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2017.06.26

国境を目前にウロウロと……・・・の巻

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  まる2日間をかけてやってきたノンカーイは、メコンの対岸にラオスを望む国境の街。1日2往復ながら国際列車が運行されていることでも知られている。あまりに簡素なイミグレーションで、国際列車の発着時を除けば往来も自由のようであった。いちおう柵はあるものの、列車の発着は柵のない左側(さらに線路をまたいだところにあるホーム)。ご覧のとおりまったくのスルー状態である(国際列車については次回アップに)。

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  ノンカーイ駅・駅舎。こじゃれたふうではあるが、駅前には簡単な食堂としゅぽともいえない万屋、ホテルが1軒ある程度で、国境なり最果てなりというよりは西部劇の風情に近い。

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  駅前通り……。左が線路、奥に灯がみえるあたりが駅である。

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  ともあれ、ノンカーイでしたいことといえば国境探索である。国際列車にももちろん乗るが、その前に陸上からその様子を捉えてみたいところだ。
  狙うは国境橋である「友好橋」。徒歩で辿り着くにはちょっと辛いかなと思ったが(距離は駅からせいぜい4kmほどとみたが、なにしろ暑くてたまらん……)、結局は友好橋手前のイミグレーション前で徒歩でのアクセスを断念、トゥクトゥクをかっとばしてもらった。
  それはそれで楽しい道中ではあったが、うしろにいるモコモコの物体はなんぞや???

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  問題の友好橋には線路が敷設されており、道路との併用橋としてタイ・ラオス両国を結んでいる。

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  ラオス側からノンカーイゆき国際列車がやってきた。どうも定刻より早めに運行されているようだ。

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  インターナショナルとはいってもこざっぱりとしたもの。自動車をシャットアウトし鉄道専用となった友好橋を2両編成の気動車が快走。
  ちなみに、橋のほぼ中央付近に柵があり、タイ側からはそこまで徒歩で立ち入ることができる。旅行案内書にもそうした旨が記されてあるが、ではさてラオス側はいかにと思っていたら、タイ側と同様に開放されているようで、帰路に渡ったさいには観光客らしい人影がチラホラ。とはいえ、徒歩での国境越えはできないハズで、それに対応するイミグレーション事務所があるわけではない。ところが、オレより先に(橋の袂にある公園の木陰で汽車の時間までひと休みしていたのだが)橋に向かっていった数人のグループの姿が、橋のうえのどこを探してもなかったのはどうしたことか。彼らの行方やいかに(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  あっさりと国境を越え、国際列車はノンカーイへ。

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  汽車とクルマ以外には、渡し船も国境を越えて愛用されているようだ。

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  ノンカーイのいまひとつの鉄道名所は旧ノンカーイ駅である。

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  友好橋に国際列車を走らせるにあたって現在の駅に差し換えられたが、旧駅のほうが市街地に近く、メコン散策にも便利だったに違いない。

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  駅前にはホテル(建物の向こうがメコン)も数軒。でも、ここに写っている2軒のホテル、なんだか大韓風味ではアルマジロ?

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  かつての鉄路の果て……。

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  そんなノンカーイ駅ではあるが、移設時のものと思われる時刻表には、たった1往復きりの“どん行”しか載っていない。最果てとはいえ、国境の街であり、かつ幹線のターミナルだというのに、実態は“限界路線”であり“限界駅”であったようだ。それはそれでソソられるし、往時に探訪したかったと地団駄を踏みたくもなったのだが。

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  ともあれ、国際列車に乗るためにもノンカーイ駅に戻らねばならない……。との帰途、なんとなしに路地を曲がったらひっそりとした仏教寺院があった。

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  で、つづいて現われたのがコレ。旧線跡がこうして姿を留めていたのである。

