2018.11.12

栄光の列車もいまはむかしか?・・・の巻

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  おっと、スコール(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  マレーシア・タイ国境のパダンブサールにやってまいりMASITA。道路側国境ゲートは意外と簡素で、東海岸ぞいのランタウパンジャン〜スンガイコーロクのほうが規模が大きく賑わっているような印象を得たが、そんな印象はそのときの巡り合わせにもよるのであろう。が〜。カンボジアと接するアランヤプラテートに見られるような雑多な(アナーキーな……でもいいかも)賑わいと比べれば、やはりきちんとしているように思える。なりはこんなに大雑把なのだけど。

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  パダンブサール駅。国境に貨車の群れ。そういえば、マレーシア・シンガポール国境のジョホールバルとウッドランズでは貨物列車を見かけなかったなと思う。

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  国境駅というたいそうな看板を背負っているにしてはぶっきらぼうな駅玄関ですなァ……。

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  こういうケンチャナヨ風味は好むところではあるけれど、この朽ち果て感。しかし、これもまた国境というものなのかもしれない。

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  DUTY FREE SHOPの文字が空しい……。면세점 꼬라지 하고는〜♪

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  駅反対側もひっそり。

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  帰国後に調べたところ、この林(といっても幅50〜60メートルほどだが)の向こう側にタイとの国境線が迫っていることがわかった。もちろん国境ならではの警備はなされているに違いないが、大韓〜北朝鮮間の軍事境界線周辺を覆う緊張感などからすればなんとも緩い感じがする。言うまでもなく、ああいう過度の緊張などないほうがいいに決まっているのだが……。

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  駅構内はそれなりに賑わっている。しかし、このなかのどれだけのひとが越境にからんでいるのかというと、その数はごく限られているような気がした。ここまで乗ってきた列車はガラガラだったし、これから乗る46列車はもとより、その前に発車待ちをしているハジャイゆき普通列車(15時40分発950列車)に乗る気配もない。ただなんとなく集まっているというのでもなさそうではあるけど(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  掲げられた発着時刻表。タイ側の列車──マレー時間18時までに2本の列車が発車する──の情報はなく、国境駅らしさはまったくないのが残念(右の発車欄にある「L615 パダンブサールゆき」というのはいったいなんなのだろう?)。

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  バンコクゆき46列車が入線。
  マレーシア側イミグレーション職員と握手で別れ、タイ側に入ると「日本からですか?  コレに記入してください」とタイ側職員が笑顔でイミグレーションカードを手渡してくれた。あとは46列車に乗ってバンコクにゆき、そのィ夜の飛行機で帰国の途につくワケだが、そういう次第なので滞在場所(ホテルなど)を空欄にしたら、「それはマズイですね」と困り顔になってしまったイミグレーションのおとっつぁん。そこで、正直にこのあとの行程を説明し、「そういうワケでホテルもなにもないんですよ」と言うと、「どこでもいいから知りませんか?」という。
  でまぁ、こういうときのためということではないのだが、パスポートケースに挟んだままになっているバンコクの定宿のカードをおとっつぁんに見せつつ、その宿名をそのまま記入。
「そうそう。これで大丈夫!」
  というのだが、どうやらそういうものらしい。ちなみに、シンガポールでも1泊もせず出国したが、入国のさいには「MARINABAY〜WOODLANS〜JB/1DAYTRIP」と予定している行動をそのままを記入。それで問題はなかったが、空欄にしておくと相手(転じてこちらも?)を困らせることになってしまうようだ。

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  2等寝台車の下段をタイ国鉄公式サイトで購入しておいた。あとはのんびりバンコクまでの汽車旅である。
  しかし、入線してきた46列車は2両の2等寝台車と3等座席車が1両きりという寂しい編成(3等車はハジャイで切り離されており、営業運転でない可能性がある)。かつての栄光はどこへやらという陣容なのであった。

  汽車旅の御大・宮脇俊三いわく、
>「インターナショナル・エキスプレス」は冷房つきの一等寝台車や食堂車が連結され、東南アジアを代表する豪華列車とされている。(「泰緬鉄道とマレー半島の国際列車」/『椰子が笑う汽車は行く』文春文庫に所収)
  ということなのだが。

  この「インターナショナル・エキスプレス」というのが、ようは46列車の先達で、当時は週3往復がバンコク〜バターワース間に運行されていた。もっとも、当時からして全区間を直通するのは客車17両中5両のみだったそうだが、「これからの一昼夜は東南アジアでもっとも贅沢な乗客になるわけだ」(同著)にふさわしい面影はもはやない……。

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  車両は大韓製。

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  タイ側のパダンベサール駅(?)で小休止。少し前まではタイ国鉄の列車検索ページで駅名をスクロールすると「Padang Besar」と「Padang Besar(Thai)」と2駅が出てきたが、いつの間にか「Padang Besar(Thai)」は削除されている。乗り降りがあった気配はなく、客扱いは休止されているようだ。雰囲気は悪くないし、どん行に乗って降りてみたい気もするのだが。ちなみに、同検索には「Butterworth」が残されている。現在はパダンブサールをまたいだ直通運転はなく、検索しても列車時刻が出てくるハズもないが、いずれ復活する可能性を残しているのだと解釈したい。

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  ゆっくりとタイ南部を北上。

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  ハジャイでスンガイコーロク〜バンコク間の38列車との連結作業ため15分間停車。38列車のペアにあたる37列車(バンコク発スンガイコーロクゆき)は昨年7月に乗ったが、食堂車や1等寝台車、2・3等座席車などを連ね、46列車とは比べるべくもない貫禄を備えている。

  写真は37/46列車のあとに発車するバンコクゆき32列車。ご覧のとおり新型編成が充当されており、南線の主役はバンコク〜ハジャイ間のこの列車が担っているということなのであろう。件のパダンブサール〜ハジャイ間の普通列車とこの列車とを乗り継ぐことも考えたが、この作戦はつぎの機会にでも試してみたいと思う。

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  車内販売の弁当。タイ国鉄名物のインディーズ弁当ではなく、食堂車調製の“オフィシャル弁当”で値段は高め。かつては定食形式のおいしい料理がケータリングされていたけれど、簡略化されてしまったのだろうか。

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  寝台列車ですごすのは、そろそろ通算200夜を超すか超したかしたのではないかと思う。いつ乗っても楽しい。そんな一夜を明け、南線の朝の車窓を眺める。

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  トイレに立ったら、乗っている車両がいまさながら最後尾だということに気がついた。

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  大きな遅延もなく終点のバンコク・クルンテープ駅に到着。深夜便での帰国だけれど、さて、それまでどうやって過ごそうかというのも、寝台車でバンコクに着いたときの楽しみではあります。
  つづくо(^ヮ^)о

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2018.11.06

国境の駅までひと工夫・・・の巻

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  新刊『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉著/実業之日本社刊)が発売されました。著者の康熙奉さんは、個人的には韓流雑誌「愛してるっ!! 韓国ドラマ』などを通じて、かれこれ10年以上にわたりお世話になっている“韓流の御大”。新刊では、話題の韓国時代劇最新作などにも触れつつ、ドラマの舞台となっているその時代、とりわけ朝鮮王朝にスポットをあて、隣国の歴史をわかりやすく解説しています。『朝鮮王朝実録』をはじめとする歴史文献の詳細な読み込みにより歴史の表裏を看破。ときにはテレビドラマ上の演出とは相反する事実や人物像などにも踏み込まれており、個人的にも韓国時代劇を楽しんでいることもあって、興味の尽きない1冊に仕上がっているとうれしくなりました。

■各章見出し
・第1章:韓国時代劇の人気作品で一挙に把握! 朝鮮王朝の歴史とエピソード
・第2章:韓流時代劇を見るとりに必読!「朝鮮王朝の歴史/簡潔編」
・第3章:朝鮮王朝をより深く知るための重要な歴史認識
・第4章:これが韓国時代劇の主人公たちの実像!
・第5章:韓国時代劇の最強ネタは「朝鮮王朝三大悪女」!
・第6章:朝鮮王朝をゆるがせた重大事件の張本人

