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2017.10.30

くむじを求めて312.8公里・・・の巻(不定期連載・くむじや〜! 特別編)

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  せっかく発掘した沃川のKTX撮影ポイントであったが、おどろおどろしい事情により撤退せざるをえなかった……という話は前回いたしMASITA。で、無念の“転身”で時間が空いみてふと気づいた。昨年7月に訪れたものの、肝心な“絵”を撮りこぼしたママになっている咸白駅を訪れれば(「ツキと流れの巻」参照)、いくらか溜飲が下がるのではあるまいかと思ったのだ。沃川から大田までは「ムグンファ号」で十数分。そこで忠北線列車に乗り換えて終点の堤川にィ宿を取ってもいいし、堤川で太白線列車を捉まえて寧越に泊まれば翌日の咸白の持ち時間もたっぷりと確保できる。
「こりゃ、イカしたアイデアではないか♪」
  と勇んで大田に着いてみれば、つぎ忠北線列車は2時間以上も彼方の話であった。かといって大田でなにをすることがあるワケでもなく、切符の自販機とにらめっこ(列車時刻を調べることもできる)。結局、釜山ゆき「ITXセマウル号」と正東津ゆき「ムグンファ号」とを東大邱で乗り継ぐ安東までの切符を手にすることとなった。宿泊地としては堤川より安東のほうに軍配が上がるし、どうしでも咸白にこだわるのであれば、朝イチの上り「ムグンファ号」を乗り継げばある程度の時間が取れるに違いないと思い直したからだ。

  その軍配の理由というのが、この安東名物「カンコドゥンオ(塩サバ焼定食)」なのでごぢいますо(^ヮ^)о  季節は秋。そいやサバの旬ではないかと思うワケだが、ときにコレを食べたいがためだけに安東を訪れることもあるという大好物なのである。もちろんこの日も旨かった。
「お元気でしたか!?」
  店主の笑顔で迎えられ、ご当地米のお土産までいただいてしまった。ホっとシアワセなひとときであった。

  とかなんとか、前置きが長くなってしまったが、なんだって安東にやってきたかといえば……。

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  ジャ〜〜〜ンッ♪
  コイツをカメラに収めたいがためだったのである〜о(^ヮ^)о
  なんのことやら???という方は、「금지야〜!」をご参照くださいマセ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  ここ数年間にわたり大韓のそれを発端に各地で「くむじアート」を探索してきたが、そのとてもじゃないが意味のあることとは思えない所業がおおむね間違っていなかったことを知らしめてくれた店であり屋号であり看板であるо(^ヮ^)о

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  で、まずは安東である。
  これまで何度も訪れてきた割には宿が定まらないので(最初に泊まったィ安旅館は親切な女将さんにココロが温まったものだったが、その後2回訪れたところ肝心の女将さんに会えず、そうなるとあえて泊まる意味もなくなってしまった。ひょっとすると不幸でもあったのかもしれない……)、今回もテキトーに宿を物色することとなった。いつも駅前から目抜き通りを奥に進んでしまいがちなところを、ふと気づいて右側に歩いてみたところ、こぢんまりとしたモーテルがあったので、そこに決定。わりと小ぎれいで快適な一夜をすごすことができた。

  ところで、かの御大・宮脇俊三は、安東を訪れたさいにマツタケでも食べたいと思いタクシーの運転手にマツタケの絵を描いて見せたという。マツタケの意の韓国語を知らなかったのだ。そしたら、その絵を見た運転手は安東にはそういうのはないといったリアクションとともに苦笑い(「韓国鉄道紀行」<『韓国・サハリン鉄道紀行』文春文庫に所収>)。たしかに、そういうの(どういうのだ?)があるような街には思えないのだが、なんとこの通りにはそういうのの客引きとしか思えないおばはんがクモのように巣を張っていた。モーテルの先にある水色の壁の家。さらにその向い側の似たようなたたずまいの安普請。おばはんの視線を躱しつつィ横目でチェックしてみれば、そこにはそのテ(どのテだ?)そのものと思しきピンクの灯が煌々と灯っているのであった。
  まっ、こっちはさっさとモーテルにチェックインしてしまったが、窓を開けてみるとそのおばはんが視界にある。生憎、ただひとりの獲物も引っ掛かっていない様子ではあったが、ケッサクだったのは、表通りをパトカーが通るや、さりげに物陰に姿を隠したりするんですねぇ。なにか後ろめたいことでもやっているのでしょうか(笑)。ニンゲン、ドラマありでござるよо(^ヮ^)о

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  ィ翌朝は早起きしてまずは安東バスターミナルに突撃。駅近くのバス停から乗るとたいては40分以上かかるのだが、早朝だからということか、その半分ぐらいの時間で着いた(道も空いていたが、信号に対する独自の解釈をもって運転していた運転手のせいでもあったかもしれん)。そこから、市外バスを捉まえる。

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  隣のバスに江原・洪川「人参・韓牛名品まつり」の広告が。ふと気になったのは、この「인기가수(人気歌手)」の文字である。はてさて、どんな「人気歌手」がお出ましになるのやらと思いつつ、ポンチャックやらinetTV(大韓の演歌専門チャンネル)的情景を想像してみたりするワケですよ。そこで帰宅してから調べてみたところ……、チャンユンジョン(トロットの大人気歌手)やらエイプリル(アイドルユニット)やら、あのキムセジョン(ちょっとタイプですなァ……30ぐらいか?  と思ったら20歳<当時・数え>とわかって仰天した)がメンバーだったりするクグダンなどなど、ホントに「人気歌手」がゾロゾロと出演したようで驚いてもしょうがないが驚いた。おそるべし「人参・韓牛名品まつり」ではあるが、なんとあの「オーロラ」の名前まであってもっと驚いた(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)



♨「オーロラ」ぞなもし。曲名の숨바꼭질(スンバコッチル「かくれんぼ」)とおりかくれんぼしたママなのかと思ったら御存命にてなによりо(^ヮ^)о

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  安東バスターミナルから目的地まではおよそ1時間20分。車窓はちょっとムーディー。もっともこのバス、ちゃっかりと安東駅前を通った。バスターミナルまで繰り出ざずとも、駅近くからの乗れたワケだが、ンなことは事前にわかりようもない。言うまでもなく、帰路はその駅近くのバス停で降りたが……。

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  眞寶バスターミナルで小休止。

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  眞寶は진보。コレで「チンボ」と読む。帰路のバスでは運転手が「チンボですよ。チンボで降りる人はいませんか〜?」と声をかけていた。

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  その眞寶でほかのみなさまは全員降りてしまいMASITA……という図。

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  しかし車窓は悪くない。

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  そんなこんなで英陽に到着。安東から東海岸方面に向う途中にあるィ山間の町である。

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  町ではあるが、その貌はあくまでのんびり。大韓の田舎歩きも楽しからずや。

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  そんなさなかにちょっとイイ作品がо(^ヮ^)о

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  本来であれば手前の「しゅぽ(すぽになってしまっているが)」が被写体であるハズなのだが……。

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  じつはこの「ちゅ〜ちゃくむじ(酒車금지)」、偶然に大韓のDAUM地図で発掘したシロモノなのである。場所はといえば、ここでふれたとおりのすこぶる不便なところ。しかも、コレ以外にこれといった物件があるワケでもなさそうだ……。とはいえ、こんなに愉快なブツを見つけてしまっては仕方がない、「でも、行くんだよっ」というワケなのでありMASITA(ついでながら、東ソウルバスターミナルとの間に直行便アリラン<所要4時間30分だが、往復すれば1日がかりですなァ……>)。

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  しかし一抹の不安はあった。こんな地方も地方の小さな飲食店である。DAUM地図の情報だって最新とは限らないし、わっざわざこんなところまでやってきた挙げ句に、店の痕跡すらなかったらあまりにも悲劇ではないか。英陽にはいちおうソンバウィ(川辺の崖というか巨岩が景勝地になっている)などの見どころはあるらしいけれど、来訪の目的にはこだわりを持ちたいからねぇ。もっとも、建物と看板こそあったものの、営業しているのかどうかは……?

