« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

2017.08.31

ユーラシア大陸最南端駅を越えて・・・の巻

Sin_0671

  国際列車が海峡を往く。ふと「珍ドコ列車」を思い出したりするのではあったが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Jb_0589

  マレーシア北東端のトンパッ駅から夜行列車で17時間弱、マレー鉄道最南端・JBセントラル駅(ジョホールバル)にやってきた。

Jb_0596

  旧ジョホールバル駅。こちらのほうが好みに合うが……。

Jb_0585

  ジョホールバルでは、昼食タイムを兼ねて3時間ほどひと休み。旅行案内書には治安に関する注意喚起が記されてあったりするが、さほどの持ち時間を確保したワケでもないので、駅周辺をざっと小散歩するに留める。

Jb_0578

  切符売り場は大賑わい。ジョホールバルからは「国際列車」でシガポールを目指す……といっても、その距離わずか2.1km。単に国境線を越えるだけのトリップである。5月に乗ったノンカーイ(タイ)〜ターナーレーン(ラオス)間の「国際列車」が6.1km。輪をかけてあっけない。
  当初は現地でその乗車券を入手するつもりでいたのだが、なんとこの短足列車が全席指定席であることが判明。マレー鉄道公式ィ予約サイトでチェックしてみたところ、当日では満席で乗りっぱぐれる可能性があることもわかった。そこで14時発79列車をネットで購入、乗車5分で5リンギットの座席指定券を確保しておいた(クレジットカードの請求明細によれば136円ナリ)。1分あたり1リンギット。17時間弱(定刻だと17時間10分だが、30分以上も早着した)乗った27列車が56リンギットなので、こちらの分あたり単価は0.054リンギット。さすが「国際列車」、ずいぶんと割高ですなぁ(笑)。

Jb_0606

  それでも「国際列車」なので、改札口は別扱いにされている。

Jb_0605

  供用コンコースの専用ゲート(ゲートA)でパスポートと乗車券を提示し構内に突入。

Jb_0612

  階下に降りてパスポートコントロールと荷物検査(ようは空港と一緒)を受けたのち、専用の待合室でしばし足留めとなる。

Jb_0550

  たった5分間の列車ではあるけれど、機関車牽引列車の重厚な風情に溜飲が下がる。

Jb_0619

  新駅だからということか、ホームの嵩が高い。

Jb_0616

  車内はJRの在来線特急普通車ふう。事前に指定券を入手するまでもなくガラガラだったので、適当な席に座る。

Jb_0626

  やや遅れてJBセントラル駅を発車。恥ずかしながら、今回の散歩でこの駅がユーラシア大陸における最南端の鉄道駅であることを知った。なんら確かめもせず、インドのコモリン岬が大陸最南端だと思い込んでいたが、慌てて地図を眺めてみれば、たしかにジョホールバルのほうが遥か南方に位置している。他愛のない錯覚ではあるが、こうしてわずか2.1kmの路線ながらさらに南に延びているワケである。

Jb_0631

  国境の橋を渡る。道路と鉄道の併用橋というロケーションも好もしい限り。

Wl_0634

  とはいえ、とてもじゃないけど旅情なんぞにひたっているヒマもないのであった。

Wl_0636

  バンコクより乗り継いできた汽車旅が、いよいよ終点へ。

Wl_0663

  できることならトンパッなりクアラルンプールなりから直通の寝台列車で越えてみたかったと思うが、ともあれシンガポールに無事到着とあいなりMASITAо(^ヮ^)о

Wl_0641

  かつてはシンガポールをぐるりを廻って市街地近くにまで延びていたマレー鉄道だが、2011年6月末をもってシンガポール内の大半が廃止されてしまった。現在は、ジョホール水道の橋を渡り終えたところにあるウッドランズトレインチェックポイントでマレー鉄道の旅はおしまい。残念ながら構内は撮影禁止であった。

Wl_0639

  シンガポールへの入国手続きは、列車を降りたところにあるイミグレーションで受け付け。入国カードがあれこれ面倒だが、係官が手取り足……は取られなかったが、親切に教えてくれてココロが温まる。で、カードには入国前の出発地という欄がある。今回の場合はもちろんジョホールバルだ。えっと、つづりはどうだったっけとペンが停まってしまったが、係官もすぐに思い出せなかったようで、「J……えーと、JBでいいですよ」。もちろんそのとおりに記したが、ペンを歩かせながら(?)「おおっ、ジェームスブラウン雀!」と思ったひとはかれこれ500人はいたことであろう。

  話はまったく関係ないが……。高校野球ってのも、高校生ぐらいまではそれなりにテレビ観戦(ときには野球場で)を楽しんだものだったが、現在はプロ野球ともどもほとんど関心がなくなってしまった。それがどれほどかというと、わが郷土・千葉県代表すらまったく知らなかったのだからなにをかいわんやであろう。が〜。その千葉県代表を破った日本航空石川にはちょっとばかりグっときた。なにかっていうと、「航空」とだけアピールされたあの帽子(ユニホームやTシャツもあるでよ)にである。あれが「日本航空」だったらどうってこたぁないのだが、不偏中の不偏ということなのか「航空」をシンプルに謳っているところがイイのだ。英語であれば「The」がつくところでしょう?  ちなみに「The book」だと「バイブル(聖書)」になる。
  こりゃぁ、(一部?)航空マニアからの注目を浴びたのではアルマイトの弁当箱?  ぁあ、ほしいなァと思って通販サイトをチェックしても売られていようハズもなく……、それにしてもほしいなァ、アレ♪  もし入手できたら、そのいでたちで飛行機に乗るんだがなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  つづくо(^ヮ^)о

