2018.09.19

乗りものと「でもやるんだよっ!」・・・の巻

Denkibosatu

  ただいま国外逃亡中であります(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  このところ、“しばらく読んでなかった書き手”の本を物色している。きっかけは単純で、あの推理小説の御大・内田康夫が他界されたとの報道に唖然としつつ、久々に浅見光彦シリーズなどを開いたところ、「やはり、面白い!」と再認識したことによる。
  ちょうどそのころ、ひょっとして中国福健省の山奥に沈没していたかどうかはいざ知らずだが、「バックパッカーの御大」が鉄道を題材になにか愉快なことを繰り広げていることを(いまさらながら)偶然知った。その御大・下川裕治といえば、オレのなかでは「12万円のヒト」であり、記したように「バックパッカーの御大」という認識ではあるけれど、はたして何年ぶりかという著作との邂逅である。さっそく何冊かを読みふけってみた。

  という次第で、今日は最近読んだ本のうち、そんな書き手の作品のなかから下川本のいくつかをチョイス。共通テーマは「でもやるんだよっ!」である。

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  汽車に乗ってユーラシア大陸を横断する。そんな“夢”を抱くひとは少なくないだろうし、実行に及んだひとだって案外多いのかもしれない。オレとて例外ではなく、あのシベリア鉄道からスタートして、ついでに沢木耕太郎の『深夜特急』に登場したサグレスに足を運んでみたいものだ……などと夢想したものだ。そういう意味では本書の表題にある「ユーラシア横断2万キロ」のインパクトはけっして大きくないように思うのだが、そこに「世界最悪の鉄道旅行」というフレーズが並ぶと、また別の旅が想像されてきはしないだろうか。

  本書『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』(下川裕治・新潮文庫)で著者が試みたのは、シベリア鉄道経由ではなく、中央アジアの国々から南ヨーロッパを辿るというものであった。しかも、旅の起点はサハリンの「ソヴィエツカヤ・ガヴァニ」という見慣れない地名である。なぜかといえば、ユーラシアの最東端駅と最西端駅にこだわったがゆえ。くわえて、シベリア鉄道経由では早々に「ヨーロッパに足を踏み入れたような気になる」(第1章)からと中国〜カザフスタン〜ウズベキスタン……というイカしたルートに繰り出すハメになったのである(いまひとつは、アルメニアとトルコとの間で国交正常化がはかられるとの話があり、その国境を鉄道で越えられるかもしれないとの思惑もあった)。

  はたせるかな、その旅が「世界最悪の鉄道旅行」であったかどうかは本書をお読みいただいたうえで思いを馳せてみるほかはないが、「ちょっとコレはマネするのも考えモノですなァ……」と妙な感心をしてしまった。
  たとえば、ロシア領内で国境を目前にして引き返さざるをえなくなったり、そのあおりもあって厳格このうえないロシアのビザが切れてしまい「オーバーステイ」状態に置かれたなど、著者お得意のといおうか、著者自身が抱え込んでいる「星」あるいは「因果宇宙」がそこここに展開しているのたからタマラナイ。そんな自ら好んで「ババ」を引いたかごとしの旅は、まさに「でもやるんだよっ!」の体現なのではないかと思うのだがいかがだろうか。

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  一方、横断があるのだから縦断もというのが御大の御大たる所以だともいえる。
  本書『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』(下川裕治・角川文庫)では、シンガポールを起点にマレーシア、タイ、ミャンマーと北上、雲南省から中国を北上しウランバートル、モスクワ、サンクトベテルブククを経てムルマンスクに到達している。

  じつはこのネタ、オレも思いついていた。
  昨年7月にバンコクからシンガポールまで汽車で南下したさい、マレーシアのジョホールバルがユーラシア大陸最南端であることにいまさらながらに気がついた(それまでコモリン岬が最南端だと調べもせずに思い込んでいたのだ・笑)。最南端とくれば、ペアになるべきは最北端である。東南アジア諸国と中国との間をいかに越えるかという問題はあるにせよ、北京〜モスクワ間を1本の長距離列車でクリアできるなど、難易度はさほど高くなさそうだ。さすればあとは費用とその後の問題である。などと企画室(トイレ)で地図などを開きつつ考え込んでいたのだが、考えることはみな一緒……というワケのようだ。

  しかし、ミャンマー縦断やモンゴルでのくだりをはじめ、全体に「でもやるんだよっ!」の気概を覚えつつ面白く読めたものの、「横断」と比べるとだいぶ薄味に感じられた。ひとつには、著者お得意の(?)「国境越え」が中盤以降になかったこともあるのだろう。あくまで個人的な直感ではあるけれど、「茶」がひとつのキーワードとされたのはどうだったのかという気がしないでもない。それと、前掲書(横断)で著者が語っていた「モンゴルからロシア領内に入ったとたんに、ヨーロッパに足を踏み入れたような気になる」という思いを、読者であるオレもまた、本書を通じて共有せざるをえなかったこともありそうだ。それはそれとしても、ミャンマーのボロ汽車(褒め言葉)にはグっときてしまうのだが……。

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  そのミャンマー含みの話ではあるが、「でもやるんだよっ!」という観点からすれば、この『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』(下川裕治・双葉文庫)こそがケッサク中のケッサクといえるのではないだろうか。

  タイとマレーシアについてはオレもまた全線走破も視野に入れつつボチボチと汽車旅に繰り出している。ところが、仕事ということになるとこの2カ国の鉄道ではインパクトや需要に欠けるということなのだろうか、某社編集長のMさんより以下のアドバイスをいただいた。
「ミャンマーの鉄道なら書籍の企画として通りやすそうなのですが……」
  もとより、一度ぐらいは乗ってみたいと思っているミャンマーの鉄道である。そうとくればタイとマレーシアの完乗を後回しにしてでもミャンマーに繰り出すかと思ったのだが、やや特殊な国情もあって、“取材”となると慎重にならざるをえない。そんななか、あの「バックパッカーの御大」がミャンマーの汽車を乗り回っているということがわかったのであった。

  なにがしかの参考にもなるだろう。そんなことも思いつつ本書を読みふけった。面白かったし、参考にもなった。とりわけ、想像していた以上にあの国の鉄道が“難敵”だということがわかったという点においてだ。
  まずおののいたのは2等車の座席。座面がまんまダニの巣窟と化していたというのである。これはおそろしい。そんな鉄道だから、ほかの車両や路盤などばボロンボロンなのは容易に想像できるというものだが、それはそれで憧れてしまう。なかには車内に灯ひとつない列車もあったようで、そいつには是が非とも乗ってみたいもんだとウズウズしてしまうのであった。が〜……。

  いざ乗ろうと思うと、いくつものハードルが立ちはだかったことが窺える。まずもって現地でさえ運行ダイヤがわからない。もちろん市販の「時刻表」なんていう気の利いたシロモノがあろうハズもない。ひとに訊けばそれぞれ違う答が返ってくるし、そうしてやっとこさ判明したのは早朝3時だの4時だのに発車する1本きりという現実だったりする。
  そしてコレこそが肝心なのだが、著者が目指していた(いる?)のは全線の完乗である。ところが、いざ現地を訪れると運休していたり、運休ないし廃止されたと思い込んでいるといつの間にか運行が再開されていたりもするのだからイカしているではないか。曰く……、

>廃止区間の全容がなかなかわからないというのに、その一方で新しい路線もできている。

  というワケだ。つづけて、著者はこんなたとえでそのザマを語っている。

>永遠に数えられないもの、という話を思い出していた。
「巨木の葉の数である。一枚、一枚数えていくうちに、枯葉になって落ち、そのうちに新しい葉がうまれる。永遠にその数を数えることができない」
  インドで生まれた話だった気がする。ミャンマーの列車の路線は、永遠に数えることができないのかもしれない。(第2章)

  う〜〜〜む……。しかし待てよ。コレに似た話がどこかになかったか?  思案することしばし、「あっ(笑)!」と思い出したのがあの「しおさいの里」である。
「しおさいの里」とは、一時テレビのワイドショウなんかのネタにされたらしい(そのテのテレビ番組はさっぱり見ないのでわからないが)し、冒頭のカバー画像の本(『電氣菩薩《上巻》豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)などで特殊漫画家・根本敬がなんどかリポートしているのでご存知の方も少なくないであろう。

