓国のほか、タイをはじめとする東南アジアにも手足をのばしつつ取材旅行を重ねてきた。まずは韓国同様に鉄道の旅を主体にあれこれ汽車に揺られているが、訪れてみればなにかと得るものは多い。

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  もちろん、一連の取材は書籍にまとめる目標で進めているワケだが、現実はそうそう甘いモノでもなく、逆にいえば、それを乗り越えてゆく楽しみがあるのだと自分に言い聞かせている。

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  韓国といえば、来年は平昌五輪(近ごろは「●●オリンピック・パラリンピック」と貴重な字数を消費する傾向にあるが、どうにも“偽善”のひとことが連想されて仕方がない)。じつは、一部の競技を除けば五輪そのものに対して興味がないし、大会にもほとんど注目していないのだが、コレにあやかって鉄道の新線が開業したことを無視するワケにはいかない。
「まァ、大韓のことだし……」と想像していたとおり、12月22日に開業した京江線の萬鐘〜江陵間(原州・江陵線)の開業発表もギリギリに近く、年末ということもあって年内の取材を見送らざるをえなかった。さしあたりは年明け14日からの取材計画を組んでいるものの、同じく年内に開業しているハズだった東海線の浦項〜盈徳間も一緒に片づけるつもりでいたところ、こちらはいまだ先行き不透明。はたして取材日までに開業してくれるのだろうか……?

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  しかしまァ、ちょびもこうして元気だし、平和でなにより。
  3月にはちょびがかわいがっていたクロボウズが急死。相変わらず寂しげにしているときがあるが、ときおり庭に顔を出す白黒オールカラーを「おまえ、ウチに来いよ」と誘っているふうでもあるんですよо(^ヮ^)о  ネコってのは、一緒にすごせばすごすほどに驚かされ、感心させられることが多い。

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  巨大ユズ、100円ナリ。

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  いつも同じのでは飽きちゃうだろうと思い、ふとカルカンのレトルト版をあげてみたら、ことのほか好評。

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  そこで、年末年始用にドカンと“爆買い”の巻。

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  しかしそれはそれとして、パッケージのネコがすこぶるキャワイ♪

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  ウチの子ちゃんにもタイ土産。「ねこ元気」など日本のメーカ品も並べられていたが、ネコカンはタイで生産されているものも多い。ということは、タイで製造され売られている日本ブランドは、どういう扱いのなるのだろう……?  輸入というのもヘンだしねぇ。
  で、近所で買えるのを土産にしても面白くないので、見たことのない日本語入りのを買って持ち帰った。しかし、よくよく見てみれば、コレが「VOW」だったんですなァо(^ヮ^)о  まっ、カンボジア名物「けんど」ほどのインパクトはないけれど。

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  話が飛ぶようでいてじつはそうでもないのだが、つい先ごろ読んだ本書、『マレーア航空機はなぜ消えた』(杉江弘・講談社)から、ちょっとだけ引用して本年のしめくくりとしたい。


>滑稽としか言いようのない北側への飛行を、南側への飛行と同じレベルで(マレーシア当局が/引用者注)展開したことだ。メディアの間で「タリバン支配地域に着陸した」などの奇想天外な説も飛び出しているなかで、「北はカザフスタンまで飛んでいった可能性がある」とまで言い切ったのには、驚きを通り越して呆れたものである。子どもでもわかるような、バカバカしくも非科学的な北側への飛行説を、もっともらしく強調して、それを否定しなかったのである。

  (中略)私は、テレビ番組のなかで具体的に根拠を挙げて、「こんなバカバカしい論外な話は、今日で終わりにしましょう」と促したが、それは当局やメディアをたしなめる必要があると感じたからである。実際、国際政治学者や軍事専門家といわれる識者の一部の方々もが、北側への飛行説に同調していたのには驚いた。それは、中国政府や国際アルカイダの活動との関連もあるのではと、理由はさまざまであった。

  (中略)ボーイング777(行方不明機/引用者注)が低空飛行でタリバン支配地域へ飛んでゆくことなど、我々パイロットに聞いてもらえれば、それは物理的に不可能であることがすぐにわかるはずである。(同書78ページ)