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.08.25

夜行列車がジャングルを往く・・・の巻

Tumpat_0466

  コタバルでのひとときを終え、マレー鉄道でシンガポールを目指す。
  ランナーに選んだのは27列車。マレー鉄道北東端の旅客駅・トゥンパッを起点にジョホールバルまで至る夜行列車である。バンコク〜シンガポール間の汽車旅といえば、あの『深夜特急』がそうだったように、ハジャイから西海岸ぞいに南下するルートが一般的であろう。パダンブサールでタイ・マレーシア国境を越え、バターワースからペナンに立ち寄ってもよし、そのままクアラルンプールを経てひたすらシンガポールを目指してもいい。もちろん、当初はそのつもりでいた。が〜。マレー鉄道のパダンブサール〜クアラルンプール〜グマス間が電化されていたのはいいとして、タイ、マレーシアともに列車の運行パターンが大幅に改竄されてしまっていたのである。

  すなわち、タイ国鉄のバンコク〜バターワース間の国際列車は国境駅であるパダンブサール止りと化しており、すでに触れたように列車の“格”からして往年の栄光などどこ吹く風といった態。パダンブサール以南はというと、かつて運行されていたバターワースからクアラルンプールまでの寝台列車は姿を消してしまい、いまや昼行列車オンリーの路線なのであった(パダンブサール発グマスゆきの半夜行があるにはあるが寝台車の連結はないようだ)。1往復を除きグマスないしクアラルンプールまで直通しているうえに、パダンブサール〜バターワース間を含め本数が格段に増えているなど便利になったとの解釈も可能ではあるものの、いずれも小奇麗な電車による“特急仕様”の座席車のみ──もちろん窓が開けられない冷房車──とあっては、味わいという点で物足りない(なにやイヤかといって、コレがイヤなワケですよ。汽車旅はどん行と寝台列車こそが楽しいのだ!)。
  グマス以南も問題だ。非電化のままではあるが、この間を走るのは27列車を除けば3往復にすぎず、さらにその時間帯が面白くない。パダンブサール〜グマス間の半夜行と接続するグマス発4時10分(半夜行は同駅3時40分着)の1本がJB(ジョホールバル)セントラル駅に8時20分に着くほかは、18時40分と20時と遅い時間に偏っており、ジョホールバルで1泊するか夜間にシンガポールとの間の国際列車に乗り継ぐダイヤになっているのであった。

  もとより、ペナンやイポー、クアラルンプール、あるいはマラッカなどに立ち寄りながらのんびりと南下するのであればこの乗り継ぎダイヤでも一向に構わないところではある(特急型の車両に押し込められるのはともかく)。だが、今回は単に汽車に乗ってマレー半島を縦断したいというだけの話。沿線の街云々よりも汽車そのものの旅情を楽しみたいワケで、変わり果てつつある正統派ルートの姿に対し憮然とするほかはなかった。そこで思いついたのが東海岸ルートであり、今回のスンガイコーロク〜コタバルルートだったということなのである。

Tumpat_0436

  最果ての旅客駅・トゥンパッ。
  このトゥパッからはグマスまで527・7kmの非電化路線が延びている。マレー半島の核心部を横断する沿線にはこれといった大きな街はなく、ジャングルの真っただ中を縫う道行きであるらしい。そうと知れば普通列車でじっくりと汽車旅を味わいたいものだけれど、時刻表をチェックしたところトゥンパッ発着の昼行列車は「シャトル」と名づけられた座席列車が3往復きりであり、しかも途中のクアラリピス〜グマス間はこの路線全線を直通する夜行列車1往復のみという有り様(上下列車ともに同区間は深夜帯に通過)。であれば、その1往復きりの夜行列車に乗るほかはないワケで、いわば自然のなりゆきで27列車に乗り込むこととなったのでありMASITA。

Tumpat_0410

  トゥンパッとコタバルとの間は路線バス19番が運行されている。「トゥンパッ  レールウェイステーション」と運転手に申告しておいたところ、バスステーションらしき広場で降ろされてしまったが、小さな田舎町であり、無事に駅に辿り着くことができた。

Tumpat_0414

  構内には日本から海を渡った寝台車両が朽ちていた……。オハネ15-2004。B個室寝台ソロだった車両で、たぶん揺られたことがあるハズ。見たところ使われなくなって久しいようで、残念な気がする。