  ごく簡単にいえば、棄て犬や野良犬を保護してきては自力でその面倒をみていた“イイ顔”のオヤジHさん(故人)が営んでいた大事業の話。善意ではあったのだろうけれど、いかんせんシロウトである。なけなしのカネと手間をかけて避妊手術もしていたそうだが、1、2頭に避妊手術を受させるその脇で別の数頭が交尾していたりするんだから出口など見えるハズもないのであった。

「ぁあ、ミャンマーの鉄道というのは(ボロボロの汽車にダニが涌いていたりするのを含め)こういうものなのだなァ……」
  と感心させられたのであった。

  ちなみに、今回のキーワードである「でもやるんだよっ!」はそのHさんが語ったセリフなのだが、それを指して根本敬曰くの「無限の大事業」は「しおさいの里」だけでなく国家レベルでミャンマーにもあるということのようだ。おかげでますますソソられてしまったのであるがо(^ヮ^)о

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  まぁ、こんなんだって「でもやるんだよっ!」なんだろうねぇ。というのが、本書『格安エアラインで世界一周』(下川裕治・新潮文庫)である。
  内容はそのまんま。LCCにこだわって北半球をひとめぐりしたというその旅行記だ。ちょっと航空に詳しい方なら「あれ?」と気づくかもしれないが、LCCの運航がない北米〜日本間はやむを得ずフルサービスキャリア(FSC)のシンガポール航空を使っているし、著者自身も指摘しているように区分けのあやふやなエアラインが行程に含まれている。
  それはともかく、関西国際空港を起点にフィリピン〜マレーシア、シンガポール〜インド〜シャルジャ〜エジプト〜ギリシャ〜イングランド〜アイルランド〜アメリカ合州国〜東京と回っての飛行機代が21万9228円。この原稿を書きながらほぼ同じルートによるスターアライアンスの世界一周運賃を調べてみたところ総額で49万7561円(航空券:35万8900円+燃油サーチャージほか13万6561円+手数料2100円)なので、FSCオンリーの半額以下になる計算だ(とはいえ、機内での飲食代や飛行場の移動などLCCならではの諸経費がほかにこまごまかかっている)。

  だが、同じ「格安」(あるいは激安)旅行でも、陸路をゆくバス旅や汽車旅のようにはソソられないなァ……と思った。
  かねてから思っていることだけれど、汽車はボロかったり極端に古かったりするのもまた楽しみ。とりわけ旅先での「どん行」はそうである。それゆえに、タイのどん行旅などを楽しんでいるのだが、一方で寝台車と客船、旅客機は上等なのがええなぁ……というのも本音にはある。極端にいえば、旅客機のファーストクラスでどこぞの外国にでも繰り出し、そこでボロボロのどん行列車に乗る。そんな旅だってアリだと思っているのである。

  一方、LCCはどうだろう。本書でも狭い座席や退屈すぎる道中がボヤかれているけれど、そういった点を含め、1〜2時間程度のフライトならともかく、使うとしても値段だけで判断したくないという気がする。サービスやアコモデーションは会社や機体によってもだいぶ異なるようだが、「バス感覚で飛行機を使いたいとき」と「旅立ちの足として飛行機を使いたいとき」など、利用する側それぞれの場面というものは無視できないであろう。運賃が安いのはたしかに魅力だが、利用するエアラインを選ぶにあたり、それと同等に重要なことがらがほかにあるのではないかと思うのである。

  くわえて、本書でも語られているように、LCCだからといって、必ずしも運賃に割安感があるワケでもない。たとえば、本書の旅では関西→マニラ間でLCCのセブパシフィック航空を利用、運賃は2万4286円である。LCCの場合、割安に片道購入がしやすいという利点はあるが、仮にこの運賃で往復したとすれば4万8572円。試みに「スカイスキャナー」でひと月先ぐらいの運賃相場をチェックしてみたところ、セブパシフィック航空が4万7167円、FSCのフィリピン航空で4万5890円という数字が出てきた(ともに最安値)。いうまでもなく、フィリピン航空の運賃は機内飲食代込みで通常の旅行程度であれば荷物代加算の心配はない。
  もちろん、キャンペーン運賃など激安で利用できるケースもあるとは思うけれど、必ずしもおトクとは言い切れないのがLCCなのではないだろうか(しかし、FSCでもバーゲン的な運賃が売り出されることもある。ゆえに一般に使われている「格安航空会社」という呼び方は個人的には一切しない主義)。
  ただし、欧米などでの利用価値は高いようだ。また、急な航空利用では心強い見方となるハズだし(当日購入でも比較的安価)、行程によっては有力な選択肢だろうとは思うのだが……。

  話を本書に戻すと、旅のトリを迎えたロサンゼルス(ロングビーチ)を舞台に、ちょっと興味を覚える記述がある。

>ビールを買った。キャッシャーがいるボックスは鉄格子に囲まれていた。(中略)フィリピンのアンヘラスを思い出した。今回の旅で、はじめて泊まった街だった。その街の雑貨屋も、鉄格子で囲まれていた。LCCで世界をまわり、再び大平洋を眺める街まできたが、大平洋を挟んだふたつの土地は、鉄格子に頼らなければ、店を開けることもできなかった。アメリカとフィリピン……。(第6章)

  くわえてオレは思った。裁判も経ずに官憲から銃殺されかねないというのもこのふたつの国の共通項ではないか……と(ついでにいえば──著者は言及してないが──フィリピンのアンヘラス〈アンヘレス〉とロサンゼルスはどちらも「Angels」、すなわち「天使」。旅の出入口がともに同意のスペイン語由来地名を持つ街だっというのも、偶然だが面白い)。

  それにして、も。そこに本を書くという目的はあったにせよ(もちろんこうして読者もいるのだから価値は高い)、著者ともども3人の旅人はいったいぜんたいなにがしたかったのかと素直に思った(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)。それもまた旅の楽しさのようにも思うワケだが、やはり根底には「でもやるんだよっ!」のひとことがあったような気がしてならない。ふとした思いつきに対し、己の「星」にしたがって「ケリ」をつける。それはとても大切なことのように思うのだが、どうだろうか?

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  今回の共通テーマからはちょっと外れるが、一連の下川本随一の良著として推したいのが本書『日本を降りる若者たち』(下川裕治・講談社現代新書)だ。画像の「オビ」にもあるとおり、外国に自らの居場所を見い出してしまったひとびとを追ったリポートで、その暮らしぶりや背景を静かにあぶり出した1冊である。
  なぜかと訊かれてもうまく答えられないのだが、ちょっとばかりゾっとした。その一方である種のもどかしさを覚えたりもする。いろいろな視点で考えさせられる本だと思った。正直、なかには「大丈夫か、コイツ?」と思わせる人物についても(本書に限らず)語られているが、その多くを“脳天気”と単純化することはできなかった。

>『日本を降りる若者たち』という本をめぐり、多くの取材を受けた。新聞や雑誌にも書評が載った。その多くが、「この若者たちはこれからどうなるのか」という外こもり批判に傾いていた。働かない若者への戒めの言葉が踊っていた。その背後には、「働きもせずにふらふらと生きる脳天気な若者」という認識が潜んでいた。(前掲書『格安エアラインで世界一周』第4章)

  じつは、この一文が呼び水となって本書を手にしたのだが、実際に読んでみると、オレにはむしろそれら「書評」の書き手の“能天気”ぶりががうやらましく思えてしまったものだ(肝心の「書評」そのものを読めば異なった感想を持つかもしれないが)。たしかに「外こもり」とされるひとびと(若者とは限らない)から、世間の“常識的”な枠と相いれづらいと思わせる一面を窺わせることがある。だが、「働きもせずにふらふらと生きる脳天気な若者」などとあっさり型にはめていいのだろうかという気がしてならない。

>南北格差は、地球規模の経済問題になって久しいが、いま北に広まりつつある格差社会についていけない人々が、南の国々に救われていくという構図が生まれているような気がする。厳しく不寛容な色合いを強める北側の社会のなかで(以下略)

