机上旅行あれこれ...の巻

伝説の大韓ドラマ「砂時計」のOST(サントラ)CDをゲット。どういう事情からか再発売されたらしく、なんの気なしにネットショップを検索して偶然に遭遇した次第。
「砂時計」(1995年)は光州事件や軍事政権下の当局と大衆、当局や財界にはびこる汚職など韓国現代史の闇と民主化運動を軸に描かれた社会派ドラマ。韓国語版ウィキによれば最高視聴率は65.7%! 硬いテーマ設定ながらも、巧みなキャラクター配置や筋書きの巧妙さによってエンタテイメントとしても十二分に楽しめる作品に仕上がっている。個人的には女性新聞記者・シンヨンジン(イスンヨン)にちょっと
(笑)。
しかしそりゃいいとして、「砂時計」で主役3人のうちのひとり検事・カンウソク(パクサンウォン)とウソクと結婚したチョンソニョン(チョミンス)とが、つい先ごろまっ昼間に放映されていた「私の娘コンニム」(2011年)で共演していて驚いた。ちょっとややこしい間柄というか、「ぁあ、あのふたり、『砂時計』で結婚したはいいけれど、結局はうまくいかなかったのかァ……」という関係だし(もっとも、「砂時計」のあの腺病質で笑顔に乏しい女性とこのおっかさんとが同一人物だってことには調べるまで気づかなかったが)。
で、そのチョミンスだが、オレと同じ1965年生まれなんですよ(日本式学年ではひとつ上になるが)。そういう役者がなにをやっていたかというと、あのハンイェスルの恋人役のおかんだったりするからタマラナイ(クリスマスに雪は降るの?)。そうか。いぇすらにとっては“義母(候補)”か。イェスルはむすめか……。オレと同い年で……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

コレも「砂時計」とまったく同じ経緯で入手したTWO-TWO(トゥートゥー)の再発売盤。第1集にして彼ら最大のヒット曲「1と2分の1(일과 이분의 일)」入りの盤だが、大韓にくり出すたびに探し続けてきた末の待望の邂逅でごぢいMASITA。親しみのもてるいい曲ですよ。ええ、ええ(下記リンク)。
※youtube 일과 이분의 일──투투

で、コレもまたまた同じ経緯でわが手中に落ちた「ワイルドキャッツ(들고양이들=ノラネコたち)」の復刻盤。「マウムヤケソ(心弱くて/마음약해서)」の大ヒットで知られる伝説ユニットである(著作権の手続きを踏んでるのかねぇ……といらぬ心配をしてしまいそうな曲も入っているが)。この「マウムヤケソ」。晋州から海印寺に向かうバスのなかで、運転手と一緒に歌って盛り上がったもんだ(笑)。オススメの大韓ドメスティクナンバーでごぢいます。
※youtube 마음약해서──들고양이들
なんと、あの“オーロラ”がカバー(笑)。一本取られMASITA네。
※youtube 마음약해서──오로라

話かわりますけど。年の瀬ということで(関係ないか)旅の本をいくつか。
筆頭は尊敬する畸人・藤原新也氏の『台湾 韓国 香港──逍遥游記』である。
ここはポンヤンメンクンハギのタクサジョンです。ふむふむ。で、その現場をいとも簡単に調べられるようになってしまった現代という時代もなんだが、ついついそんな下世話な“愉しみ”に耽ってしまうオレも、なんともつまらん存在だなぁ……などと自嘲してしまうほかはない。往くのは簡単である。東ソウルバスターミナルからバスが直通してるんだから(笑)。
その濯斯亭は蛇行するチュポチョンの川べりに建つ亭子とその周辺とを指すそうで、ちょっとした観光名所になっているらしい(風景的には寧越の清冷浦や丹陽あたりの南漢江を想像されたし)。そんなところに、単に「鳳陽」という地名に導かれてひとり訪れてしまった著者。もとい、堤川からなりゆき含みで到達してしまったというのが正しいか? はたせるかな、「ポンヤンメンクンハギのタクサジョン」そのものについての記述は行間に漂うのみなのだが、異国のひとり旅で夜に向かってゆくそのひとコマに浮かび上がった人いきれや体温、そしてにじむ灯が旅のさなかへと誘ってくれるようだ。
それはそれとして、厳冬期に訪れたらシビレるだろうなぁ。カッチンコッチンに凍りついててо(^ヮ^)о
で、この「地名」については香港の巻でも語られている。詳細は割愛するけれど、グっときたのがそのあたりだったりするのだ。
同じ漢字圏ということもあって、わが国はもちろん、韓国(北朝鮮もだが)には、その地名の響きだけで惹かれる土地が数限りなくある。そんなきっかけから訪れた土地を挙げれば、秋風嶺やタンクッ=土末(半島最南端)、安眠島(主目的だったコッチ=花地は天候の関係で先に見送ったが)、道渓、鐵岩あたりがその代表格。半夜月だの逍遥山、甕泉、夢灘などといった駅は、ホントにそれだけのために降りてみたようなものだ。藤原氏が本文に記した堤川や鳳陽も悪くないし、漣川や華川、寶城、三千浦なんてのもいい。まだ訪れてはいないけれど(通り過ぎたところはある)紫味院や佳水院、報恩、星州、阿英、雲峰、東魯あたりにもソソられるが、わりと最近になって皇帝島(황제도)なんていう大物を発見してしまい、目下困って いるところ。
閑話休題。藤原氏の韓国旅には、むしろ本書で綴られていないところにも興味が湧いて仕方がないのだが、どうしたものか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