Tumpat_0425

  構内には転車台も。

Tumpat_0473

  シャトル列車が車庫から転線しつつ1面1線のホームではなく側線に停車。なんのための作業かはわからないが、この騒ぎによってふと気づいた。これから乗る27列車は駅に着く前から側線で休憩中。いまのところ機関車すら連結されていないが、いずれは機関車を先頭につけてシャトル列車と同様に転線してホームに横づけされるハズ。とすれば、“走行シーンもどき”の撮影ができそうではないか。駅構内の外れにはふふ、ふ、踏切があり、その先にはカーブとなっているなど雰囲気は悪くない。そこで、さっそくそのポイントに急ぐことにした。
  ところで、ご覧のとおり、シャトル列車の車両は日本の在来線特急ふう。冷房車で窓も開かない。これでは昼行列車を選んだとしても物足りない道中だったに違いない。

Tumpat_0457

  で、その撮影ポイントで27列車の転線作業を待ち構えていると、こんな小さな機関車がグマス方面からやってきて、しばらくすると戻っていった。これまたなんのための運転なのかわからないが、推察するに27列車運行前のツユ払いというか、路盤状況を確認したのではあるまいか?

  そんな路肩のひとときではあったけれど、発車30分前になっても肝心の27列車が転線する気配がない。市街地に赴いて飲食物の買い込みもしなければならないし、断念してその場を立ち去ったのだが、実際に転線作業のうえ27列車がホームに横づけされたのは発車5分前になってのことであった……。
  くわえて、時刻表をみてみれば17時35分に着く56列車というのがあるのだが、27列車が発車する18時までその姿を見せなかった。

Tumpat_0477

  その5分間で発車前の情景やら車内アコモの様子などを撮影。

T27_0485

  乗り込んだのはもちろん寝台車。タイ国鉄の2等寝台車と同様に日本の開放型A寝台車ふう(プルマン式)寝台である。ただし、タイとは異なり、最初から最後までベッド状態での運行であった。切符は公式サイトで下段を押さえておいたが、ホントに有効なのか、検札があるまでドキドキであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  なんとなしに6号車6番(偶数が下段)を押さえておいたところ、
「Oh!  シックス、シックス。あなたはラッキーだ」
  と車掌にニコニコされたが、マレーでは6が“ラッキーナンバー”なのだろうか?

マレー鉄道公式ィ予約サイト

T27_0479

  座席車は日本の在来線特急ふう。ただし座席の方向転換はできない。

T27_0482

  食堂車もあるでよо(^ヮ^)о

T27_0527

  この寝台車、なんと1両の定員が40人とある。同じような構造を持つ日本のA寝台は28人だったし、いったいぜんたいどうやってベッドスペースを確保しているのかが、乗車前からのナゾであった。マレー鉄道は日本の国鉄(JR)在来線の1067mmよりも狭いメーターゲージで、車体サイズが日本のそれより大きいということはないハズ。多少はひと区画あたりの寸法を縮められるとしても、訝るに十分な諸元といえるだろう。
  乗り込んでみてもすぐには理解できなかったが、トイレに立ってハタと気づいた。各車両ふたつのトイレがあるものの、洗面所が見当たらないのである。つまりは、洗面所よりも定員確保を優先したというのが正解だったようだ。おかげで、就寝前の歯磨きやら洗面をトイレ個室内の小さな流し場でやらされるハマになったけれど、これもまた外国旅行の味わいだ。

  ちなみに、トゥンパッ〜JBセントラル間725・1kmの寝台車下段の乗車券は56リンギット(ネット決済手数料が2リンギットだか含まれているらしい)。クレジットカードの明細をチェックするとわずか1489円であった。ついでながら、コレを日本のJR(本州幹線)にあてはめると、乗車券(1万480円)+特急券(3240円)+A寝台券・下段(1万880円)となり、都合2万4600円ナリ。

T27_0508

  トゥンパッの発車はまだ明るい時間帯だし、終点のJBセントラルに着くのは11時10分ということで、車窓を楽しむ時間はたっぷりとある。熱帯雨林のなかをクネクネと走ってゆく道中は、勾配がキツイのか、かなり速度が落ちることもしばしば。そんなときにカーブにさしかかると、メーターゲージの台車に支えられた寝台車両が「ゆぅらゆぅら」と派手に揺れる。こんな乗り心地ははじめてである。しかも、闇のなかにときおり浮かび上がるマレーの田舎町や小駅の情景がとてつもない旅情を誘う。寝台車で寝るのが大好きなこともあり、たいていは深夜になればグーグーと寝てしまうのだが、このときばかりは寝るのがもったいないような気もした。これまで、およそ200泊を寝台車で過ごしてきてはじめてのことであった(中国の成昆線では、「4人室じゃなくひとり部屋があったらいいのに」と思ったものだったが……)。

  ところで、熱帯国の冷房というのは、えてして殺人的なまでに強烈なことが多い。したがって、タイ国鉄の寝台車に乗るときは長袖の「CKB“イイネ!”プリント薄手トレーナー」を持参しているのだが、この27列車では幸いにしてその出番がなかった。冷房はもちろん入っているのだけれど、デッキとを隔てる扉などの立てつけが悪く、容易に外気が室内に入り込んでくるのである。おかげで、却って快適に過ごすことができた。

