2017.08.19

コタバルはネコの街・・・の巻

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  コタバルで街散歩。

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  旅行案内書などによれば、かつてはヒッピーで賑わったという。個人的には、マレーシアの地名で古くから知っていた数少ない街のひとつ。やってきてみれば、市街地はごくありふれた地方の中核小都市といった風情。それもまたいいが、いったい、なにが彼らを集わせたのだろうかとふと思った。市街地から外れた海岸線は大戦中に日本軍がマレー侵略の一歩を記したといい、現在はビーチリゾートとして人気があるらしい。とはいえ、街中を歩いたところで観光ポイントがめじろ押しというワケでもなさそうだ。

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  もっとも、やたらな観光地よりはそうした普段着の街を闊歩するほうが性に合っている。

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  ところどころでひと休みを繰り返しながら、ブラブラと気の赴くままに足を動かすのであった。

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  なんだって名古屋なんだろうねぇ???

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  市場はそんな徘徊にとって格好のアクセント。

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「アンニョンハセヨ〜♪」
  出し抜けに大韓語で話し掛けてきたマレーアガシ。とっさに「アニエヨ、ナヌン  イルボンサラミエヨ(いやいや、日本人ですよ)」と答えたものの、こちらの素性を理解してくれたのかくれてなかったのか、大韓語のまま立ち話(笑)。もっとも、同じカタコト会話であれば、英語よりは大韓語のほうがはるかに楽なので、コレはコレで結構なことでごぢいますねо(^ヮ^)о

  コタバルでは、別の場所でも「コリアン?」と訊ねられた。帰国後、その話を先輩のS姐にしたところ、「最近、日本人ってあまり(外国に?)行かないからねぇ」。たしかに道中で日本語が耳に入ってくることはなかった(バンコクとシンガポールではわずかに聞こえたが)なと思う。もとよし、それでなんだっていう話でもないのだが……。

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  スカーフ売りのマレーアガシ。土産にするにはいい品物ではあったが、見学だけでスルー。
  ちなみに、越境ポイントがスンガイコーロク〜ランタウパンジャンという“辺境系”であるうえ、両替商はいるに違いないとはいえ円を受けつけていない可能性を見越して、成田空港で150リンギット(4500円ぐらい)だけ入手しておいた。やってきてみれば、明らかにそれとわかる店がラウタウパンジャンでは視界に入らず、この市場でもそれらしい窓口の所在が覚束ない。が〜……。結果としてその150リンギットで足りてしまったのだから(ホテル代を含む)なんともありがたい話ではありますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  市場の食堂にて。
「写真?  そしたら、店の看板を入れてくれよ!」
  陽気なひとときであった。

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  かように、こうした現地のひとびととのつかの間の触れあいも楽しい外国散歩ではあるが、コタバルではそれよりもネコ三昧となった。夕食もネコと一緒だったし……。

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  ネコ中のネコといった風情がイイのだ。

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  ややウチの子ちゃん柄。ペトペトニャーニャー甘えてきたので、離れるのが辛かった。

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  このコもニャーニャーо(^ヮ^)о

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  ヒザ上に乗ってきたりしてもう大変♪

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  ざっとした観察にすぎないが、マレーシアというかコタバルではネコがみんなにかわいがられているような印象を受けた。いかつい顔をしたムスリムのおとっつぁん──ひとクセもふたクセもあるイスラム商人といった面構えであったが──が店番をしながら商品棚で寝そべるネコをなでなでしていた情景には頬が弛んだものだ。

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  なんにしてもいじめられているといった様子は見られず、したがってニャ〜ニャ〜と通りすがりに甘えてくるネコがそこここにお出ましになるワケです。

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  ネコが平和に暮らす街はいい街なのだ。

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  おっとネズミも……。さりげにこちらを警戒しているふうではあったが、しばらく我慢比べをしつつカメラに収めた(だからぢうしたって話でもないのだがフンギリってモノが必要ではないか・笑)。

  ところで、コタバルと聞いてあの憎たらしきコッタバル(花束。@「ファンコ」)を連想する日本人(大韓人もか?)が500人はいるハズ。このコッタバルのせいで、コタバルだのジョホールバルなどの「ル」の発音が「r」になっちゃって困る……というのはついでの話だが、ひさびさに見てみたあの“萌えゴロシの第6話”のさんしらはやはり♥であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)



  1分34秒目ぐらいにお出ましになっている(と思いつつアップしてみれば、いきなり画面に鎮座していますなぁ・笑)のが、問題のコッタバルだ●~*
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.13

歩いて越境・・・の巻

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  そういう次第で、名うてのデンジャラスゾーン(?)のスンガイコーロクに無事到着。ウワサでは、街のそこここに武装兵士やら武装警官やらがテロの警戒にあたっていうということで、それなりに身構えての訪問ではあった。しかし、駅玄関に武装スタッフの詰所こそあったものの、ちょっと見にはごくありふれた田舎町という風情。こうしてドメスティックな市場などを見かけると、じっくりと散策したくもなってくるのが生来の性だ。なんでも、ィ夜となれば花開く“色街”もあるそうで、ソレ目的に越境してくるマレー男らを迎え撃つ女たちとそのテの商売人らとのドラマが繰り広げられているという。であれば、あいにく“客”になるつもりはコレっぽちもないけれど、見学するのも面白そうではないか。が〜。とはいえ過信は禁物。まさにそうした“市場”こそが爆弾テロなどの標的になった実績を積み重ねているワケで、そんな事態に巻き込まれようものなら、迷惑がられた挙げ句にモノ笑いのタネになるのが関の山。ゆえに、こんな情景をィ横目で眺めやりながら国境へと急ぐのでありMASITA(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  駅前広場のしゅぽと大木。
  前回アップでは触れ忘れたが、駅に降り立ったものの、つかの間出口がわからなかった。形としては1面2線の島式ホームと側線があるという案配なのだが、島式ホームのなかほどに切符売り場や事務所などを擁する駅舎が鎮座している。到着した本能で(?)、まずはその駅舎に足が赴くはいいが、島式ホーム上にあるのだから、出口などありようがないのである。正解はホームから「よっこらしょ」(嵩が低いのでというほどでもないが)線路上に降り、線路を渡ってゆくと件の詰所と出入口が待っているというワケで、上の写真がその詰所前の広場なのであった(かつては奥に見える跨線橋が使われていたのであろう)。逆に、そうと知らずに街から駅にやってくると、切符売り場がないなぁと思うハメになりそうだ。

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  駅前大通り。左奥がマレーシア方面。

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  公園には蒸気機関車の静態保存も。

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  レールはつづくよマレーシアへ……。路盤はキレイに整えられているし、乗ってきた37列車が国境を越えないのが不思議な気もする。
  かような背景を持つ街ゆえ、こんなところでカメラなんぞ構えても大丈夫なのだろうかという気もしていたが、軍隊に誰何されるワケでも銃弾が飛んでくるワケでもなく、その点はタイのあまたの街角と同じであった。

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  ふふ、ふ、踏切も路盤同様に現役風味。貨物列車が国境を越えて運転されているという未確認情報の信憑性を裏づけているいるように思えた。う〜〜ん……、国際旅客列車の運行を望む!

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  国境事務所を目前に、いまいちどスンガイコーロクの街並を振り返る。いつの日にかじっくりと散策してみたいものだ。

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  国境で結ばれる友好。

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  タイ側国境事務所までは、駅から直行すれば徒歩15分ほどで到達できるだろう。とりたててなんら問題なしにここまで辿り着いたワケだが、積極的なおススメができない越境ルートである点だけは、くどいようだけれどつけくわえておきたい。

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  イミグレーションというよりは自動車道の料金所といった風情。掃除のおじさんが、「マレーシア?  なら、そこの窓口で」と笑顔で教えてくれて、なにごともなく出国。

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  国境をまたぐ。右タイ、左マレーシア。右に回すとボールペン、左に回してもボールペン……ってのがどっかにあったよねぇ。

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  その反対側には鉄道が越境。乗りたい……。

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  まぁ、実際問題のところ、どこが「国境線」であろうといいワケだが、海路と空路でしか自国からの越境ができない日本人にとってはやはり新鮮な情景ではないだろうか?