  長い引用になってしまったが、なにが言いたいかといえば、日ごろテレビ番組などで登場してはしたり顔でなにやかにやと宣っている“識者”や“専門家”の類、彼らすべてがすべての分野でそうだとは思ってもないない言いもしないが、そのいい加減さ、「でまかせ」ぶりという点において、われわれ受け手の側は十二分に備えるべきだとはいえる。

  テレビに限らず、そうした“専門家”のなかには、「大学教授」といった肩書きを添えている例も少なくはない。しかし、教授は教授で事実だとしても、どのような分野(学問)の教授なのか?  たとえば、フランス文学の大学教授(専門家)が北朝鮮問題について発言するのは自由だし、生物学の大学教授がマーケティングについて意見を述べるのも自由だけれど、それを「大学教授名義」で発表するというのは、はたして正当な行為だろうか?  ましてや、それがいささかアヤシイ内容含みであるとしたら?  あるいはなんらかの政治的な立場を代弁しているとしたら……?

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  なんか、年の瀬におよんでナマ臭い話になってしまいMASITAが、どうにか無事に新年を迎えられそうです。新年もなにとぞよろしくお願い申し上げますm(__)m
  それにして、も。こういうときにネコって、なにを考えているのでしょうねぇо(^ヮ^)о

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2017.12.23

国境の町に交易の原点をみた・・・の巻

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  前回のつづき。
  どん行に6時間ほど揺られて辿り着いたアランヤプラテート。郊外にはあれこれ一見の価値がある遺跡が点在しているとのことだが、なにはともあれココはカンボジアへの越境ポイントである。かつてタイ・カンボジア両国を結んでいた国際鉄道は途絶えて久しいものの、こうして国境をまたぐ鉄道の鉄橋が健在。復活予定であることも伝えられており、いずれはこの橋を汽車で越えてみたいものだと思う。

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  タイ側イミグレーション。今回はココで引き返すのだが、やってきれみればコレがすこぶる“イイ顔”の国境なのであった。

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  国境を越えて商うひとびとが隣国への門を叩く。
  コレはまぁちょっと大きめの台車といった風情ではあるが、この少し前にはトラックの2トンロングほどの巨大な台車と満載の荷とを、年老いたおっかさんと中年にさしかかったその息子さしき男が、文字どおり必死の表情で引っぱっているのに遭遇。そのすぐ後ろには10トンを超える大型トラックがいたのだが、この親子(?)が歩むさまはゾウガメのごとし。言うまでもなく、背後は渋滞と化しているワケだが、大型トラックは文句をいうのでもなく、辛抱強く親子が進むのを待っているように見受けられた。
  それがどんなにイカした情景だったか?  ついつい長々と見とれてしまった挙げ句、カメラを向けるのすら忘れてしまったのだから、そのすんばらしさが想像できましょう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  それに比べればこんなのはカワイイものだが、こうして連なっている面々を鑑賞していると、フントにここに来てよかったなと思ったものだ。たぶん・・・キンシャサなどを訪れたら、さらにシビレまくってしまうのだろうなどとも想像しつつではあるが。

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  国境に接して広がるロンクルア市場。“バッタ品の宝庫”という説も見かけるが、ざっと瞥見した範疇では、至って常識的な品揃えに思えた。

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  とはいえ、この市場は広大にして広大。つぶさに歩き回れば、相応にイカしたブツやニンゲンと出会えるのかもしれない。
  対するカンボジア側の町・ポイペトはカジノの町。あいにくそんなものには興味がないが、いずれ鉄道が復活したらソイツに乗ってプノンペンなりアンコールワットなりを訪れてみたいものだ。

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  国境(ロンクルア市場)はアランヤプラテート駅からおよそ7km。さすがに歩くのは面倒なのでトゥクトゥクをチャーター。トゥクトゥクも“イイ顔”を選ぶべし!
  このトゥクトゥクを降りた途端、見るからにアヤシゲな男どもが寄ってきて、口々に「ビザ?  ビザ!?  ビザ!」。煩わしいので「ノー、カンボジア!」のひとことで追い払ったものだ。

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  アランヤプラテート駅から国境に向かって延びる線路。列車は走っていないけれど、途中にはこうしてふふ、ふ、踏切もみられる。
  ちなみに、グーグルマップで画像を見てみると、この付近の線路は撤去されていた。訪れてみればきちんと整備された路盤に線路がきちんと敷かれており、その後に手が入れられたことを窺わせる。どうやら国際鉄道復活のウワサは本当のようだ。

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  アランヤプラテート駅を望む。

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  歩道をバナナの樹と実が阻むのはいかにも熱帯といったところか。熟れていたら失敬したくなりそうだ?

