日航不祥事にひそむもの・・・の巻
日航(JAL)の不祥事が相次いでいる。
1月22日、新千歳空港(北海道)で旅客機が管制官の許可なく離陸滑走、滑走路のおよそ1キロ先には着陸直後の全日空機がおり、あわや大惨事になるところであった。
日航は「離陸準備作業に気を取られ、ウッカリしていた」と説明しているというが、本当にそうなのだろうかという気がする。 というのも、この“事故未遂”が起きたのは21時16分ごろであり、到着地=羽田の使用時間制限に間に合うかどうかという微妙な時間帯であるからだ。実際には新千歳発羽田行きは21時45分(全日空970便=羽田着23時20分・2005年3月現在)まで離発着があるので余裕はあるにせよ、定刻からすでに45分がすぎ、フライトの中止だけは避けたいというアセリはなかったのだろうか? つまり、仮に運休になれば乗客のホテル代の負担などでそれなりの損失が見込まれる。となれば、利益確保のために多少のムリを押し通すという体質が、日航にはないといえるのだろうかと思ったのである(しかも日航は1カ月以上もの間、報告義務を怠っている)。
踵を接して、11日には仁川空港(韓国)で管制官の待機指示を聞き間違え滑走路に進入する“事故未遂”。16日には羽田発新千歳行き旅客便で、4カ所ある非常扉を、緊急時の脱出路確保のための「脱出スライド自動展開モード」に切り替えないまま飛行し着陸後に気づくという“事故未遂”。さらに、貨物機の着陸用の「脚」の部分に、強度上問題のある旅客機用の部品を取りつけ9年間も放置しておいたことなどが発覚するという人為的ミスが続発している。
そして、昨日(3月22日)には広島発羽田行きの飛行中に異臭があり、羽田空港に緊急着陸、操縦桿の重さを制御する機器が焦げていたという“事故未遂”、その5分後には福島空港で、大阪(伊丹)発の同社機が“尻餅”をついてあわや大惨事となるところであった(こちらは明らかな事故である)。
たまたまといおうか、『ルポ大事故! その傷痕』(鎌田慧著・講談社文庫)を読んでいた最中のできごとであり、同書で報告されている羽田沖墜落事故(1982年)と御巣鷹山への墜落事故(1985年・ともに日航)と同様の背景が“事故未遂”に隠れてはいないだろうかと思った。つまり、乗務員の過重な勤務体系や組合間の軋轢、機体整備の簡略化と燃料等の削減などである。報告によれば、経営陣がもっとも重視するのはコストをより削減した運航であり、安全性という部分がないがしろにされかねないことが指摘されている。当然、運航現場にはストレスとなって顕われる。そうしたもろもろが積み重なってのふたつの大事故である。昨日までの一連の不祥事には、こうした体質が同社にいまだ染みわたっていることを臭わせてはいないだろうか。
同書には、1977年9月のクアラルンプールでの事故の直後にとられたという機長に対するアンケート結果が紹介されている。引用させていただくと、
1・安全運航体制は確立されていると思う 八%
2・安全運航体制は確立されていない 八〇%
3・その他 一二%
となっている。知らぬは乗客ばかりである。(76ページ)
もちろん、改善されるべきところはされてきたと思いたいが、今回の事件をみるにつけ、どこまで真剣に安全というものを考えているのか、疑いたくなったことも事実だ。ルポにあるふたつの事故のあとの変化といえば、日航が民営化されたことと、航空運賃の規制緩和による競争の激化(つまりはダンピング)があげられる。ともにコスト削減をより迫られる構造だ。これが安全面にどれだけ影響を与えているのかはわからない。しかし、取りかえしのつかないことになる前に、より安全な運航をだれにでもわかる形で実行してもらいたいものである。
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