  個人的に、こ康熙奉さんとはこれまで雑誌のほかいくつかの単行本でも記事や写真の寄稿なども通じておつきあいさせていただいており、近々では康さんが主催しているウェブサイト「ロコレ」上で対談、充実したひとときをすごさせていただきました(「ロコレ」対談<第1回>全4回)。本書と併せまして、サイトにもお立ち寄りいただければ幸いです。

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  話は戻りまして……。ペナン島ジョージタウンで一夜を過ごし、汽車旅を再開。まずはバターワースからマレーシア・タイ国境駅のパダンブサールを目指すのだが、事前に時刻表などを調べたところ、ここにちょっとした問題があることがわかった。

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  なんと両駅を結ぶ列車がロングシート車なのである。コレでパダンブサールまで1時間51分とはあんまりな仕打ちではないか。もとい、日本の鉄道ではとっくにごくありふれたことになってしまったザマだけれど、面白くないことに変わりはない。マレー鉄道公式サイトで入手した時刻表によれば、バターワース〜パダンブサール間は14往復。そのすべてが「コミューター」と呼ばれるロングシートの普通列車ときては、いかんともし難い。

  対抗手段はある。マレー鉄道北部は、シンガポールから北上してきた西海岸線がバターワースを目前にしたブキッムルタジャム駅(バターワースから11.5km)でパダンブサールに向かう路線(ケダ線。ただし、両線ともに正式名称についての確認は信頼できる資料が入手できておらず取れていません)と分岐、バターワース側が盲腸線になっている。クアラルンプール方面とを結ぶ列車は、ここまで乗ってきたETSと呼ばれる特急タイプのクロスシート車で、バターワースに1日5往復、パダンブサールにも同じ本数が乗り入れているので、この両系統列車を途中駅で乗り継げばいいのである。

  だが、パダンブサールで乗り継ぐバンコクゆき列車は17時(マレー時間18時)発。コレに間に合うクアラルンプール方面発ETSはパダンブサール着15時55分と16時30分の2本。一方、バターワース発ETSは7時25分発のつぎは16時23分までなく、ようはそういう乗り継ぎがまったく考慮されていないダイヤなのであった。

  いまひとつは、ロングシートのコミューターで途中駅までゆき、そこからクロスシートのETSに乗り換えるという作戦もあり、調べてみるとこちらのほうはどうにかなることがわかった。結局、バターワース12時25分発コミューター(パダンブサール着14時16分)とパダンブサール着15時55分のETS(グマス発7時40分)に着目、ロングシート区間を最低限に留める作戦とした(座席云々にこだわらないのであれば、バターワース発14時25分〜パダンブサール着16時16分とその1時間後のコミューターでも間に合うダイヤ。ただし遅延時に接続が取られないとの不穏な話も聞く……)。

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  あれこれ検討した結果、Tasek Gelugorなる小駅を乗り継ぎ駅とした(バターワース駅出札口で訊いたところ、Tasek Gelugorはタセッグルゴールに近い発音のようだ。ついでながら、マレー語ではEが「ウ」に近い発音になることが多い──Merdeka Square=ムルデカスクエアなど──。面白いですなァと思っていたところ、ふとウチの子ちゃんにあげている「MonPetit(モンプチ)」が目に止まって「ぁあ……」とひとり納得したもんだ・笑)。ひとつ先のスンガイプタニ駅のほうが駅界隈が賑わっていそうに思えたが、ロングシート区間を少しでも減らすことと、なんにもなさそうな駅のほうにソソられてしまったのである。タセッグルゴール駅には12時45分着、14時33分発。

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  そりゃいいとして、こんなところで降りる外国人がよほど珍しかったのであろう。まずは写真をと思ってカメラを構えつつウロウロしていたところ、運転士が心配そうな表情で運転席から顔をのぞかせたのである。すぐさま「ココで降ります」と身ぶり混じりでアピール。笑顔を残して列車はパダンブサール方面へと出発していった。こういうことは日本のいずこかでもあったような気がするし、大韓の京釜線・覚溪駅(停車列車は1日1本(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)の巻)やかつての嶺東線・両元駅(両院散歩の巻<アップのさいウッカリ漢字を間違い──両元が正解。修正しないとなァと思いつつ放置してあるところに作者のケンチャナヨぶりがよく表われております・笑>)でもあった。

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  こうしてみると、鉄道施設というのはどこでも似たようなものなのかもしれませんなァ……。

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  こういう小ぶりな駅舎は好みにあう。駅前はひっそり。降りてみてよかったと思う瞬間だ。

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  こんな風景のなか、ふと「アザーン」が聞こえてきたりもする。

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  バターワースゆきコミューター。外国にいるという感じに乏しい。

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  さしてなにをしたワケでもない途中下車ではあったけれど、この町の話は別の回に改めていたしまッスムニダ。

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  ほぼ満席のパダンブサールゆきETSが国境へと急ぐ。こんなにも国境を目指すひとがいるのか……とそのときは驚いた。

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  相変わらずのハイスピード。繰り返すけれど、この時速140kmはメーターゲージ(軌間1000mm。JR在来線の標準は1067mm)での速度。

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  大にぎわいだった列車だけれど、終点ひとつ手前のアラウ駅で乗客の大半が下車。乗っていた車両はオレひとりになってしまいMASITA。

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  史上最大のシートピッチとみた。なんかココのガラスにも“弾痕”らしきモノがあるし……。

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  この先にタイという国があるとはいえ、やはり国境というのは辺境含みなのだろうか?

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  パダンブサールに到着。貨物列車が国境気分を高める。

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  この先はタイ。

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  おおっ、タイ国鉄の見なれた3等車が。

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  以前、パダンブサール〜ハジャイ間が1日1往復とウッカリ記してしまったが、じつはバンコク直通の1往復のほか、区間運転の普通列車が2往復走っている(タイ国鉄公式サイト上で路線ごと一覧になっている時刻表では普通列車2往復が省略されているが、区間ごとの列車検索でこのダイヤを確認することが可能)。この列車はこれから乗るバンコクゆき46列車の前に発車するハジャイゆきで、コレに乗ってハジャイまで先回りするのにもソソられる。しかし、46列車はかつてバターワースまで直通運転していた「国際特急」の末裔。編成も運転区間もだいぶ落ちぶれてしまった感はあるものの、その栄光の列車に敬意を表し、今回はその全区間を乗り通すことにした。

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  線路の先はバンコク……。
  つづく。

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2018.10.31

のどかさは過ぎ去りしころの憧憬か・・・の巻

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  というワケでペナン散歩。そのおのぼりさんワンポイトに足を運んでみたのが「同姓一族伝統水上家屋」であった。

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  なんとなしにこの水上家屋というのに興味を引かれることもあるが、フェリー乗り場や宿にも近いし、こりゃお手軽散策にはもってこいだろう……という話。

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  したがって、なんら予備知識もウンチクも持ち合わせないママに現地へとやってきたのだが、その反面、なにかと想像力をかき立てられるひとときではあった。

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  火災と思しき痕跡。それに臨む線香……。

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  とある一隅に、イヌのケージがいくつかあった。「ワンワン!」とやかましい1頭を除き、みな一様に大人しい。このコなどは、こうしてボケーっとしたまんまで、どこか悲しげなふうに見えてならない。
  ふと妙な連想がアタマをよぎった。
「彼ら(お嬢さんやおっかさんなんかもいるのだろうけど)はどうしてココに飼われているのだろうか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?」
  まァ……、きっと愛犬家の家なんだろうよねぇ。そうでしょ?