  著者が「おわりに」で記したこのくだりを、自らと完全に切り離すことができると言い切れるひとは、はたしてどれほどいるのだろうか……。

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  おまけо(^ヮ^)о
  知るひとぞ知るというか、ある意味で“都市伝説”と化しているかもしれない「GON!」(ミオリオン出版)。当時、コンビニかどこかで偶然にコレの創刊号に遭遇、そしたら、当時の上司I氏があるときこんなひとことを……。
「そういえば、お前が好きそうな雑誌をみかけたぞ」
「……ひょっとしてコレではありませんか?」
「そうそう、コレコレ。なんだ、もう買ってたのか(笑)!」
  などと尊敬する上司(思えば上司や先輩などに恵まれていた会社員時代であった)をウレシがらせてしまったものだ。

  内容は表紙をみればだいたい想像がつくことでありましょう。当時は単に大笑いしていたにすぎないけれど、まがりなりにも出版界の片隅に棲息するようになってみると、よくもまぁこんなに大変な雑誌を毎月出していたものだと真剣に感心させられてしまう。おそらく編集部は完全な「タコ部屋状態」だったのではないかと想像するが、本格的な気力勝負でもあったろうねぇ……と思うのだ。言い換えると、コレもまた「でもやるんだよっ!」なのである。

  ところで、左側に「合法ドラッグ」がどうしたのという見出しがある。いうまでもなく近年になって「危険ドラッグ」と言い換えられたアヤシイ薬物のことで、当時はかなり野放しに近い状態であったようだ。個人的にはそのテの薬物にはさっぱり興味はないのだが、当時からこれは「合法」なんじゃなくて単なる「脱法」だろうと思っていた。言葉が違うだろうと。転じて、いまになって思えばその「脱法」。まさにわが国のさまざまなザマにふさわしい言葉とはいえまいかと思う。あのケーセッキアベ(개새끼아베。アベキンペーでも可)の政治手法しかりetc.……。つまりは、わが国にはこんな「合法ドラッグ」云々なんてなシロモノがはびこるにふさわしい土壌があり、いまなおそれは変わっていないということなのかもしれない(「法の隙間」というのはよしにつけあしきにつけあるものだが、「寛容」と「脱法」とはまったくの別問題だと考える)。

  ……という次第で、じつはほかにも何冊か表紙カバーをスキャンしておいたのだけれど、長くなりすぎてしまったので、つづきはまたの機会にしとうごぢいます(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2018.09.13

ボルネオのネコ、シアワセ・・・の巻

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  話戻りますけど(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ボルネオからの帰国の直前、宿の前では地元のおとっつぁんが頬を緩めつつネコとたわむれるо(^ヮ^)о

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  市場でスヤスヤ。白黒オールカラー。

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  テノムの食堂に現われた白黒オールカラー。

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  ところで、このブログのマレーシア編は「にゃーにゃーマレー」と題したカテゴリにしてある。なぜかというと、昨年7月に訪れたコタバルがネコの街といっていいぐらいネコだらけだったことがひとつ。さらに出会うネコというネコがみんなシアワセに見えたからなのであった。たぶん、ネコをいじめるひとがあまりいないのだろうなぁと思ったものだが、市場に赴いてみれば、いかつい顔をしたイスラム商人のおとっつぁんが、目尻を下げつつ店棚で寝そべるネコを撫でていたものだった。

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  それはここコタキナバルというか今回訪れたボルネオ島のいくつかの町でも同様で、ネコがみな一様に穏やかなのである。
  マレーシアはムスリムの多い国である。そこでふと思ったのが、イスラム教とネコの関係やいかに……ということであった。ひょっとするとネコを大切にすべしといった教えがかの宗教にはあるのではないかと想像してみたのである。

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  帰宅してから、まずはネットでその手がかりを探してみた。すると、イスラム教とネコについて触れたサイトやブログが山ほど出てきたので驚くほかはなかった。
  たとえば、Wikipediaにはそのものズバリ「イスラームとネコ」という項目があって、その冒頭にはつぎのように記してある。
>ネコはイスラム教において敬愛されている動物である。預言者ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフに愛されていたことに加えてその清潔さから、ネコはムスリムにとっての「真のペット」とみなされている。

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  さらに、たとえばこのネコやウチの子ちゃんの額にある縞模様は、なんとムハンマドの指が触れた痕だというのである。どうやら、ネコというのは神聖なる伴侶と捉えても差し支えがないようにお見受けする。
  う〜〜む……。異教徒ではあるけれど、そう言われてみれば、ウチの子ちゃんがなにやら神々しくすら感じられてくるではないか。

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  ほんのわずかに瞥見した体験にすぎず、Wiki上の解説にしてもそれぞれ原典資料にあたったワケでもないので断言は控えるけれど、マレーシアで感じたネコのシアワセとイスラム教とが深い関係にある可能性は高いのかもしれない。

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  ノミ・ダニに冒された子も。こういうコに遭遇するたびに、ネコ用のそのテの薬剤を十分に寄付したいなどと思うのだが、金銭面はもとより、手続き上の問題も多々ありそうだ。

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  それで思ったのは、少なくともオレ自身がイスラム教についてほとんどなんら知識や経験がないということである。しかしそこに現われた「ネコが好き」という共通項。にわかに興味がわくその切っ掛けとなってしまうのも致し方のないことであろう。

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  マレーシアに限らず、イスラム圏の国々では、やはりネコが大切にされている傾向は強いらしい。

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  しからばそうした国々を訪れてみたいと思うのは自然の成りゆきではあるけれど、なかには訪れるにあたってのハードルが高い国も多々あるようなのが悩ましい。

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  宗教に基づく習慣や常識もそうだし、戒律の問題だってある。幸いにして(?)しばらくは酒を飲まずともいられるクチなので、その点だけは問題ないけれど(笑)、いかにネコ好きという共通項があろうとも、土足で踏み込むのは失礼にあたる。まずは、訪問しやすいマレーシアなどでひとびとと触れあいつつ、足を延ばしてゆくことになるのだろうか。ぁあ、んな一文にもならないことにウツツを抜かしていられるほど生活に余裕がないというのが最大の問題ではあった……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ちなみに“専門科目”と自称している大韓は、ネコにとっては暮らしやすい国(文化)ではないようだ。残念ながら、それはかの国を歩いていてときおり感じる。とはいえ、最近はネコ好きも増えているようで、テレビの動物モノ番組なんかでもよく見かけるし、徐々に変化しているのかもしれないが……。

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  ぁあ、気がつけば写真がネコじゃなくなってしまいMASITAね。

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  この写真、単なる魚だと思うでしょう?  でも、40度近いと思われる炎天下のなか、この水深。よくもまぁ煮魚にならないもんだと思いませんか???

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  現場はこんなところ。帰り道にチェックしたら姿がなかったので、だれかに食われたか避難したのでありましょう。

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  ふと側溝に目をやったら、オオトカゲ(?)が驚いて一目散。図体はでかいクセに臆病なのはウチの子ちゃんと一緒。先日、写真家の米山真人さん(以下、ヨネちゃん)が遊びに来た。ヨネちゃんもネコ好きである。そこで、「でかいぞ〜。驚くぞ〜」とほくそ笑みつつ抱いてヨネちゃんの前に連れていったら、よほど恐かったのであろう、思いきりションベンをちびられてしまい、着ていたシャツとズボンを取り替えるハメになってしまった。ホント、人見知りが激しいのである。図体はでかいのに。

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  オオトカゲの子どもか、はたまたこういうサイズのトカゲか。熱帯の生き物を眺めるのは楽しい。いまだコブラの類には遭遇していないが……。

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  という次第のボルネオ散歩でありMASITA。

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2018.09.07

小さな鉄道の愉しみ・・・の巻

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  廃虚見物(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  コイツを見て「あっ!」と気づいたひとは鉄道愛好家である可能性大?