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  路盤は完全にヤブのなか。日本でのそれと違って、うかつに探検なんぞ試みると、どんな生き物と遭遇するハメになるか知れたものではないだろう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  それにしてもあとどれだけ歩けばいいんだ。その前に腹も減った。……という道中ではあったのだが、願いが通じたのか、突如のように食堂が登場!  まさに救われる思いでおいしい昼食をいただいた。
「こんにちは!」
  いきなり流暢な日本語で話しかけられてビックリ。娘さんが大学で日本語を学んだとかで、つかの間のコミュニケーションタイムとなった。なんとなしに立ち入った路地。そこで偶然に出会った食堂とみなさん。これがあるから旅は楽しい。ココロとお腹が温まり、いざノンカーイ駅までの進軍を再開すべしと思って立ち上がったら、「バイクで送りましょう」とご主人。ありがたくお世話になった。
  娘さんとはメールアドレスの交換もしたし、いずれノンカーイを再訪するさいにはぜひともみなさんとの再会を果たしたいものだと思う。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.06.20

国境の町へ・・・の巻

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  一夜をすごしただけのナコーンラーチャシーマからはコーンケーンゆき431列車(どん行)に乗り込む。8時29分発。じつはこの列車の前に6時29分発のノンカーイゆきどん行(415列車)があり、ソイツにするつもりだったが、目が覚めてみれば7時ジャスト。コレというのもホテルに隣接するカラオケ屋の騒音(とはいってもベッドに横になるまで気がつかないレベルではあったが、睡眠を妨げるには十分)から睡眠を守るために耳栓をしたおかげ。携帯電話の画面に「アラーム鳴らしたよん。起きないあんたがいけない」とばかりの表示が残されているのがシャクだが、なんにしても予定していた汽車に間に合おうハズもない。こりゃクマったことになったゾと慌てて時刻表のコピーを検分し、431列車をみつけたのであった。
  ちなみに、それを逃すと、今日の泊地であるノンカーイへの鉄道利用による日着は不可能(路線バスがあるに違いないが、それとて日着云々となるとアヤシイ)。あぶないところであった……。

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  前回のアップで触れた東北本線工事現場が延々と続く。

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  貨物列車と行き違い。「タイ国鉄には脱線事故が多い」といったような記述がよくみられるが、機関車の後ろに連なるタンク車の中味が気になる(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  前日の帰宅列車では、灯火乏しい闇のなか車内放送もなしにこうした駅でひとびとが乗り降りしていたワケである(前回アップ参照)。

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  こっちなんか看板がなければだれひとり鉄道駅(停車場)とは気づきようがないよねぇ……。

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  工事中につき、こうした仮設駅も目立つ。最初は作業員の飯場の類かと思っていたが、よくよくみれば駅舎なのであった。駅員詰所や切符売り場はもとより、ちゃんとトイレまで設えられてある。

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  11時55分、終点のコーンケーン駅に到着。駅構内にしゅぽアリランо(^ヮ^)о

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  乗ってきた431列車の風情も好もしい。

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  駅前の目抜き通り……。
  で、ココにきてハタと気づいた。このコーンケーンってのは、たしか前夜の宿泊地の候補に挙がっていたではないか。ブアヤイから下り列車に乗継いだ場合、その列車の終点であるウドンターニ(21時40分着)のほかいまひとつの候補地として19時15分着のこの駅で降りることも考えていたのである。実際には前回記したとおりの判断でナコーンラーチャシーマに宿を取ったのだが、もしこちらを選んでいたらとんだ往生をさせられるハメになったに違いない。なにしろ駅前からしてこうなんですからねぇ。

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  目抜き通り側から駅を望む。半野天の食堂のほか、右側には簡単な飲食物の出店があった。で、「もしや?」と思い、帰宅してからグーグルマップをチェックしてみたところ、案の定といおうか、工事の影響で本来のコーンケーン駅が休止中、降り立ったのは仮設駅だったのである。

