2017.10.18

嗚呼、Dという世界! 大韓本小咄(ほか)・・・の巻

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  え〜、ただいま大韓散歩中でありますо(^ヮ^)о
  で、数ある大韓関連本──というよりあまたの旅行記のなかで傑作中の傑作だと長年にわたり確信しているのが一連の『ディープ・コリア』(DK)でありまッスムニダ。青林堂版(定本DK)からの愛読書なので、かれこれ20年以上のつきあいであることは間違いないが、その愛着ぶりを記すならばこんなこんな感じになる。

  ある年の大晦日のィ夜、盟友Sより電話アリラン……。
「なにやってた?」
「ディープコリア読んでた」

  オレからすれば事実をそのまま述べただけにすぎないが、ことのほかSがウレシがってくれたので、以来、「大晦日といえばDK」となって今日に至る(さすがに旅行先にまでは持参しないが……、荷物になるし・笑)。

  それにしても二十余年。当時は韓国語はおろかハングルの読み方でさえさっぱりわからなかったが、そのあたりが“解読”できるようになると、あれこれ見えてくることも少なくない。そのうち、ちょっとばかりギョっとしたのが、湖南線を往く満員の「ムグンファ号」の車内で著者らが出会った赤シャツのチョンユンギ青年、その彼が書き記した自らの住所である。いわく、「大韓民国全羅北道益山郡`*金馬面新龍里私書箱11号通信隊」(*益山郡=現・益山市)。益山市金馬面はあれこれ史跡のあることで日本人にも知られているが、ふと思って調べてみると、彼の記した連絡先ってのは、どうやら徴兵中の彼が勤務する軍隊の駐屯地のようであった……。

  ところで。最近になってこの傑作シリーズの意外ともいえる見落としを発見した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  表紙カバー(より厳密にはカバー裏だが)は、本来こうするべきだったのではアルマイトの弁当箱?

  それにして、も。
  なかには真面目すぎる悪評やとんでもない勘違いを受けている面もあるらしい本書であるけれど、大韓通いをはじめる数年前、大韓ツウの同業者Yさんと大韓話になったところ、彼はこう言い切ったものだ。
「わはは、そっちできましたか。でも、あの本(DK)に書かれてあることは本当ですよ」

  残念なことに、往時からすればかなり薄味になってしまったようではあるが、それでもDK世界にある種のやすらぎを覚えつつ、なんのと言い訳を弄して繰り出したくなってしまうのが大韓なのでありMASU。

  しかし、この最新版である『元祖〜』(K&Bパブリッシャーズ刊)ではちょっとしたショックも……。
  片隅につけくわれられたつぎの記述。

>著者の意向により、この目次は一部を除いて、実際のページ数、ページ内容と違います。(P367。『豪定本〜』ブルース・インターアクションズ刊の採録部分)
>P575〜P600のノンブルに整合性が無いのは、著者の意向によるもので落丁ではありません。(奥付)

  ンなこたぁ、いちいち断られなくても、本書を買うような読者がヤボなことを騒ぎ立てるとは思えないのだが、だれの「意向」による“おことわり”の類なのだろうか……?  たしかに、前者では「もくじ」と本文との内容はその大半が異なっているし、後者ではノンブルの一部が飛んでいる(もっとも、本文を読んでいて件の個所で「落丁」なんぞと思うとしたら、よほどの前衛的読者であろう)。
  この最新版の“おことわり”が著者の「意向」なのであればケチをつける筋合いのモノではないけれど、できることなら、世間の目を気にしたにすぎないなんていう事情でないことを祈る。

  いまひとつは『豪定本〜』から登場した薬山温泉のつぎのくだり……。

>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『豪定本〜』2002年)
>ザブザブっと湯をあびてドボンとつかって、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、どうしようもなかろうと思われる。(『元祖〜』2013年)

  オレが当地を訪れたときは、件の薬山温泉ホテル(宿はココだけ)が改装なのか廃業なのか、半ばガレキ状態だったためその夜をすごすことがかなわなかった。しかし、そのときの直感からすれば「ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて、ここに泊まったら夜はやたらに長くて長くて」はまさにそのとおりだったに違いない。

  なにがいいたいか?  それこそヤボなのかもしれないと自らを戒めながらも、ココに“イイ顔”もポンチャックもブタの運搬もじいさんの亡骸もインドと有明のイヌもケンチャナヨすら汚物のごとく排除されたわが祖国(ついでに大韓もか?)の情けなさを勝手に重ね見てしまったのである……。ほんの蛇足ではありますが。

Kankokunotabi

  もうひとつのDK的存在として、この『誰も歩かなかった韓国の旅』(宮原誠也・昭文社・1997年)も愛読している。
  昨今でこそ一般の旅行案内書にも大韓の地方や地方中の地方、あるいは著名観光地とは無縁な土地や物件が取り上げられることも珍しくなくなったが、かつて大韓のそんな土地やひとびとに目を向けていたメディアはDKなどごく限られた存在にすぎず、そんななかにさりげなく現われたのが本書であったようだ。愉快なのは、ガイドブックの体裁を整えておきながら著者の主観や思いが随所にちりばめられていることで、あたかも大韓の食堂で大衆的なメシをごちそうになりながらざっくばらんな大韓話をうかがっているような楽しさに満ちているのである。もちろん参考になる記述も満載。本書を読みながら、再訪への興味がわく土地も数多いのであった。

Jeondongyangha

  そういえば、『全東洋街道』(藤原新也・集英社文庫)を開いてみれば、その大韓の巻(下巻)にひとも羨むようなDK体験が綴られていて、何度読み返してもグっときてしまう。

  DKにあれこれ紹介(?)されているが、日本やほかのあまたの国々でそうであるように、大韓にも有名無名の遊廓街というものがある。そのうちもっとも著名だと思われるのがソウル東大門区にある清凉里588であろう。あるとき、友人Tの反応を面白がるべく見学に連れ出したところ、「いやぁ、(店先に立っている女の)みんながみんながモデル級ばかりだねぇ」と妙な感心をしていたものだったが、「行ってきていいYO」とそそのかしたところ、「お前が見てるから行かない」と一笑に付されてしまいMASITA(突撃モードになられても困ったのであろうが・笑)。本稿を記すにあたって調べてみたところ、すでに撤去が進み、現在はまったくなくなったか、わずかに細々と火が灯っているだかといった状況らしいが、DKにもあるとおり、かつては相当に現実離れした世界が繰り広げられていたようだ。

  で、そうと知ってか知らずか、無防備にも紛れ込んでしまったのが若き畸人・藤原新也であった。
  清凉里界隈のとある暗がりの路地を歩いていた藤原、いきなり闇のなかから飛び出した腕に抱え込まれてしまったのである。咄嗟にはなにごとが起きたのかわからず、しかしやがてそれがいささか強引な女郎部屋の呼び込みであることを理解したのだが、なんにしてもそんな“買い物”なんぞするつもりがないのだから迷惑な話だ。ところが、その女──還暦ごろと思われる──が肥満した大柄のガタイを武器に、怯む気配をみせずに力一杯挑みかかってくるのだからタマラナイ*。服を掴まれて引っぱられるわ、体当たりを喰らわされて部屋に投げ込まれるわで大騒ぎの明け暮れですといっとところだが、
>部屋はひどく狭かった。化粧品とニンニクと醤油の混じり合ったような匂いがした。狭い床いっぱいに蒲団が敷きっぱなしになっていて、その上にトイレットペーパーが二つころがっていた。(同書244ページ)
  という描写には戦慄が走る(笑)。

  そんな格闘を繰り広げつつ、おばはんが娼婦を呼びに行っている間に逃げればいいと気づいた藤原、観念したフリをして「女どこよ?」とおばはんに問いかけた。それに対するおばはんの返事──。
「わしじゃわ!」

  でまぁ、そのあとも平手打ちを喰らうやらで往生したようだが、笑いを誘われつつも同時に悲しげな感情もわき出してくる。そんな情景やココロのやりとりを垣間見つつ、「ぁあ、DKだなァ……」との思いがジワジワと心身を包み込んでゆくのであった。

*たぶんこんな感じであったのであろうо(^ヮ^)о
「ノー、ノー!  ナヌン、イルボンサラムカンガンゲ、アンデヨ、アンデヨ!」
「아니〜〜괜찮아〜(アニ〜〜、ケンチャナ〜^^)」

Jeondongyang

  もっともっとジックリと藤原新也の大韓話を読んでみたいと常々思いつづけているけれど、それでも前掲書のほか『逍遥游記』(朝日文庫)などで少しずつ語られているので、同じ文章を幾度となく読むこととなる。
  そんななか、写真中心にまとめられたのが本書『全東洋写真』(新潮社)である。いうまでもなく、ここで写真を通じて綴られているのは大韓だけではないが、東洋の西の果てから旅立ち、次第に東へと歩んでゆく道ゆきにあって、大韓の描写にふと目が止るとともに、ある種の懐かしさが込み上げてくるのであった。それは、『逍遥游記』で語られているオンドルにも通ずる安心感であり、温もりでもある。どうやら、そういう時空こそが、オレがあれこれ歩き回りつつ探し求めているものなのかもしれないなどと思いつつ……。

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  ところで、大韓から東南アジアへのプチ浮気をしている昨今ではあるが、某編集部のMさんから「参考にどうぞ」とプレゼントされたのが『タイ鉄道散歩』(藤井伸二・イカロス出版)であった。
  いやぁ、面白い!  単純にタイの鉄道の旅を網羅した旅行案内書なのだが、読んで楽しく、しかも大いに参考になっている。

「すごい本をいただきましてね。大袈裟かもしれませんが、究極の鉄道ガイド本というか、少なくとも汽車旅ガイド本の“あるべき形”として完成しているように思うんです」
  これは、“師匠”でもある故・野口冬人に本書を見せたときの話だが、事務所でひととおり見たあと、食事の席でもふと気になったのか、「あの本、もう一度見せてくれ」と熱心に内容を検分していたのを思い出す。

  欲をいえばもう少し文章による説明を深めたり表組を用いてもいいような気がしないでもないけれど、明解な内容は細部にわたり目が行き届いている。くわえて、繰り返し読めるガイド本であるというその一点だけでも、本書がお気に入りかつオススメの一冊となっているのであった。オレもがんばらねば!