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  泊まったのはこんなところ。1泊400バート(1400円弱・チャイスクバンガロー)。熱帯ふうで好みの部屋にちょっと感激。エアコンつきだが、窓を開けて過ごすのが快適なように感じられた。

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  赤いクルマと白黒オールカラー。

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  おっとクロボウズ@しゅぽの店先。足先にちょっとだけ白い毛がのぞいているのがチャーミング♪

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  食堂にてクロネコ三毛の大冒険。

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  アランヤプラテート駅前にややウチの子ちゃん柄。このタイプはなぜかタイで巡り会うことが少ない(目立つのはクロボウズ)。

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  이봐! 개!!
  クルンテープ(バンコク)ゆき上り1番列車の発車時刻は6時40分。宿は駅から2km弱離れているため、暗いうちにチェックアウトしたが、駅に向かう道中でイヌどもが「ワンワン」うるさくて、コレがまたムカつくのだ。タイの夜道では、足下のコブラにも注意したいところだが、それよりもイヌこそが強敵なのだと改めて気づく。狂犬病のリスクもあるうえ、なにかっていうと立ち向かってくるので、イザとなればそれ相応の応戦を辞さない構えも必要かもしれない。が〜……。発車待ちの車内を眺めるこのイヌはイイ味わいであった。なんだかものを言いたげな悲しい目つきでこっちを「じーー」っと見てるんですからねぇ。なにか食べ物でも持っていればあげたいところだけどねぇ。でも、なにも持ってなくってねぇ。

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  朝のアランヤプラテート駅。好みのたたずまい。

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  バンコクゆきは前日と異なりディーゼルカー4両編成。最後尾に席を取ったところ、クッションがないことに気づき、慌てて1両前の車両へと移る。
  それにしても……。したり顔で(?)アランヤプラテートがどうのロンクルアがどうしたと記しているオレだが、一連のタイ散歩に乗り出す以前はその地名すらまったく知りもしなかった。タイの地名についていえば、バンコクはともかく、ほかにはアユタヤ、パッタヤー、チェンマイ、チェンライ、ハジャイ……あといくつかはあるかもしれないが、恥ずかしながらせいぜいがそんな程度の知識しかなかったのである。それがこのザマとは、人生わからないものでありますね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.12.17

タイ・カンボジア国境を目指す・・・の巻

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  バンコク・クルンテープ発5時55分……。
  空路バンコクにやってきて、クルンテープ駅前にほど近いホテルにチェックインしたのがほぼ0時。ちょっと辛いスケジュールではあるが、毎度のことでごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  夜明け前に首都ターミナル駅を発つひとびと。

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  線路脇に形成されたコミュニティの朝も早い。ネコの姿もちらほら。常夏の国とはいえ、この時間帯はすこぶる過ごしやすい感じだ。

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  チャチューンサオジャンクションをすぎ、サッタヒープ線を分岐。沿線に歓楽地として名高いパッタヤーを擁するこの路線には、翌々日の乗車を予定している。

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  クローンシップカーオの先でケンコーイに向けて鉄路が分かれてゆく。残念ながら、あちらの線路には定期旅客列車は運行されていない。

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  途中駅では列車の行き違いも。タイ国鉄ではタブレット閉塞が現役で用いられている。

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  終点のアランヤプラテートに至る旅客列車は1日わずか2往復だが、途中のプラチーンブリまでは5往復、カビンブリまで4往復がバンコクとの間に設定されている。そんなローカル線を往く8両編成のどん行。乗り降りは意外と多いようだ。

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  タイ国鉄どん行の旅は、停車駅がちょっとしたアクセント。コレでも立派な駅(ないし「停車場」)で、沿線住民の暮らしを支えているのである。

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  ココも停車場。止まっているバイクは送り迎えの足。

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  ときおり嵩の高いホームが駅工事現場にみられた。ダイにせよ大韓にせよ、低いホームに慣れてしまうとずいぶんを違和感を覚えるが、抜本的な路線改修が進められているのだろうか?

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  雨季の名残り?

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  復路に広がった平原の車窓。

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  快適などん行道中と言いたいところだが、今年の春ごろ、ふと気がつけばケツメドの様子がおかしい。かかりつけ医によれば、軽い炎症を起こしているのだとか。原因として思い浮かぶのは、いうまでもなくタイのどん行。飛行機のエコノミークラスで飛んできて、その翌朝から好き好んで乗り込むのが堅いボックス席。今日でいえば、終点のアランヤプラテートに着くのは11時35分。往復だと都合11時5分ナリ。かつては「青春18きっぷ」散歩などでかような汽車に揺られたものだが、もう若くはないのだゾと思わざるをえないザマである。
  ちなみに、クルンテープ〜アランヤプラテート間の距離は254.5km。この東京〜浜松間に匹敵する距離を乗るための運賃はわずか48バート(160円弱。JR本州幹線だと4430円)。300円ちょいで11時間以上も汽車に乗れるのだから、こりゃぁおトクというものか?

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  15分ほど遅れてアランヤプラテートに到着。

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  アランヤプラテートは東線の終点駅ではあるのだが、線路はさらに東を進み、カンボジアまで延びている。残念ながら国境を超える列車は1975年に廃止され、その後は線路も撤去されたというが、現在は線路の修復が進められており、遠からず国際列車が復活するのかもしれない。以前紹介した『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)にはこの駅名標に示されたクロンルック(停車場)の先、国境を目前にしたティーユットロットタイまで乗車した記録が記されてあり、せめてそこまでは汽車に揺られてみたかったという気もする。

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  1日2回の列車到着後の駅前は賑やか。町散策のあとトゥクトゥクを捉まえようと訪れたら、「もぬけの殻とはこのことか」と妙な感心をさせられたが……。

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  1日に2度、時間にして1時間ほどしか開かない切符売り場には不思議な文字盤を持つ時計が。このテの腕時計がほしいなと思った。

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  せっかくなので駅に程近い市街地を散歩。とりたててなにに出会えたワケでもなかったが。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.12.11

蒸気機関車狂想曲@バンコク・・・の巻

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  タイ・バンコクにて汽車ぽっぽо(^ヮ^)о

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  今年4回目となるタイ散歩のテーマはタイ国鉄東線。1日2往復のクルンテープ(バンコク)〜アランヤプラテート間(254.5km)と1日1往復(土・休日運休)というイカした路線であるチャチューンサオ〜バーンプルータールアン間(123.1km)に乗るというのが主目的である。

「さて、日程をどのようにしようか」
  と思案したところ、12月5日が目に止まった。前国王誕生日である。この日は、通例で年4回運行されている蒸気機関車列車の運行日のひとつ。「これだっ!」とばかりにさっそく航空券を入手したが、前国王は昨年に逝去、その葬儀もさる10月に執り行なわれており、蒸気機関車運行についても確実な情報を得ることができずに気をもむこととなってしまった。

  蒸機の運行がなければないで、久々にメークロン線でも乗るかと思案していたところ、11月24日になってレールファンらしき人物による英語ブログを発見。それによればクルンテープ〜チャチュンーサオ間で運行される旨がタイ国鉄から発表されたらしい……ということで、勇んで空路タイへと向かったワケだが、航空会社がビジネスクラスにアップグレード(2番目にィ安い正規割引運賃だったのだが……)してくれたり、幸先のいい旅立ちとなった。

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  とはいえ、件の列車は全車指定席。ネットィ予約もできないため、その乗車についてはさほど考慮していなかった。せっかくだから走行シーンをカメラに収めたいものだが、「撮れば乗れないし、乗れば撮れない」というワケで、乗ることにはこだわらなかったのである。が〜……。
  それでもいちおう窓口で訊ねてみれば、いとも簡単に乗車券が買えてしまった。往復セットで250バート。片道ごとの発売はなく、ほかに終点のチャチューンサオ駅から遺跡めぐりツアー(999バート)も用意されていたが、とにもかくにもめでたしめでたしであるо(^ヮ^)о