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  やはり“華”があればウレシイですねо(^ヮ^)о

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  夕凪の海峡をゆく。せめて夜間便の1往復でもすればよかった……。

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  アロエにタマゴの殻。ナゾのオブジェ。

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  残念ながら家主は留守であった。

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  ネコ壁画がそこここに。やはりネコの国、ニャーニャーマレーである。

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  これぐらい巨大化したネコと暮らしたいものだо(^ヮ^)о

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  しかし、イラスト(壁画)ばかりで肝心のネコの姿がまったくないのはどうしたことか。ペナン島に到着してから夕食後の散策を終えて宿に戻るまで、ただの1匹も見かけなかったのである。もっとも、ィ翌日にはネコラッシュとなったのだが……という話は別の回にいたします。

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  おっと、クロボウズ。きゃわゆいネ。

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  それにして、も。訪れたのはジョージタウン界隈のみで、それも世界遺産なんぞという阿漕な看板を背負ってしまったがゆえに観光客で賑わっているのはわかっていたけれど、このクルマの多さにはちょっとヘキエキとさせられた。ちょうどそのころ、盟友Sはニャチャンでベトナム式大賑わいの洗礼を受け、夫婦揃って疲労困憊の態だった模様(笑)。まっ、それに比べれば穏やかなジョージタウンの路地であった。

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  しかし、あの『深夜特急』(沢木耕太郎)で描かれていたたたずまいとのギャップが……。歩いていればこうして落ち着いた路地にも巡りあうとはいえ、時代も大きくうつろいすぎたということなのだろうか。

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  信号はほとんどないが、ベトナムのそれに比べればノロノロとラーメンを運ぶようなものだ(S以外にはなんのことやらわからないと思いますが)。

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  こんな旅社にもちょっとソソられる。関係ないが、成都の文字を見ると、あのとき買わなかった麻雀牌が思い出される。美しい牌であったなぁ。こんど、ソイツを買うだけのために成都を再訪しようかなァ……。どうでもいい話ですね。

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  泊まった部屋はこんな風情。

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  インド街で夕食。肝心のカレーがケチ臭くはないか?

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  ィ翌日の午前もプラプラと散策し、再び汽車旅に戻るべくバターワース駅へと急いだ。
  つづく。

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2018.10.25

ペナン島へまっしぐら・・・の巻

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  KLセントラル駅(切符には「SENTRAL KUALA LUMPUR」とある)は大にぎわい。元祖「クアラルンプール駅が侘びしく感じられてしまうが、風格や味わいという点は元祖駅に軍配を上げたい。

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  11時25分発「ETS9102列車」で一路バターワースを目指す。終点到着は15時40分。388・5kmを4時15分、表定速度91・4kmというなかなかの俊足列車である。

  で、ホームは地下。東京駅地下ホームや台北駅と同様にドライな印象がぬぐえない。くわえてホームへの入場は発車10分前になってからで、それまで雑多にひとびとが行き交うコンコース上で中途半端に行列を強いられるのは、“長距離列車”の旅立ちとしてはドッチラケであった(改札はなく、自動改札が並ぶ脇の通路の柵がどかされると、ゾロゾロと行列が地下に吸い込まれてゆく)。ざっとした印象では9割前後の乗車率のように見えた。

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  相変わらずの極寒列車も、車窓はとってもトロピカルо(^ヮ^)о

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  ときおり渡る河川にソソられる。魚釣りはとんとしなくなったけれど、竿を出したらどんなエモノと巡り合えるだろうと想像をめぐらしてしまうのであった。

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  スズの精製場だろうか。こういう産業鉄道的情景だって悪くはない。

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  帰宅後に地図を調べると「Kolam Bukit Merah(赤い丘の池?)」という池だか湖で、南北に広がる湖面を渡る線路は、鉄道の被写体としても知られているようだ。湖畔には「ブキッメラ オランウータン島基金(Bukit Merah Orang Utan Island Foundation)」なる施設を認めることもできる。恥ずかしながらまったく知らなかったが、人気のある観光スポットらしい。

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  最高時速140kmで快走中。個人的にはせいぜい時速60〜70km程度で窓の開く汽車のほうが好みにはあうけれど、速い汽車には速いなりのよさはある……と思うことにしMASITA。

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  車内案内ほか。意外と細かい。座席選びのご参考にドウゾ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  列車はつつがなく終点のバターワースに到着。

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  どうしてもチェックしたくなる鉄路の果てと車両止め。

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  頭端式ホームの先に地平駅舎があって、そこを抜けるとペナンゆきフェリー乗り場がある……なんてのをず〜〜〜っとこれまで想像してきたのだが、現実はまったく違っていた。

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  いちおうフェリー乗り場を示す案内はあるけれど、なりは日本の都市圏近郊駅と大差はない。長距離列車の終着駅ないしペナン島の玄関に見合うムードや格式はまったく感じられなかった。

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「行きゃわかるだろ」
  そう思って、フェリー云々はまったく調べてこなかったのをこのとき思い出したが、偶然にしてこんなのを発見。駅からフェリー乗り場まで、街をひやかしながらのんびりと歩くべぇとの目論みは、この無料シャトルバスにそのまま吸い込まれてしまいMASITA。もっとも、直線距離ですぐ目の前だというのに、歩くようにはなっていないようであった。往路は5分ちょい。復路は車線の関係から迂回と信号待ちが多く20分ほどかかった。

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  フェリー以外にバスでペナン島に渡るというのも面白そうだ。

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  フェリー乗船券。往路のみ有料で復路はタダ。ゆえに片道をバスにする場合は、復路をフェリーにするほうがおトクですね(笑)。

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  ゾロゾロとフェリーへ。

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  わずか12分ほどの航海。しかし海を渡ることに違いはなく、これはこれでムードがある。

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  ぁあ、余興に夜間便にも乗ってみればよかった……というのは、たったいま思いついた話でごぢいます。

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  ペナン島に到着の巻。

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  巨大客船もいるでよ。
  つづくо(^ヮ^)о

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2018.10.19

のぼらないけどおのぼりさん・・・の巻

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  そういう次第でクアラルンプール。やっぱ“おのぼりさん”たるもの、こういうのを見物しないとねぇо(^ヮ^)о
「マーライオンなんぞ“おのぼりネタ”にすらならないと思うけど、コレはたしかに一見の価値があるかも……」
  などと思ったものだ。

  そいや、勤め人をしていたとき、取引先に尾登さんという人物アリラン。あるとき昇進して「おのぼり係長」となったものだが、「ぁあ、おのぼりさんから出世したんですなァ……」といったところだったのでろう。いま思えばだが(大きなお世話ですよね・笑)。

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  元祖!  クアラルンプール駅はLRTのパサールスニ駅と連絡。都市の玄関駅は隣のKLセントラル駅にとって代わられたけれど、元祖駅周辺は中華街をはじめ街のおもむきはやや古めで、オレ的にはこちらのほうが好みにあう。大韓の大邱駅と東大邱駅との関係をちょっと思い出した。

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  ケイエルの中華街〜Huuum……。

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  交通至便なうえィ安宿が集まっているのも中華街の魅力。

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  泊まったのはこんな部屋。ひとり旅で、部屋ではほとんど寝るだけなのでこれで十分。くわえて、規模の大きいホテルとは異なる居心地のよさもィ安宿にはある。

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  ひと休みののちワンポイント見物に繰り出す。

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  LRTでKLCCへ(なにかの暗号のようですなァ)。こんなささいな都市の隙間も楽しい。

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  というワケで、冒頭の「ペトロナスツインタワー」を通りから見物。あとななんとなしに街をプラプラしつつ、ふと遭遇したラーメン屋に入ってしまった。外国でわざわざ日本料理店に入る習慣はないけれど、ラーメンだけは別。どんなものが出てくるのだろうなどと想像しつつ味わってみることも多い。旨かったが高かった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  LRTでしばし談笑。

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  じつは往路復路ともに席を譲られてアセってしまった。そんな“歳”にみえたのか、はたまたよほどくたびれてると思われたのか。ひょっとすると外国人観光客に対する“もてなし”かもしれないし、クアラルンプール文化のひとつなのかもしれない。しかし真相はともかく、こんな経験ははじめてである。
  でも、それをきっかけにつかのまのコミュニケーションがうまれるのがうれしい。

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  列車によって編成両数が異なることを発見。とっさにカメラを構えたが、案外スピード感があった。

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  元祖!  クアラルンプール駅を眺める。電柱が邪魔。かといってこの右側はことごとくフェンスに阻まれていて撮影どころでないのが悩ましい(大型の三脚と脚立があれば……)。

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  駅の風格に似つかわしくない物体。これも時代というものなのだろうか。