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  残念なことに、DKに匹敵するディープな旅本というのは、じつはあるようでなかなかないものだ。貴重な例外として『インドでわしも考えた』(椎名誠・集英社)からはDI(ディープインド)を感じる。同行の編集者や写真家まで登場させながらもあんなに面白い紀行文に仕上がるとは……というのはついでの感想だが、ようはああいう話でもある。

  そんななか、本書『タイ鉄道旅行』(岡本和之・めこん)は、決してDT(ディープタイランド)ではないものの、タイという国やそこで暮らすひとびとと密着した一冊として、ところどころではあるけれど深めの世界を提示してくれている。しかし、自分自身もまた好きなように歩き回っているけれど、そうそうはハマリ込めないものなのだといまさらながらに思う。いうまでもなく「D」という世界にである。

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  おまけ。マウリツィオポリーニは大リスペクトするピアニストのひとり。とりわけ、かれこれ35年以上にわたり愛聴してきたショパンの前奏曲集や練習曲集などを聞くたびに、そうそうはああいう演奏はできないとの思いを新たにする。で、あるときなんの気なしにネット通販を検索していたらこのインタビューDVDが目に入ったのでさっそく購入。ここにももちろん「D」の世界が満載ではあったが、音楽の話とは異なるところでドキっとさせられたところがある。

  じつはまったく知らなかったのだが、ポリーニはイタリア共産党の党員なのだという。ただしイデオロギーからの参画ではなく、当時のソ連よるプラハ侵攻に対してイタリア共産党が真っ向から批判を繰り広げたことなどから「リベラル」の受け皿として党員となったことが語られている。こうしたエンタテイメントに関するインタビューで、そうした政治的な問いをぶつけるインタビュアーも立派だが、正面から答えるポリーニからもまた学ぶべき点が多いと思う。とりわけ、権力側におもねっていないという点で。

  その話の流れのなかで、(イタリアにおける)右翼への批判が展開されている。具体的な言及はないものの、相当に酷いありさまらしく、当時をして最大級の罵倒をぶつけたかったようだ。ところが、昨今の状況はさらなる悪化の一途を辿っており、ポリーニいわく「最低」をしのぐ形容詞が必要だという。
  う〜む。いっそのことポリーニの“リクエスト”に対し、「ABE」というのを輸出したらいいのではないかと思ったものだが(なんか、大韓ではそのテの用語が裁判沙汰にすらなったそうですなぁ。「お前はABEみたいだ!」とかそういうのが「名誉毀損」──ネタにされた側にではなく、「みたいだ」と罵られた側に対して──とされたとかされないとか。イイ話ですな)、世界のあちらこちらで不穏なよどみが拡大しているのがなんともおそろしい……。

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2017.10.12

ヒコーキ本も楽しからずや・・・の巻

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  近ごろ凝っていることのひとつにヒコーキ本がある。長年にわたり「汽車旅愛好家」を自称してきたし、仕事でもなにかと鉄道モノに関わっているけれど、大韓をはじめとする外国取材が多くなれば、必然的に飛行機のお世話になる機会が増える。すると、鉄道趣味と同様に、座席や室内設備のバリエーションや航空会社ごとのサービス、航空運賃といったヒコーキ旅に直結する分野はもちろん、運航ダイヤや航空機の運用、危機管理対策など裏方的な面にも興味がわいてくるものだ。

  あくまで個人的なものだが、不思議なことに鉄道におけるそれと航空におけるそれとの違いがある。鉄道ではメカニックの分野にはさほどの興味はなく、「電車好き」であればいちどは憧れるであろう鉄道車両の運転にも、子どものころを含めてソソられた覚えがない(運転室後方などから前面展望を楽しむのは好きだが)。ところが、これが飛行機になると自ら操縦したくなってしまうのだから始末が悪い。クルマで、自宅車庫から大通りに出るまでを「タキシング」と呼んでみたり、直線道路でついついセンターライン上を“名古屋走り”しながら思いきり加速したくなったり(してませんよ・笑)、操縦桿と化したハンドルを引上げたくなったりというのは童心に返った中年男のお遊びではあるが、たとえば効率的な揚力を得るための翼の仕組みなど、鉄道ではほとんど関心がないハズのメカニックについても、そのひとつひとつが面白く感じられるのだからわからない。

  ヒコーキ本にもさまざまな分野があり、それぞれに個性的な著者が活躍している。そんななかでシンパシーを感じるのが本書の著者・チャーリィ古庄である*。詳しくは次項で述べるが、ある種「でもやるんだよっ!」を体現した航空写真家であり著述家だ。どの著作も面白いが、この『旅客機の一生物語』(イカロス出版・2013年)はとりわけ傑作のひとつだと思う。

  内容は表題のとおり。各章の大見出しを列挙すると、
>旅客機の開発>旅客機の誕生>デリバリー・フェリーフライトと就航準備>旅客機の運航>旅客機の終末
  となる。飛行機の設計から商談、誕生、エアラインへの引き渡しなどが詳細なルポなどとともにわかりやすく解説されてゆく。2大メーカーであるボーイングとエアバス両社の組み立て工場のルポや購入された飛行機が本拠地へと引き渡されるフェリーフライトの様子などは、部外者にはなかなかお目にかかれない分野ということもあって読みごたえがあった。

  個人的にソソられたことのひとつに「シップパターン」と呼ばれる航空機の運用がある。簡単にいえば、1機の航空機が、日々どのような行程をこなしているかということで、このブログでも航空時刻表から推理した話をアップしたことがあるが、本書ではそれをじつに面白くまとめている。たとえば、羽田を起点に、富山や米子、高知、鹿児島、神戸、札幌、沖縄……という運用を1週間でこなす例(全日空・B767-300)や、ブエノスアイレス→パリ→ドバイ→パリ→サンパウロ→パリ→成田→パリ→ベイルート……(エールフランス・B777-300ER)といった具合。まぁ、鉄道の「時刻表」が好物なゆえ、こういうのに興味を持つのは自然のなりゆきではあるのだが……。

  終章「旅客機の終末」では、引退後のあれこれが、解体現場などのルポをまじえながら綴られている。本書のほか『ホントにある!! 世界のビックリ空港探訪記』(イカロス出版)でも紹介されているが、B747をまるごと宿泊施設としたストックホルム・アーランダ空港のJumboHostel(誤植を発見・笑)にはぜひ一度訪れてみたいし、『世界おもしろヒコーキ旅』(エイ文庫)で著者が訪れているB727で暮らす米国人おとっつぁんの話もチラリと触れられており、読んでいるほうもまた、ヒコーキの一生、その面白さにのめり込んでしまうのであった。

  ところで、本書によってはじめて知った「トリビア」。とある路線の定期便旅客機には一風変わったモノが用意されているというのだが、搭載されていないものはつぎのうちどれでしょう?
  ・釣り道具
  ・猟銃
  ・投網

  正解は本日アップの末尾にてо(^ヮ^)о

*注:このブログでは原則として著名人──とりわけ著作分野やスポーツを含むエンタテイメント分野など──の敬称は省略することにしている。なぜかといえば、敬称省略こそがある分野で抜きん出た人物に対する本質的な敬称だと考えるからだ。そう考えるようになったのは比較的最近になってからだが、きっかけのひとつとして日々目にするネットのヘッドラインがある。たとえば、現役引退するや「氏」つきになってしまうスポーツ選手。あるいは不祥事を起こした挙げ句に本業ができなくなった芸能人(「引退」などと言われるが理解不能)の動向が「氏」つきで報じられる。なんだか形だけを無難に整えたかのようなそれらの「氏」つきに嫌悪に近い感情をなぜか抱いた。それに、まさか「夏目漱石氏」だの「坂本竜馬氏」などとは言うまい……ですよねぇ?

  もっとも……、「テレビやら新聞やら見とってね、《蝦子逮捕》って呼び捨てで出てんのと、《蝦子さん逮捕》って、さん付けで出てんのがあって、さんが付いていると、まァ、いいんですけどね、《蝦子》って呼び捨てだとね、傷つくんですよね、いかにも犯罪者みたいで、ヘヘヘヘ」(『電氣菩薩・上巻  豚小屋発犬小屋行きの因果宇宙オデッセイ』根本敬・径書房)ってな話もあるワケですが。

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  同じ著者による『ビックリ飛行機でゆく世界紀行』(イカロス出版)は先に触れた『ホントにある!! 世界ビックリ空港探訪記』のいわば姉妹書。この2冊こそが「でもやるんだよっ!」の体現であり、読んでいるこちらとしては、そんなところにまで飛んでいった著者に対しあらビックリといった楽しさに満ちている。

  冒頭には「世界一短いフライトへの長〜い旅路」と銘打って、“飛行時間1分”という定期便フライトとそこに至るまでの「長〜い旅路」を臨場感たっぷりに再現。その現場は大英北部のオークニー諸島<フライト例→flightaware.com(PAPA WESTRAY AIRPORT)>。日本から見ればまさに空の果てといってもよさそうなスタート地点に辿り着くまでの旅人(著者)の労苦は、時間やその手間に加え金銭的な点でもまさに「でもやるんだよっ!」の世界であり、ィ世の中捨てたもんでもないもんだとウレシくなってしまうのだ。

  本書にはそんなヒコーキ旅が満載なのだが、分野や程度の差こそあれ、オレ自身が鉄道の旅という遊びに求めているのは、まさにこういう世界なのである。いうまでもなく、そんな旅を自分なりに本としてまとめたいからこそこのブログでタレ流しているような汽車旅に赴いているのであり、コトあるごとに編集者をけしかけていたりもするのだけど……なんてボヤいている場合ではありませんわな(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  読み物ではないが、つい仕事のクセでこういう本も手元に置きたくなる。さしあたり最新にこわだるまでもないので、古書で入手したものの、昨今のエアライン業界の慌ただしさといったら……。

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  多少なりともヒコーキのお世話になりつつ、鉄道とあれこれ比較したくなるのは汽車旅派の性といえるだろう。ひとつわかったのが、上級設備の座席や付帯サービスは鉄道の敵ではないということ。逆に、ファーストクラスがいかにグレードアップしようと、こと設備に関していえば鉄道にかなわないだろうということである。

  まず、ビジネスクラスとJRのグリーン車とを比べてみると、機体やエアラインにもよるとはいえ、総じて航空機のほうがレベルが高い。昨今のビジネスクラスはかつてのファーストクラスをしのぐレベルであり、フルフラットシートはもちろん、流行のシェル型シートは極めて快適。後者でいえばJR東日本と西日本の一部新幹線車両にお目見えしているものの、「グランクラス」と名づけられた新カテゴリの料金が適用されているし、高速鉄道ゆえ乗車時間が限られていることなどを考えると、コストパフォーマンスの点であえて乗ろうという気にはならない。もちろんビジネスクラスも正規運賃で乗ろうと思えばべらぼうに近く(ただし正規運賃同士だとエコノミークラスとの差は意外なほど小さい)、ふだんエコノミークラスを割引運賃で利用している身からすれば、とてもじゃないがそんな贅沢をする気にはなりようハズもない。

  ところが、エアラインには鉄道にはみられないサービスがあるのだから面白い。エコノミークラスのそれも格安航空券利用者に対してさえ、ときにビジネスクラスをふるまってくれることがある(座席だけの場合と食事サービスなどを含む場合とがある)。また、マイレージを使ってアップグレードをしたり、特典航空券によるビジネスクラスの旅を楽しむこともできるため、意外とささやかな贅沢をできる機会に恵まれるものなのだ。また、空港ラウンジや食事のサービスなどはほとんど航空の独断場である(鉄道でもごく一部にみられるが)。

  一方、ファーストクラスでは個室タイプやシャワー室つきまでが出現。ハイレベルな食事はもちろん、なかには高級車による空港送迎サービスを取り入れたエアラインがあるなどつかの間の「王侯貴族」気分を味わえる。運賃もべらぼうではあるが、一度ぐらいは体験してみたいような気がしないでもない。

  ところが、少し前であればわが国の鉄道には、それをしのぐ設備があった。「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」などにあった「スイート」や「ロイヤル」といったA個室寝台にはダブルベッドや専用のシャワーも備えられていたし、「シングルデラックス」やB個室「ソロ」などにしても航空のファーストクラスをしのぐプライベート空間が約束されていた(最後の寝台列車となった「サンライズエクスプレス」の「シングルデラックス」は素晴らしく快適。列車の利便性だって抜群だ!)。さすがに送迎やラウンジこそなかったものの、別料金ながらフランス料理フルコースなども楽しめた快適空間を比較的気軽に体験できたのである(ついでにいえば新幹線にだって個室があった)。が〜。そんなわが国の鉄道が培ってきた極上サービスを自ら放棄したJR。昨今では自社の殻に閉じこもった遊園地の「お猿の電車」のような、そのクセ値段ばかりがべらぼうな上げ底漫遊列車が流行りのようではあるが、そんなカネを払うのであれば外国の高級列車の旅を選ぶよ、オレは(まぁ、車内外で日本語が通じるという点だけはありがたいのでしょうけれども・笑)。