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  こんなところを歩いて越境。いよいよマレーシアである。

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  徒歩での越境者用の窓口は左端の室内にある。笑顔の係官は、日本人とわかるとちょっと意外そうな表情を浮かべたが、「こんにちは。マレーシアではどこに行きますか?」とカタコトながら日本語で応対してくれた。おかげで、マレーシアの第一歩を気持ちよく踏み出すことができた。

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  今夜はコタバルで過ごす予定。国境のあるランタウパンジャンからは29番バスがコタバルまでを結んでいる。1時間に1本程度運行されているようで、日中であれば問題なくアクセスできるハズ(5時45分〜18時30分の運行と公式サイトで案内されている)。

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  一部にボックスシートのある車内。キレイで快適ではあったが、強烈な冷房がタマにキズ。

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  コタバルバスターミナルに到着〜о(^ヮ^)о
  つづく。

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2017.08.07

タイ国鉄最長距離列車に乗る・・・の巻

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  バンコク発スンガイコーロクゆき37列車。前回アップでも触れたように、途中のハジャイ(ハートヤイ)ジャンクションまでパダンブサールゆき45列車との併結運転となっている。バンコクからスンガイコーロクまでは1159km。15時10分に出発して、到着するのはィ翌日の11時20分という長丁場だ。そのスケールだけでもワクワクしてくる。

  だが、(いちおうは)最初にお断りしておくべきこともある。この列車が向かうタイ深南部には日本の外務省から渡航に関する危険情報が発出されているのである。「海外安全ホームページ」によれば、ソンクラー県以南におおむねレベル2「不要不急の渡航は止めてください」以上がアナウンスされており、スンガイコーロクを含むナラティワート県などいくつかの地域はレベル3「渡航は止めてください」となっている。これはタイ王国からの独立を主張する勢力のなかの一部にテロ分子がおり、実際にたびたび爆弾事件などが起きていることによる(らしい)。スンガイコーロクに至る路線でも昨年9月に爆弾テロが発生。もっとも、同種のテロは同じタイ国内でいえば首都バンコクにおいても起きているわけだが、いずれにしてもより慎重な計画と行動が必須といえる。

  今回の計画でいえば、5月にクルンテープ駅窓口で切符を購入しておいたのだが、その後も現地情報を日々欠かさずにチェックしておいた。仮にいずれかの時点で危険と判断した場合にはルート変更を辞さない構えではあったものの、こうして出発時刻が近づいてきたのであった。
  件の渡航情報では、重犯罪に巻き込まれる可能性が(日本はもちろんタイなどと比べて)決して低いとは言い切れないアメリカ合州国が「まっさら状態」であったりするなどの疑問点がないわけでもない(個別に「スポット情報」などとして注意喚起はなされているが……)。しかし、無視するべき情報でないことは確かで、37列車にせよ45列車にせよ、終点までの乗車をお勧めできないのが残念だ(にも拘わらずこの列車を選んだ理由は後日のアップで触れます)。

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  タイ国鉄の始発駅では、かなり早い時間(発車1時間前など)から車内に乗り込めることもあり、少し早めにホームを訪れてみた。すると、前回の散歩でノンカーイ〜バンコク間26列車で遭遇したのと同じタイプの新型寝台車が客待ちをしており、「いよいよその1等車に乗れるか!」とにわかにウレシくなった。が〜。よくよくみればその新型編成はハジャイゆき31列車。では、わが37列車は……と思ったら、その裏側に停まっている古びた編成がそれだったのである。

  いずれも3等車(ボックス座席車)を含む雑多な編成で、冷房車は2列車計5両ある寝台車のみ。パダンブサールゆきに至っては1等車の連結すらないというありさまで、ほかに冷房なしの2等車(リクライニグ座席車)がある。日本の国鉄黄金時代の夜行急行を彷佛とさせる編成で味わいはあるのだが、かつてバンコク〜バターワース間の「国際列車」として名を馳せてきた存在であることを考えると、なんともやるせない。

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  乗車前に駅前食堂で一憩。遅い昼食を兼ねているが、これは正解であった。タイ国鉄名物(?)の食堂車謹製タイ料理セットのケータリングサービスがなかったのである。じつはそれも楽しみのひとつではあったのだが、新型編成だったノンカーイ〜バンコク間の26列車でそのテのサービスがなかったうえ、食堂車のメニューが大幅に簡略化されていたため、「あるいは?」という懸念があったのである。どうやら、それが適中してしまったようだ……。
  ただし、インディーズの車内販売はある。内容に当たりハズレがあるという印象ではあるが、そんななかやってきたおっさんが、「ナイショだけど」という風情でコッソリと缶ビールを勧めてきた。なんだかいけないモノでも商うかのごとしの態度ではあったが、タイ国鉄では車内飲酒くむじ(禁止)が謳われている。とはいえ、食堂車などでは酒類の提供があったハズだが(26列車にはなかった)、いまやこんな長距離寝台列車もまた酒が御法度になってしまったということなのだろうか?

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  1等寝台車客室。

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  ベッドになりMASITA。こうして発車後にベッドの設営と朝の解体をするのがタイ国鉄流。朝は6時台だの7時すぎだのとゆっくりと寝られないのが残念だが、この列車では終点のスンガイコーロクの手前までベッドのままであった。

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  ミネラルウォーターつき。クルンテープ駅開業100周年記念バージョンボトルであった(前回も同様)。

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  御大・宮脇俊三の「泰緬鉄道とマレー半島の国際列車」(『椰子が笑う 汽車は行く』文春文庫に所収)でも語られていた光景。この手前にあるトイレにシャワーがあるのも一緒。ハジャイで後ろに荷物車が連結されたのも一緒(本書ではバターワースゆきだったが)。ただ、列車としての“格”は変わってしまったのが異なる……。

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  一夜を明けてハジャイに到着。バターワースゆき(編成前方)との切り離し作業でしばらく停車。せっかくなのでホームを探索してみる。

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  ちょっとウチの子ちゃん柄が入ったネコо(^ヮ^)о
  ところで、ココではハジャイと記してきたが、ローマ字の綴りは「HAT YAI」。そのまま読んだハートヤイと記されているケースのほうが一般的なようだが、現地(南部人)の発音だと「ハジャイ」のように聞こえるという。それはともかくとして、発車前にクルンテープ駅でもらった時刻表には、「Hadyai」と記してある。これならむしろ「ハジャイ」ではないかということで、さしあたりハジャイとしてみたという次第。こうして地名の発音を自分なりに確かめるのも一連の取材旅行では欠かせない行事となっている。

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  ハジャイ以南では、いよいよジャングル度が増してきた。カバトットふうにトリつきのウシが放牧(?)されているのは今年3月の南部探訪(パッタルン以北)と同じ情景だが、倒れてバタバタともんどり打っているウシを目撃してしまった。あくまで推測だけど、ひょっとしてコブラかなにかに噛まれたのではアルマジロ?  なんかイヤ〜なものを見てしまった気分であった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  いちおうサッカー場のようだが、ウシの御食事処と化してますなァ。

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  なぜか観覧車の残骸(?)が……。

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  下車欲をそそられる情景だが、すでにテロ多発地帯に入っている。線路脇のフェンスはいうまでもなくテロ対策。もっとも、あるのは駅周辺だけだし、コレなら大韓東海岸ぞいのブツのほうがよほどの迫力があるというものなのだが。ちなみに、ハジャイ発車後に3人組の武装兵士が車内を巡回。切符を見せて行き先を確認しただけでパスポートの提示などは求められなかったが(車内改札でも同様)、ようはかような地域なのである。その彼らは、巡回の合間に空室となった1等寝台の個室で寛いで……もとい「待機」していた。

