こんな旅の本を読んでます(韓国編)...の巻

引き続き“旅の本”の話を……。
前回アップの「アメリカ編」つながりということでは、本書に収録されている著者によるディズニーランド探訪記があるので、そちらで触れようかと思ったが、あとで触れる事情により「韓国編」で取り上げることにした。ディズニー〜についていえば、いまひとつキレが感じられなかったのが残念。もっと徹底的な罵詈雑言の嵐だったらよかったのになァと思うのだが……。
個人的には遊園地は嫌いではないし、徹底したイミテーションの世界(映画やドラマのセット場もしかり。ロサンゼルスのユニバーサルスタジオはすこぶる面白かった)もそれはそれで面白いので、ディズニーランドのような世界も楽しみ方があるように思う。しかし、それとはやや乖離した部分で余計なひとことを添えるならば、ディズニーのアニメーション作品って、そんなに面白いですか? たとえば「白雪姫」や「ファンタジア」をはじめとするいくつかの作品は何度か見たけれど、動画の美しさには目をみはったものの、物語の内容はこれっぽっちもココロに残ることがなかった(「101匹わんちゃん」はやや例外)。それならばというのもヘンだが、本多氏が語るように手塚治虫氏や宮崎駿氏の諸作品のほうがさまざまな意味で影響大だ(ただし、例外はあるものの、なにかっていうと戦闘場面がつきものになっている日本のアニメ作品の傾向には疑問を覚えることもある。「なんでこうなっちゃうの?」みたいな)。
加えて、同じアメリカ産アニメでいえば、スヌーピーを見るとほのぼのとした童話の世界が連想される一方で、ディズニーのキャラクターを見てもビジネスの4文字ばかりが先行して浮かんでくる。
閑話休題。じつはこの本、金大中氏と本多氏との対談が収録されており、何度も読み返すこととなった。金大中氏についていえば、いくつかの暗部を抱えていたことは承知しているけれど、尊敬できる政治家だったのではないかと考えているからだ(わが国でいえば、たとえば白川勝彦氏〈リスペクト!〉を金大中氏と重ね見たりもする。リベラルな自由主義者として)。
語られている内容は、金大中氏の出自から金氏自身が体験した日本統治時代や対談当時の韓国の実情などが中心だが、いずれもわが国とは切り離せないその関係が指摘されていて、なにかと読みごたえがある。
日本統治時代をはじめとする日韓(北朝鮮を含む)関係は、いまなお禍根を残しており解決の道筋さえ掴み切れない状況だが、金氏による率直な語りのなかにはそのためのヒントがあるような気がする。あの時代からそれまでなにがあったのかを語る金氏は、けっして過去に拘泥したり怒りを露にしてはいない。むしろ、現在がどうあって、なにをすべきなのかという部分に力点が置かれているのである(加えて、嫌悪や憎悪、怒り、復讐心についても言及されてはいる。しかし、それよりもむしろ「恐怖」「こわい、あぶない」という感性や視点を、日本人がどれだけ理解しているだろうかという金・本多両氏の指摘はきわめて重要だ)。
朝鮮半島統治において、日本はなにをしたか?
「財産も奪われ、国土も荒らされ(中略)、しかしそのどれも被圧迫民族が受けた一般的被害であるといえる。だが、西欧帝国主義がやっていないものに民族言語の問題がある。「日帝」は韓国語の抹殺をはかろうとした。(中略)日本帝国主義は韓国民族から言葉を奪い去ることで、民族そのものを地上から抹殺しようとしたことを意味しています。おそろしいことです。まことに残酷なことです。現在日本で売られている韓国への韓国案内書のうたい文句に、『日本語の通じる国』となっており(後略)」
(金大中氏。同書141〜142ページ)