T27_0535

  一見するとジャングルのようだが、プランテーションの風景である。

T27_0536

  プランテーションは外部との接触が隔てられているケースもあるようで、看守つきのゲートが見受けられたりもする。さらに園内には娯楽施設らしきものもあったりで、そこで働くひとびとの環境というのがどうなっているのだろうという興味を覚えたりもする。

T27_0531

  深夜の行路を終え、ふと気づくとグマスに停車中であった。ホームの反対側には「パダンブサール」との表示をつけた電車が停まっていた。

T27_0546

  深夜帯に乗り込むひともあれば、途中駅で列車を後にするひともいる。あたりまえですな……。

T27_0568

  終点のJBセントラル駅には定刻より30分ほど早着(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ずいぶんと大きな街だなぁと車窓を眺めていたところ、街の様子に見合った大きな駅に到着。「もしや」と思い凝視していると、そこが終点だったのでちょっとばかり慌てさせられた。楽しい一夜でごぢいMASITAо(^ヮ^)о
  つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.08.19

コタバルはネコの街・・・の巻

Kb_0364

  コタバルで街散歩。

Kb_0391

  旅行案内書などによれば、かつてはヒッピーで賑わったという。個人的には、マレーシアの地名で古くから知っていた数少ない街のひとつ。やってきてみれば、市街地はごくありふれた地方の中核小都市といった風情。それもまたいいが、いったい、なにが彼らを集わせたのだろうかとふと思った。市街地から外れた海岸線は大戦中に日本軍がマレー侵略の一歩を記したといい、現在はビーチリゾートとして人気があるらしい。とはいえ、街中を歩いたところで観光ポイントがめじろ押しというワケでもなさそうだ。

Kb_0396

  もっとも、やたらな観光地よりはそうした普段着の街を闊歩するほうが性に合っている。

Kb_0386

  ところどころでひと休みを繰り返しながら、ブラブラと気の赴くままに足を動かすのであった。

Kb_0323

  なんだって名古屋なんだろうねぇ???

Kb_0373

  市場はそんな徘徊にとって格好のアクセント。

Kb_0322

「アンニョンハセヨ〜♪」
  出し抜けに大韓語で話し掛けてきたマレーアガシ。とっさに「アニエヨ、ナヌン  イルボンサラミエヨ(いやいや、日本人ですよ)」と答えたものの、こちらの素性を理解してくれたのかくれてなかったのか、大韓語のまま立ち話(笑)。もっとも、同じカタコト会話であれば、英語よりは大韓語のほうがはるかに楽なので、コレはコレで結構なことでごぢいますねо(^ヮ^)о

  コタバルでは、別の場所でも「コリアン?」と訊ねられた。帰国後、その話を先輩のS姐にしたところ、「最近、日本人ってあまり(外国に?)行かないからねぇ」。たしかに道中で日本語が耳に入ってくることはなかった(バンコクとシンガポールではわずかに聞こえたが)なと思う。もとよし、それでなんだっていう話でもないのだが……。

Kb_0378

  スカーフ売りのマレーアガシ。土産にするにはいい品物ではあったが、見学だけでスルー。
  ちなみに、越境ポイントがスンガイコーロク〜ランタウパンジャンという“辺境系”であるうえ、両替商はいるに違いないとはいえ円を受けつけていない可能性を見越して、成田空港で150リンギット(4500円ぐらい)だけ入手しておいた。やってきてみれば、明らかにそれとわかる店がラウタウパンジャンでは視界に入らず、この市場でもそれらしい窓口の所在が覚束ない。が〜……。結果としてその150リンギットで足りてしまったのだから(ホテル代を含む)なんともありがたい話ではありますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Kb_0402

  市場の食堂にて。
「写真?  そしたら、店の看板を入れてくれよ!」
  陽気なひとときであった。

Kb_0339

  かように、こうした現地のひとびととのつかの間の触れあいも楽しい外国散歩ではあるが、コタバルではそれよりもネコ三昧となった。夕食もネコと一緒だったし……。

Kb_0306

  ネコ中のネコといった風情がイイのだ。

Kb_0342

  ややウチの子ちゃん柄。ペトペトニャーニャー甘えてきたので、離れるのが辛かった。

Kb_0315

  このコもニャーニャーо(^ヮ^)о

Kb_0379

  ヒザ上に乗ってきたりしてもう大変♪

Kb_0366

  ざっとした観察にすぎないが、マレーシアというかコタバルではネコがみんなにかわいがられているような印象を受けた。いかつい顔をしたムスリムのおとっつぁん──ひとクセもふたクセもあるイスラム商人といった面構えであったが──が店番をしながら商品棚で寝そべるネコをなでなでしていた情景には頬が弛んだものだ。

Kb_0368

  なんにしてもいじめられているといった様子は見られず、したがってニャ〜ニャ〜と通りすがりに甘えてくるネコがそこここにお出ましになるワケです。

Kb_0331

  ネコが平和に暮らす街はいい街なのだ。

Kb_0328

  おっとネズミも……。さりげにこちらを警戒しているふうではあったが、しばらく我慢比べをしつつカメラに収めた(だからぢうしたって話でもないのだがフンギリってモノが必要ではないか・笑)。