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  テロで名高い(?)ヤラーの街並。さしあたり街の名を屋号にした「ヤラー内科」ってのがあるんじゃないかと連想する日本人が500人はいることだろう。

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  15分ほど遅れて終点のスンガイコーロクに到着。

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  ひょっとして駅構内を武装兵士たちが闊歩しているなど物々しい雰囲気にあるのではないかと思っていたが、少なくとも表向きは平穏としたものであった。使われていない跨線橋からマレーシア側を望む。いつの日か「国際列車」として越境をしてもらいたいものだ。

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  駅舎もテロリストの好餌だというのがもっぱらのウワサ。写真なんぞ撮っても大丈夫かなと思っていたが、「構いませんよ」とのことなのでワンショット。とはいえ、万が一に備えて足早に立ち去る。

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  駅正門。この小屋の右側で兵士が警備にあたっている。
  ところで、スンガイコーロクの言葉をバラすと「ス  ンガイ  コーロク」。前回アップした乗車券にも「SU-NGAI  KOLOK」とタイプしてある。で、思った。大韓語というかハングルではどうなっているのだろうと。まずはあれこれ思いつく限りのハングルで検索してみた。
  순가이코록ってのが「SUNGAI KOLOK」に最も近い発音を表わすと思われるが、コレだと「SU-NGAI 」とは異なるなと思う(もっともたとえばアウトが「아우트(アウトゥ)」ではなく「아웃(アウッ)」だったりもするから、目よりも耳で外来語に文字を宛てがっているフシがある)。なかなか正解を出せなかったが、どうやら「수응아이꼴록」ってのがスンガイコーロクのハングル表記であるらしいことがわかった。これにローマ字を宛てると「SuEungAiKkorRok」。コレを一般に用いられているセンスでカタカナに置き換えるとすれば「スウンアイッコロッ」とでもなるのであろう。耳に聞こえる「スンガイ」ではなく「ス・ンガイ」に準じているところが意外というか興味を引いたが、このハングルの綴りでは、大方の日本人には正しい発音はできないだろうねぇ(응아=ウンアの部分の「ng」が鼻濁音となり、単語や聞き方によってはウンガと聞こえる。ネコ=고양이=コヤンイ≒コヤギが好例)。
  と、ヘンに細かいことを気にかけているようだが、この話はシンガポールでの出国前にも再登場する予定。

  ともあれ、まずは無事にスンガイコーロクに到着いたしMASITA。つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.01

ワニの王国?・・・の巻

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  7月某日。今年3度目のタイにやって参りMASITAо(^ヮ^)о

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  ちょうどいい航空券があったので、珍しくANAに搭乗。それはそれとしても、成田空港でこういう乗り方ができるとは、迂闊にも知らなかった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  久々の祖国エアライン国際線ということもあり、あれこれ期待を抱いていたものの、大韓散歩で馴染みのアシアナと比べて劣っている面が多く感じられたのが残念。さしあたり具体的な言及は差し控えるけれども(タマタマの巡り合わせかもしれないし、ビジネスクラスなどではいざ知らずといったところではあるが)。

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  今回の最初のランナーはこの37列車。バンコク・クルンテープを起点にタイ深南部最深部の街・スンガイコーロクを目指すタイ国鉄最長距離列車である。そのタイトルに敬意を表しつつ、1等寝台個室のひとり利用(マオホーン)としてみた。タイ国鉄の指定券は乗車日の60日前からの発売。タマタマそのころにタイにいたといおうか、つまりは前回のタイ散歩のおりに乗車券を確保しておいたのがこの切符である。合計2253バート(およそ7000円弱・1室占有<マオホーン>加算500バートを含む)はタイ国鉄の切符を買ってはじめて「高ぇ〜」と思った。なにかの間違いかもしれんと思い、買ったのと別の窓口でその旨を確認したほどだったが、考えてみれば、特急の1等寝台車で、それも1159kmもの長距離がその値段なのだから、物価差を考えても十二分にィ安い。わが国のJRであれば合計で3万470円(約9800バート。本州幹線で計算──東京から香椎の手前までの距離に匹敵)もかかってしまい、仮にコレで往復すると今回の航空券代金を軽くしのいでしまうのであった。

  その汽車旅の話はおいおいするとして、今回の散歩でなにがあったかといえば、まずはワニがいたということになるо(^ヮ^)о

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  現場はクルンテープ駅のすぐ近く。悠然とといいたいが、こちら側の岸に向かっているらしいさなかにアヤシイ人影(つまりはオレ)に気づいたのか、反対側に踵を返して(?)しまった。下水管に手をかけたりしていたので、そういうところにもお出ましになるのかもしれない。もっとも、トカゲかなにかの一種という可能性もあるが、するとワニとトカゲの違いを説明できないということにいまさらながらに気がついた(笑)。

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  マレーシアの国境の街もとい村・ランタウパンジャンで目撃。コレはワニではないと思うが、すると正体はいかに?  ちなみに、ヘビみたいに舌をベロベロしていた。

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  ジョホール水道にて遭遇。

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  帰宅してから調べてみたところ、コイツもまたその正体が判明したワケではないが、シンガポールにも野生のワニがいることがわかった。ジョホール水道はいうまでもなく海水。しかし海水に適応している種類もいるらしいし、さしあたりはワニだと思い込んでおくほうが楽しいではないか(もろもろの正体をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸いですm(__)m)。

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  で、件の37の発車は15時10分。それまでいくらかある時間をどうやって過ごそうかと思っていたが、3、5月につづきネコ寺(ワットアルン)のネコたちの様子を窺いに繰り出してみた。

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  シアワセそうにzzzzz・・・о(^ヮ^)о

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  クロボウズもスヤスヤ。

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  ネコの寝姿ってのは、ヒトをシアワセな気持ちにさせますね。

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  ふと「有明フェリータ」(@『東京漂流』藤原新也。・・・再読に辛いエピソードである)を連想してしまった寝姿(もちろん生きてますがね)。

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  雨期ということもあり、なんとなく冴えない天気ではあるものの、東京あたりよりはよほどに涼しいバンコクであった(最高気温でも30度を下回っていたハズ)。が〜。そのわりにはネコの姿が少ないのはどうしたことだろう………そう思った。

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  なんと“牢屋”に閉じ込められていたのである。

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  このおふた方、前回の散歩のさいにデビューしていた。なんらかの事情で保護しているのだろうか?  少なくとも水の常備はしておいてほしいと思うが。

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  スラリとしたクロボウズ。やはりネコは自由じゃないと。

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  ハトを狙っております。

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  ワットトライミットにも元気なネコが。写真を撮ってたらイソイソと近寄ってきて「にゃー♪」。きゃわゆ。・・・とかなんとか散歩した足でクルンテープ駅に向かっていたところに件のワニと遭遇したというワケでありMASITA。
  つづく。

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2017.07.26

大韓に行かないで大韓を味わう法・・・の巻


  発売後のお知らせになってしまいましたが、ただいま発売中の雑誌「旅と鉄道・17年9月号」(山と渓谷社)に「世界の鉄道 途中下車の旅14 タイからラオスへの国境越えと寝台列車の旅」ほかを寄稿しております。書店等でお見かけしましたら、お手に取っていただければ幸いですm(__)m

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  という次第で、東南アジアに浮気しているような昨今ではあるが、そうこうしていると久々に大韓散歩へと繰り出したくもなってくる。ワケあって(?)、今年の11月以降に2度ほど訪れる計画を立ててはいるものの、それまではまだだいぶ間が空いている。そこで、書物だのネットだのを通じて大韓風味を楽しんでいたりするのだが、そうしていればこんなイカした本に巡り会うこともできる。