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  現場はこちら。大井川鐵道井川線で一部愛好家に親しまれている尾盛駅。久々に訪れてみれば、たぶんほとんど往時のママ。浮き世を忘れさせるかのような静かなひとときが楽しめた。

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  ボルネオ散歩話の途中ではごぢいますが〜、本日発売の雑誌「一個人10月号」(KKベストセラーズ)の特集「鉄道って、おもしろい」の一部を担当、どこかボルネオ島の鉄道に通ずるような味わい深い取材となったので、宣伝を兼ねつつその模様をアップすることにしましたо(^ヮ^)о
  担当したのは特集中の「こんな『鉄旅』してみたい」の鉄道の旅ルポ。気がつけば長いおつきあいをさせていただいている写真家・佐々倉実さんとの撮乗テツ旅となりました。セヒセヒ、お手にとっていただければ幸いですm(__)m

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  大井川鐵道といえば蒸機機関車。夏休みということもあってか、この日は全便が満席のようであった。

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  取材のターゲットはこちら。千頭〜井川間を結ぶ井川線である。ご覧のとおり小さな客車なので、毎度のことナローゲージと錯覚してしまうのだが、軌間(ゲージ=レール幅)はJRの在来線などと同じ1067ミリ。見方を変えれば安定感が高いともいえるのではないだろうか。

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  ありがたいことに冷房とは無縁で窓は全開。天気もいいし気分爽快な汽車旅である。う〜〜ん……、非冷房列車同好会でもつくろうかな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

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  井川線名物のひとつがアプトいちしろ〜長島ダム間にあるアプト式区間。90パーミルという急勾配をラックレールをつかって克服する山岳鉄道ならではの見せ場だ。

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  レールとレールとの間にあるのがラックレール。

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  取材重点ポイントのひとつ奥大井湖上駅。別段、「けむり」は出ていませんが……。

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  にわか“撮りテツ”と化す。あれこれ写真についてのお話をうかがうのも写真家同行取材の楽しみではある。かといってああは撮れないではありますが……。

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  撮影名所中の名所、関の沢橋梁。タテ位置で、わずかに覗く関ノ沢川の川面を取り込み、70.8メートルという高さ(鉄道橋では日本一)を表現したいところではあったけれど、真夏という季節ゆえの(?)もどかしい結果に。佐々倉さんは大型三脚と脚立を設置してさらなる高みからシュートしていた。

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  アプト式区間の雄姿。タマにはこういう“撮りテツ”もどきを演ずるのも楽しいし、なにかと獲られることもあります。

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  場所は変わって、こちらは四日市あすなろう鉄道。軌間762ミリのナローゲージ路線。ようは、わずか4路線という現役ナロー路線のうち黒部峡谷鉄道を除く2社3路線を紹介するというのが今回の特集のひとつなのでありMASITA。

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  街中を往く短距離路線ではあるけれど、クロスシートはやはりうれしい。

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  日永駅で内部線と八王子線とが接続。ともに四日市駅直通だが、この駅で両線の接続する便利なダイヤとなっている。小ぢんまりとしたロケーションも好もしく、乗って楽しい鉄道であった。今回は駆け足取材となってしまったが、いずれのんびりと乗り降りを楽しんでみたいものだ。

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  一方、こちらは三岐鉄道北勢線。四日市あすなろう鉄道と同様に近鉄を前身とする軌間762ミリのナローゲージ路線である。

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  上の緑色の編成はクロスシートありの非冷房車だけれど、所属1編成のみの虎の子列車(中間車が連接式になっている点などもマニアゴコロをくすぐる?)。通常は冷房つきのロングシート車(編成)だけれど、ふだん乗り馴れた車体と比べ明らかに小ぶりで、観察しているとあれこれ興味を惹くところが多い。「一個人」の記事にも記したとおり、ロングシートの左右座面先端の間隔はわずか90センチ。それゆえ生ずる運用上での悩みもあるようだ。

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  撮影名所・メガネ橋。編成内で車体長が異なるのもユニーク。

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  こちらは虎の子編成。開業100周年を記念して開業当時の車体色を再現している。こちらも同じく車体長が異なる車両で編成が組まれている。

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  終点の阿下喜駅に隣接する「軽便鉄道博物館」を運営するボランティアグループのみなさん。貴重なお話を伺うことができました。あらためまして御礼申し上げます。

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  おまけ。事情を知らないと「(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?」でしょうねぇ(笑)。
  ……というちょっとユニークな鉄道トリップでありMASITAо(^ヮ^)о

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2018.09.01

ちょっとオマケな話(ボルネオ編)・・・の巻

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  ちゅ〜ちゃくむじ(주차금지)@コタキナバル。

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  テノムの街角にて。なんなんでしょうね。解読されたし(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  わが国の“民主主義人民共和党”とは無関係のようだが……。そりゃそれとして、沙巴で「サバ」なんですねぇ。「シャバ」ではなくて。

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  まっ、こんなふうではあります。

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  タンジュンアル海岸に向かうさなか現われた「大長今韓食専門店」としゅぽ。

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  こちらにもハングル文字。
「日本人ですか?  コンニチハ^^」という風情で、そこここで笑顔に出会ったボルネオ散歩ではあったけれど、そのわりには日本語の看板ってあったかなぁ……と思わないでもない。飛行機にしても、日本とを結ぶ直行便は毎日運行ではなく、オレにしても仁川経由にしたりしたワケだが……。

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  おっと「TOITOI」(下世話に欧州の巻参照)。

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  側溝でみかけたナゾの物体(なにかのタマゴのようだ)。

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  コイツを喰らうには100年ぶんぐらいの度胸が必要とみた。

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  コタキナバル国際空港。こういう小ぢんまりとした飛行場もいいものだ。

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  タクシーのクーポンカウンター。

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  殺意を覚えるほど“空港価格”のコンビニ。

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  到着階と出発階が一緒で、到着早々迷っているひとも多いようだった。

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  深夜の地方空港だけれど、便数はかなりのもの。さきほど日本便の少なさを歎いてみたが、大韓便はココに出ているだけでも到着5便、出発5便(仁川&釜山)。今回乗った便(RS511/512便・エアバスA321)は往復ともにほぼ満席のようであった。

Lunch7176

  かつては仁川〜コタキナバル間は(個人的に大韓散歩で愛用している)アシアナ便が運航されていたが、気がついてみれば子会社のLCC・エアソウルに移管されてしまっている。全行程をOZ(アシアナ)便とし乗り継ぎの航空券が利用できるものの、LCC含みだというのにその運賃が割高なのはどうしたことだろう。今回8万円以上した航空券(エコノミー正規割引)も、全行程がアシアナ航空のオペレーションであれば5〜6万円台で購入できたハズ。ところが、この値段。
  では別々の航空券として購入したらどうだったろうか?
  調べてみると、仁川を境に別々に購入したとしてもほとんど変わらないレベルだったのである。つまり、エアソウルはLCCでありながら(キャンペーンの類に遭遇すればともかく?)案外運賃が安くないのを、アシアナ航空の複数スタッフも認めざるをえないというありさまなのだからいかんともしがたい(ついでにいえば、預け荷物の優先タグの扱いが十分に機能していないのが気にかかった)。

  こういう例は国や航空会社を問わずだいぶ増えてきたが、LCCという新しいスタイルのビジネスで売り上げと利益を上げるというよりは、分社化およびそれに関連する再雇用などによる人件費削減こそが親会社にとって本当の狙いというのも多いのではないかと勘ぐりたくもなってくる。こうした業界の流れについて、いずれなんらかの形でまとめなければと考えている。

  などと疑問というか不満も浮かんだのだが、仁川〜成田間でビジネスクラスもてなしてくれたりするものだから、素直にうれしいのでありMASITAо(^ヮ^)о

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  そんな道中。ソウル市街の展望。

Gangwondo7174

  江陵付近。ひょっとすると北朝鮮側も視界に入っているのかもしれない。

Narita7179

  成田着陸近し。
  つづくのだо(^ヮ^)о

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2018.08.26

コタキナバルでのんびり散歩・・・の巻

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  タンジュンアル界隈からコタキナバル繁華街を目指しトボトボ。
「しかし、こりゃぁどうやって渡れっていうんでしょうねぇ???」
「ワニが群れる大河を渡れというがごとしですねぇ……」
  とかなんとか、北ボルネオ鉄道で知り合ったMさんとともに立ち往生を喰らいMASITA……という場面。

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  モスクを見物。

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  内部をじっくりと拝見するのははじめて。本当に偶像の類がないのだななどといまさらながらに思ったものだが、不思議と居心地のいい空間であった。
「アザーン」というのだろうか、礼拝のときを前に浪々とした男声が響き渡る。美しいと思った。音楽とは異なるということなので、あくまで個人的な主観においてではあるが、平均律とは異なる凛とした音階が聞き取れたと感じた。フレーズの冒頭に現われる4分の1音(?)のなでるような上昇。平均律でいうファ、ラ、ソ、ミ……の声が澄み切った“終止”を耳に訴えてくる。どこか懐かしい印象とともに、ときを忘れさせるような“美”に心が惹かれずにいられなかった。

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  水上集落。

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  子どもたちはたくましい。

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  生活用水やらトイレはどうなっているのだろう、蚊に悩まされそうだ……などとつい下世話なことを想像してしまう俗なオレであった。

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  タクシーのなかからパチリ。海辺にも水上集落がある。

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  コタキナバル国際空港と市街地とはそう離れていないため、街散歩をしながらヒコーキ見物も楽しめる。

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  夕日の名所として知られるタンジュンアル海岸のすぐ隣に滑走路。ちょっと工夫すれば(なんのだ?)あのシントマールテン(セントマーチン)島のプリンセスジュリアナ国際空港みたいになるのではアルマジロ?