  ところで、コタバルと聞いてあの憎たらしきコッタバル(花束。@「ファンコ」)を連想する日本人(大韓人もか?)が500人はいるハズ。このコッタバルのせいで、コタバルだのジョホールバルなどの「ル」の発音が「r」になっちゃって困る……というのはついでの話だが、ひさびさに見てみたあの“萌えゴロシの第6話”のさんしらはやはり♥であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)



  1分34秒目ぐらいにお出ましになっている(と思いつつアップしてみれば、いきなり画面に鎮座していますなぁ・笑)のが、問題のコッタバルだ●~*
  つづくо(^ヮ^)о

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.08.13

歩いて越境・・・の巻

Sungaikolok_0243

  そういう次第で、名うてのデンジャラスゾーン(?)のスンガイコーロクに無事到着。ウワサでは、街のそこここに武装兵士やら武装警官やらがテロの警戒にあたっていうということで、それなりに身構えての訪問ではあった。しかし、駅玄関に武装スタッフの詰所こそあったものの、ちょっと見にはごくありふれた田舎町という風情。こうしてドメスティックな市場などを見かけると、じっくりと散策したくもなってくるのが生来の性だ。なんでも、ィ夜となれば花開く“色街”もあるそうで、ソレ目的に越境してくるマレー男らを迎え撃つ女たちとそのテの商売人らとのドラマが繰り広げられているという。であれば、あいにく“客”になるつもりはコレっぽちもないけれど、見学するのも面白そうではないか。が〜。とはいえ過信は禁物。まさにそうした“市場”こそが爆弾テロなどの標的になった実績を積み重ねているワケで、そんな事態に巻き込まれようものなら、迷惑がられた挙げ句にモノ笑いのタネになるのが関の山。ゆえに、こんな情景をィ横目で眺めやりながら国境へと急ぐのでありMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

Sungaikolok_0236

  駅前広場のしゅぽと大木。
  前回アップでは触れ忘れたが、駅に降り立ったものの、つかの間出口がわからなかった。形としては1面2線の島式ホームと側線があるという案配なのだが、島式ホームのなかほどに切符売り場や事務所などを擁する駅舎が鎮座している。到着した本能で(?)、まずはその駅舎に足が赴くはいいが、島式ホーム上にあるのだから、出口などありようがないのである。正解はホームから「よっこらしょ」(嵩が低いのでというほどでもないが)線路上に降り、線路を渡ってゆくと件の詰所と出入口が待っているというワケで、上の写真がその詰所前の広場なのであった(かつては奥に見える跨線橋が使われていたのであろう)。逆に、そうと知らずに街から駅にやってくると、切符売り場がないなぁと思うハメになりそうだ。

Sungaikolok_0238

  駅前大通り。左奥がマレーシア方面。

Sungaikolok_0242

  公園には蒸気機関車の静態保存も。

Sungaikolok_0249

  レールはつづくよマレーシアへ……。路盤はキレイに整えられているし、乗ってきた37列車が国境を越えないのが不思議な気もする。
  かような背景を持つ街ゆえ、こんなところでカメラなんぞ構えても大丈夫なのだろうかという気もしていたが、軍隊に誰何されるワケでも銃弾が飛んでくるワケでもなく、その点はタイのあまたの街角と同じであった。

Sungaikolok_0250

  ふふ、ふ、踏切も路盤同様に現役風味。貨物列車が国境を越えて運転されているという未確認情報の信憑性を裏づけているいるように思えた。う〜〜ん……、国際旅客列車の運行を望む!

Sungaikolok_0252

  国境事務所を目前に、いまいちどスンガイコーロクの街並を振り返る。いつの日にかじっくりと散策してみたいものだ。

Sungaikolok_0254

  国境で結ばれる友好。

Sungaikolok_0256

  タイ側国境事務所までは、駅から直行すれば徒歩15分ほどで到達できるだろう。とりたててなんら問題なしにここまで辿り着いたワケだが、積極的なおススメができない越境ルートである点だけは、くどいようだけれどつけくわえておきたい。

Sungaikolok_0263

  イミグレーションというよりは自動車道の料金所といった風情。掃除のおじさんが、「マレーシア?  なら、そこの窓口で」と笑顔で教えてくれて、なにごともなく出国。

Sungaikolok_0275

  国境をまたぐ。右タイ、左マレーシア。右に回すとボールペン、左に回してもボールペン……ってのがどっかにあったよねぇ。

Rantaupanjang_0271

  その反対側には鉄道が越境。乗りたい……。

Rantaupanjang_0274

  まぁ、実際問題のところ、どこが「国境線」であろうといいワケだが、海路と空路でしか自国からの越境ができない日本人にとってはやはり新鮮な情景ではないだろうか?