韓国関係では、『ルポ・朝鮮最近史』(江口浩著・現代史出版会)も読みごたえのあった1冊。前半が韓国に、後半が北朝鮮にあてられているが、これはもう自由な取材というものがどれだけ大切かというその証言集ともいえそうだ。すなわち、軍事政権下で制限があったとはいえ比較的自由な取材や探訪が可能であった韓国編では生々しい現状(事実)が詳細に綴られているのに対し、常に監視人につきまとわれ、“取材”の多くを官製のおしぎせによざらるをえない北朝鮮編では、その後に明らかにされつつある事実や真相との間にある種の乖離が生じざるをえなかったからだ。
韓国編では、とりわけ金大中氏をめぐる大衆の躍動、その一連のできごとがリアリティと迫力をもって迫ってくる。そして憲法を反故にしてまで続けられた朴正煕政権下における言論の封殺や国内外の混乱。「漢江の奇跡」の川べりに浮かび上がる発展の矛盾と犠牲。発展の利益をほしいままに独占する一部階層と低賃金と劣悪な環境にあえぐ庶民との対比。そうしてできあがった金持ち街の通称「泥棒村」……(わが国の「高度成長」にもさまざまな暗部はあったが、「漢江の奇跡」のそれはわが国のそれとくらべてあまりにスケールが大きかったようだ)。いみじくも、韓国現大統領の父親がどのような政治・所業を──それも自国民や同胞に対して、そして確かに経済の発展はみたけれども──してきたのか、その一端が本書によって明らかにされている。
一方で、北朝鮮編では筆の勢いが乏しく感じられる部分が少なくない。これには、後述する萩原遼氏が語るところの「善意のウロコ」によって目が曇っていたということも少しはあったのかもしれないが、それ以上に十全な取材が事実上不可能であった事実に注視すべきではないだろうか。
許されるのは玄関取材。入手できるものは“公式資料”がもっぱら。なにしろ監視人抜きで散歩することすら許されなかったというのだ。そうして生殺与奪の権利を握っている当局側が、都合の悪いものはみせないに決まっている。だが、それでもなお事実、それも当局にとって「秘密」にしておきたいそれが各所でもれ伝わってくる。それこそがジャーナリズムだ。
本書は1973年刊であり、「最近」とはいっても現在とは状況が異なる部分はあろう。しかし、わが国との関わりを含めた隣国の一端を知る貴重なルポルタージュとはいえないだろうか。
やや関連して、リスペクトする弁護士・白川勝彦氏のコラムをリンクしておこう。
※「永田町徒然草・北朝鮮のような国なるぞ。」
※「善意のウロコ」:まだ社会主義が信じられていた面が少なからずあった時代である。軍事政権の南に対し“社会主義”を目指すとされた北を支持する層も少なくはなかった。もとよりこれも北当局やとりまきが情報を統制したことも大きい。しかしそんな欺瞞も、事実がまのあたりにされればただちに化けの皮がはがれる。たとえば──
「かれが清津港に着いた直後、宿舎から出した手紙には便箋一枚にただ一行だけ『百聞は一見にしかず』とだけ書かれていました」(『北朝鮮に消えた友と私の物語』萩原遼著・文春文庫、256ページ。「かれ」は、在日朝鮮人帰国運動のさなかに希望をもって「渡北」したある若者。引用部分はその肉親による証言。「かれ」は北朝鮮に着いて早々に騙されていたことに気づいたのであった)
──という証言もそのひとつであろう。