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  ちょっと一服о(^ヮ^)о

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  フラリと入った食堂のみなさん。最初はシャイな感じだけど、すぐに打ち解けてたのしいひとときとなった。

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  食堂のおとっつぁん。また食べに寄りますо(^ヮ^)о

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  泊まったのはこんなところ。いわゆるゲストハウスで、目立つ看板の類がない。深夜に着いた飛行場のクーポンタクシーカウンターで宿名を告げると、すぐにクーポンを切ってくれたものの、タクシーの運転手は宿を探すのにちょっと往生させられていた。最後はメールで到着便などを知らせておいた宿オーナーの御子息が建物の前でこちらをみつけてくれたのだが、テキトーに「このへんだよ」などと降ろされることはなく、きちんと捜しまわってくれた。三島孝司のような(といってもなんだかわからないと思いますが・笑)のようなタクシードライバーであった。

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  部屋はシンプルだが十分に快適。帰路が深夜便となるうえ、搭乗前に無料で使えるラウンジがないため、1泊多く確保し、飛行場に向かう前にシャワーをあびるなど行程に余裕を持たせておいた(22時半すぎにチェックアウト。タクシーを呼んでもらおうとしたら、宿のオーナーがクルマで送ってくれた)。

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  宿の1階は食堂。朝食(中華饅頭&マレーふうコピ)つきもありがたい。

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  帰国前の晩餐。スープは「小さいのを!」と念押ししたけれど、ほとんどラーメンの丼状態で半分ほどは残すほかはなし……。

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  タンジュンアル海岸で夕日見物。なんとも単純アルネ。

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  ぜひとも再訪したいボルネオでありコタキナバルでありMASITAо(^ヮ^)о
  つづくアルネ。

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2018.08.20

ジャングル鉄路が歓喜を乗せて(後編)・・・の巻

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  前回のつづき……サバ州立鉄道その2о(^ヮ^)о
  川岸に覗く青い小屋。いましがた停まった“駅”でごぢいます。
  ぁあ、このテの駅(とはいえ駅扱いされているかどうかは……?)で降りて散策なり汽車の撮影を楽しむなりするのも悪くないなといま気づいたが、哀れワニのフンと化すなんてことはありはしまいか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)?

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  そんな停車場のひとつ。しかしココで降りてどうすればいいというのだろう???

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  親切にしてくれたおとっつぁん。このヒトもまた、駅とも停留所ともつかないインディーズ系停車場で列車を後にした。ホームなんてシャレたものはないので、乗り降りにもひと苦労。停まった広場には人家が1軒。ココの住人なのかもしれない。……泊まってみたいо(^ヮ^)о

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  事情を知らないヒトが見れば廃線とカン違いするかもしれない。だけどここは熱帯の島。ホントに廃線なのであれば、こんなにキレイな路盤でいられるハズもないだろう。

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  こちらは正真正銘の駅。西洋人の集団が乗り込んできて、車内に活気が……と思いきや、「この世の終わり」を感じMASITAね、オレは。

  ふと、2〜3列前(後ろ向きに座っていたので、正しくは2〜3列後)に陣取った西洋人カップルの後ろ姿に目が止まった。通路側に座っている男の手にスマートフォン。映画だかドラマだかががあのチマチマとした画面に映り、男はそれに見入っている。窓側の女もまたスマホ。こちらの手元は見えない(男のほうにせよ女のほうにせよ、別段なにをやっていようが興味なんてものはこれっぽっちもないが)が、隣の相棒と似たようなザマであろうことは容易に想像できる。大きなお世話を承知で感想を記すのであれば、
「バカか、コイツら?」
  と思わざるをえなかった。乗り込んできたほかの西洋人観光客も似たようなものだ。会話なんかちっともありはしない。カップルの間でさえこうなのだ。彼らがなにをしにきて、ほかの時間になにをやっているのかはわからないしどうでもいい。しかし、この素晴らしくもイカした汽車に揺られながら、彼らは仲間とも、あるいは車窓や汽車とも旅とも、なんらコミュニケーションと取ろうとしていなかったのである(このテの西洋人グループには、タイの汽車のなかでも何度か遭遇した)。

  以前、中国雲南省の羅平から昆明まで、長距離列車の「硬臥」に乗ったことがある。「硬臥」は日本でいえば「B寝台」みたいな設備だが、このときは昼間の乗車だったので座席車を利用するのと大差はなかった。近くに大学生ぐらいの男が4人。どうやら友人だかクラスメイトだからしい。しかし、彼らの間に会話らしい会話はほとんどなく、おのおのがただ黙々とスマホ画面とのにらめっこに興じていた。おそらく、大方の日本人が「中国人=うるさい」という偏見を抱いているのではないかと想像するけれど、そこにあるのは病んだ沈黙だけであった。あえていえば「そんな中国人が……」しかも「グループで?」と驚かされたのである。

  もとより「うるさい」のは中国人の専売特許ではないだろう。列車内でお祭り騒ぎを演じているドイツ人グループと乗り合わせたこともあったし、別の列車内ではフランス語の大騒音に遭ったこともある。日本語や大韓語、もちろん英語だっていわずもがな。ところがこんなザマに遭遇してしまったのだ。


  大丈夫か、現代人?


  自分自身のザマをさておき、オレはしみじみそう思った。

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  このうえない車窓とロケーション。至福のひととき……。

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  じつはこの車両、運転席のィ横にふたりぶんの座席がある。いうまでもなく特等席だ。ところが、そうと気がついたときにはすでに先客がいたし、その先客がいつの間にか姿を消したのがわかってからも、なんとなく気恥ずかしくて席を移すのをためらっていた。そしたら、運転士が「こちらにどうぞ」と招いてくれるではないか。そうなれば素直に受けるのがスジというもので、たっぷりと前面展望を楽しませていただいたのでありMASITAо(^ヮ^)о

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  途中のハロギラッ(Halogilat)で車両交換。

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  乗ってきた気動車の先にとってもステキな客車と機関車がお待ちかね。

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「そうそう!  こういう汽車にこそ乗りたかったのだ!」
  小躍りするとはこういう心境をさします。が〜……。

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  よくよくみれば、その先にこれまで乗ってきたのと同じタイプの単行気動車が客を待っていた。8802と8803。ご丁寧に連番である。

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  車両はほとんど変わらないけれど、路盤は変わった。ココまでの不可思議な乗り心地は影を潜め、ごくごくありふれた乗り心地になってしまったのである。速度も明らかに上がっている。大幅に路盤の再整備をしたのであろうと思ったが、同時に気が抜けてしまったのか、気がついたら終点のボーフォート(Beaufort)駅構内に差しかかっていた。15時45分、定刻着。

  それはともかく、こうしてあらためて見てみれば、コレはコレで味わいのある車両である。

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  ボーフォート駅。右のホームの車両が気になる。

  以前はここから「First Class」(定員60人)と銘打たれた列車が毎日運行されていたようだ。その当時の時刻表によれば、乗ってきたスジでは乗り継げないものの、休日に限って乗り継げるダイヤになっていたらしい(時刻表で端折られていただけで平日でも乗り継げた可能性はある)。
・テノム12:30(508列車/休日運転)14:55ボーフォート15:30(First Class:504/508列車)17:10タンジュンアル
(平日はテノム13:00<504列車>15:45となり、15時30分発の「First Class」には接続していなかったことが見てとれる。)

