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2005.04.14

「自虐的気分にさせる歴史教科書」をつくる会・・・の巻


 たとえばあなたの家族が隣人に殺された、あるいはなんらかの損害を被ったとする。もちろん、隣人は法の裁きを受ける。そこまではよかったが、量刑的に十分とは思えず、しかもとうの隣人からなんら謝罪の言葉もなく態度にも示されなかったとしたら、あなたはどう思うだろうか? さらに、謝罪どころか「あれ(事件)は正当なものでやむを得なかったのだ」と開き直ったとしたら……。

 4月5日、文部科学省が公表した教科書の検定結果は、歴史教育という面でまさにそういう開き直りを増長する内容を認めるというものであった。

 中学校の教科書検定は4年ぶりで、いわゆる“ゆとり教育”の修正などが行なわれている。また、学習指導要領の範囲を超えた「発展的な学習内容」の記載が認められ、「発展的内容」は「すべての子どもが学ぶ必要がない」とされているという。そんななか前回に引き続いて歴史教科書のありかたがクローズアップされており、国内外で問題となっている。その極地点といってもいいのが「新しい歴史教科書をつくる会」の面々が執筆した歴史と公民の教科書(いずれも扶桑社刊)であろう。

「つくる会」歴史教科書は“神話”を軸に歴史をストーリー化したという摩訶不思議な内容もさることながら、あくまで日本の、それも支配者層の側からの視点による編纂であるのが特徴だ。ニュースとして取り上げられているものでは戦中・戦前の日本についてがあるが、この教科書では日本の侵略戦争を「大東亜戦争」と表記、“自存自衛のため”の戦争で、アジアの解放につながったとしている。当時の帝国主義およびそれに追随するアナクロニズムに基づく毎度の主張である。当然の流れとして、南京大虐殺や強制連行(奴隷労働の強制)、従軍慰安婦(性奴隷の強制)などの事実は隠蔽され、加害者=日本の姿がみえないものとなっている。しかも、従軍慰安婦の記述が
すべての教科書の本文から消えたという。「強制連行」など加害の事実にかんする記述も大幅に削減された。その裏には政府自民党からの圧力と「つくる会」からの攻撃があるとみるむきもある。「つくる会」は結成当初(1997年)から「従軍慰安婦」や「強制連行」「南京大虐殺」に関する記述のある歴史教科書を「自虐的だ」として攻撃を繰り返してきていたが、10年も経たずに彼らの目標が達成されてしまったようだ。

 こうした動きに対し、中国や韓国をはじめとしてアジア諸国は反発の声を挙げている。在日韓国青年会中央本部は、「歴史の事実を消そうという動きが見られるとともに、日本が過去に侵略戦争を起こした真相をぼやかすように表現が簡略化され、記述内容が減っている」との印象を指摘する。また、沖縄や広島・長崎など、自国が受けた痛みに対する記述に乏しい点に対し、国や民族のレベルを超えて疑問を呈している(いいかえれば、支配者層にとっては、原爆にしろなんにしろなんら痛みになっていないということになる。つまり、一般の日本国民もまた日本政府による犠牲者なのだ)。また、国連人権委員会(ジュネーブ・8日)の席上で、韓国代表の朴仁国次席大使が「過去の日本の過ちを正当化し美化する内容を含んでいることに遺憾の意を表明する」と日本の歴史教科書に対して発言した。正しい歴史教育こそが過ちを繰り返さないことになると強調したというが、まさにその通りである。

 一方、イギリスの新聞、フィナンシャル=タイムズは社説でこの問題を取り上げ、「過去に正面から向き合うことがアジア諸国の怒りをしずめる唯一の方法だ」と指摘している。
http://news.ft.com/cms/s/45e484fe-a7ca-11d9-9744-00000e2511c8.html

 社説では従軍慰安婦の問題や南京大虐殺にも触れ、これらの問題での対立での日本の立場の弱さを強調する。日本の歴史教科書が事実から目を背けていることが竹島などの領土問題でも対話を妨げており、日本が過去の清算をしない限り今後の友好関係は築かれないと結んでいる。現代日本の恥は遠くイギリスからも世界中に発信されてしまった。

 中国や韓国をはじめとして、かつて日本が周辺諸国を侵略をし、それらの国のひとびとに甚大なる損害を与えたことはだれも否定できないだろう。そうした過去の過ちをを過ちとして認め、繰り返さないような社会をつくることこそが、残された国民の役目なのではないか。「つくる会」や自民党は、そうした事実を市民に知らせず、すなわち反省の材料を一切与えてはならないと主張している。彼らにとっては、これら国家の事実を国民に知らせることが“自虐的”だというのである。こんな発想は愛国心でもなんでもない。いうなれば倒錯した“愛国心”もどきである。彼らにとっての“愛国心”とは、けっしてわれわれ一般市民のためのものではない。

 そもそも、“自虐的”だというけれど、事実から目をそらさせる教科書が採用される事実ほうがよほど自虐的な気分になる。中国や韓国などの近隣諸国にだけでなく、世界中もろもろのひとびとに対して、「ああ、わが祖国はなんて恥知らずなんだ」と嘆いてしまう。嘆くだけならいいが、相手の目をまともに見ることすらできない。相手は思うだろう。「なんだ、こいつらは自分の国の歴史すら知らないのか」。そこでは相手との対等な関係すら築くことができないのだ。すると、批難されようがバカにされようが、とっくに破綻した論理をバカのひとつ覚えのように放言し続けるか、自分の無知を恥じてコッソリと逃げ隠れするしかなくなる。自虐的気分とはこういうことを指すのではないか? 日本の恥ずべき歴史に正面から向き合うこともなしに逃亡を謀るかのような教科書をつくる連中こそが、まさに自虐的なのである。恥の上塗りだ。

 冒頭の繰り返しになるが、“やられた側”の立場について、人間としてもっと考えてみるべきだ。このままでは、日本という国が自爆への道を歩いているような気がしてならない。



*この記事は「アトリエ猫池・日々是雑感」4月第3週にも加筆のうえ掲載しています。



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