  っと、話がそれてしまいMASITA。本書『ビジネスクラスGUIDE BOOK』(イカロス出版)は、ワンランク(いや、もっとか?)上の飛行機の旅を誌面で楽しめる1冊(日本発着航空会社のフリートやサービスなどを網羅した『エアラインGUIDE BOOK』<同社刊>も資料として重宝している)。
「へぇ〜、飛行機にもいろいろなサービスがあるんだな」
  といったところではあるが、日ごろ愛用している(?)エコノミークラスの座り心地についていえば、フルキャリアもLCCもあったものではなく、鉄道の特急普通車ほうが快適な場合が多いのが残念な航空業界ではある……。

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「杉江さんって、JAL内部での評価はどうなんでしょうか?」
  質問の相手はかつてJAL国際線で客室乗務員を務めていた先輩である。
  こういう問いを発したのは、この『機長の告白  生還へのマニュアル』(杉江弘・講談社・2000年)をはじめとする一連の著作において、著者がかなり率直な見方や見解を展開しているからである。タイトルからも想像できるとおり、著者は元JALの機長であった人物(本書をはじめ現役時代の著作もある)。もちろん、そうした率直な話こそがオレの求めるもので、こんな問いがアタマに浮かぶことからして不粋なのではあるのだが、まがりなりにもマヌケなニンゲン社会の一員である身としては、筋違いなリアクションをつい想像してしまうのは致し方ない。念のため、とくにヘンな話は耳にしたことがないとのことではあったが……。

  本書は、現役のベテランパイロットが、さまざまな航空事故例などを通じて、パイロットの立場を活かしながら安全への提言をまとめたものだ。
  あの“御巣鷹山事故”を筆頭に、テネリフェ空港で起きたKLMとパンナムとのジャンボ同士の衝突事故(1977年)や名古屋空港における中華航空機事故(1994年)など実際に起きた事故を題材としながら、その経過や原因究明に留まらず、仮に同様の事態に遭遇した場合、いかにして生還を果たすかという至上の問題に取り組んでいる点に本書の価値がある。航空機が事故に陥るさいのさまざま要因を掘り起こし、「どうしたら事故を減らせるか」、「いや事故を絶滅できるか」という問題(「まえがき」)に対し、まさに現場を預かる人物が迫っているわけだ。

  それぞれが難題かつデリケートな問題ではあるものの、オレのようなシロウトにもわかりやすくかつのめり込みやすく綴られてゆく報告や提言にはえもいわれぬ迫力がある。一例を挙げると、第5章「片側二基のエンジンが止ったら」(注:著者は片側2基、両翼で4基のエンジンを持つB747のパイロットだった)で、バードストライクについて触れている。バードストライクとは文字どおり鳥類との衝突事故で、ときにエンジンの致命的な損傷を引き起こすことがある恐ろしい現象だ。とりわけ離陸時の衝突は深刻だが、「最悪のバード・ストライクは現実に起こり得る可能性があるのだ」(140ページ)。

  そこで、著者は同僚らの協力を得ながら、ジャンボジェットの離陸中にバードストライクにより片側2基のエンジンが停止したという条件をテーマに、シミュレーター(「ほしい是!」と思ったら、1台30億円と知って嘆かわしくも断念・笑)を用いてその生還への道を探った。それは、
>何回墜落したことだろう。(中略)いくらシミュレーターでも、地上に衝突する瞬間は気持ちのよいものではない。(142ページ)
  というその繰り返しであったという。そして数知れぬ試行錯誤を経て、ついに生還を果たしたのだが、いうまでもなくこの訓練はこの種の事故を撲滅したいというその一点に収斂するものだ。

  ほんの一例だけを挙げてみたが、本書は航空機の操縦という仕事に留まらず、人間や社会が起こり得るピンチをいかにして乗り越えるべきかという大テーマをも内包しているようにも思える。失敗は成功のもとではないが、成功のもとを紡ぎ出せるだけのセンスを磨き、成就させるための努力を怠ってはならない。そんな提言とも受け取ってみるのだがどうだろうか?

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  そうした著者の思想は、本書『機長の失敗学』(講談社・2003年)でも濃密にまとめられている。そのまえがきには、
>パイロット(コックピット)の「失敗学」は、一般社会で使われるものと少しニュアンスが異なる(中略)。(パイロットの場合)自らの大きな失敗は絶対に許されないからである。いうまでもなく飛行中の失敗は、重大事故、死を意味し、ゼロからの再出発はありえない。
  とあり、読者はただならぬ感想をここで抱くかもしれない。
  前半では“御巣鷹山事故”を起点に、同様の事態を想定した生還への可能性を探っている。そのほか、前掲書でも取り上げられたいくつかの事故にも触れ、緊急事態に対する提言を展開。乗客たる一般読者にとって手出しのできない世界ではあるが、多くの想定されうる危機にあっても、生還がけっして不可能なことではないとのメッセージを個人的には汲み取った。

  しかし、本書で面白いと思ったのは、そうした事故に対する「失敗学」よりも、むしろそのあとで語られている航空現場における日常的な改善への提言であった。10章ではメキシコ〜バンクーバー〜成田〜香港というコネクション(乗り継ぎ)に起きた遅れとその対応や、つづく11章では、夜間便の出発間際に発生した機体の不具合を受けて、到着地である香港の門限に間に合わせるために試みた著者本人の体験などを紹介。航空に関するあらゆる分野(操縦はもとよりメカニックや気象、発着空港の状態、保安、取り決め、当日の搭乗客の様子などなど)を熟知し、新たに起きた事態に対していかに的確かつ迅速な判断を下してゆくか?  数々の実例や提言を読み込んでゆくのはなんともスリリングであった。

  ついでながら、件の先輩に著者が何度か指摘している宇宙線被爆の問題についても訊いてみた(「うちゅうせん」と質問して当然のごとく「宇宙線」の話だと理解した先輩N女史であった)。
「杉江さんは、宇宙線被爆についてもたびたび問題提起していますね」
「たしかに、パイロットで早くに亡くなるひとは多いです」
  そのときは「やはり……」と思ったものだったが、ではさて、同様に被爆しているハズの客室乗務員はどうなのだろう。ウッカリ訊き忘れてしまった。

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  ここで取り上げた3冊以外にもいくつかの著作に触れてきたが、興味を引いたことのひとつに航空機のハイテク化がある。さすがに専門的なメカニックを理解できるだけの知識も頭脳も持ち合わせていないものの、航空分野におけるハイテク技術の進歩には、いまさらながら感心させられる。
  ただやはり問題はあるようだ。著者がいくつかの著作で繰り返しているのは、コックピットの設計にあたって、その操縦者たるパイロットの意見や生理がほとんど反映されることなく技術ばかりが進化しているというのである。前掲書でも、たとえばMD-11とB747とを比較し、パイロットとしてMD-11コックピットの不合理ぶりを明らかにしている。ここでは詳細は割愛するが、一例として異常時における操縦をメーカー側がなんら考慮していないと指摘。非常用計器類が極めて目視しづらい位置に配置されているのは、多重装備となったコンピュータ管理のシステムのすべてが故障することはありえないというメーカー側の主張に対し、「過信」であると論破しているのだ(つまり、わが社の航空機では、非常用計器が必要となる事態など訪れるハズがないのだから、そんなものは形だけつけておけばいいというセンス)。

  本書『危ういハイテク機とLCCの真実』(杉江弘・扶桑社・2013年)では、いくつかの事故を例に挙げながら、操縦現場におけるデジタル化に潜む危険性などについて言及している。そのなかでは、速度計の違いなどは門外漢にもわかりやすいだろう。すなわち、従来型の指針型(アナログタイプ)と数字型(デジタルタイプ)である。自動車でもデジタルタイプが導入されたこともあったが、現状ではどうだろうか?  指針によって直感的に速度(加減速を含む)を捉えやすいアナログ型と、画面にある具体的な数字をアタマで理解しなければならないデジタル型……。まぁ、個人的には目覚まし時計に限っていえばデジタルに軍配を挙げるが、それも比較的操作がしやすい携帯電話などに限った話だ。日常的な、たとえば腕時計では絶対にアナログのほうが使いやすい。いわんやチマチマとしたモード切り替え(「複雑化したモードオペレーション」同書126ページ)を要するのでは、ミスが起きる可能性はケタ違いに高いのではないかと思うのだが。

  そんなモード切り替えミスに起因して多数の死者を出した事故のひとつが、1994年に名古屋空港で起きた中華航空機事故なのだという。モード切り替えの失念やその後の対応ミス、さらにそうしたケースにおいて事態を悪化させうる可能性を理解していながら抜本的な対策を取らなかったメーカー(「パイロットも知らなかった自動操縦装置のロジック」同50ページ)。コンマ何秒の世界で生死を決し得ない世界にあって、はたして技術の進歩は十全に応えているのだろうか……?

  また、エアライン機ではないが、きわめて重要と思われるつぎの指摘──。
オスプレイについてアメリカや日本の関係者は、しきりと機体に異常がなく、過去の数件の事故はパイロットの操作ミスや追い風が原因だったとしているが、パイロットの立場からいわせてもらうと、パイロットにとって操縦が難しい機体は、そもそもそれ自体の安全性に問題があるといわざるを得ない。(55ページ)

  ところで、著者は一連の著作のなかで、ハイテク化が進むなかにあって、本来人間が得意としている分野をあえて自動化することに対し疑問を呈しており、やはり興味を引いた。人間(アナログ)の得意分野を自動化する一方で、機械(ハイテク)が不得手な分野を人間が受け持つという逆立ちした世界。航空に限らず、いまいちど人類として考え直してもいいのではないかと思う。

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  もはや“古典”の部類かもしれないが、『危ない飛行機が今日も飛んでいる』(メアリー・スキアヴォ著/杉浦一機・翻訳監修/杉谷浩子・訳/草思社・1999年)も読んでおきたい一冊だと思った。
  内容はまさに表題のとおりで、著者の仕事上における体験などから、航空会社のみならず、それを監督するハズのFAA(連邦航空局)の怠慢ぶりなどが、ややエキセントリックな口ぶりによって白日のもとにさらされている。危険極まったLCCの代表格として知られるバリュージェット社における安全無視の体質やその結末(創業早々緊急着陸などのインシデントを繰り返した挙げ句に墜落事故を起こして会社もろとも失墜した)などは、背筋に冷たいモノが走るような緊張感をもって語られており、冒頭からどんどん引込まれてしまった(ついでながら、個人的には「バリュー」──格安が売り物──を名乗る製品やサービスは極力避けるようにしている)。が〜……。
  全体を読み終わってみれば、有益な話が多数語られている一方で、この著者はいったいぜんたいなにを訴えたかったのだろうという感想が浮かんでくるのを禁じ得なかった。

  とにかく前半ではFAAをはじめとするアメリカ合州国の役所のいい加減な仕事ぶりが暴露され、驚くとともにその顛末への興味を引いた。ところが、少なくとも本書のなかで、その顛末が語られることもなければ、いわんや一連の怠慢が改善されたかどうかさえ明らかにされないままになってしまっているのである(終章で語られる提言にも一般論の域を出ていない内容が目立つ)。

  驚いたのは11章「どの航空会社が安全か?」をはじめとする読者(航空利用者)向けの提言・アドバイスであった。たとえば、11章中盤では「運航停止などの処分を受けたことのある航空会社」として具体例を挙げている。そのなかでデルタ航空をはじめとするアメリカ合州国の航空会社の問題点を手厳しく指摘。また後段の「結論──常識を働かせて判断しよう」ではアメリカン航空の数多いインシデントを列記している。デルタもアメリカンも、ともに米国屈指の大手だが、自国の大手に対しても遠慮なく問題点を指摘しているともとれる(ユナイテッドやUSエアについても手厳しい)。このほか、自国における空港警備の問題点や実情などなかにはショッキングな報告もされているのだが、そうしておいて「結論」の筆頭が「アメリカの航空会社を利用しよう」となってしまうのはどうしたことだろうか。ここにはこうも記されている。

>仮に事故が起こった場合、アメリカの裁判所なら条約や法律の悪用を積極的に退け、はるかに公平な審判を下してくれるだろう。
  たしか、著者はそのアメリカ合州国の役所や航空会社らの怠慢インチキぶりをざんざん暴露していた思うのだが……?