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  切符売場は閑散……。

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  発着案内。左が普通列車に相当する「コミューター」。右は特急にあたる「ETS」。時間帯によっては「コミューター」の運転本数は意外と多くはない。

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  鉄道公社本社。

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  南方面ゆきETSが到着。ほぼ満席だった。

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  これから乗るのはバターワースゆきETS。もちろん元祖駅にも停まるが、せっかくなので始発駅のKLセントラル駅まで迎えにゆく。アクセスにはLRTのほうが運転本数が多く格段に便利なハズだが、あえて「コミューター」を選ぶ。

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  車内はセミクロス仕様。クロスシートを確保すれば長めの乗車も楽しそうだけれど、荷物の置き場に難アリとみた。
  それはそれとして、わずか18年ほど前に出版された書籍によれば、首都を含む都市鉄道輸送はようやく端緒についたばかりで、つぎのように記されてあり、その後の急速な発展の様子が窺える。

>旅客輸送は、長距離輸送を主な対象としており、旅客列車本数も一日一方向四〜六本程度で、通勤・通学にはほとんど利用できない。(中略)
>国鉄は、ハンガリーから購入したレールバスによる都市圏における通勤輸送を目的とした新しい列車の運行を一九八八年一〇月から開始している。(中略)シンガポールやクアラルンプールなど五地域で、いずれも一編成列車による運行だけ(以下略・『アジアの鉄道  18国最新事情』和久田康雄・廣田良輔編/吉井書店・1990年刊)。

  ダイヤの一例として、ポートクラン〜クアラルンプール〜センタール間(ポートクラン線・バツケーブ線=約60km)が挙げられている。それによれば、たった1編成(5両編成)による運行で、1日4往復にすぎなかったという(ポートクラン発:6、10、13、19時)。便や区間によっては若干の混雑もみられたようだが、運行開始約1カ月後の段階で定期券購入者はわずか7人に留まっていたというのである。

  まさに隔世の感を受けるといったところだが、一方でクアラルンプール以南と東海岸方面の閑散ぶりが気にかからないでもない。もっとも、発展と引き換えに薄味になってしまいがちなのもこの世界の常。はたして数年後のマレー鉄道の姿やいかに?

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  という塩梅のクアラルンプールミニ散歩でごぢいMASITA。
  つづくо(^ヮ^)о

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2018.10.13

爆走列車で首都へ・・・の巻

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  ちょっと、お知らせ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  写真家・米山真人さんの写真展「錯」が新宿ゴールデン街1番街の「Bar tomorrow」で開催中(終了間近の紹介になってしまいましたが……)。米山さんは鉄道を中心に活躍している写真家ですが、同時に“女性”をひとつのキーワードに映像を通した人間探究を試行。そのこたえ、あるいは経過として感性に訴えるのが今回の個展ではないかと思います。この真摯なモノローグからヒトはなにを直感するだろうか……?

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  さて、グマスからは“電車”でクアラルンプールを目指す。
  かつては、オンボロ客車のどん行(いうまでもなく憧憬であり褒め言葉)などがシンガポールとクアラルンプールとを結んでいたけれど、いまやすっかり時代が変わってしまった。電車、それも「ETS」と呼ばれる“特急”がわずか2往復ときては列車選択の余地もない。が〜、そこは鉄道。のんびりと轍と揺れと車窓を楽しもうではないか。

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  駅ホームスタッフのみなさん。多民族国家ならではの笑顔に見送られつつ、クアラルンプールに向けいざ出発。

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  車内は日本の在来線特急車両ふうに2×2列にリクライニングシートが並ぶ。ただし座席の回転はできず、「集団離反式」となっている。

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  グマス側の左右ひと区画のみ4人用ボックス席。ご覧のとおりテーブルもあるし、グループならココを選びたいところかも。見たところ、車両の北寄りから1、2……という座席番号になっているので、数字の大きい側(南寄り)車端部を指定すれば確保できるように思うが、マレー国鉄の予約サイトではこうした座席の向きについての案内はいまのところなされておらず、知る人ぞ知るといったところかもしれない。

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  15時10分にグマスを発車するや、列車は快調にカッ飛ばす。最高速度は時速140km。いまや新幹線など「高速鉄道」以外でも時速160km運転が普及しつつあるけれど、マレー国鉄はJR在来線などでみられる狭軌1067mmよりさらに狭いメーターゲージ。その軌間67mmの差がどれほどのモノなのかはその道の専門家ではないのでわからないが、スピード感の迫力は十分である。
  車窓の主役はアブラヤシのプランテーション。単調といえばそうかもしれないけれど、これはこれで熱帯の汽車に乗っているという感じがしていい。ホンネを言えば、窓の開く汽車でのんびりと眺めたい風景ではある。

  じつは、タンピン〜クアラルンプール〜タンジュンマリム間にはどん行にあたる「コミューター」が走っている。ただし、走っているのは冷房完備かつハイスピードの快適な「電車」。“どん行”とはちょっとニュアンスが異なるかもしれないが、いずれ乗る機会もあるだろうと思う。

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  おっと、スコール!

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  列車はクアラルンプールから先、バターワースまで直通する。長駆562.5km(東海道本線の東京〜大阪間は556.4km)、終点には22時02分に着く。所要時間6時間52分。表定速度時速81.9kmは日本の在来線でも上位(現在の最速はJR西日本の「サンダーバード33号」の時速106.3km)レベル。ましてやメーターゲージときては立派な実力といえるのではないだろうか。

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  クアラルンプールのメイン駅はKLセントラルだが、ひと駅先の元祖「クアラルンプール駅」まで乗って列車を後にする。

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  列車はさらに北を目指す。KLセントラルまでは半分ほども座席が埋まっていなかったが、ほぼ満席となっていた。

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  クアラルンプール駅で降りたのはこの格調を味わいたかったがため(泊地・中華街が近いということもあったが)。

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「こりゃぁシビレる駅ですなァ……」
  すっかりうれしくなって構内を散策してみたが、ふと気がつけば改札口というか出入口というかどうやって表に出ればいいのかがさっぱりわからない。「出口」を示す案内も見当たらない(コミューター利用者用の自動改札が並ぶ小さな改札口はあったが、無人なので紙の切符所持者にとってはどうしようもない)。
「出口はどこ?(マレー語)」
  なんと、マレーシア人のおっかさんをして同じ目に遭っているのだからなにをかいわんやではないか。

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  地下通路を探索してみても出口はわからず(ィ翌日、コミューター用自動改札から入ったところ地下通路経由の脱出法はわかったが)。結局、バターワース側に延々と延びるホームの端まで歩いた先にあった橋上駅舎の改札(日本で見られるような自動改札脇の通路)からどうにか逃れた。

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  とはいえ、異国の駅散策は楽しいо(^ヮ^)о

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  そうしてクアラルンプール駅を脱出した先にはラピードKLが。市街地の公共交通はかつてより格段に便利になったのであろう。

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  弾痕(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

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  今日はクアラルンプールで1泊。さて、“ワンポイント見物”はどこにしようか???
  つづく。

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2018.10.07

殺人列車は和気あいあいと・・・の巻

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  ジョホールバルはどんより空……。

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  初日はシンガポールから鉄路でジョホールバルに渡り宿をとった。翌朝の行程などを考慮したためだが、これは成功だった。仮にシンガポールで1泊していたら、それなりの早起きを強いられたうえ、ウッドランズトレインチェックポイント(イミグレーション兼マレー鉄道駅)まで、ちょっとアセりながらのアクセスになっていたに違いない。比較的安いホテルのあるエリアからMRTに揺られ、せっかくなので、距離的に最も近いと思われるマルシリン駅からウッドランズトレインチェックポイントまでプラプラと散歩するつもりだったが、実際に歩いてみると意外と距離があるうえ、いまひとつ歩きやすいロケーションではなかったからだ。まっ、ケンチャナヨではあるけれど。

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  前回触れたとおり、ウッドランズまで歩いているうちにあたりは豪雨にて雷雨。駅を含む構内は撮影禁止なうえにその天気では外観すら撮影がかなわなかったのが残念。
  ちなみに、列車はいちおう全席指定席。時間帯によっては混むとのことなので事前にマレーシア国鉄の公式サイトで乗車券を入手しておいた。座席番号は3号車72番。ところがいざ乗り込んでみれば、窓枠に記されている座席番号は1A、1B……という配列で、当然のように72番なんていう座席はないのであった(笑)。もっとも、乗った便はガラガラだし、走り出せば5分もしないで終点に着いてしまう列車ではある……。

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  で、ジョホールバルでとくにどうということのない一夜を明け、駅に赴いてみればこんな汽車が停まっている。なんと日本の国鉄(JR)の14系寝台車ではないか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  かような車両がマレーシアに渡っているのは知っていたし、昨年訪れた東海岸に近いトゥンパッ駅構内でもその姿を見ることができた。が〜。トゥンパッ駅に留置されていた車両群はその朽ち具合からとても現役とは思えなかったうえ、該当する定期列車も判然としない。残念なことに、この写真を撮った直後に北に向けて発車してしまい、車内の様子を捉えることも叶わなかった。はたしてその正体は……?