朝鮮半島関連では、萩原遼氏の著作もイチオシである。代表作といえるのが本書『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』(文春文庫)で、朝鮮民主主義人民共和国の南侵によって開始された朝鮮戦争とその表裏の事実を解きあかした力作である。関連して『朝鮮と私 旅のノート』(同)があるが、当時の朝鮮半島の情勢と合わせて、アメリカ合州国の情報収集能力、そしてその行使の手段なども窺い知ることができる。そうして明らかにされた一連のアメリカの所業を“謀略”と片づけるのは乱暴かもしれないけれど、現在のさまざまな情勢と照らし合わせてみることもムダではないだろう。
ともあれ、ルポルタージュの醍醐味が凝縮されており、購入以来わが枕元の友として常駐しているのがこれらの著作群なのでごぢいます(先の江口氏のルポも、萩原氏の引用により知ることとなり原典として入手した)。
萩原氏の著作のなかでは『ソウルと平壌』(同)も面白い。著者が「赤旗」特派員として駐在した平壌の様子や、その後に訪問したソウルオリンピック当時のソウル、そこにおける庶民の姿などが巧みな筆致で描かれている(反共法のある韓国において、日本共産党の機関紙記者が公式に訪問したという点にも注目したい。しかも、オリンピック取材に関し、日本側からおそらくは“アカ”ということで差別された反面、韓国側から便宜をはかってもらえた事実なども興味を引く)。江口氏のルポと合わせて読み解きたい1冊だ。

一方でサイアクだったのがコレ。『朝鮮紀行 英国婦人の見た李朝末期』(イザベラバード著/時岡敬子訳・講談社学術文庫)である。貴重な証言が得られるに違いないと思って購入してみたのだが、正直に記せば半ばまできたところで読むのを放棄してしまった(本そのものはまだ廃棄してないが)。
綴られているのは、まさに著者自身がみて出会った事実であろう。そして(おそらくは)包み隠さず自らの所感を含めてそれらのできごとを記しているに違いない。だが、異文化の国、異なる民族の土地を訪れたこの女性は、いったいなにがしたかったのだろうかとも思う。
やれ「汚らしい」だの「みすぼらしい」だのの相手の卑下した所感やら愚痴やらの羅列(冗談でなく、どこを開いてもそのテの記述がある)。西洋人との接触がほとんどなかったに違いないひとびとの純朴な視線から不快感ばかりを覚える旅人とは、いったい何ものなのだろうか。そんななかにも興味を覚える記述はけっして少なくはないが、そうしたあまりに稚拙な表現に著者自身が頼らざるを得なかったため、せっかくの事実がなし崩しに他愛のない感想へと転訛してしまっているのだ。
文章にあって書き手の所感(ときに偏見や誤認もあろう)があるのはあたりまえなのだが、それらを表現する基本的な技術をこの「英国婦人」はお持ちでなかったのであろう(逆に「すばらしい」とか「とても気持ちのいい」といった“評価”も多いのだが、じつはそんな言葉でばかり物ごとを表現することそのものが稚拙さの現われなのである──自戒を込めてだが)。
で、ページをどこまでたぐってもそんなのばかりなので、いい加減ヘキエキとしていたところ、とうとうこの「英国婦人」は異民族の伝統的音楽にまでその一方的偏見をぶちまけてしまった。そして飛び出したつぎの記述。
<朝鮮人のほうでもその隣国の日本人と同じく、西洋の音楽がさほど好きにはなれないかもしれない。また同じ理由で、わたしたちが音楽で表現する概念は彼らにはよくわからないかもしれないのである。>(215ページ)
大きなお世話というものだ。ここでバカバカしさの極みを確信して本をほうり出した。「残り少ない人生をこんなことに使いたくない」──というワケだ(笑)。
このご婦人は西洋の平均律との違いまでは見抜いている。ところが、そこを音楽作法(システム)の違いとして探究する姿勢を申し訳ていどにみせながらも、「耳ざわり」だの「うんざり」だのといった語句に頼り切って文章を綴ってしまった。繰り返すけれど、そんなあたりにこの女性には著述家としての致命的欠陥があるのだが、どういう次第かわが国でも翻訳されロングセラー化しているように、商売人としての才能はお持ちだったということだろうか(奥付によれば「イギリスの女流旅行作家」。「作家」というのは文章書きのことのようだが、こんな職業「旅行」者もいたワケか)。つまらない本に1732円も払ってしまった。ウォンなら約1万7000ウォン(買った当時のレートでは2万ウォン近かったハズ・笑)。授業料と思ってあきらめるほかはない(筋違いを承知で悪態をつくならば、このご婦人の祖国・大英はどういう国だったか。そのあたりを、たとえば『STILL A PUNK ジョン・ライドン自伝』〈竹林正子訳・ロッキング・オン〉や『ロイ・キーン 魂のフットボールライフ』〈自伝/東本貢司訳・カンゼン〉などから垣間見るのも面白い。また後述の医師・スーザンフィッシャー=ホウク女史〈大英出身〉は、女性にとって差別的だった祖国の状況を自伝的に証言している)。
※本書は、本来ならば『朝鮮紀行』というシンプルなタイトルになってもいいのだが、ここに「英国婦人の〜」とあるのは、出版社側の都合でむしろそうつけざるをえなかったがゆえという可能性もある。なお、ここで取り上げたのは原典ではなく日本語訳であり、訳によっては異なる日本語への置き換えができるかもしれない。また、彼女の文章表現は、個人的資質とともににイギリス語の習慣が多分に影響しているのかもしれず、この点はその方面の専門家にいずれご教示願えればと考えている。
※韓国探訪記の名著『ディープ・コリア(定本・豪定本・元祖)』(幻の名盤解放同盟著・青林堂ほか)にも「マヌケ」だの「わざわざ汚いところに」とった類の表現がみられるが、これは本書のそれとは本質的に異なる視点であり作法であることはいうまでもない。ここではその詳細は割愛するけれども、著者は「豪定本」のまえがきでつぎのように綴っている。
<「マヌケだなんだと書いて韓国をバカにしている」といった類のお叱りを受けることがある。もっとヒドイところでは「溜飲を下げました」てな励ましがあった。かような誤解や無理解には心底まいってしまう。>
さしあたりは“溜飲”の示す意味。件の「英国婦人」の著書を高評価するひとのセンスはどうですかな?