  いまひとつ挙げておきたいのは、1981年に米国で起きた航空管制官大量解雇事件である。

・イ:このような熟練管制官不足は(中略)1981年には、レーガン大統領がストライキを理由に、1万1000人の航空管制官をレイオフ(解雇)した。組合の弱体化と新規の低賃金管制官の再募集が狙いであった。(『空のプロの仕事術  チームで守る空の安全』(杉江弘・交通新聞社新書)

・ロ:一九八一年に大規模なストライキが行われ、レーガン大統領が一万一千人の管制官を解雇した(『危ない~』182ページ)

・ハ:一九八一年、FAAはとんでもない規模のストライキが近く行われることを知り、それに備えていた。レーガン大統領が違法なストライキの参加者を解雇するつもりであることもわかっていた。(同207ページ)

  引用「ハ」については、「新人を呼び寄せるための餌として」年収の5%をボーナス支給したことなどに言及、それが10年以上経っても廃止されないままに支給され続けている点を指摘しているが、プラス5%の分母については一切触れられていない。

  ;ついでに揚げ足取りをすると、「夜の最終接続便に子どもを乗せるのは絶対にやめよう」との提言もある。ここでは子どもだけの旅を想定しているようだが、途中で足留めとなった場合を慮っての話のようだ。ところが……。

>ノースウエスト航空なら、おそらく子どものためにホテルの部屋を予約し、見張り役として社員をドアの外に立たせるだろう。しかし、サウスウエスト航空なら、子どもをバスに乗せてしまうかもしれない。(162ページ)

  このくだりには、訳者も苦笑したに違いないと想像するが、ノースウエストを何度か利用した友人は「へっ?」と絶句した(笑)。
  ちなみにいえば『航空会社の選びかた[海外旅行編]』(チャーリィ古庄・エイ出版・2007年)のノースウエストの項にはこう記してある。
>何かトラブルがあった際の対応は、「ノースウエスト」ではなく、「ノースワースト」と言われるぐらい良くない。トラブルでは筆者も何度も泣かされている。
  まさか乗客サービスにおいて人種・民族・国籍差別を同社がしていたとは考えたくはないが……?


  揚げ足取りはまだまだ可能な本なのだが、いまひとつ疑念を抱いたのは、この本そのものがある種の政治的プロパガンダとしての狙いも持っていたのではないかということだ。
  文中では連邦議会の議員らの動きも報告されているのだが、問題アリの例として、ことごとく民主党議員が、たいていは所属政党名とともに取り上げられているのである(実際にそのとおりだったのかもしれないが)。所属政党が記されていない人物のひとりにジェームズ・オーバースター(Jim Oberstar)があり、出だしで(著者が)期待して後段で(著者が)失望している。調べてみると、この人物も民主党議員で、2010年11月の選挙で共和党候補に敗北していたことがわかった。
  原著が発売された1997年3月は第2期クリントン政権がスタートした直後であり、この推論を裏づけることにはならないが、著者の思惑が気にかかるところではある(別段、プロパガンダであろうとなかろうと、この場合は本質的にはどうでもいいことではあるが)。

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  ところで、LCC。「格安航空会社」とも呼ばれ、フルキャリアと比較して格安ないし割安な運賃を武器にその勢力を伸ばしている。たしかに安価な運賃は魅力だし、使い方によってはかなり便利な乗り物だろう。「ローコスト」だからといっても、少なくともわが国においては大事故は起こしていないなど、一定の評価はできるようにも考えている。しかし、あくまで個人的な見方だが、LCCの普及とともに、航空運賃はむしろ値上がり傾向にあるのではないかという気がしている。

  たとえば、このごろ目立つことのひとつにリゾート地などを結ぶ路線を中心に、フルキャリアが傘下のLCCに運航を移管していることが挙げられるだろう。
  個人的な話になってしまうが、目下ボルネオ島の取材を計画していて航空運賃を調べてみた。東京からの直行便もあるが、運航日限定のため、クアラルンプールやバンコク、シンガポール、あるいはソウルなどでの乗り継ぎが候補に挙がった。LCC路線としてはエアアジアグループ同士をクアラルンプールで乗り継ぐこともできるが、LCCは基本的に連絡運輸(コネクション)をしていないので、遅れなどのさいの不安が拭えないし、手荷物ぶんの運賃付加だってバカにならないから候補としての順位は低い。

  ところが、バンコク経由にせよシンガポール経由にせよソウル経由にせよ、東京とそれらの都市間はともかく、ボルネオ(コタキナバル)への乗り継ぎ便はマレーシア航空を例外としてことごとく大手傘下のLCCなのである。ただし、1冊の航空券として連絡運輸をしているらしく、形としては運航会社が子会社になるだけの話のようにも思える。だが、予約はあくまでフルキャリア(親会社)のそれとなり、LCCの売り物であるハズの格安運賃が適用されるワケではないようなのだ(つまりソウル経由OZ・アシアナとRS・エアソウルとの乗り継ぎとした場合、全行程が「OZ」となり、割引運賃もOZのレートが適用されている)。機内サービスはLCC仕様なのにである。この場合、たとえば成田〜仁川間と仁川〜コタキナバル間とを別途に購入すれば、エアソウルの安価な航空券が利用できるかもしれないけれど、仁川では一旦韓国に入国したうえで改めてチェックインする必要があるなど煩わしい。だからといって、わざわざ高い運賃を払ってLCCに乗りたいとは思わない。

  一方、フルキャリアが正規割引を含む格安運賃を縮小する傾向も見てとれる。ひとつは、プレミアムエコノミーの導入やビジネスクラスの拡大によるエコノミークラスそのものの縮小。いまひとつは正規割引航空券の価格や販売数の見直しである。それをカバーするためか、大都市間であろうと便の一部を傘下LCCに置き換える動きも見られ、フルキャリアにおけるエコノミークラスの扱いが姿を変えつつあるように思えるのだ。現状では、フルキャリアでも格安レベルの運賃が設定されているが、この先ははたしてどうなるだろうか?  くわえて、気がついてみれば旅行代理店の「格安航空券」が姿を消しつつあるし、同種と思われる航空券(予約クラスなどから推測)も軒並み価格が上がっている……。

  さて、本書『激安エアラインの時代  なぜ安いのか、本当に安全なのか』(杉浦一機・平凡社新書・2012年)では、LCCについてのみならず、航空運賃の変遷などについてわかりやすく解説。現在の主流となっているゾーンPEX運賃の成り立ちやその経緯、航空自由化の歴史や航空連合(アライアンス)の流れなど、複雑になりがちな航空業界の仕組みを、利用者目線でまとめた一冊となっている。この分野の変化は刻々と変化しており、本書の発売からわずか5年間でその状況はだいぶ変わってしまった面もあるが、マニアならずとも、ヒコーキ愛用者にとって一読する価値の大きい著作だといえるだろう。

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  同様に、この『墜ちない飛行機  安全なエアライン、機種を選ぶ』(杉浦一機・光文社新書・2004年)も、エアラインの基礎知識的な一冊だといえそうだ。発刊から十数年が経っていることもあって情報が古くなっていることは否定できないものの、事故やインシデント、その背景などについてわかりやすく解説されており、一気に読み進めることができた。

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  ついでに(?)こんな一冊もо(^ヮ^)о
  本書『一九五二年日航機「撃墜」事件』(松本清張・角川文庫)のモチーフとなった「もく星号墜落事故」(1952年)は、いまだその真相が明らかにされていないナゾに包まれた航空機事故(概略はWikipediaなどをご参照)。詳細については割愛するが(1ウォンにもならないってのにここまで長々と“でまかせ”を書き並べてきてくたびれMASITA・笑)、現実とフィクションとを巧みに紡ぎあげるという著者お得意のストーリー展開はどこまでもスリリングであった。
  そういえば、あの御大・西村京太郎を挙げるまでもなく、「鉄道ミステリー」は数多いが、「航空ミステリー(小説)」はかなり未開拓なような気もする。う〜〜〜む……(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  おまけ。そんなこんなで鉄道モノから航空モノに浮気中な昨今だが、そうすれば“以心伝心”なんてこともある。何度か製作を手伝ってきた「のりもの勝席ガイド」(イカロスMOOK)の最新版(2017ー2018)では、航空ページを担当させていただいた。日本で運航されている国内・国際線定期旅客線全線をフォロー、各フリートの座席表を中心に現状を網羅したものだ。
「最近、ヒコーキがお好きですよね? どうですか、今回はコレで?」
「いいですね^^!」
  と二つ返事で“安請け合い”したはいいものの、そのデータ整理は想像以上に大変なものであった(笑)。
  それはともかく、ぜひぜひ一家に一冊。オススメのシリーズでごぢいますо(^ヮ^)о

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2017.10.06

冬眠願望季節が近づいてまいりMASITA・・・の巻

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  秋ですなァ……。

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  秋だから、ちょび蒲団。

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  年を追うごとに冬眠願望に迫られる昨今、できることなら12月から翌年2月一杯までは(短く見積もって)眠りの床につけたらなァと思う。術はある。『空から恥が降る』(藤原新也・文春文庫)にその実践が綴られていて、オレは密かに“畸人式冬眠法”と呼び研究しているのであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)  が〜……。

  冬には冬のよさがある。なにかっていうと、こうしてネコが蒲団に潜り込んできて温かいではないかо(^ヮ^)о

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  伸び〜〜〜♪

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  スリスリ〜〜♪

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  叩いてますねぇ……。枕元でコレをやられるとたまったもんじゃないが(笑)。

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  日なたぼっこの図。

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  シッポがイイのである。

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  ちょっと伸び〜〜♪

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  ほんの数日間のできごとではあったが、なぜかトースターのうえがお気に入り。ときおりこんな案配で妙な寝床に居着くことがある。

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  どうでもいいが(実際よかぁないけど)このエレファント印、パンを乗せるところをちゃちな網なんかにしているため、たいして使っていないのにこのザマ。買い物にはちょっとした用心が必要だという一例である。

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  シアワセな日常は平和であるがゆえ……。

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  タイ・ラオス国境の街・ノンカーイで出会ったシロネコ。