Rantaupanjang_0279

  こんなところを歩いて越境。いよいよマレーシアである。

Rantaupanjang_0282

  徒歩での越境者用の窓口は左端の室内にある。笑顔の係官は、日本人とわかるとちょっと意外そうな表情を浮かべたが、「こんにちは。マレーシアではどこに行きますか?」とカタコトながら日本語で応対してくれた。おかげで、マレーシアの第一歩を気持ちよく踏み出すことができた。

Rantaupanjang_0289

  今夜はコタバルで過ごす予定。国境のあるランタウパンジャンからは29番バスがコタバルまでを結んでいる。1時間に1本程度運行されているようで、日中であれば問題なくアクセスできるハズ(5時45分〜18時30分の運行と公式サイトで案内されている)。

Kotabharu_0295

  一部にボックスシートのある車内。キレイで快適ではあったが、強烈な冷房がタマにキズ。

Kotabharu_0298

  コタバルバスターミナルに到着〜о(^ヮ^)о
  つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.08.07

タイ国鉄最長距離列車に乗る・・・の巻

Bangkok_0101

  バンコク発スンガイコーロクゆき37列車。前回アップでも触れたように、途中のハジャイ(ハートヤイ)ジャンクションまでパダンブサールゆき45列車との併結運転となっている。バンコクからスンガイコーロクまでは1159km。15時10分に出発して、到着するのはィ翌日の11時20分という長丁場だ。そのスケールだけでもワクワクしてくる。

  だが、(いちおうは)最初にお断りしておくべきこともある。この列車が向かうタイ深南部には日本の外務省から渡航に関する危険情報が発出されているのである。「海外安全ホームページ」によれば、ソンクラー県以南におおむねレベル2「不要不急の渡航は止めてください」以上がアナウンスされており、スンガイコーロクを含むナラティワート県などいくつかの地域はレベル3「渡航は止めてください」となっている。これはタイ王国からの独立を主張する勢力のなかの一部にテロ分子がおり、実際にたびたび爆弾事件などが起きていることによる(らしい)。スンガイコーロクに至る路線でも昨年9月に爆弾テロが発生。もっとも、同種のテロは同じタイ国内でいえば首都バンコクにおいても起きているわけだが、いずれにしてもより慎重な計画と行動が必須といえる。

  今回の計画でいえば、5月にクルンテープ駅窓口で切符を購入しておいたのだが、その後も現地情報を日々欠かさずにチェックしておいた。仮にいずれかの時点で危険と判断した場合にはルート変更を辞さない構えではあったものの、こうして出発時刻が近づいてきたのであった。
  件の渡航情報では、重犯罪に巻き込まれる可能性が(日本はもちろんタイなどと比べて)決して低いとは言い切れないアメリカ合州国が「まっさら状態」であったりするなどの疑問点がないわけでもない(個別に「スポット情報」などとして注意喚起はなされているが……)。しかし、無視するべき情報でないことは確かで、37列車にせよ45列車にせよ、終点までの乗車をお勧めできないのが残念だ(にも拘わらずこの列車を選んだ理由は後日のアップで触れます)。

S37_0111

  タイ国鉄の始発駅では、かなり早い時間(発車1時間前など)から車内に乗り込めることもあり、少し早めにホームを訪れてみた。すると、前回の散歩でノンカーイ〜バンコク間26列車で遭遇したのと同じタイプの新型寝台車が客待ちをしており、「いよいよその1等車に乗れるか!」とにわかにウレシくなった。が〜。よくよくみればその新型編成はハジャイゆき31列車。では、わが37列車は……と思ったら、その裏側に停まっている古びた編成がそれだったのである。

  いずれも3等車(ボックス座席車)を含む雑多な編成で、冷房車は2列車計5両ある寝台車のみ。パダンブサールゆきに至っては1等車の連結すらないというありさまで、ほかに冷房なしの2等車(リクライニグ座席車)がある。日本の国鉄黄金時代の夜行急行を彷佛とさせる編成で味わいはあるのだが、かつてバンコク〜バターワース間の「国際列車」として名を馳せてきた存在であることを考えると、なんともやるせない。

Bangkok_0098

  乗車前に駅前食堂で一憩。遅い昼食を兼ねているが、これは正解であった。タイ国鉄名物(?)の食堂車謹製タイ料理セットのケータリングサービスがなかったのである。じつはそれも楽しみのひとつではあったのだが、新型編成だったノンカーイ〜バンコク間の26列車でそのテのサービスがなかったうえ、食堂車のメニューが大幅に簡略化されていたため、「あるいは?」という懸念があったのである。どうやら、それが適中してしまったようだ……。
  ただし、インディーズの車内販売はある。内容に当たりハズレがあるという印象ではあるが、そんななかやってきたおっさんが、「ナイショだけど」という風情でコッソリと缶ビールを勧めてきた。なんだかいけないモノでも商うかのごとしの態度ではあったが、タイ国鉄では車内飲酒くむじ(禁止)が謳われている。とはいえ、食堂車などでは酒類の提供があったハズだが(26列車にはなかった)、いまやこんな長距離寝台列車もまた酒が御法度になってしまったということなのだろうか?