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  コレがその地図ナリ(Google map)。とてもじゃないが陽が暮れてから徒歩で解決できるような距離ではない。駅前にサームローがいたので、とりあえずソイツに乗れば街には辿り着けただろうけれど、事情もわからないママにそういう判断ができたかどうかは、自分のこととはいえかなり疑わしい。くわえて、翌朝、汽車に間に合うように仮設駅に戻れたかどうかとなると……。

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  まぁ、仮設駅近くに小さいながらも集落があるってことは、ひょっとするとなんらかの停車場がもとからあったのかもしれない。コレはコレで悪くはない風景だ。

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  しかし、こんなところだから(?)こういうのもいる。コレではなんの種類かシロウトにはわかりようがないが、コイツが毒蛇である確率が日本のそれより格段に高いのはいうまでもない。やはりこんなところで夜道を歩くのは避けるほうが吉である。

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  乗継ぎの列車までそれなりに時間があり、目論みでは街の適当な食堂にでもしけ込むつもりでいた。しかし、このありさま。半ば途方に暮れかかってしまったが、ふと駅裏になにやらありそうな予感がしたので訪ねてみれば「しゅぽ」ならぬ立派な「スーパーマーケット」が出現。

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  救われる思いで冷房の効いたフードコートで一憩とあいなりMASITAо(^ヮ^)о

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  15時37分発の急行75列車に乗り込む。本当はどん行にしたかったけれど、肝心の汽車がないのではどうしようもない。が〜。やってきた列車はモロ「どん行仕様」。前日にブアヤイ線ですれ違ったのと同じタイプである。

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  せっかくの「急行」。フンパツして2等車にしたら、車両はこんな案配であった。汎用タイプの車両にリクライニングシートを設えただけ。2カ所の扉部分のほか、中央部分に扉つきの仕切りがあり、都合4つのブロックからなる不思議な仕様。扉部分を挟んで集団見合い式に座席が並んでいる。
  指定された席は扉の真ん前。「コレで急行2等車かいな?」と思わないでもなかったが、なんと冷房が効いている。熱帯国にありがちなように効きすぎということもなく、コレはコレでちょっとした気分転換にはなった(ただし、汚れた窓を開けるワケにもいかず、車窓はあまり楽しめない)。ちなみに、扉前にぶら下がっている黒い袋はゴミ袋。タイ国鉄式の合理主義をみた。

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  17時45分、終点のノンカーイに到着。
  ところで、この75列車は折り返し70列車となってバンコクを目指す。ノンカーイ到着前には2等車サービスのブランケットが各座席に配られるなど、終点に着く前から折り返しの準備が進められていたのが面白い。で、気づいた。ナゾの鉄道車両@バンコク・・・の巻で触れた「ナゾの列車」の正体はコイツだったのではアルマイトの弁当箱?  あのときに時刻表をチェックしても該当列車が見当たらないと思ったのは、そのナリから「普通列車」と勘違いしたためであり、実際には「急行」だったのに違いない。とはいえ、正体を見極めるべく待ち伏せしたバンコク・クルンテープ駅ホームに姿を現わさなかったのはなおもナゾのママなのではあるが……。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.06.14

帰宅列車で夜汽車気分・・・の巻

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  ブアヤイ線の気動車。今日の仕事はおしまいで、翌朝5時50分に440列車となってケンコーイに向かって同じ線路を引き返す。時刻表を見ると、同じ5時50分に“本線”経由のナコーンラーチャシーマゆき普通430列車もある。こんな閑散線区で同時発車というのを眺めてみたいような気もするが……。
  それはそれとして、このたたずまいを眺めていると、どことなく名寄駅に停車中の深名線列車を思い出す。

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  東欧だのロシアだのでこんな情景を眺めるというのはタルコフスキーの世界。

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  ブアヤイの駅前広場。
「しが〜〜ん……」
  とかなんとか、妙なおとっつぁんから時間を訊ねられそうなロケーションではありますね。