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  しかしまぁ、悪くないところではある。こんな町で一夜をすごすのもタマにはいいのではないだろうか?

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  おっと、しゅぽо(^ヮ^)о
  目的を遂げ、そそくさと安東に戻る。うまくすれば上り「ムグンファ号」を捉まえて、咸白とのハシゴができるかもしれん……と思ったからだ。
  つづく。

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2017.10.24

その場所、デンジャラスにつき・・・の巻

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「おひさしぶりです」
「そうですねぇ。どれぐらいぶりでしたか?」
「この前が1月でしたから……」
「1、2、3……、お元気でしたか?」
  ソウルの定宿にて……。

  で、仁川空港に着くや、急ぎ足の乗り継ぎでやってきたのは忠清北道・沃川である。この駅と町を訪れたのははじめて。単語の変換登録すらしてなかったので、この機会に沃川を登録。

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  町は穏やか。ニョキニョキと高層アパートが群れをなしているのはいかにも大韓ではある。

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  19時ごろに着いて、いつものごとく行き当りばったりの宿探しではあったが、田舎の小さな町ということもあり、いちおうDAUM地図であたりをつけておくことにした。すると駅前といっていいところにこぢんまりとしたモーテルがあるので、まずはそこを訪れてみようと思っていたのだが、建物はあるのにすでに建築会社だかなんだかの社屋になってしまってITA……。
  見渡すと「ホテル」を名乗る7〜8階建てのビルも見えるが、1泊4万ウォンを上限にと決め込んでいたのでそれは最後の手段。プラプラ歩くと旅館が2軒。片方の地下はノレバン(カラオケ屋)なのでパスし、もう1軒を訪ってみればすでに満室の巻。う〜む、晩飯を食う前に宿探しをすべきだったかと反省しつつ、2万5000ウォンナリのこの旅館で無事に手を打ったのでありMASITA。

  ィ翌日、ふと読みさしの文庫本が見当たらないことに気がついた。考えられるのは旅館の部屋に置き去りにしたことぐらいなので、散策したあと汽車に乗る前に立ち寄ってみたところ、「ぁあ、いるぼんのネ!」と宿のハルモニが保管しておいてくれて一件落着о(^ヮ^)о  シブイ宿ではあったが、沃川を再訪することがあったら、ココにまた泊まろうと思ったものだ。

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  郡内バスターミナル。ココで1日6本のローカルバスをつかまえる。

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「この道を少し歩いてから左に進めばいいですよ」
  降りぎわに道順を教えてくれたバスの運転手は、「いいから、いいから」と運賃を受け取ってくれなかった。大韓では、ときおりこんな人情に遭遇する。
  その運転手には「龍岩寺に行きたい」と伝えて最寄りバス停で降ろしてもらったのだが、目的地は別のところにあった。

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  その目的地はココなりо(^ヮ^)о
  つまり、ココで腰を据えてKTXの走行写真でも撮るべぇと目論んだがゆえの沃川訪問だったのである。が〜〜〜〜……。

  この1カットを「試し撮り」した直後、控えめな音量ながら、「ピンポ〜ン」となにごとかが流れはじめた。じつは、場所はこんなだし、北朝鮮情勢があんなだしということで、ひょっとすると「撮影くむじ(禁止)」なんてな看板でもおっ立ってるかもしれんと思っていたのだが、それはなかったにしても、ちょっとした第六感が働いたので耳を澄ませてみた。すると、女声の録音放送が、
「この場所は国家保安法により(ちょっと聞き取れず)速やかにお立ち去りくださるようお願い申し上げます」
  ときた。物言いは最上級に丁寧ではあるものの「国家保安法」のひとことがあまりにもブキミである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  着いてみれば朝日の逆光でこんなだし、せめて昼過ぎぐらいまでは粘る心づもりではあったけれど、無用なトラブルは避けるが吉。2度目の放送を汐に退散するほかはなかった。なにしろ、ある意味で、テロリストやその他犯罪者の類よりデンジャラスなのが国家権力の発動ですからねぇ……。

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  ぁあ、無念!  この天気だし、順光になればちょっとばかりカッチョイイ写真が撮れるハズだったんだがなァ……。

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  とはいえ、周辺は穏やかムード。

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  せっかかくなので龍岩寺を訪れてもよかったが、そこまでの急な登り坂を歩くのが億劫だったので即断でパス。名も知れぬ小さな仏教寺院で無念の気持ちをなだめる。南無観世音菩薩……。

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  ぁあ、パガジを買ってくるのを忘れたわ。

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  少しちょび柄の入ったネコと遭遇。どうもこのテの柄は大柄になりがちなのか、ソウルでテレビをつけていたら体重10kmおっと10kgという巨大ネコが登場(最盛期のちょびも10kgに迫っていた。全長約150cm)。しかも名前が「주군(主君)」ときた。ぁあ、ちょびも「殿下」とか呼ばれてるからねぇ。「おい、殿下!」とか。ついそう呼びたくなるようなものが、このテの巨大ネコにはあるってこったろうねぇо(^ヮ^)о

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  でも行っちゃうし。

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  麓から龍岩寺。再訪の折にはぜひ立ち寄ってみようと思う。

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  麓でKTX。

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  ほかに使えそうなポイントがありゃぁいいなと思ってあれこれ歩き回ったけれど、残念ながらそれらしい場所に遭遇することはかなわなかった(国家保安法ポイントに近いと思われるロケーションの場所が地図上に認められるが、たぶんそこは「国家保安法2」なのであろう)。

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  在来線ぞいに駅まで散歩(2kmほど歩いた先の国道にいくつかのバス路線があるのだが、バス停まで来てみれば、そこから駅までのおよそ6kmを歩いたほうが早いというていたらくであった)。

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  いかにも“やる気”の失せたような写真ですなぁと自分で思いMASITAね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  沃川駅に帰還。予定より2時間弱も早く駅に戻ってしまった。ここから東大邱経由で安東に行くというのが当初のスケッチではあったが、あまりに実りのない沃川散歩だったがゆえ、あれこれほかのプランが思い浮かぶ。そこで、さしあたりは大田まで、ひと駅ソウル側に戻ってみることにした。ちょうどいい忠北線列車があれば堤川方面に、なければ予定どおり安東に泊まって、あとはィ翌朝に考えればいいと結論を先送りにしたのであった。
  つづく。

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2017.10.18

嗚呼、Dという世界! 大韓本小咄(ほか)・・・の巻

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  え〜、ただいま大韓散歩中でありますо(^ヮ^)о
  で、数ある大韓関連本──というよりあまたの旅行記のなかで傑作中の傑作だと長年にわたり確信しているのが一連の『ディープ・コリア』(DK)でありまッスムニダ。青林堂版(定本DK)からの愛読書なので、かれこれ20年以上のつきあいであることは間違いないが、その愛着ぶりを記すならばこんなこんな感じになる。

  ある年の大晦日のィ夜、盟友Sより電話アリラン……。
「なにやってた?」
「ディープコリア読んでた」

  オレからすれば事実をそのまま述べただけにすぎないが、ことのほかSがウレシがってくれたので、以来、「大晦日といえばDK」となって今日に至る(さすがに旅行先にまでは持参しないが……、荷物になるし・笑)。

  それにしても二十余年。当時は韓国語はおろかハングルの読み方でさえさっぱりわからなかったが、そのあたりが“解読”できるようになると、あれこれ見えてくることも少なくない。そのうち、ちょっとばかりギョっとしたのが、湖南線を往く満員の「ムグンファ号」の車内で著者らが出会った赤シャツのチョンユンギ青年、その彼が書き記した自らの住所である。いわく、「大韓民国全羅北道益山郡`*金馬面新龍里私書箱11号通信隊」(*益山郡=現・益山市)。益山市金馬面はあれこれ史跡のあることで日本人にも知られているが、ふと思って調べてみると、彼の記した連絡先ってのは、どうやら徴兵中の彼が勤務する軍隊の駐屯地のようであった……。

  ところで。最近になってこの傑作シリーズの意外ともいえる見落としを発見した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  表紙カバー(より厳密にはカバー裏だが)は、本来こうするべきだったのではアルマイトの弁当箱?