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  こちらは名も知れぬ小駅で遊ぶ茶トラ。

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  熱帯のネコは冬がなくてさぞやよかろうと想像するけど、ではさて、熱帯のネコ好きにとって、ネコ蒲団というセンスはあるのだろうか……とふと思った。

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  ビエンチャンの仏教寺院にて。

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  しかし冗談でなしに、昨年11月のタイ散歩の巻のさい、バンコクの熱気に包まれた途端に、「ぁあ、地球上にはこんなに暖かいところがあるではないか」とちょっとした安堵を覚えたものであった。もとより、冬の大韓なり北海道なりと、真冬に寒いところに繰り出すのは好きなのだが、えてしてそういうときに訪れる土地っていうのは、(例外はあるけれど)室内はポカポカしているもの。わが郷土・房総はいちおうは温暖な地方とされてはいるけれど、それでも11月中旬から3月中旬ぐらいまでは軒並み寒い。言い換えると、1年の3分の1ほどは寒冷とはいかないまでも寒さを感じるには十分なのであり、とすれば家屋なりの設計にあたって、もっと寒冷地のそれを取り入れて然るべきなのではないかと思うのだが……。

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  おっと、しゅぽ月(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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2017.09.30

マレー縦断ネコの旅・・・の巻

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  ネコカフェに巨大なネコがいたというのをシンガポールの巻に記したけれど、その正体がコレである(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まっ、顔つきからすると、そういう種類なのであろうが、でかいものはでかい。

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  なんでも、ニューヨークに「サムソン」なる巨大ネコ(推定・全長150センチ超)がいるそうで、ちょっとした国際的スターの座を手にしているらしい。単にネットで遭遇したにすぎないが、飼い主と思われるおとっつぁんが仰向けになった自分の腹のうえに乗せてシアワセそうにしているさまはなんともうらやましいかぎり。ほしい是о(^ヮ^)о

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  子どものころ、はじめてわが家に来たのがシロネコであったが、どういうワケかそれからまったく縁がない。

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  飼育係のおねえさんに懐いていMASUという場面。

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  おっと、クロボウズ。シロネコとは異なり、わが家とはときおり縁があって、しかも揃ってきゃわゆい。

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  茶トラとは縁があまり濃くない傾向。コレをアップする数分前、わが家の庭を見慣れない茶トラが闊歩。毛並みもいいし、クロボウズ亡きあと、ちょびと仲よしになってくれればいいと思うが、カメラを用意しているうちに姿を消してしまっていた。

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  店のなかはこんなかんじо(^ヮ^)о

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  マレー鉄道の北東端・トンパッ駅でペトペトニャーニャーとヒマつぶしの相手をしてくれた白黒オールカラー。

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  マレーシアでは、なぜかこういう人なつこいネコが多かった。

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  タイを目前にしたマレーシア国境の街・ランタウパンジャン。入国した途端に出迎えてくれたのがこのシアワセいっぱいなネコであった。

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  バスの車窓(だったと思うが)にクロボウズ。シッポがフサフサ。

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  灼熱のバンコクでスヤスヤお昼寝中。

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  クロボウズをよくみかけるバンコクだが、どういう次第かウチの子ちゃん柄には滅多にお目にかかれない。

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  ネコは寝床探しの天才なり。

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  痩せてるのを見るのはちょっと辛い。。。

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  ネコが平和に暮らせる街はいい街だ。

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  ちゃんと面倒を見てる人がいるんですねぇ。

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  数日前のィ夜。庭で遊んでいるちょびを家のなかに入れようとしたら、玄関の扉からヤモリが転落。折悪くそのさまがちょびの目に入ってしまい、それからしばらくはヤモリハンティングに興じてしまった。

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  バンコク・クルンテープ駅のホームにネコ小屋がо(^ヮ^)о  なんともホっとする情景でごぢいますね。

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2017.09.24

散歩の傍役拾いも楽しからずや・・・の巻

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  前回アップと同様に、ちょっと古い話になりMASUが〜。
  シンガポールの博物館でタマタマの巡り合わせにて「朝鮮王朝展」に遭遇したそのほぼふた月前、バンコクの中心街では大韓まつりが開かれていた。もちろんひやかし散歩を楽しんだ。東南アジア散歩で大韓取材ができるとは、ある種の「星」のようなものを感じたくもなってくる。が〜。ふと思ったことも……。

  かの御大・宮脇俊三は、「アンデスの高山列車」(『汽車旅は地球の果てへ』<文春文庫>に所収)の旅のさなか、ペルーの食堂で「チーノ(中国人)か?」「コーリァンか」と訊ねられた体験を記している。そのくだりで、「こういう議論、私は大嫌いなほうなのだが、たまには許していただきたい」との断りを添えつつ、つぎのような一文を挿んでいる。
>どの国に行っても、東洋人と見ればジャパニーズ、ハポネーの時代に、これは奇特なことである。こうした経験は幾度かある。そうなるのは、主要都市や観光地からはずれた場所においてである。(中略)そういうところでは「日本」より「トヨタ」や「カシオ」のほうが有名なのだ。観光旅行者のごときは、お定まりのところにしか行かないから、他の大半の地域とは無縁である。(中略)日本人の海外旅行は、まだ修学旅行の域を出ていない。(前掲書/初出は1984年)

  自らこう記しておきつつも、とうの著者自身は必ずしもここで飛び出した論に納得していないのではないかと推察するが、オレ自身もまた「日本人旅行者ってのは、マイナーな存在なのかな?」といったふうに感じることはしばしばある。いうまでもなく、ごくごく限られた範囲における些細なめぐり合わせにすぎないけれど、東南アジア然り、ヨーロッパ然り。例外は大韓で、たいていはこちらが日本人であることを疑うそぶりすら見せないが、それでも「チャイナ?」と訊かれたことはあったりもする(笑)。

  ウサギとカメというか漠然とそう思うだけの茶飲み話だが、ひとつにはアジア諸国のなかで先行して経済発展を遂げた日本と少し遅れをとりながらも経済成長を果たしてきたアジアのほかの国々があり、その一面として外国旅行者の幅が拡がったということがあるのであろう。日本や日本人云々(うんぬん)ということだけではなく、それだけ異なる国や文化を持つひとびと同士の交流が盛んになったことをむしろ喜ぶべきなのではないだろうか。

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  コタバルの街角にも大韓風味。

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  CKBの世界о(^ヮ^)о  写真がブレているのは、シャッターを切ったあたりで縁石に躓いたため。「ケンチャヨ!」とそのときは思っていたのだが……。そういえば、このほどレンズを1本調達。これまで強いられてきた「手ぶれ防止機能」なしの戦いからやっとこさ解放される。もっともないならないでそれなりに慣れるものだとは実感しているのだが。

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  勅令の文字が目を引いた。念のため電子辞書で「広辞苑」を開いてみると、<明治憲法下、帝国議会の協賛を経ず、天皇の大権により発せられた法令>云々とあり、それ以外の意味には触れられていない。むろん、この貼り札と天皇とは一切関係がない……のだろうねぇ。

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  トイレの使い方。

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「インスタントティーミックス」のいれ方。
  シンガポールのホテルの部屋にあったサービス品で、むかしからある安直なインスタント茶だが、こういうのもタマに飲むとおいしく感じられる。しかもほのかにシナモンの香りがあり、ようはマサラティーふうなのに感激した。で、タマタマみかけたスーパー(しゅぽにあらず)をチェックしたところ見つからなかったのだが、最後のチャンスとばかりにチャンギ空港で訊ねてみた。
「インスタントの紅茶で……、ほら、むかしからあるような砂糖とミルクの入ったヤツなんですけど」
「あっ、スリーインワンですね!」
「そうそう、それっ、それっ!」
  教えていただいた第3ターミナルのショッピングセンターでは、残念ながらこのマサラティー風味のブツがなかったが、ともあれ似たようなのを買い込んで日本への帰途に着いた。ィ夜中の仕事のティーブレイクには最適なアイテムでごぢいますねо(^ヮ^)о

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  ホントにこういうおとっぁんだったらコワイ。畸人のオーラが漂っていますなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  人相は悪いが目がつぶら。オジホが時代劇で世祖のィ役なんかをやるとこんな風情になるのではアルマイトの弁当箱?

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  コタバルの川辺にて。

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  ビエンチャンの公園にあった恐怖看板。

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  ターナーレーンの街道にいわくありげな「学校」の看板が。ドラッグフリーとフリードラッグとでは意味が逆になってしまうのだろうと思った。

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  ビルの工事現場にて。他者を拒絶するかのような文字とイラスト。

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  ノンカーイの名も知れぬ仏教寺院にて。まさか爆弾だとは思わないが(笑)。

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  旧ノンカーイ駅に掲げられていたイラスト。背後はメコンだが、旧駅は道路を挟んだこの反対側にあるので、ひょっとするとこういう具合につくり変える計画があったのかもしれない。どのみちバンコク方面からの直通国際列車はないのだし、ラオスとを結ぶ列車はここでスイッチバックして友好橋を経由するルートにしてなんら不都合があるワケでもないだろう。現駅よりはこちらのほうが市街地へのアクセスには都合がよさそうに思えるが、その後の経緯は不明である。

  新旧といえば、大韓時代劇「王と妃」にこんなくだりがある。
  ある役人の首を挿げ替えた首陽(世祖)。その新旧2名を招いて簡単な酒宴を開いていた。そのおふた方は、旧・領議政シンスクチュ(신숙주/申淑舟)と新・領議政・クチグァン(구치관/具政寛)。そこで王(首陽)がふたりに呼び掛ける。
「シン領議政」
「ク領議政」
  問題は、「シン」が「新」であると同時に「申」であり、かつ「ク」が「旧」であるとともに「具」であるところにある。つまり、単に「シン領議政」「ク領議政」と話し掛けられただけでは「新領議政」「旧領議政」なのか「申領議政」「具領議政」なのかがわからず、とうのおふた方ともに揃ってあたふたするほかはなかったのであった。
  いうまでもなくココはそういう場面であり、オレは「こいつぁどっかで使える是!」(どこでだ?)と大爆笑するほかはなかったが、とうの首陽もまた上機嫌に高笑いをしているのであった……という話о(^ヮ^)о

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  コーンケーンではトカゲ多数。コレはどうみてもトカゲだろうけれど、トカゲとワニとの区別はいまだ理解できず(笑)。もっとも、蝶と蛾との区別にしてもあるようでないといった類の話を聞いたことがあるし、ヒラメとカレイもまた然りなのではあるが。

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  よほど運が悪かったと思われる。

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  東線どん行の車窓にみかけたナゾの鳥。そういえば、わが母堂が、庭で「仏法僧(コノハズク)が啼いてた」とウレシがっていた。なんでも、子どものころに「ブッポーソ〜!」と啼く鳥がいると親に教えてもらって以来はじめての遭遇だったそうで、「ホントにそうやって啼くんだねぇ」としきりに感心していた。となれば、オレもソイツの声と姿とをぜひキャッチしたい。あれからほぼ2週間がすぎ、いまだに遭遇することができずにいるのだが……。ちなみに、種類はわからないけれど、フクロウ系と思われる「ホー、ホー、ホッホホホーホー」といった声がィ夜中に聞こえてくることはタマにある。こちらも姿を拝む幸運には恵まれていないのが残念。