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  タイ国鉄では、隣の駅との間の距離が駅名板に記されてある。20.712kmに9.790km、11.860kmと並ぶのを見ると、それぞれずいぶんと駅間距離が長いように思えるが、実際にはその間に「停車場」と呼ばれる小駅がある場合も多い。かつて日本の国鉄にも多数あった「仮乗降場」のようなものだ。そんな小駅での停車シーンが楽しめるのは“どん行”ならでは。

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  駅前の繁華街。コモノ類が原色バリバリなのと比べると、隣の“ブティック”の色あいが地味ですなぁ。ぁあ、装飾は派手っていやぁいえなくもないが……。

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  これから乗るのはナコーンラーチャーシーマゆき418列車(どん行)。ブアヤイ発17時14分で終点には19時00分に着く。前に引用した『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)にもこのルートが同じ乗継ぎで紹介されているのだが、そこにはつぎのような記述がある。

>東北線の北線は遅延常習路線だが、どうしてこうも遅れるのだろうか。

  言われてみればそのとおりで、考司は強靱な舌を、五郎は・・・もとい、たとえばタイ国鉄公式列車運行情報(タイ語)をチェックしてみると、連日といっていいほどに遅延が生じている。で、もちろんこの日もまるまる1時間ほど遅れてブアヤイ駅にやってきたワケだが、その無聊をなぐさめてくれたのがこのネコでありMASITA。

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  ネコのニオイが染みついているのかねぇ……。このバックパックはかれこれ12〜13年前から使っている旅の相棒。6泊7日程度であれば十分なサイズなうえとっても丈夫。安心して使ってこられた。ベトナムを皮切りに外国へも一緒に出かけてきたが、国内では「トワイライトエクスプレス」やら「カシオペア」やらといったいまや伝説と化してしまった寝台列車取材でも活躍してくれたものだ。が〜……。残念ながら今回のタイ散歩で引退することとなってしまった。長年のムリがたたったのか、メインファスナー周辺が切れてしまい、「どうにか帰国までもってくれよ!」という状態だったのである。まぁ、むしろこれまで長もちしてくれたというのが正しいモノの見方かもしれないが。

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  駅で商売をしているおっかさんが面倒をみているようで、このあと線路を渡って隣のホームのベンチを陣取ったところ、「あぶないでしょう!」とばかりに抱きかかえられて住処に拉致されていってしまった。どこでも似たようなものである。

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  遅刻常習犯が登場。
  ところで、現地の路線図などをご存知の方はよくおわかりかと思うけれど、これから向かうナコーンラーチャシーマに行くには、“本線”をバンコク寄りに戻る形になる。ブアヤイでの宿泊を断念した旨は記したが、であればむしろ先に進んで適当な町で宿を探すほうが常道というものであろう。

  もちろんそう考えた。ブアヤイ線で乗ってきた439列車のブアヤイ到着は16時40分。すると、ほぼ1時間後の17時43分にウドンターニゆき417列車(どん行)があり、ソイツに乗ればいいと思ったのだ。行き当りばったりの宿探しも楽しいが、念のためネット経由で宿探しをしたところ、それなりに便利な施設がある。ウドンターニは大きな町だし、途中のコーンケーン(19時15分着)も悪くなさそうだ。
  ところが、その予約をしようと思ったそのとき、先にリンクした「列車運行情報」をチェックすると、その日のブアヤイ線439列車がなんと2時間以上も遅れてブアヤイに到着していたことがわかった。そんなに遅れてしまえば417列車への乗継ぎなんぞできようハズもない(あっちも遅れれば話は別?)。問題は、この列車を逃すと下り列車は0時過ぎの夜行急行までないことで、「ならば」ということで中途半端な車中泊を強いられる可能性を考えなければならない(もちろん宿のィ予約もムダになってしまう)。

  一方の上り列車も似たようなものだが、遅延常習犯418列車を逃したとしても21時36分発の急行(夜行バンコクゆき)があり、ナコーンラーチャシーマには23時前に辿り着ける。つまり、あえて安全策をとった結果が418列車への乗車につながったワケだ。もっとも、コレは結果的には安全策以上の価値があったことがィ翌日に判明。そのくだりは次回アップにて。