『レベル4致死性ウイルス』(ジョーゼフBマコーミック&スーザンフィッシャー=ホウク著/武者圭子訳・早川書房)は、表題(原著では“LEVEL4:Vuirus Hunters of the CDC”)のとおり、ウィルス感染症を追跡する疫学調査の模様などを綴ったルポルタージュ。一般的には旅の本とは異なるカテゴリに置かれそうだがあにはからんや。スリリングな旅が満載の1冊なのである。
著者はアメリカ合州国のCDC(疾病対策センター)の元研究員。ごく大雑把には、エボラ出血熱やラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、そしてHIVなどを追跡、感染爆発の現場ではその対策にあたってきた医師らの物語だ。その現場はザイール(現・コンゴ民主共和国)やスーダン、ナイジェリアなどのアフリカ諸国をはじめパキスタンやアメリカ合州国など広範にわたる。そして、それらひとつひとつの現場が、ほどよく抑制の利いた文章で迫力満点に綴られているのである。10年ぐらい前、タマタマ本屋で遭遇して購入したものだが、あまりの面白さに今日まで何度読み返したかもわからない。
ほぼ全編が“旅”にあるといっても差し支えないと思うが、たとえばザイールとスーダンにおけるエボラ出血熱の調査にあたった場面。この国境線を共有するふたつの国で、当時は希有だった疫病がほぼ同時に発生、そこでその関連や発生源をつきとめるべく、マコーミック医師が陸路で現地調査にくり出すこととなった。そのくだりをいくつか──。
<なにかの助けになるだろうと思い、その地域のミシュランの地図を携えていった。あとでわかったことだが、その地図は崇高なまでの楽天家が描いたもののようだった。地図のなかにある場所を探す以前に、その地図が信じられるかどうかという挑戦を受けているようだった。おまけにその地図に書れた忠告が、いっそうこちらの不安を募らせる。「道がはっきりしないところでは、ガイドや進路指示器が必須。そうした地域に、車一台で乗り込むのは、愚かな行為である」(中略)きわめて興味深いつぎのような情報。「国境付近については、必ずしもここに描かれた通りでない可能性もある」>(59〜60ページ)
そうしてザイール人ガイドとともに乗り込んだ北部地域ではどうだったか?
<ところが、つぎの村にきてみると、食物はまったくなかった。市場と言えるようなものはなく、店には物がなかった。(中略)この地域にくるにあたっては、かなり厳しいスパルタ的な状況は覚悟してきた(中略)。わたしはそれまで、軍の食料には手をつけないできた(引用者注:調査にあたって非常食を支給されていた)。恐かったのだ。この三十年ものの食料の缶詰の一缶が痛んでいて、食べられないとわかったらどうなる? 残りのすべての缶も、おそらくすべてだめになっているということだ。そうしたら、食物はなにもないと宣告されたことになるではないか。>(65〜66ページ)
そうした状況を乗り越え、どうにかスーダン側に辿り着くことに成功したわけだが、じつはそれ以前からしてザイールに入ることすらすでに冒険だったのだ。すなわち、直前に活動していたシエラレオネから、国交のないザイールまで短絡しようと試み、当然そのためのビザ取得もままならない状況。
まず、シエラレオネの地方から<シエラレオネ航空の第一次大戦当時の危なっかしいフォッカー機に乗って>フリータウンに到着。ところがそこから先のフライトがない。こうした場合、いちどヨーロッパに出て、そこからあらためてアフリカの目的国に入るというのがセオリーだというのだが、そうしない場合のアフリカにおける飛行機の運航状況とは、つぎのようなシロモノであったらしい。
<アフリカ大陸では、運航予定などおかまいなく、自分たちの都合のよいときだけ飛ぶナイジェリア航空とガーナ航空の二つが、それでももっともあてになる飛行機だと言われている。>
(49ページ)
結局、コートジボアールのアビジャンにまず飛び、そこからカメルーンのドゥアラを経てザイールのキンシャサ入りを果たしたのだが、こんなに面白い冒険活劇がそうそうあるとは思えない。
このような調子で、全編にわたりスリルのある読み物に仕上がっているのだが、もちろん疫学的な興味も満載されている。とりわけ、パキスタンにおけるC型肝炎の調査や、アフリカ中央部でHIVの起源へと迫るくだりなどは、比較的ポピュラーな疾病なだけに、興味津々といったところかもしれない。
もとより、本書を読んでアフリカに往きたいと思うか思わないかはひとそれぞれだろう(笑)。なお、マコーミック医師と同じくしてエボラ調査にあたった模様などを描いた『ウイルス・ハンター』(エドレジス著/渡辺政隆訳・早川書房)にも、現地のシビレる状況が綴られていて興味がつきない(ただし、後者はやや読みづらいきらいがある)。