『大韓ロック探訪記  대한 록 탐방기』(長谷川陽平著・大石始編著/DU BOOKS)
  大韓を舞台に第一線で活躍しているミュージシャン・長谷川陽平については、いちおうは知ってはいたが、こんな楽しい一冊が出ていたとは、迂闊にも気がつかなかった。
  あるィ夜。ネット通販の検索窓に、ほとんど無意識のままに打ち込まれた「大韓ロック」の文字。別段なにを探していたのでもないのだが、経緯はともかくそうしてブチ当たってしまえば仕方がない。

  対談中心で構成された濃密な大韓話の数々。必然的に音楽シーンの話題が多くはなっているが、そこに流れる通奏低音は大韓そのものである。仮に大韓ロックそのものに興味がなくったっていい。大韓という響きにピピっときているとしたら、こんなに楽しく読める本もそうはないのではなかろうか。あの“『ディープコリア』シリーズ”と合わせ、ぜひ日常的に愛玩したい名著といえる。

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  大韓ドラマにもあれこれ傑作やら良作やら名作やら佳作やら駄作なんてのもあるが、イブシ銀的名作としてこの「王と妃」はぜひ見ておきたい作品だと考えてきた。といいつつ、全編を通してじっくり鑑賞したことはなく、要所要所をつまみ食いしてきた程度だというのを白状しなければならないが、そういうザマになってしまうのは、ひとえにコレが全186話という大河ドラマ中の大河ドラマであるがゆえ(オープニングでいきなり「대하드라마=大河ドラマ」と画面にドーンとお出ましに。自他ともに認める大河ドラマなのであった)。
  ひとくちに186話というけれど、1話あたりがおよそ60分弱、一睡もせずに見続けたとしても軽々1週間以上を要するのだから、並み大抵の覚悟では臨めませんわなぁ(そもそもそんなことをする意味が?)。ちなみに、わりと中味の濃い次回予告があるのだが(1分間程度)、その全195回ぶんだけをコレクションしても、3時間超。DVD1枚に収まり切らないのではないかというおそるべきボリュームなのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  で、このたび、唯一流通している“レンタル落ち”全93巻をコンプリート。その長丁場に挑むことになったというワケですо(^ヮ^)о

  話は朝鮮王朝第5代王・文宗の時代からスタート。即位したものの虚弱体質だった文宗は即位からわずか3年ほどで死去してしまうのだが、そのあとを継いだ息子のホンウィ(端宗)が11歳と幼なかったことなどが、一連の騒ぎの発端に。前半の山場は癸酉靖難と呼ばれる叔父・首陽大君による大粛清および王位剥奪事件で(ドラマとしてはショスタコービチの「交響曲8番」第1楽章のような脚本であり演出。癸酉靖難の回をみたあとにこの曲を聞いたら腑に落ちた)、全編にわたり王室や官僚あるいは宦官らによる権力抗争が繰り広げられるのだが、それをさらにドロドロとさせるのが後宮に巣食うおっかさん連中なのである。そのおっかさんたちのコワモテぶりがまたたらまんのですよ。ラストに向けてのハイライトは朝鮮王朝の“暴君”として名高い燕山君(第10代王)の大暴れであり、件の予告にも「いよいよ燕山君が登場!」のごとく扱われているのにもグっとくる。しかしそのころには秋になっちまうなァ……。

  でまぁ、そんな燕山君の大暴れにカタルシスを期待しつつ186話に挑むワケだが、そのマラソンの主役をなす仁粹大妃(というより役を演じていているチェシラ)がかもす迫力こそが、このドラマの根幹を牛耳っているといっても過言ではないだろう。のちに仁粹大妃と化す首陽の長男の嫁・ハン氏として最初から出ているのだが、山盛りとなった傍役のひとりでしかなかったその時代から、すっかりドラマの顔と化す文字どおりの変貌にもグっときてしまうのであった。

  ところで、この時代は数々の大韓時代劇で舞台に選ばれているが、この作品では「朝鮮王朝実録」などの歴史書を比較的忠実に沿っているといわれ(ときおり入る解説で、ときに「実録」の内容に疑問を呈していたりもするが)、時代劇であると同時に「歴史ドラマ」であるといえるだろう。なにがいいたいか?  大NHKが大韓時代劇を指してことごとく「韓国歴史ドラマ」などと銘打っているが、そのなかには100%のフィクションドラマも含まれており、NHK式の呼び方に違和感を覚えざるをえない。もちろん、「王と妃」にしても創作された部分は多々あるだろうし、作品の最後で述べられているとおり、残された“史実”が勝者側の“史実”にすぎない点なども考慮すべきではあろう。だが、NHK式の無防備な呼び方はどうだろうか。あたかも、フィクション(まったくの作り話)もまた「歴史ドラマ」、あるいは史実としかねないような危惧を、わずかながらも感じないではいられないのだが……。



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  さて、そんな「王と妃」は大韓における大ヒット作でもあった。1998年6月から2000年3月(長ぇ〜っ)というから、かれこれ20年弱前という古いドラマであるにも拘わらず、街を眺めればこんなレガシー(遺産)がそこここに散見されるというのも楽しからずやо(^ヮ^)о

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  看板の文字はドラマのまんま(多少は違えてあるかもしれないが)。書道の師範だかなんだか忘れたが、その程度にまで書道に勤しんでいたことのある我が母堂いわく「あの王の字、上下のバランスを崩してあるところがいいわねぇ」とのこと。篆刻家・チョンビョンネ(정병례선생님)の作ということで調べてみたところ、「ほしい!」と感じさせる作品があれこれあった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

ココアルネ

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  コレはちょっと再現がいい加減ですな。

ココアルネ

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  もとい、勝手に使って大丈夫なのかと思わないでもないが、きっとケンチャナヨなのであろう。そう思った。

ココアルネ

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  飲み屋の一種。こうしてみたところ、飲み屋のほか韓服店、さらにノレバン(大韓式カラオケ屋)に好まれているようだ。

ココアルネ

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  まぁ、王と妃ですからねぇ。たしかに韓服にはもってこいの屋号かもしれない。

ココアルネ

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  民俗酒場。

ココアルネ

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  この店はチェーン店のようだ。どうでもいいが。

ココアルネ

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  王と妃は「왕과비」。しかし「왕&비」ってのはあまりにおっかさん(チェシラ)と燕山君をナメちゃいまいか?

ココアルネ

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  で、燕山君。なんだって燕山君なのかといえば、看板にあるとおり「연산군연탄구이」(燕山君練炭焼=ヨンサングンヨンタングイ)、つまり「燕=ヨンと練=ヨン(ともに大韓語読み)」ってことなのではないかと推察するのだがぢうか?

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  この店は屋号の看板が捉えられていないが、同じく焼肉店である。生サムギョプサム3900ウォンってのは安くないか?

  それはそれとして、「王と妃」の前半を見るにつけ、「ぁあ、この男の目つきときたら、日本のどっかの政治家と同じですなぁ」と感心させられることしばし。内官(宦官)のオムジャチ(キムビョンギ)やキムヨン(ファンボムシク)、安平大君(チョンソンモ)あたりなんかとくにねぇ。テレビニュース(自称か?)なんかを見てると、どっかの国の与党政治家の見たくもないのに見せられることが多い面々にクリソツなんですな、コレが。このうち、役を演じているキムビョンギとチョンソンモは、ともに「砂時計」で悪役格というか“卑役”(造語)でイイ味わいを出していたが、「王と妃」でも期待どおりの仕上がりである。まぁ、いまのところ(?)燕山君がわが国にお出ましでないのが救いといやぁ言えるか……?