  それにして、も。
  なかには真面目すぎる悪評やとんでもない勘違いを受けている面もあるらしい本書であるけれど、大韓通いをはじめる数年前、大韓ツウの同業者Yさんと大韓話になったところ、彼はこう言い切ったものだ。
「わはは、そっちできましたか。でも、あの本(DK)に書かれてあることは本当ですよ」

  残念なことに、往時からすればかなり薄味になってしまったようではあるが、それでもDK世界にある種のやすらぎを覚えつつ、なんのと言い訳を弄して繰り出したくなってしまうのが大韓なのでありMASU。

  しかし、この最新版である『元祖〜』(K&Bパブリッシャーズ刊)ではちょっとしたショックも……。
  片隅につけくわれられたつぎの記述。

>著者の意向により、この目次は一部を除いて、実際のページ数、ページ内容と違います。(P367。『豪定本〜』ブルース・インターアクションズ刊の採録部分)
>P575〜P600のノンブルに整合性が無いのは、著者の意向によるもので落丁ではありません。(奥付)

  ンなこたぁ、いちいち断られなくても、本書を買うような読者がヤボなことを騒ぎ立てるとは思えないのだが、だれの「意向」による“おことわり”の類なのだろうか……?  たしかに、前者では「もくじ」と本文との内容はその大半が異なっているし、後者ではノンブルの一部が飛んでいる(もっとも、本文を読んでいて件の個所で「落丁」なんぞと思うとしたら、よほどの前衛的読者であろう)。
  この最新版の“おことわり”が著者の「意向」なのであればケチをつける筋合いのモノではないけれど、できることなら、世間の目を気にしたにすぎないなんていう事情でないことを祈る。

  いまひとつは『豪定本〜』から登場した薬山温泉のつぎのくだり……。

>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『豪定本〜』2002年)
>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『元祖〜』2013年)

  オレが当地を訪れたときは、件の薬山温泉ホテル(宿はココだけ)が改装なのか廃業なのか、半ばガレキ状態だったためその夜をすごすことがかなわなかった。しかし、そのときの直感からすれば「ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて」はまさにそのとおりだったに違いない。

  なにがいいたいか?  それこそヤボなのかもしれないと自らを戒めながらも、ココに“イイ顔”もポンチャックもブタの運搬もじいさんの亡骸もインドと有明のイヌもケンチャナヨすら汚物のごとく排除されたわが祖国(ついでに大韓もか?)の情けなさを勝手に重ね見てしまったのである……。ほんの蛇足ではありますが。

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  もうひとつのDK的存在として、この『誰も歩かなかった韓国の旅』(宮原誠也・昭文社・1997年)も愛読している。
  昨今でこそ一般の旅行案内書にも大韓の地方や地方中の地方、あるいは著名観光地とは無縁な土地や物件が取り上げられることも珍しくなくなったが、かつて大韓のそんな土地やひとびとに目を向けていたメディアはDKなどごく限られた存在にすぎず、そんななかにさりげなく現われたのが本書であったようだ。愉快なのは、ガイドブックの体裁を整えておきながら著者の主観や思いが随所にちりばめられていることで、あたかも大韓の食堂で大衆的なメシをごちそうになりながらざっくばらんな大韓話をうかがっているような楽しさに満ちているのである。もちろん参考になる記述も満載。本書を読みながら、再訪への興味がわく土地も数多いのであった。

Jeondongyangha

  そういえば、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)を開いてみれば、その大韓の巻(下巻)にひとも羨むようなDK体験が綴られていて、何度読み返してもグっときてしまう。

  DKにあれこれ紹介(?)されているが、日本やほかのあまたの国々でそうであるように、大韓にも有名無名の遊廓街というものがある。そのうちもっとも著名だと思われるのがソウル東大門区にある清凉里588であろう。あるとき、友人Tの反応を面白がるべく見学に連れ出したところ、「いやぁ、(店先に立っている女の)みんながみんながモデル級ばかりだねぇ」と妙な感心をしていたものだったが、「行ってきていいYO」とそそのかしたところ、「お前が見てるから行かない」と一笑に付されてしまいMASITA(突撃モードになられても困ったのであろうが・笑)。本稿を記すにあたって調べてみたところ、すでに撤去が進み、現在はまったくなくなったか、わずかに細々と火が灯っているだかといった状況らしいが、DKにもあるとおり、かつては相当に現実離れした世界が繰り広げられていたようだ。

  で、そうと知ってか知らずか、無防備にも紛れ込んでしまったのが若き畸人・藤原新也であった。
  清凉里界隈のとある暗がりの路地を歩いていた藤原、いきなり闇のなかから飛び出した腕に抱え込まれてしまったのである。咄嗟にはなにごとが起きたのかわからず、しかしやがてそれがいささか強引な女郎部屋の呼び込みであることを理解したのだが、なんにしてもそんな“買い物”なんぞするつもりがないのだから迷惑な話だ。ところが、その女──還暦ごろと思われる──が肥満した大柄のガタイを武器に、怯む気配をみせずに力一杯挑みかかってくるのだからタマラナイ*。服を掴まれて引っぱられるわ、体当たりを喰らわされて部屋に投げ込まれるわで大騒ぎの明け暮れですといっとところだが、
>部屋はひどく狭かった。化粧品とニンニクと醤油の混じり合ったような匂いがした。狭い床いっぱいに蒲団が敷きっぱなしになっていて、その上にトイレットペーパーが二つころがっていた。(同書244ページ)
  という描写には戦慄が走る(笑)。

  そんな格闘を繰り広げつつ、おばはんが娼婦を呼びに行っている間に逃げればいいと気づいた藤原、観念したフリをして「女どこよ?」とおばはんに問いかけた。それに対するおばはんの返事──。
「わしじゃわ!」

  でまぁ、そのあとも平手打ちを喰らうやらで往生したようだが、笑いを誘われつつも同時に悲しげな感情もわき出してくる。そんな情景やココロのやりとりを垣間見つつ、「ぁあ、DKだなァ……」との思いがジワジワと心身を包み込んでゆくのであった。

*たぶんこんな感じであったのであろうо(^ヮ^)о
「ノー、ノー!  ナヌン、イルボンサラムカンガンゲ、アンデヨ、アンデヨ!」
「아니〜〜괜찮아〜(アニ〜〜、ケンチャナ〜^^)」

Jeondongyang

  もっともっとジックリと藤原新也の大韓話を読んでみたいと常々思いつづけているけれど、それでも前掲書のほか『逍遥游記』(朝日文庫)などで少しずつ語られているので、同じ文章を幾度となく読むこととなる。
  そんななか、写真中心にまとめられたのが本書『全東洋写真』(新潮社)である。いうまでもなく、ここで写真を通じて綴られているのは大韓だけではないが、東洋の西の果てから旅立ち、次第に東へと歩んでゆく道ゆきにあって、大韓の描写にふと目が止るとともに、ある種の懐かしさが込み上げてくるのであった。それは、『逍遥游記』で語られているオンドルにも通ずる安心感であり、温もりでもある。どうやら、そういう時空こそが、オレがあれこれ歩き回りつつ探し求めているものなのかもしれないなどと思いつつ……。