S37_0119

  1等寝台車客室。

S37_0135

  ベッドになりMASITA。こうして発車後にベッドの設営と朝の解体をするのがタイ国鉄流。朝は6時台だの7時すぎだのとゆっくりと寝られないのが残念だが、この列車では終点のスンガイコーロクの手前までベッドのままであった。

S37_0124

  ミネラルウォーターつき。クルンテープ駅開業100周年記念バージョンボトルであった(前回も同様)。

S37_0136

  御大・宮脇俊三の「泰緬鉄道とマレー半島の国際列車」(『椰子が笑う 汽車は行く』文春文庫に所収)でも語られていた光景。この手前にあるトイレにシャワーがあるのも一緒。ハジャイで後ろに荷物車が連結されたのも一緒(本書ではバターワースゆきだったが)。ただ、列車としての“格”は変わってしまったのが異なる……。

Hatyai_0152

  一夜を明けてハジャイに到着。バターワースゆき(編成前方)との切り離し作業でしばらく停車。せっかくなのでホームを探索してみる。

Hatyai_0156

  ちょっとウチの子ちゃん柄が入ったネコо(^ヮ^)о
  ところで、ココではハジャイと記してきたが、ローマ字の綴りは「HAT YAI」。そのまま読んだハートヤイと記されているケースのほうが一般的なようだが、現地(南部人)の発音だと「ハジャイ」のように聞こえるという。それはともかくとして、発車前にクルンテープ駅でもらった時刻表には、「Hadyai」と記してある。これならむしろ「ハジャイ」ではないかということで、さしあたりハジャイとしてみたという次第。こうして地名の発音を自分なりに確かめるのも一連の取材旅行では欠かせない行事となっている。

S37_0200

  ハジャイ以南では、いよいよジャングル度が増してきた。カバトットふうにトリつきのウシが放牧(?)されているのは今年3月の南部探訪(パッタルン以北)と同じ情景だが、倒れてバタバタともんどり打っているウシを目撃してしまった。あくまで推測だけど、ひょっとしてコブラかなにかに噛まれたのではアルマジロ?  なんかイヤ〜なものを見てしまった気分であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

S37_0198

  いちおうサッカー場のようだが、ウシの御食事処と化してますなァ。

S37_0173

  なぜか観覧車の残骸(?)が……。

S37_0185

  下車欲をそそられる情景だが、すでにテロ多発地帯に入っている。線路脇のフェンスはいうまでもなくテロ対策。もっとも、あるのは駅周辺だけだし、コレなら大韓東海岸ぞいのブツのほうがよほどの迫力があるというものなのだが。ちなみに、ハジャイ発車後に3人組の武装兵士が車内を巡回。切符を見せて行き先を確認しただけでパスポートの提示などは求められなかったが(車内改札でも同様)、ようはかような地域なのである。その彼らは、巡回の合間に空室となった1等寝台の個室で寛いで……もとい「待機」していた。

S37_0180

  テロで名高い(?)ヤラーの街並。さしあたり街の名を屋号にした「ヤラー内科」ってのがあるんじゃないかと連想する日本人が500人はいることだろう。

Sungaikolok_0210

  15分ほど遅れて終点のスンガイコーロクに到着。

Sungaikolok_0220

  ひょっとして駅構内を武装兵士たちが闊歩しているなど物々しい雰囲気にあるのではないかと思っていたが、少なくとも表向きは平穏としたものであった。使われていない跨線橋からマレーシア側を望む。いつの日か「国際列車」として越境をしてもらいたいものだ。

Sungaikolok_0232

  駅舎もテロリストの好餌だというのがもっぱらのウワサ。写真なんぞ撮っても大丈夫かなと思っていたが、「構いませんよ」とのことなのでワンショット。とはいえ、万が一に備えて足早に立ち去る。

Sungaikolok_0235

  駅正門。この小屋の右側で兵士が警備にあたっている。
  ところで、スンガイコーロクの言葉をバラすと「ス  ンガイ  コーロク」。前回アップした乗車券にも「SU-NGAI  KOLOK」とタイプしてある。で、思った。大韓語というかハングルではどうなっているのだろうと。まずはあれこれ思いつく限りのハングルで検索してみた。
  순가이코록ってのが「SUNGAI KOLOK」に最も近い発音を表わすと思われるが、コレだと「SU-NGAI 」とは異なるなと思う(もっともたとえばアウトが「아우트(アウトゥ)」ではなく「아웃(アウッ)」だったりもするから、目よりも耳で外来語に文字を宛てがっているフシがある)。なかなか正解を出せなかったが、どうやら「수응아이꼴록」ってのがスンガイコーロクのハングル表記であるらしいことがわかった。これにローマ字を宛てると「SuEungAiKkorRok」。コレを一般に用いられているセンスでカタカナに置き換えるとすれば「スウンアイッコロッ」とでもなるのであろう。耳に聞こえる「スンガイ」ではなく「ス・ンガイ」に準じているところが意外というか興味を引いたが、このハングルの綴りでは、大方の日本人には正しい発音はできないだろうねぇ(응아=ウンアの部分の「ng」が鼻濁音となり、単語や聞き方によってはウンガと聞こえる。ネコ=고양이=コヤンイ≒コヤギが好例)。
  と、ヘンに細かいことを気にかけているようだが、この話はシンガポールでの出国前にも再登場する予定。