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  機関士としばし談笑。タンピンゆきだか、少し手前のグマスまで乗車する。JBセントラル発9時15分、グマス着13時25分(タンピン着14時10分)。

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  なんと2分の1の確率で窓なし座席になってしまうとは……。
  しかしそれはそれとしても寒い。灼熱の外界から冷房が効いた室内に入ると、つかのま生き返ったような気分になるものだが、乗り込んだ途端に冷蔵庫にでも入ったような気分になってしまった。冷房の効きすぎは覚悟していたけれど、想定をしのぐ極寒列車だったのである。

  ちなみにといおうか、帰国してまもなく関東地方などに寒気がやってきた。そんなィ夜。「こりゃぁたまらん」と思ったオレは、迷わず電気毛布を敷いてスイッチを全開にした。ったく、10月にもならないというのに電気毛布とはと思わないでもなかったが、ふと気がつくとちょびが掛け布団と毛布との間に潜り込んでぬくぬくと寝入っていた。キャワユイでしょо(^ヮ^)о  どうも年をおうごとに寒さに弱くなってゆくのを自覚しているけれど、そんな真冬にこのブログの更新が止まったら、「ぁあ、あのバカ、凍死したんだろうなァ」とでもお笑いくださいマセ。

  で、このときはそそくさと持参した羽織りを取り出し寒さをしのいだのだが、いま思い出しても身の毛がよだつような道中であった。

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  そんななか気分を和らげてくれたのが乗り合わせたみなさん。陽気な一団とともにマレー半島を北上してゆく。

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  途中、こんどは14系座席車が入換作業(?)中。このときは気づかなかったが、どうやらジョホールバルで遭遇したのと同じ編成だったようだ。

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  車窓の主役の感があるアブラヤシ(?)のプランテーション。

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  極寒の車内のいまひとつの大迷惑。車外は当然にして高温多湿なので、冷えた車内から出ると、カメラといわずレンズといわずに水滴がはびこってしまうのである。

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  イースタンオリエント急行と行き違い。

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  極寒の道中を耐え、無事にグマスに到着。

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  タンピンまで乗らなかったのは、乗り継ぎ列車がグマス始発であることと、街の様子を瞥見しておきたいと思ったからだ。グマスは東海岸のトゥンパッ方面との接続駅であり、なにかの乗り継ぎのさいに宿を取る可能性もある。見物しておくのもムダではないだろう。

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  閑散とした駅周辺だが、駅はわりと立派。ジョホールバル〜タンピン間が3往復、グマス〜バターワース/パダンブサール間がそれぞれ1往復、ジョホールバル〜トゥンパッ間は1往復(ちなみに首都クアラルンプールとの間は2往復のみ)。定期旅客列車はたった6往復きりなのだが、そんな点を含めどことなく大韓風味のある駅とはいえまいか?

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  市街地はこぢんまりとしていた。商人宿ふうの安宿(たぶんエアコンなし)を2軒みかけたほか食堂がチラホラ。コンビニもある。どうにか一夜をすごすことぐらいはできそうに思えた。

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  旧駅。いうまでもなく、こちらのほうが風情がある。

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  マレー国鉄は電化や路盤の改良などで高速化を進めており、そのさなかの2012年に新駅にバトンタッチされたというが、こうして歩いていると、こちらの駅に降り立ちたかったなと思う。

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  蒸機時代の名残りだろうか。

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  大砲が1門。とりたてて説明らしきものはみかけなかったが。
  つづく〜。

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2018.10.01

カワウソがおった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)!・・・の巻

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  シンガポールにやって参りMASITA。

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  スタートは羽田空港。成田空港を利用するケースのほうが多いが、タマに羽田を使うのもちょっとした気分転換になる。

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  チャンギ空港から入国するや、とりたてて意味もなく空港ターミナル間の「スカイトレイン」でミニ散歩。一連の東南アジア散歩では夜に到着する便を利用することが多いが、今回の到着は朝。時間にゆとりが感じられていいものだと思った。

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  なんとなしに空港内を散策しつつ、MRTで市街地へと向かう。

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  上空に4発プロペラ機。いまだヒコーキの機種はごく一部しか見分けがつかないが、調べてみたところCー130ハーキュリーズの系統のようだ。

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  おっと、またまた4発機。4発ジェットというと、ボーイング747(ジャンボ)とエアバスA380、A340ぐらいしかとっさには思い浮かばないが、コレがそのいずれとも異なることぐらいはわかる。4発旅客機は燃費などの影響からその勢力を減らしてきているが、こんなのがたびたび頭上を飛んでくるのだから、マニアならずとも気にかかってしまうのであった。どうやらKCー135なる軍用機がその正体のようではあるが。

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  さて、シンガポールにやってきたのは、もちろん汽車に乗るため。昨年7月にバンコクからシンガポールまで鉄道乗り継ぎで南下したが、今回は逆にバンコクまで北上しようという企画である。
  その主役となるのがマレーシア・タイ国境越えを含むパダンブサール〜ハジャイ間。この区間は個人的にタイ国鉄未乗4線区のひとつであり、ようはその“乗りつぶし”をしようというワケだ。

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  昨年はハジャイから東海岸寄りルートのスンガイコーロクを経てコタバルに1泊、マレー国鉄の北東端駅・トゥンパッから寝台列車に揺られてジョホールバル、さらにシンガポールまで南下してきた(そのため、ハジャイ〜パダンブサール間が未乗となっている)。今回の北上にあたってはマレー国鉄の西ルートを経由、これによりマレー国鉄の乗りつぶし区間も一挙に増えるという算段なのであった。

  それはともかく、途中、クアラルンプールとジョージタウン(ペナン島)でそれぞれ1泊する予定だが、起点のシンガポールともどもいずれもごく短い滞在となるため、街見物はほぼワンポイントにしぼらざるをえない。そこで出したテーマが“おのぼりさん”。つまり、もっとも陳腐な観光ポイントをまずは訪れることにしたのでありMASITA。

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  だからってバックパックを背負った中年男がひとりで「マリーナベイ」をほっつき歩くこたぁないだろうと思われるかもしれないが、コレにはもちろん理由がある。シンガポールに行くのであれば、ぜひソイツに会いたいという相手が、このマリーナベイ界隈にお出ましになるのである。

  ただ、シンガポールという国は、このテの旅人にとって必ずしも喜ばしいロケーションにはないかもしない。
  たとえば、当ブログで前々回アップに取り上げた『格安エアラインで世界一周』(下川裕治・新潮文庫)にはつぎの記述がある。

>「これからどうします?」
「……どこへ行こう。セントーサ島もないしな」
  セントーサ島は、小島を利用したテーマパークだった。ビーチもあるらしい。男三人でジェットコースターもどきに乗り、ビーチでキャーヤーいうのもないだろう。僕はもう五十四歳なのだ。(第3章)

  こりゃぁイイ一文に遭遇した。そう直感したオレは、さっそく盟友Sにこのことを報告した。すると、即座にヤツは切り返してきたもんだ。もちろん思惑どおりにである。
「全然ダメだなぁ、下川のヒト」

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  ご存知『ディープ・コリア』(の表紙カバー)。中年男3人で砂浜を舞台に「キャーキャー!」戯れる(前掲書の旅の3人中ひとりは20代だったが)。それが鏡浦台(江陵)だろうとセントーサ島(シンガポール)だろうと、やるこたぁ一緒じゃないか(笑)。生きるってのはこうじゃなきゃねぇо(^ヮ^)о?

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  閑話休題。ワンポイント物見遊山@シンガポールの主役は、このカワウソ軍団である。チャンギ空港のMRT切符売場……。
「どちらまで行かれます?」
「オッター!」
「では、この駅までがいいでしょう」
  と案内されたのが「ベイフロント駅」であった。

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  しかし歩いてみてもカワウソの姿なんぞどこにもありそうにもない。そんな不安感のなか現われた前出の看板が天使に見えたもんだ。

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  いましたねぇо(^ヮ^)о

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  別段、カワウソが好きで好きでタマラナイというワケではないのだけれど、シンガポールみたいな先進大都市の一隅に暮らすカワウソというのはちょっとしたアトラクションではありませんか。コレが東京なんぞであれば、連日連日さらに連日にわたりテレビ番組(それもニュース)でタレ流されるのが必至なのであろうなァ……。

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  そもそも、野生であろうと飼育モノであろうと、オレ自身はカワウソを見たことがあるのだろうかとも思う。

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  なんか喰ってますねぇ。後ろで「まァ♪」ってな表情もイカしますね。

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  どうやらナマズの一種が本日のランチのようである。けっこう旨いんですよね、ナマズ。

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  ともに愛嬌のあるヒゲの持ち主ではあるのだけど。

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  でも、こうしてみると、けっして人相がいいとは思えませんな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  現場。ともあれ、ワンポイント見物その1は無事に楽しめたのでありMASITA。が〜……。このあとジョホール水道で越境列車の写真でも撮るべぇと思っていたら、その近所まで来たところで猛烈な雷雨に見舞われてしまった。スコールなんだろうけれど、かなり腰の座った豪雨で、2時間ほどウッドランズトレインチェックポイント駅(イミグレーション兼用のマレー鉄道の出発駅)の待合室で時間をつぶすほかはなかった……。
  つづくо(^ヮ^)о

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2018.09.25

なんかますます甘えん坊で・・・の巻

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  本日まで国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  毎度おなじフレーズになってしまうけれど、ネコは寝床さがしの天才о(^ヮ^)о

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  ふと気がつくと、身近なこんなところで寝転がっていたりもする。

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  前々から甘えん坊のウチの子ちゃんではありますが……。

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  ネコが朝方にひとりで庭散歩をしているのはよくあること。で、このごろ、そんなウチの子ちゃんに「ちょっと待ってなさいYO♪」と声をかけつつゴミ棄てにゆくと、背後から「にゃ〜にゃ〜」と大きな声が追いかけてくるようになったのであった。ネコ経験のあるひとはわかると思うけれど、その声っていうのがはぐれた親ネコを呼ぶ子ネコの声色と一緒なんです。それが、6〜70メートルほど離れたゴミ捨て場にまで聞こえてくる。くわえて、道路にまでお出ましになるようになってしまったので、心配になってしまう。仕方がないので、ゴミ棄てに出る前に家のなかに閉じ込めるほかはないのだが、戻ってくるとちゃぁんと玄関のあがりかまちに座って待っているのだからキャワユイよねо(^ヮ^)о

  しかし、それゆえ家を留守にするのが後ろめたくなってしまうんですねぇ……。取材旅行などでひと晩以上留守にするときは、
「明日からいないからね。●日に帰ってくるからイイ子にしてなさいYO」
  などと言い含めておく。
  すると、留守中にオレの部屋に入った形跡がないことがほとんどなのだから驚いてしまう。どうやら、こちらが言っていることを理解しているようなのだ。

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  背後の壁のキズは別のネコの仕業。ウチの子ちゃんは壁ガリガリを一切しないのである(カーペットにはときおりするけど)。

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  庭で寝転がっていますの図。

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  夏になるとノミアレルギー(たぶん)でシッポのつけねあたりやお腹の毛が抜けていたが、今年はクスリの通年投与で無事に乗り切った。昨年の夏、ノミ取り櫛(金属製の高級品♪)ですいてやると、ほんの15分ぐらいの間に50〜100匹前後のノミが取れたというありさまで、かなり痛々しかったのを思い出す。

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  卍固めふうポーズ。

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  眠そうですねぇ。

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  掻いてます。

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  アクビは口腔内健康チェックの絶好のタイミングでもある。

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  ところで、コレは昨年5月上旬ごろの写真である。隣のアジサイは、これからほとなく庭の花壇に移し替えた。そしたら……。

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  たった1年ちょいでこんなに巨大化してしまった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  その花壇にいきなり現われた花一輪。タマスダレのようだが、植えた覚えはないし、たった一輪というのも妙なかんじ。でもキレイ。

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  シクラメンっていうのは、どうやって春〜秋を過ごさせればいいのかと思うが、主役がかれ果てた鉢にいつの間にか1本の草が芽を出したので、なんとなく大事に水やりをしていたらこうなった。

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  仕事部屋の北側の窓。数年前から夏になるとコイツがお出ましになって羽虫をついばんでいる。様子をみていると、エモノを狙うときにシッポをゆらゆらさせているのがわかるのだが、その様子がどことなくネコっぽくてちょっとキャワユイ。
「しかし、常に1尾だけなのはどうした次第か……?」
  とつらつら思っていたあるィ夜、ふと窓を見たら3尾もへばりついていてややおののいた。なぜか、そのときを除いては1尾ずつしかみかけることはないのだけど。

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  という次第で、猛烈に暑かった夏も終わりにさしかかったようでごぢいますね。

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2018.09.19

乗りものと「でもやるんだよっ!」・・・の巻

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  ただいま国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  このところ、“しばらく読んでなかった書き手”の本を物色している。きっかけは単純で、あの推理小説の御大・内田康夫が他界されたとの報道に唖然としつつ、久々に浅見光彦シリーズなどを開いたところ、「やはり、面白い!」と再認識したことによる。
  ちょうどそのころ、ひょっとして中国福健省の山奥に沈没していたかどうかはいざ知らずだが、「バックパッカーの御大」が鉄道を題材になにか愉快なことを繰り広げていることを(いまさらながら)偶然知った。その御大・下川裕治といえば、オレのなかでは「12万円のヒト」であり、記したように「バックパッカーの御大」という認識ではあるけれど、はたして何年ぶりかという著作との邂逅である。さっそく何冊かを読みふけってみた。

  という次第で、今日は最近読んだ本のうち、そんな書き手の作品のなかから下川本のいくつかをチョイス。共通テーマは「でもやるんだよっ!」である。

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  汽車に乗ってユーラシア大陸を横断する。そんな“夢”を抱くひとは少なくないだろうし、実行に及んだひとだって案外多いのかもしれない。オレとて例外ではなく、あのシベリア鉄道からスタートして、ついでに沢木耕太郎の『深夜特急』に登場したサグレスに足を運んでみたいものだ……などと夢想したものだ。そういう意味では本書の表題にある「ユーラシア横断2万キロ」のインパクトはけっして大きくないように思うのだが、そこに「世界最悪の鉄道旅行」というフレーズが並ぶと、また別の旅が想像されてきはしないだろうか。

  本書『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』(下川裕治・新潮文庫)で著者が試みたのは、シベリア鉄道経由ではなく、中央アジアの国々から南ヨーロッパを辿るというものであった。しかも、旅の起点はサハリンの「ソヴィエツカヤ・ガヴァニ」という見慣れない地名である。なぜかといえば、ユーラシアの最東端駅と最西端駅にこだわったがゆえ。くわえて、シベリア鉄道経由では早々に「ヨーロッパに足を踏み入れたような気になる」(第1章)からと中国〜カザフスタン〜ウズベキスタン……というイカしたルートに繰り出すハメになったのである(いまひとつは、アルメニアとトルコとの間で国交正常化がはかられるとの話があり、その国境を鉄道で越えられるかもしれないとの思惑もあった)。