Thaitetudosanpo

  ところで、大韓から東南アジアへのプチ浮気をしている昨今ではあるが、某編集部のMさんから「参考にどうぞ」とプレゼントされたのが『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)であった。
  いやぁ、面白い!  単純にタイの鉄道の旅を網羅した旅行案内書なのだが、読んで楽しく、しかも大いに参考になっている。

「すごい本をいただきましてね。大袈裟かもしれませんが、究極の鉄道ガイド本というか、少なくとも汽車旅ガイド本の“あるべき形”として完成しているように思うんです」
  これは、“師匠”でもある故・野口冬人に本書を見せたときの話だが、事務所でひととおり見たあと、食事の席でもふと気になったのか、「あの本、もう一度見せてくれ」と熱心に内容を検分していたのを思い出す。

  欲をいえばもう少し文章による説明を深めたり表組を用いてもいいような気がしないでもないけれど、明解な内容は細部にわたり目が行き届いている。くわえて、繰り返し読めるガイド本であるというその一点だけでも、本書がお気に入りかつオススメの一冊となっているのであった。オレもがんばらねば!

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  残念なことに、DKに匹敵するディープな旅本というのは、じつはあるようでなかなかないものだ。貴重な例外として『インドでわしも考えた』(椎名誠・集英社)からはDI(ディープインド)を感じる。同行の編集者や写真家まで登場させながらもあんなに面白い紀行文に仕上がるとは……というのはついでの感想だが、ようはああいう話でもある。

  そんななか、本書『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)は、決してDT(ディープタイランド)ではないものの、タイという国やそこで暮らすひとびとと密着した一冊として、ところどころではあるけれど深めの世界を提示してくれている。しかし、自分自身もまた好きなように歩き回っているけれど、そうそうはハマリ込めないものなのだといまさらながらに思う。いうまでもなく「D」という世界にである。

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  おまけ。マウリツィオポリーニは大リスペクトするピアニストのひとり。とりわけ、かれこれ35年以上にわたり愛聴してきたショパンの前奏曲集や練習曲集などを聞くたびに、そうそうはああいう演奏はできないとの思いを新たにする。で、あるときなんの気なしにネット通販を検索していたらこのインタビューDVDが目に入ったのでさっそく購入。ここにももちろん「D」の世界が満載ではあったが、音楽の話とは異なるところでドキっとさせられたところがある。

  じつはまったく知らなかったのだが、ポリーニはイタリア共産党の党員なのだという。ただしイデオロギーからの参画ではなく、当時のソ連よるプラハ侵攻に対してイタリア共産党が真っ向から批判を繰り広げたことなどから「リベラル」の受け皿として党員となったことが語られている。こうしたエンタテイメントに関するインタビューで、そうした政治的な問いをぶつけるインタビュアーも立派だが、正面から答えるポリーニからもまた学ぶべき点が多いと思う。とりわけ、権力側におもねっていないという点で。

  その話の流れのなかで、(イタリアにおける)右翼への批判が展開されている。具体的な言及はないものの、相当に酷いありさまらしく、当時をして最大級の罵倒をぶつけたかったようだ。ところが、昨今の状況はさらなる悪化の一途を辿っており、ポリーニいわく「最低」をしのぐ形容詞が必要だという。
  う〜む。いっそのことポリーニの“リクエスト”に対し、「ABE」というのを輸出したらいいのではないかと思ったものだが(なんか、大韓ではそのテの用語が裁判沙汰にすらなったそうですなぁ。「お前はABEみたいだ!」とかそういうのが「名誉毀損」──ネタにされた側にではなく、「みたいだ」と罵られた側に対して──とされたとかされないとか。イイ話ですな)、世界のあちらこちらで不穏なよどみが拡大しているのがなんともおそろしい……。

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2017.10.12

ヒコーキ本も楽しからずや・・・の巻

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  近ごろ凝っていることのひとつにヒコーキ本がある。長年にわたり「汽車旅愛好家」を自称してきたし、仕事でもなにかと鉄道モノに関わっているけれど、大韓をはじめとする外国取材が多くなれば、必然的に飛行機のお世話になる機会が増える。すると、鉄道趣味と同様に、座席や室内設備のバリエーションや航空会社ごとのサービス、航空運賃といったヒコーキ旅に直結する分野はもちろん、運航ダイヤや航空機の運用、危機管理対策など裏方的な面にも興味がわいてくるものだ。

  あくまで個人的なものだが、不思議なことに鉄道におけるそれと航空におけるそれとの違いがある。鉄道ではメカニックの分野にはさほどの興味はなく、「電車好き」であればいちどは憧れるであろう鉄道車両の運転にも、子どものころを含めてソソられた覚えがない(運転室後方などから前面展望を楽しむのは好きだが)。ところが、これが飛行機になると自ら操縦したくなってしまうのだから始末が悪い。クルマで、自宅車庫から大通りに出るまでを「タキシング」と呼んでみたり、直線道路でついついセンターライン上を“名古屋走り”しながら思いきり加速したくなったり(してませんよ・笑)、操縦桿と化したハンドルを引上げたくなったりというのは童心に返った中年男のお遊びではあるが、たとえば効率的な揚力を得るための翼の仕組みなど、鉄道ではほとんど関心がないハズのメカニックについても、そのひとつひとつが面白く感じられるのだからわからない。

  ヒコーキ本にもさまざまな分野があり、それぞれに個性的な著者が活躍している。そんななかでシンパシーを感じるのが本書の著者・チャーリィ古庄である*。詳しくは次項で述べるが、ある種「でもやるんだよっ!」を体現した航空写真家であり著述家だ。どの著作も面白いが、この『旅客機の一生物語』(イカロス出版・2013年)はとりわけ傑作のひとつだと思う。

  内容は表題のとおり。各章の大見出しを列挙すると、
>旅客機の開発>旅客機の誕生>デリバリー・フェリーフライトと就航準備>旅客機の運航>旅客機の終末
  となる。飛行機の設計から商談、誕生、エアラインへの引き渡しなどが詳細なルポなどとともにわかりやすく解説されてゆく。2大メーカーであるボーイングとエアバス両社の組み立て工場のルポや購入された飛行機が本拠地へと引き渡されるフェリーフライトの様子などは、部外者にはなかなかお目にかかれない分野ということもあって読みごたえがあった。

  個人的にソソられたことのひとつに「シップパターン」と呼ばれる航空機の運用がある。簡単にいえば、1機の航空機が、日々どのような行程をこなしているかということで、このブログでも航空時刻表から推理した話をアップしたことがあるが、本書ではそれをじつに面白くまとめている。たとえば、羽田を起点に、富山や米子、高知、鹿児島、神戸、札幌、沖縄……という運用を1週間でこなす例(全日空・B767-300)や、ブエノスアイレス→パリ→ドバイ→パリ→サンパウロ→パリ→成田→パリ→ベイルート……(エールフランス・B777-300ER)といった具合。まぁ、鉄道の「時刻表」が好物なゆえ、こういうのに興味を持つのは自然のなりゆきではあるのだが……。