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  話かわりますけど。かように大韓ネタで寛いでいたら、こんなのを拾った(3冊ほど表紙画像をネットでみかけるが、いずれも同一の画像のみが流布されている模様。そのうちのひとつをココでも使わせていただいた。ぁあ、欲しいなァ……)。いかにもアヤシゲな雰囲気の「劇画」だが、金日成のルビが本名の「김성주(キムソンジュ)」になっているところがミソ(『劇画・金日成の寝室』パクブキル画)。

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  コレも拾いモノ。「道路脇(路肩)での性行為  交通事故誘発」ときた。類似のシロモノに国立公園内だかにあるらしい同じような意味の横断幕(섹스금지)があって大韓人を面白がらせているようだが、そちらは単純なフェイク。するとこちらもそのテかもしれないが、とりあえず面白いのでタウム地図で現場を捜索してみることにした。

  ちょっと見に全羅道の北部か忠清道南部を直感したが、よくよくみれば「全州国道」がどうのとある。ココまでわかればあとは単純。該当しそうな国道をネット上でドライブすればいいのだ。

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  で、あったо(^ヮ^)о  ワクワクしながら捜索を続行し、かれこれ6カ所ばかり特定しつつスクリーンショットを取ったのだが……、書いてある文句が違うではないか。「道路脇での販売行為〜」だって?  ったく、ガッカリしたとはこういうときの心境を指すんだよなぁ(笑)。

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  その現場のひとつ。

ココアルネ

  しかし、さらに調べてみたところ(ヒマ人ですね・笑)、コレはまったくのフェイクではない可能性が出てきた。なんでも最初に現われたのはまさしく「性行為(성행위)」云々(うんぬん)で、コレを見つけた某大韓人がネットにアップするや、世間をそれなりに楽しませたらしい。ところが、その騒ぎにクマった当局が、とりあえず「商行為(상행위)」と書き換えたというんですな。それが現段階では「판매행위(販売行為)」で落ち着いているということらしいのだが(つまり、성행위→상행위→판매행위)、そもそもがこの路肩で商売をするというのはムリがあるというか命がけだし不自然にすぎる。むしろ「性行為」のほうが、たぶん路肩にクルマを止めて云々(うんぬん)ってな話だろうから可能性がないワケでもないだろう(しかし、こんなところでそんなことをする意味が?)。

  それはそれとしても。コレが当初のママだったら、この現場に赴いて写真のひとつでも撮らないことには自分に対する示しってもんがつかないよなァ。ぁあ、でもこんなところまで往くのも面倒だなァ(全州あたりからタクシーをチャーターか?)。……でも、やるんだよっ!  というのをやらないで済んでホっとしたであります。

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  おまけ。だいぶ前に拾った「くむじ少年」。なんらかの事情でいきなりこのページに寄って下さった方にはなんのことやらわからないと思いますが……。「ドキドキラブコメディ」ねぇ……。大韓版「JUMP」に載っているのかいたかしたそうであります。


  おまけ。



  大韓語で歌ってみましょう♪

  으하하하!  으하하하하!
  (ウハハハ!  ウハハハハ!)
  황금박쥐!
  (ファングムバッチ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オディエソ オヌニャ ファングムバッチ)
  빛나는 해골은 정의의 용사다.
  (ピンナヌン ヘゴルン チョンゥイエ ヨンサダ)
  힘차게 날으는 실버 배터.
  (ヒムチャゲ ナルヌン シルボ ペト)
  우주의 괴물을 점멸시켜라!
  (ウジュエ クェムルル チョムミョルシキョラ!)
  어디 어디 어디에서 오느냐 황금박쥐!
  (オディ、オディ、オデュエソ オヌニャ ファングムバッチ!)
  박쥐 만이 알고 있다.
  (パッチ マニ アルゴ イッタ)
※作詩:제일동화/作曲:타나카 마사시/大韓版の歌:?

  なんだって黄金バット(황금박쥐)なのかといえば、大韓ドラマ「まるごとマイラブ(몽땅 내 사랑)」のファンクムジ(황금지)が双児の弟オギョブにそう呼ばれてたのを思い出したから(単なるくむじつながり。とくにというか、まったく意味なし失敬の巻といったところだが、じつはアニメ「黄金バット」が日韓共同製作だったということをこの騒ぎのおかげで知ることとなった)。ついでのついでさらについでのの話ではあるが、「우주의 괴물을 점멸시켜라!」のところを「자민당의 바보들을 점멸시켜라!」にしたら楽しかろうと思う。

  という次第で、大韓に行かないで大韓を味わう法の巻でありMASITA。

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2017.07.20

都心真っただ中のローカル線・・・の巻

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  バンコクのこんな雑多な風景も悪くない。

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  ノンカーイからバンコクに戻ってからは、おおまかにふたつの案を練ってあった。ひとつはアユタヤ見物で、いまひとつはタイ国鉄東線のうちもっとも南側のルートの終点・バーンプルータールアンの日帰り汽車旅はどうかというものであった。
  後者のタイ湾ぞいに延びる路線は、歓楽リゾートで有名なパタヤーを通るものの、運行列車は1日わずか1往復。それも平日限定というイカしたダイヤが持ち味なのである。ノンカーイからの特急は定刻の6時よりわずかに遅れてクルンテープ駅に着いたが、下り列車の発車は6時55分で十分に余裕がある。コレに乗ると終点のバーンプルータールアンには11時20分に着く。折り返しは13時35分発なので、とりたててなにもないらしいその地を散策する時間はたっぷりあるだろう。クルンテープ駅には18時15分に帰着予定で、夕食をとってからでもゆっくりと飛行場に向かえるというワケだ(帰路の汽車を途中のマッカサンなどで降りて空港鉄道に乗り換えることも可能)。

  しかし、いずれの作戦もとらず、代わりに東線を途中のチャオチューンサオジャンクションまで乗るだけに留め、午後はすでにアップしたとおり、ネコ寺(ワットアルン)のネコたちとの再会にあてることにした。が〜……。

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  この東線がよかった。まさに都心に眠る隠密のごとしのローカル線であり、風情という点でいえばあのメークロン線よりもシビレてしまったのであったо(^ヮ^)о

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  頭上には空港鉄道(高架)。そして傍らには朽ちた蒸気機関車が……。

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  マッカサン駅。途中下車欲を刺激するロケーションだ。

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  水の都の一端が沿線に見えかくれする。

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  つぎからつぎへの好みのイイ車窓が展開してくるので、ゾクゾクしっぱなしの道中ではあったが、乗り続けていたい気持ちを振り切ってチャオチューンジャンクション駅で降りる。しかしこれでも1時間半近い行程で、バンコク散歩の番外編としてもオススメしたいと思った。

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  途中の車窓とはうって変わって(?)、駅やその周辺はこざぱりとしたものであった。

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  タイ国鉄名物・蒸気機関車の駅前静態展示がココにもо(^ヮ^)о

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  右が都心側。ここでパタヤー方面への1日1往復路線と東ゆき(カンボジア国境方面)とに分岐するが、駅間距離がグっと延びるのにもソソられてしまう。

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  とりたててなにもしないままボケーっと上り列車を待つ。線路を挟んでホームの反対側にも乗客が集まっているのもタイ国鉄風味だ。

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  満席どころか、かなり混み合っていたので、車両の継目に避難。ご覧のとおりホロがない吹きっさらしで、ココなら風にあたって快適な汽車旅が楽しめる。

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  おっと、空港鉄道。

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  おっと、ジャンボジェット・B747-400。すでに旅客機の製造は打ち切られているとのことで、遠からず絶滅危惧種になってしまうのであろう。個人的にはA330ぐらいのサイズと仕様が快適に感じられるが、ジャンボの居住性も悪くはないので、なくなるとなればちょっと寂しい。ヒコーキといえば、アントノフAn-225に乗ってみたいというか、住居にしたらさぞや楽しかろうと思うが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  都心のふふ、ふ、踏切通過は大迫力。