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  帰途のバンコク・スワンナプーム空港(5月の巻)では、搭乗口の関係からかエバー航空のラウンジを案内された。大韓ドラマでみかけるナイトクラブを思い浮かべるのはオレだけではないハズ。シャワーでさっぱりとし、あれこれくだものをつまみつつフライトタイムを待つひとときであった。

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2017.09.18

しゅぽ、こらじはごぬん・イサーン&ビエンチャン編

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  ところで、タイ散歩5月の巻に“ケリ”がついていないことを思い出した(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ビエンチャンの街角にしゅぽならぬ「超市」の看板アリラン。こりゃ幸先がイイゾと思ったのだが……。

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  いちおうおさらいをすると(笑)、5月の巻ではバンコクから汽車を乗り継いでタイ・ラオス国境を越え、ビエンチャンまで足を延ばしMASITA。で、最初のランナー・快速135列車は珍しく2等車とシャレ込んだが、快適なリクライニングシート(倒さないが)で寛ぎつつ、全開の窓からしゅぽと仏教寺院のコラボをゲット。

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  最初の下車駅・ケンコーイジャンクションで遭遇したしゅぽは時代がかったたたずまい。

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  ケンコーイの目抜き通り。いかにもタイの街角っぽいしゅぽがあった。

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  途中のブアヤイ駅前のしゅぽで飲み物を仕入れる。ニコヤカなおっかさんが店番をしているいいしゅぽであった。

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  汽車に揺られてしゅぽチェック。タイの汽車は窓を全開にできるのがうれしい。わざわざ窓の開かない冷房車に乗らなくたって、窓から飛び込む自然の風で暑さは十分にしのげる。431列車の道中もそんな感じ。もっとも、雨に降られるとちょっと悲惨かもしれないが……。

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  ケンコーイ駅前でもそうだったが、こういうオールドスタイルの建物の味わいにはグっとくる。しかもそれがしゅぽときてはなおさらではないか。

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  前にも記したように、コーンケーン駅は路線と駅の大改装のあおりを受けて市街地から外れた仮駅で営業中。その駅前には小さいながら集落となっているのだが、それはそれとして「ファミリーマート」とは一本とられた。どうみてもコンビニではなく「しゅぽ」だし、たぶんインディーズの「ファミリーマート」なんだろうねぇ。

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  コーンケーン仮駅の近くにはもう1軒のしゅぽが。店先のテーブルセットは本家・大韓のしゅぽのごとしである。ちなみに、駅裏には「しゅぽ」ならぬ本格的な「スーパーマーケット」(あれこれ集まったショッピングモールだが)があり、乗り継ぎ時間の無聊をなぐさめてくれた。

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  国境の街・ノンカーイ。その国境に向かう大通りで見かけたしゅぽからは、どことなく大陸的な味わいを覚えた。

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  快走するトゥクトゥクの道中だってしゅぽ探し。

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  仏教寺院の前にしゅぽ。寺院の背後はメコン。そこを渡ればラオスである。

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  それはそれとして、身の毛がよだつほと暑かった。気温がどれほどだったかはいざ知らず、ああなると大陽ってのは凶器と紙一重に思えてくる。

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  かえすがえすも看板がないのが残念なタイのしゅぽ。しかしこのたたずまいは模範優等生的しゅぽといえましょうо(^ヮ^)о

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  無事にラオスに入国。国際列車のラオス側の駅・ターナーレーン界隈はほとんど西部劇状態。ビエンチャンまではソンテオなどを使えばいいが、ずいぶんとボった運賃をつきつけてきたうえに、どうもそのおっさん(運転手)自体がどうも気に食わない輩だったので、ビエンチャンゆき路線バスのある通りまで散歩するハメになった。が〜。歩いているからこその楽しみだってあるのだとあらためて実感したものだ。

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  どうやらこうして日よけを出すのがラオス流のようで、肝心の店のなかがいまひとつ窺えないのが残念。ついでにいえば屋号を示す看板もタイ同様にないのであった。あったところで読めないけれど(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ステキな情景だなと思った。あれこれ日にちばかりがすぎ、そろそろ冬眠願望に襲われる季節ではあるけれど、逃げ出したければこうして夏が待っていてくれるのである。

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  それにしてもバス通りはいずこ……?  トボトボ外国の見知らぬ田舎道をひとりで歩く。治安面ということでは常識程度に気を配っていれば大丈夫そうに思えてきたが、それよりもなにも、はたして無事にビエンチャン市街に辿り着けるのかとの不安をほんのちょっとだけ抱きつつ……、“条件反射”でしゅぽをパチリ。

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  件のバス通りにもしゅぽアリラン。ときおり背後を窺いつつビエンチャン方面に5分ほど歩いたあたりでバスに乗り込むことができた。味わい深い国境越えとラオスの第一歩であった(といっても、今回は1泊しただけだが)。汽車旅も楽しいが、究極的には徒歩に勝る旅の手段はないのではアルマイトの弁当箱?

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  友好橋国境事務所前広場で小休止。なんと屋号(推測)が掲げられている。屋根の造りはラオスふうということなのだろうか?
  というラオスのスタートではあったが、ビエンチャン市街ではしゅぽらしいしゅぽをほとんど見かけなかった。だからどうしたって話でもないんですがねぇ……。

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2017.09.12

しゅぽ、こらじはごぬん・マレー半島縦断編

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  お約束ということでо(^ヮ^)о
  現場はバンコク・クルンテープ駅の近くだけど、この“中央駅”周辺ってのは、案外ローカル風味があって楽しい。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  スンガイコーロクゆき37列車の車窓にもしゅぽが続々登場。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  しかしやはり窓が開けられない汽車ってのは車窓の魅力が半減しますなぁ。日本の鉄道の場合は窓がキレイに掃除されていて立派ではあるけれど、それはまたニッポン的風景のひとつといえそうだ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  それはそれとしても、こうしてしゅぽの“鑑”のような物件に遭遇するとココロがウキウキするというものですね(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  店の風情からすれば、けっして本家・大韓に負けず劣らずといったタイのしゅぽではあるのだが、やはり「슈퍼」(しゅぽ=いまさらだが「スーパーマーケット」の意。中国語圏ならば「超市」であるのはいうまでもなし)と書きなぐられたかのような看板がないのは物足りない。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  そんなワケでちょっとばかり欲求不満がたまり気味の昨今。9月に計画していた東南アジアの某所ゆきを急遽延期、1月以来の大韓に乗り込みつつリハビリに興じることにしたのだが、あっちの「秋夕(チュソク)」の影響もあって、いまだに日程が定まらないでいる(大韓における今年の秋夕休暇は10月3〜9日との由。ただし3日が火曜日なので、前週の9月29日あたりから10月10日ごろまで交通機関などへの影響──混雑はもとより航空券代金の高騰などなど。このへんはわが国のお盆休暇などと一緒──がありそうだ)。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  汽車が走っているうえに撮影ポジションも選べないのが悩みどころ。

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  ซูเปอร์มาร์เก็ตอยู่น่าสงสาร〜♪
  こちらはタイ・マレーシア国境を越えたランタウパンジャン。グーグル地図をチェックしたところ何軒かこのテのしゅぽがあるのだが、地図上にはきちんと「スーパーマーケット」の文字が。でも「ストリートビュー」で眺めるとこのテの「しゅぽ」なんですよねо(^ヮ^)о


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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  看板は写真屋かもしれないが、その実態はしゅぽそのまんま。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  コタバルバスターミナル。しゅぽや茶房があるのは大韓と同一仕様。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  コタバル市街では物件に恵まれず。が〜。マレー鉄道の北東端のターミナル・トンパッ駅に向かうバスの車窓にはしゅぽの優等生たちが……。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  この熱帯っぽさがたまらん。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  ジョホールバルゆきの夜行列車(27列車)の車中からももちろんしゅぽを探したのだが、ほとんどその姿を認めることができなかったのがココロ残り。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  シンガポールに到着して、とりあえずジョホール水道を渡る汽車の写真でも撮りに行くべぇと思い勇んでそっちのほうに向かったはいいが、シンガポールのカネを持っていないことにふと気づいて踵を返した先がこのしゅぽ(超市)であった……というひとコマでごぢいます。左手に見えるのが両替所。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  そのしゅぽはチェーン店のようであった。ぢうでもいいが。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  パリあたりでもみかけそうな風情のしゅぽ。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  街あるところにしゅぽアリ。

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  超市瞧瞧那鬼樣〜♪
  異国を感じるひとときであった。
  という次第で、タイ散歩第5回・マレー半島縦断の巻でごぢいMASITA。

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2017.09.06

燃いぜ、シンガポール・・・の巻

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  マレー鉄道の終点・ウッドランズトレインチェックポイントからは路線バスが市街地とを結んでいるが、まずはジョホール水道で汽車でも撮るべぇと立ち寄ったはいいとして、さっき通ったばかりの帰路を間違えてしまった(つまり道に迷った)。まっ、どうになかるさと散歩を決め込みつつ、道行きも覚束ないままどうにかMRTの姿を見つけることができたのが僥倖でごぢいMASITA。

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  とくにどこを見物しようと考えていたワケではないが、旧シンガポール駅だけは必ず訪れようと思っていた。駅舎などが保存され見学できるとの情報もあったので、じっくりと往年の雰囲気でも味わおうとやってきてみたはいいけれど、なんの工事かはわからないがともかく工事中につき構内は完全にシャットアウト状態。いずれは今回の東ルート(スンガイコーロク〜コタバル)ではなく西ルート(クアラルンプール〜パダンブサール、ついでにペナンなど)でシンガポールからバンコクまで北上したいと考えているので、そのときの開放を期待するほかはない。とはいえ、かえすがえすも残念であった。

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  単に比較的安価でかつアクセスが便利というだけで選んだホテルは、シンガポールの下世話地帯として名高いゲイランにあった。ジョホール水道の岸辺で立ち話したシンガポール人のおとっつぁんふたり組に「ホテルはどこ?」と訊かれたので「ゲイランですよ」と答えたら3人で大笑いとなったが、ようはそんなところ。で、こりゃ面白いことになったゾと、“買い物”はともかく“ウィンドウショッピング”でもシャレ込もうと画策していたのであったが、チェックインしてシャワー(なにしろ前夜が寝台車だったし)を浴びて、ホっとひといきついて気がついてみれば時計の針は22時すぎを指していた。こういうところ(どういうところだ?)のィ夜はこれからなのだろうけれど、たんなる見学にひとりでいまさら出撃する気にもなれず、ィ夜の散策を見送ってしまった。が〜。一夜が明けてこんな街並を目にしてしまえば、おのれの体たらくを悔いるのみ。まっ、ココもマレー鉄道北上西ルートの折にでもリベンジすることにしよう……。
  ちなみに、このテの“繁華街”に位置するホテルではあったが、ィ夜は静かかつ快適に過ごすことができた。

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  エイジ別料理店の数々?

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  さすが(ほぼ)赤道直下ですなぁと思ったものだ。同じ樹でも迫力が違う。

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  かつて暮らしていた千葉市の自宅から海岸方面に行くと昭和50年代に開発された埋め立て地のニュータウンが広がっているが、似たもの同士ではあっても迫力はシンガポールに軍配が上がる。建物然り。樹木然り。しかしそれにしても暑い。ただでさえ暑いっていうところをコンクリートだらけにしてしまったのである(エリアにもよるが)。そこに都市特有の熱気が加わってしまえば、これはもう暑くてあたりまえの世界というものだ。

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  なにかのおまじないだろうか?