  終章「旅客機の終末」では、引退後のあれこれが、解体現場などのルポをまじえながら綴られている。本書のほか『ホントにある!! 世界のビックリ空港探訪記』(イカロス出版)でも紹介されているが、B747をまるごと宿泊施設としたストックホルム・アーランダ空港のJumboHostel(誤植を発見・笑)にはぜひ一度訪れてみたいし、『世界おもしろヒコーキ旅』(エイ文庫)で著者が訪れているB727で暮らす米国人おとっつぁんの話もチラリと触れられており、読んでいるほうもまた、ヒコーキの一生、その面白さにのめり込んでしまうのであった。

  ところで、本書によってはじめて知った「トリビア」。とある路線の定期便旅客機には一風変わったモノが用意されているというのだが、搭載されていないものはつぎのうちどれでしょう?
  ・釣り道具
  ・猟銃
  ・投網

  正解は本日アップの末尾にてо(^ヮ^)о

*注:このブログでは原則として著名人──とりわけ著作分野やスポーツを含むエンタテイメント分野など──の敬称は省略することにしている。なぜかといえば、敬称省略こそがある分野で抜きん出た人物に対する本質的な敬称だと考えるからだ。そう考えるようになったのは比較的最近になってからだが、きっかけのひとつとして日々目にするネットのヘッドラインがある。たとえば、現役引退するや「氏」つきになってしまうスポーツ選手。あるいは不祥事を起こした挙げ句に本業ができなくなった芸能人(「引退」などと言われるが理解不能)の動向が「氏」つきで報じられる。なんだか形だけを無難に整えたかのようなそれらの「氏」つきに嫌悪に近い感情をなぜか抱いた。それに、まさか「夏目漱石氏」だの「坂本竜馬氏」などとは言うまい……ですよねぇ?

  もっとも……、「テレビやら新聞やら見とってね、《蝦子逮捕》って呼び捨てで出てんのと、《蝦子さん逮捕》って、さん付けで出てんのがあって、さんが付いていると、まァ、いいんですけどね、《蝦子》って呼び捨てだとね、傷つくんですよね、いかにも犯罪者みたいで、ヘヘヘヘ」(『電氣菩薩・上巻  豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)ってな話もあるワケですが。

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  同じ著者による『ビックリ飛行機でゆく世界紀行』(イカロス出版)は先に触れた『ホントにある!! 世界ビックリ空港探訪記』のいわば姉妹書。この2冊こそが「でもやるんだよっ!」の体現であり、読んでいるこちらとしては、そんなところにまで飛んでいった著者に対しあらビックリといった楽しさに満ちている。

  冒頭には「世界一短いフライトへの長〜い旅路」と銘打って、“飛行時間1分”という定期便フライトとそこに至るまでの「長〜い旅路」を臨場感たっぷりに再現。その現場は大英北部のオークニー諸島<フライト例→flightaware.com(PAPA WESTRAY AIRPORT)>。日本から見ればまさに空の果てといってもよさそうなスタート地点に辿り着くまでの旅人(著者)の労苦は、時間やその手間に加え金銭的な点でもまさに「でもやるんだよっ!」の世界であり、ィ世の中捨てたもんでもないもんだとウレシくなってしまうのだ。

  本書にはそんなヒコーキ旅が満載なのだが、分野や程度の差こそあれ、オレ自身が鉄道の旅という遊びに求めているのは、まさにこういう世界なのである。いうまでもなく、そんな旅を自分なりに本としてまとめたいからこそこのブログでタレ流しているような汽車旅に赴いているのであり、コトあるごとに編集者をけしかけていたりもするのだけど……なんてボヤいている場合ではありませんわな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  読み物ではないが、つい仕事のクセでこういう本も手元に置きたくなる。さしあたり最新にこわだるまでもないので、古書で入手したものの、昨今のエアライン業界の慌ただしさといったら……。

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  多少なりともヒコーキのお世話になりつつ、鉄道とあれこれ比較したくなるのは汽車旅派の性といえるだろう。ひとつわかったのが、上級設備の座席や付帯サービスは鉄道の敵ではないということ。逆に、ファーストクラスがいかにグレードアップしようと、こと設備に関していえば鉄道にかなわないだろうということである。

  まず、ビジネスクラスとJRのグリーン車とを比べてみると、機体やエアラインにもよるとはいえ、総じて航空機のほうがレベルが高い。昨今のビジネスクラスはかつてのファーストクラスをしのぐレベルであり、フルフラットシートはもちろん、流行のシェル型シートは極めて快適。後者でいえばJR東日本と西日本の一部新幹線車両にお目見えしているものの、「グランクラス」と名づけられた新カテゴリの料金が適用されているし、高速鉄道ゆえ乗車時間が限られていることなどを考えると、コストパフォーマンスの点であえて乗ろうという気にはならない。もちろんビジネスクラスも正規運賃で乗ろうと思えばべらぼうに近く(ただし正規運賃同士だとエコノミークラスとの差は意外なほど小さい)、ふだんエコノミークラスを割引運賃で利用している身からすれば、とてもじゃないがそんな贅沢をする気にはなりようハズもない。

  ところが、エアラインには鉄道にはみられないサービスがあるのだから面白い。エコノミークラスのそれも格安航空券利用者に対してさえ、ときにビジネスクラスをふるまってくれることがある(座席だけの場合と食事サービスなどを含む場合とがある)。また、マイレージを使ってアップグレードをしたり、特典航空券によるビジネスクラスの旅を楽しむこともできるため、意外とささやかな贅沢をできる機会に恵まれるものなのだ。また、空港ラウンジや食事のサービスなどはほとんど航空の独断場である(鉄道でもごく一部にみられるが)。

  一方、ファーストクラスでは個室タイプやシャワー室つきまでが出現。ハイレベルな食事はもちろん、なかには高級車による空港送迎サービスを取り入れたエアラインがあるなどつかの間の「王侯貴族」気分を味わえる。運賃もべらぼうではあるが、一度ぐらいは体験してみたいような気がしないでもない。

  ところが、少し前であればわが国の鉄道には、それをしのぐ設備があった。「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」などにあった「スイート」や「ロイヤル」といったA個室寝台にはダブルベッドや専用のシャワーも備えられていたし、「シングルデラックス」やB個室「ソロ」などにしても航空のファーストクラスをしのぐプライベート空間が約束されていた(最後の寝台列車となった「サンライズエクスプレス」の「シングルデラックス」は素晴らしく快適。列車の利便性だって抜群だ!)。さすがに送迎やラウンジこそなかったものの、別料金ながらフランス料理フルコースなども楽しめた快適空間を比較的気軽に体験できたのである(ついでにいえば新幹線にだって個室があった)。が〜。そんなわが国の鉄道が培ってきた極上サービスを自ら放棄したJR。昨今では自社の殻に閉じこもった遊園地の「お猿の電車」のような、そのクセ値段ばかりがべらぼうな上げ底漫遊列車が流行りのようではあるが、そんなカネを払うのであれば外国の高級列車の旅を選ぶよ、オレは(まぁ、車内外で日本語が通じるという点だけはありがたいのでしょうけれども・笑)。

  っと、話がそれてしまいMASITA。本書『ビジネスクラスGUIDE BOOK』(イカロス出版)は、ワンランク(いや、もっとか?)上の飛行機の旅を誌面で楽しめる1冊(日本発着航空会社のフリートやサービスなどを網羅した『エアラインGUIDE BOOK』<同社刊>も資料として重宝している)。
「へぇ〜、飛行機にもいろいろなサービスがあるんだな」
  といったところではあるが、日ごろ愛用している(?)エコノミークラスの座り心地についていえば、フルキャリアもLCCもあったものではなく、鉄道の特急普通車ほうが快適な場合が多いのが残念な航空業界ではある……。