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  ピヤータイで下車。この駅は、一般にはパヤータイと記されてあるが、現地で耳を傾けるとピヤータイに近い発音だし、タクシーの運転手にもそれを確認したのでコレで通してみようかと思う。チャオチューンサオジャンクション駅で切符を買うさいにもコレで通じた(ほかに、サイアム=シィアムなども)。ついでに、すでにアップした回でノンカーイ方面への路線を東北本線としたが、タイ国鉄の公式案内の「英語版」をみてみれば「North Eastern Line」とあり、それなら北東線となる。したがって、今後は東北線ではなく北東線と記すことにした。
  それはともかく、ピヤータイ駅は空港鉄道の都心側起点駅でBRTとの接続駅でもある。頭上にみえるのがそれらの近代鉄道施設だが、その地平にはこんなアナログな駅が現役で活躍しているワケである。

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  昼食。ピヤータイ地上駅のすぐ近くに、エアコン完備でちょっとオシャレなたたずまいのカフェがまず目に止まった。日本のそのテの店などにもありそうな軽食もあり、冷気に寛ぎながらマンゴジュースでも飲むのもええなぁ……と思ったけれど、すぐ隣で店を開けていた庶民中の庶民派といった風情の食堂に足がフラフラと……。旨いというほどではなかったが、そのかわり楽しかった。

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  ピヤータイ駅。
  どうでもいい話ではあるけれど、いまごろはマレーシアのいずこで寝台列車に揺られているハズ。が〜。このところ似たような話ばかりなので、次回アップはちょっと一憩・・・о(^ヮ^)о

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2017.07.14

新型寝台列車でバンコクへ・・・の巻

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  ビエンチャンの元「都バス」で帰路につく。ノンカーイゆき国際バスが2時間に1本程度運行されており、それに乗ればあれこれ考えずに済んでしまうが、それではつまらないと思ったからだ。

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  件の14番バスは運行本数も多く便利。ただし最終が18時台と早いので、利用のさいには注意したい(ビエンチャンの商店群もまた店じまいが早かったのと共通する習慣だろうか?)。ちなみに元「都バス」ではあるが、飛ばすことはまったくなかった。ごくごく限られたなかでの感想にすぎないが、交差点の信号はわりと安心して渡れたし、自動車の運転はわりと温厚な印象で、交通法規にしても守られているように思えた(あたりまえっていやいえるのだが、この点であまりほめられない国や街は決して例外ではないだろう)。もっとも、トゥクトゥクやバイクの往来が激しいなど、賑やかさという点で日本の感覚とはだいぶ異なっているのだが。

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  友好橋のイミグレーション。時間には余裕があるし、越えるのがもったいないような……。

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  旅行案内書などにも記されていることだが、ラオスのイミグレーションは週末やそれ以外の日でも時間帯によっては「手数料」を徴集される。往路のターナーレン駅では窓口で支払うとハンコを捺したパスポートが返却される流れだったが、こちらではパスポートコントロールを済ませるとご覧のような「自動改札機」が待ち受けていた。この左側に専用の窓口があり、そこで手数料と引き換えに手渡される通過用のカードを使って関所をパスするのである(頻繁に行き来するラオス・タイ人に向けには別途の通行証のようなものが発行されているようだ)。

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  いよいよ国境越え。友好橋区間は専用のシャトルバスが運行されている(青い看板のところがその切符売り場)。

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  前日に列車で越えた国境をバスで辿る。

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  友好橋ノンカーイ側イミグレーション。
  そこでイミグレーションカードに記入していてふと気づいた。タイ(ラオスも)のカードには「滞在先」を記入する欄があり、ホテルなどが予約してあればその名前を記入すればいい。ところが、今日はこのままノンカーイから夜行列車でバンコクに戻り、その日の夜行便で日本に帰国するため、「滞在先」などと問われても……という気もする。まぁ、適当にホテル名を記しておけばよさそうなものだが、念のため係員に訊ねてみた。すると、「ぁあ」と納得した表情で、件の欄に「Nongkhai」(ノンカーイ)と一筆。なんのことはない、なにかしら記してあればそれでいいということのようだ。

  もっとも、バンコク・スワンナプーム空港のイミグレーションに1泊目に予約しておいたホステルの名称「@Hua Lamphon」を書き込んでおいたところ、施設名だと理解してもらうまでにひと悶着が起きた(ヘンに疑われたふうではなく友好的な対応ではあったが)。ホステル名の「アットフアラムポーン」の「フアラムポーン」はまんまその地域の呼び名。バンコク中央駅であるクルンテープ(地下鉄駅はフアラムポーン)駅の真ん前という立地のよさから選んだホステルではあるが、知らなければ「フアラムポーンはわかったからそのどこなのよ?」と訊きたくなるのが人情というものであろう。とはいえ、昨年11月も同様のカードを提出したけれど、そのときはなんの問題もなかったし、ノンカーイでは単にノンカーイでよかったんだからねぇ……。

  コレには後日談(?)があって、スワンナプーム空港での出国のさい、順番まであと3〜4人というところでふとイミグレーションカード(ノンカーイで手続きした半券)に目をやると、それは出国用ではなく入国用のほうであった……。あの「Nongkhai」の係員が間違えたのである。仕方がないので、そしらぬ顔でパスポートとともに提示したところ、なにごともなく笑顔で通してくれたが、国や係員によっては不愉快な思いをさせられるネタになる可能性もあるのではアルマジロ?  まっ、ケンチャナヨである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  友好橋からは徒歩でノンカーイ駅へ。駅裏に広場というか更地があるのだが、週末ということだろうか、青空市場が開かれ賑わっていた。

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  ターナーレン発・国際列車の夕方便が到着。往路に乗った列車と同様に、通い慣れたふうなひとびとがホームに降りてきた。

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  バンコク(クルンテープ)ゆき急行78列車。左にいるのは快速134列車。ともに3等車(ボックス席)主体の座席車オンリー編成である。しかし、快速のほうは2・3等ともにデッキつきで、こと車両に関していえば、どう考えてもこちらのほうが格上。唯一、急行の2等車はエアコンつきではあるものの、どちらかを選べと言われたら、乗り心地から考えて迷わず快速のほうだろうなァ……。

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  急行につづき快速もバンコクに向けてノンカーイをあとに。

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  こちらはこれから乗り込む特急26列車(写真は食堂車)。11月にチェンマイで見送った新型車両であるо(^ヮ^)о

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  タイ国鉄公式サイトを通じて、2等寝台下段をキープしておいた。

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  走り出すとほどなく係員がベッドを設営。終着駅到着1時間ほど前に再び座席に戻されるというのがタイ国鉄流だ。しかし、この列車は19時発6時着と行程の大半が夜行時間帯。わざわざ走行中に作業しなくても、発車前(朝方にノンカーイに着いたまま駅構内でヒルネをしている)と到着後にやるほうが、係員・乗客の双方にとって有益ではないかと思うのだが……。
  とはいえ、かつては日本の国鉄でも見られた「懐かしの場面」がこうして現役でいるのは、鉄道愛好家としてはうれしいかぎり。

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  新型だけあって、食堂車も現代っ子といった風情。ノンカーイ駅構内にあったらしい食堂は廃業して久しいようで、駅前も閑散としていううえ、あえて入りたいような店がないため、列車メシを楽しみにしていたのはいうまでもない。タイの寝台列車では食堂車クルーが夕食などの注文に回っており、11月に乗ったチェンマイ〜バンコク間の特急でも、調理したてのタイ料理が心身を満たしてくれたものだった。ケータリングを頼んでもよし。食堂車に切り出してもよし。ワクワクしながら乗り込んだのでありMASITA。が〜。

  ベッドが設えられてからも来るハズの注文とりがやってこないではないか。なんにしてもこのままでは楽しい寝台列車の旅がすきっ腹を抱えた道中になってしまうところであった。再び、が〜〜……。