つぎの『ウイルス感染爆発』(NHK「エボラ感染爆発」取材班・NHK出版)も同種の感染症モノ。前書が当事者によるルポだったのに対し、こちらはジャーナリストがその現場のひとつひとつを洗いなおしたものだ。いうまでもなくこちらも旅の明け暮れ。ザイールを筆頭にスーダンやベルギー、アメリカ合州国へと関わった人物や物的証言などを追い求めている。研究者らの躍動や驚愕、悩みを、あますことなくあぶり出した快著である。
とりわけ、感染爆発の現場で、証言などをもとにそのときの様子を再現したくだりや、ザイール人医師が苦難の末に送りだした血液サンプルをめぐる紆余曲折などの場面は迫力満点。なによりも、綿密な取材とそれを可能にしえたスタッフらの熱意があればこそ、本著(もとはテレビ番組用の取材だったとしても)のような生々しいドキュメントの上梓ができうるのだとあらためて思った。

さて、このふたつのドキュメンタリーに共通するのがアフリカ、それもモブツ政権下のザイール(現・コンゴ民主共和国)だが、この国と音楽に魅せられて単身乗り込んだ日本人もいる。たとえば──。
※「jaki's homepage」
はじめての外国旅行先がザイールだったというJAKI氏によるスリリングな報告が満載のサイトだ。こんなに面白いサイトも珍しいが、JAKI氏はコンゴなどで親しまれているリンガラに魅せられたミュージシャン。サイトで紹介されているアルバム「カーリー・ショッケール◆ワニの王国」をだいぶ前に購入したところ、これまたかなり「メリメリ」っときたо(^ヮ^)о 熱帯の夜に心身まるごと包まれたくなってくる。
あと数冊用意しておいたけれど、ついつい長くなりすぎたので今宵はこのへんにしとうごぢいます。
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