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「杉江さんって、JAL内部での評価はどうなんでしょうか?」
  質問の相手はかつてJAL国際線で客室乗務員を務めていた先輩である。
  こういう問いを発したのは、この『機長の告白  生還へのマニュアル』(杉江弘・講談社・2000年)をはじめとする一連の著作において、著者がかなり率直な見方や見解を展開しているからである。タイトルからも想像できるとおり、著者は元JALの機長であった人物(本書をはじめ現役時代の著作もある)。もちろん、そうした率直な話こそがオレの求めるもので、こんな問いがアタマに浮かぶことからして不粋なのではあるのだが、まがりなりにもマヌケなニンゲン社会の一員である身としては、筋違いなリアクションをつい想像してしまうのは致し方ない。念のため、とくにヘンな話は耳にしたことがないとのことではあったが……。

  本書は、現役のベテランパイロットが、さまざまな航空事故例などを通じて、パイロットの立場を活かしながら安全への提言をまとめたものだ。
  あの“御巣鷹山事故”を筆頭に、テネリフェ空港で起きたKLMとパンナムとのジャンボ同士の衝突事故(1977年)や名古屋空港における中華航空機事故(1994年)など実際に起きた事故を題材としながら、その経過や原因究明に留まらず、仮に同様の事態に遭遇した場合、いかにして生還を果たすかという至上の問題に取り組んでいる点に本書の価値がある。航空機が事故に陥るさいのさまざま要因を掘り起こし、「どうしたら事故を減らせるか」、「いや事故を絶滅できるか」という問題(「まえがき」)に対し、まさに現場を預かる人物が迫っているわけだ。

  それぞれが難題かつデリケートな問題ではあるものの、オレのようなシロウトにもわかりやすくかつのめり込みやすく綴られてゆく報告や提言にはえもいわれぬ迫力がある。一例を挙げると、第5章「片側二基のエンジンが止ったら」(注:著者は片側2基、両翼で4基のエンジンを持つB747のパイロットだった)で、バードストライクについて触れている。バードストライクとは文字どおり鳥類との衝突事故で、ときにエンジンの致命的な損傷を引き起こすことがある恐ろしい現象だ。とりわけ離陸時の衝突は深刻だが、「最悪のバード・ストライクは現実に起こり得る可能性があるのだ」(140ページ)。

  そこで、著者は同僚らの協力を得ながら、ジャンボジェットの離陸中にバードストライクにより片側2基のエンジンが停止したという条件をテーマに、シミュレーター(「ほしい是!」と思ったら、1台30億円と知って嘆かわしくも断念・笑)を用いてその生還への道を探った。それは、
>何回墜落したことだろう。(中略)いくらシミュレーターでも、地上に衝突する瞬間は気持ちのよいものではない。(142ページ)
  というその繰り返しであったという。そして数知れぬ試行錯誤を経て、ついに生還を果たしたのだが、いうまでもなくこの訓練はこの種の事故を撲滅したいというその一点に収斂するものだ。

  ほんの一例だけを挙げてみたが、本書は航空機の操縦という仕事に留まらず、人間や社会が起こり得るピンチをいかにして乗り越えるべきかという大テーマをも内包しているようにも思える。失敗は成功のもとではないが、成功のもとを紡ぎ出せるだけのセンスを磨き、成就させるための努力を怠ってはならない。そんな提言とも受け取ってみるのだがどうだろうか?

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  そうした著者の思想は、本書『機長の失敗学』(講談社・2003年)でも濃密にまとめられている。そのまえがきには、
>パイロット(コックピット)の「失敗学」は、一般社会で使われるものと少しニュアンスが異なる(中略)。(パイロットの場合)自らの大きな失敗は絶対に許されないからである。いうまでもなく飛行中の失敗は、重大事故、死を意味し、ゼロからの再出発はありえない。
  とあり、読者はただならぬ感想をここで抱くかもしれない。
  前半では“御巣鷹山事故”を起点に、同様の事態を想定した生還への可能性を探っている。そのほか、前掲書でも取り上げられたいくつかの事故にも触れ、緊急事態に対する提言を展開。乗客たる一般読者にとって手出しのできない世界ではあるが、多くの想定されうる危機にあっても、生還がけっして不可能なことではないとのメッセージを個人的には汲み取った。

  しかし、本書で面白いと思ったのは、そうした事故に対する「失敗学」よりも、むしろそのあとで語られている航空現場における日常的な改善への提言であった。10章ではメキシコ〜バンクーバー〜成田〜香港というコネクション(乗り継ぎ)に起きた遅れとその対応や、つづく11章では、夜間便の出発間際に発生した機体の不具合を受けて、到着地である香港の門限に間に合わせるために試みた著者本人の体験などを紹介。航空に関するあらゆる分野(操縦はもとよりメカニックや気象、発着空港の状態、保安、取り決め、当日の搭乗客の様子などなど)を熟知し、新たに起きた事態に対していかに的確かつ迅速な判断を下してゆくか?  数々の実例や提言を読み込んでゆくのはなんともスリリングであった。

  ついでながら、件の先輩に著者が何度か指摘している宇宙線被爆の問題についても訊いてみた(「うちゅうせん」と質問して当然のごとく「宇宙線」の話だと理解した先輩N女史であった)。
「杉江さんは、宇宙線被爆についてもたびたび問題提起していますね」
「たしかに、パイロットで早くに亡くなるひとは多いです」
  そのときは「やはり……」と思ったものだったが、ではさて、同様に被爆しているハズの客室乗務員はどうなのだろう。ウッカリ訊き忘れてしまった。

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  ここで取り上げた3冊以外にもいくつかの著作に触れてきたが、興味を引いたことのひとつに航空機のハイテク化がある。さすがに専門的なメカニックを理解できるだけの知識も頭脳も持ち合わせていないものの、航空分野におけるハイテク技術の進歩には、いまさらながら感心させられる。
  ただやはり問題はあるようだ。著者がいくつかの著作で繰り返しているのは、コックピットの設計にあたって、その操縦者たるパイロットの意見や生理がほとんど反映されることなく技術ばかりが進化しているというのである。前掲書でも、たとえばMD-11とB747とを比較し、パイロットとしてMD-11コックピットの不合理ぶりを明らかにしている。ここでは詳細は割愛するが、一例として異常時における操縦をメーカー側がなんら考慮していないと指摘。非常用計器類が極めて目視しづらい位置に配置されているのは、多重装備となったコンピュータ管理のシステムのすべてが故障することはありえないというメーカー側の主張に対し、「過信」であると論破しているのだ(つまり、わが社の航空機では、非常用計器が必要となる事態など訪れるハズがないのだから、そんなものは形だけつけておけばいいというセンス)。

  本書『危ういハイテク機とLCCの真実』(杉江弘・扶桑社・2013年)では、いくつかの事故を例に挙げながら、操縦現場におけるデジタル化に潜む危険性などについて言及している。そのなかでは、速度計の違いなどは門外漢にもわかりやすいだろう。すなわち、従来型の指針型(アナログタイプ)と数字型(デジタルタイプ)である。自動車でもデジタルタイプが導入されたこともあったが、現状ではどうだろうか?  指針によって直感的に速度(加減速を含む)を捉えやすいアナログ型と、画面にある具体的な数字をアタマで理解しなければならないデジタル型……。まぁ、個人的には目覚まし時計に限っていえばデジタルに軍配を挙げるが、それも比較的操作がしやすい携帯電話などに限った話だ。日常的な、たとえば腕時計では絶対にアナログのほうが使いやすい。いわんやチマチマとしたモード切り替え(「複雑化したモードオペレーション」同書126ページ)を要するのでは、ミスが起きる可能性はケタ違いに高いのではないかと思うのだが。

  そんなモード切り替えミスに起因して多数の死者を出した事故のひとつが、1994年に名古屋空港で起きた中華航空機事故なのだという。モード切り替えの失念やその後の対応ミス、さらにそうしたケースにおいて事態を悪化させうる可能性を理解していながら抜本的な対策を取らなかったメーカー(「パイロットも知らなかった自動操縦装置のロジック」同50ページ)。コンマ何秒の世界で生死を決し得ない世界にあって、はたして技術の進歩は十全に応えているのだろうか……?