  はたせるかな、その旅が「世界最悪の鉄道旅行」であったかどうかは本書をお読みいただいたうえで思いを馳せてみるほかはないが、「ちょっとコレはマネするのも考えモノですなァ……」と妙な感心をしてしまった。
  たとえば、ロシア領内で国境を目前にして引き返さざるをえなくなったり、そのあおりもあって厳格このうえないロシアのビザが切れてしまい「オーバーステイ」状態に置かれたなど、著者お得意のといおうか、著者自身が抱え込んでいる「星」あるいは「因果宇宙」がそこここに展開しているのたからタマラナイ。そんな自ら好んで「ババ」を引いたかごとしの旅は、まさに「でもやるんだよっ!」の体現なのではないかと思うのだがいかがだろうか。

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  一方、横断があるのだから縦断もというのが御大の御大たる所以だともいえる。
  本書『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』(下川裕治・角川文庫)では、シンガポールを起点にマレーシア、タイ、ミャンマーと北上、雲南省から中国を北上しウランバートル、モスクワ、サンクトベテルブククを経てムルマンスクに到達している。

  じつはこのネタ、オレも思いついていた。
  昨年7月にバンコクからシンガポールまで汽車で南下したさい、マレーシアのジョホールバルがユーラシア大陸最南端であることにいまさらながらに気がついた(それまでコモリン岬が最南端だと調べもせずに思い込んでいたのだ・笑)。最南端とくれば、ペアになるべきは最北端である。東南アジア諸国と中国との間をいかに越えるかという問題はあるにせよ、北京〜モスクワ間を1本の長距離列車でクリアできるなど、難易度はさほど高くなさそうだ。さすればあとは費用とその後の問題である。などと企画室(トイレ)で地図などを開きつつ考え込んでいたのだが、考えることはみな一緒……というワケのようだ。

  しかし、ミャンマー縦断やモンゴルでのくだりをはじめ、全体に「でもやるんだよっ!」の気概を覚えつつ面白く読めたものの、「横断」と比べるとだいぶ薄味に感じられた。ひとつには、著者お得意の(?)「国境越え」が中盤以降になかったこともあるのだろう。あくまで個人的な直感ではあるけれど、「茶」がひとつのキーワードとされたのはどうだったのかという気がしないでもない。それと、前掲書(横断)で著者が語っていた「モンゴルからロシア領内に入ったとたんに、ヨーロッパに足を踏み入れたような気になる」という思いを、読者であるオレもまた、本書を通じて共有せざるをえなかったこともありそうだ。それはそれとしても、ミャンマーのボロ汽車(褒め言葉)にはグっときてしまうのだが……。

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  そのミャンマー含みの話ではあるが、「でもやるんだよっ!」という観点からすれば、この『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』(下川裕治・双葉文庫)こそがケッサク中のケッサクといえるのではないだろうか。

  タイとマレーシアについてはオレもまた全線走破も視野に入れつつボチボチと汽車旅に繰り出している。ところが、仕事ということになるとこの2カ国の鉄道ではインパクトや需要に欠けるということなのだろうか、某社編集長のMさんより以下のアドバイスをいただいた。
「ミャンマーの鉄道なら書籍の企画として通りやすそうなのですが……」
  もとより、一度ぐらいは乗ってみたいと思っているミャンマーの鉄道である。そうとくればタイとマレーシアの完乗を後回しにしてでもミャンマーに繰り出すかと思ったのだが、やや特殊な国情もあって、“取材”となると慎重にならざるをえない。そんななか、あの「バックパッカーの御大」がミャンマーの汽車を乗り回っているということがわかったのであった。

  なにがしかの参考にもなるだろう。そんなことも思いつつ本書を読みふけった。面白かったし、参考にもなった。とりわけ、想像していた以上にあの国の鉄道が“難敵”だということがわかったという点においてだ。
  まずおののいたのは2等車の座席。座面がまんまダニの巣窟と化していたというのである。これはおそろしい。そんな鉄道だから、ほかの車両や路盤などばボロンボロンなのは容易に想像できるというものだが、それはそれで憧れてしまう。なかには車内に灯ひとつない列車もあったようで、そいつには是が非とも乗ってみたいもんだとウズウズしてしまうのであった。が〜……。

  いざ乗ろうと思うと、いくつものハードルが立ちはだかったことが窺える。まずもって現地でさえ運行ダイヤがわからない。もちろん市販の「時刻表」なんていう気の利いたシロモノがあろうハズもない。ひとに訊けばそれぞれ違う答が返ってくるし、そうしてやっとこさ判明したのは早朝3時だの4時だのに発車する1本きりという現実だったりする。
  そしてコレこそが肝心なのだが、著者が目指していた(いる?)のは全線の完乗である。ところが、いざ現地を訪れると運休していたり、運休ないし廃止されたと思い込んでいるといつの間にか運行が再開されていたりもするのだからイカしているではないか。曰く……、

>廃止区間の全容がなかなかわからないというのに、その一方で新しい路線もできている。

  というワケだ。つづけて、著者はこんなたとえでそのザマを語っている。

>永遠に数えられないもの、という話を思い出していた。
「巨木の葉の数である。一枚、一枚数えていくうちに、枯葉になって落ち、そのうちに新しい葉がうまれる。永遠にその数を数えることができない」
  インドで生まれた話だった気がする。ミャンマーの列車の路線は、永遠に数えることができないのかもしれない。(第2章)

  う〜〜〜む……。しかし待てよ。コレに似た話がどこかになかったか?  思案することしばし、「あっ(笑)!」と思い出したのがあの「しおさいの里」である。
「しおさいの里」とは、一時テレビのワイドショウなんかのネタにされたらしい(そのテのテレビ番組はさっぱり見ないのでわからないが)し、冒頭のカバー画像の本(『電氣菩薩《上巻》豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)などで特殊漫画家・根本敬がなんどかリポートしているのでご存知の方も少なくないであろう。

  ごく簡単にいえば、棄て犬や野良犬を保護してきては自力でその面倒をみていた“イイ顔”のオヤジHさん(故人)が営んでいた大事業の話。善意ではあったのだろうけれど、いかんせんシロウトである。なけなしのカネと手間をかけて避妊手術もしていたそうだが、1、2頭に避妊手術を受させるその脇で別の数頭が交尾していたりするんだから出口など見えるハズもないのであった。

「ぁあ、ミャンマーの鉄道というのは(ボロボロの汽車にダニが涌いていたりするのを含め)こういうものなのだなァ……」
  と感心させられたのであった。

  ちなみに、今回のキーワードである「でもやるんだよっ!」はそのHさんが語ったセリフなのだが、それを指して根本敬曰くの「無限の大事業」は「しおさいの里」だけでなく国家レベルでミャンマーにもあるということのようだ。おかげでますますソソられてしまったのであるがо(^ヮ^)о

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  まぁ、こんなんだって「でもやるんだよっ!」なんだろうねぇ。というのが、本書『格安エアラインで世界一周』(下川裕治・新潮文庫)である。
  内容はそのまんま。LCCにこだわって北半球をひとめぐりしたというその旅行記だ。ちょっと航空に詳しい方なら「あれ?」と気づくかもしれないが、LCCの運航がない北米〜日本間はやむを得ずフルサービスキャリア(FSC)のシンガポール航空を使っているし、著者自身も指摘しているように区分けのあやふやなエアラインが行程に含まれている。
  それはともかく、関西国際空港を起点にフィリピン〜マレーシア、シンガポール〜インド〜シャルジャ〜エジプト〜ギリシャ〜イングランド〜アイルランド〜アメリカ合州国〜東京と回っての飛行機代が21万9228円。この原稿を書きながらほぼ同じルートによるスターアライアンスの世界一周運賃を調べてみたところ総額で49万7561円(航空券:35万8900円+燃油サーチャージほか13万6561円+手数料2100円)なので、FSCオンリーの半額以下になる計算だ(とはいえ、機内での飲食代や飛行場の移動などLCCならではの諸経費がほかにこまごまかかっている)。