これは知っておくべき証言である。本多氏も繰り返し主張しているとおり、「言葉は民族にとって最大で不可欠の中核文化」(142ページ)だからだ。それを、「日本語も覚えよ」というのではなく「日本語だけを使え(母語を使うな)」という強制。なにしろ「たとえば日本語をわからない人と会っても(中略)朝鮮語を使ってはいけない。日本語を使わなかったらなぐられる、処罰される」(金大中氏。同書88ページ)だったというのである。これは、現代の日本人や韓国人らがファッションやビジネス、あるいは媚び、あるいは傀儡的な意味で“アメリカ語”を使うのとはまったく背景が異なる。いまのところは……。
一方、朝鮮半島は歴史的にみて中国との関係も無視できないが、金氏のつぎの証言はどうだろうか。
「しかしいま『北』でさえ、中国とあれほど近いながらも漢字を使わないでしょう。韓国あるいは朝鮮も、歴史から漢字を抜けば文化が非常に抜けるわけで、それでも使わない。その大きな理由は、中国に対する警戒心からです」(101ページ)
正直、「それほどまでに?」と思わないでもなかったが、これもまた示唆に富む証言だとは思う。それほどまでにいまなお恐怖感を抱いているということかもしれないからだ。
国家以前の民族としての韓国人とその文化を知る。同時にわが国や日本人との関係を理解する。あくまでも未来指向で。金大中氏のコメントには、そのためのヒントが山盛りなのではないかと勝手に考えている。……オマケとして(?)、対談のなかでもっとも恐ろしかった金大中氏によるつぎのコメントを引用しておこう。
「日本はかつての帝国主義に逆戻りをする可能性がある」(121ページ)
帝国主義云々は微妙なところかもしれないが(そもそも“宗主国”が黙っていないだろう)、「逆戻り」という点では、対談から41年を経ていよいよ現実味を帯びてきている。

「この本を出されてから、韓国への入国に問題があったりはしませんでしたか?」
「大丈夫ですよ」
著者の康煕奉氏に、本書『こんなに凄いのか! 韓国の徴兵制』(スリーエーネットワーク刊)をめぐるやりとりのなかで訊ねた問いと答えである。つい、そんな下世話なことを訊きたくなったほど、本書には生々しい証言や取材内容が刻まれているからだ。
いうまでもなく、韓国には徴兵制度がある。しかし、その実態はわれわれ日本人にはわかりづらい面が多々あるように思う(もっとも、自衛隊だって外部の者からすればブラックボックスのようではあるが)。それは、とうの韓国人にとっても通ずることであるのが本書には示唆されているが、在日韓国人である著者にとってのその思いは、たしかに「日本人にはゼッタイわからない」ことなのかもしれない。国によって命令される軍隊への入隊。それは、2年以上にも及ぶ拘束生活であり、“シャバ”との隔離でもある。祖国防衛という錦の御旗があるにせよ、そこで課せられるのは破壊と殺しの訓練ではないか。そして、日本で暮らす著者があるとき親戚筋から指摘されたのである。
「おまえは韓国で生まれたことになっているんだよ。だから戦争にも行かなくちゃならないかもな」
それまで、日本で生まれ育ち、「徴兵制とはまったく無縁だと思っていた」著者にとって、それは恐怖以外のなにものでもなかったようだ。しかもときは朴正煕による軍事独裁政権下である(いうまでもなく、現大統領のご父君)。「(ベトナム戦争で)韓国軍がベトナムで非道のかぎりをつくしている」(72ページ)という軍隊に徴集され、戦場に送られるかもしれない……。事実は徴兵される可能性などなかったというが、これが著者が祖国の軍隊について考えてゆくきっかけになったのである。
とはいえ、本書のベースはニュートラルである。微妙なテーマを、著者自身の問題として捉える一方で、政治的なプロパガンダの類は一切排除されている。それゆえ、祖国の徴兵制をめぐる社会について冷静な視線を保つ。それは祖国に対して善意のバイアスをかけないということにもつながる。
・空腹と暴力の世界
・徴兵制の仕組み
・兵役の代替制度
・兵役問題が大統領選挙を直撃
・陸軍大将も兵役を不正に操作
・経済危機で入隊希望者が急増!