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  チェンマイ特急にあったタイ料理定食なんぞ写真入りメニューには陰も形もナシモフ。わずかにスープ料理系というかナベ系というか、そのテの料理が載っていたので頼んでみたところ、だいぶ待たされた挙げ句にお出ましになったのは「お湯を注げばケンチャナヨ」といった風情のコレであった。まぁ、味は悪くなかったが、メニューにもほかのテーブルにも酒のさの字もなく、食堂車を謳っていながら係員つきのラウンジカーと化してしまったようだ(スナック菓子の類やソフトドリンクの販売もある)。少なくともこの26列車に関しては。

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  洗面所やトイレもキレイ。やや手狭な印象も受けたが、トイレは安心して使うことができた。

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  かつては日本でもこういう情景があたりまえにあった。寝台列車という、こんなに快適で便利な乗り物をほとんど放棄してしまったに等しいわが国の現状は残念でありもったいないとも思うワケだが、まぁいい。去るものは追わず。こうして外国に繰り出せばいいだけの話である。
  ちなみに、この新型車両にはなんと車内放送がある。ビデオモニタまで天井から下がっているが、欧米人向けの観光案内でもしたいのか、英語によるバンコク案内、それも同じヤツが大音量で延々と繰り返される始末。まっ、イロイロあるさと放っておいたけれど、食堂車(こっちは静か)から戻ってもまだ同じのをループしたまんまだったので、さすがに車掌に申し出て止めてもらった(持参の「指さし会話ミニ・タイ」──田村社長、ご無沙汰しておりますm(__)m──の「うるさい」というのを本の狙いどおりに用いたところ、すぐにわかってくれて止めてくれた)。乗客の大半を占めていたと思われるタイ人にとってもうるさいのは一緒なのではないかと思うのだが、そういうのはあまり気にかけないものなのだろうか。そんなのを観察するのも外国旅行の面白さではありますね。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.07.08

ビエンチャンの水は旨かった!?・・・の巻

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  つつがなく辿り着いたビエンチャンではあるが、早くも夕暮れが迫りつつあった。

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  いうまでもなくビエンチャンはラオスの首都。活気の感じられる街ではあるが、田舎町の風情がそこここに漂っている。トゥクトゥクとバイクが盛んに行き交い、ちょっと歩いていると「トゥクトゥク?」と運転手から声がかかるのも楽しい。

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  そんな街の一隅に大韓風味を発見。백두산한의・・・とあるのは「白頭山韓医(療院)」、韓方医が店を構えているのであろう。

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  東京やバンコク、あるいはソウルのように巨大なビル群が濫立しているワケでもないので空が広い。

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  ホテル自室には「ミニバー」のサービスが……。使う使わないは別として、あるとなんとなく安心感がある。スナック菓子やチョコレートバーなんかもあるし……と思った。が~。問題はその値段。コカコーラ$10.000?  왜〜、1万ドル〜っ?  ほかも同じか似たようなものだ。たぶんこの「$」はラオスの通貨「キープ」のことなんだろうだろうけど、万が一ということもある(笑)。おそろしや(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  で、19時をちょっと回ったころに、ラオスの夕食を求めて街に繰り出した。ところが、市場の半露店といわずショッピングセンターといわず、ほうぼうで店じまいがはじまっているではないか。ホテルに隣接してショッピングセンタービルがあり、いざとなれば外国人観光客向けの飲食店があるのではないかと思っていたが、そっちはビルそのものが早々と閉店というていたらく。食堂らしい店もみあたらず、ターナーレン駅からバス通りまでの間でいくつも遭遇した「しゅぽ」すらないのである(もちろんコンビニも見当たらなかった)。
  仕方がないので、市場でカップ麺と飲み物、さらにくだものをいくつか買い込んでホテルに戻ったのでありMASITA。まぁ、こういうのはひとり旅の気楽さでもある。

  せっかくなのでラオスご当地の「ラオビール」も賞味。コレがなかなかイケたのだが、それよりもなにもホテルの水道水にこのうえなくソソられてしまった。うがいや歯磨きのときにコップでグィっと口に含むと、うんと上質な絹のような口触りが脳髄を刺激するのである。冗談でなしに、こんなに旨そうな水を口にしたことはない。
「ぁあ、このまま一気飲みしたら、どんなにか旨いだろう……」
  そんな誘惑に襲われながら歯磨きなんかをするワケだが、ふと冷静になってニオイをかいでみると、そこはかとなく生臭い。コレが日本の水道水だとカルキ臭になるが、どっちのほうが人間の身体にやさしいのかはいざ知らず、どうにか「勝負」に出るのを思い留まったのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  しかし、このビエンチャンの水を原料にミネラルウォーターをつくったら大ヒットするのではアルマイトの弁当箱?  ちなみに、ビエンチャン市販のミネラルウォーターもそう思わせるものではあった。

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  ィ翌日は歩ける範囲でビエンチャン散歩を楽しむ。

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  同じ仏教寺院でも、タイのそれとは異なる風情がある。

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  きちんとした知識を持ち合わせてないのが生憎だが、年月を感じさせる仏塔の類が目立つ。

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  女性のようである。

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  ふと「ウルトラセブン」の“封印作品”を連想した。

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  観光地ではあるし首都でもあるが、存外に静かな散策が楽しめたビエンチャンの寺院群であった。

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  アヌーボン王像がメコンを見守る。

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  捉えどころのないメコンの風景。きっと、雨季になるとガラリと違った貌をみせるのであろう。

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  生活を支えている。よそものはマネをしないほうがよさそうだが。そういえば、メコンに流れ込む小川というか沼地で、ルアー釣りにいそしむおとっつぁんの姿があった。トップウォータープラグを投げ込んでは「スーーー」っとスピーディーに引っぱるという明け暮れで小技はなし。いったいなにを狙っていたのだろうか……?

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  相変わらず食堂に出会わない散歩であったが、件のショッピングセンターにファミレス風情の店を発見したので昼食とした。なんという名前なのかはわからないが、この野菜いためは絶品о(^ヮ^)о  刻みニンニクを散らした魚醤をベースに、さっといためた野菜が香ばしい。コレを食べるだけのために再訪をしたくなるほどであった(別段、珍しいシロモノではないのだろうけど)。

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  ノンカーイなどとを結ぶ国際バスも運行されている。

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  ところで、タイと同様にラオスでもイミグレーションカードが必要なのだが、ふと裏面を見てみたらこんな案配。広告つきイミグレーションカードって、ほかの国にもあるのだろうか?
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.07.02

国際列車でメコンを越える・・・の巻

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  タイ・ラオス国際列車に乗り込む。左手の駅舎にイミグレーションがあり、もちろん所定の手続きを要するが、そんなことをしなくても、とりあえず列車内に入れそうなゆる〜い雰囲気であった。これなら、韓国の都羅山駅(民間人統制区域内で立ち入り制限がある)訪問のほうが比べものにならないぐらい物々しく越境感が濃厚。もちろん、韓国と北朝鮮とが休戦下にあるがゆえの実情ではあるが、こんなところにも平和のありがたさを感じないではいられない。

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  西洋人観光客で賑わうというイメージを抱いていたが、車内はまったくの普段着仕様。ちょっとそこまでといった風情で草の根の貿易にいそしむひとびとの日常を運んでいるようであった。みたところ、タイないしラオス人でないのはオレひとりだったようだ。

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  ここが国境駅であることを主張するノンカーイ駅名標。

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  国境を越えるとはいえ、道中はきわめてのどかо(^ヮ^)о  ほかのどん行列車と同様に、窓を開け放ったままである。

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  国境をまたぐ友好橋に突入。列車が通るさいには自動車はシャットアウトされる。

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  いよいそラオスへの越境。

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  ラオス国旗。橋上の歩道と下界とを結ぶ道もあるようだ。

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  ラオス側メコンぞいの幹線道を渡る。

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  集落もごくふつうに。どうも風通しがよくなさそうなつくりにみえるのだが、これがラオスふうなのだろうか?