  また、エアライン機ではないが、きわめて重要と思われるつぎの指摘──。
オスプレイについてアメリカや日本の関係者は、しきりと機体に異常がなく、過去の数件の事故はパイロットの操作ミスや追い風が原因だったとしているが、パイロットの立場からいわせてもらうと、パイロットにとって操縦が難しい機体は、そもそもそれ自体の安全性に問題があるといわざるを得ない。(55ページ)

  ところで、著者は一連の著作のなかで、ハイテク化が進むなかにあって、本来人間が得意としている分野をあえて自動化することに対し疑問を呈しており、やはり興味を引いた。人間(アナログ)の得意分野を自動化する一方で、機械(ハイテク)が不得手な分野を人間が受け持つという逆立ちした世界。航空に限らず、いまいちど人類として考え直してもいいのではないかと思う。

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  もはや“古典”の部類かもしれないが、『危ない飛行機が今日も飛んでいる』(メアリー・スキアヴォ著/杉浦一機・翻訳監修/杉谷浩子・訳/草思社・1999年)も読んでおきたい一冊だと思った。
  内容はまさに表題のとおりで、著者の仕事上における体験などから、航空会社のみならず、それを監督するハズのFAA(連邦航空局)の怠慢ぶりなどが、ややエキセントリックな口ぶりによって白日のもとにさらされている。危険極まったLCCの代表格として知られるバリュージェット社における安全無視の体質やその結末(創業早々緊急着陸などのインシデントを繰り返した挙げ句に墜落事故を起こして会社もろとも失墜した)などは、背筋に冷たいモノが走るような緊張感をもって語られており、冒頭からどんどん引込まれてしまった(ついでながら、個人的には「バリュー」──格安が売り物──を名乗る製品やサービスは極力避けるようにしている)。が〜……。
  全体を読み終わってみれば、有益な話が多数語られている一方で、この著者はいったいぜんたいなにを訴えたかったのだろうという感想が浮かんでくるのを禁じ得なかった。

  とにかく前半ではFAAをはじめとするアメリカ合州国の役所のいい加減な仕事ぶりが暴露され、驚くとともにその顛末への興味を引いた。ところが、少なくとも本書のなかで、その顛末が語られることもなければ、いわんや一連の怠慢が改善されたかどうかさえ明らかにされないままになってしまっているのである(終章で語られる提言にも一般論の域を出ていない内容が目立つ)。

  驚いたのは11章「どの航空会社が安全か?」をはじめとする読者(航空利用者)向けの提言・アドバイスであった。たとえば、11章中盤では「運航停止などの処分を受けたことのある航空会社」として具体例を挙げている。そのなかでデルタ航空をはじめとするアメリカ合州国の航空会社の問題点を手厳しく指摘。また後段の「結論──常識を働かせて判断しよう」ではアメリカン航空の数多いインシデントを列記している。デルタもアメリカンも、ともに米国屈指の大手だが、自国の大手に対しても遠慮なく問題点を指摘しているともとれる(ユナイテッドやUSエアについても手厳しい)。このほか、自国における空港警備の問題点や実情などなかにはショッキングな報告もされているのだが、そうしておいて「結論」の筆頭が「アメリカの航空会社を利用しよう」となってしまうのはどうしたことだろうか。ここにはこうも記されている。

>仮に事故が起こった場合、アメリカの裁判所なら条約や法律の悪用を積極的に退け、はるかに公平な審判を下してくれるだろう。
  たしか、著者はそのアメリカ合州国の役所や航空会社らの怠慢インチキぶりをざんざん暴露していた思うのだが……?

  いまひとつ挙げておきたいのは、1981年に米国で起きた航空管制官大量解雇事件である。

・イ:このような熟練管制官不足は(中略)1981年には、レーガン大統領がストライキを理由に、1万1000人の航空管制官をレイオフ(解雇)した。組合の弱体化と新規の低賃金管制官の再募集が狙いであった。(『空のプロの仕事術  チームで守る空の安全』(杉江弘・交通新聞社新書)

・ロ:一九八一年に大規模なストライキが行われ、レーガン大統領が一万一千人の管制官を解雇した(『危ない~』182ページ)

・ハ:一九八一年、FAAはとんでもない規模のストライキが近く行われることを知り、それに備えていた。レーガン大統領が違法なストライキの参加者を解雇するつもりであることもわかっていた。(同207ページ)

  引用「ハ」については、「新人を呼び寄せるための餌として」年収の5%をボーナス支給したことなどに言及、それが10年以上経っても廃止されないままに支給され続けている点を指摘しているが、プラス5%の分母については一切触れられていない。

  ;ついでに揚げ足取りをすると、「夜の最終接続便に子どもを乗せるのは絶対にやめよう」との提言もある。ここでは子どもだけの旅を想定しているようだが、途中で足留めとなった場合を慮っての話のようだ。ところが……。

>ノースウエスト航空なら、おそらく子どものためにホテルの部屋を予約し、見張り役として社員をドアの外に立たせるだろう。しかし、サウスウエスト航空なら、子どもをバスに乗せてしまうかもしれない。(162ページ)

  このくだりには、訳者も苦笑したに違いないと想像するが、ノースウエストを何度か利用した友人は「へっ?」と絶句した(笑)。
  ちなみにいえば『航空会社の選びかた[海外旅行編]』(チャーリィ古庄・エイ出版・2007年)のノースウエストの項にはこう記してある。
>何かトラブルがあった際の対応は、「ノースウエスト」ではなく、「ノースワースト」と言われるぐらい良くない。トラブルでは筆者も何度も泣かされている。
  まさか乗客サービスにおいて人種・民族・国籍差別を同社がしていたとは考えたくはないが……?


  揚げ足取りはまだまだ可能な本なのだが、いまひとつ疑念を抱いたのは、この本そのものがある種の政治的プロパガンダとしての狙いも持っていたのではないかということだ。
  文中では連邦議会の議員らの動きも報告されているのだが、問題アリの例として、ことごとく民主党議員が、たいていは所属政党名とともに取り上げられているのである(実際にそのとおりだったのかもしれないが)。所属政党が記されていない人物のひとりにジェームズ・オーバースター(Jim Oberstar)があり、出だしで(著者が)期待して後段で(著者が)失望している。調べてみると、この人物も民主党議員で、2010年11月の選挙で共和党候補に敗北していたことがわかった。
  原著が発売された1997年3月は第2期クリントン政権がスタートした直後であり、この推論を裏づけることにはならないが、著者の思惑が気にかかるところではある(別段、プロパガンダであろうとなかろうと、この場合は本質的にはどうでもいいことではあるが)。

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  ところで、LCC。「格安航空会社」とも呼ばれ、フルキャリアと比較して格安ないし割安な運賃を武器にその勢力を伸ばしている。たしかに安価な運賃は魅力だし、使い方によってはかなり便利な乗り物だろう。「ローコスト」だからといっても、少なくともわが国においては大事故は起こしていないなど、一定の評価はできるようにも考えている。しかし、あくまで個人的な見方だが、LCCの普及とともに、航空運賃はむしろ値上がり傾向にあるのではないかという気がしている。