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  MRT車内。快適で使いやすいが、独自の切符は不便このうえない。6回有効のカードを購入するのはいいとして、乗車のたびに乗車区間の運賃をチャージ(というのかどうかはわからないが)する仕組みで、それ用の機械が改札口の外に設置してある。ところが、観光客はおろか、とうのシンガポール人でさえ機械の操作に手間取っているケースも少なくなく(機械のエラーも目立つ)、スムースにいったとしてもふつうの切符を買うよりも時間を要するのであった。機械の台数も十分とはいえず、運が悪いとココで行列を我慢させられるハメになってしまうのである。ぜひ改善をと思うが、そんな点を除いては好感の持てる乗り物であった。

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  MRTの某駅構内にフルーツスタンドを発見。ジュースやカットフルーツが並んでいる。
「おおっ、これこそオレがいままさに食いたいシロモノではないか!」
  と大感激したフルーツ盛り合わせを、こんな風景のなかで味わう。ふだんはそれほど果物好きってワケでもないのに、暑い国に行くと無性に食べたくなってしまうのだ。

  ところで、シンガポールといえば、厳しく統制された公共マナーが思い浮かぶのではないだろうか。なかには「ゴミひとつ落ちてない」などといった記述すら目にするけれど、こうして歩いてみればゴミなんぞそこここで目にする(とはいえこうした大都市としてはかなり少ないほうだと思うが)。マレー鉄道の旅を終えて街に繰り出して最初に気づいたのはムワッとしたタバコ臭であったし、あまりものごとを強調しすぎてはいかんのだろうなァと思ったものだ。とはいえ、街を歩けば要所要所にゴミ箱が設置されてあり(それこそ歩道の20メートル間隔ぐらいに!)、厳しいといわれるマナールールを意識する必要もなかった。いつの真夏だったか、東京都内の地下鉄某駅構内で買ったペットボトル飲料でノドを潤したはいいが、それから延々とカラになったボトルを持ち歩かされたのと比べるまでもないだろう。あのときは駅構内はもとより、街路のどこにもゴミ箱を見つけることができなかった。結局、悪いとは思ったけれど、通りすがりのコンビニの店先にあるゴミ箱を使わせていただくハメになってしまった。

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  ふと気づいたら、博物館の企画展が大韓モノではないか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  まぁ、たぶんソウルあたりで見たことのある資料ばかりなのだろうけれど、大韓(というより「朝鮮王朝」がテーマであったが)に出くわして無視してしまうのは、自分に対しての示しってものがつかないではないか。

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  ウチのちょびというか、あのテの柄のネコって、身体本体部分のシマシマは茶色ががっているのに、なぜかシッポの先端半分ぐらいだけがモノクロの配色になっているのを不思議に思っていた。ちょうどこんな感じなのではあるが、つい最近、「ぁあ、トラを飼いたいもんだ」と思いつつあれこれトラの写真を眺めていたところ、同様のシッポを持っているのを発見。「にゃるほど」と腑に落ちたという話でごぢいます。
  それはそれとしてこの画。なにもこんなところまで描き込まなくてもいいのにねぇ……。

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  おっと、ネコカフェ。その名も日本語「Neko no Niwa──猫の庭──」である。なんだって日本語なのかはナゾのママにしてしまったが、店内のメニューや案内書も日本語版が用意されてあった。

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  お気に入りо(^ヮ^)о  このコのほか、ちょびよりもでかいかもしれない白黒オールカラーふさふさ版にソソられMASITA。

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  しばし寛いで、いざ灼熱のなかに復帰。

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  土産でも買うかと思い、街中のしゅぽおっとスーパーマーケットに立ち寄ってみたら、なんとあの「ハヌータ」があった。しかも山積み。しかし、そこで買ってしまうと空港の冷房に辿り着く前に悲惨な事態になってしまうかもしれない。そこで、早めに空港に乗り込んでそのテのブツをあさってみることにした(第3ターミナルにスーパーマーケットなどがあり便利)。が〜……。最大のお目当てであった「ハヌータ」を空港内で発掘することはできなかった……。シンガポールドルの残金はおろか、クレジットカードまで出撃させようと思っていたのだが。
  で、その途上。こうした集合住宅が雨あられなのは大韓と共通だが、さすがだなと思ったのは物干が中華式になっているところか(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  シンガポール・チャンギ空港といえば、なにかと高い評価を受けていることでも知られている。早めに空港にやってきたのはそのロケーションを味わうためでもあったが、たしかに散策しがいのある楽しい空港だと思った。が〜、ちょっとしたショックも。
「さあ、あとはシャワーでスッキリして飛行機に乗り込むだけだゾ」と勇んで訪れた指定ラウンジにシャワールームがなかったのである!
「シャワールームはありますか?」
「ないんですよ」
「えっ!?  NO!?  NO!?」
「ええ」
「アイヤ〜ッ!!」
  まぁ、飲食関係は悪くなかったのだが……。

  ところで、スンガイコーロクのところでも触れたが、チャンギ空港のハングル表記というのがこれまた摩訶不思議なのである。すなわち「창이공항」。「공항(コンハン)」は空港の意なのでいいとして、問題はチャンギにあたる「창이」である。コレをカタカナにすると一般的には「チャンイ」。スンガイコーロクは「수응아이꼴록」で、同様に「スンアイッコーロッ」ないし「スンアイッコーロク」だが、ともに「チャン(ギ)」「スン(ガ)イコーロク」、すなわち子音「G」がハングルに反映されていないのであった。これにローマ字を充てると「Changi」。「チャンギ」そのまんまに見えるけれど、この「g」は子音として発音しないので「チャンイ」となる。また、音節としては「Chang-i」であり「チャンギ」とは異なる。なんだって「창기(Chang-gi)」ないし「찬기(Chan-gi)」でないのだろう?

  あるいはそう聞こえるのかもしれんと思い、MRT車内で耳を澄ませてみたところ、あえて思い込まないかぎりは「チャンギ」と聞こえる。空港の案内の女性が日本語使いだったのでその点を訊ねてみたところ、「チャンイとはいいませんね。チャンギで間違いないです。でも、面白いことを気になさってますね」とのこと。もっとも、スンガイコーロクのところで記したように、「창이」は「チャンイ」であるとともに「チャンギ」に近い発音で聞こえることもあるから、そのときはそのせいかもしれないと推測するほかはなかった。

  ところが、空港でもらった中国語版パンフレット(日本語のがなかった……)を開いてみたところ、チャンギ空港の「チャンギ」には「樟宜」の漢字が充てられているのを発見。コレならばたしかに「창이」で正解。ようは発音ではなく漢字由来でハングルが充てられたというのがその真相のようである(本当の正解をご存知の方がいらっしゃいましたらご教示いただけると幸いです)。

  それはそれとして、
「シンガポールの地名は、漢字にすると面白いですよ」
  と件の女史も話していたが、そのとおりだなと思う。克兰芝(Kranji)、淡滨尼(Tampines)、女皇镇(Queenstown)、多美歌(Dhoby Ghaut)、宝门廊(Promenade)などなど。ローマ字表記だと行き先ひとつ覚えるのも面倒だし、いわんや旅情すらわきづらいというものだが、こうして漢字で並べられると、それだけで探訪欲が刺激されてしまうのであった。

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  灼熱のシンガポールにカメ親子。
  つづくのだо(^ヮ^)о

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2017.08.31

ユーラシア大陸最南端駅を越えて・・・の巻

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  国際列車が海峡を往く。ふと「珍ドコ列車」を思い出したりするのではあったが(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

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  マレーシア北東端のトンパッ駅から夜行列車で17時間弱、マレー鉄道最南端・JBセントラル駅(ジョホールバル)にやってきた。

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  旧ジョホールバル駅。こちらのほうが好みに合うが……。

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  ジョホールバルでは、昼食タイムを兼ねて3時間ほどひと休み。旅行案内書には治安に関する注意喚起が記されてあったりするが、さほどの持ち時間を確保したワケでもないので、駅周辺をざっと小散歩するに留める。

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  切符売り場は大賑わい。ジョホールバルからは「国際列車」でシガポールを目指す……といっても、その距離わずか2.1km。単に国境線を越えるだけのトリップである。5月に乗ったノンカーイ(タイ)〜ターナーレーン(ラオス)間の「国際列車」が6.1km。輪をかけてあっけない。
  当初は現地でその乗車券を入手するつもりでいたのだが、なんとこの短足列車が全席指定席であることが判明。マレー鉄道公式ィ予約サイトでチェックしてみたところ、当日では満席で乗りっぱぐれる可能性があることもわかった。そこで14時発79列車をネットで購入、乗車5分で5リンギットの座席指定券を確保しておいた(クレジットカードの請求明細によれば136円ナリ)。1分あたり1リンギット。17時間弱(定刻だと17時間10分だが、30分以上も早着した)乗った27列車が56リンギットなので、こちらの分あたり単価は0.054リンギット。さすが「国際列車」、ずいぶんと割高ですなぁ(笑)。

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  それでも「国際列車」なので、改札口は別扱いにされている。

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  供用コンコースの専用ゲート(ゲートA)でパスポートと乗車券を提示し構内に突入。

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  階下に降りてパスポートコントロールと荷物検査(ようは空港と一緒)を受けたのち、専用の待合室でしばし足留めとなる。

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  たった5分間の列車ではあるけれど、機関車牽引列車の重厚な風情に溜飲が下がる。

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  新駅だからということか、ホームの嵩が高い。

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  車内はJRの在来線特急普通車ふう。事前に指定券を入手するまでもなくガラガラだったので、適当な席に座る。

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  やや遅れてJBセントラル駅を発車。恥ずかしながら、今回の散歩でこの駅がユーラシア大陸における最南端の鉄道駅であることを知った。なんら確かめもせず、インドのコモリン岬が大陸最南端だと思い込んでいたが、慌てて地図を眺めてみれば、たしかにジョホールバルのほうが遥か南方に位置している。他愛のない錯覚ではあるが、こうしてわずか2.1kmの路線ながらさらに南に延びているワケである。

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  国境の橋を渡る。道路と鉄道の併用橋というロケーションも好もしい限り。

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  とはいえ、とてもじゃないけど旅情なんぞにひたっているヒマもないのであった。

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  バンコクより乗り継いできた汽車旅が、いよいよ終点へ。

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  できることならトンパッなりクアラルンプールなりから直通の寝台列車で越えてみたかったと思うが、ともあれシンガポールに無事到着とあいなりMASITAо(^ヮ^)о

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  かつてはシンガポールをぐるりを廻って市街地近くにまで延びていたマレー鉄道だが、2011年6月末をもってシンガポール内の大半が廃止されてしまった。現在は、ジョホール水道の橋を渡り終えたところにあるウッドランズトレインチェックポイントでマレー鉄道の旅はおしまい。残念ながら構内は撮影禁止であった。

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  シンガポールへの入国手続きは、列車を降りたところにあるイミグレーションで受け付け。入国カードがあれこれ面倒だが、係官が手取り足……は取られなかったが、親切に教えてくれてココロが温まる。で、カードには入国前の出発地という欄がある。今回の場合はもちろんジョホールバルだ。えっと、つづりはどうだったっけとペンが停まってしまったが、係官もすぐに思い出せなかったようで、「J……えーと、JBでいいですよ」。もちろんそのとおりに記したが、ペンを歩かせながら(?)「おおっ、ジェームスブラウン雀!」と思ったひとはかれこれ500人はいたことであろう。