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  ラオス側の国境駅ターナーレンに到着。たった2往復きりの運転で、ほかに貨物列車があるわけでもないが、構内に側線があるところをみると、発展させる計画があるのかもしれない。

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  国境らしいというか国際列車らしい華やぎがまったくないのはノンカーイと一緒であった。ホームにイミグレーションの窓口があり、そこで入国手続き。イミグレーションカードが見当たらないので、そのままパスポートだけを差出すと、その場でカードを手渡された。土曜日なので50バートを召し上げられる。おつりはラオス通貨のキープ。ビエンチャンではバートが通用するというので両替しないで済ませようと考えていたが、こうしておつりがキープでくるのはその手間がはぶけてありがたい。

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  ターナーレン駅。駅周辺は西部劇状態でなにもなし。ワゴンタクシーのおっさんが「300バートだ」というのを「高いわぁ!」と振り切ったが、かといってほかに街までの交通機関がないのもこの駅のイイところ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  だが、値段云々(うんぬん)をさておいても、どうもあのおっさん自体が気に喰わない。ゆえに無視を決め込む。

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  ホーム上だけでなく、駅舎内にもイミグレーション窓口がある。このときは閑散としていたが、混み合うこともあるのであろう。

■タイ・ラオス間国際列車時刻表(2017年5月現在)
・ノンカーイ7:30(913列車)7:45ターナーレン
・ノンカーイ14:45(917列車)15:00ターナーレン
・ターナーレン10:00(914列車)10:15ノンカーイ
・ターナーレン17:30(918列車)17:45ノンカーイ
◎運賃20バート(30バートなりの2等車も案内されているが、そんなものがあるならぜひ乗ってみたいものですなァ……)

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  ワゴンタクシーを断ったので歩くほかはない。しかし、歩けばこういう物件が目に止まる。日本やタイと同じく蒸気機関車のピクトグラムである。この標識、ラオスではココにしかないのではアルマイトの弁当箱?

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  駅前通り。駅はちょっとした彼方。門があるところをみると、最終列車が出たあとは立ち入りできなくなるのかもしれない。

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  .ラオス唯一のふふ、ふ、踏切。

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  彼方のターナーレン駅を望む。

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  で、それしかないワゴンタクシーを断ったのは、少し(3kmぐらいか?  場所的には10点前の写真の道路)ばかり歩けば、ビエンチャン市街とを結ぶ路線バスがあるのをわかっていたからであった。しかも20〜30分程度の間隔で運行されており、バス通りにさえ達すれば容易に市街地にゆけるというワケである。
  しかもこのバス、東京圏のひとにはわかると思うけれど、元東京都の「都バス」である(ビエンチャンも「都」なので、「都バス」という点では変わりはないのだということをたったいま気づいた)。日本から譲渡された車両で、ビエンチャン市民の足として愛用されているようだ。ただしラオスは右側通行。外観こそ(東京都の)都バスそのものといった風情ではあるが、ちゃんと左ハンドル化されており、南国らしく冷房の強化もはかられていた。この14番バスは友好橋をバスで越えるときにも利用できるのでオススメ(帰路はその乗継ぎでノンカーイに戻った)。
  つづくо(^ヮ^)о

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2017.06.26

国境を目前にウロウロと……・・・の巻

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  まる2日間をかけてやってきたノンカーイは、メコンの対岸にラオスを望む国境の街。1日2往復ながら国際列車が運行されていることでも知られている。あまりに簡素なイミグレーションで、国際列車の発着時を除けば往来も自由のようであった。いちおう柵はあるものの、列車の発着は柵のない左側(さらに線路をまたいだところにあるホーム)。ご覧のとおりまったくのスルー状態である(国際列車については次回アップに)。

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  ノンカーイ駅・駅舎。こじゃれたふうではあるが、駅前には簡単な食堂としゅぽともいえない万屋、ホテルが1軒ある程度で、国境なり最果てなりというよりは西部劇の風情に近い。

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  駅前通り……。左が線路、奥に灯がみえるあたりが駅である。

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  ともあれ、ノンカーイでしたいことといえば国境探索である。国際列車にももちろん乗るが、その前に陸上からその様子を捉えてみたいところだ。
  狙うは国境橋である「友好橋」。徒歩で辿り着くにはちょっと辛いかなと思ったが(距離は駅からせいぜい4kmほどとみたが、なにしろ暑くてたまらん……)、結局は友好橋手前のイミグレーション前で徒歩でのアクセスを断念、トゥクトゥクをかっとばしてもらった。
  それはそれで楽しい道中ではあったが、うしろにいるモコモコの物体はなんぞや???

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  問題の友好橋には線路が敷設されており、道路との併用橋としてタイ・ラオス両国を結んでいる。

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  ラオス側からノンカーイゆき国際列車がやってきた。どうも定刻より早めに運行されているようだ。

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  インターナショナルとはいってもこざっぱりとしたもの。自動車をシャットアウトし鉄道専用となった友好橋を2両編成の気動車が快走。
  ちなみに、橋のほぼ中央付近に柵があり、タイ側からはそこまで徒歩で立ち入ることができる。旅行案内書にもそうした旨が記されてあるが、ではさてラオス側はいかにと思っていたら、タイ側と同様に開放されているようで、帰路に渡ったさいには観光客らしい人影がチラホラ。とはいえ、徒歩での国境越えはできないハズで、それに対応するイミグレーション事務所があるわけではない。ところが、オレより先に(橋の袂にある公園の木陰で汽車の時間までひと休みしていたのだが)橋に向かっていった数人のグループの姿が、橋のうえのどこを探してもなかったのはどうしたことか。彼らの行方やいかに(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  あっさりと国境を越え、国際列車はノンカーイへ。

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  汽車とクルマ以外には、渡し船も国境を越えて愛用されているようだ。

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  ノンカーイのいまひとつの鉄道名所は旧ノンカーイ駅である。

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  友好橋に国際列車を走らせるにあたって現在の駅に差し換えられたが、旧駅のほうが市街地に近く、メコン散策にも便利だったに違いない。

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  駅前にはホテル(建物の向こうがメコン)も数軒。でも、ここに写っている2軒のホテル、なんだか大韓風味ではアルマジロ?

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  かつての鉄路の果て……。

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  そんなノンカーイ駅ではあるが、移設時のものと思われる時刻表には、たった1往復きりの“どん行”しか載っていない。最果てとはいえ、国境の街であり、かつ幹線のターミナルだというのに、実態は“限界路線”であり“限界駅”であったようだ。それはそれでソソられるし、往時に探訪したかったと地団駄を踏みたくもなったのだが。

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  ともあれ、国際列車に乗るためにもノンカーイ駅に戻らねばならない……。との帰途、なんとなしに路地を曲がったらひっそりとした仏教寺院があった。

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  で、つづいて現われたのがコレ。旧線跡がこうして姿を留めていたのである。

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  路盤は完全にヤブのなか。日本でのそれと違って、うかつに探検なんぞ試みると、どんな生き物と遭遇するハメになるか知れたものではないだろう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  それにしてもあとどれだけ歩けばいいんだ。その前に腹も減った。……という道中ではあったのだが、願いが通じたのか、突如のように食堂が登場!  まさに救われる思いでおいしい昼食をいただいた。
「こんにちは!」
  いきなり流暢な日本語で話しかけられてビックリ。娘さんが大学で日本語を学んだとかで、つかの間のコミュニケーションタイムとなった。なんとなしに立ち入った路地。そこで偶然に出会った食堂とみなさん。これがあるから旅は楽しい。ココロとお腹が温まり、いざノンカーイ駅までの進軍を再開すべしと思って立ち上がったら、「バイクで送りましょう」とご主人。ありがたくお世話になった。
  娘さんとはメールアドレスの交換もしたし、いずれノンカーイを再訪するさいにはぜひともみなさんとの再会を果たしたいものだと思う。
  つづくо(^ヮ^)о

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