  かつて、日本の名古屋鉄道や会津鉄道から“特急車両”が譲渡されたという話があるけれど、バンコクの友人Iさんによれば、この「First Class」でそのテの車両が使われていたという。車両はともかくコイツが走っていて、かつ乗り継げるダイヤになっていたら……と残念でならない。

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  まだハロギラッゆき(16時30分発)とスンブラン発の列車到着(19時34分着)がある。この待人たちの大半はハロギラッゆきに乗り込んだ。
  右手にしゅぽというかキヨスク系売店。ほとんど同じようなのがなぜか2軒並んでいる。片方はハロギラッゆきが発車するや閉店。もう片方も17時ごろに片づけられてしまった。改札口前に駅員がいるけれど、店と彼らとの間になんら挨拶が交わされたワケでもないのはそいうものだということだろうか。あっさりとした日常のひとコマ。

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  ちょっとだけ散歩。暑いだけで、とりたててなにが目を引くワケでもない駅界隈であった。

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  タンジュンアルゆき最終バスは18時すぎにやってきた。空席は十分にあった。途中、ボーフォートゆき最終列車(といっても一番列車と最終列車しか走っていないのだが)と遭遇。珍しく窓が汚れていたのが残念(コレだから冷房車はイヤなのだ・笑)。

  宿はタンジュンアルにある(駅とは徒歩30分ちょい離れているが)。バスがタンジュンアル駅前を通ることは想像がついていたので、乗り込むさいに降りられないか訊ねてみた。すると無情にもコタキナバルですねという返答。しかしそこで諦めてはならない。タマタマ駅とコタキナバル空港との中間ぐらいで停車し、おとっつぁんがひとり降りていったので、すかさずタンンジュンアル界隈のどこでもいいから降ろしてくれとアピール。ありがたいことに宿に向かう道路との交差点で信号待ち(通常なら信号を避け高架橋でスルーしたハズだから、こちらの希望を考慮しつつ停められる場所を探していたのかもしれない)があったので、そこで降ろしてもらった。時間とタクシー代が節約できた。

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  日程はもう1日ある。さすれば、タンジュンアルを7時45分に出るボーフォートゆきに乗り、折り返し11時01分発の上り最終列車に乗れば13時23分のスンブランに着き、目出たくも完乗を果たすことができる。
  迷いに迷ったが、そうはしなかった。つまり、あえてスンブラン〜タンジュンアル間とパパール〜ボーフォート間を乗り残したのであった。

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  ひとつにはせめて列車の走行写真のひとつでも撮っておきたいと思ったがゆえ(もちろん“仕事”を考えてのことだが)。いまひとつは、きっとボルネオ再訪をするに違いないと確信したからである。

  それにしても、ひさびさに大満足できたサバ州立鉄道であった。こういうのに乗りたかったのである。ミャンマーだのアフリカ諸国にでも行けば、さらなるつわものが待ち受けているに違いないけれど、まずはイイ汽車に乗れた。それで十分であるо(^ヮ^)о

  ところで、かように楽しかったサバ州立鉄道の運賃は2.75リンギ(80円弱。テノム〜ボーフォート間の2時間45分)。で、飛行機代が8万1660円、宿代が4泊で370リンギ(1万円ちょい)、昨日乗った「北ボルネオ鉄道」が358.50リンギ(9978円=クレジットカード決済金額)、ほかもろもろで11万円ほどかかった計算だが、その“主菜中の主菜”たるサバ州立鉄道運賃が全体に占める割合ときたら0.1%にも満たないのだからなにをかいわんや。こちらとしては“ペイ”するための努力をしなければならないのではあるけれど……。
  つづく。

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2018.08.14

ジャングル鉄路が歓喜を乗せて(前編)・・・の巻


  北ボルネオ鉄道トリップを満喫したィ翌日、予定どおりサバ州立鉄道の汽車に揺られることにした。スンブラン(Sembulan)〜テノム(Tenom)間135.6km(英語版や日本語版などのWikipwdiaではスンブランからコタキナバル側に2〜4km程度の路線が累計キロとして記されてあるが、すでに線路や路盤は撤去されている)。乗ろうと思えばその日のうちに完乗・往復できそうな距離だが、悩ましいのはそのダイヤだ。
  結論からいえば鉄道での当日中往復は不可能なのである。
  コレには困った。どれぐらい困ったかというと、「おじいちゃん、おばぁちゃん、そして孫たち」に突然押しかけられた黒沢年男以上ではないかと思うのだが、一方でそんなダイヤに遭遇したのがウレシくて仕方がないのも鉄道愛好家というものであろう。

  運転系統は途中のボーフォート(Beaufort=スンブランから86.5km)で分かれており、スンブラン〜ボーフォート間とボーフォート〜テノム間で相互に乗り換えが必要。具体的にダイヤを記すとつぎのようになる(途中駅は省略。月〜土曜日ダイヤ、2018年7月の乗車日現在)。


●下り
・スンブラン〜ボーフォート間

  101列車:タンジュンアル07:45〜09:40ボーフォート
  104列車:スンブラン17:30〜19:34ボーフォート
・ボーフォート〜テノム間(ボーフォート〜ハロギラッ間の区間運転列車2往復は省略)
  101A列車:ボーフォート07:50〜10:13テノム
  102列車:ボーフォート13:30〜15:55テノム

●上り
・テノム〜ボーフォート間
(省略は下りと同)
  502列車:テノム07:30〜09:51ボーフォート
  504列車:テノム13:00〜15:45ボーフォート
・ボーフォート〜スンブラン間
  502A列車:ボーフォート05:00〜07:10スンブラン
  504A列車:ボーフォート11:01〜13:23スンブラン


  テノムに泊まる行程であれば完乗は容易だが、どうあがいても鉄道での往復は不可能だ。すると、タンジュンアルに宿を取ってしまっている以上、いずこかの区間を選ばざるをえない。
  どうするか?  決して多くはない情報によれば、核心部ともいうべき乗ってよりエキサイティングなのはテノム側。スンブラン側のタンジュンアル〜パパール間32.7kmは「北ボルネオ鉄道」の観光蒸機列車で辿っていることもあり、どちらかを選べといわれればやはりテノム側となる。そんななかバンコクの友人Iさんよりもたらされた情報……。
「コタキナバルから朝のバスでテノムに行くと、たしか午後のテノム発に乗れたハズ」

  そうだ、あのベッド……じゃなかったバスがあったのだ。
  そうと気づけば、つぎにすべきはボーフォート〜コタキナバル間のバスを調べることである。あった。17時45分発のコタキナバルゆき最終便に余裕で乗り継げるではないか。往路は、コタキナバル8時発のテノムゆきに乗れば13時発の列車に十分間に合うだろう。

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  という次第で、コタキナバルのバスターミナルで無事にテノムゆきのバスを捉まえることができた。運行会社の「TUNG  MA/NUI  LUK」を漢字で書けば「東馬内陸」。「東馬」を大韓読みすると「トンマ(동마)」。ぢうでもいいですが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  じつは、列車運休など万が一のことを考えて、切符売場のおばさんにバスで今日中にテノムからコタキナバルに戻れるか訊ねたのだが、よくよく見ればこの乗車券、親切なことにダイヤが記されているではないか。それによればテノム発の最終は16時ジャスト。ということは、7時45分発の列車でタンジュンアルを出発するとテノムには15時55分に着くので、当日中にコタキナバルに戻れることになる(スンブラン〜タンジュンアル間は乗れないが)。が〜。運行状況がまったく掴めないうえ、駅とバス乗り場との移動云々すら覚束ないのである。そんなザマで定時たった5分の「乗り継ぎ時間」に賭けるなんてな度胸は生憎持ち合わせていない。もっとも、気ままに現地で宿を探す旅であれば、挑戦してみる価値はあるだろう。

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  いうまでもなく、そのバスの道中も楽しめた。2階建ての豪華バスである(座席指定で、切符を買うさいに座席表を見せられて席を選べた。エアコンの効きすぎがタマにキズだが)。途中、「峠の茶屋」みたいなところでトイレ休憩があったのもちょっとしたアトラクション。

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  窓もキレイに掃除されていて、車窓が存分に楽しめた。その道中にふと思ったのだが、どうも風景がわが郷土・房総に似ているような気がしてならない。スケールや植生といった違いはあるワケだけれど、見た目の土壌が似ているうえに(ラテライトはほとんど見られなかった)道路のつくりに日本っぽさが窺えたからかもしれない。

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  3時間ほどでテノムに到着。バスに乗り込むさいにテノム駅に行きたい旨を伝えておいたが、なんのことはない、その駅前広場が終点であった。さっそく駅でボーフォートゆきの列車時刻を調べ、それでも諦めきれなかったボーフォート以遠の列車の有無を訊ねる。もちろんそんな列車は走ってないワケだが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  駅の先には車庫があった。イメージというか先入観というか希望というか、視線は左側で野天さらしになっている汽車にクギヅケ、もちろんコイツにこれから乗れるのだろうと思ったのだо(^ヮ^)о

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  テノム駅。長いホームはかつてあったに違いない栄光の時代の名残りだろうか?

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  旅客列車は1日にたった2往復きり。だが、駅にはひとが集うものなのであろう。

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  テノムの街をぷらぷら。すると、小さいながらもホテルを発見。しかもエアコンつきである。

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  腹ごしらえ。どんな料理が並んでいるのかさっぱりわからない壁のメニューのなかに「ワンタンメン」らしき綴りを認めたので、ソイツを注文してみた。すると「ワンタンメンでッスムニダ」と運ばれてきたのはかような料理であったという図。旨かったYO!

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  で、いさんで駅に戻ってみたら、オレを待っていたのはあの憧れのキミではなく、その隣にたたずんでいた箱入り坊やのほうであった……。

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  なんとこの汽車、冷房がガンガン効いている。
「ナ〜〜ウ……」
  タイ人の心細いボヤキが聞こえてきそうなザマではある。しかし、その冷房といいちょっとスカしたような外観といい、「どんなボロ汽車に乗れるのだろう」というわが期待をまるまる裏切った汽車ではあるけれど、座席や室内のつくりは大雑把だし、単行運転だしということで、落ち着いてみればこれはこれで悪くないようにも感じられてくる。

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  しかもこの前面展望о(^ヮ^)о  テノムまで乗ってきたバスもそうだったが、窓もキレイに掃除されているのも素晴らしいではないか。

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ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら……!
  発車するやそんな乗り心地。
「ガタンゴトン」でも「ガタガタガタガタ」で「ゆ〜らゆ〜ら」(昨年乗ったマレー国鉄のトゥンパッ〜ジョホールバル間の寝台車がそんなだった)でもない。いや、陸上交通でこんな乗り心地に遭遇した覚えはまったくないワケで、あえていえばボートのようでもあるけれど、そのじつ正体は不明である。
  車窓の友はパダス川(Sungai Padas)。ジャングルを縫う濁った大河だが、途中にはダムが出現。

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  ふと前面展望に目をやれば、走っているのはこんなところ。それでいて「
ゆらゆらゆらゆらゆらうらゆらゆら」。少しばかり寿命が縮まるひともいるだろう。

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  途中にトンネルも出現。当然ながらテボッチャー(Byへなりさん=酷道界の有名人。リスペクト!)。しかしこの風景、房総の林道そのものではないか。
  友人Sと房総の小山散歩に繰り出すことも多いが、単にドライブしても面白みにかけるので、道中にはわっざわざ林道を選ぶのがスタンダード(駐車場から登山道へのアプローチで歩くこともしばしばだが)。ようは、そんないつもの林道に線路が敷かれ、そこに汽車が走るとこうなるんだろうなァ……とますますウレシくなってまった。

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  こんな観光案内っぽい風景も。

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  乗り込むときにわかったことだが、サバ州立鉄道の汽車はまったくの生活のひとコマであった。駅というか停留所というか、この場合はいずれにも属さないインディーズの客扱いのように思えるが、はるばるボルネオまでやってきてホントによかったと実感したひとときでありMASITA。
  この情景を車内から撮っていたところ、2列前に座っていたおとっつぁんが「窓を開けて撮ればいいヨ」と、エアコン故障に備えてか、例外的に開けられる1カ所を開けてくれた。

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  それからほどなく、車窓に人家が登場。ひとが暮らしているのである。だが、どこにも道路らしきモノはなく、サバ州立鉄道の汽車が命綱(?)。ひょっとするとパダス川にボートを浮かべることがあるのかもしれない。パダス川はラフィティングでも人気があるそうだが、いうまでもなく生活のためのボートをである。

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  学校もある!  子どもたちが乗り込んできて、車内はしばし賑やかにо(^ヮ^)о

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  まさにジャングルの暮らしを運ぶ“林道列車”なのである。
  つづく。

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2018.08.08

北ボルネオ鉄道の汽車散歩(後編)・・・の巻

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  前回のつづきо(^ヮ^)о
  観光列車「北ボルネオ鉄道」の終点(折り返し)駅・パパールで小休止。

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  駅周辺に目立つような観光ポイントがあるということでもないようだ。その代わりといってはなんだけれど、転車台の作業風景はちょっとしたショウタイム。さすれば、のんびりと写真でも撮るべぇというところだが、駅に到着するや早々に蒸機が切り離されるわ、あれよという間に転車台に乗っちゃうわでちょっと往生させられMASITA。

  この作業を運転台で楽しむこともできるようで、数人の西洋人がはしゃいでいるのが見えた。そういえば、「コソッ」という風情で機関士がなにかを誘ってきたが、コレのことだったのかと思う。どうもインディーズのサービスのような気がしないでもないのだが、それはともかく乗ったら乗ったで表からの写真が撮れないしねぇ……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  向きを変えたあとは給水。あたりまえではあるけれど、蒸気機関車運転の設備がきちんと整っているのがうれしい。

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  むかしながらの鉄道シーンを彷佛とさせる駅構内。やはりこういう汽車にはこんな風情の駅が似合う。タンジュンアル駅もこんなふうにすればよかったのにねぇ……。

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  テノム側に小さな気動車(機関車?)を発見。明日は同じ線路を「サバ州立鉄道」の汽車に乗る予定。ひょっとするとこんなイカした汽車に乗れるのかとにわかに興奮したひとときであったのだが……。

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  コタキナバルとを結ぶ路線バスも発見。

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  とりたててすることも思い浮かばないので町をプラプラ。すると市場があった。市場歩きは楽しい。

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  乾物やスパイスを商うおとっつぁん。
「トヨタのクルマに乗ってるんだYO!」
  店のなかに招き入れてくれたり、たのしいひとときであった。

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  帰路の車内では昼食が。ひとり旅だと、つい簡単なメシで済ませてしまう傾向があるので、こんな“ちゃんとした”料理が味わえるのはうれしい。

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  列車は進むよ薮のなかを……。

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  曲線が少ないため、乗りながら蒸機を捉えるのにもひと苦労。

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  道中唯一のトンネルに突入。

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  もっともっと長いこと乗っていたいものだ。

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  薪が炎をあげる。

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  という次第で発車からおよそ4時間半、始発のタンジュンアル駅に戻ってきたのでありMASITA(コレは出発前のひとコマですが)。

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  構内にはこんな車両が。日本でいえば特急仕様。冷房車にリクライニングシートが並ぶ。
「ぁあ、あの小さな黄色い汽車ではなく、ふだん走っているのはコイツなんだなぁ……」
  と気づいた。
  ちょっとねぇ。わっざわざこんなところまで来ておいてこの車両ではねぇ(身勝手なマニアである・笑)。明日の行程について、ちょっと考え込んでしまったものである。

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  ともあれ、乗って楽しい「北ボルネオ鉄道」のトリップでありMASITAо(^ヮ^)о

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■おまけ
  当日、道中をともにさせていただいた同好の士との間で、「情報が乏しいですよねぇ……」という話にもなっていました。前回のアップで主催者(ホテル)Eメールにてやりとりのうえ予約に成功した旨を記しましたが、その場合の流れについて、自分自身の例をもとに簡単に記しておきましょう(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

・イ:「ステラハーバーリゾートの公式サイト(Sutera Habour Resort northborneorailway)」でスケジュールやサービス、キャンセルポリシーなど内容を確認のうえサイト上で案内されているEメールにて問い合わせ。イギリス語の場合は題名を「An application for NBR-train」あたりの表現でいいように思います。本文には「北ボルネオ鉄道」を予約(日にち、人数)したい旨を記したうえで、決済やアクセスなど必要なことがらについての教示を求めました。

・ロ:先方から予約が可能である旨と決済用の白紙書面(エクセルファイル)とツアー案内などが添付ファイルで送られてきましたので、必要事項を記入して返信。
「こんなのを送って大丈夫かいな?」
  と思いきり躊躇させられましたが、調べてみるとこういう例はママあるようです。今回のやりとりでは、決済額を算用数字ではなく英語(ローマ字)で記入し、エクセルファイルではなくPDFに変換したものを返信しました。こうした取引がはじめてであることと、(先方を信用していなかったワケではありませんが)万が一の改竄に備えてのものです。クレジットカード発行会社については社名と英語版公式サイトURLを記入、予約したい列車の日付や人数なども記入し、(この画像では切れていますが)末尾に自筆で署名(漢字にしました)をして送付。

・ハ:すると、サイト上で380.00リンギと案内されていたのでそのとおりに記入したものが、「いやいや、358.50リンギですので訂正して再送付してけろ」との返事アリ(確認はとれていませんが、価格の違いは主催者ホテルと駅との間の送迎の有無が関係していそうです。いずれにせよグッドな対応!)。
「こういう対応をしてくれるなら信用できますなぁ」
  とひと安心。訂正書面の折り返しに「北ボルネオ鉄道」のバウチャーが無事に入手できたという次第でありMASITAо(^ヮ^)о

  念のため(免責事項←なにぶんィ世の中が殺伐となって、こんなことを記さざるをえないのが悲しい)・・・上記はあくまで今回のやりとりをモトにした個人的なリポートですので、ほんの一例としてご参考程度になさってください。ご自身にて予約等をなさる場合は、納得できるまで主催者側とやりとりすることを強くお勧めいたします(このほか、旅行代理店経由での予約も可能で、日本語対応をしている現地代理店もあります)。

  つづくо(^ヮ^)о

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2018.08.02

北ボルネオ鉄道の汽車散歩(前編)・・・の巻

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  という次第で(?)ボルネオ島に乗り込んでまいりMASITA。
  主菜はふたつ。蒸気機関車による観光列車を運行している「北ボルネオ鉄道」と、その線路主である「サバ州立鉄道」の汽車旅である。顛末やガイドめいた話はおいおいしてゆきたいが、まずはこの「北ボルネオ鉄道」をめざした(関係ないけれど、ファイル名というかナンバーが「0999.JPG」だということにたったいま気がついた。だからぢうしたという話ではありますが・笑)。

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  起点となるタンジュンアル駅。古びたたたずまいの蒸気機関車列車に乗ろうというのに、これではちょっとした地方空港よりもゴージャスではないか……。一連の大韓散歩にあたり、KORAIL(韓国鉄道公社)の駅がときに不相応に“立派”なのを目の当たりにしクビをかしげることが多いが、マレーシアのそれは大韓のそれをはるかにしのぐもののようである(昨年訪れた──今年も行きますが──ジョホールバル中央駅やグマス駅でも同様の感想を抱いたものだ)。

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  ちなみに、定期列車(サバ州立鉄道)は1日に2往復。これから乗る「北ボルネオ鉄道」は水曜日と土曜日だけの運行である。発着する旅客列車はこれだけアルネ。

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  10時の発車の前にホームでチェックイン。各国から同好の士が集うなか、笑顔で迎えられてホっとした。
  ……と記すとなんでもない話ではあるけれど、意外と情報が乏しいなかの訪問であり、このときはホントにホっとさせられたのであった。
  予約は列車を運行する「ステラハーバーリゾート」のほか旅行代理店で受付けており、一部に日本語の通じる代理店もある。ところが、代理店では「2名以上」となっておりひとり旅泣かせ(探せば1名でもOKという店もあるかもしれないが)。そこで「ステラハーバーリゾートの公式サイト(Sutera Habour Resort northborneorailway)」を通じてeメールで申し込んだのだが、やりとりは当然のごとくイギリス語(マレー語でも大丈夫であろうが)。しかも運行案内とともにクレジットカート用の決済フォームが送られてきたうえ、クレジットカードとパスポートのコピーを一緒にメールで送るべしと記されているなど、ちょっと二の足を踏むような手続きが必要だったのである。この話は次回あたりにもうちょっと詳しく触れる(かもしれない)けれど、情けないことにこのやりとりだけでクタクタというていたらくであった。もちろん、無事に済んだからこそ笑顔で迎えられたワケではあるのだが……。

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  道中をエスコートしてくれたSARIMAHさん。

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  蒸気機関車登場о(^ヮ^)о

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「本物のSLなんでしょうか?」
  という話が出たりもしていたが、もちろん本物の蒸気機関車である。とはいえ、燃料は石炭ではなく薪であった……。

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  機関室は意外と余裕が感じられる。ただでさえ暑いというのに、機関士も大変だろうなァと思う。

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  わずかながら空席もあった。偶然、ふたりの日本人(オレを含め3人ともひとり旅)と遭遇し、あれこれ談笑しながらの楽しい道中となった。

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  途中駅を通りすぎるごとに「パスポート」という名の乗車券にスタンプが捺されてゆく。受付のとき、「パスポート」と言われたので日本国の「パスポート」と出したら、「じゃなくてコレ(と言いながらその乗車券を示す)」ですよ」と笑われたものだが、あとでちゃんとその「パスポート」を用意してくれたサリマーさんであった。

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  朝食とランチがセットに含まれており、発車後にコーヒー(紅茶)とともにサービスされる。

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  甘味系朝食セット(コーヒーともども……)。

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  時速30キロほどだろうか。ゆったりとした歩美ちゃんおっと歩みだが、加速の感じはまさに蒸機だ。

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  前半は「A2」なる幹線道路と並行し、車窓云々(うんぬん)よりむしろメシを食えといった案配。が〜。わずかながら南シナ海が車窓に広がったりもする。

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  なんとなしに通路向こうの窓からカメラを構えたら、その直後に車両基地に遭遇。あいにくその方面の知識はないけれど、構内に打ち捨てられた(?)古びた車両群にグっとくる。

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  キナル(Kinaru)駅で観光停車。

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  中華風味な仏教寺院があった。市街地と離れているらしく、駅周辺はひっそり。

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  ニッパヤシの車窓が熱帯気分を誘う。

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  後半はやや秘境っぽい車窓となった。

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  11時45分、列車の終点・パパル(Papar)に到着。しばし駅&街散策とシャレ込む。
  つづく。

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2018.07.27

にゃ〜あれこれ・・・の巻

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  覗くネコ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  狙いはカゴのなかのニワトリであった。闘鶏選手のようではあったが。
  灼熱のボルネオ島を散策。あれこれ収穫を得つつ無事に帰ってきたけれど、地元の某駅に降り立ってみれば、ボルネオに負けじと暑かった……。さっそくボルネオ散歩の模様でもアップするべぇと思っていたが、ちょっと手が回らなかったので、今週はアユタヤほかネコ散歩にてお茶濁しの巻と決め込んでしまいMASITA。

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  おっと鈴つきクロボウズ。

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  タイではなぜかクロボウズをよくみかける。

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  渡船場の近くにカゴ入りネコ。

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  カメラを構えていたら、店のなかからでてきたおっかさんがカゴから出してくれMASITAо(^ヮ^)о

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  こちらは自由なコンビ。

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  おとっつぁんがウレシそうにポーズをとってくださった。そんなアユタヤからの帰り道о(^ヮ^)о

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  おっと、またまたクロボウズ。キャワユイネ。

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    アユタヤはネコの多い町でありMASITA。

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  ときおり“高そう”なのも見かけるけれど、シャムネコにお目にかかったことがないのはどういうワケだろう?

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  ウボンの街角。イイ表情ですねぇ……。

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  なぜか茶トラ系統をよくみかけたウボンである。

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  ちょっとエキゾチックなたたずまい。

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  このコもちょっとそんな感じがしてはいまいか?

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  バンコクの街角に白黒オールカラー。クルマの往来が少なくないのでヒヤヒヤしてしまう。

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  アユタヤにはリスも多数(ほかに巨大トカゲなどに遭遇した話は以前にいたしMASITA)。

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  すばしっこいのでカメラで追うのもひと苦労。それで撮ったからってどうだって話でもないのだが(笑)。
  という次第で、次回からはボルネオ島の巻でごぢいますо(^ヮ^)о

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