  クルンテープ発は8時10分。まずは発車前の風景を見物すべく駅に乗り込むと、ホーム上に「チェックインカウンター」が設けられていた。列車は3等車のみの10両編成。車両ごとに専任のアテンダントがつき、ここでチェックイン業務にあたっていた。そこで、
「乗るのは復路のみにしたいのだけど、かまいかせんか?  なぜかといえば、往路は走行シーンを写真に撮りたいですよ。ええ、ええ。あとでオーディナリートレイン(普通列車)でチャチューンサオまで追い掛けます」
  とかなんとか直談判し、せっかく入手した座席予約を念入りに再確認。これにて準備は万端である。

●当日の蒸気機関車列車ダイヤ
・往路:クルンテープ8時10分発(903列車)9時50分着チャチューンサオ
・復路:チャチューンサオ16時30分発(904列車)18時10分着クルンテープ

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  あらかじめ目をつけておいたアソーク停車場前の交差点にて。現場はバンコクに駐在しているレールファン・Iさんと知り合い、あれこれタイ事情などをうかがいながら楽しいひとときとなった。そのIさんのアイデアで、高架で並行しているエアポートレールリンクに乗ってラートクラバンに急行し、そこで再び蒸気機関車列車を待ち受け。冒頭の写真がそのワンシーンである。

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  昼飯をかっこみつつクルンテープ駅に戻り、279列車(アランヤプラテートゆき)をキャッチ。チャチューンサオには14時13分に着き、蒸機列車折り返しの16時30分まで十分な余裕がある(コレを逃すと蒸機列車折り返しには間に合わない)。

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  この3日間行きつ戻りつした道中を経て(話は前後するが、この日が最終日であった)、無事にチャチューンサオに到着。この区間はさる5月にもヒマつぶしに乗っているが、とりたててなにがあるというワケでもない地味なロケーションながら、田んぼや水路などが続く車窓は、それはそれで旅情があると思う。

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  チャチューンサオでも蒸機はスター状態。

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  ちょうど機関車の顔の部分が跨線橋の真下だったのが残念。

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  転車台がないので、お尻をくっつけた恰好の2両編成蒸機が側線をつかって編成前方に移動。

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  帰路に向け発車を待つ。

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  なんとなくマイペンラーイ(ケンチャナヨでも可)な雰囲気が漂う運転台。

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  電車などと比べると、蒸機は生き物に近いように思う。

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  これが日本であれば、古い客車を動態保存していたり、わざわざそれっぽく仕立て上げた客車を用いるのであろうが、タイでは普段着の客車のママで十分に蒸機と似つかわしいのがイイところ。とはいえ、いくぶんキレイな車両が用いられていたのは、はやり特別列車だったからだろうか。

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  車内では軽食や飲み物のサービスも。こうなると往路でなにがもらえたのかが気になってしまう。

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  豪快……というほどでないにせよ、蒸機らしい情景や音の躍動が伝わってくる。沿線ではカメラを手にしたり、走りゆく蒸機見物を楽しむひとの姿も多くみられた。日本と同様に、蒸機は人気者なのだ。

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  夕暮れは以外と早い。おかげで夜汽車の風情が楽しめるというものだ。

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  クルンテープ駅にはおよそ1時間遅れで帰着。

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  降りたあともお楽しみは終わらないのであった。

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2017.12.05

思い出したように時刻表の話(後編)・・・の巻

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  前回アップのつづき……。
  ちょっと時代が下って、同じく「観光交通時刻表」の93年10月号を開くと、たとえば「京釜線・週末列車」というページを認めることができる。ちょっと見には、「週末運転」の列車がこれだけあったのだなというところであろうし、そんななかに複数の夜行列車が健在なのは、新幹線以前の日本の国鉄を連想するかもしれない。が〜。そんなことでこのページをスキャンしたワケではもちろんありまっせんでスムニダ。