  ともあれ、まずは無事にスンガイコーロクに到着いたしMASITA。つづくо(^ヮ^)о

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.08.01

ワニの王国?・・・の巻

Bangkok_0094

  7月某日。今年3度目のタイにやって参りMASITAо(^ヮ^)о

Nrt_0014

  ちょうどいい航空券があったので、珍しくANAに搭乗。それはそれとしても、成田空港でこういう乗り方ができるとは、迂闊にも知らなかった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  久々の祖国エアライン国際線ということもあり、あれこれ期待を抱いていたものの、大韓散歩で馴染みのアシアナと比べて劣っている面が多く感じられたのが残念。さしあたり具体的な言及は差し控えるけれども(タマタマの巡り合わせかもしれないし、ビジネスクラスなどではいざ知らずといったところではあるが)。

Srt1707

  今回の最初のランナーはこの37列車。バンコク・クルンテープを起点にタイ深南部最深部の街・スンガイコーロクを目指すタイ国鉄最長距離列車である。そのタイトルに敬意を表しつつ、1等寝台個室のひとり利用(マオホーン)としてみた。タイ国鉄の指定券は乗車日の60日前からの発売。タマタマそのころにタイにいたといおうか、つまりは前回のタイ散歩のおりに乗車券を確保しておいたのがこの切符である。合計2253バート(およそ7000円弱・1室占有<マオホーン>加算500バートを含む)はタイ国鉄の切符を買ってはじめて「高ぇ〜」と思った。なにかの間違いかもしれんと思い、買ったのと別の窓口でその旨を確認したほどだったが、考えてみれば、特急の1等寝台車で、それも1159kmもの長距離がその値段なのだから、物価差を考えても十二分にィ安い。わが国のJRであれば合計で3万470円(約9800バート。本州幹線で計算──東京から香椎の手前までの距離に匹敵)もかかってしまい、仮にコレで往復すると今回の航空券代金を軽くしのいでしまうのであった。

  その汽車旅の話はおいおいするとして、今回の散歩でなにがあったかといえば、まずはワニがいたということになるо(^ヮ^)о

Bangkok_0067

  現場はクルンテープ駅のすぐ近く。悠然とといいたいが、こちら側の岸に向かっているらしいさなかにアヤシイ人影(つまりはオレ)に気づいたのか、反対側に踵を返して(?)しまった。下水管に手をかけたりしていたので、そういうところにもお出ましになるのかもしれない。もっとも、トカゲかなにかの一種という可能性もあるが、するとワニとトカゲの違いを説明できないということにいまさらながらに気がついた(笑)。

Rp_0288

  マレーシアの国境の街もとい村・ランタウパンジャンで目撃。コレはワニではないと思うが、すると正体はいかに?  ちなみに、ヘビみたいに舌をベロベロしていた。

Sin_0682

  ジョホール水道にて遭遇。

Sin_0686

  帰宅してから調べてみたところ、コイツもまたその正体が判明したワケではないが、シンガポールにも野生のワニがいることがわかった。ジョホール水道はいうまでもなく海水。しかし海水に適応している種類もいるらしいし、さしあたりはワニだと思い込んでおくほうが楽しいではないか(もろもろの正体をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸いですm(__)m)。

Bangkok_0042

  で、件の37の発車は15時10分。それまでいくらかある時間をどうやって過ごそうかと思っていたが、3、5月につづきネコ寺(ワットアルン)のネコたちの様子を窺いに繰り出してみた。

Bangkok_0029

  シアワセそうにzzzzz・・・о(^ヮ^)о

Bangkok_0032

  クロボウズもスヤスヤ。

Bangkok_0044

  ネコの寝姿ってのは、ヒトをシアワセな気持ちにさせますね。

Bangkok_0054

  ふと「有明フェリータ」(@『東京漂流』藤原新也。・・・再読に辛いエピソードである)を連想してしまった寝姿(もちろん生きてますがね)。

Bangkok_0056

  雨期ということもあり、なんとなく冴えない天気ではあるものの、東京あたりよりはよほどに涼しいバンコクであった(最高気温でも30度を下回っていたハズ)。が〜。そのわりにはネコの姿が少ないのはどうしたことだろう………そう思った。

Bangkok_0052

  なんと“牢屋”に閉じ込められていたのである。

Bangkok_0053

  このおふた方、前回の散歩のさいにデビューしていた。なんらかの事情で保護しているのだろうか?  少なくとも水の常備はしておいてほしいと思うが。

Bangkok_0057

  スラリとしたクロボウズ。やはりネコは自由じゃないと。

Bangkok_0060

  ハトを狙っております。

Bangkok_0087

  ワットトライミットにも元気なネコが。写真を撮ってたらイソイソと近寄ってきて「にゃー♪」。きゃわゆ。・・・とかなんとか散歩した足でクルンテープ駅に向かっていたところに件のワニと遭遇したというワケでありMASITA。
  つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »