こんな旅の本を読んでます(アフリカ編)...の巻

世間はすっかり秋模様。秋だから読書というワケでもないが、4回にわたり気ままに旅の本の話を……。
このところ、わが国におけるデング熱の発生だの西アフリカの数カ国で猛威をふるうエボラ出血熱の流行といった感染症の話題が続いている。本書『ホット・ゾーン』(リチャード プレストン/日本語版:高見浩訳・飛鳥新社)は、そのエボラ出血熱を世界的に知らしめたベストセラー。ずっとその存在(持っているのを)忘れていたが、盟友Sがひょっこりと返却してきて、「ぁあ、そういや……」と思いさっそく読み返してみた。
本書の中心はアメリカ合州国のバージニア州レストンで起きたエボラ禍を描いたノンフィクションである。サンドイッチ状にレストン事件を挟む上下のパンの部分は、あらためて読み返してみてもたいして面白いとは思わなかったが(その理由はあとで述べる)、本書の狙いとはおそらくは別の部分で興味を引き立てられた。
実験用サルの収容所で発生したエボラ出血熱をめぐって勃発したユーサムリッド(アメリカ合州国陸軍伝染病医学研究所)とCDC(疾病対策センター)との対立。ユーサムリッドで事件の指揮を執ったCJピーターズとCDCのジョーゼフBマコーミック。本書でも紹介されているとおり、マコーミック博士はザイール(現・コンゴ民主共和国)などでエボラ出血熱をはじめとする新興感染症の現場を渡り歩いてきた人物である(次掲書)。一方のピーターズ大佐はこの稀にみる事件を受けまっ先に現場にあたってきた。このふたりの関係を本書では「倶に天を戴かざる」と評しているが、実際に相当の対立があったらしい。
われわれ(引用者注:CDC)強者たちがきたからには、もう安心だ。きみは火傷をする前に、安んじてこの件をわれわれに任せてかまわないぞ。(同書294ページ)
このようにマコーミックが会議上で宣言し、陸軍側の反感を買ったというのである。この件について、本書によれば著者の電話取材に対し、マコーミックはつぎのように証言している。
レストンの事件に関して、こちらもお役に立とうと言ったのはたしかだよ(中略)敵意が存在したとしたら(中略)彼らの側だったんじゃないかな。こちらは要するに、やあ諸君、よくやった、と言いたかっただけなんだから。(同書295ページ)
どうやら両組織間には以前から確執があったらしいが、事件が進展していくなかでも対立が露になっている。すなわち、エボラウィルスに感染したと思われるサルの飼育係らに対する措置である。件の会議を受け、人間に感染が広がった場合の対策を受け持つことになっていたCDCは、マコーミックの判断で感染者をスラマーと呼ばれる軍の隔離施設に収容しなかったのである。当然、ピーターズはマコーミックに対し猛烈な抗議を展開、現場はさまざまな意味で一触即発の状態にあったようだ。
一方、とうのマコーミックはこの件についてどう証言しているか?
それまでの立場を撤回するのが、ある人々にとってそんなにも大変なのだということを、わたしは考慮に入れてなかった。今度のウイルスには人間には害がないというわたしの出した結論は、理由はなんであれ、一部の人間には受け入れがたいものだったのだ。(次掲書280ページ)
ほかにも本書とマコーミック自身による証言との隔たりがみられるが、同じ題材を扱った複数のノンフィクション作品を読み比べる面白さがあった。
それにしても残念に思ったのは、本書『ホット・ゾーン』をきっかけとした映像化の顛末である。「新装版への付記」として紹介されているが、国際的なヒットを飛ばした映画「アウトブレイク」(ワーナー)のほかに、20世紀フォックスが「本書の内容をできるかぎり忠実に映像化する」との主旨で著者のプレストンから映画化の権利を受けていたというのだ。出し抜かれた形のワーナーはフィクションで製作、「アウトブレイク」の公開を果たしたが、一方のフォックスはどういう事情からか製作を中絶してしまったのというのである。
残念というのは、誕生した側の「アウトブレイク」という作品が単なる荒唐無稽なサスペンス&アクションに留まってしまっており、SFとしてもおよそ認め難いほどの駄作に思えたからだ。そもそも、感染症病原体の宿主の発見が即座に治療や流行の根絶に結びつくあたりは、それがクライマックスをなすだけにあまりにも稚拙なオチに心底ガッカリさせられた。しかもコレが大ヒットしたとは……。日の目を見なかったフォックスの作品がどのような内容を目指していたのかは知る由もないが、個人的に興味を覚える題材なだけに、この結果が無念に思えてならないのである(じつは、一度コレが言いたかった・笑)。