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  この庶民感がイイのである。

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  線路に沿って延々と工事中。帰宅してから調べてみたところ、路盤の改築が進められているという。なんでもラオスからベトナム、さらに中国雲南省まで延伸するという壮大な計画らしく、完成した暁にはぜひ乗ってみたいものだ。軌間は現在のメーターゲージではなく標準軌の1435mmになるという話もあるようで、現在とは大きく異なる路線となるのであろう。言い換えると、現在ののんびりとした鉄道風景がどうなるのか……という懸念もあるのだが。

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  遅延常習列車はさらに遅れ、途中のとある駅では侵入ホームの間違えらしき事態にもなった(客扱いののちにバックして隣のホームに入り直し。その直後にモトのホームに下り列車が入ってきた)。

  ところで、タイ国鉄にないものに車内放送がある(放送装置そのものがないらしい。ただし最新鋭の寝台列車にはコイツが備わった)。これまでははじめての路線ばかりとはいえ、終点まで乗り通したり、途中で降りる場合でも明るい時間帯だったので、ほとんど問題はなかったし、この列車もまた終点が下車駅なので心配はない。が〜。そのテの旅行者はいいとして、地元の利用者にとってはどうなのだろう。駅員のいるような駅であれば、駅舎はもちろんあるし、ホームには灯だって灯されている。ところが、このブログでもなんどか載せてきた「停車場」のなかには、マトモなホームはおろか、駅を示すものといったら駅名標だけというシロモノだって少なくはない。そんな小駅の周辺にはこれといった家屋や商店の類がほとんどない場合が大半で、仮にそんな駅で降りる必要があったとしたら、きっと往生するに違いないと思ったのだ(汽車の外は真っ暗闇の明け暮れ。ヘタすりゃ降りたとたんにコブラを踏みつけそうだ?)。
  観察していると、(たぶん)間違えずに目的の駅で降りているように見えたし、なかにはころあいを見計らって車窓を注意している姿も目にしたが、それにくわえて乗っている列車は遅延常習犯。時刻表なんぞアテになりようもないし、いかにいつもの列車だったとしても、よくもまぁ無事に降りられるものだと感心するほかはなかった。

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  ィ夜のしゅぽはムード満点。
  こうしたローカル線(名目としては幹線だが)の帰宅列車に紛れ込むのはなかなかに楽しい。家路にあるひとびとの生活感。半ば夜汽車のような車窓と轍。国内の鉄道路線でもたびたびそんなムードを楽しんできたものだ。

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  どうにかこうにかナコーンラーチャシーマに到着。

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  あれこれ観光的みどころはあるらしいが、とりあえずは寝るだけの訪問になってしまった。

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  ィ翌朝。

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  駅前に蒸気機関車があるのを発見。タイ国鉄の駅にはこうした静態保存がよくみられる。

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  笑顔で乗り場を案内してくれた駅警備員。ココロ暖まるひとときだ。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.06.08

タイ国鉄屈指の絶景を往く・・・の巻

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  さて、前回アップにも載せたこの日本出身車両。残念ながらとうに現役を退いたまま構内に放置されているように見える。で、その奥にも似たようなたたずまいの鉄道車両がある。十二分な朽ち加減で、同じく放置されていると思われるかもしれないが、あにはからんや。これから乗る通称「ブアヤイ線」(東北本線バイパス線)の「どん行列車」の車両なのだからグっときてしまうではないか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  車内は不可思議な半2室構造。子どものころはこうした古びた鉄道車両が日本でも活躍していたものだったが、この生真面目なレトロ感は当時をしても貴重だったかもしれない。コレだけでもこの地にやってきた甲斐があるというものだ。