  だが、同じ「格安」(あるいは激安)旅行でも、陸路をゆくバス旅や汽車旅のようにはソソられないなァ……と思った。
  かねてから思っていることだけれど、汽車はボロかったり極端に古かったりするのもまた楽しみ。とりわけ旅先での「どん行」はそうである。それゆえに、タイのどん行旅などを楽しんでいるのだが、一方で寝台車と客船、旅客機は上等なのがええなぁ……というのも本音にはある。極端にいえば、旅客機のファーストクラスでどこぞの外国にでも繰り出し、そこでボロボロのどん行列車に乗る。そんな旅だってアリだと思っているのである。

  一方、LCCはどうだろう。本書でも狭い座席や退屈すぎる道中がボヤかれているけれど、そういった点を含め、1〜2時間程度のフライトならともかく、使うとしても値段だけで判断したくないという気がする。サービスやアコモデーションは会社や機体によってもだいぶ異なるようだが、「バス感覚で飛行機を使いたいとき」と「旅立ちの足として飛行機を使いたいとき」など、利用する側それぞれの場面というものは無視できないであろう。運賃が安いのはたしかに魅力だが、利用するエアラインを選ぶにあたり、それと同等に重要なことがらがほかにあるのではないかと思うのである。

  くわえて、本書でも語られているように、LCCだからといって、必ずしも運賃に割安感があるワケでもない。たとえば、本書の旅では関西→マニラ間でLCCのセブパシフィック航空を利用、運賃は2万4286円である。LCCの場合、割安に片道購入がしやすいという利点はあるが、仮にこの運賃で往復したとすれば4万8572円。試みに「スカイスキャナー」でひと月先ぐらいの運賃相場をチェックしてみたところ、セブパシフィック航空が4万7167円、FSCのフィリピン航空で4万5890円という数字が出てきた(ともに最安値)。いうまでもなく、フィリピン航空の運賃は機内飲食代込みで通常の旅行程度であれば荷物代加算の心配はない。
  もちろん、キャンペーン運賃など激安で利用できるケースもあるとは思うけれど、必ずしもおトクとは言い切れないのがLCCなのではないだろうか(しかし、FSCでもバーゲン的な運賃が売り出されることもある。ゆえに一般に使われている「格安航空会社」という呼び方は個人的には一切しない主義)。
  ただし、欧米などでの利用価値は高いようだ。また、急な航空利用では心強い見方となるハズだし(当日購入でも比較的安価)、行程によっては有力な選択肢だろうとは思うのだが……。

  話を本書に戻すと、旅のトリを迎えたロサンゼルス(ロングビーチ)を舞台に、ちょっと興味を覚える記述がある。

>ビールを買った。キャッシャーがいるボックスは鉄格子に囲まれていた。(中略)フィリピンのアンヘラスを思い出した。今回の旅で、はじめて泊まった街だった。その街の雑貨屋も、鉄格子で囲まれていた。LCCで世界をまわり、再び大平洋を眺める街まできたが、大平洋を挟んだふたつの土地は、鉄格子に頼らなければ、店を開けることもできなかった。アメリカとフィリピン……。(第6章)

  くわえてオレは思った。裁判も経ずに官憲から銃殺されかねないというのもこのふたつの国の共通項ではないか……と(ついでにいえば──著者は言及してないが──フィリピンのアンヘラス〈アンヘレス〉とロサンゼルスはどちらも「Angels」、すなわち「天使」。旅の出入口がともに同意のスペイン語由来地名を持つ街だっというのも、偶然だが面白い)。

  それにして、も。そこに本を書くという目的はあったにせよ(もちろんこうして読者もいるのだから価値は高い)、著者ともども3人の旅人はいったいぜんたいなにがしたかったのかと素直に思った(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)。それもまた旅の楽しさのようにも思うワケだが、やはり根底には「でもやるんだよっ!」のひとことがあったような気がしてならない。ふとした思いつきに対し、己の「星」にしたがって「ケリ」をつける。それはとても大切なことのように思うのだが、どうだろうか?

Simokawa_oriru

  今回の共通テーマからはちょっと外れるが、一連の下川本随一の良著として推したいのが本書『日本を降りる若者たち』(下川裕治・講談社現代新書)だ。画像の「オビ」にもあるとおり、外国に自らの居場所を見い出してしまったひとびとを追ったリポートで、その暮らしぶりや背景を静かにあぶり出した1冊である。
  なぜかと訊かれてもうまく答えられないのだが、ちょっとばかりゾっとした。その一方である種のもどかしさを覚えたりもする。いろいろな視点で考えさせられる本だと思った。正直、なかには「大丈夫か、コイツ?」と思わせる人物についても(本書に限らず)語られているが、その多くを“脳天気”と単純化することはできなかった。

>『日本を降りる若者たち』という本をめぐり、多くの取材を受けた。新聞や雑誌にも書評が載った。その多くが、「この若者たちはこれからどうなるのか」という外こもり批判に傾いていた。働かない若者への戒めの言葉が踊っていた。その背後には、「働きもせずにふらふらと生きる脳天気な若者」という認識が潜んでいた。(前掲書『格安エアラインで世界一周』第4章)

  じつは、この一文が呼び水となって本書を手にしたのだが、実際に読んでみると、オレにはむしろそれら「書評」の書き手の“能天気”ぶりががうやらましく思えてしまったものだ(肝心の「書評」そのものを読めば異なった感想を持つかもしれないが)。たしかに「外こもり」とされるひとびと(若者とは限らない)から、世間の“常識的”な枠と相いれづらいと思わせる一面を窺わせることがある。だが、「働きもせずにふらふらと生きる脳天気な若者」などとあっさり型にはめていいのだろうかという気がしてならない。

>南北格差は、地球規模の経済問題になって久しいが、いま北に広まりつつある格差社会についていけない人々が、南の国々に救われていくという構図が生まれているような気がする。厳しく不寛容な色合いを強める北側の社会のなかで(以下略)

  著者が「おわりに」で記したこのくだりを、自らと完全に切り離すことができると言い切れるひとは、はたしてどれほどいるのだろうか……。

Gon9607

  おまけо(^ヮ^)о
  知るひとぞ知るというか、ある意味で“都市伝説”と化しているかもしれない「GON!」(ミオリオン出版)。当時、コンビニかどこかで偶然にコレの創刊号に遭遇、そしたら、当時の上司I氏があるときこんなひとことを……。
「そういえば、お前が好きそうな雑誌をみかけたぞ」
「……ひょっとしてコレではありませんか?」
「そうそう、コレコレ。なんだ、もう買ってたのか(笑)!」
  などと尊敬する上司(思えば上司や先輩などに恵まれていた会社員時代であった)をウレシがらせてしまったものだ。

  内容は表紙をみればだいたい想像がつくことでありましょう。当時は単に大笑いしていたにすぎないけれど、まがりなりにも出版界の片隅に棲息するようになってみると、よくもまぁこんなに大変な雑誌を毎月出していたものだと真剣に感心させられてしまう。おそらく編集部は完全な「タコ部屋状態」だったのではないかと想像するが、本格的な気力勝負でもあったろうねぇ……と思うのだ。言い換えると、コレもまた「でもやるんだよっ!」なのである。

  ところで、左側に「合法ドラッグ」がどうしたのという見出しがある。いうまでもなく近年になって「危険ドラッグ」と言い換えられたアヤシイ薬物のことで、当時はかなり野放しに近い状態であったようだ。個人的にはそのテの薬物にはさっぱり興味はないのだが、当時からこれは「合法」なんじゃなくて単なる「脱法」だろうと思っていた。言葉が違うだろうと。転じて、いまになって思えばその「脱法」。まさにわが国のさまざまなザマにふさわしい言葉とはいえまいかと思う。あのケーセッキアベ(개새끼아베。アベキンペーでも可)の政治手法しかりetc.……。つまりは、わが国にはこんな「合法ドラッグ」云々なんてなシロモノがはびこるにふさわしい土壌があり、いまなおそれは変わっていないということなのかもしれない(「法の隙間」というのはよしにつけあしきにつけあるものだが、「寛容」と「脱法」とはまったくの別問題だと考える)。

  ……という次第で、じつはほかにも何冊か表紙カバーをスキャンしておいたのだけれど、長くなりすぎてしまったので、つづきはまたの機会にしとうごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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