  話はまったく関係ないが……。高校野球ってのも、高校生ぐらいまではそれなりにテレビ観戦(ときには野球場で)を楽しんだものだったが、現在はプロ野球ともどもほとんど関心がなくなってしまった。それがどれほどかというと、わが郷土・千葉県代表すらまったく知らなかったのだからなにをかいわんやであろう。が〜。その千葉県代表を破った日本航空石川にはちょっとばかりグっときた。なにかっていうと、「航空」とだけアピールされたあの帽子(ユニホームやTシャツもあるでよ)にである。あれが「日本航空」だったらどうってこたぁないのだが、不偏中の不偏ということなのか「航空」をシンプルに謳っているところがイイのだ。英語であれば「The」がつくところでしょう?  ちなみに「The book」だと「バイブル(聖書)」になる。
  こりゃぁ、(一部?)航空マニアからの注目を浴びたのではアルマイトの弁当箱?  ぁあ、ほしいなァと思って通販サイトをチェックしても売られていようハズもなく……、それにしてもほしいなァ、アレ♪  もし入手できたら、そのいでたちで飛行機に乗るんだがなァ(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  つづくо(^ヮ^)о

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2017.08.25

夜行列車がジャングルを往く・・・の巻

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  コタバルでのひとときを終え、マレー鉄道でシンガポールを目指す。
  ランナーに選んだのは27列車。マレー鉄道北東端の旅客駅・トゥンパッを起点にジョホールバルまで至る夜行列車である。バンコク〜シンガポール間の汽車旅といえば、あの『深夜特急』がそうだったように、ハジャイから西海岸ぞいに南下するルートが一般的であろう。パダンブサールでタイ・マレーシア国境を越え、バターワースからペナンに立ち寄ってもよし、そのままクアラルンプールを経てひたすらシンガポールを目指してもいい。もちろん、当初はそのつもりでいた。が〜。マレー鉄道のパダンブサール〜クアラルンプール〜グマス間が電化されていたのはいいとして、タイ、マレーシアともに列車の運行パターンが大幅に改竄されてしまっていたのである。

  すなわち、タイ国鉄のバンコク〜バターワース間の国際列車は国境駅であるパダンブサール止りと化しており、すでに触れたように列車の“格”からして往年の栄光などどこ吹く風といった態。パダンブサール以南はというと、かつて運行されていたバターワースからクアラルンプールまでの寝台列車は姿を消してしまい、いまや昼行列車オンリーの路線なのであった(パダンブサール発グマスゆきの半夜行があるにはあるが寝台車の連結はないようだ)。1往復を除きグマスないしクアラルンプールまで直通しているうえに、パダンブサール〜バターワース間を含め本数が格段に増えているなど便利になったとの解釈も可能ではあるものの、いずれも小奇麗な電車による“特急仕様”の座席車のみ──もちろん窓が開けられない冷房車──とあっては、味わいという点で物足りない(なにやイヤかといって、コレがイヤなワケですよ。汽車旅はどん行と寝台列車こそが楽しいのだ!)。
  グマス以南も問題だ。非電化のままではあるが、この間を走るのは27列車を除けば3往復にすぎず、さらにその時間帯が面白くない。パダンブサール〜グマス間の半夜行と接続するグマス発4時10分(半夜行は同駅3時40分着)の1本がJB(ジョホールバル)セントラル駅に8時20分に着くほかは、18時40分と20時と遅い時間に偏っており、ジョホールバルで1泊するか夜間にシンガポールとの間の国際列車に乗り継ぐダイヤになっているのであった。

  もとより、ペナンやイポー、クアラルンプール、あるいはマラッカなどに立ち寄りながらのんびりと南下するのであればこの乗り継ぎダイヤでも一向に構わないところではある(特急型の車両に押し込められるのはともかく)。だが、今回は単に汽車に乗ってマレー半島を縦断したいというだけの話。沿線の街云々よりも汽車そのものの旅情を楽しみたいワケで、変わり果てつつある正統派ルートの姿に対し憮然とするほかはなかった。そこで思いついたのが東海岸ルートであり、今回のスンガイコーロク〜コタバルルートだったということなのである。

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  最果ての旅客駅・トゥンパッ。
  このトゥパッからはグマスまで527・7kmの非電化路線が延びている。マレー半島の核心部を横断する沿線にはこれといった大きな街はなく、ジャングルの真っただ中を縫う道行きであるらしい。そうと知れば普通列車でじっくりと汽車旅を味わいたいものだけれど、時刻表をチェックしたところトゥンパッ発着の昼行列車は「シャトル」と名づけられた座席列車が3往復きりであり、しかも途中のクアラリピス〜グマス間はこの路線全線を直通する夜行列車1往復のみという有り様(上下列車ともに同区間は深夜帯に通過)。であれば、その1往復きりの夜行列車に乗るほかはないワケで、いわば自然のなりゆきで27列車に乗り込むこととなったのでありMASITA。

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  トゥンパッとコタバルとの間は路線バス19番が運行されている。「トゥンパッ  レールウェイステーション」と運転手に申告しておいたところ、バスステーションらしき広場で降ろされてしまったが、小さな田舎町であり、無事に駅に辿り着くことができた。

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  構内には日本から海を渡った寝台車両が朽ちていた……。オハネ15-2004。B個室寝台ソロだった車両で、たぶん揺られたことがあるハズ。見たところ使われなくなって久しいようで、残念な気がする。

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  構内には転車台も。

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  シャトル列車が車庫から転線しつつ1面1線のホームではなく側線に停車。なんのための作業かはわからないが、この騒ぎによってふと気づいた。これから乗る27列車は駅に着く前から側線で休憩中。いまのところ機関車すら連結されていないが、いずれは機関車を先頭につけてシャトル列車と同様に転線してホームに横づけされるハズ。とすれば、“走行シーンもどき”の撮影ができそうではないか。駅構内の外れにはふふ、ふ、踏切があり、その先にはカーブとなっているなど雰囲気は悪くない。そこで、さっそくそのポイントに急ぐことにした。
  ところで、ご覧のとおり、シャトル列車の車両は日本の在来線特急ふう。冷房車で窓も開かない。これでは昼行列車を選んだとしても物足りない道中だったに違いない。

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  で、その撮影ポイントで27列車の転線作業を待ち構えていると、こんな小さな機関車がグマス方面からやってきて、しばらくすると戻っていった。これまたなんのための運転なのかわからないが、推察するに27列車運行前のツユ払いというか、路盤状況を確認したのではあるまいか?

  そんな路肩のひとときではあったけれど、発車30分前になっても肝心の27列車が転線する気配がない。市街地に赴いて飲食物の買い込みもしなければならないし、断念してその場を立ち去ったのだが、実際に転線作業のうえ27列車がホームに横づけされたのは発車5分前になってのことであった……。
  くわえて、時刻表をみてみれば17時35分に着く56列車というのがあるのだが、27列車が発車する18時までその姿を見せなかった。

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  その5分間で発車前の情景やら車内アコモの様子などを撮影。

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  乗り込んだのはもちろん寝台車。タイ国鉄の2等寝台車と同様に日本の開放型A寝台車ふう(プルマン式)寝台である。ただし、タイとは異なり、最初から最後までベッド状態での運行であった。切符は公式サイトで下段を押さえておいたが、ホントに有効なのか、検札があるまでドキドキであった(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)

  なんとなしに6号車6番(偶数が下段)を押さえておいたところ、
「Oh!  シックス、シックス。あなたはラッキーだ」
  と車掌にニコニコされたが、マレーでは6が“ラッキーナンバー”なのだろうか?

マレー鉄道公式ィ予約サイト

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  座席車は日本の在来線特急ふう。ただし座席の方向転換はできない。

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  食堂車もあるでよо(^ヮ^)о

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  この寝台車、なんと1両の定員が40人とある。同じような構造を持つ日本のA寝台は28人だったし、いったいぜんたいどうやってベッドスペースを確保しているのかが、乗車前からのナゾであった。マレー鉄道は日本の国鉄(JR)在来線の1067mmよりも狭いメーターゲージで、車体サイズが日本のそれより大きいということはないハズ。多少はひと区画あたりの寸法を縮められるとしても、訝るに十分な諸元といえるだろう。
  乗り込んでみてもすぐには理解できなかったが、トイレに立ってハタと気づいた。各車両ふたつのトイレがあるものの、洗面所が見当たらないのである。つまりは、洗面所よりも定員確保を優先したというのが正解だったようだ。おかげで、就寝前の歯磨きやら洗面をトイレ個室内の小さな流し場でやらされるハマになったけれど、これもまた外国旅行の味わいだ。

  ちなみに、トゥンパッ〜JBセントラル間725・1kmの寝台車下段の乗車券は56リンギット(ネット決済手数料が2リンギットだか含まれているらしい)。クレジットカードの明細をチェックするとわずか1489円であった。ついでながら、コレを日本のJR(本州幹線)にあてはめると、乗車券(1万480円)+特急券(3240円)+A寝台券・下段(1万880円)となり、都合2万4600円ナリ。

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  トゥンパッの発車はまだ明るい時間帯だし、終点のJBセントラルに着くのは11時10分ということで、車窓を楽しむ時間はたっぷりとある。熱帯雨林のなかをクネクネと走ってゆく道中は、勾配がキツイのか、かなり速度が落ちることもしばしば。そんなときにカーブにさしかかると、メーターゲージの台車に支えられた寝台車両が「ゆぅらゆぅら」と派手に揺れる。こんな乗り心地ははじめてである。しかも、闇のなかにときおり浮かび上がるマレーの田舎町や小駅の情景がとてつもない旅情を誘う。寝台車で寝るのが大好きなこともあり、たいていは深夜になればグーグーと寝てしまうのだが、このときばかりは寝るのがもったいないような気もした。これまで、およそ200泊を寝台車で過ごしてきてはじめてのことであった(中国の成昆線では、「4人室じゃなくひとり部屋があったらいいのに」と思ったものだったが……)。

  ところで、熱帯国の冷房というのは、えてして殺人的なまでに強烈なことが多い。したがって、タイ国鉄の寝台車に乗るときは長袖の「CKB“イイネ!”プリント薄手トレーナー」を持参しているのだが、この27列車では幸いにしてその出番がなかった。冷房はもちろん入っているのだけれど、デッキとを隔てる扉などの立てつけが悪く、容易に外気が室内に入り込んでくるのである。おかげで、却って快適に過ごすことができた。

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  一見するとジャングルのようだが、プランテーションの風景である。

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  プランテーションは外部との接触が隔てられているケースもあるようで、看守つきのゲートが見受けられたりもする。さらに園内には娯楽施設らしきものもあったりで、そこで働くひとびとの環境というのがどうなっているのだろうという興味を覚えたりもする。

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  深夜の行路を終え、ふと気づくとグマスに停車中であった。ホームの反対側には「パダンブサール」との表示をつけた電車が停まっていた。

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  深夜帯に乗り込むひともあれば、途中駅で列車を後にするひともいる。あたりまえですな……。

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  終点のJBセントラル駅には定刻より30分ほど早着(゜゜;)(゜゜;)(゜゜;)
  ずいぶんと大きな街だなぁと車窓を眺めていたところ、街の様子に見合った大きな駅に到着。「もしや」と思い凝視していると、そこが終点だったのでちょっとばかり慌てさせられた。楽しい一夜でごぢいMASITAо(^ヮ^)о
  つづく。

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