・民主化活動家への報復
・選挙投票への圧力
・韓国の学歴社会は軍隊よりひどい
小見出しのいくつかを抽出してみたが、それぞれ赤裸々に事実がえぐり出されている。そのなかからランダムにフレーズを取り上げてみよう。
権威主義が横行する韓国では、「貧乏人が軍隊へ行くものだ」とふんぞり返っている金持ちや特権階級が多い。そんな連中が政治を仕切っているのだから、政治浄化も掛け声だけで終わりそうだ。(106ページ)
「入隊したとき、最初に驚いたことは密告を奨励させられたことだった。(中略)中味は『大学で自分の友達が何をしたか』『知り合いで学生運動をしている人間がいるか』(中略)本当のことを書かなければただじゃおかないとすごく脅かされました」(112ページ)
「(軍隊では)100%近く全斗煥政権を支持するような票が集まっていました」(114ページ)
このように、なかなかに刺激的なのだ(もっとも、密告の強制については西日本のどっかのチンピラが狂犬おっと強権を発動しようとしていMASITAなァ。組織票については「必ず自民党を支持するようにされています」、すなわち組織的に自民党への投票を誘導していたとある警察官の家族から話を聞いたことがあり、それは自衛隊も同様であろう。その人物の話によれば、選挙については体制を保守するという名分があったようだが、それだとしても与党をではなく自民党をというところが興味深い。韓国の軍隊は、それまで統治してきた日本軍を手本にするほかなかったという話もあるが、だから似てしまうのだろうか?)。
そして、語られてゆく兵役経験者たちの体験の数々。彼らなりの兵役体験の総括として、たとえば「人間的な成長」への“イニシエーション”として肯定的に捉える人物と真っ向から否定する人物とが登場している。部外者からみて、ともに納得できる面のある談話だが、しかしそれが己の成長に一役買っていたとしても、軍隊である必要はないのではないか。著者も言う。
「徴兵制がない社会が理想の姿だ」
そして、そのためになすべきことは……。
といった硬派な内容なのだが、ディープコリア的なできごともある。新兵訓練所のある論山に繰り出した康氏、タクシーに案内を頼んだのはいとして、それがとてつもない「暴走タクシー」だったという(まぁ、大韓名物かもしれないが)。ムリな追い越しなどお手のもの。ついにはトラックと正面衝突しそうになって悲鳴を挙げたほどだというのだが、ケッサクなのは運転手と別れるときだ。運転手がくれた名刺がハングルのみだったため、漢字を教えてもらおうとしたところ、とうの運転手が平然と答えたという。
「悪いな。目が悪いんで字がうまく書けないんだ」
ぁあ、イイ話だなァ……。ともあれ、隣国の暮らしや実情を垣間見ることができるおススメの1冊である。
ついでに……。ご存知の方も多いとは思うが、ソウルには「戦争記念館」という巨大施設がある。古代から現代に至るまでの“祖国防衛”の歴史などが資料やジオラマ、映像などを用いて展示されている施設だ。そういう施設なので、わが国との関係も展示され、日本人にとっては見心地のよくない内容ももちろん含まれているが、2度ほど見学したところでは、そうした部分(仮に誇張があったとしても)については納得できた。中国大陸との関係も然りで、ある民族が祖国と民族とを侵略から守ることになぜ文句がつけられようか。しかし、ベトナム戦争以降、おもにアメリカ合州国の片棒を担ぐようになってからの展示には、いささか「ザラリ」としたものが感じられた。そんなものは祖国防衛とはなんら関係がないハズだと思ったからだ。そのあたりも、いずれは康氏をはじめとする韓国人に率直な話を訊いてみたいと考えている。
もうひとつついでに……。近年、韓国ドラマなどが注目されたなか、俳優やタレントらが入除隊したなどといった話題が自然と流布されている。じつは、“韓流”という言葉が生み出された当初、こうした話題も盛んに輸入されたことなどから、「ひょっとすると徴兵制に慣らすための布石では?」と勘ぐったことさえある。どうやらそれは妄想に過ぎなかったようだが、しかしせっかくなのだから隣国の素顔に触れ、自国や自分自身のためにフィードバックしてもいいのではないかとも思う(個人的に、韓国旅行や韓国ドラマなどに関する寄稿も多いが、“韓流”という言葉は、次回触れる「世界遺産」と同様に特別な事情がない限りは意識的に使わないようにしている)。

ところで……。数年にわたり寄稿を続けてきた雑誌「愛してる!! 韓国ドラマ」が、夏の号で廃刊となってしまった。これは、単に韓国ドラマの人気凋落──というワリには相変わらずの放映本数だが──の影響ではなく、おもに販売上の裏事情がからんでの顛末のようだ(そのあたりの経緯は割愛します)。前出の康煕奉氏が企画・編集をとりまとめてきたが、個人的に愛着のある雑誌だったので残念至極。新たな展開を祈念するととともに自らも精進しゆくほかはない。
それはそれとしても、韓国人役者のたとえばイスンジェやイムヒョンシク、キムガプス、イドックァ、キムヘソン、キムヨンオク……etc.といったベテラン勢が現役で活を飛ばしているのをみると、役者(だけではないが)ってのは現役だからこそ輝くのだなぁといつも思う。あえて名前は挙げないけれど、事情はどうあれ、いかに名優であったとしても若くして過去の人を決め込んでしまってはおしまいである。……その話とは異なるが、いぇすらにもうひと花咲かせてもらいたいというのは個人的な事情(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
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