  たとえば、このごろ目立つことのひとつにリゾート地などを結ぶ路線を中心に、フルキャリアが傘下のLCCに運航を移管していることが挙げられるだろう。
  個人的な話になってしまうが、目下ボルネオ島の取材を計画していて航空運賃を調べてみた。東京からの直行便もあるが、運航日限定のため、クアラルンプールやバンコク、シンガポール、あるいはソウルなどでの乗り継ぎが候補に挙がった。LCC路線としてはエアアジアグループ同士をクアラルンプールで乗り継ぐこともできるが、LCCは基本的に連絡運輸(コネクション)をしていないので、遅れなどのさいの不安が拭えないし、手荷物ぶんの運賃付加だってバカにならないから候補としての順位は低い。

  ところが、バンコク経由にせよシンガポール経由にせよソウル経由にせよ、東京とそれらの都市間はともかく、ボルネオ(コタキナバル)への乗り継ぎ便はマレーシア航空を例外としてことごとく大手傘下のLCCなのである。ただし、1冊の航空券として連絡運輸をしているらしく、形としては運航会社が子会社になるだけの話のようにも思える。だが、予約はあくまでフルキャリア(親会社)のそれとなり、LCCの売り物であるハズの格安運賃が適用されるワケではないようなのだ(つまりソウル経由OZ・アシアナとRS・エアソウルとの乗り継ぎとした場合、全行程が「OZ」となり、割引運賃もOZのレートが適用されている)。機内サービスはLCC仕様なのにである。この場合、たとえば成田〜仁川間と仁川〜コタキナバル間とを別途に購入すれば、エアソウルの安価な航空券が利用できるかもしれないけれど、仁川では一旦韓国に入国したうえで改めてチェックインする必要があるなど煩わしい。だからといって、わざわざ高い運賃を払ってLCCに乗りたいとは思わない。

  一方、フルキャリアが正規割引を含む格安運賃を縮小する傾向も見てとれる。ひとつは、プレミアムエコノミーの導入やビジネスクラスの拡大によるエコノミークラスそのものの縮小。いまひとつは正規割引航空券の価格や販売数の見直しである。それをカバーするためか、大都市間であろうと便の一部を傘下LCCに置き換える動きも見られ、フルキャリアにおけるエコノミークラスの扱いが姿を変えつつあるように思えるのだ。現状では、フルキャリアでも格安レベルの運賃が設定されているが、この先ははたしてどうなるだろうか?  くわえて、気がついてみれば旅行代理店の「格安航空券」が姿を消しつつあるし、同種と思われる航空券(予約クラスなどから推測)も軒並み価格が上がっている……。

  さて、本書『激安エアラインの時代  なぜ安いのか、本当に安全なのか』(杉浦一機・平凡社新書・2012年)では、LCCについてのみならず、航空運賃の変遷などについてわかりやすく解説。現在の主流となっているゾーンPEX運賃の成り立ちやその経緯、航空自由化の歴史や航空連合(アライアンス)の流れなど、複雑になりがちな航空業界の仕組みを、利用者目線でまとめた一冊となっている。この分野の変化は刻々と変化しており、本書の発売からわずか5年間でその状況はだいぶ変わってしまった面もあるが、マニアならずとも、ヒコーキ愛用者にとって一読する価値の大きい著作だといえるだろう。

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  同様に、この『墜ちない飛行機  安全なエアライン、機種を選ぶ』(杉浦一機・光文社新書・2004年)も、エアラインの基礎知識的な一冊だといえそうだ。発刊から十数年が経っていることもあって情報が古くなっていることは否定できないものの、事故やインシデント、その背景などについてわかりやすく解説されており、一気に読み進めることができた。

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  ついでに(?)こんな一冊もо(^ヮ^)о
  本書『一九五二年日航機「撃墜」事件』(松本清張・角川文庫)のモチーフとなった「もく星号墜落事故」(1952年)は、いまだその真相が明らかにされていないナゾに包まれた航空機事故(概略はWikipediaなどをご参照)。詳細については割愛するが(1ウォンにもならないってのにここまで長々と“でまかせ”を書き並べてきてくたびれMASITA・笑)、現実とフィクションとを巧みに紡ぎあげるという著者お得意のストーリー展開はどこまでもスリリングであった。
  そういえば、あの御大・西村京太郎を挙げるまでもなく、「鉄道ミステリー」は数多いが、「航空ミステリー(小説)」はかなり未開拓なような気もする。う〜〜〜む……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  おまけ。そんなこんなで鉄道モノから航空モノに浮気中な昨今だが、そうすれば“以心伝心”なんてこともある。何度か製作を手伝ってきた「のりもの勝席ガイド」(イカロスMOOK)の最新版(2017ー2018)では、航空ページを担当させていただいた。日本で運航されている国内・国際線定期旅客線全線をフォロー、各フリートの座席表を中心に現状を網羅したものだ。
「最近、ヒコーキがお好きですよね? どうですか、今回はコレで?」
「いいですね^^!」
  と二つ返事で“安請け合い”したはいいものの、そのデータ整理は想像以上に大変なものであった(笑)。
  それはともかく、ぜひぜひ一家に一冊。オススメのシリーズでごぢいますо(^ヮ^)о

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2017.10.06

冬眠願望季節が近づいてまいりMASITA・・・の巻

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  秋ですなァ……。

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  秋だから、ちょび蒲団。

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  年を追うごとに冬眠願望に迫られる昨今、できることなら12月から翌年2月一杯までは(短く見積もって)眠りの床につけたらなァと思う。術はある。『空から恥が降る』(藤原新也・文春文庫)にその実践が綴られていて、オレは密かに“畸人式冬眠法”と呼び研究しているのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  が〜……。

  冬には冬のよさがある。なにかっていうと、こうしてネコが蒲団に潜り込んできて温かいではないかо(^ヮ^)о

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  伸び〜〜〜♪

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  スリスリ〜〜♪

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  叩いてますねぇ……。枕元でコレをやられるとたまったもんじゃないが(笑)。

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  日なたぼっこの図。

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  シッポがイイのである。

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  ちょっと伸び〜〜♪

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  ほんの数日間のできごとではあったが、なぜかトースターのうえがお気に入り。ときおりこんな案配で妙な寝床に居着くことがある。

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  どうでもいいが(実際よかぁないけど)このエレファント印、パンを乗せるところをちゃちな網なんかにしているため、たいして使っていないのにこのザマ。買い物にはちょっとした用心が必要だという一例である。

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  シアワセな日常は平和であるがゆえ……。

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  タイ・ラオス国境の街・ノンカーイで出会ったシロネコ。

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  こちらは名も知れぬ小駅で遊ぶ茶トラ。

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  熱帯のネコは冬がなくてさぞやよかろうと想像するけど、ではさて、熱帯のネコ好きにとって、ネコ蒲団というセンスはあるのだろうか……とふと思った。

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  ビエンチャンの仏教寺院にて。

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  しかし冗談でなしに、昨年11月のタイ散歩の巻のさい、バンコクの熱気に包まれた途端に、「ぁあ、地球上にはこんなに暖かいところがあるではないか」とちょっとした安堵を覚えたものであった。もとより、冬の大韓なり北海道なりと、真冬に寒いところに繰り出すのは好きなのだが、えてしてそういうときに訪れる土地っていうのは、(例外はあるけれど)室内はポカポカしているもの。わが郷土・房総はいちおうは温暖な地方とされてはいるけれど、それでも11月中旬から3月中旬ぐらいまでは軒並み寒い。言い換えると、1年の3分の1ほどは寒冷とはいかないまでも寒さを感じるには十分なのであり、とすれば家屋なりの設計にあたって、もっと寒冷地のそれを取り入れて然るべきなのではないかと思うのだが……。

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  おっと、しゅぽ月(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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