本書『レベル4致死性ウイルス』(ジョーゼフBマコーミック&スーザン フィッシャー=ホウク/武者圭子訳・早川書房)は以前にも紹介したが、前掲書との関連ということで再び取り上げてみた(映像化という点では、むしろこちらを熱望したい)。
日本語版タイトルをみると、『ホット・ゾーン』同様にセンセーショナルな激症感染症ばかりが題材として想像できそうだが、ときに沈着冷静ともとれる語り口は、「Virus Hunters of the CDC」という原題のほうがより相応しい感じだ。エボラ出血熱はもちろん、同じく重篤な感染症であるラッサ熱やクリミア・コンゴ出血熱、そしてHIV。あるいはパキスタンのある町で60%を超える陽性率を示したC型肝炎など、新興感染症の根源や流行にあたっての人為的要素といった驚くべき事実が冷静でありながら十分に起伏を持った文章によって報告されているのである(訳者および原著執筆者に名を列ねるレスリー アラン ホービッツ氏の力もあるのだろう)。
『ホット・ゾーン』との対比で興味を惹いたのは、肝心の疫病について異なる見解がみられるからである(ただし、本書の上梓は『ホット・ゾーン』のおよそ2年後の1996年であり、かつ現在まで18年近くもの時間が経っている。したがって、両著間のタイムラグやその後に新たな事実や見解が世に出されていることも考慮しなければならないが)。
そのなかでとりわけ重要なのが、『ホット・ゾーン』で“主役”を務めたエボラ レストンの感染径路をめぐる考察ではないだろうか。『ホット・ゾーン』ではその病原体が空気感染することを基本的に肯定しているように読める。たとえば、ユーサムリッドの学者の証言としてのつぎのくだり──。
エボラ・レストンのほうが(引用者注:ほかのエボラウィルスとは異なり)空中を伝う何ならのルートで感染することはまず確実なんだ(中略)空気感染したことは、まず間違いないと思うね。(前掲書412ページ)
一方、同種のウィルス──現場はレストンではなくテキサスの施設だが──について、収容サルに施すツベルクリン検査の注射順などから感染径路をほかのエボラウィルスと同様の体液径路である旨を示唆している。
(1本の試薬を連続して7匹のサルに注射していたため、使い回しされる前の針が使われていた8(1)番目のサルだけが1匹残らず罹患しなかった──8番目のサルに予め感染していた個体がなかったという偶然もあったのだろう──ことから)注射針の使い回しで広がるということを示す、なによりの証拠だった(中略)一部で言われているようにこのウイルスが空気感染するのなら、最初のサルも8番目のサルも、不幸な仲間たちと同じ運命をたどったはずである。ケイト(引用者注:疫学者)はのちにこの調査結果を、ボストンで開かれたアメリカ熱帯医療衛生協会の会議で発表した。(本書275ページ。ただし、同年2月にサルを使った実験での飛沫感染が発表され、CDCも空気感染することについて「疑いようながい」とのコメントを出している:『ウイルス感染爆発』NHK「エボラ感染爆発」取材班/NHK出版208ページ)
としながらも、前者では4ページ後でエボラウィルスの空気感染については「厳密に言えば、いまのところ想像の領域に入る」としている一方で、後者の説明では、レストンのサルが(重点的に?)肺を冒されていた(前者による)ことや感染した飼育員が血液に触れた覚えがないことの説明がしづらいかもしれない。
いまひとつは『ホット・ゾーン』で語られるエボラ出血熱の病状だ。いわく「炸裂」。いわく「(臓器の)融解」である。しかし、不思議なことに何冊か読んだこのテーマの著作でほかに「炸裂」して死ぬ患者の記述がみられない(『ホット・ゾーン』や「アウトブレイク」に便乗した類のエンタテイメント本はいざ知らず)。病状が進むと、嘔吐や下痢、歯茎や消化器官からの出血が起こるというが、本書『レベル4〜』によれば、「出血もよく見られるが、ひどい出血が必ず見られるというわけではない」ともいう。さらに本書におけるつぎの記述──。
近年、話題になったフィクションやノンフィクションに書かれているのとは違って、患者の臓器は「融解」したりはしない。実際、解剖してもほとんどの臓器は正常な形を保っている。(340ページ)
これが、アフリカにおける“アウトブレイク”の爆心地で患者の治療にあたった医師の見解である。
「炸裂」については日本語と原著米語とのニュアンスの違いがあるのかもしれない。だが、改めて読み返した『ホット・ゾーン』の記述にはややセンセーショナルに焦るようなきらいがありはしないだろうかとも思った(くわえて、『ホット・ソーン』最終章「第4部」で著者自らがエボラの親戚であるマールブルグ病の発生地・キタム洞窟を探訪しているが、わざわざなにをしたかったのかがいまひとつ伝わってこない)。
……などと、つらつらシロウトなりに感想を抱くのではあるが、今日の表題にしたように旅の本として読むものまた面白いのである。広義の“探検”。地球もまだ捨てたものではない(そういえば、旧ザイールの密林に浮かぶ村Gbadoliteを『レベル4〜』ではじめて知ったが、希代の独裁者モブツの故郷にして黄金のドームをもつ飛行場があったという……SFのような村。嗚呼、行ってみたいなァ……)。
ついでながら、『レベル4〜』ではエボラ出血熱の臨床現場における予防ついて「簡単な物理的障壁を設けるだけで、ウイルスの伝播は阻止できる」とある。とすると、今般の大規模罹患ではその「物理的障壁」を設けることすら十全に機能していないということなのだろうか。マコーミック博士の最新のリポートを読んでみたい。
……ィ夜中に一杯ひっかけながら長々とやってしまった。いったいオレはなにが言いたかったのだろうかと著者に向けた疑問を自問……まっ、いいや(笑)。
| 固定リンク


コメント