  注目していただきたいのは、表の上のほう。「行き先」やら「列車種別」、「列車番号」につづいて「編成」という欄がある。ここに記された「特」は日本のグリーン車に相当する「特室」。「食」はいうまでもなく「食堂車」。しかし冷静になって見てみれば、深夜0時すぎに発車して早朝に着いてしまう列車に「食堂車」というのがなんともイカしてはいまいか?
  大韓人の酒好きはよく言われるところ。くわえてココにあるのは「週末(終末でも可?)列車」である。いうまでもなくィ夜である。もちろん断言はできないものの、これら「深夜列車」の「食堂車」が「走る酒場」と化し、そこで酒池肉林(肉林は余計ですな・笑)が繰り広げられていたのではあるまいかと想像してついつい頬が弛んでしまうのでありMASITA……という話(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ところで。この「観光交通時刻表」は2012年6月号を最後にナゾの満ちた終末を迎えている。突然に起きた廃刊とも休刊ともつかないその顛末は、あのジムトンプソン失踪事件を思わせる大センセーションであったが(まるでウソ)、その消息の一部について、このブログで以前に触れたことがある。
※「ある消息の巻」参照。

  経営者兼編集長兼編集担当であったアンヨンソン氏のその後は未だ不明だが、一部には「逃亡説」に類するものも流布されているようだ。事実はともかく、奥付をあらためてチェックすると、そこにある種の推理を働かせることができる。
  まずは失踪2年ほど前の2010年8・9月合併号。ココには発行会社である「観光交通文化社」の所在地として以下の記述がある(赤囲み部分)。
>〒100-858/ソウル・中区中林洞129-37(伽耶ビルディング5階)

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  じつはずっとココが会社所在地だと思い込んでいたのだが、(遅くとも)失踪数カ月前の12年2月号になると、いつの間にか移転したことを窺わせている。
>〒417-804/仁川市江華郡江華邑菊花里162(以下略)

  江華島なんて、これまたずいぶんと不便な場所に移転したものだと思うが、そうぜざるをえないなんらかの事情を察することはできるだろう。そしたら……、

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  最終号となった12年6月号では、会社所在地がスッポリと抜けている。赤線で示した下にあるのは郵便局の私書箱関連で、所在地と同様に毎号示されてきたものだ。う〜〜む……。いきなりつぎの7月号が発行されなかったという話ではなく、すでにこの号の編集段階で相当の異変が経営者と会社に起こっていた可能性が大きい。もとより、この場合、事実が明らかになったところでどうしたっていう話でもないのだが、気になることを気にしないでどうしますかということではある。

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  著名人による大韓鉄道紀行としては、御大・宮脇俊三もやや控えめながら8日間の汽車旅を遺している。この『韓国・サハリン鉄道紀行』(文春文庫)には、表題のとおり「韓国鉄道紀行」と「サハリン鉄道紀行」の2本が収められている。韓国のほうは古代史をメインとした取材だったこともあってか、やや物足りない気もするが、サハリンとともに貴重な記録ともなっているように思う。

  さすがに「時刻表マニア」だけあって、ともに時刻表が引用されている。大韓は取材時の「観光交通時刻表」から、サハリンは樺太時代の「時刻表」(東亜交通公社)から抜粋されたもので、いずれも面白く「読む」ことができる。

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  上を含む3点の時刻表は、本書引用の時刻表(樺太東線と豊真線)から孫引きし、一部時刻など原典の記載ミスと思われる個所に独自の判断で手を加えたものである。

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  ご覧のとおり、たいした本数があるワケでもなく、見た目としてはごくありふれたローカル線を思わせる。樺太東線には大泊港〜敷香間を直通する“優等列車”らしきスジがあるものの、「急行」だのといった表示はなく、その道行きで抜きつ抜かれつを演じていることもない。時刻表としては、ごく単純な部類に入るのではないだろうか。
  だが、子細に眺めてみればあれこれ興味がわいてくる。当時の日本にとっても樺太は僻地中の僻地であったろうから、おそらく単線だったハズ。となれば、いずこかで上下列車の行き違いがあるワケで、まずはその駅を読み取りたくなる(ここで使っている「OuDia」を用いれば一発でダイヤグラム化できるため、その位置を掴むのが容易)。さらに、単純なダイヤとはいえ、ここでの編成運用がどのようになっていたのかという点にも興味を覚えざるをえない。ヒントはそれぞれの列車の運行時刻のほか、「列車種別」欄に記しておいた「2・3等」「3等」という編成である。こうした運用には、単純に上り→下り→上り……といった流れもあれば、下り→下り→上り……などとなっている可能性もあり、こうした「時刻表」からそのさまを想像するのもなかなかに楽しいものがあるのだ。