  東北本線は、ケンコーイジャンクションとブアヤイジャンクションとの間で南北ふた手にわかれる線形となっている。“本線”にあたるのが南側を走るルートで、途中のタノンチラジャンクションでノンカーイ方面(北ゆき)とウボンラーチャターニ方面(東ゆき)とを分岐。タノンチラジャンクションのあるナコーンラーチャシーマはこの地方で古くから栄えた交通の要衝であり、沿線有数の市街地が形成されている。一方、北側ルート(ブアヤイ線)はバイパス線としての位置づけ。かつてはたった2往復の“どん行”が往復するだけの純然たるローカル線ではあったが、のちに線路などの設備改善がはかられ輸送環境の向上が実現。2017年5月の時刻表によれば、ケンコーイ〜ブアヤイ間の“どん行”2往復(ほかにケンコーイ〜タラートナムアーイ間の区間運転列車1往復)のほか、昼行急行1往復と夜行特急1往復、夜行快速1往復(優等列車はいずれもバンコク〜ノンカーイ間運転)が設定されている。

  今回のタイ散歩の主菜のひとつがこの「ブアヤイ線」。じつは、この路線こそがタイ国鉄随一の絶景を楽しませてくれるのである。

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  発車してほどなく“本線”からわかれてブアヤイ線へ。
  こうしてメインルートからわかれてゆくのは汽車旅ならではの味わい。こうして“細道”に乗ってもよし、あるいは本線側から見送ってもいい。まっ先に思い浮かぶところを挙げてみるならば、北海道の深名線にこうした心情を覚えたし、幼少のころ眺めた大原で分岐する木原線(現・いすみ鉄道)なども同様であった。考えようによっては、子どものころのそんな思いがこうして……というよりおそらくはくたばるまで汽車旅へと自らを誘うことになるのであろうと思った。

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  この地域はタイでは珍しい高原区間。雨季が迫りつつあるのか、ときおり小雨混じり(降り出せば大雨だが)の空模様ではあったものの、高原列車を思わせる車窓を窓を全開にして楽しむのは爽快だ。

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  ケンコーイ〜ブアヤイ間250・8kmの道中には、町らしい町はなく、そんなところはいかにもバイパス線といったところかもしれない。タイ国鉄名物の(?)こんな小駅に立ち止まっては先に進む。そんな汽車旅。

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  これぞブヤイア線のハイライト。乾季の名残りにあるいまは牧草地を高架で貫くがごとしだが、雨季には見事な湖と化す。パーサックチョンラシットダム湖である。

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  雨季の水上散歩もよさそうだが、緑のなかを往くのも悪くはない。

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  列車に驚いて野鳥の群れが絶景を演出。

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  乗車率はせいぜい2割。そんなローカルどん行だが、インディーズ風味の車内販売がいるのもタイ国鉄のイイところ。このおとっつぁんから冷たい飲み物(なんだったかは忘れたが)をゲット。

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  ダム湖が果てると、列車は山岳地帯へと脚を踏み入れる。

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  雨模様のなか上下列車が行き違い。見てみれば、「ノンカーイ〜バンコク」とサボにある。あとで時刻表と照らし合わせてみると、どうやらノンカーイを7時00分に出発した急行76列車のようだ。車両は日本でいえば近郊形であり、優等列車らしさはこれっぽちもないのだが、こういう例は日本の国鉄などでもみられた。

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  ちょっとした眺望区間も。手前の樹木が邪魔をしてなかなか展望を捉えられないうちに高度が下がってしまったが……。

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  東北本線唯一のトンネルに突入(カオパンホーイトンネル)。壁に設えられた室内灯が珍しいが、窓なしボックスシートというのもまた(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  タイ国鉄では、こんな閑散路線であっても駅員配置駅が多い。信号やポイントの切り替え作業などもこなしているようだが、ひとの気配があるというのは、なにかと安心感があるものだ。

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  14時半すぎごろにケンコーイジャンクションゆき434列車と行き違い。ともにほぼ定刻での運転だ。このあと0時すぎにバンコクゆき快速、1時すぎに同じく特急があるが、終列車同士の顔合わせといっていいだろう。ふと気がついてみれば、2両編成中に乗っているのはオレと乗務員数名を除けばたった2〜3人でしかない。
  ところで、ホームの先に釣り針をひっくり返したような記号が見える。タイ国鉄に乗っているとわりとよくみかける「標識」だ。どうでもよさそうなことだけれど、コイツの正体(というか意味)を推理するやら調べてはみてもいまだわからずモンモン……(笑)。もしご存知の方がいらっしゃいましたらご教示をいただけると幸いですm(__)m

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  豪華にして1日4本(2往復)も汽車が停まる。ちょっとした工夫でこんな小駅で途方に暮れる体験だってできるワケですねо(^ヮ^)о

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  そうこう楽しんでいるうちに“本線”の線路と再会。
「つぎが終点のブアヤイですよ」
  近くのボックス席で乗務していた車掌らしきおとっつぁんが教えてくれた。

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  定刻の16時40分にブアヤイジャンクションに到着(ケンコーイジャンクション11時45分発)。できればココで宿を取りたいものだが、駅近くには確実に泊れそうな施設が見つからず、2度目の乗継ぎとなる。ともあれ、乗って楽しいブアヤイ線であった。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.06.02

乗継ぎ散歩も楽しからずや・・・の巻

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  飛行機の遅延やらイミグレーションの混雑などがあって、バンコクの宿にチェックインできたのは1時ごろ。目論みでは5時20分発の「どん行(339列車)」でスタートするつもりだったが、ムリをせずその1時間20分後の「快速」で妥協の巻。

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  これまたいつもなら3等車にするところを2等車に格上。“どん行”は別として、「快速」以上だとタイ国鉄では全車が指定席となるため(例外はあるかもしれない?)、それならばと(3等の)ボックスシートではなくリクライニングシートを選んだワケである。

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  3割程度の乗車率で発車した2等車の車内には西洋人観光客の姿もチラホラ。こんな汽車に乗っていったいどこへ行くのかと思ったが、彼らの目的地はここアユタヤであったようだ。

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  アユタヤの先でチェンマイ方面を目指す北本線とお別れ。

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  とりあえず9時22分着のケンコーイジャンクションで列車を後に。

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  このまま乗り続けると、イサーン(東部地方)の果ての街・ウボンラーチャーターニーまで運ばれる(18時00分着)。それもまたシビれそうな汽車旅になるに違いないなと思いつつ、135列車を見送る。

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  ジェンクションという名のとおり、ケーンコーイは鉄路の交差点。ただし、このうちの1方向には定期旅客列車の運行はない。

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  なんとも旅情を誘うたたずまいではありませんかо(^ヮ^)о

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  構内には日本の国鉄出身の気動車が……。どうやら現役引退して久しいようである。

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  駅前の目抜き通り。クルマがひしめいているように見えるが、中央部分が駐車場として使われているのであった。

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  味わいのある建築物多数アリラン。自転車のサームローもイカした傍役である。

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  タイの田舎を実感するひととき。

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  わりと賑わっている市場を抜けると、そこには街の盛衰が……。

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  ふとみつけた寺院(ワットケンコーイ)の“境内”にあった「日本人移民之碑」。
『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)によれば、タイに移住した最初の日本人の一団の一部が、この地で鉄道建設などにあたっていたという。病などに倒れ、志し半ばに亡くなったひとびとが大半となり、寺院そのものがその慰霊の地となっているという。

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  だが、どことなくファンシーなムードが漂うのはなぜ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

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  ネコに鈴をつける習慣は(ウチではつけないが)、いったいどこが発祥の地なのだろうか?

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  寝釈迦も登場。

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  わが祖国はどんどんこんな案配になってはいまいか……?  ふとそんなことを連想してしまった。
  つづく。

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