  いまひとつは、起終点となる駅を分散し、いずれの区間において良好な時間帯の運転を配慮していることを窺わせているのも興味深い(前半でふれた大韓のダイヤ構成との比較ももちろんのことだ)。断言するほどのことではないにせよ、こうした古くからの積み上げこそが、日本を鉄道大国にしているのではないかという気もする。

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  こちらは豊真線だが、こんな1日3往復の単純な時刻表も、そんな目で読み込むと、味わいというものがわきだしてくる。このけっして便利とはいえないダイヤから、その沿線で暮らすひとびとの日常を想像してみるのもいいだろうし、実際に乗りにゆくとしたらどんな行程になるのだろうと(叶うことのない)乗り継ぎ計画を練ってみるのも楽しい。

  話は戻るが、最初に引用した樺太東線の落合〜大泊間に南小沼という駅がある。ただでさえ少ない列車だというのに、その大半が通過してしまっている。こんなダイヤが現役であれば、当然のごとく訪れるに違いない魅惑の駅だと思うのだが、どうだろうか?

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  ついでに……。宮脇俊三といえば「時刻表」だが、この『椰子が笑う汽車は行く」では、その肝心な「時刻表」のない汽車旅も収録されている。とりわけフィリピンを訪れた「時刻表のない旅」は、著者の外国モノのなかでも秀逸な面白さに満ちているように思う。

  ちょっと不思議なこともある。
  本書にはバンコク発シンガポールゆきの旅も収録されているが(泰緬鉄道とマレー半島の国際列車)、そのなかで入手した乗車券がバンコク〜シンガポール間の「1等車」用となっている。一方で、バンコク〜バタワース間の1等寝台券も事前手配で入手しているが、バタワース以南については乗り換え駅(バタワースとクアラルンプール)でそれぞれ買わなければならない。ところが、バタワースでは狙っていたエアコンつき1等寝台車が売り切れていたためエアコンなし等級不明の寝台券しか入手できず、クアラルンプール〜シンガポール間では「どん行」の2等車に乗る仕儀となったことが綴られている。乗車券は区間ごとの等級変更ができないため通しの1等だったにも関わらず、このザマとは。いかに満席だったとはいえ不条理なように思えなくもないのだが、そのあたりの心境についてはなぜか触れられていない(ついでに、マレー鉄道では寝台券・指定券だけを追加購入したのだろうか?)。
  また、クアラルンプールに朝7時20分に到着し、まずはシンガポールまでの指定券なりの入手を急ぎそうなものなのだが(著者ならなおさら)、なぜかのんびりと観光に興じたうえにホテルで昼寝までしてから駅の窓口に赴いているのもわからない。観光といったってとりたてて目的があったワケでもなく、きわめておざなりな内容をこなしたにすぎない。その挙げ句に予定していた特急「KTMエクスプレス」に乗りそびれたのだから、どうにも著者らしくないのである。かくなるうえは、あの世で御本人にお目にかかったらぜひともそのあたりについて質問してみたいものだ。

  ところで、著者らが散々な目に遭ったフィリピンもぜひ訪れてみたいと思うけれど、バンコク市内からスワンナプーム国際空港までのさなかに交わされたフィリピン人女性・アイリーンさんとの会話がその恐ろしさを物語っている(じつはこの会話、大韓語主体で交わされたのだが、たとえばドイツの街角でフランス人と日本人とが英語で会話するなんてこともあるだろうし、別段おかしなことでもないですね。もっとも、空港に向かう汽車のなかで「ケンチャナヨ!」と言ったら近くにいた大韓人と思しき若い女性が「えっ?」という表情で振り向いたりもしたが・笑)。
「フィリピンのイメージはどうかしら?」
「う〜〜ん……(単純に大韓語・英語で適当な言葉が出なかっただけの沈黙)」
「……デンジャラス?」

  御大・宮脇俊三もまた、デンジャラスというか相当にイカした体験をなさったようだが、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)の「終章」にはつぎの記述がある。
>私はフィリピンのマニラに十日滞在しているうちピストルの発砲を二度目の前で目撃した。

  本書でも『全東洋写真』(新潮社)でも、なぜかフィリピンの項がないのが残念。ん?  ちょっと話がそれてしまいMASITAね。

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